閑話12 アイスクリーム
「ヴェル、こっちにいっぱいあるよ」
「おおっ! ここはバニラビーンズの一大生息地だな。新しいポイントを開拓してよかった」
「本当だね。これがあれば、いっぱいお菓子が作れるね」
今日は、魔の森の新しいポイントを開拓していた。
このところ色々と忙しくて、久しぶりの魔の森探索だったけど、とにかく魔物が大きくて強くて危険なので、いまだに未到達の場所が多い。
今、冒険者ギルドが魔の森の地図を作っているけど、俺たちもそのお手伝いというわけだ。
新しいポイントには、巨大なインゲン豆のようなバニラビーンズが多数生えており、ルイーゼが楽しそうに集めている。
これと、バウマイスター辺境伯領で始まっている畜産業の成果である乳製品を用いて作るものといえば……。
「アイスクリーム、わーーーい」
「アイスクリーム、いいねぇ。バニラアイスクリームこそ、アイスクリームの基本だから」
ヴィルマも懸命にバニラビーンズを採取しており、これだけあればしばらくお菓子作りに困らないはずだ。
とはいえ、バニラビーンズは発酵と乾燥を繰り返さないとあの独特の香りが出ないので、今日採取したものは、調理人たちに渡して加工してもらう予定だ。
チョコレートとバニラビーンズはよく使うので、バウマイスター辺境伯家では在庫を切らさないようにしていた。
「じゃあ、もうそろそろ屋敷に戻るかな?」
「ヴェル様、バニラアイス」
「ヴェル、魔法で作ってよ」
「任せろ」
というわけで、俺たちは屋敷に戻ってキッチンで調理を始めた。
「まずは、ボウルにホロホロ鳥の卵と砂糖を入れ、これを湯煎しながらよく泡立てます」
自分でやると面倒なので、魔法で泡立て器を動かしているけど、そのうち魔力で動く自動泡立て器を職人に作ってもらおうかな。
多少値段が高くても、製菓店に需要があると思うんだ。
「空気を含んでもったりとしてきたら、ここにバニラエッセンス入れます」
バニラビーンズが巨大であることの唯一のデメリットは、そのままアイスクリームに入れるとバニラビーンズの種、バニラシードが大きすぎ、食べると必ず大きなバニラシードが口に当たって食感が悪くなってしまうことだ。
そこで、調理人たちに作ってもらったバニラエッセンスを泡立てた卵と砂糖に投入する。
「「いい匂い」」
「甘い、バニラの香りが素晴らしいな」
バニラって、本当にいい香りがするよな。
バニラエッセンスを加えた卵と砂糖を湯煎から下ろし、次は別のボールに氷水を当てながら生クリームと砂糖を混ぜてたものを泡立てる。
なお、バウマイスター辺境伯家において氷とは、魔法で作るもの。
特に急ぎの際には、非常に便利であった。
「最後に、香りづけでラム酒も入れる」
生クリームも、砂糖も、ラム酒も。
すべてバウマイスター辺境伯領の特産品だ。
俺は貴族なので、地産地消を心掛けないと。
「冷ましておいた泡立てた卵と砂糖に、これもよく泡立てた生クリームを二回に分けてさっくりと混ぜていく。この際、せっかく泡立てているのでそれを潰さないように……」
「どうしてなの?」
「泡立っている卵と生クリームの中に空気が入っていて、これがアイスクリームの口どけの良さを生み出すからさ」
特に、バウマイスター辺境伯家の自家製アイスクリームは、濃厚な味になるように作っている。
空気を入れないで凍らせてしまうと、味がベッタリと重たくなってしまうのだ。
アイスクリームによく空気を含ませるのは基本中の基本であるというのは、某グルメ漫画でもやっていた。
「口の中に入れた時にフワッと溶けないと、口の中にいつまでも濃厚な味がクドく残って、逆に美味しくなくなってしまう。口溶けのよさもアイスクリームの特徴だから」
「ヴェルは、そういうのに詳しいよね」
「ヴェル様、凄い」
空気を十分に含ませながらよく泡立てた材料を混ぜ終わったら、これを容器に入れて冷凍庫でよく冷やすのだけど、今日はすぐに食べたかったので、魔法で凍らせた。
「冷凍庫なら数時間ってところだけど、魔法なら一瞬で凍らせることができる。完成だ! 早速みんなで食べよう」
無事にバニラアイスクリームが完成したので、俺たちはそれを中庭に運んだ。
他にも、事前に作っておいたチョコレートアイスクリーム、マンゴーアイスクリーム、抹茶アイスクリームなどの各種フレーバーも並べていく。
アイスクリームというのは、色々な種類があった方が楽しいからな。
某31 なアイスクリーム店に行くと、どれにしようかワクワクするじゃないか。
「みんな、好きな味のアイスクリームを食べてくれ」
「父上のアイスクリーム、大好きです」
「そうか、 お腹を壊さない程度にいっぱい食べてくれよ」
子供はアイスクリームが大好きだ。
フリードリヒたちは、我先にと自分の分のアイスクリームを掬って食べていた。
「バニラアイスの上に、こうしてチョコをかけたり、実はキナコをのせても美味しい」
「父上、美味しいですね」
「抹茶アイスには、餡子を。マンゴーアイスには、練乳をかけるという手もいいぞ」
練乳も、畜産業を始めたおかげで在庫を確保できるようになった。
他のお菓子作りでもよく使うから、これも切らさないようにしないと。
「冷たくて、美味しい」
フリードリヒたちは、俺が自作したアイスクリームを美味しそうに食べていた。
いまだアイスクリームは高級品の扱いだが、ただ購入するのではなく、このように自作して子供たちのオヤツに出す。
子供たちにはいい思い出になるし、俺のおかげか、貴族社会において料理というものが次第に文化として認められるようになってきた。
まさに俺は、新しい大物貴族というわけだ。
どうせ才能もなく、別に好きでもない芸術に時間を割くのなら、料理をしていた方が圧倒的に楽しいのだから。
「バニラも、チョコも、抹茶も、マンゴーも、アイスクリームは全部美味しいのである!」
「導師、お腹壊しますよ……」
どういう仕組みなのか?
まさか、『食い物レーダー』が体に内蔵されているとかないよね?
こういう時に必ずいる導師は、すべてのアイスクリームを大きな容器に入れ、貪るように頬張っていた。
ひと昔前によく聞いた、一度にアイスクリームを大容量の容器ごと食べるアメリカ人でもあるまいし……。
というか、導師はよく糖尿病にならないなと思う。
「あたたっ! 頭が痛いのである!」
導師は健康そうだが、一度に大量のアイスクリームを口に入れたものだから頭痛に襲われていた。
フリードリヒたちでもやらないのに、まさしく子供だな。
「今日は、アイスクリームを使った変わった料理があるんです」
アイスクリームをそのまま食べるだけでは飽きた……なんてことはないが、前世を思い出して、調理人にとあるアイスクリーム料理を作らせてみた。
最初にその料理の作り方を話した時、みんな驚いていたけど、現代日本ではそこまで珍しくもないというか。
「じゃじゃーーーん、『アイスクリームの天ぷら』です!」
「アイスクリームを天ぷらにするんですか?」
「そうだよ」
ミズホ出身であるハルカが驚いていた。
バウマイスター辺境伯家にはミズホ料理専門の調理人も雇われており、天ぷら自体は珍しくもない。
だが、さすがにミズホでも、アイスクリームを天ぷらにするところまでは到達していなかったようだ。
アイスクリーム自体が普及していないから当然とも言えたが。
「アイスクリームが溶けてしまうのではないですか?」
「そこは当然、工夫してあるさ」
勿論、アイスクリームにそのまま衣をつけて揚げるとすぐに溶けてしまう。
そこで、丸くしたアイスクリームを薄いパン生地で包んでから一旦冷凍し、それに衣をつけてから揚げるのだ。
「衣のみに火を通す感じだな。実際に割って食べてみればわかるよ」
メイドが持ってきた、揚げたてのアイスクリームの天ぷらをナイフで割ってみると、衣は熱くてサクサク。
中のアイスクリームは冷えて固まったままだった。
アイクリームをパンと衣で包み、中まで完全に火を通さないからこそ、こういう風に仕上がるのだとみんなに説明した。
「外側の衣とパンはパリパリで温かいのに、中のアイスクリームは冷たくて、面白い美味しさですね」
「でしょう?」
エリーゼも、アイスクリームの天ぷらを気に入ってくれたようだ。
他のみんなも、美味しそうに食べている。
「おくつろぎのところ失礼いたします。お館様、ご注文されていた品をお持ちいたしました」
みんなでオヤツの時間を楽しんでいると、そこに懇意にしている工房の主が姿を見せた。
どうやら、俺が頼んでいたものを持ってきてくれたようだ。
「ご苦労さん。で、どうだ?」
「ご注文どおり仕上がったと思います」
「ヴェル、なにを頼んだの?」
「ああ、アイスクリームを売る屋台さ。アルテリオが興味を持ったみたいで、試しに作ってもらったんだ」
イーナの問いに答える俺。
俺が工房の主に注文していたのは、アイスクリームを売る移動式の屋台であった。
自分で好きな場所に引っ張って行け、内部にアイスクリームを冷やす魔道具が内蔵してある。
アーカート神聖帝国の大都市ではジェラートのお店が有名だけど、巨大な冷凍庫がないと商売にならないので大規模な老舗のみしかなく、バウルブルクのような新興の都市や、もう少し小さな町で個人が気軽にアイスクリームを販売できないか、俺なりに考えて答えを導き出した結果が、この屋台であった。
「もっと身近に、もう少し安くアイスクリームをというわけだ。今届いた屋台を見てもらうとわかるけど、内蔵された冷凍庫でアイスクリームを入れた容器が一度に十四個冷やせるんだ。この屋台は試作品だから、冷やせる容器の数はもっと増やせる」
最終目標は二十種類……いや、三十一種類か!
「沢山の種類のアイスクリームが売れるのね」
「そういうこと。アイスクリーム用のコーンも懇意にしている製菓店で試作させているから、そのうちバウルブルクや他の中小規模の都市でもアイスクリームの屋台が出るようになるだろう。外で売るとなると、陶器の容器に入れると食べ歩きがしにくくなってしまうから、やっぱり食べられるコーンがいいと思う」
使い捨ての容器なんて贅沢はしにくい世界なので、食べられるアイスクリーム用のコーンを普及させた方がいい。
作り方は教えたので、製菓店も頑張って試作をしているはずだ。
上手く行けば新しい商売として、アイスクリームの屋台に定期的にコーンを卸せるようになるのだから。
アイスクリームの屋台が増えれば、自然とバウマイスター辺境伯産の乳製品や魔の森のフルーツが多く売れるようになるはず。
アルテリオは……屋台の販売、レンタル、アイスクリームとコーンの卸しに関われば儲かるはずだ。
「でも、魔力の補充代が高くつかないかしら?」
「それはほら、アイスクリームを冷やす、屋台に内蔵された冷凍庫には新型の『魔法陣板』を用いているから。以前に比べると圧倒的に燃費が上がっていて、経費がもの凄く安く済むようになってるんだ」
「結局、魔石代や魔力の補充費用が一番高くつくものね。それを大幅に減らせば、アイスクリームも安くなるでしょうね」
「そういうこと」
以前なら、数日に一度は魔力を補充しなければいけなかったが、魔法陣板を用いた新型魔道具ならその数倍は保つ。
ざっくりとコストを計算してみたが、以前よりも遥かに安くアイスクリームを冷やせるのだ。
「これなら、みんなが気軽に購入できる金額でアイスクリームを売れるぞ」
それでも現代日本に比べれば高価だが、帝都の老舗ジェラート店の三分の二くらいの値段で売っても、十分に利益が取れるはずだ。
「そのうち、アルテリオさんが試験的にアイスクリームの屋台を出すわけね」
「そういうこと」
などとイーナに答えていた俺であったが、それから数日後。
早速バウルブルクに、アイスクリームの屋台が登場した。
「さあさあ、バウマイスター辺境伯領で生産された新鮮なミルク、魔の森で採取されたフルーツ、コーヒーなどを用いた、冷たくて甘くて美味しいアイスクリームはいかがですか?」
試作第一号のアイスクリーム屋台で、十数種類の厳選されたフレーバーのアイスクリームを発売した。
当然、フレーバーのチョイスは俺自身がしている。
「なんとも言えない甘い香りの、魔の森産バニラビーンズを用いたバニラアイス! 同じく魔の森産カカオを加工したチョコレートをふんだんに使ったチョコレートアイス! 魔の森で採れた完熟マンゴーを用いたマンゴーアイス! 南方で製造されたラム酒に漬けたレーズンと、バウマイスター辺境伯領産のチーズを用いたラムレーズンフロマージュ! チョコチップ、クッキーが入ったチョコクッキーアイス! 砂糖を焦がして作ったキャラメル入りのキャラメルアイス! 他にも、爽やかな塩レモン、オレンジ、ラズベリー、リンゴ、コーヒー、マテ茶などを用いた各種フレーバーもお勧めですよ。ミズホ産の抹茶を用いた抹茶アイスは大人の味です。子供からお年寄りまで、バウルブルクの新名物、アイスクリームがいかがですか?」
口上を述べながらアイスを売っているのは、普段の魔法使いに格好ではなく、カジュアルな服装の上にエプロンをし、頭に布巾を巻いた俺であった。
なお、今日もローデリヒから頼まれた仕事があったような気もしたが、必ず今日中にやらなければ世界が滅ぶという類のものではないので、今日の俺はアイスクリーム売りのお兄ちゃんとして過ごすことにしよう。
たまには、こういうのもいいよね。
「帝都のジェラートよりも安いね」
「お客さんは、帝都に行ったことがあるんですね。このアイスクリームはジェラートよりも安いけど、美味しさはそれ以上ですよ。材料も新鮮ですから」
「じゃあ、バニラを貰おうかな」
「毎度あり!」
「おっ、濃厚な味なのに、甘さがしつこくなく、口の中に入れるとサラっと溶けていいね」
「お客さんはお目が高い! これぞ、バウルブルクの新しいアイスクリームですよ」
「美味しそうだな。俺はチョコレートを」
「塩レモン……甘いものが苦手な俺でも大丈夫そうだな、一つくれ」
「私はマンゴーね」
「抹茶をくれ」
最初はポツポツと売れていく感じだったが、徐々にお昼に近づいて気温が上がってくると、アイスクリームは次々と売れ出した。
「(やはり、オーソドックスなバニラが一番強いな。明日からは、バニラの容器を二つにするか……。コーヒーや珍しい抹茶の売れ行きも悪くない)」
自分で勝手に決めたお休みと、市場調査を兼ねて、バウルブルクの大通りから少し外れた場所でアイスクリームの屋台を引く俺。
初日にしてはよく売れるので、次第に俺はこのように思い始めた。
「貴族なんて大変なだけだから、このまま領地はローデリヒに任せて、俺は多くの人たちに、冷たいけど食べると心が温かくなるアイスクリームを売る仕事に転職した方がいいような気がしてきた」
みんなが思うほど、貴族なんていいものじゃないしな。
それに魔法が使える俺なら、仕入れたアイスクリームを販売するだけでも十分に生活できるお金を稼ぐことができるのだから。
「なんなら、フリードリヒたちにもアイスクリームの作り方を教えて、このリンガイア大陸中でアイスクリーム店を展開するのも悪くないかも……」
無理に貴族なんて続けなくても、そういう生き方もあるよなって気がしてきた。
「悪いです! お館様、 そのようなところでなにをしていらっしゃるのですか? 今日はお仕事があったと思いますが……」
俺が将来の夢について考えながらアイスクリームを売っていたら、突然聞き覚えのある声によって、現実に戻されてしまう。
なんと、屋台の前には鬼気迫る表情のローデリヒが立っており、それを見たお客さんたちが潮が引くようになくなってしまった。
「お客さん、どのフレーバーにしましょうか?」
怖い客だが、客は客だ。
アイスクリームを勧めないと。
「お館様、そんなところでアイスクリームを売っていないで、今日の現場に早く向かってください!」
「明日でよくないかな? ほら、俺は冷たいアイスクリームを多くの人たちに売って、彼らの心を温かくする仕事があるから。実に上手いことを言うな、俺」
「別に上手くありません! お館様、早く今日の仕事場へ向かってください!」
「こら! 俺には冷たいアイスクリームで、人々の心を温かくする仕事が!」
「それは、他の者たちに任せてください! お館様には、お館様にしかできない仕事があるのですから!」
「ローデリヒ! 俺は貴族よりもアイスクリーム屋の方が向いているような気がしてならないんだよ!」
「そんなわけありません! さあ、行きますよ!」
「ローデリヒ、そんなに強く手を引っ張るな!」
俺はローデリヒによりアイスクリーム売りを中止させられしまい、今日の仕事から逃れることはできなかった。
アイスクリーム売りの仕事は、とても俺に合ってるような気がしたんだが……。
「人には、向いている仕事と向いていない仕事があるじゃないか」
「お館様。お館様ほど、貴族に向いている方はおられませんので」
「そういう褒め言葉はいらないかな?」
「とにかく、明日からの予定に支障が出るので、今日の仕事はきっちりとこなしていただきます!」
「アイスクリーム売りの方がいいよぉーーー!」
「駄目です! 今日の仕事場に向かいますよ」
結局この日は、午後から一日分の仕事をさせられて疲れてしまった。
まったく、 たまに仕事をサボりたくなる時なんて、誰にだってあるじゃないか。
貴族ってのは、有給休暇がないから困ってしまう。
なお、俺が製造させたアイスクリーム屋台だが、アルテリオ商会がリンガイア大陸中で販売、レンタルするようになり、バウルブルク式アイスクリームは帝国のジェラートのライバルとして、その名が広く知られるようになったのであった。
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