第368話 それって、八つ当たりじゃあ……巨大ゴーレム登場!(その5)

「ごちゃごちゃうるさいので、とっとと地面に叩き付けるのである!」


「そうだな。運よくどこか壊れてくれるかもしれないからな」


『こらっ! ちょっと待て!』




 巨大ゴーレムが地面に叩きつけられたら確実に助からないプラッテ伯爵が苦情を述べたが、ブランタークさんと導師が聞く耳など持つはずがない。

 哀れ、巨大ゴーレムは地面に叩きつけられた。

 ただみんな手を離して落としただけだが、あれだけの重量物だ。

 大爆発したかのようなもの凄い音と共に、落下地点に盛大な土煙があがった。

 それが晴れると、巨大ゴーレムは深く地面にのめり込んでいる。


「搭乗者が死んでいれば楽なのに」


『残念だな! バウマイスター辺境伯! 私はピンピンしているぞ。見たか! これが魔道具ギルドの力だ!』


 あの高さから落下しても、搭乗者にまったくダメージがない操縦席か……。

 未来になると、魔力で動くロボットを人間が操縦して戦争をする、なんて未来もあるかもしれないな。


「ちなみに、プラッテ伯爵は?」


『死んだに決まっておろうが。うるさいだけでクソの役にも立たない。貴族の家に跡継ぎとして生まれた以外、なんも取り得もない奴だ。挙句に操縦席を汚しおって。死ぬ時まで迷惑しかかけぬとは……』


 よほどプラッテ伯爵のことが嫌いだったのであろう。

 シャーシェウド会長は、嬉しそうに彼の死を俺たちに報告した。

 あの高さから落下したのだ。

 プラッテ伯爵の死にざまは、誰にでも容易に想像できる。

 少なくとも俺は、後片付けをしたくないな。


『次は、お前がプラッテ伯爵のようになるのだがな!』


「それはどうかな? お前は存在感がないから」


『人が気にしていることをーーー!』


 巨大ゴーレムは、シャーシェウド会長が操縦している。

 戦闘を優位に進めるために彼を挑発してみたのだが、彼が副会長からの横滑りで、しかもギルド内の支持も薄く、外部からも存在感が皆無だと思われていることを、随分と気にしていたようだ。


『お前は、私の名前すら知らないで!』


 それはしょうがない。

 俺が生きていくうえで、別に魔道具ギルドの会長の名前を知らなくても、なんの不都合もないからだ。


「元々俺は、魔導ギルドの所属だから」


『前会長の死後、私がいかに苦労して魔道具ギルドを纏めてきたか! お前のように、魔法の才能だけでお気楽に切り抜けている貴様にはわかるまい!』


 それは誤解だ。

 確かに魔法は便利だが、絶対じゃない。

 俺だって、シャーシェウド会長にはわからないかもしれないが、色々と苦労しているのだから。

 まあ、彼にそれを言っても無駄であろう。

 戦闘を優位に進めるため、もっと挑発しておくか。


「お前も魔法使いだったな。でも、組織で成り上がらないとうだつが上がらないほどだ。俺のように魔法だけでなんとかならないから、こういう姑息な手を使うんだろうな」


『お前は! 殺す!』


 完全にブチ切れたシャーシェウド会長は、巨大ゴーレムに搭載された魔砲を発射した。

 半分ほどが落下のショックで暴発し、完全に壊れてしまったが。


「なるほど、完全に無傷ってわけでもないんだな」


「それにしても、極限鋼とは頑丈である! 内蔵している魔砲が暴発しても、本体には影響ないのである!」


「そこ、冷静に評論していないで下がって」


 巨大ゴーレムを運ぶ時に大量に魔力を消費したので、俺以外は全員、すでに戦える魔力が残っていなかった。

 ここは俺に任せて退いてほしいところであった。


「バウマイスター辺境伯、あとを任せるのである!」


「無理そうなら退けよ。あとで壊すって手もあるんだから」


 導師とブランタークさんは、急ぎ俺の近くから離れた。


「ヴェル、無理しないでね」


「こいつの歩みは遅いようですので、明日また挑戦する手もありますわ。ご無理をなさらないように」


「旦那様、ご武運を」


「無理するなよ、ヴェンデリン」


 巨大ゴーレムの運搬で魔力が残り少ないルイーゼ、カタリーナ、リサ、テレーゼも、俺の邪魔にならないように俺から距離を置いた。


「すみません、私も魔力を使いすぎました」


 巨大ゴーレムの運搬では、魔力量が多いライラさんにも負担が大きかったようだ。

 逆にいうと、ライラさんとエリーがいなければ巨大ゴーレムは運べなかったはず。


「あのゴーレムは重たかったからな。ヴェンデリンに任せる。これは勝利のためのおまじないだ」


 最後に、突然エリーが俺の頬にキスをしてきた。


「勘違いするなよ。これはあくまでも真面目な勝利のおまじないだからな」


 とは言われたのだが、心なしかエリーの顔が赤いような気がする。

 俺の勘違いか?


「痛っ!」


 そして、遥か遠くから小石が飛んできて俺の頭に当たった。

 遠方から微妙な威力で小石を当てられる人物は、間違いなくルイーゼであろう。

 なにより、ルイーゼは視力もいい。


「ヴェンデリンの妻たちは、ヤキモチ焼きが多いの。では」


 ライラさんとエリーが離脱し、その間に巨大ゴーレムが起き上がって一対一の戦いが始まろうとしていた。


『お前一人なら、この大魔神の圧勝だ! ミンチにしてやる!』


 プラッテ伯爵が死んで気が晴れたのか。

 シャーシェウド会長は嬉しそうな声で、巨大ゴーレムに搭載している壊れていない魔砲での攻撃を再開した。

 ところが、数発を撃った時点で砲撃は止んでしまう。


「壊れた? 違う! 砲弾切れだ!」


 当たり前のことだが、いくら巨大ゴーレムでもそれほどの砲弾は積めない。

 魔砲は弾がないと撃てないので、弾を使い果たしたら、これ以上の砲撃は不可能であった。

 

「駄目じゃん」


『次の手はある! 『魔貫通熱線』を食らえ!』


「っ!」


 魔砲が撃てなくなった巨大ゴーレムは、手の平の部分を俺に向けた。

 咄嗟に嫌な予感がして回避すると、目にも留まらない早さで俺の真横をビームのような光線が突き抜けていく。

 少し俺の『魔法障壁』に掠ったのだが、簡単に貫通してしまうほどの威力であった。

 俺は背中に冷や汗をかいた。

 まさか、『魔法障壁』を容易に貫通してしまう、ビーム砲のような魔法があるなんて……。


『はははっ! 見たか! この『魔貫通熱線』を手土産に帝国へと亡命だ』


 もっと強固な『魔法障壁』なら貫通しないと思うが、そうすると防御で尋常ではない魔力を消費してしまう。

 中級以下だと、完全にお手上げであろう。

 まったく、こんなものばかり開発しやがって!

 軍人でもないのに、頭がおかしいんじゃないのか?


『『魔貫通熱線』に貫かれて死ね!』


 ただ威力は凄いが、『魔貫通熱線』には弱点があった。

 発射口が手の平なので、射線の特定が容易であり、発射前に手の平からズレれば、簡単に回避できてしまう。

 俺も最近、ブランタークさんの言う魔法の精密さを身に付けつつあるのかもしれない。


『なぜ当たらぬ?』


「さあな? こっちは回避で精一杯で、お前の疑問に答えている余裕はない!」


 油断すると光線に体を貫かれてしまうので、こちらも必死であった。

 もう一つ、ここで巨大ゴーレムの魔力を消費させておこうという作戦でもあった。


「どのくらい頑丈なんだ?」


 俺は巨大ゴーレムが放つ『魔貫通熱線』を回避しつつ、適当な大きさの『火球』をぶつけてみた。

 やはり極限鋼は伊達ではないようで、呆気なく弾かれてしまう。

 『火球』がぶつかった後にも、傷一つついていなかった。


「駄目だな。こりゃあ」


 続けて『魔貫通熱線』を回避しながら、どうやってこのデカブツを倒すかを考える。

 攻撃魔法で破壊するとなると、相当な威力のものを放たないと駄目だ。

 もしそれでも駄目だった場合、ブランタークさんのように歩行速度を考えると逃がす心配はないが、また居住地域に向かわれると厄介だ。

 ならば……。


「ちょっと面倒だが……」


 極限鋼の原子構成に手を加え、まずはその強度を落とすか。

 自分で『錬金』したものだからそのくらいは容易なのだが、問題は巨大ゴーレムの全身に塗布されている『錬金阻害塗料』であろう。


『はははっ! 錬金阻害塗料を剥ごうなどという安易な策は通じないぞ!』


 どういう仕組みなのか?

 今、ちょっと巨大ゴーレムに取りつき、ミスリルナイフで塗料を剥ごうとしたら、まったく歯が立たなかった。

 試しに『錬金』の魔法を装甲に浸透させてみるが、特殊な塗料のせいで極限鋼の層まで届かない。

 だが、まったく届かないというわけでもないらしい。

 それが確認できたので、俺は一旦巨大ゴーレムから離れた。


「さて……やはりあそこにしがみ付くしかないか……それも最低でも数分間は……」


 覚悟を決めた俺は、先日エリーがオットーに対して使用した『フラッシュ』の魔法を仕掛けた。


『眩しい! 目がぁーーー!』


 巨大ゴーレムの操縦席に、外部からの閃光を防ぐ機能はなかったようだ。

 直接『フラッシュ』を見てしまったシャーシェウド会長は、あまりの眩しさに暫く目が見えないはずだ。

 その間に俺は背中に取りつき、巨大ゴーレムに使用されている極限鋼の『再錬金』を始めた。

 綿密に規則正しく結びついた原子配列に魔力で介入し、その組成を変えてしまう。

 レアアースやレアメタル成分を抽出してしまえば、極限鋼はただの鋼になってしまう。

 そうすれば、高威力の魔法で簡単に壊せるはずだ。

 ところが……。


「魔力の介入が阻害されてしまうな……」


 どうやら『錬金阻害塗料』だけでなく、他にも『再錬金』を阻害するものが巨大ゴーレムには搭載されているようだ。

 強く魔力を篭めたおかげで、『再錬金』が錬金阻害塗料の層を突破したのは感じられたが、また別のなにかに『再錬金』が阻害されてしまった。


「バカめ! 魔道具職人である私が、『再錬金』への対策を立てないと思ったのか?」


 いくら頑丈な極限鋼でも、『再錬金』で少しでも成分に変化があれば、ただの鋼や他の鉄合金に戻ってしまう。 

 それを防ぐための装置が、巨大ゴーレムには設置されているようだ。

 多分その元は、あのニュルンベルク公爵が発掘し、アーネストに稼動させた魔法を阻害する装置であろう。

 壊しはしたが装置の回収はしていたので、戦後それを魔道具ギルドに販売していた。

 修復して小型の装置を試作し、それを搭載しているのであろう。

 極限鋼で覆われた巨大ゴーレムの欠点は、『錬金』されて装甲が極限鋼でなくなってしまうことなのだから。


『はははっ! 我々魔道具ギルドの力を見たか!』


「そこまでできるのなら、魔族の国の魔道具も複製しろよ。それにお前が直接作ったわけではないだろうが」


 シャーシェウド会長は、すでに現役の魔道具職人ではない。

 きっと、この巨大ゴーレムの製造で一秒たりとも作業には参加していないはずだ。


「ちゃんと会長職にまい進していればいいのに、余計なことをして……。これだから、プライドと権力欲が肥大した年寄りは厄介なんだ」


 そういう老人を、日本では老害という。

 魔道具ギルドは特にその傾向が強く、魔道具職人としては引退している年寄り連中が魔道具ギルドで余計な政治活動を始めるから、魔族の国との交渉がなかなか纏まらなかったり、既得権益を守るため俺の暗殺を試みたりする。

 まさに、害悪としか言いようがない。


「とっとと引退すればいいのに……。引き際って肝心だな」


 俺も気をつけないとな。

 

『言わせておけば! この大魔神に手も足も出ないくせに!』


「果たしてそうかな?」


 確かに『錬金』は阻害されているが、この装置には欠点がある。

 それは、魔法の阻害に打ち勝てる強大な魔法を使えばいいだけなのだ。

 帝国内乱で使われた巨大魔法阻害装置では難しいが、巨大ゴーレムに搭載された小型装置ならば、強力な魔法を使えば阻害を無効にできるはず。

 以前の俺なら魔力が保たないが、今の魔力量が増えた俺なら大丈夫なはずだ。


「(精神集中……)」


『無駄なことを!』


 いまだ視力が回復していないシャーシェウド会長であったが、俺に巨大ゴーレムは破壊できないと高を括っているようなので、その口調は余裕そのものであった。


「できる。地味な『再錬金』にここまで魔力を使うのは珍しいが……」


 最初は魔力の浸透を阻害され、なかなか『再錬金』が発動しなかったが、半分以上の魔力を使用したところで、巨大ゴーレムに使われている極限鋼にアクセスできた。

 ここから、少しずつ混ぜられているオリハルコン、ミスリル、その他レアメタルやレアアースを抽出していく。

 数分で巨大ゴーレムの装甲がただの鉄になる予定だが、魔力の消耗が予想以上に激しい。

 

『まだ諦めないのか!』


 視力が回復したシャーシェウド会長は、巨大ゴーレムの背中に張りついた俺を振り落とそうとする。

 巨大ゴーレムの手が背中に届かないので、大きく体を揺すり続けた。

 俺は振り落とされそうになるが、なんとか背中にしがみ付いて『再錬金』を維持し続ける。

 

『ええい! 落ちろ!』


「嫌だね」


 ここでやめたら、なんの意味もなくなってしまう。

 『再錬金』が成功して極限鋼がただの鉄になってしまうか、その前に魔力が尽きてしまう心配もあったが、振り落とされないように魔法の袋から予備の魔晶石を取り出し、魔力を回復しながら『再錬金』を続けた。

 そして数分後……。


「成功だ!」


 俺には、巨大ゴーレムを覆っていた極限鋼がただの鉄になってしまったのがわかった。

 これなら、俺の魔法で簡単に破壊できるだろう。

 すぐに巨大ゴーレムの背中から離れ、トドメの一撃とばかり魔法を放つ魔力を練ろうとして……。


「いかん……魔力が足りない」


 予想以上に、極限鋼の変性で魔力を使ってしまったようだ。

 今はなんとか飛べているが、もう数分で地面に落下してしまう。

 その前に、一時撤退も視野に入れなければいけなくなった。


『私の大魔神がぁーーー! バウマイスター辺境伯め!』


 どうやらシャーシェウド会長は、ご自慢の大魔神の装甲がすべてただの鉄になってしまったことに気がついたようだ。

 激怒しながら、連続して『魔貫通熱線』を連発し始めた。

 回避はそう難しくもないが、今は飛んでいるので回避のたびに魔力を余計に消耗してしまう。


「できれば、ここで倒しておきたいんだが……」


 魔力を回復する前に、他の町で暴れたりすれば犠牲が出てしまう。

 今、この場でトドメを刺したかった。


「どうしたものか……」


 遠方に退避したみんなも、もう魔力に余裕がない。

 今の俺の魔力では、絶対に巨大ゴーレムは倒せない。


「あなた!」


 残留か、撤退かで悩んでいると、突然後方からエリーゼの声が聞こえた。

 

「エリーゼか。どうやって?」


 後ろを見て確認すると、ルイーゼとカタリーナがエリーゼを抱えて飛んできてくれたようだ。


「ルイーゼ、カタリーナ。危ないぞ」


「あの光線みたいな魔法だね」


「『魔法障壁』を相当強くかけないと貫通してしまう魔法ですか。確かに、私とルイーゼさんの残りの魔力では回避以外できませんわね」


「じゃあ、エリーゼをヴェルに渡して撤退だ」


「ヴェンデリンさん、エリーゼさん。あとはお任せしますわ」


 二人は、俺にエリーゼを渡すと再び巨大ゴーレムから離れていく。

 自然と俺はエリーゼをお姫様抱っこしていた。


『逃がすか!』


「残念、ボクは回避の方が上手なの」


 ルイーゼはカタリーナを抱え、自分たちを襲った『魔貫通熱線』をダメージを受けないギリギリで回避してから撤退して行った。


「あなた、あの指輪をお持ちしました」


 攻撃魔法と『飛翔』を使えず、後方で今回の事件の怪我人を治療していたエリーゼには、俺がプレゼントした指輪の魔力がまだ残っている。

 それを持ってきて、絶妙のタイミングで俺のピンチを救ってくれた。

 さすがは、俺の正妻!


「やっぱり、エリーゼは頼りになるな」


「はい。随分と奥さんが増えましたが、私はあなたのただ一人の正妻ですから。そこは譲れません」


「俺はどこか抜けている部分があるから、エリーゼがいてくれて助かるよ」


「私も自ら望んであなたの妻となり、一緒にいるのが楽しいのですからお気になさらず。あなたと一緒にいると、人生に退屈しませんから」


「そう言ってもらえると嬉しいな」


「私もです」


 二人で話をしている間に、指輪の魔力をすべて吸い上げ、巨大ゴーレムを倒す魔法に使う魔力を練り始める。

 どうやって倒すかだが、ここは非効率な事はやめて、操縦席を貫く魔法の方がいいだろう。

 シャーウッド会長を生かして捕えるという選択肢もあるが、ここで変に手加減をした結果、負けてしまっては意味がない。


「あの『魔貫通熱線』という魔法、俺もあとで練習してみよう」


 いきなりは使えないので、無属性の太い槍を作って操縦席をぶち抜くだけだ。

 その前に、あの巨大ゴーレムの操縦席だが……。


「あなた、あそこです」


 エリーゼは、巨大ゴーレムのヘソの部分を指差した。

 極限鋼で覆われていた時には気がつかなかったが、今の状態なら魔力の反応がしっかりとわかる。

 それにしても、シャーシェウド会長。

 自分のいる場所をカモフラージュすらしないとは、魔法使いとしてはすでに終わった存在だな。

 危機感が薄すぎる。

 

「シャーシェウド会長、これで終わりだ!」


『貴様のような奴がいるから! 昔の方が、王国も圧倒的に幸せだったのだ!』


「老人の、昔はよかった発言に興味なんてない!」 


 俺は、無属性の魔法の槍をエリーゼも指摘した巨大ゴーレムのヘソの部分に向けて投げた。

 極限鋼の装甲なら傷もつかないが、ただの鉄なら余裕で貫通してしまう。


『がはっ……バウマイスター辺境伯ぅーーー! 貴様、必ず呪ってやるぞぉーーー!』


 魔法の槍は、見事に操縦席に座っていたシャーシェウド会長を直撃した。

 どうやら致命傷を受けたようで、苦しそうなシャーシェウド会長の声が聞こえる。


「呪わせなどいたしません。そのために私がいるのですから。シャーシェウド会長、あなたのせいで少数ですが死者も出ています。あなたこそ、その罪を悔いるべきだと思います」


『銭ゲバの、似非宗教家の孫娘がぁーーー! 私は魔道具ギルドにおいて、並ぶ者なき力を持つ会長なのだ! 私たちこそが、魔道具でこの世を支えている。その仕組みを破壊しおってぇーーー!』


 まだ絶命していないようで、シャーシェウド会長は自分の言いたいことを喋り続けた。


「うるさい! 犯罪者の戯言など真面目に聞いていられるか」


 俺は追加で無属性の槍を先ほどと同じ場所に投げた。

 

『バウマイスター辺境伯ーーー! 貴様はーーー!』


 それがシャーシェウド会長の最後の言葉となり、操縦者を失った巨大ゴーレムは立ったままで活動を停止させた。


「エリーゼ、終わったな」


「はい」


「あれ?」


「あなた……」


 巨大ゴーレムを倒し一安心したところで、再び俺とエリーゼに緊張が走る。

 搭載されている膨大な魔力を蓄えた魔晶石、その反応はとっくに察知していたが、シャーシェウド会長が死ぬのと同時に魔力がうごめき始めたのだ。

 こういう感じ方をした時、すぐに必ず大規模な魔法が発動する。

 どんな魔法が発動するか、魔力のうごめきのみで判断するのは難しいが、今回は前後の状況で簡単に予想できてしまった。

 シャーシェウド会長が死に際に、俺たちを撒き込もうと巨大ゴーレムの自爆装置を作動させた。

 これが一番可能性が高いであろう。


「あのジジイ!」


「あなた、これだけの魔力が一気に爆発魔法に転換されれば……」


 かなりの広範囲に甚大な被害が出るはずだ。

 ここは無人の土地であるが、もしかすると王都にも影響が出るかもしれない。

 その前に、残り少ない魔力で少し距離を置いているルイーゼたちが爆発に巻き込まれかねなかった。


「止めるぞ!」


「はい!」


 大量に消費されたが、これだけの巨大ゴーレムを動かす魔晶石だ。

 残存魔力は非常に多く、俺とエリーゼだけなら『魔法障壁』で防御可能……という保証はできかねなかった。

 ならば、危険を承知でこの巨大魔晶石から魔力を吸い上げるしかない。

 間に合わないかもしれないが、今さら逃げるわけにはいかなかった。

 エリーゼだけでも逃げて……というのも不可能だ。

 彼女は『飛翔』を使えないのだから。

 

「私の指輪も使いましょう」


「逃げた方がよかったかな?」


「あなたの決断でしたら私は尊重いたします。もし失敗して死んでも、あの世で夫婦一緒にアルフレッドさんから魔法を習えばいいのですから」


「それもそうだな」


 エリーゼがそう言うのであれば、俺もこれ以上はなにも言わない。

 この魔力を大分消耗している俺の体に、巨大魔晶石から吸い出した魔力を蓄えるだけだ。

 もし吸い出し終わる前に爆発すれば、俺もエリーゼもひとたまりもないであろう。


「それにしても、どれだけ魔力を集めているんだよ」


「魔道具ギルドなので、魔法使いは沢山いますから」


「その魔法使いを、もっと別の仕事に使えばいいのに……」


「そうですね、あなた」


 こんな試作品のエネルギー源に使うくらいなら、もっと魔道具を生産しやがれと俺は思ってしまう。

 予想以上に吸い上げられそうな魔力が多いが、今はそんなことを気にしていられない。

 エリーゼも指輪のみならず、予備の魔晶石にまで魔力を吸い上げていく。

 魔力が少しでも残れば、爆発して至近にいる俺たちはひとたまりもないであろう。

 作業の性質上、『魔法障壁』を張るわけにはいかないのだ。

 数秒の時間がえらく長く感じた。

 さっきまでの戦闘のおかげで、また少し魔力量が上がっている。

 俺の予想では、巨大魔晶石に残った魔力はゼロになるはずだ。


「あなた?」


「大丈夫」


 集中して、巨大魔晶石から素早く魔力を吸い上げていく。

 間に合わなければ爆死、あまり早く吸い上げすぎても、魔晶石へのダメージが大きく爆死だ。

 ギリギリのところで、なるべく多くの魔力を吸い上げるコントロールは、師匠からの教えに従い毎日鍛錬していた。

 俺だけでなくエリーゼがいるので、失敗するわけにはいかなかった。


「……あなた?」


「ふう……」


 これで、巨大魔晶石からすべての魔力を吸い上げたはず。

 作業は成功だと安心していたら……。


「あなた!」


「えっ?」

 

 咄嗟にエリーゼが俺に飛びかかり、二人が巨大魔晶石から離れたところで、巨大魔晶石の周辺機器が爆発を起こし、破片を飛び散らせた。

 どうやら、自爆を防ごうと魔晶石の前で作業をしている人間を爆死させる罠だったようだ。

 こんなものをつける暇があったら……以下同文。


「エリーゼ!」


 エリーゼが俺を庇ったので、負傷したのではないかと慌てて彼女を抱き起こした。


「エリーゼ、大丈夫か?」


「はい。咄嗟に『魔法障壁』を張ったので」


 俺は、作業に成功して完全に油断していたようだ。

 もしエリーゼがいなければ、大怪我をするか死んでいたかもな。


「本当、エリーゼがいてくれて助かったよ」


「ちょっと嫌な予感がしたのです」


 嫌な予感か……。


「さすがは、神官ということかな?」


「それもあるでしょうが、私はあなたの正妻ですから。夫を最後に助けるのは、やはり正妻である私の仕事なので」


 そう言われると、そんな感じがしてきた。


「エリーゼのおかげで、最後にバカみたいな理由で死ななくて助かったよ。これで俺たちの仕事は終わりだ。あーーー、疲れた。明日は王都で遊びにでも行こうか?」


 死んだプラッテ伯爵とシャーシェウド会長、完全に活動を停止した巨大ゴーレムの後片付けは、王国に任せて問題ないであろう。

 疲れたから、明日はエリーゼとデートにでも行こう。


「美味しい物が食べたいな」


「そうですね」


「エリーゼは、なにか希望でも?」


「あなたのお好きな物でいいのですが、ご褒美に二人だけで出かけたいです。特に、エリーさんは駄目ですよ。そういえば、随分と彼女から好かれているようですね」


「その話かぁ……彼女は魔族でも、年齢的に妹みたいなものだからなぁ……」


 まだ、エリーゼたちが心配するような関係じゃないのだから。


「将来はわかりませんよ。あなたにはどういうわけか、多くの女性が寄ってきますから」


「そこは否定しないけど……」


「お気をつけくださいね、あなた」


「できる限り気をつけます」


 どうにも、エリーゼには叶わないな。

 以上を持ってして、王都にかなりの被害を出した巨大ゴーレムは完全に停止し、俺の暗殺を目論んだプラッテ伯爵と魔導ギルドのシャーシェウド会長は、俺たちに返り討ちにされて死んだ。

 きっとしばらく王国も大騒ぎであろうが、別に俺は中央で役職に就いているわけではない。

 あとは知らないと思いつつ、エリーゼと手を繋ぎながら、ほっと安堵のため息をつくのであった。

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