第九話 ゴールドラッシュ

「結局のところ、あれだけいた魔物たちはどこに消えたのでしょうか?」


「陸小竜だが、南の大河には水深が浅くてそのまま渡れるところもあった。そこから南に逃げたんだろうな。口長水竜は、大河に多数ある支流から南に。飛行竜は飛べば逃げられる。そういうことだろう」




 ノースランドから南の大河に至るまでの、それなりの面積の土地が無事に解放された。

 現在アームストロング伯爵が魔導師たちに偵察させているが、あれだけいた魔物たちは一匹も残っていないそうだ。

 魔物の領域の不思議というやつだな。


「でも、すべて倒したわけではないので、これから南下するとなると、さらに魔物の大軍団を駆逐しながらです。大変ですね」


「今回は、このくらいで止めるんじゃないか? ほら、今や例の大河はゴールドラッシュに沸いているからな」

 

 口長水竜たちの楽園であった大河だが、その川辺で多くの砂金が見つかった。

 大成果であるし、今この大河には続々と人々が詰めかけている。

 さらに南の探索と解放は、もう少しあとになるであろう。

 急に人が増えたので、ノースランドはおろか解放された土地の開発と開墾、治水を進めないと物資不足で南下など不可能であったからだ。

 現に俺とブランタークさんも、大河から水を引く用水路を掘らされていた。

 こういう時、魔法使いは重機扱いされるのが宿命なのだ。

 国家からしても、一般の人たちからしても、広域上級魔法よりも、こういう魔法が得意な魔法使いの方がありがたいってわけだ。


「一攫千金の夢か……そういえばお館様は、ノースランドの一区画を貰ったって聞いたけど」


「正確に言うと一区画の『長期貸借地』ですけどね」


 領地を貰うと問題なので、ノースランドの非常にいい場所を一区画、五百年間無料賃貸できる権利を得たわけだ。

 褒美なので、その区画で得た利益から発生する税金を王国に納税しなくてよく、条件がいいので、現在商店、宿屋、飲食店、盛り場を多数建設中であった。


「辺境伯様は、他の貴族たちみたいに一人でも多くの人手を送り込もうとしないんだな」


「ええ、競争が激しいので」


 ノースランド南の大河『ノースリバー』で砂金が大量に採れる。

 この情報に、貴族たちは色めき立った。

 次々と人を送り込んでいるわけだ。

 領内で余っている人間、王都のスラムで燻っている人間。

 彼らを集めて送り出し、砂金を掘らせる。

 出稼ぎ扱いで、領民たちを送り出す貴族たちもいた。

 当然彼らにはお金がないので、魔導飛行船の運賃も、道具代も、生活費も出せない。

 貴族たちは彼らにお金を貸し……間にお抱えの商人を挟んでいるが……利息を取って儲ける。

 決して褒められた手法ではないが、パッとしない貴族からすれば大金を稼ぐチャンスであり、誰が広めた手法か知らないが、地方の零細貴族や王都で暇をしている貴族たちが多数この事業に参加していた。

 勿論、ブライヒレーダー辺境伯のような大物貴族たちや、その方法に疑念を抱いた貴族たちは参加していない。

 俺はというと、直接砂金を掘らせる人手がいないわけではないけど、利益にはならないので別の方法にシフトしたわけだ。


「ヴェンデリンさんがうちの人手を借りたいと仰ったのは、ノースランドのバウマイスター地区に商業街を作るためだったというわけですね。砂金を掘った方が儲かりそうですが、他の貴族たちとの軋轢を避けるためでしょうか?」


 交代でこちらに来て、俺とブランタークさんを手伝っているカタリーナが俺の意図を尋ねてきた。

 商業街では宿屋街の建設も進んでいるので、彼女の実家であるヴァイゲル準男爵家の人間も複数参加していたのだ。


「他の貴族との軋轢を避けるというのは間違っていないかな。魔物の領域を開放した手柄を盾に無理やり砂金掘りに加わった結果、嫌われることは確かだし」


 さらにいえば、他の貴族たちの目もある。

 今のバウマイスター辺境伯家が少しばかり砂金を得ても、評判という目に見えないもので大きく損をする方が大きいのだ。


「今もこぞって砂金掘りに人を送り出す貴族が増えているから、競争率高いしね」


 砂金は永遠に採れるわけではない。

 すでにノースランドに一番近い大河の岸辺では砂金が採れなくなっていた。

 段々とノースランドから離れた川縁へと、人間が移動していたのだ。

 ついでに言うと、大河の南岸でも砂金は採れるのだけど、そちらは魔物の領域なので口長水竜は出現する。

 巨大口長水竜たちが倒される前よりは大分減ったが、勝手に南側に渡って砂金を掘っていて、口長水竜に食われて死んでしまった者がすでに数名出ていた。

 アームストロング伯爵が、南岸での砂金採取を禁止する、と布告を出したにも拘らず、今でも南岸に渡って砂金を採ろうとする者たちがあとを絶たなかったのだ。

 砂金の魔力。

 一攫千金の夢の魔力というべきか。


「砂金はいつか採り尽くしてしまう。そうなったらもう終わりだ」


 そこで砂金という短期の儲けは気にせず、ノースランドの一地区に商業街を作っているわけだ。


「長い目で見たら、こっちの方が儲かるからね」


「そうなのですか?」


「お館様、カタリーナ様には詳しく説明しませんと」


「あら、アルテリオさんですか」


「当然、バウマイスター地区の商業街建設には関わっておりますとも」


 ちょうどいいタイミングで、商業街建設の仕事でこちらに来ていたアルテリオが姿を見せた。

 確かに、カタリーナはヴァイゲル準男爵家の人間にしては商売に疎いんだよなぁ……。

 家臣であるハインツたちが十分有能だし、彼女はあまり口を出さないので上手くいっているのだけど。


「砂金採りの人たちは、まず魔導飛行船で着の身着のままでここまで来るのさ」


 砂金堀りで一攫千金を狙う人たちだから、貧乏で荷物などほとんど持っておらず、さらに余計な荷を積むと運賃が増えてしまうからだ。

 彼らにお金を貸している貴族や商人たちも、余計な荷物など持ってこさせないのだから。


「到着した彼らは、まず砂金採りに必要な道具を、借りたお金で買います」


 重たい荷物を持って魔導飛行船でノースランドまで移動するのと、なにも持たずに来てノースランドで必要なものを購入するのとでは、後者の方が安くつくのだから当然だ。

 アルテリオが関わっている商店の品は、バウマイスター辺境伯家所有の魔導飛行船で一括輸送している。

 立ち上げ時なんて、俺が魔法の袋で持ってきて初期経費を圧縮したくらいなのだから。


「砂金掘りをする人たちは、バウマイスター地区の商店で必要なものを購入し、まずは宿屋に泊まってからノースリバーへと向かいます」


 毎日ノースランドに戻ると時間の無駄なので、彼らは野営をして砂金を掘り続ける。


「テント、野営に必要な道具。食料も売れるわけだ」


 それも、バウマイスター地区のお店で購入したものであった。


「砂金が沢山採れて懐が温かくなったら、休みにはノースランドに戻るよね?」


 普段は野営なので、街に戻った時くらいはいい宿に泊まりたいだろう。

 ここぞとばかりにいい飯、いい酒、綺麗な女性がいるお店に行きたいし、出稼ぎ組は家族へのお土産も買うはずだ。


「こうして、バウマイスター地区の商業街の初期費用はとっくにペイしたのでした」


 あとは儲けるばかりというわけだ。

 この手法のヒントは、アメリカのゴールドラッシュだ。

 結局砂金採りをしていた人たちよりも、彼らを相手に商売をしていた人たちの方が儲かりました、というやつである。


「そう言われてみますと、できたばかりの商業街だという点を差し引いても、バウマイスター地区の商業街は混んでおりましたね」


「でしょう?」


「ですが、砂金を掘り終わったあとはどうされるのですか?」


「だって、もうそんなに儲けなくても元は取ったし」


 砂金採りをしていた人たちから、すでに初期費用はすべて回収したから赤字ではない。

 砂金採りたちがいなくなっても、開拓が進めば自然とお客さんが増えるし、さらに開拓が進めば観光などでここを訪れる人たちも増えるはずだ。


「高価な魔導飛行船を使って来る人たちなんだ。ランクの高い宿は必要だよね」


「考えておりますのね」


「それは当然」


 俺は、多くの奥さんたちと子供たち、家臣とその家族、領民たちに責任がある立場なのだから。


「俺もお館様に計画を伝えられた時、驚いたものな。言われたら『ああそうか!』ってなるんだが、これが王都の大商人でも気がついていない奴がいるんだよ。貴族の依頼でスラムでの人集めに奔走している奴も多い」


「今からかぁ……」


 大商人だから儲かるとは思うけど、すでに労力の割には、という状態だろうなぁ……。

 商売規模が大きいと、薄利多売ができるから有利なのだ。


「ノースリバーの北岸で砂金が採れる場所はどんどん遠くなる。南岸は砂金の採取が禁止だし、もう少ししたら、そこまで儲かる事業ではなくなるかな」


 最初に参加した貴族は儲けたと思うが、問題はこれからだな。

 いつまでも砂金採りに拘っていると、将来大火傷をしてしまうであろう。


「砂金採りの人たちだって、全員が考えなしじゃない」


 借金と利息を返してお金を貯めたら、この地で農地を得たり、商売を始めたりする人も増えるであろう。

 スラムも徐々に人が減って、そのうち人が集めにくくなるかもしれない。

 出稼ぎ組も、稼ぐだけ稼いだら、あとは故郷で農地を広げたり、新しい商売を始めたりするだろうから、なかなか砂金採りには応じなくなるはず。


「というわけで、砂金採りは古きよき昔の物語となるのでした。終わり」


「そういうことです、カタリーナ様」


「その砂金のおかげで、ノースランド周辺は無事に開拓されるのですから、無駄にはならないのでしょうね」


 それにしても、陛下はよく考えているよな。

 しくじる貴族や商人は可哀想だけど、大のために小が犠牲になるだけとも言えるわけで。

 俺は、自分が負け組にならないようにするのが精一杯なのだから。

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