第四話 黒騎士再び
「あなた、お猿さんが可愛いですね」
「『ニホンザル』って書いてあるな」
「この国は、ニホンというのですね」
無事に朝食と買い物が終わったので、俺たちは元の世界に戻るため情報収集を始めた。
とはいっても、そう簡単に元のリンガイア大陸に戻るヒントなど見つかるはずもない。
唯一の糸口は、俺と入れ替わっているはずの一宮信吾であるが、いきなり彼のもとを訪ねたらエリーゼが疑念を抱くかもしれない。
表向きはそういう理由にしたが、別に焦っても仕方がないし、お金は十分にある。
しばらくはエリーゼとゆっくり遊んでも問題ない……というか現状ではなにもできないから仕方がなかった。
そんなわけで、今の俺たちは地元佐東動物園にいる。
幼稚園や小学校の遠足で来たり、休日両親に連れてきてもらった場所で俺は飽きていたが、エリーゼにとってはとても楽しい場所のようだ。
まるで子供のように、あちこちの檻を駆け回って動物を見ていた。
ライオン、虎、熊、シマウマなど、色々な動物を見てはしゃいでいる。
魔物で似たような種類の動物も多いのだが、地球の動物は小さく、檻を壊すようなこともないのでエリーゼも安心して見ているようだ。
「触れ合いコーナーだって。行こうか?」
「はい」
この手の動物園では定番である、ウサギやモルモットに触れたり、ヤギやヒツジに餌をあげられるコーナーがあり、エリーゼはそこでも楽しそうにしていた。
「この国のウサギは小さいのですね。可愛いです」
リンガイア大陸のウサギは大きく、バウマイスター伯爵領内にいるウサギはさらに大きい。
可愛くないこともないのだが、愛玩用のウサギとはまるで違っていた。
ここのウサギは小さいので、エリーゼは嬉しそうにウサギを抱きかかえている。
「ヤギに餌をあげてみたいです」
「有料だけど百円は安いな。二つ餌を買おう」
続けて二人で、ヤギやヒツジに餌をあげた。
こういうことをしたのは前世で子供の時以来だが、これはなかなか楽しいな。
間違いなく、エリーゼとデートで来ているから楽しいのであろう。
男一人で来ていたら、サボリーマンか単に寂しい人になってしまう。
「こんなに沢山の動物を飼っているなんて凄いですね」
実は、王族や貴族の中にも動物園のように複数の動物を飼っている者はいるのだが、地球の動物園に比べたら全然大したことはない。
それに、自分と家族だけで楽しむのが普通で、入場料を取って人に見せたりはしなかった。
サーカスにも動物はいるが、あれは芸をさせるためなので動物園とは違う。
「はしゃいでいたら、夕方になってしまいましたね」
「朝も遅めだったから、あとはどこかで夕食を食べようか」
「はい、あなた」
夕食は、動物園の近くにあるホテルのレストランで食べた。
身分証明の関係でホテルには泊まれないが、食事くらいはと思ったのだ。
「この国は、料理がとても美味しいですね」
かなりお高いフランス料理のコースであったが、エリーゼが満足してくれてよかった。
ただやはり宿泊先は、なにも詮索してこないあのラブホテルであった。
部屋は、エリーゼの希望で昨日の和室風の部屋になっている。
「うーーーん」
今日はエリーゼに先に風呂に入ってもらい、俺はお金の計算を始めた。
まだ十分に余裕があるが、情報収集も兼ねてエリーゼと遊んでいるとお金の減りが早いな。
もし元の世界に戻る手段が見つかった時、謝礼が必要な事態があるかもしれない。
もっと日本円を回収しておこう。
「あなた?」
お風呂上あがりでバスタオルを巻いたエリーゼが、お金を数えながら考え込む俺に声をかけてきたが、とてもセクシーでいいな。
「決めた! エリーゼ、一~二時間だけ留守番していてね」
「お出かけですか?」
「ちょっと、また悪を退治してくるから」
悪を退治するイコール、アウトローな連中からお金を強奪してくる、であった。
「ご無事のお帰りを。私は戦闘ではお役に立てなくて申し訳ないです」
「エリーゼは治癒魔法専門だから、これは役割分担だよ。夫婦と同じことなのさ」
この世界で俺が大怪我をする可能性だってあるのだから、エリーゼが足手纏いのはずがない。
今日も悪党からとはいえ、強盗に行くので、優しいエリーゼにはご遠慮願っただけだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
「ご無事のお帰りを」
一人でホテルを出ようとしたらフロントの婆さんに嫌な顔をされたが、買い物で一~二時間抜けるだけだと説明してから、夜陰に紛れてある場所まで『飛翔』で向かった。
到着した場所は、昨日金を奪った佐東組が縄張りを侵されている歓楽街木佐貫である。
昔から飲み屋と風俗店が多い場所であり、今はそこにハングレ組織、レッドクロウが取り仕切るキャバクラ、ガールズバーなどの飲み屋と、違法裏風俗店の受付が沢山雑居ビルなどに入っていた。
これらのお店にいる女性たちには不法滞在の外国人も多く、だが料金が安いのと、若い娘が多いそうで、多数の客が利用していると聞いたことがある。
既存の飲み屋と風俗店は、ショバ代を支払っている佐東組になんとか連中を追い出してほしいと頼んでいるが、成果はまるであがっていない。
むしろ、レッドクロウと関係のある店が増加傾向にあり、その他にも、裏DVD販売、怪しげな合法ドラッグを販売する店舗、出会い系サイトのサクラたちが集まる事務所、オレオレ詐欺グループの秘密拠点なども増えている……と新聞には書かれていた。
「ここの半分を仕切るレッドクロウから、浄財を頂くとするか」
とはいえ、彼らの詳しいアジトはわからない。
わからないのであれば、わかる人から聞くのが一番であろう。
俺は、昨日襲撃した佐東組の連中がいないかと目を凝らした。
「おっ! いた!」
運よく、昨日ショバ代が詰まったセカンドバッグを持っていた佐東組の幹部らしき人物を見つける。
早速尾行すると、彼は雑居ビルの隣にある脇道から裏通りへと入っていった。
俺も彼についていき、周囲に誰もいないことを知ると、魔法の袋からあるものを取り出す。
「じゃじゃーーーん、目くらまし薬」
これは、対象に振りかけるだけで相手を一時的に失明させる魔法薬であった。
先に黒い鎧に着替えている間に逃げられてしまうので、俺の正体がバレないよう、この魔法薬を使って彼を拘束することにしたのだ。
「では早速……」
俺は魔法で気配を消し、そっと彼の後ろから目くらまし薬を振りかけた。
「なんだ? 急に目が!」
騒がれて誰か来ると困るので、俺は急ぎ彼の首根っこを掴んでから、『飛翔』で古い雑居ビルの屋上へと飛んでいく。
「なんだ! 急に空を飛んでいるだと!」
いきなり高い場所に持ちあげられた幹部が悲鳴をあげるが、それは『沈黙』の魔法で周囲に聞こえないようにしている。
「なぜ目が見えない!」
「安心しろ、一時間もすれば元どおりだ」
「貴様は?」
「俺は黒騎士、正義を愛する黒騎士!」
「嘘つけ!」
暴力団の幹部にまで速攻で否定されるとは……。
俺ほどの善人など、そう滅多にいないというのに……。
「見解の相違があるようだが……」
「そういう問題じゃない。お前は俺たち以上の悪党じゃないか!」
「……」
悪党に自分たち以上の悪党だと言われ、俺は少しだけ傷ついた。
「今は時間が惜しい。俺は新たなる正義を成そうと思っている」
「ざけんな! お前のせいでみんな痺れて半日も動けなかったんだぞ! 親分なんてウンコ漏らしてたし」
ウンコを漏らした暴力団の親分、権威はガタ落ちかもしれない。
「これ以上、シノギを奪われてたまるか!」
「それはない。もう一度佐東組から浄財を回収するにしても、もう少し時間を待たないとな」
昨日大金を奪ったばかりだから、時間を置かないと後ろめたい金は貯まらないだろう。
育ててから奪うのが基本だ。
「お前は鬼か!」
「俺は至極優しい男だ!」
この誰にも頼れない元の世界で、奥さんに不自由させないよう頑張っているからな。
俺ほど優しい夫など、そうはいないはずなのだから。
「お前らから浄財を募ろうとは思わない。この木佐貫にはレッドクロウがいるじゃないか」
暴対法制定以降、暴力団は資金の秘匿や洗浄に神経質になり、フロント企業やダミー会社名義で銀行に金を預けていたりするから、意外と手持ちの現金はないんだよなぁ。
それに比べて、ハングレ連中は暴力団以上に違法行為に躊躇しないので現金取引主義だ。
上手くアジトを襲撃すれば、暴力団以上に大量の現金を入手できるであろう。
「というわけなので、奴らのアジトや拠点を教えろ。拒否すれば、正義の稲妻がお前を襲う」
「お前、レッドクロウに手を出すのか? あいつらは若いがゆえに、殺しなど躊躇しないぞ。大丈夫か?」
「正義を執行するためだ!」
「お前、金が欲しいだけだろう?」
「一般の善良な市民たちに迷惑をかけるわけにはいかない。そこで、お金を奪っても罪悪感を抱かないで済むのがお前らのような存在だ」
「酷い……」
これも、俺とエリーゼが安全に何不自由なく暮らすため。
苦渋の選択なのだ。
「もしかすると、ライバル組織の拠点すら掴んでいないとか? それは暴力団として駄目なのと違うか?」
情報収集能力がお粗末なアウトロー組織なんて、存在意義すら怪しまれるではないか。
「知っているに決まっているだろうが……」
暴力団の幹部は、渋々俺にレッドクロウの主な拠点やアジトを教えてくれた。
「知ってはいても、まさか武装して襲撃にも行けない。警察に一網打尽にされるからな。だから隙を狙ってお互いを監視している状態なんだ。黒騎士とやら。中途半端な結末だけは止めてくれ。俺たちが疑われて抗争になれば、それこそ一般人も巻き込まれるのだからな」
「そうか。ならば、今夜でレッドクロウは終わりだな。俺がひと通り襲撃したあとで警察に通報すればいい」
「それはお前の結果次第だ。黒騎士」
「我が名は黒騎士、レッドクロウに正義の鉄槌を下すのだ!」
俺は急ぎ黒い鎧を装着し、教えてもらったレッドクロウの本部を襲撃する。
そこは古いマンションの一室にあり、情報によると、ここに様々な違法行為で得たお金が集まっているそうだ。
ただし、摘発に備えてあと数ヵ所同じような拠点が存在するらしいが。
違法行為で稼いだお金を、密かに外国の銀行に送って資金洗浄する。
送金前のお金が集まっていて、当然強盗に襲われても通報などできない。
なぜなら自分たちも逮捕されてしまうからで、つまり俺たち夫婦の養分というわけだ。
「お前、誰だぁ? ああん?」
「竜ちゃん、やっちゃえ」
「俺は黒騎士、正義を愛する黒騎士!」
黒騎士スタイルでマンションのドアを魔法剣の火焔で焼き切ってから部屋に入ると、中からいかにも暴走族風の若者がメンチを切りながら出てきた。
護衛の下っ端であろうか?
部屋の奥にはヤンキー系だが綺麗な女性もいて、なるほど悪い奴は女性にモテるんだなと、俺は実感してしまう。
真面目で優しい奴がモテないこの世の風潮を正すべく、モテる悪は成敗するに限ると俺は決意した。
決して、前世で女性にモテなかった嫉妬から言っているのではない。
そう、これは正義なのだ!
「ドアをざけんなよ! 大家に文句を言われるし、リーダーに殴られるだろうが!」
犯罪組織の秘密の拠点なのに、俺がドアを焼き切って入ってきたからな。
マンションの大家に叱られ、警察に通報されてしまうので、下っ端の若い男はさらにメンチを切ってきた。
「みんな! 襲撃よ!」
部屋の奥にいた若い女性は、別の部屋にいる仲間たちを呼び出した。
数名で一気に俺を無力化しようという意図なのであろう。
「なんだ?」
「佐東組の襲撃か?」
レッドクロウの連中は、やはり佐東組の襲撃に備えていたようだ。
続けて出てきた若い連中は、金属製の警棒を持って出てきた。
銃は持っていないか、銃声がすれば警察に通報されるので使えないのだと思う。
「だが、その油断が命取りだ! 正義の電撃を食らえ!」
「「「「ああぁーーー!」」」」
レッドクロウのメンバーたちが警棒で俺に殴りかかる前に、俺は『エリアスタン』で彼らを完全に無力化してしまう。
全身が麻痺した彼らは、その場に倒れ込んでしまった。
「浄財を頂いていくぞ」
念のため、レッドクロウの連中が動けないのを確認してから、素早く部屋の奥にある金庫の扉を魔法剣で焼き切って、その中身を回収する。
ただ、残念ながら佐東組よりは金額が少ないかな?
業務内容的に、並の飲食店よりは売り上げがあるけど……といった感じであろうか?
でも、毎日この金額が……と思えば、悪いことは上手くやれば儲かるんだなと思う俺であった。
「他の拠点も探るか」
佐東組の幹部から聞いたレッドクロウの他の拠点にも襲撃をかけて現金を回収したが、これで佐東組と同じくらいか……。
毎日襲う……というのは現実的に不可能なので、地元ではこれでお終いかな。
大分稼げたので、あとはお金に困ってからでいいか。
悪党は、佐東市以外にも沢山いるのだから。
「これぞ正義だ!」
「おひゃえのひょおうなあひゅとう(お前のような悪党、見たことがない)」
最後に襲撃した拠点にいた若いメンバー君が怒っていたが、俺は聞く耳を持たない。
なぜなら、俺は正義だからだ!
「合法ドラッグと言いつつ、違法な麻薬もあるようだな」
痺れているレッドクロウのメンバーたちが、違法に販売している大麻や麻薬を見つけられてしまったので喚いているが、俺に悪党の言い訳は聞こえない。
そのまま電話の受話器を取り、警察に電話した。
「無能なクソマッポ! 俺たちレッドクロウを捕まえてみやがれ! 違法風俗、違法海外送金、麻薬の密輸に販売と大儲けだぜ! 俺たちは最強! 全国をレッドクロウが支配してやる! 悔しかったら捕まえてみな!」
警察に電話し、わざと挑発的な口調で俺が襲撃した拠点の場所をすべて教えると、すぐさま木佐貫から『飛翔』で逃走した。
途中で鎧を脱ぎ、そこからタクシーに乗ってエリーゼが待つホテルへと向かう。
「外人さん、観光?」
「はい、妻と一緒に」
「それでラブホテル?」
「日本に来たら、一度行っておいた方がいいって聞きました」
「外国にはないんだ」
「日本にしかないですね」
俺が日本語を話せると知った途端、饒舌になったタクシーの運転手さんと話をしていると、外からパトカーのサイレンが大音響で聞こえてきた。
どうやら、俺の通報に反応してくれたようだ。
「日本は安全だって聞きますけど」
「どうしてこんなにパトカーが出動しているんだ? 木佐貫の方かな?」
「木佐貫?」
「最近、暴力団と若いギャングのような連中が揉めていてね。ちょっと物騒だったんだ」
「そうなんですか」
「外人さんの国にも、そういう連中はいるのかな?」
「ギャングとか、マフィアとかいますよ」
それよりも怖い、軍系貴族とかもね。
「どんな国でも、そういう連中っているんだね」
「光あれば影もありますね」
「外人さん、本当に日本語上手だね」
そんな世間話をしている間にタクシーは無事ホテルに到着し、その日の夜は久しぶりに夫婦二人の時間をすごすのであった。
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