第八話 バケーション、ミスコン、謎の人物、竜(後編)

「第一回ミス佐東海岸コンテストを開催いたします!」


「ミス佐東『海岸』なんだ」


「本物のミス佐東は、賞金が出る代わりに、一年間市のPR活動に参加しなければいけないとか制限があるからな」


「拓真は詳しいんだな」


「近所で綺麗だと評判のお姉さんがミス佐東になって、一年ほど市主催のイベントに出たりで忙しかったんだと」


「へえ、そうなんだ」




 砂に埋もれていた拓真を掘り出してから、俺たちはミスコン会場で前の席に座った。

 関係者だということで、席を融通してもらったのだ。


「ママ、頑張って」


「確かに、ミスコンに母ちゃんが出てるな」


 隣に小さな男の子とその父親が座っており、参加者の一人に声をかけていた。

 エリーゼの他にも、あきらかに結婚していそうな人も何人かおり、夫らしき人たちが自分の奥さんに声援を送っている。


「緩いミスコンだなぁ……賞品ってなんだろうね?」


「それは観光協会の人も、最後まで秘密だって言ってたな」


 緩いミスコンが始まり、司会者を務める観光協会の人が参加者の紹介を始めた。


「十七番、地元佐東の方です。高校生の赤井榛名さん」


「「「「「おおっ!」」」」」


 赤井さんは可愛いし、少し童顔で胸が大きかったので会場にいる多くの男性たちから歓声があがった。

 彼女のようなタイプの女性は、男性からの支持が高いからな。


「続いて十八番、同じく佐東市の方です、赤井さんと同じ高校に通う黒木摩耶さんです」


「「「「「おおっ!」」」」」


 クールビューテイーでスタイルが抜群にいい黒木さんが続けて紹介されると、赤井さんと同じくらい会場から歓声があがった。


「盛り上がっているね」


「赤井と黒木さんは、学校でも男子に人気があるからな」


 ステージ上で司会者に紹介される二人を見ながら、信吾と拓真が話をしていた。


「黒木さんはともかく、榛名が?」


「わかってないな、信吾は。ああいう童顔で胸が大きな子は実はもの凄くモテるんだよ」


「知らなかった」


「お前は幼馴染で見慣れているからだろうけど、世間ではそんなものだ」


 逆に信吾は見慣れすぎていて、赤井さんの美少女ぶりに気がつかない……拓真は理解しているので、ただ単に信吾が鈍いのか……。


「おっと、最後に一番の注目参加者が出るぞ」


 とはいっても、ミセスなのに構わないからと言われて参加したエリーゼであった。


「最後に、海外からのエントリーです! 観光で日本に来ているエリーゼ・カタリーナ・フォン・バウマイスターさん!」


「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」


 エリーゼが紹介されると、ひと際大きな歓声が観客から沸いた。

 地方の、参加者が少ないため既婚、子持ち女性まで参加している緩いミスコンで、エリーゼクラスの美少女が出場するとは思っていなかったのであろう。

 俺が異世界に飛ばされる十年ほど前といえば、まだ外国からの観光客もそれほど多くはないはず。

 海外に誇る観光地などない佐東市では、金髪美少女の観光客は希少であった。


「おおっ……奇跡だ!」


 前の席に座っている爺さんが、エリーゼの胸を見て驚愕していた。


「さすがは外人さんじゃ! 育ちがええの」


 爺さん、あまり大声でそういうことを言うな。

 エリーゼが恥ずかしそうにしているじゃないか。


「これで全参加者の紹介が終わりました。続けて審査に入ります」


「この面子だと、三人の中の誰かがミス佐東になれそうだな」


「賞品はなんだろうね? あと拓真、ミス佐東海岸だよ」


「どっちでもいいじゃん。賞金じゃないって言ってたからな。家電とかだといいな」


「拓真は、現実的なことを言うのな」


 俺たちがそんな話に夢中になる最中、ミスコンの最終審査がスタートするのであった。




「困るなぁ。勝手に竜を他の世界に移動させないでよ」


 今日も個人的な趣味の範疇に入る研究を続けていると、異次元にある自室の警報器が鳴った。

 ユウが構築した、時間、次元を超えられるルートに複数の人と生き物が通過すると鳴る、特殊な警報が今初めて鳴ったのだ。

 二千五百年ぶりに鳴ったけど、久しぶりとはいえ対処は面倒くさそうだ。


「どれどれ……またあの石碑なのか……」


 ユウは大昔、大規模な実験の失敗で本来の体を喪失し、この時間が流れない異次元で好きな魔導技術の研究をしながら生活している。

 研究の成果が出て様々な場所、時間、次元などを移動可能なルートの構築に成功したのだけど、一つだけ弱点を作ってしまった。

 それは、ユウが作った移動ルートの出入り口に利用した遺跡の存在だ。

 遺跡自体は、ユウがいた時代よりも一万年以上も昔、今はとっくに滅んでいる宗教団体が設置した石碑でしかない。

 ただの石碑にガラス玉が埋め込まれており、魔導技術は一切利用されていない。

 非常に原始的な、体の中にガラス玉を入れると永遠に生きられるという教義を信奉していたので、石碑にガラス玉が埋め込まれていただけだ。

 ただのガラスをそこまで過大評価する宗教だから、とても原始的な教えというわけ。

 その石碑が置かれた場所に移動ルートの出入り口を設置したばかりに、人間たちと竜は他の時間、次元に飛ばされてしまった。

 双方なかなかの魔力を持っていたため、たまたま出入り口が開いてしまったみたいだね。


「どこに飛ばされたのかな?」


 魔導計算尺を動かして探ると、どうやら魔法ではなく科学という力が万能とされる世界に飛ばされたらしい。


「ちょっと厄介かな?」


 ルート37次元座標の計算を終えてから、そこに魔導偵察機を送り込むと、そこは無人島のように見える。

 島の中心部には地下遺跡があり、その一番奥に傷ついた竜が鎮座していた。

 今は受けた傷を癒すのに集中しているのが見える。


「分裂型か……ああ、あの玩具ね」


 その竜は小型に見えるけど、強さはかなりのものだ。

 人間は視覚でしか竜の大きさを判断しないけど、あの竜は自分の体を分裂させて小型の竜に模し、それを操作して戦う。

 体を分裂させていない時は、体組織の密度を増して見た目の小ささを保ち、機動性も確保していた。

 ある意味、物理的な法則を無視した竜ということになる。


「ある程度体が癒えたら、あれは海に餌を獲りに行くはずだ」


 極めて強力な魔法攻撃を食らって大ダメージを受けたみたいだけど、飛ばされた先がよかったみたい。

 魔法使いなどいないあの世界では、誰も使っていないマナが満ち溢れており、周囲のマナだけである程度回復可能なのだから。


「完全回復してあの世界に居座られると面倒だな。ユウが構築したルートを伝っているから多少の責任もある。回収しないと駄目か……」


 行けない場所でもないから、久々の外出というわけだ。

 どうやら戦闘もあったようで、研究サンプルとして竜の遺体を手に入れたいという希望もある。

 あの竜の体を解析すると、もっと高性能な玩具を作る参考になるかもしれないからね。


「お出かけの準備をしようかな。何日かだけだから、疑似体に影響はないはずだし」


 ユウの体は、未来の人たちが古代魔法文明時代と呼ぶソリュート連合王国が強引にユウにやらせた、次元跳躍装置の起動実験失敗で崩壊した。

 ユウは、その装置では次元跳躍に必要な魔力を受け止められないからと、反対したんだけどね。

 欲に目が眩んだ王や貴族たちによって強引に実験をさせられ、彼らは木っ端微塵になったわけだ。

 同時にユウの体も吹き飛んだけど、事前に魂を移す疑似体を別の次元にあるこの部屋に置いておいて助かった。

 この新しい人工の体、人間の肉体とほぼ差はないんだけど、時間の流れがある外に出てしまうと、数年に一度交換しないといけないから面倒なんだ。

 前の体に比べるとスタイルがいいから、ユウは気に入っているんだけどね。

 顔は弄っていないけど、ユウは胸が小さくてコンプレックスを抱いていたから、人工の体の胸を少し大きくするくらい構わないよね?


「あっそうだ! あの竜の他にもルートを通ってしまった人たちがいたんだ」


 これも回収しないとね。

 あっでも、彼らがルートの入り口を開けてしまったのは、魔力が異常に高かったからだ。

 例の竜退治を手伝ってもらおうかな……いい戦闘データも取れそうだし。


「早く準備して行こうっと」


 ユウは荷づくりを終えると、久々の外出をすべくルートの出入り口に飛び込む。

 場所は『地球』という星の『日本』という国で、竜が身を潜めた島は『異界島』と呼ばれているみたいだ。


「ユウが戦わなくても、魔力の多いあの人が竜を倒してサンプルを取ってくれるかな?」


 ユウが戦ってもいいのだけど、そうするとますます疑似体の寿命が縮んでしまうからね。

 ああ、でも。

 状況によっては、あの魔法使いを戦闘データ収集のサンプルにしてもいいのか。

 まあ、その辺は臨機応変でいいかな。

 出かける準備を終えると、ユウは地球へと向かうルートに飛び込むのであった。






「さあ! 盛り上がって参りました! ミス佐東……じゃなかった海岸もだ。参加者の紹介と自己アピールも終わり、あとは結果を待つばかりだ!」


 無駄にテンションが高い司会者が、いよいよミスコンの結果発表が行われるとマイクで叫んだ。

 緩いミスコンは、水着審査は元から海水浴客ばかりなので省略された。


「エリーゼちゃんが、こうボインボインでええな」


 俺の近くの席にいる老人が、水着姿のエリーゼを見て興奮している。


「榛名ちゃんも胸が最高じゃ。黒木ちゃんも、結構ええ尻しておる」


 この爺さん何者か知らないけど、いい年こいて恥ずかしい。

 家族は穴があったら入りたいであろう。


「ジジイ! 裕子を応援せい!」


「だって、金髪さんと初々しい女子高生が!」


「恥ずかしいわ! ボケ!」


 などと思っていたら、爺さんは隣の席に座る婆さんにぶん殴られていた。

 参加者である孫娘の応援に来ていたようだが、エリーゼたちばかり見て鼻の下を伸ばしていたので、奥さんの逆鱗に触れたのであろう。


「ヴェル、誰が勝つと思う?」


「エリーゼ」


「奥さんかぁ。本命かもな」


 自分の奥さんだからというエコヒイキ分を差し引いても、エリーゼが圧倒的に有利なはずだ。

 なにしろ彼女は、外人さんなのだから。

 日本のおっさんや爺さんたちのウケが異常にいい。


「では、ミス佐東海岸の発表です! 今年度のミス佐東海岸は、黒木摩耶さんです!」


「対抗馬が来たな」


 拓真は、ミス佐東海岸に黒木さんが選ばれたことを意外だと思わなかったようだ。


「日本人らしいというか、こういう時には日本人を優先するよな」


 それはあるのかもしれない。


「準ミス佐東海岸は、赤井榛名さんとエリーゼ・カタリーナ・フォン・バウマイスターさんです!」


 準ミスに赤井さんとエリーゼが選ばれたが、これも順当な結果であろう。

 このミスコン、高校生の参加者はこの三人だけだったから。


「ミス佐東海岸に輝いた黒木摩耶さんには、なんと! 『異界島』の一日貸し切り券を贈呈します! 続いて、準ミスのお二人には、佐東名物佃煮セットを贈呈いたします!」


 飛び入り参加可能でその時盛り上がればいいだけのミスコンなので、賞品はこんなものだろうと思うことにする。


「あなた、賞品をいただきましたよ」


「佃煮かぁ」


「ヴェルは知っているのか?」


「ご飯に載せて食べるものだよね?」


 拓真の問いに、俺は簡単に答えた。


「お前、日本のことに詳しいな」


 元から知っているんだが、彼には俺が日本に詳しい外国人に見えるのであろう。

 拓真はえらく感心している。


「榛名、準ミスって凄いじゃないか」


「一宮君、私はミス佐東海岸になったわよ」


「三人とも凄いね」


 信吾は珍しく赤井さんから最初に褒めていたが、特に意味はなかったようだ。

 みんなの健闘を平等に褒め称え、相変わらずの鈍さを発揮している。

 最初に褒めてもらえなかった黒木さんは少し不機嫌そうだが、それに気がつくような信吾ではない。


「ところで、黒木さんは異界島の貸し切り券どうするの?」


「せっかく来ているから、明日はコテージをキャンセルして使ってみない?」


 どうやら黒木さん、人が少ない無人島で信吾にアタックをかけるつもりなのかもしれない。


「無人島でキャンプって面白そう」


 さり気なく赤井さんも賛成したが、彼女は黒木さんに対して火花を散らしていた。

 黒木さんももはや隠すことなく赤井さんを睨み返し、そして肝心の信吾はやはりなにもわかっていなかった。


「(本当に、信吾って凄いな)」


「(そうだな)」


 俺と拓真は、信吾の鈍さに驚くしかできなかった。

 正確には、信吾じゃなくてヴェンデリンなのか。


「そういえば黒木さん、島は明日から使えるんだよね?」


「そのために予約は空けてあるそうよ」


「それはよかった」


 果たして、黒木さんと赤井さん、どちらが信吾のハートを射止めるのか?

 ……なんだろう?

 まったく興味がないわけでもない。

 なにしろ信吾は、俺の分身みたいなものなのだから。

 でも、どちらでもいいような……。


「(拓真はどうなんだよ?)」


 考えてみたら、拓真も赤井さんとは幼馴染だし、黒木さんも綺麗な人だからな。

 実は好意を抱いている可能性もあった。


「(やだよ、幼馴染なんて。別れたら友人も失うからさ。俺は保健室の沢村木先生がいいなぁ。新人で可愛らしいの)」


 うーーーん、拓真は年上属性か。


「とにかく、今日のうちに準備しておこうぜ。向こうにはなにもないだろうからな。足りない物は買っておこう」


「そうだな」


 俺たちは、明日からの無人島キャンプに備えて準備をしてからコテージへと戻ったのであった。





「グルルぅーーー」


 地球という惑星の日本人という人種が『異界島』と呼んでいる島。

 昔は軍の倉庫や防空壕があったそうだが、今は完全な無人島となっている。

 最近、佐東市の観光協会が一日一組限定で島を貸すサービスを始めたがかなりの人気で、だからこそミスコンを盛り上げるため、賞品になったという事情もあった。

 そんな事情は、別の世界から紛れ込んだ自分にはどうでもよかったが。


 圧縮した魔法による連続攻撃によって、自分は大きく傷つき、体の組織を大量に失った。

 見た目に変化はなかったが、元々自分は体が大きくない。

 多数の分身体を出現させて操り、それを引っ込めている時は体の密度を極限まで上げて巨大化を防いでいるからだ。

 とても変わった体であるが、それこそが自分の最大の特徴、強味でもあった。

 魔法攻撃で大半の分身体を失い、体の密度が薄くなった自分は、この地球という惑星のマナを吸収して体を回復、途中からは海で魚を獲ってダメージを回復させた。

 今では大分力を取り戻し、自分の住処を広げている。

 最初は人間が掘ったと思われる洞窟に潜んでいたのだが、そこは人間の臭いも残り、決して居心地がいい場所ではなかった。

 そこで、その洞窟のさらに地下に分身体を使って別の洞窟を掘らせている。

 幸い、展開できる分身体が増えたことにより、地下洞窟を掘る作業は順調だ。

 地下に移動すると、自分はマナの濃度が少し増したことに気がついた。

 これなら、数日に一度魚を獲りにいけば体を維持できる。

 元々自分は動くのが好きではない。

 分身体に掘らせた洞窟の奥で、ただひたすら休んでいたいのだ。

 もし今度人間が侵入してきたら、それは自分の安息を邪魔する敵だ。

 特に魔法を使う奴は許せない。

 必ず食い殺してやる。

 自分は、分身体が掘った地下洞窟の奥で睡眠を貪る。

 侵入者には死を与えると決意しながら……。




「ボス、この島は取引にちょうどいいっすね」


「だろう? 観光協会の連中がキャンプに貸し出しているみたいだが、この時間、この地下防空壕に入ってくる奴なんていねえよ。キャンプをしている連中も真夜中だからお寝んねってわけさ」


「でも、あのしょぼいミスコンの賞品になったみたいっすよ」


「明日にでも来るかね? まあいい。取引は今夜だからな」




 異界島と呼ばれる無人島は、麻薬の取引には最適だ。

 外国から密輸されたヤクを購入して、国内で売り捌く。

 うちの組は良質なヤク中患者を抱えているから、これがよく売れて儲かるのだ。

 警察も、この島が麻薬の取引現場だとは微塵も思っていないようだからな。

 安全に取引できるってわけだ。

 最近、ライバルである佐東組の活動量が落ちたのもあって、余計に好調ってのもある。

 あいつら、なにかトラブルでもあったのかね?


「いませんね、連中」


「おかしいな?」


 取引現場は、島の中央部にある大昔の地下防空壕だ。

 ここなら夜中に誰も来ないからな。

 海岸で取引をしていると、漁船に見つかる可能性がなくもないから、隠れて取引するにはここが最適というわけだ。


「兄貴、あんな穴ありましたっけ?」


「落とし穴か?」


 この防空壕には何度も来ているが、こんな穴あったかな?

 もしかして、連中が勝手に穴を掘った?

 そんなわけはないか。

 取引なら防空壕の中で十分、これ以上身を隠す穴なんて必要ないものな。


「連中、穴の奥にいるのか?」


「様子を見てみます」


 子分のヤスが、懐中電灯を片手に掘られている落とし穴を除き込んだ。


「兄貴、奥は洞窟になってますぜ」


「そうか」


 いったい誰が掘ったんだ?

 麻薬密輸組織の連中か?

 いや、向こうも二人しか来ないのに、こんなに深い洞窟は掘れないだろう。

 そんなことをする暇もないだろうし。


「観光協会の連中っすかね?」


「かもしれないな」


 大昔の地下防空壕に謎の洞窟が出現とか、そんな方法で客を呼ぼうとしているのかもしれない。

 佐東市は、ろくな観光資源がないからな。

 しかもバブル崩壊以降、全国の観光地は熾烈な競争を繰り広げている。

 いよいよ万策尽きて、密かに洞窟を掘ったのかもしれない。


「連中、来ませんね」


「この穴から洞窟でも探索しているのか?」


「かもしれないっす」


「遊びやがって」


 俺とヤスは、穴からさらに地下の洞窟へと入った。

 洞窟は思った以上に広く、中を歩くのに苦労しなかった。

 一本道で、段々と地下に向かっているように見える。

 懐中電灯を照らしながら奥へと向かって歩き続けること十分ほど、ついに洞窟の一番に奥に到着した。


「兄貴、随分と広いっすね。どうやって掘ったんすかね?」


 洞窟の一番奥の部屋は、地下数十メートルほどの位置にあった。

 しかも、とても広く作られている。

 これほどの洞窟を、観光協会の連中だけで掘れると思えなかった。


「誰が掘ったかなんてどうでもいい。連中は?」


 せっかく金を持参したんだ。

 とっととヤクを売ってくれってんだ。


「ここにいないのか?」


「今、確認してみます」


 ヤスが懐中電灯で、いつの間にか掘られていた洞窟の一番奥にある部屋を照らした。

 デコボコの掘られた岩肌が剥き出しになっている。

 重機を入れたにしては、少し工事が雑か?

 そんなことを考えていたら、ヤスが部屋の一番奥を照らし、そこでなにかを見つけた。


「兄貴、あれはトランクでは?」


 確かに、連中がいつもヤクを入れているトランクに見える。

 それにしても、なぜトランクだけ残っているんだ?

 ヤスがトランクの奥を照らすと、そこには竜の像が置いてあった。


「兄貴、リアルっすね。本物みたいっすよ」


「そうだな」


 昔、俺たちがまだ純真な子供だった頃、遊んでいたゲームに出てきそうな竜に似ていた。

 ゲームでは、竜が最後のボスだったな。

 レベルを上げてラスボスを倒し、同級生同士で誰が最初に倒したかなんて競争していたのを思い出す。


「ゲームの世界が味わえます。ここはダンジョンってか? 観光協会の連中もセンスねえな」


 そんなんだから、佐東市にはろくに観光客が来ないんだよ。


「兄貴!」


「なんだ?」


「兄貴! 竜が動きました!」


 急にヤスが叫ぶからなにかと思ったら、像が動くわけねえじゃねえか。

 暗いし、取引相手が見つからないから不安なだけだろう。


「ヤス、『幽霊の正体見破ったり、柳の葉』ってやつじゃねえのか?」


「兄貴、そんなことわざでしたっけ?」


「大体そんな感じだったと思うぞ。あれ?」


 ヤスとそんな冗談を交わしていたら、懐中電灯で照らした竜の像の影が動いたような……。

 まさかな、臆病なヤスでもあるまいし俺まで幻想なんて……と思っていたら……。


「兄貴!」


「なんだよ?」


 ヤスの奴、像の前から少し懐中電灯の光をズラした時になにかを見つけたようだ。

 すでに声が悲鳴に近くなっていた。


「兄貴ぃ!」


「だからわかったって」


 ヤスが見つけたものを確認しようと目を凝らしたら、それは……人間の頭だった。


「兄貴!」


「作り物だろう。お化け屋敷でも作るのかよ」


 どうせ作り物だろうと思ってさらに見てみると、その頭部には見覚えがあった。


「リーか?」


 いつも俺たちにヤクを持ってくる麻薬密輸組織の幹部にそっくりなのだ。

 さらに頭部の周辺をよく見ると、地面には大量の血が……。


「兄貴!」


「貸せ!」


 俺はヤスから懐中電灯を奪ってさらに周辺を照らした。

 すると、陳の頭部の他に、彼がいつも引き連れている手下のものと思われる頭部に、数名分の手足も散らばっていた。


「誰がこんなことを?」


 もしかすると、俺たちは敵の罠に嵌ってしまったか?


「グルルゥーーー」


「兄貴、聞いたことがない鳴き声っすね」


「そうだな」


 俺が声の主を求めて懐中電灯をあちこち動かすと、最初に照らした竜の像が舌なめずりをしていた。


「竜だと?」


 そんなゲームでもあるまいし。

 しかし、実際に竜は動いている。

 間違いなく、リーたちを食らったのはあの竜であろう。


「兄貴!」


「逃げるぞ!」


「でも、ヤクが……」


 そんなことよりも、今は命の方が大切だ。

 なにより、まだ金は払っていないから、俺たちは損をしていないのだし。

 とにかく今は逃げ出すことを……と思ったら……。


「ぎゃぁーーー!」


 隣にいたヤスが、目視できないほどの速さで動いた竜に食われた。

 これまで、結構な修羅場を潜った俺でも聞いたことがない断末魔の声をあげている。

 竜がその牙と歯でヤスの体を噛み砕き、咀嚼している音が聞こえる。

 奴はもう駄目だ。

 これまでこの仕事をしてきて危険な目には何度か遭ってきたが、まさか手下が化け物に食われる光景を目撃するとはな。

 今にも叫び出したい気持ちを抑えながら、とにかく今は逃げるのが最優先だと心を落ち着かせた。

 俺は急ぎ走り出したのだが、気がついたら体に激痛が走っていた。

 俺も、竜に体を食われていたのだ。

 あとでまた食べればいいと思ったらしい竜に二つにかみ砕かれたヤスが、恨めしそうな死に顔をこちらに向けている。

 だが俺も、もうすぐヤスを追って死ぬことになるだろう。


「こんな化け物、自衛隊でも……」


 どうやら俺は致命傷を受けたようで、もうこれ以上はなにも言えなかった。

 このあと、俺の体を食らう竜がどうなるのかもわからない。

 ただ願わくば、俺たちの他に犠牲者が出ないことを祈るのみだ。

 チンケなヤクザがたまに見せる、気まぐれな善意というやつさ。

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