第十話 イシュルバーグ伯爵の本性

「ヴェンデリンさんは魔法使いだったんですね」


「……とてもよくできた、俺渾身の手品です」


「そんな嘘はいいですから」


「ちっ! 誤魔化しは利かないか……」



 複数の小型竜たちに襲われた俺たちであったが、無事撤退に成功した。

 テントが張られたキャンプ地点でエリーゼが淹れてくれたお茶を飲みながら話をするが、さすがに俺とエリーゼが魔法使いなのは誤魔化しようがないか。

 手の込んだ手品だと赤井さんに冗談を言ってみたが通用せず、逆に見事にスベってしまった。


「魔法なんて本当にあるんだ」


「普通は信じてもらえないだろうな。この世界では」


 魔法なんて、地球では空想の産物でしかないのだから。


「タクマだったかな? 実際に目で見た、体験したものを疑っては駄目だよ」


「はあ……ええと?」


「紹介が遅れたね。ユウは、ユーフェリア・マルクトレス・フォン・イシュルバーグというしがない伯爵であり、魔法使いであり、魔導技師でもあり、学者でもある。こう見えて結構多芸なんだ」


「へえ、そうなんですか」


 拓真は感心しているが、今、お前はなんて言った?

 確か……。


「イシュルバーグ伯爵?」


「そう、功績が多くて勝手に伯爵にされたんだけどね。持っていても邪魔には……何事にもメリットとデメリットがあるよね。エリーゼさん、お茶のおかわりと、なにかつまめるものはないかな? ユウ、ちょっと小腹が空いた状態なんだ」


「あっ、はい」


「甘いものがいいなぁ。ユウ、女の子だから」


「わかりました」


 まさか、この地雷女がイシュルバーグ伯爵?

 その遺産のせいで俺たちは死にかけた、あのイシュルバーグ伯爵。

 図々しくも、エリーゼにお茶のおかわりに留まらず、茶菓子まで要求しているこの図々しい女が?


「……ああ、君はユウが活躍していた時代からかなり未来の人間なんだよね? ユウは有名人なのかな? サイン欲しい?」


 この女の能天気な発言で、俺はキレた。


「お前かぁ! 俺たちは、お前のせいで死にかけたんだぞ!」


 なんなんだよ?

 あの金属製のドラゴンゴーレムに、小国なら滅ぼせそうなゴーレム軍団は!


「ユウを責めるのはお門違いじゃないかな? 未練はないけど、つまり君はユウの遺産に手を出したってことだよね? 生きているんだし、賭けには成功したんだからいいじゃん」


 こいつ、言っていることが正論なのが逆にムカツク。


「あなた、もう済んだことですから」


「ほら、奥さんの方が常識がある。ユウたち以外はポカンとしているし、ユウも知っている情報を話すから、今は落ち着いてね」


「うぐぐっ……」


「あなた、お茶のおかわりは?」


「いる」


 俺はエリーゼが淹れてくれたお茶を飲み、ようやく落ち着いた。

 そして自称イシュルバーグ伯爵が、順番に事情を説明し始める。


「別の世界から、ですか……」


「そう言われると納得できるような。欧州の小国出身としか教えてくれなかったから、ちょっと変だなって思ってたのよ」


 赤井さんと黒木さんは、実際に魔法を見たこともあって、すんなりと俺とイシュルバーグ伯爵の話を信じてくれた。


「まあ、実際に見てしまったからな」


「そうだね、手品にしてはタネもないみたいだし」


 拓真も俺たちの話を信じ、信吾は元々その異世界に住んでいた人間だ。

 信じて当然だが、俺と入れ替わっていることは誰にも話せないため、今初めてそれを知ったという風な態度を取った。


「それにしても、ヴェルも伯爵様とは凄いな」


 俺とエリーゼも正式に自分たちが貴族だと伝え、それを聞いた拓真が感心していたが、そんなもの元の世界に戻れなければなんの意味もない。


「君たちは戻れるから大丈夫」


「随分と自信満々だな」


「まあね、ちゃんと根拠があるから」


 実は天然パーマ少女であったイシュルバーグ伯爵、彼女も色々な情報をかいつまんで話してくれた。

 幼少の頃から天才児扱いであり、子供ながらも色々と魔道具の作製などに参加していたら、古代魔法文明の主要国において貴族に任じられた。

 地位も名誉も財力も短期間で築いたが、国の命令で無謀な魔導実験に参加し、装置が暴走して古代魔法文明は崩壊し、自分の体もバラバラになってしまったと。


「幽霊なのか? それとも、アンデッド?」


 俺は『聖光』の準備を始める。


「ユウは死んでいないから。実験は国家の命令で断れない状態だったけど、失敗は目に見えていたから、あらかじめ魂を異次元に逃がす準備をしていたのさ」


 事前に異次元に部屋を作り、これまでに稼いだ財を使って購入した様々な生活用具や実験器具を置いておいた。


「異次元は時間が経過しないからね。ユウは永遠の十八歳なんだ」


「寒っ!」


 お前は、どこかの芸能人かと俺は思ってしまう。


「それにしても、魂だけには見えないけど……「「江木ぃ……」」」


 拓真がイシュルバーグ伯爵の体が本当にあるのか触って確認しようとするが、赤井さんと黒木さんから白い目で見られてしまった。


「だって、本当に幽体には見えないから!」


「勿論、代わりの肉体は作ってあるよ。人間の体とそう違わないし。触ってみる?」


「喜んで!」


「「「喜んでじゃない!」」」


 イシュルバーグ伯爵の許可が出たのでその体を触ろうとした拓真であったが、エリーゼも含め女性三人に叱られた。

 こういう時、ちゃんとエリーゼも参加するのか。


「だって、確認することも大切で……」


「必要ないでしょう。信吾はそんなことしようとしないじゃない」


「そうよ、信吾君はそういうことはしないわ」


 イシュルバーグ伯爵の体に触るつもりがない紳士な信吾と比べられ、拓真は散々であった。


「信吾は男として駄目だな。なあ、ヴェル」


「俺はエリーゼがいるから別に……」


「そういえばそうだったな……妻帯者」


 その前に、誰が女だったからってイシュルバーグ伯爵の体なんて触るか。

 縁起が悪いし、もしなにか変な仕掛けがしてあったらどうするんだ?


「そうですよね、あなたには私がいますから」


 なぜかエリーゼが嬉しそうだが、今一番優先すべきはこれからどうするかだ。


「それで、あの竜はどうするんだ?」


 このまま放置しておくと、いつかこの世界の人間にも見つかるだろう。

 町を破壊したり、人を襲って食べるかもしれない。

 もしそうなった時、警察や自衛隊で対応できるものなのか判断がつかなかった。


「ユウの計算だと、この国の軍隊が全力でやれば大丈夫。あの『オプションドラゴン』は一体一体はそこまで強くないんだよ」


 イシュルバーグ伯爵は、あの竜がこの世界に飛ばされてきた経緯や、知り得たオプションドラゴンに関する情報を話し始める。


「とはいえ、アレが外に出ると、色々と大騒ぎになるだろうな……」


 小型とはいえ、全長一メートルを超える竜が人を襲う。

 信吾は、この世界で生活しているのにそんな悪夢が、という表情を浮かべていた。


「でも、大丈夫」


「イシュルバーグ伯爵様がなにか対策を?」


「タクマだっけ? ユウでいいよ。あいつ、手負いの状態でここに逃げ込んできたけど、今はほぼ回復している。オプションどもが外に出ると面倒だから、この島にユウが魔法でバリアーを張っているんだ」


 この女、いつの間にそんな魔法を使ったんだ? 

 そうか!

 イシュルバーグ伯爵が頭に巻いている魔法陣入りのバンダナか!


「ユウも上級魔法使いでは上位の実力を持つからね。加えて魔道具作りの研究者でもある。この島全体を覆う『魔法障壁』をなるべく少量の魔力で長時間発動させることが可能なわけだ。それに使う魔道具をこのサイズにまでするのは難しかったけどね。魔法ごとに魔法陣が描かれたバンダナを交換することで、より多彩な魔法に対応できるわけだ」


 彼女が頭に巻いているバンダナは、かなりの種類があるみたいだ。

 用途に応じてバンダナを交換する。

 一見、魔法陣はどれも同じに見えるので、バンダナを交換しているイメージを抱きにくかったが。


「竜が外に出ないためですね」


「そうだよ、マヤ」


 この世界の人間にとって、竜は空想上の生物でしかない。

 ゲーム好きな奴が興味本位で接近したら食われてしまうから、彼女の処置は正しい。

 黒木さんも、イシュルバーグ伯爵の配慮に感心していた。

 だが……。


「竜がこの島から出られないってことは、私たちも出られないってことだよね?」


「正解だね、ハルナ」


 それはそうか。

 俺たちは出入り自由で、竜だけ出られなくする『魔法障壁』なんて聞いたことがないから……って!


「俺たちはどうなるんだよ?」


 問題は俺たちのことだ。

 島から出られなくなってしまったじゃないか!


「えーーーっ! 手伝ってくれないの? 竜退治」


「あのさぁ……」


 一万歩くらい譲って俺とエリーゼはいいが、信吾たちは駄目だろう。

 戦闘の経験もないし、この世界の住民に竜退治なんて不可能だ。

 その前に、命を落とす危険がある竜退治に参加してもらう理由もないのだから。


「ユウは、『魔法障壁』の維持があるからあまり戦えないんだよね。手伝ってほしいなぁ」


「だから! この世界の人間には無理だろうが!」


「そうですよ、戦闘経験もないのにいきなり竜なんて」


 エリーゼ、この常識のないアホ伯爵……考えてみたら俺も伯爵じゃないか……にもっと言ってやれ!

 本当、望んでなったわけじゃないが、こいつと同じ爵位だってだけで嫌だな。


「自分で責任取れ」


 そもそもの原因は、古い遺跡におかしな時間・次元移動ルートを無許可で構築したお前が……って!


「俺とエリーゼを元の世界に戻せぇーーー!」


 地球に飛ばされるなんて奇妙な出来事に巻き込まれたのは、お前のせいじゃないか!

 思わず、イシュルバーグ伯爵に詰め寄ってしまう。


「ユウが悪いの? ルートの近くで膨大な魔力を誇示するからだよ。君と奥さんも魔力が多いよね。しかも、うーーーん」


 イシュルバーグ伯爵は、エリーゼをじっくりと見始める。

 同じ女性とはいえ、まじまじと見つめられた彼女はとても恥ずかしそうだった。


「君と結婚したから魔力が増えて、だからこの世界に飛ばされてしまったんだよ。奥さんも君と結婚していなかったら、つまり魔力は増えなかったわけで。君と例の石碑の傍にいてもルートに引きずり込まれなかったわけ。つまり、君が半分くらい悪い」


 俺のせいにするか。

 この女……マジでむかつく!


「ユウ命名『オプションドラゴン』は、たまたま石碑の近くを居所にしていて、そこで君のような高位の魔法使いを殺そうと高威力の魔法を放ったのさ。それに反応して、オプションドラゴンはこの世界に飛ばされた。おかげで負傷を回復する時間も与えられ、オプションドラゴンにとってはラッキーだったね。でもあれは、手負いの獣や魔物と同じだ。人間を恨んでいるから、ここで倒さないと被害も多いと思う。ユウが『魔法障壁』を維持しているのは善意だと思うな」


 本当、こいつムカつくな!

 絶対に友達が少ないタイプだ。


「あのぅ、私たちが戦力になるんですか?」


「そうだな、RPGじゃあるまいし、戦ってレベルが上がって強くなるってこともないだろうからな」


「武器を扱った経験もないもの」


「その前に、狩猟すらしたことがない僕たちが、いきなり竜と戦って勝てるとは思わない」


 黒木さん、拓真、赤井さん、信吾が次々とイシュルバーグ伯爵に対して懸念を述べた。

 確かに、いきなり竜退治を手伝えと言われても困るよな。

 信吾こと本物のヴェンデリンも、飛ばされた年齢を考慮すると、バウマイスター騎士爵領で狩猟なんてした経験はないだろうから。


「三人でやるしかないだろう。退治したら、元の世界に戻せよ」


 しょうがない。

 ムカツク女だが、こいつが元の世界に戻れる手段を唯一持つ存在な以上、取引はしなければいけなかった。


「ユウ、『魔法障壁』の維持で精一杯なんだ。これがないと、もし一匹でも……一匹という言い方は変かな? 分身を外に逃すと面倒なことになるから」


「そうですね、外が大騒ぎになります」


 小さくても竜なので、怪獣映画並みのパニックになるかもしれない。


「そこで、戦えないユウですが、便利な魔道具を提供するよ。これはユウの作品で、装備すれば素人さんでも一定以上の戦闘力を持てるから」


「そんなのあるんだ。楽しそうだな」


「おい、拓真」


 竜退治は遊びじゃないんだが、拓真がイシュルバーグ伯爵の口車に乗せられつつあるな。


「おかしな試作品で、戦闘中に止まったり壊れたりしてな」


「それはあるかもしれませんね……」


 真面目な黒木さんは、俺の懸念に共感してくれた。

 誰が見ても、イシュルバーグ伯爵は怪しさ満点だからだ。

 全員の疑うような視線が、一斉に彼女へと向かう。


「エリーゼが『魔法障壁』を維持すればよくないか?」


 なにも、島全体を覆う必要はないと思う。

 防空壕を入り口だけを塞げば、それで十分なはずだ。

 その間に、俺とイシュルバーグ伯爵で竜を倒せばいい。


「それだと駄目だよ」


「根拠はあるのか?」


「あの竜は、属性が全種類というとても変わった存在だから」


 オプションドラゴンは本体は属性を切り替え可能で、マナがあれば無数に作れる分身体は本体が自由に属性を変更できるらしい。

 切り離してからの属性変更は不可能だが、分裂体は大量に作れるから、実質全属性と言えるわけだ。

 というかこの女、やけに詳しいな。


「ピンチになると、容易く地面にブレスで穴を開けて逃げると思うな。オプションドラゴンは、逃走を恥と思わないから」


 魔物の領域のボスは妙にプライドが高い部分があり、殺されそうになっても絶対に逃げない。

 その魔物の領域と心中してしまうのだが、オプションドラゴンは負けそうになると躊躇わずに逃げてしまう。

 小型のため、逃走先のマナが少なくても大人しくしていれば自然回復してしまうから、逃亡が無謀というわけではないからだ。


「体が小さいから、大型のボスと違って一カ所に留まることに拘らないんだけどね。だから生き残れたとも言える」


「詳しいな」


「ほら、ユウが作った移動ルートの入り口近くにいたからね。たまに部屋から覗いていたんだ。暇潰しに」


「それ、本当か?」


「本当、本当」


「じゃあ、お前がとっとと倒せばよかったじゃないか」


 事実かどうか確認しづらいが、それなら先に倒しておけよと、俺はイシュルバーグ伯爵に文句を言う。

 無謀な実験につき合わされ、体が吹き飛ばされてしまった点は同情するが、時間が経過しない異次元にある部屋で好きな研究三昧。

 たまに、他の時代や次元に移動ルートを使って移動し、暇を潰す。

 完全無欠の自分第一キャラのため、どうも俺は彼女を好きになれなかった。


「オプションドラゴンを退治したら、元の世界に戻してあげるからさ」


「仕方がないか……エリーゼはどう思う?」


「そうですね、他に方法はないみたいですし」


 元の世界に戻れる方法をこの女に握られている以上、ここは下手に出るしかないか。

 俺とエリーゼは、オプションドラゴン討伐への参加を承諾する。


「だが、信吾たちは駄目だぞ」


 まず、地球の人間が魔物に勝てるはずがないのだから。

 信吾も中身はヴェンデリンだが、体は一宮信吾で普通の高校生でしかない。

 竜退治への参加は不可能であった。


「そこをなんとかするのが、ユウの大切な役割。戦力は多いに越したことはないからね。というわけで、タクマはこれを着てみて」


 イシュルバーグ伯爵は、魔法の袋から取り出した全身鎧などの装備一式を拓真に渡した。


「これ、重たそうだなぁ……あれ? 軽いな」


 彼女に言われるがまま全身鎧を装着した拓真であったが、その軽さに驚いていた。

 どうやら、かなり優秀な軽量化の魔法がかかっているようだ。

 さらに……。


「ちょっとだけ走ってみて」


「うわぁ! 速い!」


「ジャンプ!」


「高っ!」


 全身鎧を装着しているのに、拓真は数十メートルを五秒ほどで走り、軽く五メートルはジャンプした。

 よく見ると、全身鎧の後ろに真っ赤な魔晶石がついている。

 どうやらここから供給された魔力を消費し、驚異的な身体能力を発揮しているようだ。

 どういう仕組みなのだろうか? 


「あなた、もの凄い魔道具ですね」


「まだ驚くのは早いよ。ヴェンデリン、タクマに『ファイヤーボール』を放ってみて」


「おいおい、大丈夫か?」


「大丈夫だって。ユウが保証するから」


 多分、『魔法障壁』を張れる機能もあるのであろうと予想した俺は、拓真に対し『ファイヤーボール』を放った。

 すると、予想どおり拓真の一メートルほど手前に突然『魔法障壁』が展開され、俺の『ファイヤーボール』は弾かれてしまった。


「オートで『魔法障壁』がかかるのか!」


 さすがは歴史に名が残る天才魔道具職人、性格は悪いがいい腕をしている。


「君、今もの凄く失礼なことを考えなかった?」


「いいえ、滅相もない」


 バカ正直に、失礼なことを考えていたなんて言うものか。


「武器もあるから。ほら」


 イシュルバーグ伯爵は、魔法の袋から取り出した両手持ちのバスタードソードを拓真に向かって放り投げた。


「軽いなぁ」


「なにか斬ってみて」


「わかった」


 拓真が両腕で持ったバスタードソードを近くに岩に振り下ろすと、岩は呆気ないほど簡単に真っ二つになってしまった。


「江木、私の知らないところで剣道とかしてた?」


「そんなわけあるか。幼馴染が剣道を習ってないことくらい知っているだろう?」


「それもそうね。ヘタレな江木が剣術なんてねぇ。小学校低学年の頃は泣き虫だったから」


「こらぁ! それを言うな!」


 赤井さんに過去をバラされた拓真が非難の声をあげた。

 どうやら、剣を振り下ろした時に動きや威力に補正が入っているのであろう。

 装備しただけで素人が優秀な戦士になるなんて、とんでもない魔道具である。


「試作品だから見た目は古いけど、これは軍に納品したパワードスーツなんだ」


「パワードスーツ?」


 イシュルバーグ伯爵によると、古代魔法文明時代末期、あまりに長い平和のせいで軍人に志願する者が極端に減ってしまった。

 志願した兵員たちも、長年の平和のせいで体力的に貧弱な者が多く、それを補うための装備というわけだ。


「つまり、誰が装備してもこのくらい強くなるのかしら?」


「正確に言うと違うかな。元の身体能力が1の人と2の人なら、倍強さが違うね」


 黒木さんの問いに、イシュルバーグ伯爵が答えた。

 元の身体能力に対し同じ比率で補正が入るから、サッカー部のエースで身体能力が高い拓真は戦力になるわけだ。


「そうか、拓真はこんな時でもエースとして僕たちを引っ張ってくれるわけだね」


「こらぁ! お前も戦えよ。信吾!」


「戦うけど、僕の運動神経は並だって」


 信吾が一瞬俺に視線を送るが、確かに一宮信吾とヴェンデリン、共に並の運動神経でしかない。

 俺の場合、この魔道具と同じく魔力で身体能力を補正できるから凄いように見えるのだが。


「シンゴ、君はこれね。あとはハルナとマヤも」


 イシュルバーグ伯爵は、信吾たちにも魔道具である武器と防具を渡した。

 この女、絶対にみんなをオプションドラゴン戦に参加させるつもりのようだな。


「僕は弓か……」


 信吾に渡された武器は弓、バウマイスター騎士爵家の男子が必ず嗜む武器……この女、実は知っているとか?

 防具は、拓真以外は体力面を考慮してハーフプレートであった。


「重さを魔力で軽減できるのなら、全身鎧でもよくないか?」


「燃費の問題もあるし、『魔法障壁』もあるからそんなに防御力は変わらないよ。おおっ! いい腕だ!」


 信吾が試しに狙った矢は、岩のど真ん中に命中した。

 矢の威力はいくらでも補正できるが、照準の方は修正が難しいのではないかと思うのだ。


「照準も補正しているのか?」


「少しだけね。でもシンゴは、初めて弓矢を扱うにしては上手だね。それとも、弓矢を扱った経験があるのかな?」


「ううん、一回もないな。才能あるのかなぁ? はは……」


 信吾の奴、目が泳いでいるな。

 そうか。

 俺と信吾が入れ替わる前、幼いなりに彼も弓の練習くらいはしていたはず。

 それにしてもイシュルバーグ伯爵の奴、俺と信吾の入れ替わりに気がついているのかいないのか、なかなか、完全に悟らせないのが嫌らしい。


「私は槍なのね」


「特に意味はないけどね。素人はリーチがある槍の方がいいかなって」


 最悪槍は、前に突き出せばいいからな。

 どうせ俺とエリーゼ以外は素人の集団だ。

 いくら才能があっても、素人を、特に女性を戦わせるわけにいかない。

 俺の後ろで自分の身を守れていればいいのだ。


「じゃあ、大体勝手はわかっただろうから行こうか?」


「そうだな」


 とにかく、急ぎオプションドラゴンを倒さなければ。

 信吾たちが成長するまで時間をかけるわけにいかない以上、俺が倒すしかないのだ。


「急ごう」


「うん」


「ああ……」


 信吾と拓真が、俺が神妙な表情になったので驚いているが、いくら元平成日本人でも、これまで様々な修羅場を潜ってきたのだ。

 平和ボケなんてしてられない。


「スピードを上げよう」


「ひゅう、やる気を出してくれてユウは嬉しいな」


「言ってろ」


 俺が先頭になり、オプションドラゴンが鎮座する最深部を目指す。

 途中、まるで計るかのように等間隔で分身体が置かれていたが、ブレスを吐く前にパチンコ大の『炎塊』を高速で飛ばして頭部にめり込ませ、直後に爆発させた。

 スイカのように頭部を破裂させて失った分身体は、立ったまま動かなくなる。

 死んだというか、機能停止したというか。


「あなた、初めて見る魔法ですね」


「有名な魔法使いで『爆縮』ってのがいて、こんな魔法を使うらしい。前にブランタークさんから教えてもらったんだ」


「そんな方がいたのですね」


 本来、使用した魔力量から考えると直径十センチほどの『ファイヤーボール』が適切なのに、半分以下の大きさに抑え込みながら標的に当てる。

 魔法の威力に加え、『炎塊』が元の大きさに戻ろうとする力まで利用し、魔法の威力が大幅に増すという仕組みなのだそうだ。

 ただ、とてもコントロールが難しい。

 普通の魔法使いが使用すると、標的に命中する前に爆発してしまうケースが大半で、たまに自分の至近で爆発させてしまい、大怪我をする者もいるそうだ。

 そうでなければ、同じ魔力量でも威力は段違いなのだから、『爆縮』はもっと普及していいはず。

 俺はなんとか使えたけど、このくらいの威力が限界だな。

 本来の使い手に比べれば、遊びみたいなものだ。

 下手に威力を上げて失敗すると、爆発で俺が死んでしまうかもしれない。

 このくらい使えれば十分だろう。


「これでも、使い方によっては効果がある」


 効率よく分身体の頭部を吹き飛ばしながら、俺たちは目標を目指す。

 そして遂に、洞窟の最深部に到着したのであった。





「随分と広いね」


「無人島の地下防空壕の下に、こんなに広い空間があったなんてな」


「元々はなかったはずだ。きっと分身体が掘ったんだろう」





 どうやらオプションドラゴンはほぼ完全に回復し、多くの分身体に洞窟を掘らせていたようだ。

 できたばかりと思われる広大な空間が広がっており、その奥にオプションドラゴンと思しき小型のドラゴンが鎮座していた。


「あなた……」


「ああ……」


 初めて見るオプションドラゴンは、一言で言えば異様であったが、これは魔法使いしか気がつかないと思う。

 属性竜を超える魔力をその小さい体に溜め込んでいるが、属性竜よりも強いとは思えない。

 だが、どこか攻撃を躊躇わせるなにかを持っている。

 罠ではないかと思ってしまうのだ。


「あれ? おかしいな」


「どうした? 信吾」


 戦いには素人なはずの信吾が、オプションドラゴンを見てなにか気がついたようだ。


「これまで、あれだけ出していた分身体は?」


「そういえば……」


 掘られた巨大な空間の奥に鎮座するオプションドラゴンは一匹のみ。

 途中、偵察用に配置した分身体をかなり駆逐したが、この部屋には一匹もいなかった。


「普通、僕たちに備えてそれなりの数を出しておくよね?」


「ああ……分身体を通じて、俺たちの侵入を把握していないはずがないからな」


 信吾の言うとおりで、特にこちらは複数なのだから、最低限同じ数にしておかないと、俺たちに袋叩きにされてしまうはずなんだが……。


「どうするんだ? ヴェル」


「うーーーん」


 拓真にどうするか聞かれたが、さて、どうしたものか。

 このまま俺が攻撃を開始してもいいんだが、向こうはそれを狙っているようにも感じられる。

 この、なにかを企んでいる感が、俺とエリーゼが違和感を覚えた理由であろう。


「他の属性竜などに比べると頭がいいのか?」


「そうじゃないかな。極論すれば、分身できるだけの小型竜が長生きの過程で力を蓄えたんだから」


 イシュルバーグ伯爵の奴、えらくオプションドラゴンについて詳しいじゃないか。


「まあ、あくまでも仮説だけどね。動かないと駄目じゃないのかな? アイツの足元を見なよ」


「あなた」


「クソっ!」


 どうして、オプションドラゴンが地下防空壕のさらに奥へと穴を掘って逃げたのか?

 それは、回復に使った空気中のマナよりも、この無人島の地下にある『マナの溜まり場』に近づくためであったというわけだ。


「この島の地下には、どういうわけかマナが異常に溜まっている場所があるんだよねぇ」


「地球にも、そういう場所があるのか……」


「向こうの世界と同じだね」


 だから、オプションドラゴンはわざわざこの無人島の地下にある防空壕に逃げ込んだのか。


「マナが溜まっているポイントはもっと地下だけど、そこに到着されると厄介かな?」


 そこにいれば、理論上永遠に分身体を出すことが可能になるはずで、そうなる前に速攻でケリをつけなければ、最悪俺たちが殺される可能性もあった。


「しかし……」


「なにか疑問でもあるのかな?」


「それなら、どうして分身体に穴を掘らせていないんだ?」


 オプションドラゴンは、一秒でも早くそのマナが溜まったポイントに到着したいはずだ。

 だが、オプションドラゴンは少なくとも『探知』できる範囲内では、分身体を出していなかった。


「ユウたちの進路上に多数配置していたから、お疲れで今は休憩中じゃないかな?」


「……」


「あなた?」


 エリーゼが、俺が少し違和感を覚えていることに気がついたようだが、ここで時間をかければかけるほどオプションドラゴンを有利にしてしまうかもしれない。


「仕方がない……行くぞ! エリーゼは『魔法障壁』を」


「わかりました」


 こうなったら、俺だけで突進して奴を倒すしかないか……。

 俺は強固な『魔法障壁』で身を包み、『身体強化』でスピードをあげてオプションドラゴンに突進した。

 分身体がいないので、こいつの首を一撃で刎ねれば簡単に勝てるはず。

 なにしろこいつは、竜にしてはそんなに大きくないからな。


「(身構えてこない? 反応できていないのか?)」


 イシュルバーク伯爵の説明どおり、オプションドラゴン自体の戦闘力は低いのか。

 マナがあれば無限に近い回復力を発揮し、分身体に頼った戦闘と、叶わないと判断した敵に対しては撤退を躊躇しない。

 ここは分身体に掘り進めさせた穴の一番奥で、分身体は俺たちの侵攻阻止にも多数使用されたから、疲れて休んでいるところだった。

 そこを俺たちに追いつかれてしまったのだと考えれば、今の状況はおかしくはないはず。

 だが……。


「っ!」


 ここで状況が一気に変わった。

 オプションドラゴンの首を刎ねようと魔法で刃を作ったその瞬間、奴は俺と目を合わせた。


「(笑っている?)」


 竜が笑うのかなんて知らなかったが、俺にはそういう風に感じた。

 そして……。


「エリーゼ!」


「はいっ!」


 俺すぐさま突進を止め、後方のエリーゼに警告を発した。

 詳しく状況を説明している時間はなかったが、エリーゼはすぐに俺の意図を理解し『魔法障壁』を最大限まで強くした。

 俺も急ぎ『魔法障壁』を強くする。


「ヴェンデリンさん?」


「防御態勢に入れ!」


 黒木さんはどうして俺が攻撃を中止したのかわからないようだが、それは簡単だ。

 なぜオプションドラゴンが分身体も出さず、俺に先制攻撃をさせたのか。

 奴はこれまで、ただ俺たちに撃破されるためだけに分身体を出していたわけではない。

 分身体を通じて俺たちの情報を集めており、今はあえて分身体を出さず、自分の本体を囮に俺を突進させた。

 一番戦闘力が高い俺だけを、他のみんなから引き離したわけだ。

 そんなことをしても、本体だけのオプションドラゴンだけなら俺によって簡単に倒されてしまうはず……いや、俺たちは勘違いしていたのだ。

 こんな広い空間の奥に一匹で鎮座しているオプションドラゴンが、本体でないはずがないと。


「あちゃあ、やられちゃったね。今頃本当の本体は、極限までエネルギーを削って、すでにマナが溜まっている場所に到着しているはずだよ。この本体に見せかけた分身体はユウたちを誘う囮で、お役目を果たした今、大爆発するのみ」


 やはりイシュルバーグ伯爵も、オプションドラゴンの意図に気がついたか。

 そう、俺による攻撃は間に合うが、攻撃してもどうせ分身体は自爆を止めない。

 そして、ほぼすべてのエネルギーを注ぎ込んだこの分身体の爆発は、ちょっと洒落にならない威力のはず。

 属性竜クラスのエネルギーが大爆発を起こすのだから。


「イシュルバーグ伯爵! なんとかしろ!」


「無理だよ。ユウにできるのは、この大爆発の余波が島の外に影響しないようにするだけ。みんな、エリーゼから離れないでね」


 これからとてつもない威力の大爆発が起こる。

 信吾たちは、エリーゼの『魔法障壁』が命綱となる。


「ヴェンデリンは一人だし、魔力も多いから大丈夫だよね?」


 そしてイシュルバーグ伯爵は、この爆発の余波を島の外に影響させないためと、自分を守る『魔法障壁』で精一杯なわけか……。

 状況的に仕方がないが……やっぱりこいつ、腹が立つな。


「じゃあ、生きていたらまたお会いしましょう」


「縁起でもないことを言うな!」


 俺がイシュルバーグ伯爵に怒鳴った瞬間、目前のオプションドラゴンが一瞬で膨れ上がり、眩い光を放ちながら大爆発を起こした。

 あまりの眩さに俺は視界を奪われ、エリーゼたちの無事が確認できない。

 それよりも、至近でオプションドラゴンの自爆による爆風を受けた俺は、『魔法障壁』の強化と維持でそれどころではなかった。


「頑張ってね、ヴェンデリン」


「クソッ! どこにいる?」


 どこからか、イシュルバーグ伯爵の声が聞こえてきて俺は確信した。

 こいつ、この状況を利用していやがる。

 そうでなければ、この閃光と爆風、爆音のなか、エリーゼたちと距離がある俺にどこからか声などかけられるはずがない。


「ちょっと洒落にならない爆発だね。ヴェンデリンがここで踏ん張らないと、後方のエリーゼたちが危ないかも」


「……」


 エリーゼたちは俺の真後ろにいるから、ちょうど爆風が弱められている形になっているのか。

 今は、このクソ女に悪だくみの内容を尋ねている場合じゃないな。


「ヴェンデリンが考えているような悪だくみじゃないんだけどなぁ。信用ないね」


「あるか! ボケ!」


 お前の発明のせいで、これまでどれだけ酷い目に遭ったと思っているんだ。


「ちゃんとヴェンデリンとエリーゼは元の世界に戻すよ。そうでないと……おっと、これ以上は言えないかな」


「そういう言い方をするから、お前は信用ならないんだ」


「かもね。でも、ユウとお話をしている場合じゃないかも。足元がお留守だよ」


「やはりそうか……」


 このいかにも最深部といった感じの部屋の地下には、マナ溜まりへと向かう新しい通路がとっくに掘られていたというわけだ。

 ほとんどのエネルギーを分身体の自爆で消費した本体は、とっくにマナ溜まりに到着しているはずで、そこで大量のマナを得て本体はさらに強くなるのか。

 それまでに自分を殺してしまいそうな俺たちに対しては、こうして移動の妨害に成功している。


「頭がいいじゃないか」


 竜がではなく、さも俺たちの協力者のフリをしつつ、自分の悪巧みを成功させたイシュルバーグ伯爵がだ。


「だから言ったじゃない。足元は大丈夫?」


「舐めるな」


 『魔法障壁』と『飛翔』の併用くらいで、俺は余裕でできるに決まって……あれ? 魔法が発動しない?


「あっ、言い忘れてた。ユウがこの無人島全体に覆っている『魔法障壁』。多少の『身体強化』で飛んだり跳ねたりに影響はないけど、『飛翔』は難しいかな?」


「おい……」


 オプションドラゴンの自爆による大爆発で、俺の足元は崩れつつある。

 きっと、この部屋の地下はマナ溜まりに向かう通路を分身体に掘らせたため、空洞になっているはずだ。

 つまり、『飛翔』が使えなければそのまま落下するしかない。


「『飛翔』が使えないのか。待てよ、『通信』もか?」


「そうだね、通信状態も最悪だろうね」


 どこかで聞いた話だと思ったら、帝国内乱でニュルンベルク公爵が使っていた魔道具と同じ性質の魔法というわけか。


「そんな装置を昔に作ったような。作らなかったような……ユウ、これまでに作った発明品がいっぱいあるからわかんなぁーーーい」


「こいつ、マジムカつく!」


 ここまで話をしたところで、足元にあった岩盤が完全になくなってしまった。

 足をかける場所もなく、というか『魔法障壁』を張ったままでは不可能だが、まだ爆発の余波で弾丸のような岩塊が飛び散っている状態だ。

 今『魔法障壁』を解くと、致命傷を受けるかもしれない。


「『魔法障壁』が完璧なら、地面に落ちても大丈夫かな? ヴェンデリンなら大丈夫だと思うな。絶対じゃないけど、確率でいえば99.999999657487パーセントくらいで。ヴェンデリンが激突死する可能性は、宝クジに当たるよりも難しいからね。安心して」


「お前! 絶対にろくな死に方しないぞ!」


「それでも、死ねたらいいんだけどね。あと一万年後くらいに」


「この! 性悪女がぁーーー!」


 俺がイシュルバーグ伯爵に叫んだのと同時に足元にある岩の床がすべて崩落し、そのまま地下へと真っ逆さまに落ちていく。


「(エリーゼたちは大丈夫なのか?)」


 まずエリーゼの身を心配してしまったが、それを確認する術は存在せず、俺は次第に意識が遠くなる感覚を覚えながら、奈落の底へと落ちていくのであった。

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