第十話 後継者争い

「よくやってくれた。バウマイスター辺境伯よ」


「私は、ただ導師を手伝っただけですので」


「そなたは謙虚だな。バウマイスター地区の商業街。儲かっておるか?」


「ははは……陛下のおかげを持ちまして、赤字ではありません」


「そうか。それはよかったではないか」




 ノースランド周辺の解放と、開拓が軌道に乗ったので、俺は陛下の元へ挨拶に向かった。

 バウマイスター地区貸与のお礼も兼ねてだ。

 どうも陛下は、俺の考えをすべて見抜いているようだ。

 砂金採りで踊っている貴族たちなど、仏の手の平の上の孫悟空なのであろう。


「まだまだガトル大陸の開発は続く。引き続き、バウマイスター辺境伯の貢献に期待する」


「畏まりました」


「ところで話は変わるが……」


 陛下が突然話題を変えた。


「レーガー侯爵家のことだが、バウマイスター辺境伯はどう思う?」


「どうとは?」


「次のレーガー侯爵を、誰にしたものか……」


「改易ではないのですね」


 最後のチャンスでガトル大陸探索隊の隊長に任命されながら、勝手に行動して陸小竜に食い殺されてしまい、現地を混乱に陥れるという、名門軍系貴族の当主にあるまじき失態を演じてしまった。

 さらに彼には子供もいなかったことから、俺は改易になると思っていたのだ。 

 以前に軍務卿の持ち回りから外された件もあり、レーガー侯爵家はなくなっても困る人は少ないのだから。

 まさか生き残るとは……。


「さすがに、あれほどの貴族家を改易すると問題が大きいのでな。ただ、さすがに伯爵家に降爵となった。前当主が、ガトル大陸で失態を演じたのは確かなのだから」


「跡を継ぐ子供がいるのですか?」


「亡くなった当主の従妹たちがいるのだが、家を残すために禊ぎが必要なのでな……」


 女性が貴族家の当主になることは、ヘルムート王国では難しい。

 カタリーナも当主ではなく、男爵夫人(ヴァイゲル家はカタリーナの功績で陞爵したが、それでも当主ではない)のままなのだから。


「つまり、後継者候補の従妹たちの誰かに婿を受け入れて、というパターンですか?」


「いや、それでは婿を出した家の影響力が増してしまうのでな。残っている一族や家臣たちの反発が大きい。後継者候補となる従妹は三人いるので、誰かを伯爵夫人とし、生まれた子供を次の当主にするわけだ」


「それって、なにが違うのでしょうか?」


 まさか、後者でも婿を平民にするわけにいかず、実家の影響力が強いという点では同じような気がする。


「入り婿を当主にすると、一族や家臣たちとの軋轢が大きくなるのでな。婿を送り出した実家は影響力を強めようとするだろうし、無用な争いが増える。バウマイスター辺境伯からすればバカらしい話だと思うのであろうが……」


 本人たちは必死なのだろうが、傍から見ているとバカらしいのは確かだ。

 だから平民たちは、よく貴族たちを陰で揶揄するのだろうけど。


「いえ、未来のバウマイスター辺境伯家の話かもしれませんので」


 ただ完全な他人事とは言えない。

 うちだって、未来にはしょうもない大貴族になっているかもしれないのだから。


「そなたは若いのに達観しておるな」


「従妹が三人もいると、まず伯爵夫人を決めるのが大変そうですね」


「それぞれに支持する一族、家臣がついて、三つどもえの争いになっておる」


 それは面倒な話だな。

 いかに没落気味で降爵した貴族家とはいえ、レーガー家はれっきとした伯爵家だ。

 影響を持ちたい貴族は多いのであろう。


「(触らぬ神に祟りなし……)大変ですね」


「大変なんだが、バウマイスター辺境伯よ」


「はい?」


「すまぬな。お主も巻き込まれるかもしれぬので、先に謝っておく」


「陛下……そんな恐れ多い」


 まさか、この国の王様に謝られてしまうなんて……。

 あれ? 

 つまり俺は、レーガー侯爵家改め伯爵家の後継者争いに巻き込まれることが確実なのか?

 でもどうして?

 もしや!


「私が、新しいレーガー伯爵夫人の婿になるなんて無理ですよ!」


「それができるのだ。入り婿をレーガー伯爵にするわけではない。婿と新レーガー伯爵夫人との子供が、新しいレーガー伯爵になるのだ。今や飛ぶ鳥落とす勢いのバウマイスター辺境伯家と血縁になり、その援助で軍務卿の持ち回りに復活する。そのように目論んでいる、候補者たちの後ろにいる一族や家臣たちがいるわけだ」


「お断りします」


 だいたいどう控えめに見ても、うちとレーガー伯爵家との仲は良好じゃないだろう。

 むしろ敵対関係にあるし、うちはエドガー前軍務卿と、導師との縁でアームストロング伯爵家と親しい。

 今さら、レーガー伯爵家と仲良くなんてできるか!

 以上の点を、俺は控えめに、なるべく穏便に陛下に説明した。


「それは余も理解しているのだが、前々当主の討ち死に、前当主急死、そのうえ爵位まで下げられたレーガー伯爵家としては、仲が悪かったバウマイスター辺境伯家に接近できれば逆転の目があると思うわけだ」


「そんな都合のいい……」


「もしかしたら、そなたが新レーガー伯爵夫人候補の誰かを気に入るかもしれぬ。そういう逆転の目もある。向こうは困っているのだから、もしかしたらと思える方策はすべて試すであろう」


 まさに、『溺れる者は藁をも掴む』だな。

 貴族家の当主は権限が大きいので、気に入った家臣や側室の実家が引き立てられる例も無視できないくらいある。

 そこを狙ってくるわけか……。


「気をつけます。これ以上、奥さんはいりませんので」


「余も、昔はそう思ったが……振り切れるといいな」


 陛下……。

 そんな怖い言い方を……。

 陛下との謁見を終えた俺は、周囲に気をつけながら王都の屋敷へと戻るのであった。





「ヴェル様、おかえりなさい」


「ただいま」


「よう、バウマイスター辺境伯」


「エドガー軍務卿……じゃなかった。エドガー侯爵」


「軍務卿をやめたら気楽でいいな。こうして、義息子の屋敷を気軽に訪ねることができるのだから。ガトル大陸では大活躍だったな」


「あのぅ……レーガー伯爵家のお話ですか?」


「なんだよ。知ってたのかよ」


「陛下からお聞きしたんですけど……」




 王都の屋敷に戻ったら、連れてきたヴィルマとエドガー前軍務卿がお茶を飲んでいた。

 義理の娘と息子を訪ねる体で、本命はレーガー伯爵家のことだろう。

 例の伯爵夫人候補三名の件かな?


「エドガー侯爵は、それを阻止するためにここに来てくれたのですね」


「当然だ! 俺はバウマイスター辺境伯の義父なんだからな」


 それは、俺が勝手にレーガー家の娘と結婚して、生まれた子供が新レーガー伯爵になり、バウマイスター辺境伯家の援助で軍務卿の持ち回りに戻ったら大変だろうしな。


「俺もな。レーガー家とは敵対していたが、無理に潰そうとか、意地でも軍務卿の持ち回りから外したいわけじゃないぞ。そこは誤解するなよ。アームストロング伯爵も同じ意見のはずだ」


「それはつまり、交代で軍務卿に就く貴族家同士は、敵対することはあっても、片方が片方を完全に潰すまでには至らない不文律があると?」


「そんなところだな」


 大貴族家同士が敵対することで、双方の家が貴族社会に存在感を示し、寄子たちの結束を維持し、緊張感を持って家を潰さないようにするわけか。

 つまり、ヤクザの縄張り争いと同じか……。


「だが、レーガー伯爵家は失敗続きでな。さすがに擁護できないじゃないか」


 親子して大きなミスを犯し、挙げ句の果てに死んでしまった。

 貴族としても軍人としても、擁護できる点が一つもないな。


「親子して、無様に死にやがって。誰が後始末をしていると思っているんだ!」


「せめて名誉の戦死なら、ですか?」


「そんなもの、なんの足しにもならん! 貴族が名誉の戦死で称えられるなんて、そんなの建前の話だけだぞ」


「生き残って責任を取らないと」


「そんなものなのか」


「そんなもの」


 ヴィルマが、きっぱりとそう言った。

 しかしながら、先代レーガー侯爵は討ち死にし、元現当主は恐竜モドキたちに食われてしまった。

 残務処理と穴埋めで、俺たちにも無駄な仕事が増えたのは事実だ。

 確かに、死ぬのは無責任だよな。


「死んで責任を取るなんて、昔の戦乱の時代ならともかく、今は残された者の仕事を増やすだけだ。口では称える奴もいるが、結局レーガー家は損をした。そういうことだ」


 実際に尻を拭ったエドガー侯爵としては、レーガー家に文句の一つも言いたいのであろう。

 『余計な仕事を増やしてくれるな!』と。

 そしてレーガー伯爵家も現在、没落真っ最中だからなぁ……。

 死ぬと損なのは確かだな。


「そんなわけで、レーガー伯爵家は改易されなかっただけマシなんだがな。あと二代くらい反省してくれれば復帰の目もあるんだが、余計なことばかり考えやがって!」


「後継者候補が多すぎる」


 先日死んだ当主の従妹だったか。

 三人いて、それぞれに一族や家臣がついて争いになっていると。


「確か、結構な数の一族や家臣たちが死んだはずですけど……」


 食われたレーガー侯爵は、自分が雇っている一族、家臣ばかりで、ノースリバーに偵察に出かけて殺されてしまった。

 もしかしたら、なんらかの方法で砂金が採れる事実を知ったのかもしれない。

 そして、砂金の独り占めを図って食われてしまった。

 バカみたいな末路だが、砂金は魅力的だものな。

 レーガー家の復興に使いたかったのであろう。


「というわけで、俺はしばらくこの屋敷にいるぞ」


「睨みを利かせる」


「はあ……まあいいですけどね……」


 俺は珍しく明日まで休みであり、その間はこの屋敷で過ごそうと思っていたのだから。

 とはいえ今回の件のせいで、外には出られないだろうが。


「お館様、お客様が見えられております」


 ここでタイミングよく、王都屋敷つきの家臣が俺に来客を告げた。

 さすがに今はローデリヒが管理しておらず、他の家臣がこの王都屋敷を管理していた。


「早速来たのか」


 というか、面倒だなぁ……。


「随分と行動が早いな。もしかしたら、三人ともバウマイスター辺境伯の種が欲しいのかもな」


「身も蓋もない言い方」


「事実じゃないか」


 ヴィルマの指摘に対し、事実だろうがと言って反論するエドガー侯爵。

 それはいいが、とにかく新しい奥さんだけは避けないと。


 さすがに俺の精神が保たないわ!

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