第九話 イシュルバーグ伯爵の正体
「じゃあ、明日の朝に船で迎えに来ますから」
「わかりました」
「では、楽しい無人島キャンプを」
ゆるいミスコンで優勝した黒木さんへの賞品は、異界島という無人島での一日キャンプ貸し切り券であった。
ミスコンの翌朝。
準備を終えた俺たちは、観光協会の依頼を受けた漁船により島へと上陸する。
自然しかない島だが、俺たち以外誰もいない貸し切り状態というのがよかった……と思ったら……。
「タバコの吸い殻が落ちてるね、真吾」
「本当だ」
赤井さんが、砂浜でタバコの吸い殻を見つけた。
タバコのポイ捨てなんて、マナーの悪い連中だな。
「昨日、この島を利用した客が捨てたのかな?」
「そうだと思うけど、なんか興醒めね」
「完全に人界と隔絶した無人島でキャンプを楽しむのは、逆に難しいと思うな」
「それもそうね。サバイバルになってしまうもの」
信吾からそう言われると、黒木さんも納得したようだ。
冒険者として無人の地に赴くことも多い俺とエリーゼからすれば、完全な無人島なんてものは危険が多くて当然という認識であった。
異界島はなにかあれば観光協会の人が助けに来てくれるので、少しくらい人間の痕跡があった方が、逆に安心できるというもの。
「あくまでも『無人島気分』なだけだろう。なにかあったら助けにくるみたいだし、そっちの方がいいじゃないか」
意外というと失礼かもしれないが、拓真は大人というか現実を理解していた。
「ヴェルもそう思うだろう?」
「それよりも、ここはテントを張らないと眠る場所がないからな。急ぎ設置してしまおう」
昨日まで泊まっていたコテージとは違うからな。
水道もなくて井戸から水を汲まなければならず、キャンプっぽいものは楽しめるが、その分面倒もあったのだ。
「火も起こさないといけないし、これは本格的だな」
本格的すぎて、素人にはハードルが高くて予約が入らない……ことはないと聞いている。
わざわざ不便さを買うなんて、文明生活に慣れた日本人らしい嗜好とも言えた。
向こうの世界で、そんな酔狂な人は……大貴族にはいるのかな?
「じゃあ、俺と信吾でテントを張り、拓真は水汲みで」
「あれ? サラっと一番面倒そうな仕事が俺か?」
「サッカー部のエース君、頑張ってくれ」
「まあいいけど」
「私たちは食事の準備を始めるわね」
俺と信吾はテント張り、勿論終われば水汲み担当の拓真を助ける予定だ。
女性陣は、食事の支度を始めた。
飯盒炊爨なので、お米を研いで飯盒にセットするところから始めないといけない。
「メニューは?」
「カレーにする予定」
「定番だけど美味そうでいいな。赤井は大丈夫なのか?」
「江木は、大昔のキャンプの件を引っ張るわね。そういうしつこい男は嫌われるわよ」
そう拓真に文句を言いながら野菜を切り始めた赤井さんであったが、俺には手際がいいように見える。
普段信吾に作っていると聞くから当たり前か。
「エリーゼさん、お米を研ぐのが上手ね」
「よく食べますから」
「日本の人から分けてもらっているのね」
本当は、俺がよく食べるからお米を炊く機会が多いのだけど。
「テント張りは終了」
「早いね、ヴェルは」
「(まあ、普段から冒険者生活もしているからな)」
俺は小声で信吾の疑問に答えた。
「(冒険者生活『も』なんだ、忙しい身分なんだね)」
野営に使うテントは向こうの世界にもあるが、当然地球のテントの方が性能もよく楽に張れてしまう。
できれば、向こうの世界に戻る時に持ち帰りたいくらいだ。
あとで沢山購入しておこうかな?
「(冒険者かぁ……僕には難しかったろうね。エーリッヒ兄さんのように、王都で下級官吏を目指したと思うよ)」
信吾というか本当のヴェンデリンは魔法が使えず、体力、武芸の才能などもそれほどない。
ただ頭はいいので、エーリッヒ兄さんのように王都に出て、下級官吏になるのが本来の将来だった可能性は高いな。
「(この世界だとこのままいい大学に進学して、いい会社に入ってと、そんな将来かな? でも、悪くはないかも)」
信吾はこの世界を悪くないと思っている。
むしろ、バウマイスター騎士爵領よりも圧倒的にいい場所だと思っていた。
俺も、この世界ではしがないサラリーマンで人生を終えたと思うが、向こうの世界では大貴族で魔法使いだ。
苦労も多いが、地球に居続けるよりはよかったはず。
とはいえ、現状はどうやって元の世界に戻るか模索して……ここ数日、なにもしていないな。
ただ遊んでいるだけだ。
はてさて、どうやったら元の世界に戻れるのか。
「(今はキャンプを楽しもう。いつか戻れるチャンスがあるはずだ)」
「(君はお気楽だねぇ)」
いいや、俺はお気楽なんじゃない。
色々とありすぎて、摩耗しただけだ。
「(ラノベやアニメじゃあるまいし、別の世界に戻る方法なんてわからないものね。魔法でそういうのはないの?)」
「(あったら、とっくに戻っていると思うんだが……)」
「(それもそうか。さてと、これでテントは張り終えたかな)」
俺と信吾は、小声で話しながらもテントを張る作業は順調に進めていた。
テントは二つで、これは観光協会が貸してくれたものだ。
「男女で一つずつだな」
大きめのテントなので、男女が三人ずつ入って問題ない。
「女の子と同じテントですごしたいぜ」
信吾と張り終えたテントを確認していると、水汲みをとっくに終え、次はかなりの量の薪を集めてきた拓真が声をかけてきた。
「炭はあるけど、火付けには使えるだろう。ヴェル、奥さんと同じテントじゃなくて残念だな」
「いつも一緒だから、今日くらいはね」
「さすが、金髪巨乳美少女を嫁にしている男は言うことが違うね」
「拓真こそ、女の子から告白されたとか色々噂があるじゃないか」
「俺はサッカーが恋人なのさ」
「じゃあ、嘘なのか?」
「信吾、告白されたからといって、それを全部受け入れるわけがないだろうが」
さすがはサッカー部のエース、拓真は女性にモテるようだな。
「羨ましいな。僕は女性にモテないから」
「「はあ?」」
俺と拓真は、一緒に声をあげてしまった。
これまでの赤井さんと黒木さんの態度を見ても、自分がモテないなどと平気で言える信吾に改めて驚かされてしまったのだ。
「(こいつは重症だな)」
「(ほっとけ、どうせ教えても『そんなことはない。二人は友達だから』で終わりだ)」
確かに、信吾ならそう言いそうだ。
「ところでさ、この島の中心部に防空壕があるのは知っているよな?」
「観光協会の人が言っていたね」
異界島にはその昔旧海軍の倉庫があり、大規模な防空壕も建設されたそうだ。
倉庫の方はとっくに解体されていたが、防空壕はそのまま残っていた。
「そんなに複雑な構造ではないらしいし、昼飯を食ったら見に行かないか?」
「いいね、面白そうじゃないか」
異界島は無人島なので、テント張りや食事の支度が終わると他にすることがない。
島内探索も面白そうだと、男性陣全員が賛成した。
作ったカレーを煮込んでいる女性陣に言いにいくと、彼女たちも賛同してくれた。
「お宝とかあるかな?」
「赤井、さすがにそれはないだろう」
「冗談よ」
ただの防空壕跡なので、さすがにお宝はないと思う。
それにここは、地球の日本だからな。
お宝のある地下遺跡なんて、そうそうないだろう。
「それよりも、お昼ができたわよ」
カレー鍋を見ていた黒木さんからお昼だと告げられ、みんなで完成したカレーを食べる。
「キャンプといえばカレーだな。エリーゼさんはカレーは食べたことある?」
「はい、自分でも何度か作りましたよ」
今ではアーカート神聖帝国にも伝わっており、カレー粉が色々な料理に応用が利くとアルテリオ商店では人気の商品となっていたからだ。
エリーゼは、どうしてカレーがこの世界にもあるのかと心の中で思っているのだろうか?
他にも共通する料理は多いから、不思議だとは思っても疑念は抱いていないと思うが。
「信吾、お代わりいる?」
「ちょうだい」
「わかったわ……「はい、どうぞ」」
赤井さんが信吾の分のお替わりをよそおうとしたら、その前に黒木さんが準備していたカレーを彼に渡してしまった。
どうやら事前に準備していたようで、赤井さんに対し『してやったり』という顔を向けている。
「信吾君、どうぞ」
「ありがとう」
信吾もまさかいらないとは言えず、黒木さんがよそったカレーを食べ始める。
「江木、いる?」
赤井さんもまさか信吾にもう一杯カレーを食べさせるわけにもいかず、よそったカレーを拓真に渡そうとした。
「おっ、おう。貰おうかな」
拓真は、一瞬だけ居心地が悪そうな表情を浮かべながら、赤井さんからカレーの皿を受け取った。
「(信吾の野郎……)」
どちらか選べとは言わないが、せめて両者からの好意に気がつけと、拓真は怒りを隠しながらカレーを早食いしていた。
「食事が終わったら、例の防空壕に行こうか?」
「そうですね、探検楽しそうですね」
俺とエリーゼはなんとか場の空気を変えようと、早く島の中心部にある防空壕を探索しようと提案した。
そうしないと、場の空気が重たくなりそうだからだ。
「(拓真、親友として信吾に教えてやれよ)」
「(人様の恋愛に口を出したくないっていうか、赤井だけならいいけど、黒木さんもいるからなぁ……不平等なのはよくない)」
「(幼馴染なんだろう?)」
「(それでもだ。俺は女性に等しく優しいのさ)」
拓真は、赤井さんと黒木さん、共にエコヒイキはしないと断言した。
第三者的な視点でいうととてもいい判断と思うが、関係者としては場の空気の悪さというものもある。
そこは拓真なりに忖度してほしかった。
「(信吾は壮絶に鈍いから、自分から言った方が勝ちなんじゃないの?)」
赤井さんは、なまじ信吾と幼馴染だから言いにくい。
よくよく考えてみたら、彼女が自分から告白できるくらいなら、とっくに二人はつき合っているよな。
となると、有利なのは黒木さんの方か?
「(そうかな?)」
拓真は、俺の考えに異論があるようだ。
「(黒木さん、意外と奥手というか、普段の態度からすると迷わず信吾に好きだって言いそうな雰囲気だけど、いまだ言えていないからな)」
「(そう言われると……)」
お代わりのカレーを食べる信吾を挟み、火花を散らす赤井さんと黒木さん。
残念ながら、二人が争っていることも、なにを争っているのかも、信吾本人はまったく気がついていなかった。
さて昼食が終わり、みんなで島の中心部にある防空壕へと入ってみたのだが、信吾と赤井さん、黒木さんによる三角関係の話など吹き飛んでしまうかのような非常事態だ。
この世界に来て初めて、俺とエリーゼもであろう、『探知』によって防空壕内に多数の魔物の反応を感じた。
まさかこの世界に魔物が存在するとは、俺とエリーゼは驚きを隠せなかった。
「みなさん! 大変っうぐっ!」
エリーゼは、この世界に魔物がいないという確信を持っていない。
この防空壕には多数の魔物がいるとみんなに教えようとしたが、俺は慌てて彼女の口を塞いだ。突然魔物がいるなんて言い出したら、これまで色々と隠してきたのが台無しになってしまうからだ。
第一、信じてもらえる保証もない。
「エリーゼさん、急にどうしたの?」
「幽霊でもいた?」
魔物なんて創作物の世界にしかいないと思っているであろう赤井さんと黒木さんは、エリーゼが薄暗い防空壕に驚いてしまったと思ったようだ。
「幽霊? 確か、この防空壕に戦争で亡くなった人たちの霊が出るって、観光協会の人が言っていたな」
拓真も、魔物がいるなんて言っても信じないだろうな。
「(急にどうしたんだ?)」
信吾の中身はヴェンデリンなので、前にいた世界に魔物や悪霊が実在することは知っているはず。
俺に何事かと尋ねてきた。
「(この世界にいないはずの魔物の反応があってな)」
「(間違いじゃなくて?)」
「(『探知』の魔法を使っての判断だ)」
信吾に間違いないと断言すると、彼はさてどう言えばこの場から避難できるかと考え込んでいる。
今はまだお昼で、すぐに探索を切り上げる理由が存在しなかったからだ。
「(倒せるか?)」
「(多分……ですが……)」
だが、それは俺とエリーゼだけで応戦した場合だ。
エリーゼの戦闘力は低いが、自分の身を守る『魔法障壁』は張れるし、治癒魔法で俺を補佐できる。
魔物の反応が異常に多いので、これは長期戦になるであろうから、エリーゼの治癒魔法は必要不可欠だ。
ところが、残り四人は戦闘になれば足手纏いでしかない。
なんとか逃げ出してほしいところだが……と思ったら、地下から数体の魔物がこちらに向かってくるようだ。
どうやら向こうもこちらを察知したらしい。
「(ここの魔物たちはおかしい。こちらの魔力に気がついた? 相当高位な魔物のはずなのに、一体一体の反応が低すぎる。体もそれほど大きくないはずだ)」
新種の魔物なのか?
ならば、信吾たちには余計避難してもらわないといけない。
かといって、いきなり魔物が襲撃してくるなんて言ったら、完全におかしい人扱いであろう。
悩んでいると、今度は空中から若い少女の声が聞こえてきた。
「ここかな? ああ、ここだね。出られるように次元を繋げないと」
「幽霊か?」
聞き間違いではなく、かなりハッキリとした声であった。
「聞こえたよね? 信吾」
「僕も聞こえた。榛名もか。黒木さんは?」
「確かに聞こえたわ」
「声が聞こえど、姿は見えずか……」
やはり信吾たちにも聞こえたようで、俺とエリーゼの聞き間違いではないようだ。
こんな時に、今度は幽霊か?
それにしては、声が聞こえてきた空中にはなにもない。
もし本当に幽霊なら、俺とエリーゼは探知できるはずなので変だ。
「(あなた、これは何者かが別の空間からこちらの世界に出ようとしているのでは?)」
異次元を利用して、他の世界や空間からこちらに出てくる。
現在のヘルムート王国では不可能な芸当だが、古代魔法文明時代なら可能か?
俺とエリーゼも、実際に他の世界に飛んできてしまったからな。
あり得ない話ではないか……。
「おっと、繋がったね。あーーーあ、この世界の住民にはちょっと対処が難しいかな。ちょっと失礼して」
そんな独り言が聞こえた直後、最初に声が聞こえた空中からいきなり人間が出現した。
「無事に出られてよかった……って!」
ところが、その人物が姿を現した場所は空中であり、当然重力に従って地面へと落下した。
防空壕の天井付近なので怪我はしないはずだが、つい普段の癖で俺はその人物が地面に落下しないよう、『念力』でその場に浮かせてしまう。
「(あなた、よろしいのですか?)」
「しまった!」
くそっ!
今まで隠していた魔法をつい使ってしまった。
「ええっ! 人間が空中に浮かんでいる?」
「手品なのかしら?」
「魔法みたい」
突然空中から人間が姿を現し、しかも地面に落ちずに宙に浮いている。
拓真、黒木さん、赤井さんは驚きの声をあげた。
「……」
信吾は無言ながら『アホ! 魔法なんて使うな!』と目で俺に抗議してきた。
「これはどうも。ユウの同類は、思ったよりも紳士なんだね」
この人物は地面に立つと、興味深そうに俺を見ながら声をかけてきた。
咄嗟に落下を防いだので気にしていなかったのだが、突然空中から姿を現した人物は少女であった。
年齢は十七~八歳くらいか?
顔は美少女の範疇に入ると思うが、オレンジの髪はもの凄い天然パーマで頭が鳥の巣のようになっており、額にいくつもの魔法陣が描かれたバンダナを巻いていた。
あきらかに、奇人、変人の類に入る人物だと思う。
「やあ、君がユウを浮かせてくれたんだね」
「……」
つい助けてしまったが、別に落下しても死ぬような高さでもなく、俺は彼女を助けたことを後悔していた。
いきなりだから無理だとは思うが、俺が魔法使いなのを秘密にしてほしいのに、空気を読まず『念力』を使った俺にお礼を述べたからだ。
もう一つ、一人称が自分の名前な女って、偏見かもしれないが地雷女のような気がする。
俺の本能が、この女は危険だと告げるのだ。
「えっ! ヴェルは魔法使いなのか?」
「そんなわけないだろう」
とにかく、今はこの場を誤魔化さないと……。
「この世界には魔法がないから隠したい気持ちはわかるけど、ほら」
自分をユウと呼ぶ少女が防空壕の奥を指差すと、曲がり角と思しき奥から数匹の小型竜が姿を見せた。
「竜?」
「ゲームか?」
「お前ら、下がってろ!」
黒木さんと拓真が姿を見せた小型の竜に興味を持つが、それと同時に小型の竜は容赦なくブレスを吐き出した。
俺は慌てて『魔法障壁』を展開し、エリーゼも赤井さんと黒木さんを守るため一緒に『魔法障壁』を展開した。
「あなた、思った以上に威力があります」
「そうだな」
小型の竜が放つブレスは小さな『ウィンドカッター』程度に見えたが、その威力は侮れない。
防いでいると、予想以上に魔力を持っていかれてしまう。
「時間をかけると無駄に消耗するな。エリーゼ、防御は任せる」
「はい」
幸いにして、小型の竜はわずか五匹ほど。
追加の援軍は確認できない。
防空壕の中心部?
いや、その地下であろう。数十の似たような反応と、桁違いに強い魔力の反応が一つ。
これが親玉であろうか?
援軍を寄越さないということは、間違いなくこの五匹は俺たちの実力を探るため、ここで捨て駒にするつもりであろう。
奥にいるであろう親玉はずる賢く、確実に属性竜以上の実力を持つはずだ。
「あなた、どうしてここに竜が?」
エリーゼもこの世界に何日か滞在した結果、魔物など存在しないのだと薄々気がついていたようだ。
なので、突然の竜出現に驚いているのであろう。
「理由はわからないけど、ここは一旦退却する。その前に……」
こいつらは始末しておかないといけない。
このまま放置すると、外に出て悪さをするかもしれないからだ。
警察には対応できそうになく、そうなれば佐東市は大騒ぎになるであろう。
そうなったら俺たちの存在も世間に知られかねず、ならばここで始末するのが一番安全だ。
「なあ、ヴェル?」
「話はあとだ!」
俺は拓真の質問を遮ると、エリーゼにみんなを任せて小型の竜へと突進した。
「「「「「「ギャァーーー!」」」」」
俺の突進で、五匹の小型竜は作戦通り俺に標的を変えた。
『ウィンドカッター』のブレスを次々と放つが、俺は突進を続けつつ強引に『魔法障壁』で振り払っていく。
そして『フレイムランス』を準備していると小型竜たちに見せかけ……彼らがいる地面から『火柱』を立てた。
「「「「「「ギャァーーー!」」」」」
『火柱』の回避に失敗した小型竜たちは、炎の中で死のダンスを踊り、やがて黒焦げになって動かなくなった。
「撤退するぞ!」
「はい」
同じ冒険者仲間でもあるエリーゼは、俺の命令を妥当だと感じて素直に従った。
「えっ? 撤退しちゃうの?」
「赤井さん、今は戦力になる人間が二人しかいない。相手の正確な戦力もわからないし、素人の君たちを巻き込むわけにもいかない」
これは口にしないが、四人は戦力にならないどころか、俺とエリーゼの足を引っ張りかねないというのもあった。
「でも、このまま化け物を放置すると、外に出てしまうのでは?」
「かもしれないけど、とりあえずすぐ外に出そうなのは始末した。とにかく今は撤退だ」
「はい」
黒木さんは、あの竜たちが外に出て人間に悪さをしないか心配なのであろう。
だが、今の俺とエリーゼにそれを心配する余裕はなかった。
なにしろ、今の俺とエリーゼは冒険者としての装備すらしていないのだから。
もし戦うのなら、ちゃんと準備をしなければ駄目だ。
「竜を倒すのか……軍隊に任せるのは危険だし、とにかく一旦退いて態勢を立て直さないと駄目だ」
先行偵察部隊と思われる五匹は倒した。
どうやら親玉は追加を出すつもりはないようなので、ここは一旦退くとしよう。
「あのさ、あの竜はここから出ないとユウは思うよ。だから一旦退いた方がいいって」
「そういえばいたな。地雷女」
突然空から現れ、自分をユウと名乗る少女は、何食わぬ顔で会話に加わってきた。
「えーーーっ! ユウを地雷扱いは酷くないかな?」
「うるさい、とにかく退くぞ」
「はーーーい」
「と言いながら、残骸を漁ってんじゃねえ!」
ユウという少女は、俺が倒した小型竜の焼死体を調べていた。
「表面は黒焦げだけど、中身はレアで研究素材になるからね」
研究素材ねぇ……。
この女、確実にマッドサイエンティストだな。
しかも、自前の魔法の袋に小型竜の残骸を仕舞いやがった。
魔法の袋は汎用じゃないので、この女は魔法使いということになる。
「それじゃあ、撤退ね」
「調子狂うなぁ……」
このままここに留まるわけにもいかず、俺たちは防空壕から急ぎ撤退するのであった。
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