第六話 ヴェンデリンは一宮信吾のリア充ぶりに嫉妬する(おまいう)

「さて……」


「いよいよか……」




 朝に顔を合わせたが、他の人たちの目もあって込み入った話をするわけにはいかなかった。

 今ようやく、その時間を持てたわけだ。

 この時間を無駄にすまいと、俺は急ぎ『沈黙』の魔法をかける。

 これなら、エリーゼと榛名が外から聞き耳を立ててもなにも聞こえないはず。

 信吾は、俺が魔法をかけたことにも気がついていないようだが……。


「すまん!」


「ごめんなさい!」


 ようやく話し合いが始まるが、最初の第一声はお互いの謝罪から始まった。


「えっ? どうして謝るんだ?」


「だって君、バウマイスター騎士爵領でほぼ人生が詰んでいたじゃないか。僕は、この便利な世界で普通に暮らせているから……」


 そういう意味か。

 確かに、昔のバウマイスター騎士爵領は日本の過疎の村にも負けそうな不便な場所だったからな。

 挙句に、ヴェンデリンは八男だった。

 信吾は、俺が悲惨な人生を送っているのではないかと心配していたようだ。


「君こそ、どうして謝るの?」


「それは……」


 俺が信吾に謝ったのは、ヴェンデリンに魔法の才能があったからだ。

 確かに日本は便利な国だ。

 それは、向こうの世界で生活し始めてから大いに実感している。

 だが、しがない商社マンでしかなかった俺は、向こうの世界では高名な魔法使いになり、伯爵の爵位と領地まで与えられている。

 もしヴェンデリンと入れ替わらなかったら、それらはのすべて信吾のものだったはず。

 信吾?

 中身はヴェンデリンか……なんかややこしいな。


「いやだって、今の俺は伯爵だぞ。広大な領地も持っているし」


 大変なのは大変だけど、恵まれた境遇ではある。


「えっ? あの状況からどうやって伯爵になったの? もしかして、なにか禁じ手でも?」


「禁じ手ってなんだよ? 俺は魔法使いだからさ」


「えっ? どうして?」


「いや、魔法使いの才能があったからじゃないか。信吾もそうだろう?」


「ないない! そんな才能なかったから! ないからこそ、幼心に真面目に勉強して王都に行かないとなって思ってたんだ。エーリッヒ兄さんも同じことを言っていたし」


 信吾には魔法の才能がなかった?

 そうか、この世界に飛ばされた俺がまだ魔法を使えるのだから、もし信吾に魔法使いの才能があれば、今使えても不思議ではないのか。

 いや、俺とエリーゼはこの世界に飛ばされた異物だから魔法を使えるのか?


「僕だって、ちゃんと水晶に手をかざして魔法の才能の有無は確認している。でもまったく駄目だったんだ」


「あれ? 俺は普通に使えたけど……」


 ヴェンデリンには、元々魔法の才能がなかった。

 それなのに、俺と入れ替わった瞬間、ヴェンデリンは魔法を使えるようになった。

 不思議な現象である。


「まずは、君のこれまでの人生を教えてよ」


「大まかにな」


 俺は、ヴェンデリンがこれまで辿った人生の足取りを、信吾に掻い摘んで教える。


「はあ? 竜を倒した? 奥さんが五人? 伯爵様で領地? おかしくない?」


「いや、魔法の才能があったから」


「僕には無理だよ。魔法が使えないから、エーリッヒ兄さんみたいに王都で下級官吏試験に合格して細々と堅実に暮らす。このくらいが関の山だったろうね」


 信吾は……元々ヴェンデリンか……魔法を使えなかった。

 だから、こっちの世界の方が都合がよかったわけだ。


「信吾の方はどうなんだ? というか、時間の流れに大きなズレがあるようだが、俺が高校生の頃に赤井さんや拓真とは交流がなかったぞ」


 いまいち記憶が薄いのだが、そんな同級生がいたような記憶が……あるような、ないような。


「俺がつるんでいた連中と違う」


 当然男子ばかりだが、彼らの名前を教えると信吾も彼らの名前くらいは知っていた。


「そこそこ話はしていたよ。中学校までは一緒だった」


「あれ? 高校でも一緒だったぞ。信吾は今どこの高校に行っているんだ?」


「えっ、佐東高校だけど」


「なんだとぉーーー!」


 佐東市で一番の進学校じゃないか。

 俺は成績が届かず、もう一つランクが下の高校に通っていたんだ。

 それでも、自分なりに結構頑張ったって思っていたのに……。

 

「お前、実は頭がいいな?」


「そうかな?」


 いいや、きっとそうだ。

 そもそも、頭が悪いやつが市内一の進学校に通えるはずがない。


「しかも、赤井さんのような存在もいる!」


 あんなに可愛い幼馴染がいるとは。

 信吾、お前はどうしてそんなにリア充なのだ!


「黒木さんもいるし、俺が高校の頃は男子だけでプールとか、特に目的もなく町をぶらついたりしてたぞ」


 木佐貫にある風俗店の宣伝看板を見て、みんなでいつか入ってみたいなと話し合ったり。

 どうせ高校生だから入れてもらえないし、お金もなかったし、先生に補導されると嫌なので結局あの町には行かなかったけど。

 行っても高校生ではお店に入れないから、電車賃の無駄で終わってしまうのもあったか。


「男女四人でお出かけなどなかった! さては信吾、貴様は許されざるべきリア充だな? どんな魔法を使ったんだ?」


「君の方が凄いじゃないか! しかも奥さんがエリーゼさんを筆頭に五人とか、君の方が凄いよ!」


「いいや! 魔法もないのにモテ高校生道を驀進している信吾の方がリア充だ!」


「僕は別にモテてないよ! 君の方が凄いじゃないか! なんだよ、魔法の師匠とか! 魔法が使えない僕にはあり得ない話じゃないか!」


 それから数分間、俺と信吾による低レベルの言い争いが続くのであった。

 『沈黙』をかけておいてよかったと思う。





「はあ……無駄な言い争いで疲れたな」


「そうだね。でもこの会話、下の階に漏れていないかな?」


「それは『沈黙』を使っているから大丈夫」


「魔法か……」



 どちらがリア充だとか、そんなことはどうでもいいのだ。

 お互いに情報は交換したし、まさか元の体に戻るはずもないので、俺たちはどうにか元の世界に戻る算段をつけないといけない。

 今まさに帝国内乱の真っ最中であり、残されたみんなが心配だ。


「でも、どうやって戻るのか見当もつかないね」


「それなんだ」


 この世界に、元の世界に戻れる鍵となる魔法的なものが存在しないのが痛い。

 時間があれば絶えず探っているのだけど、目標が漠然としており、詳しく『探知』している関係で探知範囲も狭いから仕方がなかった。


「でも、この世界でも魔法が使えるってことは、なんらかのヒントがあるかもしれない」


「ヒントねぇ……」


 正直漠然としすぎて、どうにもならないな。

 今はとにかく……。


「この近辺で情報を集めるしかない」


「それしかないか……」


 とはいっても、自然と行動が日本での夏休みを楽しむ外人カップルになってしまうけど。

 それは仕方がないか。


「失礼な質問だけど、先立つものは大丈夫なの?」


「大丈夫」


 暴力団とハングレ集団の方々が浄財を恵んでくれたから、しばらくは遊んで暮らせるさ。

 でも、正式な身分がないのは辛いな。

 これがあれば、金銀宝石を売ればお金になったのだから。


「どうやって日本円を入手したのかは、聞かないでおくよ」


 信吾め。

 どうやら俺の金稼ぎ方法に気がついたようだな。


「新聞にハングレ組織が壊滅したっていう記事が出ていたけど。資金洗浄目当ての海外への違法送金、違法薬物取引、脅迫、暴行、他にも色々な犯罪の証拠が、体が麻痺して倒れていた組織の構成員たちと一緒に見つかって、警察は楽して大捕り物だったって記事には書いてあったね。でも、彼らが稼いでいた違法な資金はまったく見つかっていないとか」


「浄財だ」


「魔法って凄いものだね」


「証拠は残していないぞ」


 指紋などは残していないし、顔も一切見られていない。

 彼らを襲撃する際に装着した黒い鎧は今は魔法の袋の中で、他人には取り出せないから証拠にはならないはずであった。

 悪事を働いていた彼らを、正義の黒騎士が成敗した。

 それでいいじゃないか。


「そういえば、宿はどうしているの?」


「身分証がないから、それを問われない古いラブホテルに泊まっている」


「そうなんだ……って、エリーゼさんと同じ部屋で?」


「おかしいか? 未婚でつき合ってもいない男女なら問題あるが、俺たちは夫婦だからな」


 色々とあって疲れているからそのまま普通に寝ているけど、別におかしなことはない。


「なんて羨ましい……じゃなかった! じゃあ、家族が戻ってくるまでは家に泊めてあげるよ」


「そこまでしてもらうのも悪いかなぁ……」


「はっはっはっ! なにを仰るかと思えば。僕とヴェルの仲じゃないか」


「せっかくそう言ってくれるのなら」


 信吾からの厚意だからな。喜んで泊めてもらおうじゃないか。

 でも、なんか引っかかるな……。


「(君ばかり、あんなに綺麗な奥さんと一緒に……許せん!)」


「えっ? なにか言ったか?」


「ううん、別に」


「あっそうだ! 無料で泊めてもらうわけにはいかないから、これは宿代ね」


 正直なところ、日本での生活がいつまで続くかわからない。

 日本円はとっておきたいので、金の粒や宝石を真吾に渡した。

 これは、バウマイスター伯爵領内の鉱山などで採取したものだ。


「いやいや、こんな大金受け取れないから」


「現状、換金できないから無価値に等しいんだよね」


「君は、向こうの世界でどんな生活を送っているんだ?」


「苦労も多いよ。変な貴族が多いから」


「僕は、そういう人たちと出会う前にこの世界に飛ばされたから、いまいちわからないけど……」


 信吾はなかなか謝礼を受け取らなかったが、俺はなかば強引に彼に渡してしまった。


「それで、なにか元の世界に戻るヒントはあるの?」


「全然、だからチャンスがあれば臨機応変に対応し、それまでは常に緊張しているわけにはいかないな」


「つまり、しばらくは遊ぶってことだね?」


「だって、他に手の打ちようがないもの」


 このまま全国を回っても、なにかヒントがあるようには思えないんだよなぁ……。


「そうだよねぇ……僕にもヒントなんて思いつかないし……あっても、僕は元の世界には戻りたくないかな?」


 それはそうか。

 信吾は、現代日本での生活を気に入っているのだから。


「情報交換はこれで終わり……と」


「信吾、ヴェンデリンさん! ご飯よぉーーー!」


 俺が『沈黙』の魔法を解除すると、一階から赤井さんの声が聞こえてきた。

 ここで夕食とは、とてもいいタイミングだな。

 二人で一階に降りると、すでにテーブルの上には夕食が並んでいた。

 肉じゃが、野菜炒め、味噌汁、ご飯という栄養バランスに配慮した内容で、赤井さんも料理に慣れているようだ。


「エリーゼさんも手際がいいわね」


「料理をする機会が多いので」


 子供の頃から教会の炊き出し、孤児に配るお菓子の製造などで活躍し、結婚してからも定期的に料理を作ってくれるから、エリーゼの手際はよかった。


『ヴェンデリン君、今日は私がエリーゼの代わりに作ってあげる』


『お母様は、料理は禁止です! この前も、気まぐれで作った料理にお父様とお兄様が当たったではありませんか!』


『今度は上手くいくと思ったのよ』


『そういう発言は、普段ちゃんと料理の練習をしている人が言っていいセリフです!』


『やーーーん、エリーゼちゃんが苛める』


『苛めていません! 事実を指摘しただけです!』 


 エリーゼとは違い、その母親であるニーナ様は壊滅的に料理が下手だったけど。

 彼女は教会の炊き出しに顔を出すようなことはしないし、普段も滅多に料理などしない。

 元々大貴族の娘だから必要ないのだが、たまに気まぐれで料理をして夫と息子に迷惑をかけていた。

 そんな彼女を、エリーゼが反面教師にしたのかもしれない。


「そっか、旦那様のためかぁ」


「はい」


「時代錯誤って言われるかもしれないけど、そういうのっていいかも」


 赤井さんなら、そう言うだろうなと俺も思った。

 そうでなければ、わざわざ幼馴染の家に料理なんて作りに来るはずがない。


「うちの母さん、料理が大雑把だから、榛名のおかげで助かっているよ」


 そして肝心の信吾は、赤井さんの気持ちに気がついていないようだ。

 ちゃんとした料理が食べられてよかった、くらいの感覚なのであろう。

 それにしても、なんという鈍さであろうか?

 あと、うちの母親の料理が大雑把なのは同じなのか。

 不味くはないのだが、レパートリーが極端に少なくて、カレーを数日分纏めて作るとかするからな。

 俺が食に興味を持つようになった原因の一つかもしれない。

 遺伝とは恐ろしいもので、俺の料理の腕が微妙な部分も引き継いでしまったけど。


「ヴェンデリンさん、ご飯のお代わりいりますか?」


「お願いするよ、赤井さん」


 やはり、品種改良や栽培方法の差で、お米は日本のものが圧倒的に美味しいな。


「信吾、明日はどうする?」


「拓真が海に行こうって言っていたじゃないか。その準備で買い物とか? ほら、ヴェルとエリーゼさんは水着を持っていないようだから」


 そういえば、水着は必要ないから屋敷に置いてきてしまった。

 季節は冬であった帝国で、水着を着て泳ぐ機会なんてないだろうから。


「海水浴はいいわね。江木のバカが、海水浴場の近くにあるキャンプ場でキャンプをしないかって言うのよ。アルバイトもしていないのに、そんなお金ないって」


「海水浴だけでいいだろう」


「そうよね」


「キャンプねぇ……」


「ヴェルとエリーゼさんは、キャンプの経験はあるのかな?」


「まあそれなりに」


 それなりどころか、実は冒険者として活動している時は基本キャンプであった。

 キャンプというか野営と言った方が正しいのだけど。

 それにしても、地元のキャンプ場か……前世では、地元にありながらまだ行ったことがなかったのを思い出す。


「意外とコテージの使用料が高いのよ。道具のレンタル代とかも。食材は自分たちで購入して持参すれば少し節約できるけど。お風呂も近くに温泉があって、そこの日帰り入浴を利用すると高くなるわね」


 キャンプとはいっても、半分旅行みたいなものか。

 どのくらいかかるのかわからないけど、普通の宿に泊まるよりは安いはずだ。


「コテージの宿泊費は俺が出すよ。信吾の家にお世話になっているからね。拓真と黒木さんも来れれば」


 そのくらいなら出しても構わないであろう。何日か信吾の家に世話になるから、そのお礼だと思ってもらえば。


「江木は喜んで来ると思うけど、黒木さんはどうかしら?」


「黒木さん、お嬢様だからなぁ……」


 高校生の男女で旅行に行くなんて親に言ったら、反対されるかもしれないか。


「なんか悪いな」


「たまにはいいじゃないか」


 ついでにいうと、キャンプ場や海で『探知』を使って少しでもヒントを得たいというのもあった。

 あまりにヒントがないので、藁にも縋る思いなのだ。


「本当、申し訳ないです。食材の購入は任せてください。バーベキューとかカレーに固定されてしまいますけど」


 信吾たちの夏休みに便乗するように海水浴とキャンプが決まり、次の日にその買い物に出かけることになった。


「ヴェンデリンさん、ありがとうございます。私も参加しますね」


 買い物に来た黒木さんも、海水浴とキャンプに参加することなった。


「親御さんの許可は大丈夫なのかな?」


「それは問題ないです。ヴェンデリンさんって、本当に日本語がお上手ですね」


「教えてくれた人が優秀だったのさ」


 元から日本人だからなんだけど。というか、俺は元商社マンなのに初歩的な英会話ですら怪しかった。

 言語の習得能力はそんなに高くないのだ。


「今日は食材と……」


「食材となんだ?」


「水着を購入したいわね。エリーゼさんは水着を持っているの?」


「いいえ。あいにくと持っていません」


 万が一に備えて、魔法の袋に水着を入れておくという人は少ないから仕方がない。


「なら、是非購入した方がいいな。黒木さんも、ここは新しく新調した方がいい」


「江木ぃ……下心がミエミエなんですけど……」


 当然海水浴とキャンプに参加予定の拓真の発言に、赤井さんが情け容赦のないツッコミを入れる。


「違うって、赤井と黒木さんはエリーゼさんにつき合ってあげないと」


「あっ、それもそうか。じゃあ、ついでに新調しておこうかしら。去年まで使っていた水着は小さくて入らないから」


 エリーゼには少し負けるが、赤井さんも胸が大きいからな。

 高校一年生にしては驚異的であり、成長速度に水着もついていけなかったのであろう。


「私も新調するわ」


「じゃあ、僕たちは食材とか必要な物を買いに行くよ。一時間後に、ここに集合ってことで」


「わかったわ、信吾」


 こうして、男子グループと女子グループに分かれることになった。

 俺たちは、キャンプで使う食材などを購入する。


「俺、料理は全然できないんだが……」


「安心しろ、拓真。誰もお前の料理の腕前になんて期待していないから」


「だぁーーーっ! 信吾は人のことが言えるのかよ!」


 高校生当時の俺って、まったく料理をした記憶がない。

 インスタントラーメンに湯を注ぎ、レトルト食品をレンジでチンした程度だ。

 こうなったら女性陣に期待するしかなく、俺は彼女たちの補佐で貢献しようと思う。


「ヴェンデリンは外人だから、とにかく大量に肉を焼くのか?」


 拓真……お前の外国人観って……しかもそれはアメリカ人だし……でも、肉が多いのは確かだな。


「大体定番の食品を購入しておけばいいさ。あとは、キャンプといえばカレー?」


「カレーも定番だな」


 拓真も信吾の意見に賛同し、陳列棚からカレールーを取って籠に入れた。


「それにしても、あの三人、どんな水着を買うんだろうな?」


 拓真の欲望丸出しの発言であったが、俺も心の中では気になっていた。

 きっと信吾も同じだと思う。





「エリーゼさん、あまり水着の選択肢がないわね」


「残念です……」





 どうせ江木あたりは、私たちがどんな水着を買うのか厭らしい想像でもしていると思うけど、ここは心機一転、スクール水着以外の水着姿を信吾に見せておきますか。

 黒木さん、スレンダーだけどスタイルがもの凄くいい。

 試着している純白のビキニと腰に巻いているパレオがとてもよく似合っている。

 カップルで水着を選びに来た男性が注視しすぎて、彼女らしき女性に叱られていた。

 黒木さん、噂ではモデル事務所からスカウトされたことがあるって聞いたからなぁ……。

 このところの言動を考えると、あきらかに信吾のことが好きそうだし……。

 でも、私は幼稚園の頃から信吾が好きなのよ。先を越されて堪るものですか!

 と思って気合を入れたのだけど、私の売りである胸の大きさではエリーゼさんの勝利であった。

 店員さんに胸が大きすぎて選べる水着の種類が少ないと言われてガッカリしているけど、彼女もグラビアアイドルも真っ青なスタイルのよさで肌も綺麗で白い。

 しかも外人、それも日本人男性が大好きな金髪さんで、アメジスト色の瞳もまるで吸い込まれるよう。

 黒木さんと並んで試着しているのもあって、店内にいる人たちの注目を集めていた。

 エリーゼさん、私よりも背が高いのにウエストが細いから、私が勝てる部分ってあるのかしら?

 って、ここで怯んでどうするのよ!

 エリーゼさんは、ヴェンデリンさんの奥さんなんだから、ライバルじゃない!

 私は、黒木さんだけに勝てばいいのよ!

 となると、やはり胸ね!

 この前信吾に、胸の成長が早くて可愛い下着がないって言ったら、信吾は恥ずかしそうにしていたから、きっと胸の大きな女の子が好きなはず。

 となると……やはりビキニね!

 色も目立つように黒にしよう。

 条件に合う水着を選んで試着を終えると、なぜかエリーゼさんが困惑した表情で話しかけてきた。


「どうしたの? エリーゼさん」


「榛名さん、選べる水着が……」


 エリーゼさん、私よりも胸が大きいから選べる水着が少ないのね。


「これでいいじゃない」


 水色のビキニ、随分と布地が小さくて店内でも注目を浴びているけど、神々しいまでに似合っているわね。


「布地が少ないような気がするのですが……」


「このくらい、欧米じゃ普通なんじゃないの?」


 欧米の女性って、砂浜でトップレスにしている人も多いイメージがあるんだけどなぁ。

 エリーゼさん、恥ずかしいのかしら?


「ビキニは着たことがないの?」


「ないこともないですけど……」


「愛しの旦那様にしか見せたことがないと」


「他にも人はいましたが、身内で同じ女性だったので……」


 話に加わってきた黒木さんの質問に真っ赤な顔で答えるエリーゼさん、可愛いなぁ。


「『旅の恥はかき捨て』、『郷に入れば郷に従え』とも言うし、似合っているから大丈夫よ」


「そうでしょうか?」


「三人ともビキニだからいいじゃない」


 私と黒木さんは、普通のビキニだけどね。

 結局他にエリーゼさんが着れて似合いそうな水着もなく、彼女はそれを購入した。

 エリーゼさんが注目を浴びてしまうかもしれないけど、彼女はヴェンデリンさんの奥さんだから。

 私のライバルは黒木さんよ。

 今回のキャンプでどうにかして、信吾を振り向かせなければ。

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