閑話18 リングスタット家の次期当主(その2)

「ぷっ、うちの十二歳の息子一人に十五人で挑んで一方的にやられ、しかも手加減されたとか。ごめんね、うちの息子が強くて」


「ヴェンデリンさん、そこで煽ってどうするのです」





 トラブルがあって急遽ブライヒレーダー辺境伯の邸宅に向かったんだが、詳細を聞いて俺はバカらしくなった。

 ブランタークさんから駄目な奴ら扱いされた、ブライヒレーダー辺境伯家分家や重臣の息子たちであったが、どうにかしてフランツィスカの婿になろうとした。

 どうすれば上手くいくか、その辺にいるダンゴ虫のような脳味噌で考えた結果、『既成事実を作ってしまえばいい!』と、いかにもダンゴ虫らしい策が思い浮かび、デニス一人しか同行していないフランツィスカを町中で見つけ、『護衛が少ないラッキー!』とばかりにフランツィスカを誘拐しようとして、護衛のデニス一人にボコボコにされたというのが真相だ。

 二十歳前後の婿候補五人に、彼らにはお供がいたので合計十五名でデニスに襲いかかったのに、一方的に叩きのめされてしまった。

 しかも、デニスはかなり手加減している。

 これは家風というべきなのか、ブライヒレーダー辺境伯家の一族はどうも腕っ節がイマイチな人が多い。

 分家の人間ともなれば、自ら鍛錬しなくても家臣がいるから弱くても問題ないというわけか。

 一人くらい武に長けた人がいればブライヒレーダー辺境伯も安心で、重用してくれるかもしれないのだが、遺伝的に難しいのかな?

 婿候補のいる重臣家も、どうやら文官の家ばかりで、腕っ節はイマイチのようだ。

 まだ幼さも残るデニスが、ブライヒブルクの町中で、分家とはいえ領主一族や重臣家のバカ息子たちを一方的に叩きのめしたわけだ。

 

『うちのお館様はいい領主様だけどよ。その一族は、みんな弱いよな』


『戦争にならないことを祈るしかないよな』


 ブロワ辺境伯家との紛争に勝利したとはいえ、領民たちからすればブライヒレーダー辺境伯家の人間が弱いなんて百も承知。

 とはいえ、十五人で襲いかかって一人に一方的に負けてしまったのは酷すぎだと思ったのであろう。

 現場で騒ぎを目撃していた領民たちが、『ブライヒレーダー辺境伯家の人たちって弱いよな。戦争がなきゃいいな』と噂し合うのに時間はかからず、評判を落とした一族や重臣の子弟たちをブライヒレーダー辺境伯が睨みつけていた。

 そもそもの理由が、ブライヒレーダー辺境伯ですらフランツィスカの婿を誰にするか判断を保留している状態で、勝手に、それも強引に物にしてしまえばいいと、短絡的な行動に出てしまったからというのだから救いがない。

 ブランタークさんからすれば、可愛い一人娘を攫われ、強姦されそうになったのだ。

 俺たちと一緒に下手人たちに対し冷たい視線を向けており、凄腕の筆頭お抱え魔法使いを失うかもしれないブライヒレーダー辺境伯も、同じような視線を彼らに向けていた。


「いくらバウマイスター辺境伯様のご子息とはいえ、私の可愛い息子を傷つけるなんて!」


「謝罪と賠償を要求しますぞ」


 なにが凄いって、この状況で下手人の親たちはデニスが暴力を振るったので、可愛い息子が怪我をした。

 謝罪と賠償をと、面と向かって俺に言える点であろう。

 いい根性をしているなと思うが、理由はわかる。

 勿論彼らも真相はわかっているが、ここで素直に謝るわけにいかないからであろう。

 なぜなら、もし一方的に非を認めてしまうと、ブライヒレーダー辺境伯から処分されてしまうからだ。

 ならば、一族や重臣たちでタッグを組み、『我々を処分してしまうと、ブライヒレーダー辺境伯家はガタガタになりますよ』と当主に脅しをかけているわけだ。

 そして……。


「ちょっと、みんな元気がすぎちゃっただけなの。アマデウス、許してあげたら?」


 人間、いくつになってもバカはバカ。

 その代名詞であるアニータ様が現れ、なんと下手人たちを庇い始めた。

 さすがは軽い神輿、彼らの思うがままに動いてくれるな。

 一族と重臣たちが、ニヤニヤと笑っている。


「(ヴェンデリンさん?)」


「(なあ、こいつらに神妙な態度なんて無駄なんだよ)」


 カタリーナ、どうしてかわかるか?

 それは、彼らからすれば俺なんて、元は水呑み騎士であるバウマイスター家のオマケの子でしかないからだ。

 今の俺がどういう地位や立場なのかは関係ない。

 むしろ、そんな都合の悪い事実は受け入れたくないというわけだ。


「(バカなのですか?)」


「(バカなんだよ)」


 人間、驚くほど優れた人もいるが、逆に驚くほどのバカもいる。

 こいつらは、その具体例というわけだ。

 俺に逆らっても、ブライヒレーダー辺境伯がいるから大丈夫だと本気で思っているのだから。


「大変ですね、ブライヒレーダー辺境伯」


「長い家って、こういう問題が出るんですよね」


 世襲可能な分家や重臣家であるが、どうも地位に伴う能力がない人の割合が月日と共に増えていくというわけだ。

 バウマイスター辺境伯家も気をつけなければと思うが、こればかりはいくら努力しても完璧には防げないからな。


「アマデウス、私、思うのよ。もうフランツィスカちゃんのお婿さんを、この五人の誰かに決めた方がいいと思うの」


 そして、恐ろしいほど空気を読まないアニータ様。

 自分の娘を攫って襲おうとした五人の誰かを婿にした方がいい、と父親であるブランタークさんの前で平気で言えてしまう彼女に、俺とカタリーナは恐怖してしまう。

 ふと隣のブランタークさんを見ると……その表情が能面のようになっていた。

 下手に怒った表情をされるよりも怖い。


「ブランタークさん、ドウドウ」


「お師匠様、ここは冷静にですね……」


「俺は冷静だよ、いつもな」


 というか、俺とカタリーナとデニス以外はわかっていないだろうが、ブランタークさんの中で魔力が荒ぶっている状態であった。

 いつ大規模魔法が発動してもおかしくない。

 ただの悪党なら、骨も残さず焼き尽くされるだろうな。


「とってもいい子たちなのよ、リングスタット」


 誰かアニータ様を……いや、このババアを黙らせてくれ。

 どこの世に、嫁にしたい女性を攫ういい子たちが存在するというのだ。

 このババア、この五人の誰かが上手くリングスタット家の婿に入れたら、お礼で新しい宝石やアクセサリーが買い放題だと思っているんだろうな。

 普段はブライヒレーダー辺境伯がお小遣い制にして浪費癖を防いでいるので、新しい財布を探そうとした結果がこれか……。

 なまじ、ブライヒレーダー辺境伯の叔母だから余計に性質が悪い。


「うーーーん」


「あら? バウマイスター辺境伯様、なにかいいお考えでも?」


 ババアが俺に話しかけてきたが、そういえば初めてか。

 多分、これまで話をしないで済んだのは、ブライヒレーダー辺境伯の配慮だったんだろう。

 彼女が俺に対して失礼なことを言えば、ますます彼の胃が痛くなるのだから。


「いえ、他の家の話に口は出せませんよ。とっくに、ブライヒレーダー辺境伯がいい考えを思いついたのでは」


 俺があれこれと言うのは筋違いだからな。

 最悪、ブランタークさんなら黙って俺に頼るだろうから、こっちの庇護下に入れば一族や重臣如きが手を出せなくなる。


「なぜ、私がリングスタット家を重臣の列に加えたのか。それは、彼が魔法使いであったから。我が家は武に長けた人材が少ないので」


 ブランタークさんの戦闘力については、今さら言うまでもない。

 残念ながら、ブライヒレーダー辺境伯家一族や重臣に腕っ節が強くて有名な人は存在せず、だから外部に人材を認めた。


「父の魔の森遠征で、数少ない武に長けた家臣も減りましたからね」


 このままでは、頻繁に紛争を起こしているブロワ辺境伯家に対抗できなくなるかもしれない。

 だからこそ、ブライヒレーダー辺境伯はブランタークさんを好待遇で招聘し、その功績を認めて重臣の列に加えたというわけか。


「ですが、その子供が魔法使いというわけでもありません」


「だからですよ。私は、次のリングスタット家当主は武に長けた人がなってほしいのです」


 バカ共の親の一人が、ブライヒレーダー辺境伯に異を唱えた。

 次代が魔法使いでもないのに、なぜリングスタット家を重臣の列に加えたのかと。

 つまり、自分たちが今動いているのは、あくまでも家内のバランスを重視してのことだと。

 そのために、悪事を働いていれば世話はないのだが。


「ふーーーん、そうなんだ。じゃあ、みんなで戦ってみればいいのね。五人の中で一番強い子がフランツィスカちゃんのお婿さんだ」


 ここで空気を読まず、私の考えた最高に冴えた方法を口にするババア。

 ある意味、バカは最強なのだと思う。

 というか、この五人の中で一番強くても、紛争ではまったく役に立たないだろうな。

 ゲームでいうと、武力一桁同士がレベルの低い争いをするようなものだからだ。


「強い者が次のリングスタット家当主というわけですか。ならば、他の家臣たちにも門戸を開くべきですね」


「それは勿論」


 バカ共の顔に笑顔が浮かんだ。

 この時点で、この連中の魂胆が簡単にわかってしまう。

 五人以外の参加者が出ないよう、圧力を加える。

 どうせ参加して五人を倒したとしても、多くの分家や重臣に睨まれながらやっていくのは骨が折れるので、誰も立候補しないわけか。


「(嫌な連中だな)」


 俺のことを、水呑み騎士の八男坊と侮るわけだ。

 大貴族家の一族及び重臣という特権に浸かって、完全に腐りきっているのであろう。


「(ブランタークさん、やめた方が正解ですよ。多分)」


「(かもな)」


 このままではブライヒレーダー辺境伯家を出ていくしかないかと、ブランタークさんも覚悟したようだ。

 今のままでは、ブライヒレーダー辺境伯も認めざるを得ないであろう。

 その判断を覆すには、彼がこのウザイ一族や重臣たちを処分する決断ができるかにかかっているな。

 これまで順調だった彼の、久々の躓きというわけだ。


「ねえ、父さん」


 などと考えていたら、突然デニスが声をあげた。


「僕、立候補するよ」


「はい?」


 最初、俺はデニスがなにを言おうとしたのか意味がわからなかった。


「だからさ、僕がフランツィスカ姉ちゃんの婿になるから」


「「「「ええっーーー!」」」」


 まさかの申し出に、俺、カタリーナ、ブランタークさんに、ブライヒレーダー辺境伯まで大声をあげてしまった。


「別に僕がその決闘に出てもいいはずだけど。ブライヒレーダー辺境伯様はどう思いますか?」


「構いませんよ。私は、次のリングスタット家当主に武を期待しているのです。強ければ問題ないです」


 などと冷静に答えつつも、ブライヒレーダー辺境伯の顔が緩んでいた。

 おーーーい、うちの息子なんだけど。


「あっ、でも」


「どうかしましたか? デニス君」


「強さを競うだけだから大丈夫かなと思ったんだけど、他の五人って、全然鍛えていないから、もしかしたら手加減しきれなくて死んじゃうかも」


 まあ確かに、いくら武に長けた者が少ないブライヒレーダー辺境伯家家臣の子弟でも、普段から鍛えていれば、よほど運が悪くない限り模擬戦で事故死なんてあり得ない。

 ところが、あの五人は筋金入りで弱い。

 というか次男以下なんだから、普通は諸侯軍で飯が食えるように鍛えさせないか?

 甘やかすから、貧弱バカになるんだよ。

 かといって頭も悪そうだから、優秀な文官にもなれそうにもない。

 きっとコネだけで職が得られるとか、甘い幻想を抱いていたんだろうな。


「『一応』、ブライヒレーダー辺境伯様の親戚と重臣の子弟でしょう? 死んじゃうと問題になるかなって」


「いいえ、なりませんよ」


 と、答えるブライヒレーダー辺境伯は、一族や重臣たちに対し勝ち誇った笑みを浮かべた。


「これはブライヒレーダー辺境伯たる私が、リングスタット家次期当主を決めるために催す模擬戦なのです。そこで運悪く死んだとしても、これは事故。デニス君に責任なんてありません。手加減のある模擬戦で死んだ方が悪いのです。リングスタット家当主になれるかどうかの瀬戸際なので、ここは命を賭けてほしいという気持ちもあります」


「そうですか。だってさ、楽しみだね」


 そうデニスが例の五人に向けて声をかけると、連中はその場で震えあがってしまった。

 どう足掻いても、五人がデニスに勝てるはずがないからだ。


「では、リングスタット家の次期当主につきましては、参加者による模擬戦闘での勝者がなるということで。構いませんよね?」


「「「「「はい……」」」」」


「開催は一週間後としましょうか。色々と準備もありますから」


 ブライヒレーダー辺境伯が決定したことにより、一週間後、フランツィスカの婿を決める模擬戦闘が行われることが決まったのであった。





「デニス、本当にいいの?」


「僕としては好都合だけど、それが?」


「でも、私は、あなたよりも六つも上だから……」


「僕がいいと言っているからいいんだよ。フランツィスカ姉ちゃんは安心して待っていれば問題ないから。おばさんと一緒に婿取りの準備でもしていれば? でも、僕はまだ未成年か」


 ブライヒレーダー辺境伯が決断したので、俺たちはブランタークさんの屋敷に戻ってきたんだが、我が息子ながら、『なんだろう? この男前は』と思わずにいられない。

 デニスは、自分がフランツィスカと結婚してリングスタット家を継ぐから問題ないと宣言し、屋敷に戻ってきてからは、フランツィスカに膝枕をしてもらいつつ、耳掃除をしてもらっていた。

 なるほど、これがリア充とイケメンの融合体というやつか。


「で、ブランタークさんはどう思います?」


「宣言しちゃったからな。お館様も認めたし、デニスに妙なちょっかいを出せば、辺境伯様を怒らせる。あいつらを封じるには都合がいいな」


 ブランタークさん、これまでは色々と悩んでいたのに、今では晴れ晴れとした表情だ。

 一番お気に入りの子が義息子になるんだから、嬉しくて当然か。


「というか、辺境伯様こそいいのか?」


 いいも悪いも、デニスは自分がこうだと決めたら突き進むタイプだからな。

 他人の意見なんて聞きゃしないので、反対しても意味がない。


「カタリーナはいいのか?」


「本人がそうしたいというのであれば仕方がありませんわ」


「それは意外だ」


 カタリーナは、デニスが若い頃は外に出ても、いつかヴァイゲル準男爵家に入ると信じていたはず。

 ヴァイゲル準男爵家の当主になったカイエンを補佐して、とか思っていたはずだ。


「デニスがこうと決めたら、私の言うことなんて聞きませんわ。これも父親の血なのでしょう」


「えっ? 俺?」


 俺ほど、周囲の空気を読んで動く人間は珍しいと思うけど。

 

「ヴェンデリンさんも、頑固で自分を曲げない時があるではないですか」


 主に食べ物のこととかか? 

 

「幸い、デニスは次男ですから」


 カタリーナも反対しなかったことにより、デニスはリングスタット家に婿入りすることになった。 

 勿論模擬戦であの五人に勝てたらだが、よほどなにかトラブルでもなければデニスの勝利は堅い。

 デニスが強いのは当然として、あの五人が弱すぎるんだよなぁ。

 あそこまで弱いと、逆に感心してしまう。


「若干、年齢差が気になるかな?」


「ヴェンデリンさん、それをあとでリサさんやアマーリエさんに報告してもよろしいですか?」


「待った!」


 俺の息子だからアリだな。

 デニスは強いが、軽い部分もないわけではない。

 ちょっとくらい年上の嫁さんの方が抑えも効くか。


「じゃあ、僕は当日までここに泊まるから」


 またあのバカ共が、フランツィスカになにか企むかもしれない。

 デニスが残っていた方が安全だろうな。


「親子の語らいは必要だからな」


「ブランタークさん、すげえ喜んでる!」


「本当ですわね」


 お気に入りの子供が婿入りするので、ブランタークさんはとても嬉しそうだった。

 先ほどまでの暗い表情が嘘のようだ。


「だけど、必ずしもデニスが勝てるという保証もないのでは?」


 デニスの強さが問題ではなく、模擬戦までに妨害やインチキで勝とうと目論む可能性は高いか。

 ここは、俺がひと肌脱ぐしかないのであろう。

 これも可愛い息子のためだ。


「とか言って、本当はただ王宮筆頭魔導師のお仕事を休みたいだけでは?」


「そっ、そんなことはないし……」


 カタリーナめ、さすがに気がついていたか。

 導師の実力と性格だからこそ好き勝手できたみたいだが、王宮筆頭魔導師の仕事って、儀礼的なものが多くて肩が凝るんだよ。

 昔から俺のことをバカにしていた、ブライヒレーダー辺境伯家の一族や重臣でもイビっていた方が楽しいというものだ。

 ストレス解消ともいうか。


「ヴェンデリンさん、どうなさるおつもりで?」


「どうせ向こうは碌なことを考えていないんだから、俺たちも碌でもないことをするのさ」


「はぁ……」


 悪事には、悪事で対応する。

 それもバレないように。

 あんな連中、どうせ潰れてもブライヒレーダー辺境伯は擁護なんてしないからな。


「カタリーナも手伝ってくれよ」


「私もですか?」


「二人でやった方が成功率が上がるから」


「よろしいですけど、なにをなさるおつもりですか?」


「その時のお楽しみ」


 さてと、早速あいつらを騙くらかすとしますかね。

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