第七話 オプションドラゴン
「ダンテ! ヴェリヤが負傷したぞ!」
「わかった! 急ぎ治療しよう!」
「クソ! 冒険者ギルドの連中! あとで割り増し手当てを請求してやる!」
「無事請求できるよう、まずは生き残らないとな!」
特殊なドラゴンとの戦闘で、パーティの仲間が負傷した。
俺は急ぎ治癒魔法を『爆縮』してから、負傷したヴェリヤに向けて飛ばす。
「ダンテ、すまない」
「気にするな」
今、パーティメンバーが一人でも欠ければ、さらに生存率が下がる。
それに、俺が冒険者になって間もない頃からの仲間だ。
元々見捨てるという選択肢はない。
それにしても、こんなドラゴンは初めてだ。
最初は、普通の指名依頼だと思ったんだ。
魔物の領域で未知の地下遺跡が発見され、そこを探ってほしいと冒険者ギルドから依頼があった。
早速その地下遺跡の探索を開始したが、古代魔法文明時代よりもさらに昔、ひょっとしたら二万年以上昔の遺跡ではないかと、パーティメンバーでその手の知識があるザラットが教えてくれた。
となると、地下遺跡の風化が激しいため、魔物が入り込んでいるかもしれない。
油断しないよう探索を進めると、最深部一番奥にある巨大な部屋で奴は待ち構えていた。
『竜だと! 聞いてないぞ!』
『しかし小さいな』
『本当に竜なのか? 外見だけ似た他の魔物という可能性は?』
『それはないようだな』
この魔物の領域のボスは水属性の属性竜『アクアマリン』なので、こいつがボスのはずがない。
大きさは全長二メートルほどしかなく、見た目はあまり強そうにも見えない。
竜の強さはその大きさに比例するので、こいつはワイバーンよりも弱い可能性が高い。
ただ、こんなに小さな竜は初めて見た。
幼生というわけでもなさそうで、俺たちを見つけると威嚇するように咆哮したが、正直可愛らしいものだ。
この上級魔法使い『爆縮』のダンテが率いるベテランパーティにかかれば……最近、バウマイスター伯爵やブランターク、アームストロング導師がご活躍のようだが、俺だってそう捨てたものじゃない。
得意の、魔法を一旦米粒大にまで圧縮してから飛ばし、目標の至近で爆発させることによって消費魔力以上の威力を発揮する『爆縮』。
理屈は、極限まで圧縮した魔法が最大限解放された時、通常魔法を発動させた以上の破壊力で周囲に微量漂うマナに起爆。
その結果、どんな魔法でも威力が上がるというものだ。
俺は自然とこの現象に気がつき、元から上級魔法使いであったこともあって、これまで大きな成果をあげてきた。
そんな俺にかかれば、いくら竜とて……。
「バカな!」
ところが、俺の予想は大きく外れた。
基本的に避けるのが困難な俺の『爆縮』を、小さな竜はすべて避けてしまうのだ。
体が小さい分、この竜は異常に素早かった。
「クソっ!」
小さくても、やはりドラゴンではあったかというわけだ。
攻撃に加わったパーティメンバーたちの、剣、槍、弓矢などによる攻撃をすべてかわしてしまう。
それどころか、俺と一番つき合いが長い槍使いのヴェリヤが重傷を負ってしまった。
俺は、こいつが大怪我をするところなんて初めて見た。
竜は小さい分攻撃力はないようだが、まさか機動力でヴェリヤの後ろを取って攻撃するなんて……。
もしワイバーンの一撃ならヴェリヤは死んでいたはずで、それはラッキーだったと思うしかない。
とにかくあの竜は侮れない。
「ダンテ、ちょっとまずくないか?」
「ああ、さすがにヤバイ気がしてきた」
俺たちの攻撃を余裕でかわし、反撃してヴェリヤを負傷させた竜は、広大な一室の真ん中に鎮座する石碑の前で、こちらを窺うように見ていた。
「人をバカにしたような目だな」
「強いからだろうな」
強いというか、あのドラゴンは非常に討伐が困難という方が正しい。
とにかく攻撃を当てにくい。
攻撃の当てにくさでいえば、属性竜でも敵わないであろう。
「なにか始めるみたいだぞ」
こちらを窺っているように見えたドラゴンの背中から、いくつもの突起が出現した。
それは次第に大きくなっていき、五十センチほどまで成長するとドラゴン本体から分離して地面に落下した。
落下した分離物はまるで生き物のように動き出し、徐々に変形してなにかの形を作っていく。
「小さな竜じゃないのか?」
「ダンテ、分裂する竜なんて初めてだぞ」
「俺もだ」
分裂した突起物は、五十センチほどの小さな竜へと変身。
竜は背中から次々と突起物を切り離し、小さな竜ははあっという間に五十ほどまで増えた。
「まずい! 全員、俺から離れるな!」
急ぎ強固な『魔法障壁』を張ると、その直後にすべての小さな竜がブレスを吐いた。
一匹一匹分は大した威力ではなくても、あれだけの数だ。
集中砲火を浴びているのと同じであり、魔力の消費は属性竜のブレスを防いでいるのと差がない。
「ダンテ、このままだとジリ貧だぞ」
「仕方がない。撤退だ」
「そうだな」
「賛成する」
俺の撤退案に、パーティメンバーは全員賛成した。
こいつらは、俺が選んだプロ中のプロだ。
引き際を誤るような未熟者はいないし、これ以上ここで戦っても意味がないことくらい百も承知であった。
「しかし、この状況では退くのも困難じゃないか?」
弓使いのザラットが撤退するにあたっての懸念を口にするが、ここは仕方がない。
大量の魔力を使い、とにかくこの竜から逃げ出さなければ。
「『広域包囲爆縮陣』を使う。みんな、目を瞑っておけよ」
「そのくらいしないと逃げ出せないか」
『広域包囲爆縮陣』とは、目標を囲むよう均等に『爆縮』魔法の粒を配置し、一斉に起爆させてさらに威力を上げる方法だ。
一度に大量の『爆縮』の粒を数十個適切な位置に配置し、一斉に爆発させるため位置を動かせない。
加えて今回は、逃走の成功率を上げるため、『ライト』も混ぜて竜の目を潰す。
複数の『爆縮』粒を生成するのは難しく、魔力消費量も増えてしまうのだ。
あとは、極力戦闘をしないで魔物の領域を脱出しないといけないな。
「じゃあ、始めるぞ」
「「「了解!」」」
これ以上時間をかけていられない。
俺は強固な『魔法障壁』を維持しつつ、後方に開けた小さな穴から数十個の『爆縮』を外に出して竜たちの周囲に配置していく。
幸い、竜たちは爆発しない『爆縮』粒に興味を持たなかったようだ。
俺たちをブレスで焼き払う方が大切なのであろう。
「着火する!」
ブレスを吐く小さな竜たちを囲うように配置した『爆縮』を一斉に起爆させると、『火炎』と『ライト』が部屋中に炸裂して竜たちの視界を奪っていく。
いくら最強の生物である竜といえど、生き物である以上目つぶしは有効だからな。
「逃げるぞ!」
竜たちのブレスが止まったので、俺たちは迷わず一目散に部屋を逃げ出す。
そのまま地下遺跡を最短ルートで抜け出し、魔物の領域でも極力戦闘を行わないで無事に脱出に成功した。
「おい! 死ぬところだったぞ!」
「はあ? 『爆縮』のダンテが死ぬ? そんなバカな……」
「厄介なドラゴンがいたんだよ!」
無事魔物の領域から出た俺たちは、その足でギルドに赴き苦情を述べた。
受付の若造は俺たちが死ぬなんてあり得ないと抜かしやがったが、お前らは過去に一度戦力想定を誤ってバウマイスター伯爵たちを殺しかけただろうが。
俺が地下遺跡最深部の部屋で見つけた特殊な竜について話をすると、すぐにギルドのお偉いさんが出てきた。
「分裂する竜とな?」
「ああ、よくも分裂してくれたものさ」
全長二メートルほどしかない竜から、五十体以上の小さな竜が分裂したからな。
常識的に考えれば、まずあり得ない話だ。
物理的に考えて、五十体以上の小さな竜が全長わずか二メートル程の竜の体内に入れるはずがないのだから。
「繁殖なのでしょうか?」
「それはおかしいだろう」
俺は、受付の若造の意見を即座に否定した。
滅多に繁殖しない上位の竜も含めて、竜は基本的に卵で孵る生き物だ。
背中から盛り上がったコブが分離、変形して増殖なんてまずあり得ない。
「繁殖なら成長に時間がかかる。となると、あり得るのはその竜が、分裂した竜も合わせて一体。小さな竜は、本体のオプションということになる。謎の地下遺跡で最深部の部屋を守る小さな竜は、もし名付けるなら『オプションドラゴン』とでも命名すべきか」
ギルド幹部の爺さんが、俺たちが見つけた竜に命名した。
あの小さな竜たちも含め、一体の竜というわけか。
不思議な話ではあるが、竜や魔物の類は人間とは違う。
人間の常識では推し量れない生き物である以上、そういうこともあるというわけだ。
「初めて見る竜だな」
「問題は、お前さんが戦ってしまったばかりにその竜が地下遺跡を出ていないかという点だな。『爆縮』のダンテにしては、思わぬ不覚を取ったではないか」
「死ぬよりはマシなんでね。別に評価を下げてくれてもいいぜ」
指名依頼なんて面倒なだけで、金にもならん。
それなら、最近ホットスポットになっている魔の森で巨大フルーツを集めたり、サーベルタイガーでも狩った方が実入りはいいのだから。
「冗談だ。お主は必殺技を使って離脱したのであろう? 小さな竜の残骸くらい回収できぬかな?」
「またあそこに行けってのかよ。もし俺たちが死んだらどうするんだ?」
こう言ってはなんだが、俺の代わりなんてそうそういないからな。
無駄に死なせるのはやめた方がいいと思うぞ。
「他に頼れる者もいないのでな。帝国め、内戦などしおって! バウマイスター伯爵様たちに助けも求められぬわ」
特にバウマイスター伯爵の周辺には、実力のある魔法使いが多いからな。
みんな帝都で内乱に巻き込まれて戦争に参加している。
俺ならとっとと逃げ出しているな。
人なんて殺しても、罪悪感の割に実入りは少ないのだから。
「他にも数名、中級だが魔法使いをつける。様子だけでも見に行ってくれ。報酬も弾む」
「わかったよ」
結局ギルドからの依頼を断り切れず、俺たちは三名の中級魔法使いを連れて再び例の地下遺跡に入った。
「地下遺跡内をその竜が移動した形跡はないですね。もしかすると、最深部の部屋から出られないのかもしれません」
追加で参加した中級魔法使いの一人は、考古学者でもある眼鏡をかけた若い男だった。
彼は地下遺跡の状態を調べながら、自分の意見を述べる。
「あの部屋から出られない?」
「はい。この地下遺跡は古代魔法文明よりもさらに倍近く昔の遺跡です。その時代にも魔導技術がありましたが、古代魔法文明時代に比べると大分毛色が違うようなので。その竜も、二万年前の魔法使いがなんらかの手で改良した守護者かもしれませんね」
「守護者? なにを守っているんだ?」
最深部の部屋だが、俺たちは中心部にある素気もない石碑しか見つけられなかった。
そんな稀少な竜を置くほど、あの地下遺跡に価値があるとは思えないのだが……。
「我々には理解できなくても、なにか重要なものかもしれません。それを確認できたらいいなと思う次第でして」
「学者の性か……危険そうならすぐに撤退するがな」
確認のため仕方なく来ているし、あの竜と戦うのは二度とゴメンだ。
あいつがいることだけを確認してとっとと逃げ出そう。
そう思いながら、再び地下遺跡の最深部まで到着したのだが……。
「いないだと!」
「まさか! 昨日あれだけの死闘を演じたんだぞ!」
例の部屋にまったく魔力反応がないので入ってみると、部屋を守っていたはずの竜がいなかった。
小型なのでどこかに隠れているのではと思ったが、この部屋には中心部にある石碑以外になにも置かれておらず、隠れる場所など存在しない。
「まさか、昨日の死闘は夢だったのか?」
「激しい戦闘の跡は残っていますね。それと、これは分裂した小さなドラゴンの残骸でしょう」
考古学者魔法使いが冷静に室内を見分し、昨日の戦闘の痕跡を発見した。
やはり、職業病というやつかもしれないな。
言われてみれば、床や天井の石が『火炎爆縮』によって焦げており、ほとんど炭化していたが、分裂した小型ドラゴンの焼死体もあちこちに散乱していた。
「よかったじゃないか。倒せていて。やっぱり、ダンテの『広域包囲爆縮陣』は凄いよな」
「……」
「どうかしたのか? ダンテ」
「いや、なんでもない……」
ヴェリヤは、俺の『広域包囲爆縮陣』であの竜が死んだと思っているようだが、俺は倒せているとは思わなかった。
分裂した小型の竜はともかく、あの悪知恵の働く本体がそう簡単に倒せるとは思わなかったからだ。
「この地下遺跡から出て、魔物の領域を彷徨っているのでしょうか?」
「だとしたら危険だな。冒険者ギルド経由で注意を喚起しておかないと」
中途半端に戦ってその竜を地下遺跡の外に出したと、他の冒険者たちから非難されるかもしれないが、そんなことは知るか。
魔物の領域ではなにがあってもおかしくはない。
それを覚悟できない奴は、冒険者になるべきではないのだから。
「とにかく、例の竜はこの地下遺跡にはいなくなったということだ」
俺たちはほとんど炭化した小型竜の死体を回収し、ギルドへと戻った。
残念ながら炭化した小型竜の死体は金にならなかったが、幸いなことに例の竜は地下遺跡の外に出ていないことが判明した。
俺の『広域包囲爆縮陣』により倒されたという見解をギルドが公式発表し、見事俺たちにはドラゴンバスターの称号が与えられることになったのだが……。
「どうかしたのか? ダンテ」
「いや、ちょっと腑に落ちなくてな……」
「俺も少し腑に落ちないが、竜はいなくなってしまったからな」
本当に俺たちは、あの竜を討伐したのであろうか?
ザラットの言うとおりなんだが、それにしても、竜を守護者に置くあの地下遺跡はいったいなんなのか。
後に他の冒険者や考古学者も調査に入ったが、目につくものは最深部にある部屋の中央に置かれた石碑のみ。
竜が守っているくらいだから念入りに調査は行われたが、小さなガラスみたいなものが埋め込まれているだけでなにも見つからず、すぐに冒険者たちは興味を失ってしまった。
ただ、俺には一つだけ気になっていたことがあった。
誰にも言っていないのだが、二度目に地下遺跡の最深部に入った時、部屋の中央に鎮座している石碑に埋められたガラス玉のようなもの。
わずかではあるが、光っていたような……。
微妙に魔力の反応があったような気もするし、もしかしたら小型の竜は石碑のガラス玉によって、どこか別の場所に飛ばされてしまったのではないかと。
残念ながらその石碑のガラス玉は、学者たちの調査でも材質がガラスの一種であるということしかわかっていない。
あのガラス玉が、近い将来思わぬ現象を引き起こす可能性も否定できないのだ。
「ダンテ、もう気にするな」
「そうだな」
パーティメンバーで一番知識のあるザラットでもわからないことが、俺にわかるはずもない。
それに、売れっ子冒険者である俺たちは、いつまでも金にならない地下遺跡に関わっている暇などないのだ。
依頼はかなり先まで埋まっており、すぐに俺の記憶から小型竜のことは消えて去ってしまったのであった。
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