第367話 それって、八つ当たりじゃあ……巨大ゴーレム登場!(その4)

『大魔神の価値がわからぬとは愚かな。バウマイスター辺境伯、王城と共に貴様も倒してやる!』




 どうやらプラッテ伯爵もシャーシェウド会長も、俺を殺さないと気が済まないようだな。

 ならば相手をしてやるとしよう。

 不毛な会話であったが、その間に王国軍とイーナたちが上手く住民を避難させてくれたようだ。

 エリーゼは、避難先で負傷者の治療にあたっている。

 ここで戦うと町に損害が出てしまうが、王城を破壊させるわけにもいかない。

 巨大ゴーレムを食い止めつつ、活動停止に追い込むしかないな。


「魔力は上がっているんだ。いけるか?」


「バウマイスター辺境伯、某も手伝うのである!」


 突然導師の声が聞こえたと思ったら、遥か上空から猛スピードの塊が飛んできて、巨大ゴーレムの胴体を直撃した。

 落下速度と『魔法障壁』の硬さを利用した、導師必殺の体当たり攻撃である。

 俺は、絶対に真似しようとは思わないが。

 痛くはないと思うが、衝撃で脳震盪でも起こさないかと心配になってしまうのだ。


「ううむ……胴体に傷一つつかないのである!」


 もの凄い速度で巨大ゴーレムの胴体に体当たりした導師であったが、何事もなかったかのように『飛翔』で俺の隣まで上昇してきた。

 巨大ゴーレムも無傷であったが導師も無傷であり、俺は彼の人間離れした頑丈さに恐怖した。

 

『当たり前だ! 大魔神には、極限鋼を大量に使用しているのだからな』


 人が苦労して作った極限鋼を、そんな使い方をするとはな……。

 研究で使うから大量に売ってほしいという要望に応えてあげたのに、それは本来、橋の橋脚や鉄筋代わりに使うものだ。

 魔銃や魔砲の素材としての需要もあるとは聞いているが、まだそっちの方がマシな使い方だろうな。


「あの巨大ゴーレムの装甲をすべて極限鋼にしたのか……」


 一体、どれだけの経費を使ったのであろうか?

 俺は魔道具ギルドの金満ぶりに驚きつつも、そんなお金があったらもっと使える魔道具の研究費に回せと言いたかった。


「導師、無茶すんなよ。ほら、魔法の効果が薄いじゃないか」


 避難誘導を終えたブランタークさんも俺と導師に合流し、試しに『火球』を巨大ゴーレムに放ったが、『火球』は極限鋼製の装甲に弾かれてしまう。

 自分で作っておいてなんだが、極限鋼が軍事機密に指定されているのは当たり前か。


「おおっ! 幻の反魔法金属ではないか!」


「バウマイスター辺境伯が再現に成功していたとは……多くの企業や研究所が試作を繰り返しているのですが、いまだに成功していない古代のロストテクノロジーです」


 王城にいたエリーとライラさんも俺たちに合流したが、二人は巨大ゴーレムの装甲に使われている極限鋼を見て驚いていた。

 極限鋼は古の魔族も製造していたが、今は完全なロストテクノロジー扱いらしい。

 いつの間にか製造技術が失われ、魔族の間では幻の錬金金属扱いなのだそうだ。


「さすがはヴェンデリンだな」


 エリーは、嬉しそうに俺と腕を組んだ。

 彼女の胸はまだ小さいが、俺の腕に押しつけられるとその感触が心地よい。


「ヴェルも鼻の下を伸ばさない」


「ルイーゼ、俺は鼻の下は伸ばしていないぞ」


 目の前に王城に向けて魔砲を連発する巨大ゴーレムがおり、『魔法障壁』で防ぐのが忙しい。

 それどころではないのだ。

 エリーも『魔法障壁』の展開に協力してくれており、決してそういう意図で俺と腕を組んでいるわけではない……よね?


「そうだ、ルイーゼ殿。これは余とヴェンデリンが協力して『魔法障壁』を張るのに必要な行為なのだ」


 避難誘導を終えて合流したルイーゼが、突然後ろから話しかけてきたので驚いてしまった。


「ライラさん、いいの?」


「害のある方との交友については諫言いたしますが、バウマイスター辺境伯殿については、特になにも」


 ルイーゼはライラさんに、俺とエリーが腕を組んでいるがいいのかと尋ねたが、彼女は気にしていないようであった。


「古の魔族とは、魔力の多い者を尊敬、敬愛する種族なのです。バウマイスター辺境伯殿は、魔力量で陛下に互する存在。陛下が親密になろうとするのはわかります」


「魔族は本能に忠実だねぇ……」


「ルイーゼ殿、魔族が欲望に忠実だなんて、それは大昔の書物などの記載のみです。人間とそう変わりませんよ」


 その誤解は解いておくといった感じで、ライラさんはルイーゼの発言を訂正した。


「こんなしょうもない理由で巨大ゴーレムを出撃させる人間の方が、よっぽど本能に忠実なのでは?」


「ううっ、それは否定できない……」


 確かに、誰が見てもあの二人は大バカでしかないな。


「ヴェル、イーナちゃんたちが怒らないといいね」


「どうして俺が怒られないといけないんだ?」


 別に、浮気をしたわけでもないし……。

 それよりも、住民の避難誘導はすべて終わったのであろうか? 


「そっちは大丈夫、王国軍も協力してくれたから。エリーゼは怪我人の治療を始めているよ。でも、あのデカブツが少しでも進路を変えると、また逃げないと駄目だけどね」


 こんな、よく東京を破壊する某怪獣のような巨大ゴーレムだ。

 人が住む場所で動かしていいような代物ではない。


「まったく、貴族の風上にも置けない方々ですわ」


「近くで見ると、本当に大きいですね……」


「マックスが乗り込んだものの巨大版か……。戦闘力は高そうに見えるが、オリジナリティーは薄い。今の魔道具ギルドの問題点を具現化したような代物よな」


 カタリーナ、リサ、テレーゼも合流し、これで戦力は整った。


「旦那様、どうやって破壊するのでしょうか?」


「どうしようか?」


 リサに巨大ゴーレムの倒し方を聞かれたのだが、俺もさっぱりわからなかった。

 装甲が極限鋼製なので、かなり高威力の魔法でもあまり効果がなかったからだ。

 導師による一撃でも無傷なのは痛い。


「えーーーっ、ヴェルはなにか案があると思っていた」


「あったんだけど、できないことが判明した」


 いくら極限鋼でも、俺が魔法で素材構成を変えてしまえば強度が脆くなってしまう。

 そう考えて接近戦を望もうとしたら、巨大ゴーレムには特殊な『錬金阻害塗料』が塗布されており、素材構成を変えて極限鋼でなくしてしまう案の実行が困難であった。

 その前に、あの巨大ゴーレムに長時間取りつかせてくれるほど、プラッテ伯爵たちも甘くはないであろう。


「どうしようか?」


「派手にぶち壊す」


「ルイーゼさん、ここでは無理ですわ」


 下手に高威力の魔法で破壊すると、なにしろあの巨体を動かす魔晶石が搭載されているのだ。

 魔晶石は高威力の魔法に曝されると誘爆するケースがあり、もしそうなれば王城もその周辺区画もただでは済まない。


「ただ勝てばいいというわけにはいきません」


 リサの言うとおりだ。 

 それでいいなら、とっくに導師が全力で戦っているはず。

 破壊できても、王城とその周辺地域に被害があったら意味がない。

 その点、すでに家族まで見捨てて帝国に亡命するつもりのプラッテ伯爵たちは自由に行動できた。

 巨大ゴーレムが動く度に足物の建物が踏みつぶされていくが、気にする必要もないのだから。


「ヴェンデリンさん、導師様。どうなされますか?」


「どこか、人のいない場所に運ぶのである!」


「また無茶を言うな、導師」


 ブランタークさんは呆れ顔だ。

 全長五十メートル近い巨大なほぼ極限鋼製のゴーレムを、王都の中心部から人がいない郊外へと運ぶ。

 どう考えても、物理的に不可能だからだ。

 一体、あの巨大ゴーレムが何トンあると思っているのだ。

 しかも持ちあげて数十キロ先の無人の土地まで運ぶ。

 そんな魔力は、いくら導師でも持っていないはずだ。


「策ならあるのである!」


「どんな策だ? 導師」


 ブランタークさんが、そんなものがあるのかと懐疑的な表情を浮かべた。


「某、いまだ魔族とは器合わせをしておらず、つまりまだ魔力が増える余地があるのである!」


 導師は、四十歳をすぎていまだ魔力が増え続けている特殊な人だ。

 これまでは魔族との器合わせを拒否していたが、ついにそれを実行する決断をしたわけだ。

 

「導師なら、今の辺境伯様の魔力に迫れるか?」


「あのデカブツを倒すのに、バウマイスター辺境伯は魔力を保持していてもらわないと困るのである!」


 今の俺なら全力を出せば巨大ゴーレムは倒せるはずだが、ここで倒せば被害は甚大なものとなろう。

 被害を抑えようと攻撃を手加減して、失敗したら目も当てられない。

 そこで導師が、全力で巨大ゴーレムを王都郊外にある無人の土地に運ぼうと言うのだ。


「いい策だな。じゃあ、早速器合わせを」


「というわけである。陛下」


「えっ? 余がか?」


「左様、バウマイスター辺境伯とライラ殿は忙しいゆえに」


 実はこんな話をしながらも、俺たちは忙しかった。

 大魔神を操るプラッテ伯爵たちが、容赦なく巨大ゴーレムの腹部に配置された魔砲を連発していたからだ。

 そのまま放置すると王城が壊れるので、みんなで『魔法障壁』を張って防いでいる状態であった。

 『魔法障壁』によって弾かれた砲弾が落下して一部貴族の屋敷に被害が出ているが、みんな避難して無人なので犠牲者は出ていない。

 あとで、屋敷を壊された貴族たちから文句を言われるかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合でなかった。


「導師、早くぅ!」


「ちっ! 胴体だけじゃねえのかよ!」


 王城に被害が出ないことに焦ったプラッテ伯爵たちは、腰、太腿、肩にも装備されていた魔砲を連発し始めた。

 ブランタークさんは、防ぐ砲弾が増えて途端に機嫌が悪くなる。


「急ぐのである!」


「嫌じゃ」


「「「「「「「はあ?」」」」」」」」


 まさかの、器合わせの拒否という回答に、俺たちは全員一斉にエリーを見てしまった。


「余も『魔法障壁』の展開を手伝おうかな」


「いえ、それよりも器合わせです。陛下、なにか嫌な理由でもあるのでしょうか?」


 魔族には、異性同士の器合わせに関する風習など存在しない。

 なのに導師との器合わせを拒否したエリーに対し、ライラさんがその真意を問い質した。


「ヴェンデリンと器合わせをした時。こう体がポカポカと温かくなって、気分が落ち着いて、心地よい気分になったのだ。昔、ライラと器合わせをした時にはそんな感覚はなかったのに不思議なものよ。つまり……」


「つまり?」


「もうヴェンデリン以外とは器合わせをしたくない。同性はいいが、異性は断固拒否する!」


「なっ……」


 エリーのあんまりな言い分に、ブランタークさんは顎が外れるかと思うほど口をあんぐりとさせていた。


「じゃあ、俺が代わりに……」


「辺境伯様は守備の要だ! 魔王様に代理はできない!」

 

 まだ巨大ゴーレムが魔砲を隠し持っている可能性があった。

 これ以上魔砲を連発されると、エリーでは対処できないであろう。

 経験不足なのもあり、咄嗟にリサ、カタリーナ、ルイーゼ、ブランタークさんの補佐に入れない可能性があり、彼女に任せられないのが現状なのだ。


「それに、今の辺境伯様はそれどころじゃない」


「それどころじゃない? ゴーレムからの攻撃に対する防戦で忙しいからですか?」


「違う。ある意味もっと厄介かな?」


 ブランタークさんからそう言われた直後、俺は複数の殺気を一斉に感じた。

 順番に見てみると、俺の妻たちがいわくあり気な笑顔を浮かべている。

 よく見ると、目が笑っていない。


「ヴェル、また?」


 俺には、ルイーゼが言っていることの意味がわからないな……。


「ヴェンデリンさん、今度は魔族の方ですか?」


「私は別に異論はありませんが……」  


 カタリーナ、リサ、本当に誤解だから。


「今にして思うと、別空間に飛ばされたヴェルの救出に行ったくらいだから、魔王様もねぇ……」


 イーナ、だからそれは友情であって、恋愛感情は一切なくて……まったくないとは言えないか?


「今さら一人くらい増えても同じ」


「だよなぁ。なんかもう慣れちゃったしさぁ」


 ヴィルマ、カチヤ、だから誤解なんだって!


「ヴェンデリン、お主を見ていると退屈せぬの。エリーゼがなんと言うか興味あるの」


 テレーゼ、俺の人生はテレーゼの娯楽じゃないんだぞ!

 散々な言われ方であるが、別に俺とエリーは男女の関係になどないし、種族の壁もある。

 彼女と結婚なんてするわけがないじゃないか。


「あなた」


「エリーゼ?」


 ここで、救助した怪我人の治療を終えたエリーゼがエルとハルカを護衛にイーナたちと合流した。

 残念ながら、これまでの一連のやり取りをすべて聞かれてしまったようだ。

 イーナたちと同じく、底冷えのしそうな笑みを浮かべている。


「あなた、今はそれどころではありません。ご武運を御祈りいたしております」


 以外にも、エリーゼはエリーについてなにも聞いてこなかった。

 確かに、今はそれどころではないのだが……。


「終わったらお話がありますから」


 やっぱり、そう来たか!

 せっかく巨大ゴーレムを倒しても、そのあとで俺はエリーとの関係についてエリーゼから尋問されてしまう。

 というか、俺がエリーを口説いたわけでも、浮気をしているわけでもない。

 ただ、エリーが導師との器合わせを拒否しただけなのに、こんなに理不尽なことはないと思う。


「ライラ殿はどうであろうか?」


 エリーから器合わせを拒否されたショックを見せず、導師はライラさんに器合わせを頼んでみた。


「私もできれば遠慮したいです……」


「導師、人気ないな」


「某、なにか悪いことでもしたのであるか?」


 それについては、他者から見ても思い当たる節が色々とあるような気がする。


「じゃあ、作戦が実行できないじゃないか「待つのであるな!」」


 導師の魔力を器合わせで増やすという策が駄目になるかと思われたその時、突然あの男が現れた。

 最近、まったく存在感がなかったあの男。

 監視はつけているが、遺跡発掘、レポート作製、食事、風呂、睡眠以外はなにもしない、外出も発掘の時だけというある意味究極のヒキコモリ、アーネストが突然姿を見せたのだ。


「どうやって王都に?」


「我が輩、王国の依頼で地下遺跡の場所を探る仕事をしていたのであるな」


 えっ? 

 そんな仕事、お前、いつの間に受けていたんだ?


「エリーゼ?」


「ローデリヒさんが、陛下から依頼を受けまして。アーネストさんに逃亡の危険はないと判断したそうです」


 こいつは、地下遺跡が沢山ある場所なら喜んでいくらでも滞在するからな。

 バウマイスター辺境伯領の地下遺跡探索が大分進んだため、王国に猜疑心を抱かれないよう、王国直轄地の地下遺跡調査も請け負うようになったらしい。

 今日はたまたま王都郊外にいたため、ここに駆けつけてきたわけだ。


「我が輩なら、アームストロング導師と器合わせができるのであるな。これも、あの巨大ゴーレムが万が一にも地下遺跡に害をなさないようにするためであるな」


 アーネストの魔力は、エリー、オットーに次ぐ多さであった。

 実はライラさんよりも魔力量が多く、器合わせをする相手には向いていた。


「お主であるか?」


「今は個人的な嗜好を優先させる時ではないと、我が輩は思うのであるな」


「うぐっ……」

 

 導師にとってアーネストは苦手な部類の人間に入るが、この状況で個人的な感情を優先させるべきではない。

 正論をアーネストから言われ、導師は余計に顔を顰めさせた。


「すぐに器合わせをするのである!」


「戦闘は任せるのであるな。我が輩、基本的に頭脳労働者なのであるな」


「元々、期待していないのである!」


 導師は言われんでもという顔をしながら、アーネストと手を繋いで器合わせを開始した。

 その間、俺たちは防戦に務めていたが、無事に器合わせが成功した。

 導師がパワーアップしたのがよくわかる。


「では、早速やるのである!」


 魔力容量が増えた分は魔法の袋に入った魔晶石で魔力を補給し、導師は大量の魔力を使って身体能力を強化した。


「いけそうである! 続くのである!」


 導師は、先頭となって巨大ゴーレムへと接近を開始する。


『させるか!』


 プラッテ伯爵が巨大ゴーレムの操作を手伝い、装備された複数の魔砲を乱射し続けるが、それらはすべてルイーゼたちが『魔法障壁』で弾いていく。

 

「ふんぬぉぁーーー!」


 無事に巨大ゴーレムに取りついた導師は、両腕でその胴体を抱え込み、唸り声をあげながら『飛翔』で上昇しようとする。

 このまま巨大ゴーレムを持ちあげてから、王都郊外へと運ぼうとしているのだ。


「うぬぅおぁーーー!」


 だが、巨大ゴーレムは一ミリも地面から浮かび上がっていなかった。


「駄目だな」


「そうですね……」


 いくら導師の魔力がアーネストクラスになったといえ、そう簡単にあの巨大ゴーレムを持ちあげられるはずがないと思うのだが。

 俺とブランタークさんは、この試みは失敗したと思った。


「バウマイスター辺境伯以外、『飛翔』が使える者は、全員手伝うのである!」


「えーーーっ! ボクたちも?」


「そうである! もう少しなのである!」


 一緒に巨大ゴーレムを持ちあげるのを手伝ってほしい。

 そう導師から頼まれて、ルイーゼは微妙な表情を浮かべた。

 間違いなく、ルイーゼたちが救援しても成功しないと思っているからだ。

 俺も、持ち上がるはずないだろうと思っている。


「もう少しなのである!」


「わかったよ……。ほらみんなも」


「本当に大丈夫なのですか?」


「魔族でも、あれほど巨大なゴーレムを持ちあげる者などおらぬぞ」


「そうですよね、陛下」


「他に手がないと、ここで壊して被害が甚大になる方を選ばなければならぬ。やるだけやってみようではないか」


「私、『身体強化』系の魔法は少し苦手なのですが……」


「気をつけて手伝うぞ」


 ブランタークさんの指示でルイーゼたちも巨大ゴーレムに取りつき、『飛翔』で一緒に浮かび上がろうとする。

 怪力の導師が駄目なのに、力は常人のブランタークさんたちが手伝っても同じような……。

 と思ったら、本当に巨大ゴーレムが宙に浮き始めた。


『このカトンボ共が! 大魔神を持ちあげるな!』


 プラッテ伯爵が苦情を述べるが、みんなそれを無視して巨大ゴーレムを上空百メートルほどまでに浮かせた。

 途中、巨大ゴーレムがその腕で取りついた導師たちを振り払おうとしたが、その前にライラさんとリサが両腕に取りついて上空へと飛んでいく。

 巨大ゴーレムは万歳をしたような格好となり、身動きが取れなくなってしまった。

 

『この野郎! 叩き落としてやる!』


「死ぬぞ、プラッテ伯爵」


『どういうことだ? バウマイスター辺境伯』


 それはそうだろう。 

 魔法で飛べない人間が、高度百メートルから落下して生きていられるはずがない。

 巨大ゴーレムの操縦席には魔法でGや衝撃を緩和する機能があるかもしれないが、ないかもしれない。

 巨大ゴーレムごと落下したら、プラッテ伯爵は水風船のように破裂すると思う。

 人間は、そんなに頑丈にできていないのだから。


「ちょっとした教養から得た知識で忠告しておく」


 もし巨大ゴーレムに張り付いているルイーゼたちに手を出すと、人数が減って巨大ゴーレムを『飛翔』で浮かせておくことができなくなるかもしれない。

 そうなれば、そのまま落下してプラッテ伯爵たちは死ぬであろう。


「それを考えると、持ちあげた時点で勝ちなのか?」


 一見なにも考えていないように見えて、実は導師、ちゃんと計算しているとか?

 ……たまたまか。


『バウマイスター辺境伯、これまでの無礼許してやらんでもない。私をこの巨大ゴーレムから救出したらだが』


「おい……」


 死ぬぞ、と言われて恐ろしくなったのか?

 プラッテ伯爵は、俺との和解を求めてきた。


「バカなんじゃないの」


「今さらですわね」


「陛下から生死を問わずで捕縛命令が出ているので、救出はあり得ません」


「こんな大騒ぎを起こしておいて、今さら降伏か? お主にできることを教えてやろう。このまま反逆者として死ね」


 ルイーゼ、カタリーナ、リサ、テレーゼは、容赦なくプラッテ伯爵を批判、死刑宣告を出した。

 確かに、これだけの騒ぎを起こしておいて、今さら助けてくれとは虫がよすぎる。

 王都の惨状を見るに、死刑以外はあり得ないな。


「ヴェンデリン、このまま上空から叩き落とせば壊れるかの?」

 

「どうだろう? 一応、最新鋭の魔道具だからな。そういう時のために安全装置がついているかもしれないけど……」


 逆に言うと、これだけの巨体だ。

 上空から地面に叩き落とされると想定していないかもしれない。

 操縦者は呆気なく死んでしまえば、それはそれで楽か。


「ならば、すぐにこのまま巨大ゴーレムを郊外に運ぶのである!」


 導師は躊躇なく、抱えた巨大ゴーレムを王都郊外まで運ぼうとした。

 ルイーゼたちも協力し、上空に浮いたゴーレムは王都郊外へと向けて移動を開始した。


『おいっ! シャーシェウド会長! 大丈夫なんだろうな?』


 降伏が許されなかったプラッテ伯爵は、同乗しているシャーシェウド会長に巨大ゴーレムが地面に叩きつけられた時の安全性について訪ねていた。

 その口調の必死さから見るに、二人はそれほど仲がいいというわけでもないわけだ。

 俺への憎しみと、謀略がバレてしまったので、帝国に亡命するまで一時的に組んだだけにしか見えない。

 慌てたプラッテ伯爵が拡声器のスイッチを切っていなかったので、二人の会話まで外に漏れ聞こえていた。


『大丈夫だ。ニュルンベルク公爵が乗って敗北したゴーレムをさらに改良してある。操縦席に過剰な衝撃がかかった時、それを緩和する装置が働く』


『おおっ! さすがは最新鋭の魔道具』


 そんなものを開発する暇があったら、魔導四輪を実用化すればよかったのに……。

 この巨大ゴーレムといい、魔道具ギルドの連中はどこかズレているような気がしてならない。


『聞いたか? バウマイスター辺境伯。我々を地面に叩きつけても、我々にはなんのダメージもないのだ』


『ついでに言うと、巨大ゴーレムも極限鋼のおかげでダメージは受けない。わざわざ郊外まで運んでくれてこちらとしては大歓迎だ。帝国との距離も縮まったからな』


 王城を破壊して、それを手土産にする話はどうなったのであろうか?

 周辺区画には損害を与えたので、それで十分だと思ったのか?


「ペーターが、いい顔をするとは思えないんだけどなぁ……」


 今のペーターに必要なのは、帝国を立て直すのに必要な平和な時間だ。

 巨大ゴーレムは兵器として魅力的かもしれないが、王国に敵意を持たれては意味がないと思うのだが、帝国も一枚岩ではない。

 なにかの切り札に使えるかもと、プラッテ伯爵たちの亡命を受け入れる可能性もなくはないのか。


「どのみち、某たちの方針に変更はないのである! このガラクタをぶち壊す際に発生する周辺への被害を考えると、無人の土地で破壊した方がいいのである!」


『好きにすればいい。アームストログン導師、お前も他の魔法使いたちも、大魔神の輸送で莫大な魔力を消費した。これで、我が大魔神を破壊できる可能性は減ったのだからな』


「バウマイスター辺境伯がいるのである!」


 そのために俺は魔力を温存しているのだが、果たして極限鋼で覆われた巨大ゴーレムに歯が立つのか。

 不明な点は多い。


『どう転んでも、私と大魔神になんら影響はない。帝国の魔道具ギルドと組んで、この大魔神をさらに強化すれば、帝国も私を蔑ろにはできないはずだ』


 さすがは、保身に長けた老人。

 自分の安全は必ず確保するわけか。

 そういう部分は老練だな。


「あれ?」


「どうかされましたか? 陛下」


 大魔神を運んでいるライラさんは、エリーが首を傾げたのでその理由を尋ねた。


「『私と大魔神』は? プラッテ伯爵とやらは駄目なのか?」


『別に駄目じゃない。些か操縦席の改良に手間がかかってな。安全機構があるのは、私が座っている席だけなのだ』


「それって、つまり……」


「巨大ゴーレムが地面に叩きつけられた場合、シャーシェウド会長は無事でも、同乗者のプラッテ伯爵は無事にはすまないというわけです」


「なるほど、それはこの高度から地面に叩き落とされればな」


 それにしても、プラッテ伯爵。

 シャーシェウド会長から見捨てられるとは、やっぱり貴族としては微妙な人だったわけだな。


『私が座っている席が安全ではないと? こら! そちらに座らせろ! ベルトが外れないぞ!』


『ふふふっ、お前なんぞ、便宜上組んだだけのこと。そもそも私は貴族なんて嫌いなのだ!』


『貴様、プラッテ伯爵である私に対して、なんたる無礼な口を!』


 シャーシェウド会長は、加齢で衰えたとはいえ魔道具ギルドのトップになれるほどの人物であった。

 だが平民の出なので、出世のため偉そうな貴族に本心を隠して気を使っていたのであろう。

 そんな彼が、陛下から改易された『元貴族』であるプラッテ伯爵に使う気などない。


『仕方なしに組んでいたが、本当に使えない奴よ』


『貴様ぁ! 平民のくせにぃーーー!』


 この状況で仲間割れできるのが凄いと思うが、彼らに残された時間は少なかった。 

 ついに、巨大ゴーレムを王都郊外にある無人の平原上空まで運ぶことに成功したからだ。

 こりゃあ、俺たちの生死以前に、プラッテ伯爵の最期の時が訪れつつあるようだな。

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