閑話18 リングスタット家の次期当主(その1)

「ほほう、これは凄いな。また腕をあげたじゃないか。カタリーナの血かな?」


「あの年齢にしては、使える魔法の種類も多いですわね。お師匠様が色々と教えてくれているのもあると思います」


「ただ魔法を教わるのと、それが実際に使えるようになるのとは別の話だ。デニスには才能があるんだな」


「お師匠様も嬉しそうですね」


「デニスをとても可愛がっているんだよね。ブランタークさんには息子がいないからかな?」


「そうかもしれませんわね」





 俺には段々子供が増えてきたが、その中にカタリーナが産んだ次男(母親別で分けないと八男だけど)で、デニスという男の子がいる。

 現時点での魔力はフリードリヒより少し劣るが、多彩な魔法を同時に五つまで、しかも連発して使えるという特技を持っていた。

 魔力量に関しても、まだ十二歳なので成長途上にあり、俺は魔法使いとしての自分の純粋な後継者は、このデニスだと思っている。

 そんな彼を、ブランタークさんも可愛がってくれた。

 彼には娘が一人しかいないので、息子のようなものだと思ってくれているらしい。

 基本、うちの子たちは全員可愛がってくれるのだが、特にデニスには目をかけているように見えた。

 今日もデニスは、ブランタークさんの屋敷の庭で魔法を教わっていた。


「ふぃーーー。俺も年かな。デニスの腕前が上がったというのもあるか」


「そうかな? 僕はまだまだだと思うけど」


「慢心せず、向上心があるのはいいことだ」


「だって、僕の周りには魔法の化け物しかいないから、全然油断できないもの」


「それは言えてるな。導師とか、辺境伯様に、デニスの兄、姉たちもか」


「あそこに混じっていると、僕なんて全然普通」


「お前はあの中で一番若いのに、そこに混じれるだけで凄いんだよ。あと五年もすれば兄、姉たちは抜かれてしまうさ」


「そうかな?」


「俺が太鼓判を押してやるよ。慢心せずに努力を続けるんだな」


 俺とカタリーナが見守っていた稽古が終わり、ブランタークさんは屋敷の庭の芝生に腰を下した。

 彼ももう七十歳近いから、若いデニスと魔法の稽古をすると疲れが大きいのであろう。

 だが、可愛がっている弟子の成長が嬉しいようで、デニスに稽古をつけるのを決してやめなかった。


「デニス、ちゃんと汗を拭きなさい」


「わかったよ、フランツィスカ姉ちゃん」


「はい、タオル」


「ありがとう」


 二人の稽古が終わったのを見計らって、ブランタークさんの一人娘フランツィスカが汗を拭くタオルを持って姿を現した。

 幸いというか、彼女はお母さん似だったようで美しい娘に成長していた。

 年齢は、デニスよりも六つ上の十八歳。

 父親であるブランタークさんが、屋敷の庭で魔法の稽古をつける関係で二人は顔を合せる機会が多く、デニスを本当の弟のように可愛がっていた。

 デニスも、彼女を本当の姉のように慕っている。


「おいおい。ここは先に、父親である俺にタオルを渡さないか?」


「どっちでも同じじゃない」


「それはそうなんだけどよ……」


 ブランタークさんは一人娘であるフランツィスカを可愛がっており、自分よりも先にデニスに汗を拭くタオルを渡した娘に不満なようだ。

 よくある父と娘のシーンである。


「お茶を準備してあるから。バウマイスター辺境伯様とカタリーナ様もどうぞ」


「悪いね、ご馳走になるよ」


「遠慮なくいただかせていただきますわ」


 みんなで屋敷に入ると、ブランタークさんの奥さんがお茶を淹れて待っていてくれた。

 お茶請けのクッキーを食べながら、ちょっとした世間話を始める。


「デニスは、同じ年齢の頃の辺境伯様よりも凄腕かもな」


「そうですか」


「あれ? そんなことはないとか言わないのか?」


「いやだって……」


 元々平成日本人だった頃の癖で、俺は子供たちに基礎から効率よく系統立てて魔法を教えることを躊躇わなかった。

 俺は師匠から教わったあと、ブライヒブルクに出るまで師匠が残した本以外はほぼ独学だったが、子供たちには物心つく頃から厳しく魔法を教えている。

 効率は段違いで、その中でも特にデニスは器用で才能があった。

 同年代の俺よりも上達して当たり前なのだ。


「これでも、苦労して新しい教科書の執筆とかしているのですよ。昔より教育効率が悪かったら意味がないじゃないですか」


 バウルブルクにも冒険者予備校があり、しかも俺のお膝元ということで多くの魔法使い志望者が集まってくるようになった。

 忙しいのでそう直接指導もできないが、臨時講師をした時の経験も生かし、師匠の本に改良を加える形で、魔法使い用の教科書を作成している。

 これを採用する冒険者予備校は多く、これを参考に授業をしておけば、魔法使いの講師がいない学校でも、以前より魔法の上達のスピードが上がるという優れものだ。

 もっとも、これは俺が優れているからではない。

 元々師匠の本が優れものだったのと、同じく参考にした平成日本の学校カリキュラムが優れているからだ。

 知識もそうだが、上手な教え方という点では、近代教育の方が圧倒的に優れていた。


「なるほどな。でも俺は、『デニスなんてまだまだ』とか言うと思っていたけどな」


「そういうことは、もっと年を取ってから言うかもしれませんけど」


「辺境伯様は、まだ老け込むような年じゃねえだろう」


「まあ、そうなんですけど」


 三十代なんて、確かに年寄りの範疇には入らないか。

 中身はともかく。


「デニス、お茶のお代りは?」


「いる」


「クッキーの味はどう?」


「今日のは、フランツィスカ姉ちゃんが作ったの?」


「よくわかったわね」


「なんとなくわかる」


「なんとなくなんだ」


「口で説明するのが難しいんだけど、わかるんだよね」


 デニスは、フリードリヒやカイエンとは違って家を継ぐ義務もないし、色々な貴族家から婿に来ないかと誘われても、基本興味なさそうだった。

 俺も、一人くらい気ままな息子がいてもいいと思い、放置している。

 多分、成人したら冒険者にでもなるんじゃないかな?

 母親であるカタリーナは少し心配しているが、ある程度冒険者として活躍してから家に戻っても問題ないと俺は思っていた。

 どうせ優秀な魔法使いなのだから、冒険者を引退しても第二の人生で困ることなんてないのだから。


「さてと、ブライヒブルクの町でもブラつくかな」


 お茶とクッキーを食べ尽くしたデニスは、鍛錬も終わったし、ブライヒブルクの町で軽く遊ぼうかなと席を立った。

 このお気楽なところ、誰に似たのであろうか?


「ヴェンデリンさんだと思いますけど」


「えっ? そうなの?」


「自覚がないのですね」


 俺は、結構真面目に貴族様をしていると思ったんだけど。

 一日に三時間くらいは。


「デニス、買い物につき合ってよ」


「えーーー! 父さんが、女の買い物は長いって言ってたけど」


 デニス、そこでフランツィスカに、俺のイメージが落ちるようなことを言わないでくれないか。 

 俺も一応、評判は気にする方なんだ。


「長くても、楽しそうにつき合うと女の子にモテるから。今のうちに勉強しておきなさい」


「はーーーい」


 デニスは最初不満気だったが、すぐに機嫌を戻してフランツィスカと買い物に出かけてしまった。

 十二歳の男子は、女子との買い物なんて嫌がるのが普通だからな。


「辺境伯様、カタリーナ。ちいと相談がある」


「そうでしたね」


 普段、俺とカタリーナがデニスの稽古になんてつき合わない。

 デニスは『瞬間移動』を使えないが、『高速飛翔』が得意なので、ブランタークさんの屋敷まで魔法で飛んで行くからだ。

 本人はそれも修行だと思っているし、たまに進路上でワイバーンが邪魔をしても、彼のお小遣いになってしまうだけであった。

 それなのに、今日俺とカタリーナがここにいるのは、ブランタークさんの相談を聞くためであった。


「部屋を移るか」


 ブランタークさんに促され、三人は機密を保ちやすい彼の書斎へと移動する。

 この部屋は、掃除でメイドが入る以外は奥さんもフランツィスカも入れないルールであった。

 秘密の相談にはもってこいというわけだ。


「あのババア、また妨害しやがった」


「自分が結婚できないからって……怨念ですかね?」


「それもあるんだろうな。あとは、また新しい宝石でも欲しいんだろう」


 実は、俺もカタリーナも少し前からブランタークさんの悩みを知っていた。

 それは、このリングスタット家の将来であった。

 ブランタークさんには一人娘であるフランツィスカしか子供がいないので、常識的に考えれば彼女が婿を取って家を継がせる予定だ。

 ブランタークさんは元々高名な冒険者であり、魔法使いでもあったから、膨大な資産を持っている。

 これに加えて、ブライヒレーダー辺境伯家でも筆頭お抱え魔法使いであり、教養もあるので文官としてもなかなかに優秀。

 俺の師匠の師匠でもあるので、バウマイスター辺境伯家とも太いコネも持っている。

 リングスタット家は、ブライヒレーダー辺境伯家の中でもかなりの重臣家となっており、この家を継げると膨大な資産が手に入る。

 そこで、一族や重臣たちが色々と画策しているらしい。

 自分の次男以下を、フランツィスカの婿に送り出そうとしているわけだ。


「これがまた、どいつもこいつも札付きばかりでな」


 ブランタークさんも大物家臣になったのだから、婿を受け入れることに関して不満はない。

 だが、その候補があまりにも酷すぎるのだという。


「つまりだ。ボンクラに継がせて、リングスタット家を没落させる計画なんだよ」


 ブライヒレーダー辺境伯家も、バウマイスター辺境伯領開発特需で成功して大きくなった。

 そのおかげで重臣家の数を増やせたが、増えたのが魔法使いとはいえ、元は外様、余所者というのが気に入らないのだそうだ。


「重臣家連中としては、自分の親族が別家を立てたとかなら、不満はなかったんだろうな」


「でも、功績がないと重臣になれませんけど……」


 ブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯の命令で俺の不運によくつき合い、その結果ブライヒレーダー辺境伯家に莫大な利益があったから重臣になれた。

 他の重臣の親族たちでは、俺の不運につき合っても戦力にならないし、最悪死んでいただろう。

 

「実際に、辺境伯様たちと行動を共にして無様を晒したわけでもないからな。『うちの息子ならもっと役に立ったのに……』とか、なんとでも言えるのさ。ボンンク揃いのくせに、いい面の皮をしてやがる。大貴族の重臣ってのは、そのくらい図々しくないと務まらないのかもな」


 もしうちの子が俺と一緒にいたら、もっと活躍できたのにとか抜かしているらしい。

 そもそも魔法使いでもないのに、その仮説には無理があるだろう。

 なにより、知り合いでもない。


「重臣たちが勝手に言っているだけだ。とにかく、ボンクラで本家のコントロールが効きやすいのを婿に入れようとしている」


 なるほど、そいつに命令して本家を援助させる。

 リングスタット家の資産を本家に移し、次代でリングスタット家を没落させるわけか。

 優秀な人を婿にするとリングスタット家が没落しないので、わざと駄目な婿候補を用意しているわけだな。


「俺も、独自に婿を探したんだがなぁ……」


 中堅から、優秀なら下級家臣の子供でもいいと範囲を広げて探したのだが、いざ打診すると断られてしまうのだそうだ。


「重臣たちが、圧力をかけているのですか?」


「貴族も陪臣も同じだな。自分の家のためという名目なら、どんな悪事もござれだ」


 カタリーナの問いに、ブランタークさんは心底呆れた表情を見せた。


「ブライヒレーダー辺境伯はどう思っているのですか?」


「お館様は全面的に俺の味方をしたいんだろうが、まず無理だな」


 歴史のある大貴族家の欠点として、実は当主の権限がそこまで強くないというのがある。

 元々ブライヒレーダー辺境伯は次男であり、急遽当主を継いでからある程度自由にやれるようになるまで、水面下で一族や重臣たちと張り合って苦労した。

 その後、家と領地が富んだので支配権は増していたが、ここで大人しくしていた一族と重臣たちが蠢動を始めた。

 成り上がり者であり、ブライヒレーダー辺境伯の支持者でもあるリングスタット家を没落させるべく、動き出したというわけだ。

 しかし暇人なのか、随分と気が長いことで……。


「お師匠様、アニータ様はどうして?」


「なにもわかっていないからな、あの人は。頭の中身が子供なんだよ」


 ようするに、重臣や一族たちに操られているわけだ。

 彼らは正々堂々と家と領地を富ませて実績のあるブライヒレーダー辺境伯に逆らう度胸がないので、もしやりすぎて処分されても誰も悲しまないアニータ様を焚きつけて看板にした。

 彼女への報酬は、よく欲しがる宝石やアクセサリー、豪華なドレスかな?

 確かに単純な人だよなぁ。


「あの人はほぼ間違いなく、もう一生結婚できないからな。うちのフランツィスカの婿が決まらないというだけで溜飲が下がるってのもある。あとは、もしリングスタット家の乗っ取りが成功したら、宝石でも買ってもらえる約束なのかもな」


「……」


 ブライヒレーダー辺境伯も大変だな。

 なまじ歴史のある大貴族家だから、クズな一族や重臣がいても簡単に処分できないのだから。


「あのぅ……フランツィスカは大丈夫ですか?」


 護衛もつけず、町に買い物に出してしまった。

 もしかすると、重臣のバカガキが攫って既成事実を……なんてことをしかねないような……。


「デニスがいるから大丈夫だろう。ここ最近、それを心配して外出させていなかったからな。ストレスも溜まるだろうから、デニスの買い物につき合わせたんだ」


 だから未婚の娘が未成年とはいえ、男性と買い物に出かけてもなにも言わなかったのか……。

 デニスなら、その辺のボンクラが数十人いても負けないだろうからな。

 あいつ、エルから剣や護身術も学んで結構上手だし。

 俺とは……比べるだけ空しいな。

 デニスの方が圧倒的に強いはずだ。

 というか、十二歳の子供に腕っ節で負ける父親ってどうなんだろう?

 魔法なら勝てるんだけど。


「最悪、ブライヒレーダー辺境伯家をお暇することも考えているんだ」


「ブライヒレーダー辺境伯、泣くんじゃないですか?」


「とはいえ、こうも色々と面倒事があるとなぁ……」


 超凄腕の筆頭お抱え魔法使いに去られる。

 一族と重臣の企みを抑えられなかった責任はあるが、間違いなく王国においてブライヒレーダー辺境伯の評判がガタ落ちだ。

 ついでに、いい人材が放出されたと、貴族同士で奪い合いになるだろうな。

 ブロワ辺境伯家とか、ホールミア辺境伯家なんて、きっと大喜びであろう。


「どうして、ブライヒレーダー辺境伯様のお子さんの誰かが婿入りしないのでしょうか? 男の子が多いのに」


「領主の息子を、重臣とはいえ成り上がりの陪臣家に婿入りなんてさせられないさ。第一、それができていたら、ここまで問題は悪化していない」


 それは最低でも、フランツィスカが産んだブランタークさんの孫がリングスタット家の当主になってからでないと、ということらしい。

 俺からすると、とてつもなくどうでもいいことに思えるが、重臣や一族たちの反発が大きいわけか。

 そんな事情もあり、ブライヒレーダー辺境伯は完全に身動きが取れないようだ。


「歴史ある大貴族家の欠点さ。辺境伯様は初代だから結構好き勝手にできるが、辺境伯様のひ孫あたりは、うちのお館様と同じような苦労をするはずだ」


 そうか。

 その頃には、バウマイスター辺境伯家でも分家や有力重臣家が、色々と口を出してくる可能性もあるのか。


「それは、その時の子孫が考えればいいからパス」


「ヴェンデリンさん、相変わらずですね」


「だってさ。今からそんなことを考えても仕方がないから」


 俺が気を使って遺言を残しても、それを子孫が実行できるなんて保証もないのだから。

 とにかく、頑張って考えてくれとしか……。


「相変わらずですわね、ヴェンデリンさんは。それで、お師匠様はどうなさるのですか?」


「お館様次第かな? 上手い解決策が出れば従うけど、駄目そうならお暇するのも視野に入れないとな。第一フランツィスカが可哀想だ」


 ブランタークさんは一人娘であるフランツィスカを溺愛しており、彼女がクズ男と結婚させられるくらいなら、ブライヒレーダー辺境伯家を出ても構わないと思っていた。

 まあ、ブランタークさんほどの魔法使いなら、どうとでも生きていけるから問題ないのだけど。


「うちの重臣の子供でも紹介しましょうか? 家臣同士ならアリでしょう」


「なんだがなぁ……完全に他家の婿だと、相当精神力が強くないと駄目だと思うぞ」


「ブライヒレーダー辺境伯家の重臣や一族に苛められそうですわね」


 特に、ブランタークさんの資産を狙っているような連中が。

 フランツィスカも結婚すれば、余計に一族や重臣の奥さんや娘たちとのつき合いが増える。

 加えて、アニータ様辺りが苛めそうな気がしてきた。

 あの人、無駄に暇だからな。


「ブロワ辺境伯様がこの話を嗅ぎつけて、『うちに来ないか?』って言われているんだ。筆頭お抱え魔法使いとして」


「当然ですね」


「むしろ、声をかけない方がおかしいですわね」


 ブロワ辺境伯家は、いまだ魔法使い不足に悩んでいるからな。

 領地の立て直しには成功し、お抱えの魔法使いは増えていたが、いまだ上級魔法使いを雇えなくて苦労している。

 その分、人数を増やして対応していると聞くが、辺境伯家が上級魔法使いを雇えないと、陰で他の大貴族たちからバカにされたりして大変らしい。

 大貴族ってのは、本当に面倒事が多いのだ。


「そんな他人事みたいに……辺境伯様も、その大貴族なんだけどな」


「俺の場合初代なので、多少のマナー違反は陰で笑われるだけで済むので」


 そんなことは、もう今さらなので。


「とにかく、今は結論を急いでも仕方がありません。ブライヒレーダー辺境伯の動き次第でしょう」


 一族や重臣たちを上手く抑えてくれるかもしれないからな。

 駄目なら、ブランタークさんは他家に仕官してもいいのだから。


「辺境伯様、俺に他家に仕官すればいいなんて勧めて大丈夫か? フィリーネ様辺りからあとで怒られるかもしれんぞ」


「フィリーネは、そんなことで怒りませんよ」


 彼女なら今のブランタークさんの状況をよく理解しているはずだし、俺に嫁ぐまで本家の人たちには唯一の娘としてとても可愛がられていたが、なまじ出来がよかったために、色々と微妙なアニータ様から嫌われたり、分家連中の方がフィリーネの母親の出自の低さを指摘してきたそうだ。

 フィリーネが現れたことで、自分たちのブライヒレーダー辺境伯家中における序列が一つ下がったのだから嫌って当然かもしれないが、堂々と嫌がらせできるのがある意味凄い。

 ブライヒレーダー辺境伯から怒られそうな気がするんだが、そこでアニータ様なのだろう。

 

「お館様が急遽当主に就任した時、逆らったり足を引っ張って主流派から外れたような連中が活動を再開し始めたようだし、先代と違って当代のお館様は独裁的だと騒ぐ一族、重臣たちもいるからな」


 大貴族ともなると大変だな。

 当主に権限があるように見えて、実は重臣や一族に反体制派が多数いたりする。

 そういう連中が、アニータ様を神輿にしているのであろう。

 あの人、こう言うと失礼だが、頭が弱そうだからな。


「うちに来てもいいですよ」


「それはやめとくよ。俺まで仕官したら、他の貴族たちからのやっかみが酷くなるぞ」


「それもそうか」


「独占しすぎだって言われるに決まっている」


 そうでなくても、うちは抱えている魔法使いの数が多すぎるからな。

 ブランタークさんまで引き入れたら、今度は嫌がらせされるかもしれない。


「どこかにいい婿いないかな?」


「お師匠様は、魔法使いの方をご希望ですか?」


「そこまではな。まともで真面目な奴がいい。本当、うちを潰そうと婿候補がカスばかりなんだ。アニータ様が勧めることもあって、余計にバカばかり勧められているような……あの年で、あのドレスはねえよ」


「ですわね、私も気をつけませんと」


 カタリーナも、あまり派手なドレスは着なくなった。

 そういえば……前にアニータ様が、年齢も考えず真っ赤でフリフリを多用したドレスを着ているのを見てから、服装が大人しくなったんだっけか。

 あの時は、さすがのカタリーナも顔を引き攣らせていた。

 それにしても、こういう話をしていると俺もブランタークさんも年を取ったと思う。

 などと思っていたら、そこにリングスタット家の執事が飛び込んできた。

 

「旦那様! 大変です!」


「出かけたフランツィスカになにかあったのか? しかし、一緒にデニスもいたよな?」


「はい。大変なのは、どちらかというとデニス様の方でして……」


「ええっ! デニスが怪我でもしたのですか?」


「いいえ、カタリーナ様。デニス様は傷一つ負っておりません。正確には傷を負わせたという方が正解です」


 リングスタット家の婿候補たちによって直接的な手段を用いられないよう、フランツィスカにはデニスが付き添っていたんだが、どうやら上手く護衛の任を果たしたようだな。

 さすがは俺の息子と、ただ感心してもいられないか。

 きっと、ぶちのめされた連中とその親が騒ぐだろうからな。

 だが、デニスは正しいことをしたのだ。

 この正義の行動に対するトラブルは俺が拭ってやるしかあるまい。

 俺の大切な息子だからな。







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