閑話13 イカ尽くし

「エル、イカが俺を呼んでいるぞ!」


「ヴェル、なんかすげえ寒いぞ! というか、なんだこの船は?」


「イカ釣り仕様の専用漁船だ!」


「いつ、こんなものを作ったんだよ?」


「以前からアイデアは温めていてな。それをバウマイスター辺境伯領内の船大工と職人たちに依頼して、先日ようやく完成したというわけさ」


「どうして、こんなに沢山魔導灯をつけているんだ?」


「知らないのか? エル。イカはこの明るさに寄ってくるんだぞ」


「それは知らなかったが、夜なのに眩しい!」




 夜。

 一隻の明るく眩しい漁船が、北の海で漁を始めた。

 この船はバウマイスター辺境伯である俺の持ち物であり、魔力で推進するばかりでなく、多くの大光量魔導灯が装備され、夜の海でその存在感を示していた。

 どうして多くの魔導灯が灯されているのかといえば、ただ夜でも安全に航行できるように、という理由だけではない。

 この明るさで、イカを呼び寄せているからだ。

 つまりこの船は、俺が所有しているイカ釣り漁船であったのだ。


「しかしまぁ・・・・・・普通の漁師たちは、こんなにコストがかかる漁船は使えないだろう」


「今は無理かな」


 船の動力のみならず、イカを呼び寄せる魔導灯を灯す魔力の経費を考えると、漁師にはそう簡単に使えなかった。

 だが俺は、魔力を自力で補充できるし、大貴族なのでこんなに豪華な船を所持することができるのだ。


「で、魔導灯に集まったイカを釣るべく、疑似餌針がついた仕掛けを下ろす」


 船舷に設置した自動イカ釣り機を用い、疑似餌つきの針を海中に投下していく。

 イカがかかったら巻き上げるが、数が多いので魔力でラインを巻き上げる仕組みになっていた。

 勿論自動イカ釣り機も、俺が凡その仕組みと簡単な設計図を書き、バウルブルクの職人たちに作ってもらっている。

 バウルブルクの職人たちは、俺の依頼を何度もこなしているから、なかなかの技術力を持つに至っていた。

 イカがかかったラインを巻き上げていくと、魔導灯に誘い寄せられたイカが次々と海中から上がってくる。


「しかし、贅沢な漁船と仕掛けだな。こんな高価な船、普通の漁師が買えるのか?」


「まず無理だな。これはあくまでも試作品だ」


 漁船の動力、魔導灯、船舷に設置した二十基にもなる自動イカ釣り機。

 多くの最新型魔道具が使われていおり、運用コスト(魔力)は膨大だ。

 俺なら自前で魔力補充できるが、漁師たちには膨大な魔石、魔力代を負担しないといけない。

 イカは沢山獲れるけど、やはりコストの問題がなぁ・・・・・・。

 現代日本のイカ釣り漁船を再現したのだけど、まだ完全に貴族の道楽道具でしかなかった。


「いっぱいイカが釣れているぜ」


 自動イカ釣り機のウィンチで巻き取られていく仕掛けには、多くのスルメイカに似たイカ……スルメイカでいいか……がかかっており、エルが大喜びで針から外し、用意した大きな樽の中に入れている。

 実はこの樽の中には醤油が入っており、沖漬けを作っているところだ。

 やはり沖漬けは、生きたイカを使わないとな。


「せっかく釣りたての生きたイカがあるんだ。頼む」


「任せてください」


 釣れたイカを同行したミズホ人の調理人に渡すと、すぐにイカソーメンにしてくれた。

 まだ透明なイカの身を、調理人特性の醤油ダレにつけて食べると、甘くてコリコリとしたイカの身が最高だ。

 これが食べられただけでも、寒い夜にイカ釣り漁をする価値があったな。

 ここはとても寒いので、 フリードリヒたちを連れて来れなかったのは残念だけど。


「ヴェル、美味いな。これ」


「ああ、みんなにもお土産にしよう」


 とはいえ、ここは北にあるフィリップ公爵領の領海だ。

 魔法の袋の特性上、生きたイカは運べないので、調理人が次々と生きたイカを捌いてイカソーメンとお造りを作っていた。

 作りたてを魔法の袋に入れておけば、いつでも新鮮なイカが食べられる。

 魔法の袋は便利だな。


「他にも、天ぷら、フライ、炒め物の材料にもカットしてくれ。ゲソは唐揚げや他の料理にも使うから、これも別にカットを頼む。そうだ! イカスミもパスタに使うから、墨袋を破かないように頼む。おっと、一番大切なことを忘れていた。ゲソ、内蔵、中骨を抜いたものも作ってくれ」


「わかました。お任せください」


 イカソーメンの試食を終えた俺とエルと、臨時で雇った漁師たちは、イカ釣り漁船を動かしてこの日の夜、多くのスルメイカを獲ることに成功した。

 調理人がイカソーメンとお造りを沢山作ってくれたので魔法の袋に入れてあるし、沖漬けも大量に仕込めた。

 これでしばらくは、イカに困らないな。

 イカに困る状況というのもおかしいけど、とにかく大漁でよかった。

 バウルブルクのお屋敷に戻って、みんなでイカ料理を堪能することにしよう。


「夜に魔導灯を焚いてイカ漁をすると、こんなに獲れるんですね」


「ただコストが・・・・・・松明でやれば・・・・・・船が火事にならないように注意しればいけるかな?」


「我々は、松明でやった方がコストがかからなくていいでしょうね。自動イカ釣り機も手動でやれないこともないし、このアイデア使わせてもらいます」


「頑張ってくれよ」


 俺たちのイカ漁を見たフィリップ公爵領とミズホ公爵領の漁師たちが、コストのかかる魔導灯ではなく松明を用い、手動の自動イカ釣り機を使ったイカ漁を始め、それが北の海の名物となるまでにさほど時間はかからなかった。

 イカは美味しい魚介だし、干してスルメにすれば長持ちするので、次第にリンガイア大陸中に普及していくのは、これはまた別の話である。

 世界は違えど、イカは偉大なのだ。

 





「イカソーメン、イカの刺身、イカの天ぷら、イカのフライ、イカのバター炒め、イカの沖漬けと塩辛も作ったぞ」


「今夜は豪華だな。寒い北の海で苦労した甲斐があるってものだ」


「おおっ! イカずくしなのである! そして、イカには酒がよく合うのである!」


「塩辛と、樽から取り出した沖漬けが、ミズホ酒によく合うなぁ、これ」


「塩辛を熱々のご飯の上にのせて食べると、何杯でもご飯が食べられそうだ。今日は招待されて得をしたな」




 イカ漁の翌日は、バウマイスター辺境伯領邸でイカずくしの夕食となった。

 エリーゼと始めとする女性陣、フリードリヒを始めとする子供たちはひたすらイカ料理を楽しんでいたが、俺、エル、ブランタークさん、導師、ベッケンバウアー氏は、少し離れたところで酒を飲みながらてイカ料理を食べていた。


「今日は、ベッケンバウアーもいるのな」


「イカ漁専用の漁船に搭載された魔道具。その設計を手伝ったのでな。そのお礼というわけだ」


「ふうん。ベッケンバウアーにしては、珍しく実用的なものを作ったんだな」


「ブランタークは誤解しておるぞ。確かにワシの研究は一見突拍子もないものばかりだが、ちゃんと成果も出しておる。魔道具ギルドの連中と同類扱いしないでほしいものだ」


 確かにベッケンバウアー氏の発明には微妙なものが多かったが、魔法陣板、新型魔導動力などの、歴史を変えるほどの大発明もちゃんとしていた。

 色々とやらかしたせいで、今では魔導ギルドの一部門になってしまった魔道具ギルドの職員たちよりも結果を出しているのは事実で、実は陛下が魔道具ギルドを魔導ギルドの一部門にするという決定を下したのは、ベッケンバウアー氏の成果のおかげでもあった。

 口が悪かったり、たまに発明で悪ノリする悪い癖もあるけど、それ以上に実績が評価されたわけだ。


「しかし、今回のイカ釣り漁船か。コストが高すぎて、今はバウマイスター辺境伯の道楽道具でしかないのである!」


「それでも、イカ釣り漁船の概念は現地の漁師たちに理解してもらえたので、松明や手動のイカ釣り機でなんとかするでしょう」


「魔道具は、まだコストの問題があるからな。しかしこのイカの塩辛とミズホ酒の組み合わせは最高だな」


 このところ、魔族が作った中古魔道具が大分世間に普及してきたが、やはり問題なのは魔力の補充であった。

 魔法使いが魔力を補充するか、魔物の魔石を用いるしかないので、 魔道具が普及すればするほど、冒険者がとても忙しいという皮肉な結果になっている。

 魔族の魔道具は燃費がいいんだが、それでもリンガイア大陸に普及している魔道具の数を考えると、やはり魔石の需要は増える一方なのだ。

 

「おかげで、某も忙しいのである!」


「王宮筆頭魔導師である導師が、自ら魔物を狩るのはどうかと思うけどな……」


「どうせ某が王城に控えていても、なんの役にも立たないのである!」


「ははは……」


 究極の指揮官先頭だと思うが、確かに導師に書類仕事をさせても仕方がないのも事実だからなぁ……。 

 導師なら、ワイバーンや飛竜を狩れば、高品質の魔石を得られるのだから。


「それはそれとしてだ。イカの塩辛も、イカの沖漬けもいいなぁ。酒が進むぜ」


 ブランタークさんはイカの塩辛とイカの沖漬けを肴に、ミズホ酒を楽しんでいた。


「ブランタークさん、お酒は控えめに」


「わかってるって。これ、お茶漬けにしても美味しそうだな」


「ご飯の上に塩辛をのせ、熱いミズホ茶を注ぐ。うめえ」


「エル、俺は沖漬けでやるぞ。これも美味い!」


「辺境伯様、俺も健康を考えて、イカの塩辛でご飯も食べるぜ。ご飯にも合うな」


「某はどちらも食べるので、丼ご飯を二杯くれなのである!」


「導師殿はよく食べるな。しかし、このお茶漬けという料理は素晴らしいな。仕事が忙しい時にでもすぐに食べられてしまう」


「ベッケンバウアーは仕事熱心だな」


「研究が好きだからというのもあるが、魔道具ギルドの研究部門にもう少ししっかりしてほしいところだ。ワシの仕事が減らないのだから」


 確かに、俺が考案したことになっているイカ釣り漁船にしても、 本来なら魔道具ギルドが試作してもおかしくはないのだから。

 少なくとも、その技術力はあるはず。 

 まだ組織改編の余波で混乱しているのかね?


「魔道具ギルドの若い連中の中には、新しい研究に挑戦しようという気概のある若者たちが出てきたので、もう少しすればなんとかなるはずだ。ワシも、自分の好きな研究に時間をかけられるようになるだろう」


 これまでは魔道具ギルドの年寄り連中から、『成功するかどうかわからないものに、無駄な金をかけるな!』などと言われていたんだろうな。

 でも、新しい発明って失敗を恐れずに何度も挑戦しないと、 なかなか出てくるものではないと思うのだけど。


「追放した魔道具ギルドの年寄りたちは、『予算がもったいないから、必ず成果が出る研究や試作しかするな!』と、若い連中を脅かしていたそうだ。研究や試作で必ず成果が出るわけがなく、人は失敗を重ねながら未知の発見に辿り着くものだと言うのに……。だから魔道具ギルドの連中は駄目なのだ!」


「どの研究が成功するか最初からわかっていたら、魔道具ギルドはとっくに魔族の技術力を抜いているよな」


「ブランタークの言うとおりだな。自分たちは新しいことになにも挑戦しなかったくせに、 若者の可能性ばかり摘み取ってしまって。これだから隠居する時期を間違えた老人たちは駄目なのだ」


 このところ魔道具ギルドがろくに成果を出していなかったのは、失敗して予算が無駄になることを恐れ、まったく新しいことにチャレンジしなかったからなのか。

 ずっと年寄りが上にいる組織の弊害だな。


「ゆえにワシは自ら先頭に立ち、 失敗を恐れずにあらゆる研究に挑戦しているのだ」


 ベッケンバウアー氏が成功している理由がよくわかったが、 それでも素直に彼のことを褒められないのは、過去にあったろくでもない発明の数々が脳裏に浮かぶからであろう。

 失敗は発明の母と言うから、彼は間違っていないのだけど。


「と、ここで。新しい料理です」


 俺が料理人に持って来させたのは、イカを使った日本の名物料理イカメシであった。

 イカの胴体からゲソ、内蔵、中骨を抜いたものを大量に作らせたのは、 これを作るためだったのだ。


「膨らんだイカかぁ……なにが詰まっているのかな?」


「こうやって、切ればわかります」


 イカの胴体に、水に漬けておいた最高級のミズホ産のモチ米を詰めてから、モチ米が零れないように爪楊枝で留め、醤油、みりん、酒、砂糖、水、刻みショウガを混ぜたツユで煮ていく。

 イカの中に入れたモチ米が炊けたら、美味しいイカメシの完成だ。


「へえ、こんな料理があるのか。辺境伯様は、料理に詳しいよな」


「こうやって一口大に輪切りにすると、イカと炊けたモチ米が綺麗でしょう?」


「おおっ! 美味そうなのである!」


「イカメシという料理ですが、とても美味しいですね」


 エリーゼたちにもイカメシを配ると、とても好評だった。

 さすがは、北海道物産展の売上、不動の第一位なだけのことはある。


「甘辛く煮えたイカと、モチ米の相性が最高ですね。ミズホの料理に似ていますけど、これまで食べたことがありませんね。お館様の考案ですか?」


「ちょっとしたアイデアでね」


 まさか、『前世では定番の名物料理でした』とも言えず、こうしてイカメシは俺が考案したことになってしまった。


「ミズホなら材料も手に入りやすいから、みんなも作ればいい」


「早速、アキラに教えてあげましょう」


 翌日、ハルカはアキラにイカメシの作り方を教え、それがミズホ公爵領に大人気料理として広がっていくのはまた別の話である。


「イカメシ、実に美味いのである! ところで某は、これによく似た変わった生物を見たことがあるのである!」


「新種のイカですか?」


 でもイカは、南方にもいるからなぁ。 

 コウイカによく似た大型イカや、さらに『ダイオウイカ』という巨大なイカが、南方の漁港でたまにあがるのだ。

 残念ながら、コウイカモドキも美味しくはあるが北の海のスルメイカには勝てず、ダイオウイカに至っては、身が水っぽくて全然美味しくないという。

 前にその身を試食してみたけど、さすがの俺も使い道が見つからなかった。


「それはとても小さなイカで、某がまだ若い頃、冒険者として活動していた時に東部のある海岸で見つけたのである! 夜の海岸に、小さくて光るイカが多数押し寄せていたのである! 某が思うに、その小さなイカたちは産卵に来ていたのではないかと」


「(そのイカの特徴は……)」


 間違いなく、ホタルイカであろう。

 小さくて夜に発光し、産卵のために海岸まで押し寄せる。

 それにしても、この世界にもホタルイカがいたんだな。


「導師、そのイカの産卵時期っていつ頃ですか?」


「ちょうど今くらいである!」


「なら 早速、明日獲りに行ってみましょうよ」


「それがいいのである! 当時は光っていたので食べるのを躊躇したのであるが、同じイカならば美味しい可能性が高いのである!」


「(ヴェル、導師でも試食しないなんてことがあるんだな)」


 エルが、当時ホタルイカを試食しなかった導師について不思議がっていたが、もしかしたら毒が入っているかもしれないと思ったのかも。

 導師が少々の毒を食べたところで、絶対に死ななそうではあるのだけど。

 前に聞いたけど、導師は若い頃から相当な無茶をする人だったようだからな。

 普通、魔道具ギルドの年寄りたちみたいに、人は年を取ると慎重になるものだけど、導師にはそれが当てはまらない……ホタルイカは食べなかったようだけど。


「じゃあ、明日の夜に出かけましょう」


「賛成なのである!」


 というわけで、俺たちはホタルイカを求めてとある東部の海岸へと出かけることにしたのであった。





「ここであるが……おおっ! 今年も海岸が光っているのである!」


「ヴェル、凄いな。本当に小さなイカが光ってるぜ。しかも、数が多いなぁ」


「よく見ると、光る小さなイカが大量に海岸に押し寄せているんだな。しかし、他の場所でこんな生き物の情報を聞いたことがないな」




 翌日の夜。

 俺、エル、導師、ブランタークさんとで、東部と南部の境目くらいの場所にある無人の海岸へと向かうと、そこには確かに小さく光るイカが押し寄せていた。

 どうやらこの時期が、この世界のホタルイカの産卵シーズンのようだ。

 あとは、食べられるかどうかだが……。


「では早速……」


 ホタルイカは、簡単に網で掬えた。

 早速毒がないか『探知』してみるが、どうやら無毒のようだ。

 汚染されていない海水の塩分で生のホタルイカを食べてみるが、味はホタルイカそのものだった。

 身が甘くて美味しい。


「美味しいな、これ」


「確かに、これほどわかりやすいツマミはないよな」


「あの時、食べていればよかったのである! 酒とよく合うのである!」


 導師とブランタークさんは、生のホタルイカを食べながら、魔法の袋から取り出したお酒を飲んでいた.

 まるで海岸の立ち飲み屋である。


「これも、沖漬けにすると美味しいので」

 

  エルと二人で、網ですくった生きたホタルイカを醤油のタルに漬け込んだ。

 さらに、大鍋を火をくべてお湯を沸騰させ、そこに網で掬ったホタルイカを次々と放り込んでいく。

 やはり、 ホタルイカといえばボイルしたものが有名だ。

 茹で終わったホタルイカを、事前に用意していたミズホ産の酢味噌につけて試食する。

 

「実に美味しい」


「これも酒に合うな!」


「最高なのである!」


  ブランタークさんと導師に夜の海の立ち飲み屋はまだ続いていた。

 

「小さいけど、美味しいイカだな」


「せっかくだから、少し多めに獲っておこうぜ」


「了解」


 四人で次々とホタルイカを網で掬って醤油樽に漬け込み、大鍋で茹でてから魔法の袋にしまっておく。

 こうすれば、いつでも好きな時にホタルイカの沖漬けと、茹でた新鮮な茹でホタルイカが食べられるというわけだ。


「ふう……こんなものかな。獲りすぎてホタルイカがいなくなると困るから、このくらいにしておこう」


「ヴェル、この小さなイカって、ホタルイカって言うのか?」


「なんか、ホタルに似ているから適当につけた」


「まあ確かに、ホタルみたいに光っているな」


「では、この小さなイカは『ホタルイカ』と命名するのである!」


 本当は日本でそう呼ばれていただけなんだけど、この世界では、ホタルイカの命名者は俺ということになってしまった。

 さらに数年ののち、無人だったこの海岸に小さな漁港が作られ、そこの特産品がホタルイカになったのは、やはりまた別のお話である。


「屋敷に戻って、 エリーゼたちにもホタルイカを食べさせてあげるか」


「ヴェル! あれはなんだ?」


「あれって……。ええっ! サーペントか?」


 エルが沖合になにかを見つけたので確認すると、そこにはなにか巨大な生物が……。

 ただあまりにも暗すぎて、夜の海の水面を激しく揺らし、こちらに迫り来る巨大生物の形状はまるで確認できなかった。


「暗くてよく見えないのである! 『ライト』なのである!」


 導師も沖合に巨大な生物が浮かんでいるのを確認したか、なんなのか気になったのであろう。

 『ライト』で照らそうと試みたが、残念ながら導師の『ライト』は自分の体を派手に光らせてしまうのみ。

 彼では、沖合にいる巨大な生物の正体がわからなかった。

 

「導師、なんかヤバくないか? 俺にはデカイイカに見えるんだが……」


 ブランタークさんが器用に『ライト』を沖合にまで飛ばして確認すると、 それはダイオウイカとは比べ物にならないほど巨大なイカであった。

 魔物なのか、動物なのか。

 体内に魔石があるかどうか確認すればわかるが、その前にイカであることに変わりはない。

 イカは、『ライト』で全身を照らされた導師に向かって突進を開始した。


「イカだから、光に集まってくるのは同じなんだな」


 眩しい導師に、巨大イカは反応したみたいだ。

 集魚灯みたいなものだな。


「しかしヴェル、巨大イカの相手は導師だから、そう危険はないと思うぜ」


「まあ、ないよな」


 普通の人なら、全長数十メートルのイカに突進されたら死を覚悟するかもしれないが、導師が相手なら、死を確保しなければいけないの巨大イカの方であった。


「イカソーメン! 刺身! イカフライ、イカの天ぷら、ゲソの唐揚げ!  実に楽しみである!」


 導師が『飛翔』で巨大なイカに向かって突進すると、そのまま目の間に拳で強烈な一撃を入れた。

 するとそれだけで、巨大イカは動かなくなってしまう。

 あまりに呆気ない最期であった。


「導師は相変わらず強いな」


「ああ……」


 巨大イカを一撃で倒してしまった導師にエルが感心するが、実は巨大イカが弱かったという説も……。

 いや、導師のせいで強さの尺度が色々とおかしくなっているだけで、巨大イカは一般人からしたら十分に驚異のはずだ。


「バウマイスター辺境伯! これでイカメシを作るというのはどうであるか? 実に食べ応えがあっていいと思うのである!」


 導師が倒した巨大イカの傍らに立ちながら、大きな声で聞いてきた。

 よほどイカメシが気に入ったんだな。


「いやぁ……。それはどうかな?」


 全長数十メートルのイカメシって……。

 ギネス記録更新とかじゃないんだから……。


「この巨大イカで作ったイカメシを煮る大鍋がないですし、もし作れたとしても、人間が齧ったくらいでは中のモチ米に到達しないですよ。イカメシってのは、イカの身とモチ米を同時に味わってこその美味しさなので。なにより、この巨大イカは不味そうです」


「大味かもしれないのであるか?」


「ダイオウイカは水っぽくて食べられたものではないのに、巨大イカはそれよりもさらに水っぽい可能性が高いです」


「どれどれなのである……水っぽいのである!」


 確認のため、導師が倒した巨大イカの身を捌いて試食し始めたが、水っぽくて味がしないと叫んだ。

 さらに詳しい報告を彼から聞くと。ダイオウイカよりも水っぽいし、体内に魔石も入っていなかった。


「使い道がないのである!」


「バラして海に撒けば、魚の餌になるかな?」


 結局、導師が倒した巨大イカは、バラバラされて海に撒かれた。

 お魚さんたちのいい餌になるはずだ。

 そしてこの一匹目以降、たまに巨大イカの目撃報告を聞くようになったが、巨大イカはサーペントと違って使い道がないので、誰からもありがたがられなかったという。

 使い道のない害獣の駆除ってのは、本当に面倒だな。

 さて、無事にホタルイカ獲れたので、バウルブルクに戻るとするか。





「さあ、今日は新しい名物料理のイカメシだよぉ、イカ身と、中に入っているモチ米が甘辛い醤油ダレで炊いてある。いくらでも食べられる、癖になる美味しさだよ」



 数日後、バウルブルクの町中で新しい屋台を引く青年の姿があった。

 実は、お忍びでエプロン姿の俺なんだが、事前にモチ米を詰めておいたイカの身を、醤油タレの入った大鍋の中で大量に煮ていると、その匂いに釣られて多くの人たちが集まってくる。

 北海道物産展とかでも、イカメシの売り場は大盛況だからな。

 おばちゃんがイカメシを鍋で煮ているところを見ると、つい匂いにつられて購入してしまう人が多い。

 なにをかくそう、俺もそうだった。


「中にモチ米が入っているから、 輪切りにして食事に出すと家族も喜びますよ。ほら、断面はこんな感じです」


 よく煮えたイカメシを切ると、醤油ダレが沁み込んだイカの身と、炊けてタレの色がついたモチ米の断面がよく見える。

 このあと、さらに試食をさせると……。


「おおっ! これは美味しいな!」


「ミズホの料理なのかな?」


「いえ、それが新しく開発された料理なんですよ」


 本当は北海道名物だけど、それをこの世界の人たちにしても意味がないので、多少心苦しいところはあるが、イカメシは バウマイスター辺境伯である俺が考案したことになってしまった。

 

「(その代わり、この世界でもイカメシを大いに流行らせようではないか)さあ、試食をどうぞ」


「気前がいいね。おっ、美味いな! 四つくれ」


「俺は三つね」


「まいどあり」


 この前のアイスクリームの屋台に続き、イカメシのみならず料理を売る屋台の使い勝手はよかった。

 複数の魔導コンロと冷蔵庫が設置され、煮る前のモチ米が詰まったイカの身が悪くなることがない優れものだ。

 こちらも魔法陣板を用いて燃費が上がっており、アイスクリームの屋台との部品規格もできる限り統一してある。

 量産効果が出れば、もっと屋台の値段が下がって広く世間に普及するはずだ。


「鉄板を設置したバージョンとか、麺類を売れる屋台もいいな。夢が広がる。色々な屋台でみんながお腹と心を満たす。実に素晴らしい」


 それと、順調なイカメシの売れ行きを見ていると、段々と無理に貴族なんて続けなくてもいいような気がしてくるのだ。

 バウマイスター一家は、この世界でイカメシの老舗として君臨する。

 魔族の国でも売れるかもしれないから、それも悪くないような気がしてきた。


「貴族なんて、面倒臭いだけだからな。このまま、多くの人たちの胃袋と心を満たすイカメシの販売で生きて行くというのもアリか?」


「アリではありません! ナシです!」


  またも聞き慣れた声で強く呼びかけられたので見ると、そこにはローデリヒの姿があった。

 

「お館様、本日の予定は?」


「うん、今日は領民たちのお腹と心を満たすのが忙しくてさ。お客さん、イカメシはいくつ必要ですか?」


「今はいりません! それよりも、今日の工事を早く進めてください! さあ、行きますよ!」


「ああっ、今はイカメシを煮ているところなのに……」


「イカメシの茹で加減よりも、領地の開発の方が遥かに大切です。さあ、行きますよ!」


「そんなぁ……。よく売れるから楽しかったのに……」


 結局俺は、今日も領内の開発で忙しく働かされてしまった。

 ストレス発散させるべく、イカメシの販売をしていたというのに……。

 それと俺が考案したことになっているイカメシだが、北方の海で獲れるスルメイカを用いているのに、なぜかバウマイスター辺境伯領の名物料理とされ、同じくバウマイスター辺境伯領で量産された販売屋台と共に、リンガイア大陸中どころか、最終的には魔族の国にも屋台が進出するまでに至るのは、まだ大分先の話。 

 そして、後発でイカメシを売るようになったミズホと激しいシェア争いを繰り広げるようになるのだが、それは俺の死後のことであった。

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