第369話 そして何気ない日常へ……繰り返す因果?(前編)
「バウマイスター辺境伯、いるであるか?」
「はい? ああ、導師でしたか」
「また土木工事であるか?」
「ローデリヒから頼まれているのですよ。いつものことですけど……」
「バウマイスター辺境伯は働き者である!」
あの事件から一週間後
バウルブルク郊外で魔法による土木工事に勤しむ俺を、導師が訪ねて来た。
いつもの如く、王城からのメッセンジャーのようだが、彼にもっとも適した任務であろう。
プラッテ伯爵家と魔道具ギルドの後始末で中央の貴族たちは忙しく、暇な導師に使者としての仕事が回ってきたというわけだ。
「工事は終わったので、屋敷に戻りましょうか?」
「できればなにか食べさせてほしいのである!」
「エリーゼが準備しているはずです」
「それは好都合である!」
ローデリヒから頼まれた工事を終えた俺が、導師と共に『飛翔』で屋敷へと戻ると、中庭でエリーゼたちがテーブルと机を並べて昼食の準備をしていた。
「あっ、導師だ」
「美味そうな飯である! ルイーゼ嬢も手伝いであるか?」
「エリーゼが指揮の下、ボクも頑張っているよ」
「ルイーゼさん、口を動かす前に手を動かしてくださいな」
「はーーーい」
「ルイーゼ、子供たちの教育によくないわよ」
「ううっ……イーナちゃんはすっかり教育ママさんだね」
ルイーゼも、カタリーナも、イーナのみならず、妻たちみんなで昼食の準備をしていた。
「大人数だから大変じゃの」
「本当、うちは大人も子供も多いわね」
テレーゼとアマーリエ義姉さんもテーブルに食器を並べたり、料理の配膳で大忙しだ。
「そう、細く魔力を流す。それだと多すぎ」
「大分、魔力にコントロールが上手くなったな」
ヴィルマとカチヤは昼食になるまで、先に生まれた子供たちに魔法の指導をしていた。
子供たちも、魔法の訓練に集中している。
「まだまだですね」
「まったくリサに勝てる気がしないな」
「そうかしら?」
「俺とルルはまだ魔力が成長しているから、いつか魔力量でリサを抜くかもしれないが、魔法のレパートリーが……。やはり、片目の奥に『暗黒竜』が封印されているせいか……。火以外の系統が……」
「まだその設定は続いているのであるか?」
「設定ではない! 俺が暗黒竜を押さえておかなければ、大変なことになるのだ!」
「そのイメージ方法だと、火系統の魔法は強くなるけど、他の系統との相性はよくないのだけど……」
リサの言うとおりで、藤子はほぼ火魔法しか使えない魔法使いになってしまった。
その代わり、火魔法の威力はかなりのものであったけど。
他の系統を使えるようになるには、その厨二病設定はやめた方がいいような……。
「一人前の魔法使いになったら、南の海から海竜(サーペント)を駆逐して、気軽に漁と航海ができるよう、今のうちに強くなっておくのです」
そしてルルは、バランスよく魔法を習得している。
とにかく成長期なので、リサは、藤子、ルルに集中して魔法を教えていた。
「あっ、導師だ。いらっしゃい」
「エルヴィン……なにをしているのである?」
「手伝いですけど、それがなにか?」
導師は、食事の支度を手伝っているエルを見て目を丸くさせた。
リンガイア大陸の常識では、冒険者が野営する時以外でまずあり得ない……実は、奥さんに頭が上がらなくて、家では家事を手伝っている男性は意外と多いらしいけど……。
「導師様からもおっしゃってあげてください。恥ずかしいので」
ハルカは、エルに手伝いをやめるように説得してほしいとお願いした。
いまだリンガイア大陸の常識では、男性が食事の支度を手伝っていたら、『女性はなにをサボっているのだ!』と思われてしまうからだ。
唯一の例外が野営中の冒険者なわけだが、屋敷でエルが家事を手伝っているとハルカがいい顔をしない。
実は俺も同じであったが、この風習というかしきたりをどうにかしようと、俺は密かに運動していた。
エルでようやく成果が出つつあるのに……。
これまでの常識を変えるのは難しいな。
「魔族は、男性もやっているって聞いてさ。これからはヴェルの言うとおり、男性も手伝える範囲で家事や育児をしてもいいのではないかと」
「なにかに影響されたのであるか?」
「それが、昨日モールさんたちが来て……」
昨日、貿易の打ち合わせも兼ねて、モールたちが奥さんと子供を連れて遊びに来たのだ。
彼らはエリーの経営する会社で幹部候補として働き、社内で知り合った女性と結婚して子供も産まれている。
見事なまでの順応力の高さであり、恩師であるアーネストもさすがに驚いていた。
『それで、考古学の方は? 子供が 生まれたからこそ、考古学の英知を未来に残すべく、教え子たちも発掘に参加するのであるな』
『いやぁ……時間がないので……』
『先生、前にも言いましたが、考古学では飯が食えないですよ』
『時間があれば、少し手伝ってもいいかな? でも、今は育児優先で』
『我が教え子たちは、みんな忙しいのであるな』
『仕事に家事に育児に忙しいですね』
『休みはちゃんとありますけど、その時は家族優先なんですよ』
『先生、結婚するって大変なんですよ』
確かにモールたちは、なかなかアーネストの発掘を手伝えない状態であった。
『かぁーーー、恩師への配慮がなってないのであるな』
と嘆きつつも、現在のアーネストはバウマイスター辺境伯家がパトロンをしている考古学者、王国のアカデミーから派遣された学者や生徒たちと組み、王国中の地下遺跡発見と発掘を行っている。
王国政府は、アーネストには餌(遺跡と考古学調査)があれば大人しくしていると判断したわけだ。
ああ見えて面倒見はいいので、今は人間の生徒たちに色々と教えたりしている。
アーネストも『先生』と呼ばれていて、満更でもないようだ。
そんなわけで、今はたまにしかバウマイスター辺境伯領に戻って来なかった。
昨日は、教え子とその家族を見に来たわけだ。
「アーネストであるか……」
「導師って、アーネストが苦手ですね」
「そんなことはないのである。エルヴィンよ」
導師は体育会系で、アーネストは完全な文科系。
相性が悪いのもあるが、実は自分の好きなことを優先するなど、似ている部分も多い。
近親憎悪も混じって、二人は相性が悪いのかもしれない。
今は共にほぼ同じ魔力量という点も、お互いを意識させるのかもしれなかった。
「大体、あの男と器合わせをしたから、某の魔力は奴と同じところで成長が止まってしまったのである!」
「それは言いがかりのような……」
「俺もそう思う」
導師、それは完全な言いがかりです。
もしエリーと器合わせをしても、導師の魔力はアーネストと同量までしか増えなかっただろうから。
そこが導師の限界だった……それにしても、人間離れした魔力量なのは確かであった。
「話が反れました。モールたちは手伝いをしていましたよ」
実は、モールたちは共働きであった。
奥さんたちは、出産後の育休を経てに仕事に復帰している。
魔王様の会社は、ライラさんがちゃんと育休制度を導入していたようだ。
家臣(社員)の育休制度を整える宰相(ライラさん)……。
シュールだな。
唯一問題があるとすれば、自分が作った育休制度を本人が利用できていない点か……。
とにかく、彼らには食事の支度を手伝うなど習慣がついていたのだ。
「この流れが、いつかリンガイア大陸にも入ってくる可能性が高いじゃないですか。先端を行くってのはいいですよ。なあ、ヴェル」
「それはいいけど、エル、お前は絶対に料理を作るな」
男性が家事を手伝おうと手伝うまいと、それは個人や夫婦間の問題だと思う。
できれば手伝ってほしいと俺は密かに運動しているが、強制するつもりはない。
だが、エルが料理をするととんでもなく不味いものが出てくるので、調理だけはやめてほしかった。
「ええーーーっ、最近ハルカの料理を見て、俺もいけると……」
「いけない」
和食に似たミズホ料理は、色々と繊細なのだ。
味覚の許容範囲が広すぎるエルには向いていないと思う。
「食材が勿体ないから駄目」
「ヴェルが酷い……」
俺は全然酷くない。
失敗料理なんて食べたくないからだ。
それに、お母さんから言われなかったか?
食べ物を無駄にしてはいけないって。
「ヴェンデリン、息災か?」
「バウマイスター辺境伯殿、お邪魔します」
「本当に陛下は、幻の魔法『瞬間移動』が使えるようになったんすね」
突然、視界にエリー、ライラさん、ルミの三人が現れた。
オットーの事件で俺と器合わせをしたエリーであったが、俺とは違って器合わせの恩恵をあまり受けていないように見えた。
ところが、これまで魔族では滅多に使える者がいなかった『瞬間移動』を習得し、今では各地を自由に移動できるようになっていた。
今日も、アキツシマ島、バウマイスター辺境伯領西部での視察を終え、今日の昼食会にも参加している。
「器合わせで使える魔法の種類が増えることはよくあるのであるが、それは魔力量が増えてから、というのがこれまでの定説である。不思議である」
俺とエリーの器合わせでは、俺が彼女の魔力量まで増えたのみで、エリーにはなんの変化もなかったからな。
今も成長期なので魔力量が増え続けているけど、魔族は元々『瞬間移動』が使えないものとされていた。
ということは、俺と器合わせをしたおかげとも考えられるのだ。
「理屈はわからぬが、便利な魔法よな。我が社の拡大と、交通費の削減に大いに貢献しているぞ」
「陛下、利益率の改善も期待できます。自前で『瞬間移動』を持つことがこれほど便利とは……」
「一瞬で取材先まで行ける。便利っすね」
「ブンヤであるか。取材といっても、ただの昼食会である」
「導師さん、ここはバウマイスター辺境伯さんの家族団欒を取材して、世論が好感を持ってくれるように記事を書こうかと思いまして。大スクープのお礼っすね」
ルミは、オットー一味とオズワルド議員による暗殺未遂事件の詳細を独占でスクープして大金星をあげた。
「会社の上層部の連中は顔を渋くさせていたっすけどね。どうせ自分を処罰できないので、気にしては負けっす」
現役の議員が王国貴族と魔導具ギルドから暗殺の仲介役を請け負い、高額の仲介料を受け取っていたのだ。
現在、政府与党である民権党は世論と野党から同時に叩かれ、ほぼ機能不全の状態に陥っている。
任期満了前に議会を解散することを阻止できず、次の選挙では惨敗すると、多くの新聞で予想されるあり様だった。
無理やり任期満了まで居座ると、余計に批判が増して選挙に勝てなくなる可能性があり、今はいつ議会を解散するか決めている最中だそうだ。
「オズワルド議員は?」
「政治資金の流用と脱税で起訴されるでしょうが、罰金と執行猶予つきの判決がせいぜいだと思うっす。バウマイスター辺境伯さんの暗殺を受け負った件は、実行犯でもないですし、事件は他国の領土で起こっています。起訴できないそうっす」
「そんなことだろうと思った」
それにもし、魔族の政治家が暗殺未遂事件に関与している事実を認めてしまうと、王国との交渉の席でその件について責められることは確実だからだ。
外交交渉で不利になってしまうので、ゾヌターク共和国政府はオズワルド議員を暗殺未遂容疑で逮捕できないのであろう。
「政府としては、実行犯たちはこのままゾヌターク共和国に戻って来ない方がいいと思っているっすね」
戻って来ても、俺の暗殺を試みた容疑では逮捕できない。
ゾヌターク共和国国内で起こった事件でないので、法的に逮捕できないのだ。
かといって、そのまま無視すれば事実は新聞で報道されている。
『他国とはいえ、大貴族を暗殺しようとして無罪なのは、法治国家としてどうなのか?』という批判が出てくるのだろう。
「民権党の議員には弁護士も多いっすからね。法を拡大解釈して逮捕すれば、オットーのような連中からは売国奴だと批判され、逮捕しなければ自分たちの支持母体から人権侵害だと批判が出てしまう」
リーダーのオットーは死んだが、他の暗殺に参加した九名と、彼らが乗ってきた魔導飛行船の乗組員たちはいまだ収監されていた。
今も拘束用の魔力を吸収するコードをつけられ、簡単に脱走できないようになっている。
「トカゲの尻尾切りである!」
「導師さんからそう言われてしまうと反論できないっすね。そんなわけでして、現在、我が国の政治は大混乱っす。民権党政権も儚かったっすねぇ……」
「これは陛下からの情報であるが、現在交渉団は国権党の政治家たちと話し合っているのである! あの連中の方が、手強いながらも交渉できるだけマシだと陛下は仰っていたのである」
どうせもうすぐ議会の解散と選挙が行われる予定で、大方の予想では民権党が惨敗するであろう言われていた。
それならば、早めに次の政権を担う連中と話し合いをした方がいいわけだ。
「交渉団団長のレミー氏が、議会の解散と選挙が近いからという理由で、勝手に帰国して批判されているっすね。団長なのに責任感の欠片もないと」
選挙に通らなければ、政治家では政治家ではなくなる。
気持ちはわかるが、交渉団の団長なのに、重要な外交交渉をサボって選挙準備に入った彼女に対し、世論の批判は大きいようだ。
「サルは木から落ちてもサルだけど、政治家は選挙に落ちればただの人だな」
「おおっ! バウマイスター辺境伯さん! それって至言っすね。メモメモ……」
ルミは、俺の発言をメモし始めた。
実はこの言葉、嫌々労働組合の命令で選挙応援に行った時、年配の上司から聞いたものだ。
政治家として綺麗事を言ったり、他人から敬意を払われるため、あいつらは選挙に落ちないよう必死なのだと。
義務で入った労働組合だったが、組合費は高く、幹部連中がそれを使って豪遊している噂もあったし、そうでなくても残業だらけなのに休日に動員があったり、俺の記憶の中ではあまり役に立った記憶はない。
そういえば、民権党の支持母体も労働組合だった。
あの連中にはあまり期待できまい。
「バウマイスター辺境伯さんは、民主主義をよく理解しているっすね」
「そうかな?」
前世では、民主主義の世界にいたが、もの凄く詳しいかと言われると微妙なところだ。
「国権党の政治家が、王国の貴族は予想以上に民主主義を理解していて交渉がやり難いって言ってたっす」
「陛下は、バウマイスター辺境伯からたまに話を聞いていたのである!」
『魔族の政治形態についてどう思うか?』と聞かれたので、私見を話しただけだ。
それなりに参考になったらしい。
外交交渉では、上手くそれを利用して交渉を進めているのであろう。
「もう少し時間が経てば、それなりに落ち着くと思うっすよ」
「我々の方は、もっと早く片付いたのである!」
俺への暗殺未遂事件への関与で、魔道具ギルドは解散はないが、独立した組織としては終焉を迎えた。
帝国と同じく魔導ギルドの一部門として再スタートすることになり、それに反発する旧上層部と年寄りたちが組織から追放されている。
その代わり、若い魔道具職人たちが幹部に指名され、魔導ギルドと協力して魔導技術の発展を目指すことになった。
特に最優先なのは、魔族の魔導技術に追いつく切り札となりそうな『魔法陣板』の量産化と、刻み込む魔法陣のパターン研究であろう。
日本でいえば、半導体と制御プログラムの開発をするようなものだ。
もし成功すれば、魔族の魔道具に十分対抗可能らしい。
となるとやはり、以前のやり方を変えられない老人は不要だな。
若い魔道具職人たちは、両ギルドの対立を冷ややかな目で見ていたそうで、今は楽しく研究を続けているそうだ。
ただ、魔法陣を刻み込むシリコン製と極限鋼製の板は、俺がしばらく供給しなければならない。
元々極限鋼は俺しか作れないので、俺が供給するしかないのだけど。
勿論この世界の人間はケイ素なんて元素は知らないので、焼き物の亜種とはいえ、シリコンも提供しなければいけなかった。
「仕事が増えて面倒です。導師」
「我が国のためである。我慢するのである」
導師、あなたは我慢したことがあるのでしょうか?
俺はないと思っています。
「追放されずに済んだ魔道具ギルドの年寄りたちであるが、みんなヒラに降格して魔道具作りに精を出しているのである!」
「クビじゃないんですね」
「魔力とスキルが勿体ないのである!」
魔道具ギルドのトップであるシャーシェウド会長は死んだが、罪人として永遠に不名誉な記録が残ることになった。
一族に魔法を使える者が一人もいないにも関わらず、彼のコネで魔道具ギルドの役職や、魔道具の工房や関連した商会に職を得ていた者たちがいたが、あからさまな職権乱用なので全員クビになってしまった。
殊更陛下が強要したわけではないが、コネで人を雇うのは、その人物のバックから得られる利益に期待してのことだ。
罪人となったシャーシェウド会長の類縁を雇っても、利益どころか損失しか出ない。
魔法の才能は遺伝しないので、彼の一族に魔法が使える者は一人もおらず、彼らの働かずに贅沢できるバラ色の人生は、いきなり終了してしまったわけだ。
これまでシャーシェウド会長のおかげで得をしてきたのだから、彼の失脚と同時にすべて失っても、そこに同情する余地はあまりなかった。
そのような幸福が永遠に続くと勘違いしていた、想像力のなさが不幸の原因であろう。
今は、隠れるように生活していると聞く。
「シャーシェウド会長は死んだが、魔道具ギルドに残った年寄り連中は、魔道具の生産量向上に死ぬまで貢献してもらうのである! 陛下が言い含めているので、もし逃げたらシャーシェウド会長と同じ運命だと言っているのである! なにより、追放された連中よりもマシである!」
加齢で多少衰えているが、魔道具作りができないわけではない。
魔道具職人の給金はいいが、死んだシャーシェウド会長と共に魔道具ギルドに大きな損害を与えているので、これからその損失分を罰金として納めなければならない。
コネで押し込んでいた一族が全員ニートになったので、彼らの面倒を見ながら生活するとなると、庶民並の生活になってしまうであろう。
これは、かなり辛辣な罰かもしれない。
「外交交渉は、国権党とやらの議員たちがテラハレス諸島群に来ているのである! 連中は、テラハレス諸島群の設備をホールミア辺境伯に譲って撤退する意図があるようである!」
あんな遠方にある孤島群なんて、魔族もいらないのであろう。
警備隊の駐留経費、あまり役に立たない青年軍属たちへの手当もあり、維持すればするだけ大赤字になってしまう。
とっとと、元の持ち主だと主張するホールミア辺境伯に返してしまった方がいいと思っているようだ。
外交交渉が始まってからも増築されて建物などは増えていたが、それは残していくらしい。
解体すると余計に費用がかかるし、公式にそうとは言わないが、ホールミア辺境伯への謝罪を兼ねたお礼というわけだ。
領有権は主張していたが、これまでまったく使用していなかった島に建造物があったとして、ホールミア辺境伯になんの利益があるのか、という疑問はあるけど。
テラハレス諸島群を貿易の中継地にするという案も出ていたが、やはり場所が不便だという理由で使用されないことになった。
双方、すでにある港で貿易に関する手続きをした方が早いという事実があり、ホールミア辺境伯が返還されたテラハレス諸島群をどうするのかは不明であった。
「うちの領地ではないですからね」
「王国直轄地でもないのである。漁業基地にするという意見が出ているようである」
実はあの島々、そのくらいしか使い道がなかった。
農業に適さず、水が不足しやすいので、あまり多くの人が住めないのだ。
魔道具である海水を真水にろ過する装置を使い、漁船の休憩地にするくらいが一番いいのかもしれない。
建物が残るので、そんなに経費もかからないはずだ。
「先生、お食事の支度ができましたよ」
「導師様もどうぞ」
「おおっ! すまないのである」
「今日は、私も結構手伝いましたよ」
「ベッティは、兄さんに似て料理が上手だからな」
「お兄ちゃんの唯一の特技ですからね」
昼食の支度ができたと、アグネス、シンディ、ベッティが呼びにきてくれた。
この三人も結局俺の妻になり、子供も産まれ、今の生活にも十分に馴染んでいた。
今日も、エリーゼたちと昼食の支度を手伝っている。
「旦那様、今日はアキツシマ島冲産のサーペントの肉料理がメインです」
「涼子、雪、サーペントって減ったか?」
「アキツシマ島の近くはそれなりにですね」
「他の海域はそうでもないです」
普段は飾りながらもアキツシマ島の代官である涼子と、実質代官職として働いている雪も今日はこの食事会に呼ばれていた。
二人の隣には、親父が曲者っぽい名前の唯もいる。
今日は、もうすぐ結婚式を迎えるフィリーネ以外、俺の奥さんが全員揃っていた。
「島の方はいいのであるか?」
「久秀殿に任せています」
導師の問いに、雪が答えた。
アキツシマ島の元領主階級の人間からすれば、涼子、雪、唯の三名はできる限り俺の傍にいて沢山子供を産んでくれ。
その子は、うちに嫁入りなり婿入りさせるからと、今は週の半分以上はバウルブルクの屋敷にいる。
その間の執務は、唯の父親である久秀が代行していた。
唯が産んだ子供が上級魔法使いになれそうな素質があり、松永家の跡取りとして申し分ないので、彼はウキウキしながら執務を代行している。
もっとも『唯にもっと子供を産ませて、うちの家に嫁としてくれ』、『跡取りにするから婿にくれ』と希望が殺到して大変なようだ。
涼子と雪にも、『公式の行事以外はバウルブルクですごし、もっと沢山子供を産んでください』と懇願したという事情もあるようだ。
「子孫繁栄である」
「導師も子供が沢山いますよね?」
「バウマイスター辺境伯ほどではないのである」
「そうだな。うちなんて一人娘だからな」
一人娘を異常に可愛がるブランタークさんも、俺と導師の話に加わってきた。
前世では考えられない子沢山だが、これもこの世界の定め。
魔族の国は令和日本に近かったが、他はこの世界なりの常識がある。
俺はもう完全にこの世界の人間になってしまったのだと思っていた。
魔法が使えても不自然に感じないし、貴族にもなったし、広大な領地もある。
王族や貴族との柵は面倒だが、今は毎日充実した日々をすごしていると言っても過言ではないであろう。
唯一の懸念は、向こうの世界の一宮信吾の体はどうなってしまったのか?
体を乗っ取った形になってしまったヴェンデリンがどうなったのか?
疑問は尽きないが、確認する術がない。
「ヴェル、腹減ったな」
「そうだな。席について飯にするか」
「ほほほっ、余は客人なのでヴェンデリンの隣の席だな」
「エリー様も懲りないね」
「ルイーゼさん、エリー様は貿易でバウマイスター辺境伯家に大きな利益をもたらしてくれる重要なお客様ですから。反対側の隣は私が座りますけど……」
「エリーゼもちゃっかりしてるなぁ……。それはわかっているけどね。エリーゼは正妻だから」
当主として一番の上座に座り、その両脇にエリーとエリーゼが座った。
「それでは、両家の繁栄を祝って乾杯」
「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」
俺の合図で、みんながワインの入ったグラスを掲げて乾杯した。
「それにしても、この未開地にはなにもなかったのであるが、随分と発展したものである」
「無人の地がこれだからな」
導師とブランタークさんがワインを飲みながら、今も拡大を続けるバウルブルクについて話し始める。
改めてそう言われると不思議な気持ちになるが、それを俺がなしているのも事実であった。
でもそのおかげで、俺がこの世界に召喚されたのには、なにか意味があったのだと考えられるようになった。
多分俺はこの世界で、一宮信吾ではなくヴェンデリンとして生きて死んでいくはず。
そして俺の死後、バウマイスター辺境伯家はどうなるのであろうか?
無事に何代か続けばいいなと思いつつ、俺はグラスに入ったワインを飲み干すのであった。
バウマイスター辺境伯家は、今日も賑やかだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます