第362話 魔王様、奮闘す!(前編)

「あれはまさか!」


「オットーの奥の手が成功したようだな。もうバウマイスター辺境伯は、こちらの世界に戻って来れまい」


「……」


「その様子だと、オットーがバウマイスター辺境伯に使った魔道具の正体を知っているようだな。まあ、知っていたところでどうにもならないが」





 私に対し、エストという魔族が勝ち誇ったような顔をしました。

 自分のリーダーが、バウマイスター辺境伯殿の暗殺に成功したと確信したのでしょう。

 確か、オットーが使用したペンダントの本来の使用目的は、特別な異空間で魔力の消費を早め、負荷をかけた魔法特訓を行うためのもの。

 大昔、ただ強い魔族が絶対とされた時代の魔道具、修行用具であったはず。

 ところが、この魔道具は使い方によっては人を殺すことも可能。

 魔道具の使用者が、空間の中で全魔力を消費した者を脱出させなかった場合、その人物は永遠に異空間の迷子となり、これはもう死んだも同然なのですから。

 そういう使い方も可能なので、今は危険な魔道具として販売も使用も禁止されています。

 ブラックマーケットに大昔の発掘品が出回り、時おりそれを犯罪組織が暗殺に使用したりしてニュースになっているようですが……。

 その空間に閉じ込められたら、魔力切れと同時に永遠に空間を落下し続け、どんな人でも気が触れてしまうでしょう。

 そしてそれは、もう死んだも同じなのですから。


「あのような物をいったいどこで手に入れたのです?」


「お前に話す義理などあるか! 喋るわけがないだろうが、バーーーカ! せいぜい時間稼ぎをしてやるぜ。一秒経つ毎に、バウマイスター辺境伯の死が早まる。焦るよなぁ? なにしろ大切な金づるだ」


 喋り方に品がない人ですね。

 魔族としても男性としても、まったく好意を持つに値しない人物です。

 こういう人であるのなら……。


「そうですか……ならば、強引にでも口を割らせるしかありませんか……。自分がとても賢いと思っているオットーのことです。もし自分が脱出できなかった時のため、あなたたちに脱出手段を委ねているでしょうから」


「はんっ! 俺様がそれを素直に喋ると思うか? 戦い慣れておらず、俺を捕えられない宰相閣下さんよ。俺は時間を稼げば勝ちなんだぜ」


 こうやって話を続けているのも、時間稼ぎの一つですか。

 ですが、あなたはミスを犯しました。

 あなたは、私と一対一の戦いが永遠に続くと思ったのですか?

 先にヨーゼフという魔族を倒し、バウマイスター辺境伯の救援に向かったイーナさんとルイーゼさんがフリーなのを忘れているのでは?


「そうだったな。ヨーゼフを倒した小娘が、二人ほど余っていたんだよな」


 エストという魔族は、意外とやるようですね。

 背後から奇襲をかけたルイーゼさんの一撃を軽くかわしてしまいました。


「通用するか! チビ!」


「魔族の男性はどいつもこいつも、レディーに対して失礼だな。魔族は男女同権じゃないの?」


「あんなフェミババアの妄想なんて本気にするか! 俺はあんな連中、一度も支持したことがないから関係ないな」


 いきすぎた女権論者もどうかと思いますが、こうもあからさまに女性を下に見る男も嫌ですね。

 それにしても、思ったより隙がない。


「そうなんだ。ボクは別にどっちでもいいけどね。ヴェルは優しいから」


「それは残念だったな。あいつは、もうお前らに優しくできないさ」


「そういう言い方をするから、君たちは女性から嫌われるんだよ。モテない男が集まって、ヴェルに嫉妬でもしたの? ぷっ、恥ずかしい人たちだな」


 ルイーゼさん、バウマイスター辺境伯殿の件もあってか、エストを煽りに煽っていますね。

 怒りで我を忘れさせ、その隙を突く作戦ですか。


「そうやって俺様を怒らせて、その意識をチビに向けさせてから、宰相閣下が攻撃をする作戦ってわけか。残念だな、俺様には通じなくてよ」


 ルイーゼさんと話をしている隙を突き、私に背中を見せたエストに向けて魔法を放ちますが、再び察知されてかわされてしまいました。

 彼の背中に目が……そんなわけはなく、事前に私の動きを想定していたのでしょうが。


「女の浅知恵だな。底が知れるぜ」


「そんなことはないと思うんだよなぁ」


「チビ、負け惜しみか? ああ、もう一人いたな」


 三度目の正直とばかり、また別の方向からイーナさんが魔力を篭めた槍を放ちますが、これもかわされてしまいました。


「バーーーカ! 俺様が人数計算を間違うわけないだろうが!」


 イーナさんの攻撃も余裕でかわし、エストは余裕の表情を浮かべました。

 彼は私たちを倒す必要などなく、ただ時間を潰せばいいのだから。


「三人で俺様一人に攻撃を掠らせもしないとはな。人間の小娘二人はともかく、魔力ばかり多くて戦えない魔族とは。しかも、それが宰相の血筋ときた。魔王復権が聞いて呆れるぜ」


 これは、三人で攻撃の手数を増やさなければいけないかと思ったその時、ここで思ってもみなかった人物の声が耳に入ってきました。


「そうかな? お前こそ戦いの最中に雄弁だな。その余裕がお前を敗北に導く」


「なっ! 魔王か!」


 私ですら気がつきませんでした。

 エリーゼさんと後方に退いたはずの陛下が、エストへの第四の矢として彼の背後に立っていたのですから。


「しばらく寝ておれ!」


「がはっ!」


 エストは陛下の魔力を篭めた一撃を受け、その場に倒れてしまいました。

 陛下は手加減をしたようで彼は死んではおらず、気を失ったようです。


「殺されぬだけありがたいと思え。王の慈悲だ。ライラ、バウマイスター辺境伯を救出するぞ」


「救出ですか?」


「そうだ。バウマイスター辺境伯は我らの大切な客だぞ。この襲撃の責任が我らにある以上、彼を助けなければいけない」


 確かに、商品の輸送を頼んだ人たちが暗殺者集団だったなんて、とんだ失態、不祥事です。

 もしバウマイスター辺境伯殿になにかあった場合、今後王国からも帝国からも、仕事が貰えなくなってしまうかもしれません。

 忙しさにかまけて、私のチェックが甘かったようです。

 この失態は、必ず取り戻さないと。


「あの……、ヴェンデリン様を救出できるのでしょうか?」


 陛下と一緒に後方に下がっていたエリーゼ殿もおり、彼女も突然消えたバウマイスター辺境伯殿のことが心配なのでしょう。

 あきらかに動揺した表情を浮かべています。


「ライラは、『次元空間発生魔晶石』を持っておるではないか」


「持ってはいますが……」


 オットーがバウマイスター辺境伯殿に対して使用したのは、古の訓練用の魔道具です。

 指定した相手と魔法の袋と同じ別の空間に移動し、そこで鍛錬を行う。

 その空間は広さに限りがなく、常に浮遊していなければ永遠に落下し続けて迷子になる可能性があり、かといってその場に浮遊し続けると、通常の数倍もの魔力を消費してしまいます。

 早く救出しなければ、バウマイスター辺境伯殿の方がオットーよりも先に魔力が尽きてしまうため、永遠に脱出不可能となるでしょう。

 一度魔力が尽き落下し続ける彼を探すなど、まさに砂漠で、一粒しかない色違いの砂粒を見つけるようなもの。

 バウマイスター辺境伯殿の魔力が尽きる前に、彼を見つけなければならないのです。


「ライラ、バウマイスター辺境伯が消えた位置で次元空間発生魔晶石を作動させ、バウマイスター辺境伯がいる空間の同位置に強引に接続するのだ」


「ぶっつけ本番ですね……」


 通常、違う次元空間発生魔晶石を用いるとまったく繋がっていない別の空間に飛んでしまうのですが、いくつかの条件を満たすと、別の次元空間発生魔晶石が繋いだ座標に飛ぶことができるのです。

 実は、私の先祖がこの手の魔法が得意であり、次元空間発生魔晶石を組み込んだネックレスも先祖代々の家宝として持っていました。

 

「ライラさん、ヴェンデリン様を助けてください」


「お願いします、ライラさん」


「ボクからもお願い」


 エリーゼさん、イーナさん、ルイーゼさんに頭を下げられてしまいました。

 これは、絶対にバウマイスター辺境伯殿を助け出さなければいけませんね。


「ライラ、ここは恩を返しておくのが魔王としての度量を示すことになるぞ。それに、バウマイスター辺境伯は余の友人だからな」


 陛下も、バウマイスター辺境伯殿の救出に異存はないようです。

 むしろ積極的に見えますね。


「わかりました。急ぎ準備しましょう。ですが……」


「ですが、なにか不都合でも?」


 実は、次元空間発生魔晶石が繋げた空間に、別の次元空間発生魔晶石で移動するにはいくつかの条件が必要です。

 まずは、バウマイスター辺境伯殿が消えた場所で次元空間発生魔晶石を使用する。

 次に、オットーの次元空間発生魔晶石が作動させた時の魔力の残滓を辿る。

 そして、その空間を開く時には膨大な魔力を必要とする。

 その量たるや、私の魔力量よりも相当多いはず。


「ならば、余が魔力を提供しよう」


「それはいけません」


「なぜだ? ライラ?」


「誰か一人空間に突入してバウマイスター辺境伯殿を救出する者が必要なのですが、それを陛下にやっていただかないと。こじ開けた空間は、私が維持しないといけないので、私が突入できないのです」


「じゃあ、ボクが行くよ」


「ルイーゼさん、次元空間発生魔晶石で作った空間では魔力が恐ろしい勢いで消耗していきます。そのため、昔の魔族が鍛錬に使用していたのですが……」


「ボク、一応上級だよ」


「先ほどの戦いで魔力を消費しておりますし、辛うじて上級であるルイーゼさんですとバウマイスター辺境伯殿に合流する前に魔力が尽きて、空間を永遠に落下する羽目になるかもしれません」


「げっ! そうなの?」


「はい、あの空間はそういう場所なのです」


 魔力は膨大ですが、バウマイスター辺境伯殿よりも実戦経験がないオットーが容易く勝利できると思ったからこそ、彼はバウマイスター辺境伯殿を空間に引きずり込んだのですから。


「ならば余が行くのがいいな。それにしても、反対せぬのだな。ライラよ」


 反対したいのが本音ですが、この状況では陛下がバウマイスター辺境伯殿の救援に向かうのが一番効率いい。

 それに、私は信じています。

 陛下は必ずこの試練を突破なされると。


「もう一つ、強引に空間をこじ開けて繋げる魔力が不足しています。他の戦っている方々にも参加していただかないと」


 問題はオットーの配下たちはまだ倒れていない者の方が多く、しかも彼らは時間稼ぎに集中している点です。

 時間が経てば経つほど、バウマイスター辺境伯殿の魔力切れが確実となってしまうのですから。


「それなら、もうすぐ大丈夫なはず」


「そうね、私たちが救援に行こうかと思ったけど、その必要もないみたい」


「そうなのですか?」


 私がブランターク殿を始め、オットーの配下たちと戦っているみんなの方を見ると、すでに全員が対戦していた相手を倒していたのでした。

 しかし、いったいいつの間に……。

 バウマイスター辺境伯家の魔法使いの多さは侮れませんね。






「よく倒せましたね。オットーは例外として、配下たちも魔力量が多いのに……」


「訓練と実戦は違うのである!」


「そうだな。それなりに上手く戦う連中だったが、如何せん狩猟もしたことがない連中だ。ちょっと時間はかかったが、なんとか倒せたさ。でも、こいつらが目を覚ますと危なくないか?」


 エリーゼさんたちと陛下と共に、バウマイスター辺境伯殿の救出案を練っている間に、導師殿やブランターク殿は他の魔族を倒してしまいました。

 オットーの配下たちは全員上級だったはずですが、あまりに呆気ないといいますか……。


「実戦経験の不足である!」


「これは憂慮すべきことなのでしょうか?」


 もし人間と魔族が戦争になった場合、魔力量だけで戦力を計算すると、魔族が戦い慣れている人間に思わぬ不覚を取るのでは?

 そんな気がしてきました。


「ライラ殿の国にいる警備隊の連中。彼らならこうは簡単にいかないのである! なぜなら彼らはプロだからである!」


 要するに、革命ゴッコのため適当に鍛錬していたオットーの仲間たちと、それを仕事にしている者たちとの差なのでしょう。


「魔物と戦ったことすらない連中には負けないのである!」


「そう、どんなに魔力が多くても、いくらでも隙は見い出せる」


 ヴィルマさんの言うとおり、彼女の足元には縛られたオットーの仲間たちがいました。


「このままで大丈夫なのであるか?」


「まだ魔力が残っているからな。目を覚ますと危険かもしれないな」


 導師殿とブランターク殿は『捕えた魔族たちが目を覚ますと危険なので、処刑すべきでは?』と提案しました。

 人間でその意見を否定する者がいません。

 彼らが戦い慣れているというのは、そういう部分からも判断できます。

 昔と違って、我々も含めた今の魔族は、犯罪者でも命を奪うのはよくないという考えが主流ですから。


「その心配はありません。手伝っていただけますか?」


 さすがに殺すのはどうかと思うので、私は彼らを完全に無力化する作業を始めました。


「いいぜ。それは魔道具か?」


「はい。魔力量が多い魔族を拘束するためのものです」


「この特殊な縄で縛り、縄は空の魔晶石に繋がっている……。そういうことか!」


「この縄から縛った者の魔力が抜け、空いている魔晶石に貯まっていきます。魔力が多い魔族は素手でも脱獄が容易いので、罪人はみな常に魔力を抜かれるのです。抜いた魔力を有効活用もしますから」


「ずっと縛られているのか」


「罪を犯して逮捕されたような者は、拘束中ずっと腰を縄で縛られて魔力を抜かれ続けるのです。気絶しない量の魔力だけ残され、あとは作業に狩り出されます」


「魔族の罪人って大変だな……」 


 魔力を抜かれ、他にも肉体労働や作業に従事させられますしね。

 人間が罪を犯した時に課せられる、強制労働よりも大変かもしれません。


「抜いた魔力は適性価格で買い取られ、犯罪被害者への弁済に当てられますからね。ですが、その価格が安く『他の魔族の職を奪っているのでは?』という批判がないわけでもありません」


「魔族も大変だな」


 ブランターク殿に同情されてしまいましたが、私は罪人になったことがないですからね。

 そんな話をしている間に、縛られた魔族たちの魔力はほぼすべて吸い上げ終わりました。

 巨大な魔晶石に、大量の魔力が貯まっている状態です。

 この巨大魔晶石は特殊なもので、魔力を蓄えるのと同時に魔力質の共通化もやってくれるので、簡単に魔道具の動力に転用可能なのです。


「これを使って私が、バウマイスター辺境伯殿が引きずり込まれた空間を強引にこじ開けます」


「俺たちの魔力を返せ!」


 それにしても、オットーの仲間たちは思ったよりも頑丈ですね。

 導師殿たちから意識を失うほどの攻撃を受け大半の魔力を奪われたのに、もう目を覚ましてしまうなんて。


「どう喚こうとも、お主らは魔力がほとんどない状態なのである! グダグダ言うと、首が本来あり得ない方向に向くことになるのである!」


「「「「「「「「「……」」」」」」」」」


 お前らの首をへし折るという導師殿の脅しで、彼らは全員口を噤んでしまいました。

 魔族の大半は人間を残酷な野蛮人だと思っていますし、導師殿からそう脅されると信じてしまう人は多いのでしょう。


「では、ライラ殿」


「はい、陛下もご準備を」


「任せてくれ。バウマイスター辺境伯は必ず助けるぞ。なにしろ、余たちの一番の顧客なのだからな」


 私と陛下は『飛翔』でバウマイスター辺境伯殿が消えた地点に飛び、ブランターク殿と導師殿が、捕えた魔族たちから吸い上げた魔力が貯まった魔晶石を持ってついて来ます。


「この辺ですね。わずかに魔力の残滓が残っています」


「そうだな。この辺だな」


 ブランターク殿は魔力量が少なめですが、魔力の『探知』が得意なようですね。

 私と同じくらい、魔力の残滓に敏感とは驚きです。


「これから、私の魔力とその巨大魔晶石の魔力で強引に空間をこじ開けます。陛下はすぐに飛び込んで、バウマイスター辺境伯殿と合流してください」


「わかった。して、どうすれば脱出できるのだ?」


「一番てっとり早いのは、こじ開けた場所に戻ってくることです。ですが、異次元の空間は方向や位置を正確に把握するのが難しい。それに、私がこじ開けた入り口を維持できるのは三分までです」


「うーーーん。それだと間に合わない可能性もあるな」


 バウマイスター辺境伯殿を回収し、入り口まで戻ってくるのに三分。

 私は、バウマイスター辺境伯殿とオットーがいる空間への入り口をこじ開けることは可能ですが、彼らがいる場所近くに入り口をこじ開けられるかどうかわかりません。

 バウマイスター辺境伯殿の捜索が必要となるので、空間内で一番長時間活動できる陛下に突入役をお願いしたのですから。


「迷子になる可能性もあるので、オットーが持つ次元空間発生魔晶石を破壊するか、オットーが死ねば空間から脱出可能なことも覚えておいてください」


 私も強引に空間を抉じ開けて穴を開けますが、本来その空間は、オットーと彼が持つ魔道具によって開かれたもの。

 魔道具が壊れてしまうか、彼が死ねば空間を保てなくなり、バウマイスター辺境伯殿と異物である陛下は外に、この世界ですけど追い出されてしまうのです。


「三分か……間に合わぬ可能性の方が高いな。ならば、バウマイスター辺境伯と合流し、オットーを倒した方が確実かもしれぬ」


「倒せなくても、次元空間発生魔晶石が破壊できれば大丈夫です」


「とはいうが、ライラよ。オットーもそこまで間抜けではあるまい。結局奴を倒すしかないのだ。なあに、戦闘は魔力を回復させたバウマイスター辺境伯に任せるから安心せい。彼と器合わせをすれば完璧だ。さすがに彼も、この状況で器合わせを否定すまい」


「そうですね。では、早速入り口を」


 空間への入り口をこじ開ける作業を始めると、倒した魔族たちを見張っているバウマイスター辺境伯殿の奥さんたちが、なにか喚いていますね。


「コラぁーーー! 男女間の器合わせは駄目に決まっているじゃないか! ボクは認めないぞぉーーー」


「そうよ、駄目よ! 人間には人間の慣習があるのだから!」


「陛下は、ヴェンデリン様を救出するだけでいいんです!」


「なんの躊躇いもなくヴェンデリンさんと器合わせなんて! 魔族の少女は大胆ですわね……」


「カタリーナ、そこ、感心する部分じゃないから。異性同士の器合わせは駄目。よくない」


「なあ、状況的に仕方がないんじゃあ……ヴェルも拒否しないんだから、仕方なくねぇ?」


「駄目なものは駄目。大量の魔晶石があるのだから、それで魔力を補充すればいい」


「ヴィルマは頑固だよな」


「エルが柔らかすぎなだけ」


 人間は、そんなに異性間の器合わせが嫌なのですか?

 それをしたからといって、陛下とバウマイスター辺境伯殿がどうこうなるわけでもないのに……。

 彼女たち、私が準備した魔力質を共通化させる魔晶石への魔力補充にえらく協力的だと思ったら……。

 今のバウマイスター辺境伯殿の魔力量でも、回復させえすれば、異空間で魔力を消耗したオットーに勝てると思って魔力提供に協力したわけですか。


「でもさぁ……旦那が強い方が脱出する可能性が高いし。なあ、姉御」


「いけません、タブーです」


「姉御、年だから昔からの決まりに弱い? うっ、すいません、生意気言いました」


 下から外野が色々と言っていますが、今は緊急事態なので無視です。

 導師殿とブランターク殿は反対していないのですから、人間とは案外女性の方が保守的なのでしょうか?

 十数秒ほど、集中しながら特殊な魔力を練ってバウマイスター辺境伯殿が消えたポイントに流し込むと、無事に空間へと繋がる穴が完成しました。

 久々だったのですが、ミスをしないでよかった。


「ライラ、では行くぞ!」


「陛下、ご武運を」


「王たる余の初陣だな。相手がショボいが、まあ仕方あるまい。エリーゼ殿はまだ反対か。魔族に器合わせをした男女が結婚せねばならぬ決まりなどないわ。では、参る!」


 陛下は私がこじ開けた穴に飛び込み、あとはバウマイスター辺境伯殿を無事に救出してくれることを祈るのみ。

 あの幼かった陛下が、戦いに赴くなんて……。

 先代陛下、奥方様。

 お二方のお子は、きっと勇敢で強く賢い王となるでしょう。

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