第361話 陥穽(後編)

「『双竜炎舞』!」


「いちいち、技名を言うのかよ……」


「私の魔法はすべて美しいのでね。それに相応しい名前が必要なのだよ」


「ふーーーん」


「バカにしおって!」





 俺とオットーは、上空で『飛翔』しながら戦闘を開始した。

 残念ながら、魔力量では俺はオットーの半分くらいであろうか?

 それでも、彼の魔力が尽きるまで時間を稼げば生き残れるはずだ。

 帝国内乱の時、師匠は魔力量が圧倒的に多い俺を上手く翻弄した。

 あれを参考に、オットーの魔法をいなしていけばいいのだ。

 早速オットーが二つの頭がついた炎の蛇を魔法で繰り出したが、手にシールド型の『魔法障壁』を作り、それを地面に叩き落とした。

 こうすれば、相反する水系統の魔法で相殺するよりも使用魔力量が少なくて済む。

 なによりこのくらいの工夫ができなければ、俺はすぐにオットーに殺されてしまうだろう。


「やるな!」


「まあね(ちっ、予想以上に手練れだな……)」


 オットーには実戦経験がなかったが、魔法の訓練は真面目にこなしていたようだ。

 いちいち技名を叫ぶ欠点があったが、魔法の展開とコントロール、魔力使用効率も思った以上に優秀であった。

 ということは、俺の苦労が増すというわけだ。


「舞え! 『風のツバメたち』よ!」


 続けて、『ウィンドカッター』を改良した風のツバメの群れが俺を襲う。

 これは回避が難しい。

 『魔法障壁』の魔力を増してすべてを防いだ。


「(と、見せかけて……)」


 もしかしてと、急ぎ『風のツバメ』の複製を作り、オットーに向けて発射する。


「甘い!」


 オットーも、『風のツバメ』を『魔法障壁』で防いだ。

 ところが、一個だけ威力を増した一撃がオットーの『魔法障壁』を貫く。

 

「小賢しいわ!」


 見た目はガリ弁タイプに見えるオットーだが、思ったより運動神経も悪くないようだ。

 自分に迫った『風のツバメ』を直前で上手く回避してしまった。

 どうやらこいつは、師匠と戦った頃の俺よりも魔法使いとして優れているようだ。

 伊達にリーダーではないんだな。


「(これは困ったな……)」


 あわよくば倒してやろうという下心もあったが、それはかえって危険だ。

 今は生き残ることを優先しよう。

 自分の領地のことでなければ、今すぐにでも逃げ出していたのに……。

 エルとハルカがアグネスたちに連絡を取っているはずだが、果たして間に合うかどうか。

 アグネスたちが全力で飛んできたとしても、かなり時間がかかるはずだ。


「どうした? バウマイスター辺境伯」


「お前を倒す算段をしていたのさ」


「ミエミエの嘘だな。この私の、魔王にも迫る魔力。人間である貴様如きが勝てるはずがない!」


 全員が魔力を持って生まれ、高貴な血筋に魔力量が多い者が出やすい魔族。

 古の魔族は己の魔力量の多さを誇りに思い、殊更それを誇示する者たちが多かったと古い資料にあった。

 同朋を支配下に置くためと、魔法で人間などには負けない、という自負が強かったのであろう。

 古いマッチョな魔族にあこがれを持つオットーからすれば、ぱっと出の俺に魔法で負けないと思っているはず。


「実は自分は、高貴な血筋の出でしたとか言うのか? だから魔族の国の支配者に相応しいと?」


「落ちぶれた魔王や貴族の血筋だと思われるのは恥でしかない! なにしろ私は、血筋ではなく、天により魔族を導く者として選ばれた身なのだからな!」


 あーーーあ。

 今まで色々とありすぎて、オットーは完全に拗らせてしまっているようだ。


「暗殺に手を染める、天に選ばれた者なんていねえよ。せっかく運送業でやれそうなんだから、ちゃんと仕事しろ」


「我々は天に選ばれた存在なのだ。運送業などという下等な仕事はやらん! すべての魔族を統べるという、もっともこの私に相応しい仕事があるからな。その前にお前を殺すという試練も存在するわけだが、これのクリアーは余裕であろう」


 余計なことを、嬉しそうにペラペラと喋る奴だな。

 まあ、時間が潰せるのはいいか。


「だといいがな」


「抜かせ! 本当は焦っているくせに!」


「職がない、お前ほど焦っていないさ」


 魔族の若者には仕事がなくて困っている者たちも多いが、オットーたちにはまるで同情できない。

 彼らが無職なのには、彼ら自身の性格にも問題があるように思えたからだ。


「ふんっ! そんな安い挑発に乗るものか! これは、私のような選ばれた存在が成り上がる過程で、仕方なく受けた仕事にすぎない。確かに殺しはよくないが、魔族の将来を考えた結果、これは許容できる必要悪だという結論に至ったのだ」


 こいつは、本当に自己愛の傾向が強いな。

 自分は、なにをしても正しいと思っていやがる。


「お前もそうだが、他の仲間たちも酷いな。一から根性を叩き直した方がいいぞ」


「ガキの分際で!」


「そのガキから見て、お前たちがガキ以下だ」


「死ね!」


 ちょっと煽ったら、オットーは魔法を連発し始めた。

 コントロールと魔法の選択が甘くなったので、回避や『魔法障壁』の小盾を用いて魔力の消費を抑える。

 今のところは上手く行っているが、オットーの魔力量の多さは尋常ではない。

 それでも、まだ魔王様の方が魔力量も多いんだよなぁ。

 昔のように戦争で使われないでよかった。


「逃げるな! 『アサルトランナー』!」


 無属性の光の矢が大量に俺を襲う。

 なるべく回避して、俺に当たりそうなものだけを『魔法障壁』で弾いていく。

 オットーの方が魔力を圧倒的に消費しているのだが、なかなかその差が縮まらない。

 魔族の中でトップレベルの魔力量を持つ者だから、やはり尋常ではないな。


「(導師か、ブランタークさんか、カタリーナが。上手く魔族を倒して、俺の応援に来ないかな?)」


「妻たちの応援に期待か? 情ないな、バウマイスター辺境伯よ」


「一対一でお前を倒すことに拘っていないのでね。なにより、お前の仲間たちは間抜けそうだから、すぐここに駆けつけてくれそうだって思ったんだよ」


 一人オットーの魔力が抜きん出ているが、他の魔族たちは全員上級レベルだ。

 なんとか倒してこちらに応援に来てくれれば、オットーを魔力切れで撤退に追い込めるはず……。

 勿論だが、俺はオットーを倒そうだなんて思ってはいない。

 あきらかに勝ち目がないからだ。


「我が同志たちを舐めるなよ! 我々は常に戦略的に動いている! 誰も貴様の応援にはこれないさ!」


 意外と知恵がまわるのか?

 あくまでも俺を殺すのはオットーの役割で、他のメンバーは足止めでしかない?


「はははっ! 貴様は妻たちの前で無様に死ぬのさ! いくぞ! 必殺の『サーチデストロイ』!」


「やっぱり技名を言わないと駄目なんだな」


 と言いつつ俺は、オットーが繰り出した魔法を瞬時に分析し、『飛翔』を『高速飛翔』に切り替えて回避に専念する。

 『サーチデストロイ』とは、ようは追尾機能がある無属性の魔法のことだ。

 スピードが速いので『飛翔』だと追いつかれてしまうから、『高速飛翔』に切り替えて逃げ切る戦術に変更した。

 だが、このまま『高速飛翔』で逃げ続けると、魔力消費量で俺が不利になってしまう。

 サーチ機能がある魔法なので弾いても戻って来てしまう以上、ここは大量に魔力を消費しても打ち消すのが一番魔力を消費しない方法だろう。

 そんなことを考えながら、圧倒的に魔力が多いオットーと戦い続ける。

 帝国内乱で師匠が俺と戦った時、彼も同じような苦労をしていたはずだ。

 魔力量が多い魔法使いと戦うと、一瞬でも気を抜けない。

 精神的な疲労も多かった。


「(師匠は、こんな気持ちで俺と戦っていたのか……)」


「バウマイスター辺境伯、お前は随分と魔力を消費したな。私はまだ余裕があるぞ」


 『サーチデストロイ』が無属性魔法のため、系統間の相性を用いて魔力を節約できなかった。

 火系統の弱点は水系統のため、火魔法を水魔法で打ち消す時には消費魔力が少なくて済む。

 みたいな真似ができなかったのだ。

 『サーチデストロイ』が強固であったため、この一撃で半分以上の魔力が削られた。

 

「ふふふっ、万事休すだな。バウマイスター辺境伯よ」


「そうかな?」


「まだ妻たちの応援に期待しているのか? そんなものは……うわっ!」


 すべて言い終わる前に、オットーはその場でのけぞった。

 なぜなら、突然自分の体を槍が貫こうとしていたからだ。


「槍? バカな! ヨーゼフはなにをしているのだ?」


「おねんねしているらしいぞ」


「あちゃあ、上手くかわされてしまったわね」


「バカな! ヨーゼフが、二人とはいえ中級二人に……あれ?」


「ボク、中級なんて一言も言っていないよ。キミたちが勘違いしただけで」


 すでにヨーゼフという魔族は倒れており、イーナはオットーの隙を突くように槍を投げた。

 生憎とかわされてしまったが、仲間を倒されたオットーはあきらかに動揺している。


「魔族は、他人の魔力量を計るのが下手だね。ボクの魔力隠蔽に気がつかないんだから」


「魔族は生まれつき大体『探知』できるので、鍛錬をしないと、逆に魔力量の隠蔽に引っかかりやすいのです。そういう細工をされる経験がないのですから」


 自分は戦っている最中なのに、対戦相手が仲間の脱落で気が緩んだのか。

 ライラさんが代わりに説明してくれた。


「上級寄りの中級、みたいに思わせることができるボクってこと」


「それは、ルイーゼが魔闘流の達人だからよ。私にはできないわ」


「騙したな! ヨーゼフ!」


「生きているけど、しばらくは動けないよ」


「ええい! お前ら如きに!」


「ボク、結構頑張ったけどなぁ……」


 仲間の脱落にオットーはえらく腹を立てていたが、これで三対一となった。

 ルイーゼとイーナに感謝しないとな。 

 





『小娘ども! オットーの右腕であるこの私がお相手をしよう!』


『イーナちゃん』


『なに?』


『リーダーの右腕でも左腕でもどうでもいいけど、こういう人に限って、実は全然右腕じゃなかったりするよね?』


『物語とかだと、そう言われていいように利用されているだけってケースが多いわね』


『だよねぇ……。ヴェルと戦ってるオットーとか言う魔族。右腕はちゃんとついているもの』


『小娘が、我らの団結力にいらぬケチをつけやがって! もう怒ったぞ! 死者を三人に増やしてやる!』


 ルイーゼ。

 あのヨーゼフという魔族、ちょっと挑発したら顔がプルプルしているわよ。

 相当怒ったみたいね。

 でも、組織のリーダーって、多くの部下に対しそういうことを言うのよね。

 『君が俺の右腕だ』とか、『君がナンバー2』だとか複数に。


『少し痛い目を見ないとわからないようだな!』


『当たらなければ痛くないよ』


「ならば、当たるようにしてやる! 『千手鞭撃(せんじゅべんげき)』!』


 ヨーゼフという魔族は、随分と変わった魔法を使うわね。

 背中に魔力の塊を集め、そこから鞭状の触手? が多数私たちを襲う……見た目は本当に趣味悪い魔法ね……。

 ブライヒレーダー辺境伯様が、密かに楽しんでいる本に出てきそう。


『イーナちゃん、千本はないよね?』


『よくて数十本ってところね……』


 千手という技名は、かなりの誇張ね。

 それに、少しコントロールが甘いような……。

 同時に襲い掛かってくる鞭は、一度に数本が限界みたい。

 私は普段から愛用しているミスリル製の槍で鞭を斬り払い、ルイーゼも拳に魔力を篭めて鞭を千切り飛ばし続けた。

 

『思ったよりもやるようだな! だが、お前らの魔力量では私に勝てない!』


『そうかしら?』


『槍女! そういつまでも防げると思うなよ!』


『なによ槍女って! 女性に対してデリカシーの欠片もないわね! だから女性にモテないのよ!』


 本当にこの魔族が女性にモテないかどうか知らないけど。

 こんな活動をしている時点で、女性には縁がなさそうよね……。


『言ってくれたな! バウマイスター辺境伯を暗殺して名をあげれば、女なんていくらでも寄ってくるわ!』


『どこかズレてるよね。だから暗殺で無職状態を打破しようだなんて、無謀なことを考えるんだよ』


 ルイーゼ、あなたは本当に容赦ないわね。

 でも、間違ったことは言っていないのだけど。 


『もう堪忍袋の緒が切れた! お前らも、バウマイスター辺境伯と一緒に死ね!』


 私たちの挑発で我を忘れたヨーゼフという魔族は、一気に大量の魔力を消費して鞭を倍増させた。


「これで避けられまい!」


「そうでもないよね? イーナちゃん」


「そうね」


 鞭の数を増やしても、元からコントロールに難があるのよね。

 それに、もう彼は気がつけない。

 ルイーゼが魔力を隠蔽しているのを。

 私とルイーゼの二人で戦いを挑んだから、ヨーゼフという魔族はずっとルイーゼの魔力も中級相当だと勘違いしたまま。

 他の仲間も、誰一人気がついていない。

 ここは素早くこいつを倒して、ヴェルの救援に向かわないと。


「(ルイーゼ)」


「(ボクが一気にあいつの懐に飛び込むよ。イーナちゃんは……)」


「(なんとかするわ)ほら、かかってきなさい」


 私はルイーゼを後ろに隠し、槍を振るってヨーゼフという魔族を挑発した。

 

「チビっ子は、もうヘバったか?」


「イーナちゃん、あいつムカつく」


 二児の母親に対し、チビっ子はないわね。

 確かに、ルイーゼは子持ちに見られないけど……。


「お前を先に倒し、次は隠れているチビっ子だ!」


 ヨーゼフという魔族は、倍に増やした鞭で次々と攻撃を仕掛けてくる。

 少し対応が面倒になったけど、やはりコントロールが甘いわね。

 冷静に順番に対処していけば、そこまでの脅威ではなかった。

 私の後ろで、ルイーゼは一瞬の機会を計っていた。

 ヨーゼフという魔族が、わずかでも隙を見せるタイミングをだ。


「ひゃひゃひゃ! 私の連続攻撃に、人間の! それも女如きが勝てるはずがないのだ!」


「段々と本性が出てきて下品ね。だから、女性にモテないのよ」


「絶対に殺す!」


 やったわ。

 ついに、ヨーゼフという魔族に我を忘れさせることに成功したわ。

 攻撃の回数は増えたけど、余計にコントロールが甘くなっている。

 あとは……。


「ルイーゼ、どう?」


「今だよ、イーナちゃん!」


「わかったわ! 『火炎槍』!」


 私は槍に『火炎』を纏わせると、大きく振り回して一度に大量の鞭を斬り落とした。

 同時に、一気に大量の魔力を使って槍に纏わせた『火炎』により、ルイーゼの姿も見えなくしてしまう。


「へっ、この程度ならすぐに回復させ……バカな!」


 ここでルイーゼも大量の魔力を用い、一気に身体能力を増大させた。

 『火炎』で目が眩んだヨーゼフという魔族のわずかな隙を突き、あっという間にその懐に潜りこんでしまう。


「チビぃ!」


「こんなにいい女をチビって失礼だな」


「がはぁ!」


 ヨーゼフという魔族は慌てて自分の体を強化したようだけど、ルイーゼの一撃は完全に防げなかった。

 ボキボキという嫌な音と共に、そのまま地面に崩れ落ちてしまう。

 肋骨が何本も折れたはずだけど、それでも死なないなんてさすがは魔族ね。

 咄嗟に、魔力で体を強化して内蔵にダメージがいくのを防いだみたい。

 普通の人間なら、確実にいくつも内臓が破裂して死んでいたと思う。


「イーナちゃん、やったよ」


「じゃあ、ヴェルの助っ人に行くわよ」


「他の人は無理かぁ……」


 私とルイーゼが組んで戦うことを決めた時点で、みんなは私たちが最初にヴェルの救援に向かうであろうという合意が無意識にできていた。

 ルイーゼの魔力隠蔽が、一番上手くいきそうだったから。

 こうして私たちは、オットーという魔族の妨害に入れるようになったのだった。





「本当に、ヴェルよりも魔力が多いわね。あの魔族」


「これじゃあ、ヴェルも苦戦して当然か……」


「チビぃ! 卑怯だぞ!」


「魔力隠蔽の件? 卑怯なんて、暗殺を目論む人間が言うセリフじゃないよ」


「言わせておけば! このチビ! あがっ!」




 とここで、ルイーゼに話しかけられてわざわざ応対していたオットーの背中に、イーナが魔力を篭めて投げた槍が命中した。

 強固な『魔法障壁』のせいでダメージにはなっていないが、脅かす効果くらいはあったようだ。


「貴様ぁーーー!」


 続けて数本槍が投擲されるも、オットーはすべて『魔法障壁』で防いだ。

 だがその隙に、ルイーゼがオットーの死角に潜り込んで魔力を篭めた一撃を放った。

 これもオットーの『魔法障壁』で防がれるが、徐々に彼の魔力を削っている。

 彼の膨大な魔力量を考えるとわずかな量にしかすぎないが、それでも時間稼ぎには成功していた。


「ちょこまかと三対一でぇーーー! あがっ!」


 さらにイーナが投擲した槍が『魔法障壁』に命中、オットーにダメージはないが、揺さぶられて体のバランスを崩しそうになり、慌てて『飛翔』で体勢を立て直した。

 ところがその直後、今度は俺が放った無属性魔法が命中。

 これもほとんどダメージはないが、オットーは滞空していたポイントから数メートルほど落下してしまい、慌てて体勢を立て直した。


「ヴェル、上手くいったわね」


「ヴェル、ナイス判断」


「ルイーゼも。イーナもな。このまま畳みかけるぞ!」


「……わかったわ」


「……わかったよ」


 ルイーゼとイーナとはもう長いつき合いだ。

 俺がちょっと片目を瞑って合図すると、それだけで作戦を理解してくれた。

 いくら三人になっても、俺たちだけでオットーを倒せるはずがない。

 そのくらい、魔力量に大きな差があるのだ。

 かと言って、まだ幼い魔王様をオットーにぶつけるわけにはいかない。

 ライラさんでは、オットーに勝てない。

 多少魔法の訓練をしていたようだが、社長業が忙しすぎるようだ。

 自分よりも魔力量が低い他の魔族に翻弄され、一対一で睨み合いを続けたままだ。


「ライラ、駄目か?」


「申し訳ありません、陛下。この者の方が、戦い慣れているようです。さすがは無職。空いている時間が多く、無意味な戦闘訓練を続けていたようです」


「いちいち無職、無職とうるせえ! 俺が無職で、なにかお前らが困ったりしたか?」


「今、困っています」


「減らず口ぉーーー!」


 ライラさんに実質無職なのを指摘されたエストは、激高しながら次々と魔法の矢を放った。

 すべてライラさんの『魔法障壁』によって防がれるが、防戦一方となって俺たちの救援には来れなさそうだ。

 こうなれば、時間だけが俺たちを有利にする。

 オットーには俺たちが勝負をつけようとしているように見せつつ、相手の魔力を少しずつ削って時間を稼ぐしかない。


「こういう時のために、大量に槍を準備しておいてよかったわ。乱れ撃ち!」


 イーナは、魔法の袋から取り出した大量の槍を次々とオットーに向けて投擲した。

 

「こんなものは避ければ……あがっ!」


「チグハグね……魔法や戦闘技術は学んでいるけど、実戦の勘が皆無に近いなんて……」


 イーナはあまり魔力を使わなくても、オットーの移動する方向を読んで槍を投げて半数以上を命中させていた。

 『魔法障壁』がなければ、いくら魔族でも槍が刺されば死んでしまうから消すわけにいかない。

 槍が命中する度に、少しずつオットーの魔力が減っていく。


「小娘ぇーーー!」


 イーナからの嫌がらせに近い攻撃に激怒したオットーは、『火球』を彼女に向けて放った。


「残念でした」


 ところが『飛翔』でイーナの前に立ったルイーゼが、小さな『魔法障壁』の盾を作り、オットーの『火球』を弾いてしまった。

 動体視力がいいルイーゼは全身に『魔法障壁』を張らず、片手に出した小さな盾状の『魔法障壁』だけで、イーナに命中するはずだった『火球』を弾いてしまったのだ。


「節約、節約」


「クソぉーーー! ならば避けられない『火球』を食らえ!」


 ルイーゼの戦い方に激怒したオットーは、莫大な量の魔力を消費して巨大な『火球』でイーナを攻撃しようとした。


「おっと、バイバイ」


 だがルイーゼは、オットーが巨大な『火球』を放った直後、イーナを抱えて巨大な『火球』の射程距離から離れてしまう。

 魔法が空ぶったオットーは、またも魔力を無駄にしてしまった。

 途中で魔法をキャンセルしても、あれだけ巨大な『火球』だ。

 無駄にした魔力は思ったよりも多い。


「しかし……」


 イーナとルイーゼは上手く戦っているが、やはりオットーの魔力量は尋常ではない。

 あれだけ高威力の魔法を連発して、まだ半分も消費していないのだから。


「汚く足掻きやがって。女に助けてもらって格好悪い奴だ。とても貴族とは思えん」


「ふんっ、なんとでも言え。その前に、お前から貴族云々言われたくないな。貴族じゃないくせに」


 俺は、お前に殺されなければ勝ちなのだから。

 それに、言うほど貴族も楽じゃないんだぞ。

 オットーにはわからないだろうがな。


「責任のある立場か……。私もじきにそうなる。だがそれは生まれからではない! 私が偉大な才能と力を持つからだ!」


「そうかい」


 こいつがペラペラ喋っている政治信条や政策は、今のところは口先だけ。

 自分も、貴族や政治家と同じような立場になってみたい。

 ただそれだけなのであろう。

 でなければ、暗殺など普通は引き受けない。


「女が二人も乱入して面倒だな」


「いいじゃないか。ボクは夫を手助けしているだけだよ」


「決闘じゃないんだから、一対一じゃないと不公平とか言ったら、あなたは本物のバカよ」


「ああ言えばこう言う!」


 二人の発言に激高したオットーは再び巨大な『火球』を作ってぶつけようとしたが、またもイーナを抱えたルイーゼに察知され、『飛翔』で回避されてしまう。

 ルイーゼは、オットーの手の動きを見て『火球』の飛ぶ方向を瞬時に見極め回避してしまう。

 このままだと、オットーがルイーゼに魔法を当てるのは難しいであろう。


「ここで無駄な時間をかけていられない。最後の手段と思ったが、密かに準備しておいてよかった」


 オットーは、懐から虹色の光を放つ宝石が嵌められたペンダントを取り出した。


「経費が嵩むのでできれば使いたくなかったが、仕方がない。バウマイスター辺境伯、お前はこれで終わりだ!」


「オットー、お前はなにを?」


 オットーがそのペンダントを掲げてすぐ、突然俺の周囲が真っ暗になってしまった。

 一瞬意識を失ったのかもしれない。

 気がつくと、俺は真っ白な空間を真っ逆さまに落下していた。


「ここはどこだ?」


 そこはただ真っ白な空間で、見渡す限り足で立てる地面が存在していなかった。

 ひたすら落下を続けていた俺は、慌てて『飛翔』でその場に浮かぶ。


「……っ! 魔力が吸われていく……」


 ところが魔法を使うと、通常の何倍も早く魔力が減っていく感覚を覚えた。

 

「この空間で魔法を使うと、通常の何倍も魔力を消費するのか?」


「正解だ。バウマイスター辺境伯」


 いつの間にか、俺の斜め上には得意げな表情を浮かべるオットーが宙に浮いていた。


「お前たちが古代魔法文明時代とやらの文明の利器を利用するように、我々にもゾヌターク王国時代にのみ存在した古代魔導技術を用いた逸品が存在する。これもその一つさ。ブラックマーケットで手に入れた」


「それは、貧乏なお前たちには大変な出費だったな」


「この状況でまだ減らず口を叩くか! これは、大昔の修行用の道具だ。魔法の袋と同じく別の空間に魔族と人を送り込める。ここでは常に『飛翔』を使わないと永遠に落下していく。魔力の消費量は通常の五倍以上、計算では俺よりもはるか早く、バウマイスター辺境伯の魔力が尽きる。永遠に別空間で落下し続けるがいい!」


 まずい。

 魔法の袋と同じ空間なら、時間の概念が存在しない。

 休んでも魔力が回復せず、その前に時間が経過しないのだ。

 眠くならない。

 お腹が空かない。

 一旦魔力が尽きれば、ただひたすらこの白い空間を落下していく。

 間違いなく気がふれてしまうはずだ。

 魔法の袋に魔晶石があるが、それを使って魔力を回復させたとして、果たしてオットーを倒して例のペンダントを奪えるか?

 さすがに、オットー自身がそれを許さないだろう。


「(とにかく、今は時間を稼ぐ。ライラさんと魔王様に救出手段があるかもしれない)」


 俺は、ただオットーと睨み合って対峙を続けた。


「時間稼ぎか……。悲しいな、魔力が少ない雑魚は。どう努力しても、お前の方が先に魔力が尽きるのだ」


 一か八かで、オットーと短期決戦を行うのは危険だ。

 奴はそれを予想して、ちゃんと備えをしているのだから。

 今はただ、エリーゼたちやライラさん、魔王様の救援を待つしかない。

 その時に備え、俺はできる限り魔力の節約を始めるのであった。

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