閑話19 槍と金魚(前編)

「ヴェル、もの凄くいいものを見つけたわよ。見て見て」


「どれどれ……」


「これ、ラグレルアルというとても有名な名工が作った作品なのよ。滅多に市場に出回らないんだけど、まさかこのお店にあるなんて。来てよかったわぁ」


「そうなんだ……えっ? これが有名な名工の作品?」


「そうよ。槍としての性能は勿論、この装飾が独特で素晴らしいのよ」


「独特……確かに、そう滅多にあるデザインではないか……」


「でしょう?」



 今日はたまたま、イーナと二人だけでバウルブルクの町を散策していた。

 俺はプライベートでよくバウルブルクの町を散策する。

 領民たちはそれに慣れているし、大抵交替で誰か奥さんを連れてデートしているので、話しかけてくる人は少なかった。

 たまに、この機会を狙って声をかけようとする浪人や貴族もいるが、勿論ローデリヒが護衛をつけていないはずがなく、俺に話しかける前に排除されるので問題ない。

 完全にお忍びで出かけたりできない、それがこの俺、バウマイスター辺境伯であった。

 それは仕方がないとして、普段行かない町の区画を散歩していたら、新しく骨董品店ができていた。

 新店のはずなんだが、どういうわけか店も売っている品も古臭く感じるのは、固定観念からくるイメージのせいであろうか?

 せっかくなのでと、二人で冷やかしに入るが……古臭い鍋、大きな貝がら、弦が切れたギターに似た楽器、透明度が低く価値の低そうな大きな水晶の塊……そして、魔物の剥製や、棺に入ったミイラ……人間ではないと思う……。

 どの骨董品を見ても、『こんなもの誰が買うんだ?』という品ばかりであった。

 前世の頃から不思議だったんだが、こういう店って客も滅多に来ないのに、どうやって商売をしているのだろうと不思議に思ってしまう。

 ひと通り見て、特に掘り出し物もないようなので帰ろうとすると、イーナがなにかいい品を見つけたようで、一人興奮していた。

 そして、その品のよさを俺に説明し始めたという次第だ。


「札には『ラグレルアル作、双竜の槍』って書いてあるな」


 俺に槍の良し悪しはわからないが、なんと言ったらいいか……双竜の槍なので、俺が二個貰った双竜勲章をイメージする人が多いと思うが、全然違う。

 二匹の竜が殺し合っている様子を槍の柄の部分に彫刻してあるのだが、死闘を演じている二匹の竜は傷だらけ、内臓がはみ出したりしている。

 それが異常なまでにリアルに彫られており、見る者を『ギョッ』とさせるのだ。

 とにかく不気味な槍で、俺は戦う相手に恐怖を与えるためこういう装飾にしたのではないかと予想してしまった。

 魔法を使わなくても、槍の不気味な装飾で対戦相手の精神を動揺させるわけだ。

 戦っている敵が、それに気がつくのかどうかは別の問題として。

 主に動体視力の問題で……。


「妙にリアルな彫刻だな……」


「でしょう? この彫刻の精密さが、ラグレルアルの作品のいいところなのよ。勿論、槍自体の性能も素晴らしいけど」


 なるほど。

 優秀な武器職人なのに、唯一美的センスだけが欠落した人なんだな。

 彫刻技術自体は素晴らしいので、一部マニア……イーナもそうか……に大人気というか、カルト的な支持があるわけだ。


「欲しいの?」


「当然! 店先に並ぶこと自体が奇跡という品だから」


 一人の職人が一生の間に作れる作品の数には限りがあるので、そう数はない。

 カルト的な人気があるからコレクターが囲い込んでしまうそうで、店に売るなんてことは滅多にないらしい。

 以上のような理由で、なかなか市場に出回らないのだとイーナが説明してくれた。

 俺は、こんな不気味な品を店先に並べたら、客が気味悪がって来なくなってしまうのではないかと邪推していたが……。


「値段が書いていないけど、要交渉ってことかな?」


「多分そうだと思う。でも、高くても十万セントまではいかないわよ」


 槍一本で日本円にして一千万円が上限か……。

 日本でも、昔の名工の日本刀や槍が高価だったりするから、別におかしくはないのかな。

 でも、カルト的な人気があるからもっと高価でもおかしくはない?


「いくら名工の作でも、百万セントを超えるような作品なんてそう滅多にないわよ」


「それもそうか」


 滅多にない貴重な品だから高価だが、こういう品は需要が少ないはず。

 槍に興味があるか、この趣味の悪い彫刻がたまらなく好きか。

 欲しい人が限られるので、その分相場は低いのであろう。

 見たところ、金や宝石などの高価な素材が使われているわけではないからな。


「ラグレルアルの作品の相場は、五万~十万セントくらいかしら。ちょっとお金がある人なら手頃な値段で買えるから手放さないのよねぇ。すみませーーーん」


 イーナは、この不気味……個性的な槍を手に入れるため、店主との交渉を決意する。

 自分のお金で買うので問題ない……もし、俺が『買って』と頼まれたら、俺は素直に『いいよ』って言えるのかね?

 そのくらい、不気味な槍なのだ。


「いらっしゃい……これは、ご領主様と奥方様」


 店の奥から出てきた老人は、すぐに俺とイーナの正体に気がついた……あまり知らない人はいないと思うけど……。


「このような汚い店にようこそいらっしゃいました」


「自分で汚いとか言って大丈夫なのか?」


 そうでなくても、客が俺たち以外いないってのに。


「店にお客さんがいなくても、こういう店は特に問題ないですな」


「客もいないのに、どうやって売り上げを得ているんだ?」


 客がいなかったら、売り上げが立たなくて店が潰れてしまうだろうに。


「実は、この店のオーナーは私の孫でしてな。普段はあちこちを回って骨董品の仕入れつつ、得意先回りをしております」


 なるほど。

 オーナーであるこの老人の孫が、顧客の下に赴いて骨董品を買い取ったり、売ったりしているのか。

 法人委託(金持ちまわり)メインで、店はこの商売をしていることを世間に知らせるために開けているだけ。

 もしくは倉庫代わり。

 そういえば、日本にもこんな店はあったな。


「この店に来るお客さんもまったくいないわけではありませんが、月に一つ骨董品が売れたら大したものです」


「退屈しないか?」


 あまりに忙しいのも大変だが、逆に客がいないと退屈してしまうような気がする。


「私も長年この商売をやってきたので、もう半分隠居の身なのですよ。ですので、店番兼留守番なわけでして……他に趣味もございますれば、このお店にお客さんが来なくても、それほど退屈ではありませんな」


 極稀に俺たちのような客も来るし、たまに骨董品を売りに来る客がいないわけでもないので、その相手と骨董品の査定の仕事もあると店主は言う。


「骨董品を売りに来る人もいるのね」


「この町は新しいので、それほどいませんが」


 不必要な骨董品があったとしても、ここに引っ越して来る前に処分した方が引っ越し荷物も減って楽になるから当たり前か。

 輸送費も減るだろうし。


「ところで、なにか御入用でしょうか?」


「そうだったわ、あの槍を売ってほしいのよ」


 イーナは、ワクワクしながらあの不気味な槍を指差し、いくらなのかと店主に問い質した。


「あのラグレルアル作ですか」


「ええ、おいくらかしら?」


 早くいくらか教えてほしいと、珍しくイーナは逸っていた。


「あれは、お金では売れませんね」


「売り物じゃないの? じゃあ、どうして店に出すのよ!」


 非売品なら店に出さずに仕舞っておけと、珍しくイーナが怒っていた。

 確かに、最悪『展示品です』とか札に書いておけばいいのに。


「お金では売らないという意味でして、条件が揃えばお譲りいたしますよ」


「本当? どんな条件かしら?」


 上手くやれば入手可能だと知り、イーナは再び上機嫌になった。

 本当、イーナは槍が好きなんだな。


「物々交換でしたら。ちょうど、私が欲しいものがありまして」


「それは骨董品なのかしら?」


「いえ、『金魚』がほしいのです」


「金魚? 金色の魚かしら?」


 この世界で生活して大分経つが、今日初めて金魚が存在する事実を知った。

 金魚かぁ……。

 前世で子供の頃、よくお祭りで金魚掬いをしたものだ。

 家に持ち帰ると、最初はちゃんと餌やりや水替えをするが、すぐに飽きていつの間にか死んでしまうと。

 同じようなパターンに、ヒヨコやミドリガメもあるな。

 ヒヨコは、両親が買ってくるなとうるさかったので買ったことはないけど。

 友達が雌だと言われて買ってきたヒヨコがたまたま成長し、実は雄で毎朝鳴き声がうるさくて難儀したなんて話もあったな。

 ミドリガメは、大きくなりすぎたので近所の公園の池に捨ててしまい、生態系が乱れるという話もあった。

 俺はそんなことはしてないけど。


「金魚は、リンガイア大陸の河川や沼、泉など、水場に広範囲で生息している魚です。金色に輝き、これを飼育したいと考える好事家も多いのですが、そう簡単に捕まえられるものではありません。見つかれば簡単に網で掬えますけど、滅多にいませんので」


 この世界の金魚は、その名のとおり赤くなくて金色なのか。

 フナの品種改良種ではなく、自然発生した独自の魚で、その生息数は非常に少ないらしい。

 滅多に市場に出回らず、手に入れた人はこっそりと飼うケースが多いそうだ。

 大変稀少な魚なので盗難の危険があり、飼育しているのを隠している人が多いと、老人が教えてくれた。

 隠してでも飼育したい稀少な金魚ねぇ……。


「私もほぼ隠居の身なので、趣味で河川から獲ってきた魚などを飼育しており、店番の他にも、魚の水替えなどで忙しいのですよ」


 この世界にはろ過機やエアレーションもないから、頻繁に水を変えないとすぐ水質が悪化しそうではある。

 多くの水槽を維持していると、この老人もいい時間潰しになるのであろう。


「金魚も欲しいのですが、なかなか手に入るものではありません。そこで、私が昔苦労して入手したこの槍と金魚を交換してくれる人を探しているのですよ」


「なるほど」


 槍と金魚の交換かぁ。

 どっちが高価なんだろう?


「金魚の相場は一匹十万セント前後。この槍とほぼ一緒ですな。商売ではないので、純粋にほぼ同価値の物同士の交換です」


 店主はその槍で儲けるつもりはなく、自分が欲しい同等の価値がある金魚としか交換しないというわけだ。

 稀少な槍と、希少な金魚を交換か。


「ヴェル。明日、金魚を獲りに行きましょうよ」


「金魚獲りかぁ……別にいいけど……」


 それはいいのだが、金魚に関する情報が欲しいな。

 どこで探すと獲れやすいとか。


「そうですなぁ……人里離れた小さな湖とか沼が狙い目かと。水質が多少悪くても、金魚は丈夫な魚なので問題ありません」


 要するに、前人未到の水場にいる確率が高い。

 まだそこで誰も採取をしていないから、金魚がいる可能性が高いというわけだ。


「となると、バウマイスター辺境伯領でもまだ人の手が入っていない湖はないと思うから、沼がある場所が狙い目か」


「必ず見つかるという保証はありませんが、人の出入りが激しい場所では難しいかと」


 すでに、誰かが獲ってしまっている可能性が高いからでろう。

 老人の話によれば、見つかれば簡単に捕れるものらしいから。

 

「金魚はそんなに素早く泳ぐわけでもないので、そこにいれば子供でも簡単に捕まえられます」


「その前に、天敵に食べられたりしないのか?」


 自然の湖や池に生息しているのであれば、人間に捕まる前に他の生き物に捕食されているかもしれない。

 なにしろ『金魚』だからな。


「金魚には天敵はおりませんので」


「そうなのか?」


 この世界は、地球に比べると魔物でなくても巨大で狂暴な生物が多数いる。

 そんな状況で、天敵がいない金魚って……。


「金魚って、凄く巨大なのか?」


「いえ……大きくなっても三十センチくらいでしょうか」


 そんな小さな魚に天敵がいないってのも変な話だな。


「金魚も、『桃色カバさん』と同じ魔物なのですよ。子供にも簡単に捕らえられてしまうので、人間に害のある生き物ではありませんが……」


 小型で強いわけでもなく、人間に簡単に捕まってしまうのに天敵はいないのか。

 不思議な生物というか……。


「人間が天敵じゃないのか?」


「いつ、どこからこんな話が伝わってきたのか不明ですが、金魚は人間が自分たちを飼育することを知っているのではないかと。人間に捕まれば飼育してもらえるので、わざと簡単に捕まる。飼育されていれば、餌の心配もありませんからな」


「それ、本当なのか?」


「そこまではわかりませんが、これまで金魚が滅んでいないのも事実です。そんなわけでして、私はこの金魚は欲しいので、もしあの槍と交換してくれるのであれば、喜んで槍を差し出すわけです」


 店主はお金に困っていないようで、金魚との交換でしか槍を手放さないようだ。

 つまり、イーナがこの変な槍を手に入れるには金魚を捕まえないといけない。


「ヴェル、明日はバウマイスター辺境伯領内にある湖や池を探しましょう! 頑張って金魚を探すわよ!」


「うん、そうだね……」


 俺は、どうしても槍が欲しいイーナの気迫に負けてしまい、『面倒だから嫌です』とは口が裂けても言えず、金魚の捕獲を手伝うことになってしまった。

 それにしても、金色だから金魚って……。

 安直すぎるとうか、風情はなさそうだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る