第十一話 三人の候補者たち

「お初にお目にかかります。マチルダ・アンフェス・レーガーです」


「レーガー? あなたの姓は、まだ分家のルーターだと記憶していますが。マチルダさん、嘘はよくないですわよ。私の名はパトリシア・イアフ・レーガーですわ。バウマイスター辺境伯様。以後お見知りおきを」


「パトリシアさんこそ。今の姓はソーサリだったと記憶しておりますが」


「ヘレン・マリスク・レーガーと申します。他の二人とは違って、私は本家に一番血筋が近い本物の伯爵夫人候補ですので」


「ヘレンさん! 聞き捨てなりませんわ! 血筋で言うのであれば、この私パトリシアの方が! 私の父は先々代の一番上の弟なのですから!」


「ですが、母親の血筋がねぇ……家臣の娘ではないですか。その点私の母は子爵家の出なので」


「それなら私の母は、伯爵家の出ですわ!」


「その伯爵様が、外でお作りになった子だとか。そう言われると、マチルダさんの品のなさも納得できますわね」




 俺の屋敷に集結した三名の候補者たち。

 境遇が似たり寄ったりで、全員が先日亡くなった当主の従妹だという共通点があった。

 当主の従妹だが、みんな姓は違ったようで、急遽レーガーの姓になったらしい。

 激しくどうでもいいけど……。

 三人は父親と母親の血筋の違いなどを喧嘩しながら懸命に説明していたが、本当に心からどうでもいい。

 俺は、犬やサラブレッドのブリーダーではないのだから。

 さて、このはてしなくしょうもない争いをどう治めるか。

 一人を嫁にする?

 あり得ないな。

 こんな平時に乱を起こしそうな女性たちは。


「(大貴族の女性って、こんなのばかりなのかな?)」


「(全員じゃないけど、一定数はいる。でも、こんなに酷いのは……無視できない数いるか……)」


「(いるんだ……)」


 ブライヒレーダー辺境伯家のアニータ様とかか。


「(急に出番が回ってきて、急に周りがチヤホヤし始めたからおかしくなったという線もあるな。それまでは、ただの一族の娘なんだから)」


 当主の妹じゃなくて従妹だからな。

 レーガー家になにもなければ、家臣や他の貴族の親族に嫁ぐのが普通だからだ。

 それなら、ここまで高慢ちきではいられないだろう。


「(周囲の大人たちが唆した結果か……可哀想だが……)」


 だが、いちいちそんな理由で嫁を増やしていられない。

 ここは、上手く断らないと。


「それで、本日はどのような用件で?」


「バウマイスター辺境伯様、この私マチルダがあなたの妻となります。レーガー伯爵家というツテを得て、バウマイスター辺境伯家はさらに飛躍することでしょう」


「それなら、この私パトリシアの方が」


「いえ、この私ヘレンこそが、バウマイスター辺境伯様の妻に相応しいのです!」


「……」


 自分こそが俺の妻に相応しいと主張する三人の若い娘。

 これが前世だったら、俺は自分のモテモテぶりに舞い上がったのであろうか?

 今となっては、もう鬱陶しいだけだ。

 これを成長したというのか、それとも慣れて鈍くなったというのか……実に難しい。


「お前ら、よく俺の前でそれが言えるな」


「あら、エドガー侯爵様ではありませんか。しかしながら、バウマイスター辺境伯様が誰を妻に選んだとしても、それに口出しできる権利はないのでは?」


「そうですわ。すべてはバウマイスター辺境伯様次第かと」


「いかにエドガー侯爵様とて、この件への口出しはよくないと思います」


 凄いな。

 自分が浮上するか、沈没するかの瀬戸際なのもあるが、エドガー侯爵に堂々と口答えするなんて。

 こういう時って、かえって女性の方が度胸があるのかもしれない。


「俺は別に、エドガー侯爵として口を出しているんじゃねえぜ。可愛い義娘であるヴィルマのため、義父としてここにいるんだ。これからずっと変な女たちと関わり合いになるのは、長い人生大変だものな」


「「「……」」」


 エドガー侯爵のあんまりな言い方に、さすがの三人も唖然としてなにも言い返せなかったようだ。

 と思ったら、すぐに再起動して言い返してきた。

 意外と度胸があるみたいだ。


「義娘をバウマイスター辺境伯様に押しつけたくせに」


「そこは否定しないな。第一、俺らは貴族だからな。政略結婚のなにが悪い。お前らも同じだろう? バウマイスター辺境伯を利用してレーガー家復活をなし、再興の功労者『家母』気取りってか」


「私は、一人の女性としてバウマイスター辺境伯様をお慕い申しておりますわ」


「私もです。マチルダやパトリシアとは違います!」


「ヘレン、言ってくれるわね!」


「そうよ! 一番の腹黒が!」


 と、パトリシアが言うが、俺からすれば三人とも同類だと思う。


「話を戻すが、別に政略結婚でも仲のいい夫婦なんていくらでもいるさ。だがな。そういう夫婦はほぼすべての妻が夫をよく手助けしている。お互いを支え合ってこその夫婦なわけだ。うちのヴィルマはちょっと無愛想だが、実にバウマイスター辺境伯をよく支えているぞ」


 ヴィルマは、エリーゼに匹敵するほど器用で色々とできるからなぁ……。

 俺はいつもよく助けてもらっている。


「バウマイスター辺境伯は、竜退治や地下遺跡探索、魔物の領域の開放、魔物の大規模討伐等。軍人、冒険者として名を成して出世した稀代の英雄だ。そんなバウマイスター辺境伯の奥方たちは、みんな一角の才で彼を支えている。ヴィルマも、類まれなる怪力と大斧で夫君を支えているわけだ。で、あんたらはなにができるんだ? 着飾って、若くて綺麗ですなんて女。王都に余るほどいて、バウマイスター辺境伯としても全員を相手にしている暇などないのだからな」


 隙を見せると奥さんが増えてしまうので、以前から俺の奥さんになるには冒険者として活動できるという条件が非公式についていた。

 その条件があっても、俺の奥さんの数は多いのだ。

 条件がなかったらと思うとゾッとする。


「どうなんだ?」


「確かに、バウマイスター辺境伯様の奥様たちは冒険者として優れた実績を持っています。ですが、フィリーネ様のような例外もいます」


 一応、ちゃんと調べてから来たんだな。

 マチルダが代表して、エドガー侯爵に反論していた。


「フィリーネね。それは彼女は例外だろうよ。彼女はブライヒレーダー辺境伯の娘だぞ。お前らのような実家が地盤沈下した家と比べるなよ。元々ブライヒレーダー辺境伯はバウマイスター辺境伯の寄親で、散々バウマイスター辺境伯を助けているんだ。お前らとは前提条件が違う」


「「「……」」」


 いかにもな貴族令嬢たちかぁ……。

 そういえば、俺は貴族なのにかえってそういう女性とあまり縁がないな。

 テレーゼは、大貴族の当主自身で自ら辣腕を振るっていた。

 この三人とは違う。

 フィリーネも長年平民として暮らしてきたので、純粋な貴族の女性とはちょっと違った。

 料理とか裁縫とか、母親を亡くしてから一人暮らしだったので、エリーゼと遜色ないほどできるのだ。

 よくエリーゼと一緒にお菓子を作っていて、これがとても上手なのだ。

 バウマイスター辺境伯領に引っ越すまでは、よく父親であるブライヒレーダー辺境伯に料理やお菓子を振る舞い、彼女が俺に嫁ぐ準備で引っ越すと聞いたら、また変な発作を起こして奥さんたちに止められたそうだけど。


「(この人たち、俺に嫁いでなにをするのかね?)」


 生まれが生まれなので、自ら家事や育児をするとは思えない。

 武芸の心得も、魔法の才能もないだろう。

 統治の手伝いも……無理だろうな。

 とにかく、バウマイスター辺境伯家の家風と合わないのだ。

 三人はノンビリ有閑マダムができる、他の貴族家に嫁いだ方が幸せだと思う。


「(どうする? 俺が一喝するか?)」


「(それだと納得しないでしょう)」


 エドガー侯爵に妨害されたから上手く行かなかったのだと思い、諦めない可能性が高い。


「(こういう時は、自ら『これは無理だ!』と思わせることが大切です)」


「(策はあるのか?)」


「(ええ……できれば頼むと陛下から要請されていた仕事がありまして、またガトル大陸なんですけどね)」


「(なるほどな。それにつき合わせるってか。バウマイスター辺境伯も悪辣だな)」


「(エリーゼたちは俺に同行していますよ)」


 なんのことはない。

 ノースリバーより北は解放されたガトル大陸であったが、そこからろくに調査にも入れていないそうだ。

 開放時に逃げ出した陸小竜、飛行竜、口長水竜は消滅したわけではない。

 ノースリバー南岸やその近くに集まり、人間の南下を悉く拒んでいるそうだ。

 数も多く、他にもこれまで見たことがない魔物も登場し、俺たちにできる限り探索なり、魔物狩りなりに参加してほしいという依頼が陛下からあった。

 他の貴族家は知らないが、うちは俺の魔物狩りに同行する奥さんたちが大半だ。

 別に前線で魔物と戦えとは言わない。

 エリーゼは後方で治療担当なのでその手伝いでもいいし、食事を作ったり、洗濯をしたり、武具の修繕や手入れをしたり。

 アマーリエ義姉さんも、フィリーネだってこれからは参加すると言っていた。

 まあ彼女の場合、ブライヒレーダー辺境伯が心配し過ぎて、また奥さんたちに怒られていたけど。

 とにかく、それについてこれるかどうか。

 そこが、俺の奥さんになれる最低ラインというわけだ。


「ガトル大陸ですか? 前当主様が魔物に食べられて死んだという……」


「ええ、先日の作戦ではエリーゼたちも参加しました」


 彼女たちからすれば、エリーゼが前線に出ること自体が理解の範疇外なのであろう。


「正妻であり、ホーエンハイム子爵家の聖女と呼ばれた方がですか?」


「はい。うちは貧乏騎士の八男が成り上がった家です。そういう家は、歴史がないので、貴族の常識に囚われない部分が多い。ですから、あなた方は無難にそれなりの貴族と結婚なされた方が幸せですよと、忠告するのです」


 もし俺の奥さんになりたいのであれば、今からガトル大陸で仕事するけど、当然ついてきて最低限の労働はできるよね?

 できなければ諦めな、と遠回しに言っているわけだ。

 さて、三人はどういう選択をするかな?

 三人はお互いに視線を送りながら、ライバルたちの反応を探っていた。


「私は行きます! いいでしょう! 必ずやバウマイスター辺境伯様のお役に立ってみせます!」


「私もです! マチルダさんには負けませんわ!」


「バウマイスター辺境伯様は、すぐにこのヘレンを選ぶと思いますけど」


 まあ、社会勉強にでもなればな。

 そう思って俺は、この三人も連れてガトル大陸へと向かうのであった。

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