番外編『ヴェンデリンと信吾、邂逅す!』
プロローグ 謎の地下遺跡
「どうだ、ヴェンデリンよ。不思議な地下遺跡であろう?」
「そうかな?」
「なんじゃ、やけに淡白じゃの。『ようし、頑張ってお宝を探すぞぉ!』とか言わぬのか?」
「俺は子供か!」
暗くジメジメした地下遺跡の入り口付近で、フィリップ公爵殿下であるテレーゼが俺たちに声をかけてきた。
「普通の地下遺跡に見えるけど……」
「せっかく妾の家臣が見つけたというのに、もう少し喜べ」
「それは、どんなお宝が出るかによるけどな。地下遺跡なんて骨折り損のパターンも多いんだから」
この地下遺跡は、フィリップ公爵家の兵士たちによって発見された。
現在俺たちは帝国内乱に巻き込まれ、テレーゼが率いる解放軍側の陣営に参加している。
大きな損害を出しながらも解放軍は初戦を制し、今は戦場となったソビット大荒地に、持久戦に備えて大規模な野戦陣地を構築中であった。
その最中、普段人が入らない荒地に偵察を出したところ、たまたま偶然、この地下遺跡が見つかったというわけだ。
地下遺跡発見の報告を受けたテレーゼは、俺たちにその探索を依頼した。
なにか、内乱で使えるような古代魔法文明時代の遺産でも出ればラッキーだと考えたようだ。
もしくは、これから足りなくなるであろう戦費の足しになるものか。
戦争というのは、とにかくお金がかかるのだ。
世の中には、偉い人はとにかく戦争が大好きで、領地を広げて大金持ちになってウハウハだと考えている人が一定数いる。
俺も少なからずそう思っていた部分があったが、ブライヒレーダー辺境伯とブロワ辺境伯との紛争を見たら、必ずしもそうではなかったことに気がついた。
多くの兵士を動員するととにかくお金がかかるようで、ブライヒレーダー辺境伯など戦費の調達に四苦八苦していたからだ。
大半のまともな為政者ってのは、戦争なんて嫌なのだ。
それでも、万が一に備えて戦備は整えねばならず、当然多額のお金が入り用になる。
今回のように内乱になれば、余計にお金がかかるという寸法だ。
「ヴェンデリン、七三じゃぞ」
「はいはい。わかっていますから」
この地下遺跡は、ソビット大荒地のごく近くにある。
土地の所有者は帝国政府、つまり直轄地というわけだ。
地下遺跡からのアガリは、本来であれば帝都バルディッシュにある冒険者ギルド本部に納めないといけない。
そして、帝国政府にも税金を納めなければならなかった。
ところが今は内乱中であり、俺たちは俗称解放軍に所属している。
わざわざ帝都にアガリを納めに行くほど俺たちもバカではなく、解放軍の首領たるテレーゼは自分こそが正当な帝国の支配者だと宣伝している。
よってこの地下遺跡からのアガリは、正当な権利者であるテレーゼが有効活用しようという魂胆であった。
「ヴェンデリンよ、分け前を八二にしてもいいぞ」
「それはどういう風の吹き回しだ?」
「そういう疑いの目は心外じゃの。ただちょっと、たまに妾の寝所に来れば……「はい! ストップ!」」
まあ、どうせそんなことだろうと思った。
地下遺跡発掘で得た分け前も多く、テレーゼのような肉感美女とお近づきになれるなんて……って! 思うか!
あきらかに危険な香りしかしない。
テレーゼは俺の子供を産みたいようで、度々誘惑してきて、エリーゼたちとも衝突していた。
「懲りないねぇ……テレーゼ様は」
「得難い男じゃからな」
ルイーゼからの批判にもテレーゼはまるで動じておらず、諦めるつもりは微塵もないようだ。
「今はとにかく探索だ」
「ヴェル、当たり前だけど、暗いわね」
「じゃあ、『ライト』で部屋を照らすか……」
イーナからの要請に応え、俺は『ライト』魔法を唱える。
これで、部屋は明るくなるはずだ。
「某が『ライト』をかけてもいいのである!」
「いえ、導師の手は煩わせませんよ」
前の探索で判明したのだが、導師は眩いばかりに自分の体を光らせることしかできないので、見ていると目が疲れてしまうのだ。
本人とその周囲ばかりが異常に眩しく、少し距離を置くと逆に暗かったりして、かなり効率の悪い『ライト』でもあった。
俺ならば、なるべく広範囲に一定の光量で周囲を照らす『ライト』が使えた。
「うん、合格合格」
これは、今合格点を出したブランタークさん直伝の『ライト』である。
「明るくなったし、探索を始めるとしようかの」
「始めるけど、テレーゼ様も探索に参加されるので?」
テレーゼは、冒険者としては素人に近い。
元々公爵様で、解放軍の総大将でもあった。
そんな重要な地位にいる人を探索に連れていき、もしなにかがあったら大変なのでお断りしたいところだ。
「ご自分のお立場を自覚し、今回は遠慮していただきたく……」
丁寧に言っているが、要するに『素人が未知の地下遺跡探索に参加すると、こちらも、面倒を見ないといけなから、来ないでほしい』と言っているのだ。
もしテレーゼが擦り傷程度でも怪我などしたら、忠誠心溢れる家臣たちが大騒ぎするはず。
特にエッホとか、過激な奴がいるのは帝都からの逃走時に確認していた。
「しかし、この地下遺跡には魔物はいないとブランタークが言っておったぞ」
「(ブランタークさん!)」
「(すまん、テレーゼ様に嘘は言えないからな……)」
確かに、この地下遺跡には魔物はいない。
事前に『探知』で確認してあったし、ゴーレムや罠があるかもしれないが、規模もさほどではないので、デビュー時のような危険は少なかった。
その情報をテレーゼには伝えてほしくなかったのだが、ブランタークさんはテレーゼに弱い部分がある。
あっさりと彼女に漏らしていたので、俺は小声でブランタークさんに文句を言った。
「(導師も合わせて、テレーゼ様に弱すぎ!)」
「(まあ、この地下遺跡はそれほど危険じゃないことがほぼ確定しているし……テレーゼ様も普段は大変な役割を担っているからな。今日は息抜きということで……)」
「テレーゼ様、勝手に地下遺跡の壁などに触らないように。思わぬ罠が発動するかもしれないので」
「わかっておる。ヴェンデリンも優しいではないか」
「いえ、そんなことは……イテテテッ!」
仕方がないのでテレーゼの参加を許可したら、イーナに尻をつままれてしまった。
こういう時、前世の癖で俺は強く拒絶できない。
元日本人の性かもしれないな。
「(ヴェルは甘いわよ)」
「(それは、導師とブランタークさんにも言ってくれ……)」
こうして、テレーゼも混じって地下遺跡探索が始まる。
「古い地下遺跡であるな」
「そうだな。導師、どのくらいの古さだと思う?」
「もしかすると、古代魔法文明時代後期よりも、もっと古いかもしれないのである」
「導師、よくわかりますね」
「某も、現役の冒険者だったのである。このくらいは基礎知識のうちなのである!」
それは知らなかった。
知らなかったのは導師が元冒険者だったことではなく、彼はこういうのは他人任せだと思っていたので、考古学的な知識があった事実をだ。
「某、過去には一人で地下遺跡探索をしたこともあるのである。やはり、二万年近くは経っている地下遺跡である」
それは、随分と古い地下遺跡だと思った。
「『状態保存』の魔法がすでに切れており、壁や天井、装飾などの腐食が激しい。もし魔法がなければもっと酷い有様だっただろうから、この地下遺跡が建造されたのは二万年くらい前と見るのが妥当である!」
「なるほど!」
「導師がここまで詳しいなんて!」
俺もエルも、導師の分析に感心してしまった。
こういうのは、基本的にブランタークさんの仕事だと思っていたからだ。
「意外ね」
「本当、意外」
「新たな発見ですわね」
「ちょっと、ビックリ」
「お主ら、微妙に失礼である」
確かに、イーナ、ルイーゼ、カタリーナ、ヴィルマは失礼であろう。
その気持ちは、誰よりもわかるけど。
逆にエリーゼは、そんな導師の一面を知っていたのであろう。
特に驚いていないようだ。
「探索を再開しようぜ」
ブランタークさんの呼びかけで、再び地下遺跡の探索に戻った。
「外れみたい」
「残念じゃの」
規模は小さいながらも古く、未発見だったので期待したのだが、あまりに古すぎて中には何も残っていなかった。
長い年月のせいで、中にあったものの大半は埃の材料になってしまったようだ。
二万年という月日の長さを感じさせる。
「駄目だな」
「まあ、こういうこともあるさ」
地下遺跡にだってハズレはある。
そうそう毎回必ず、豪華なお宝が出てくるはずがないのだ。
「ここで行き止まりだ」
俺たちは、この小さいな地下遺跡の一番奥の部屋に到着した。
「この部屋もボロいの」
「巡回していた兵士が見つけたのです。いくらこの近辺が無人の土地でも、冒険者が気がつかないはずがない。未報告なだけで、すでに探索済みと考えるのが自然かな?」
「確かに、わずかだけど足跡があるね」
ブランタークさんの推論は正しかったようで、ルイーゼが極薄く石の床に残る足跡を見つけていた。
その足跡を辿ると、部屋の中心部にある四角い石碑のようなものに繋がっていた。
「これはお墓でしょうか? それとも石碑でしょうか?」
カタリーナがその四角いものを色々な方向から見渡しながら、危険がないか『探知』の魔法をかけた。
「お師匠様、特に異常はないようです。魔道具特有の魔力の動きも確認できませんわ」
「ただの石碑みたいだな……」
カタリーナに精度が高い『探知』を教えたブランタークさんが、再度確認の意味で石碑に『探知』をかけるが、やはり特に異常は見られなかった。
「伯爵様」
「あっはい」
念には念を入れて、俺も『探知』をかけてみる。
だが、やはりなんの異常もなく、ただの古い石碑というわけだ。
「汚い石碑ですわね」
長年放置されているので、石碑は埃塗れであった。
カタリーナが弱い風魔法で埃を吹き飛ばすが、石碑自体大理石など高価な石を使っていないようだ。
長い年月で表面が風化し、埃を取っても汚い石碑のままであった。
「なにか書いてあるか?」
「いえ、なにも書いてありません。特徴的なのは、このガラスの部分だけです」
石碑にはなんの文字なども書かれておらず、中心部にビー玉大ほどのガラス玉が埋まっているだけであった。
「どれどれ……」
エリーゼに続き、俺もそのガラス部分を『探知』してみたが、やはりただのガラス玉でしかなかった。
魔晶石や、他の宝石ではないのが確認できる。
「ヴェル様、これはなに?」
「なんだろう? 過去にこんな石碑が見つかったって話も聞かないよな」
「文字すら書いてないので、ヒントがない。お墓じゃないくらいしかわからない」
石碑にしてはなにも書いてないし、となるとお墓という可能性も低いよな。
お墓なら、墓標くらい書かれているはずだからだ。
ヒントは、中心部に埋まっているガラス玉だけだ。
「他の部屋にヒントがあるのか?」
まあ、なにかあるとすればエルの言ったとおりであろう。
「かもしれないが、この地下遺跡、入り口からこの部屋までほぼ一直線だからなぁ……」
「細かく探索する時間が惜しいか」
今は内乱中だからな。
これは学術捜査の類になるだろうし、金になる可能性もないのに、テレーゼもわざわざ人手を使って地下遺跡の発掘作業なんてしないであろう。
そんな面倒な仕事は、内乱で勝利してから帝国の考古学者がすれば済む話だ。
「残念よのぉ……戦費の足しになるものでも出ればよかったのじゃが」
収穫がないことを知ったテレーゼが、心から残念そうな表情を浮かべる。
今の彼女の立場からすれば、一セントでも戦費がほしいだろうからな。
「盗掘の危険も少ないですから帰りましょうか? テレーゼ様」
「そうよな。戻って書類の山でも片づけようかの」
なにもお宝がないことが判明し、みんなは次々と石碑の前から離れていく。
最後に残ったのは、俺とエリーゼだけであった。
別にその場からとっとと離れてもよかったのだが、なんとなく気になってしまったのだ。
エリーゼも同じらしい。
「ただのガラス玉なのはわかるが……」
「どうして、ただのガラス玉が埋まっているのでしょうね?」
「古い時代のことはよくわからないけど、実は『探知』でもわからないなにか特殊なガラスとか? なんてね」
「気のせいかもしれませんね。案外、昔の人のイタズラかもしれませんし」
「遥か未来に、俺たちのような連中を迷わせるためとか」
「そうかもしれませんね」
二人でそんな話をしていると、俺は一瞬だけガラス玉が白く光ったような気がした。
気のせいだろうとは思いつつ、念のためガラス玉に注視していると、本当に数秒おきにガラス玉が白く光を放っているのが確認できた。
「あなた」
エリーゼも、ガラス玉が白く光るのを確認したようだ。
「ここに強い魔力反応とかはないよな?」
「はい」
石碑の中にはガラス玉以外、なにも入っていないのは『探知』で確認している。
だから本来、このガラス玉が光るはずがないのだ。
「あっ!」
「どうしたんだ? エリーゼ」
「私たちがいます」
「俺たち?」
つまり、俺たちの魔力にこのガラス玉が反応したわけか。
でも、それならブランタークさんたちも同じで……反応が出るまでにタイムラグがあり、たまたまガラス玉が光り始めた時、その傍には俺とエリーゼしかいなかった?
そして、段々とガラス玉の光る間隔が短くなっていく。
「エリーゼ、これは?」
「はい」
ガラス玉が点滅する感覚が徐々に短くなっていき、最終的にガラス玉が光ったままになったその時、なにかが起こる。
その可能性について二人が同時に気がついた瞬間、ガラス玉は怪しく真っ赤に光った。
「ブランタークさん!」
俺が慌てて部屋から出ようとするブランタークさんに声をかけようとした瞬間、俺とエリーゼは眩いばかりの赤い光に包まれ、そのまま意識を失ってしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます