第351話 俺は、カニにはうるさい(後編)

「貴族の旦那、ここが巨大なのが出た場所でさぁ」


「いかにもって感じの海だな」




 半日ほど漁船で北上すると、ようやく謎の巨大なカニが出たポイントに到着した。

 そこまでリンガイア大陸から離れておらず、周囲には島もない。

 北方の海はさらに風と波が激しくなり、常に凍死と遭難の危険に曝される。

 それでも、この漁場で採れる魚介類は高く売れるので、漁師たちは危険を冒してこの海に挑むのだ。


「導師、反応はありますか?」


「むむっ! もっと北である!」


 二人で『探知』の魔法で探るが、やはり巨大ガニは魔物ではなく野生動物の一種のようだ。

 同じ大きさの魔物ならもっと大きな反応が出るが、巨大ガニらしき反応は小さい。

 もう少し距離が離れていたら、俺や導師でも探れなかったはずだ。


「もっと北である!」


「へい!」

 

 導師の命令で、漁師たちは船をさらに北に向ける。

 危険な仕事のため荒くれが多い漁師たちであるが、残念ながら導師はもっと荒くれだ。

 彼の統率に、一点の曇りもなかった。

 みんな、最初から導師がリーダーであるかのようにキビキビ働いている。

 俺だったら、とてもこうはいかないはずだ。


「ちょうど、この真下ですね」


「海底にいるのである!」


 この海域は、水深が数百メートルはあるはず。

 その海底に、巨大ガニらしき反応が複数ある。

 餌を摂るためなのか、漁師たちに縄張りを侵すなと告げるためなのか、巨大ガニは水面まで浮上してきた。

 その辺が、北海道やロシアで獲れるカニとは違うのであろう。

 なにしろ漁船を攻撃するカニなど、地球上には存在しないのだから。


「浮上してこないかな?」


 俺たちがいるので浮上してくるかもとしばらく待機していたが、巨大ガニらしき反応は海底に鎮座したままだ。

 船が一隻しかないので気がつかないか、浮上しても腹の足しにもならないと思っているのかもしれない。


「バウマイスター辺境伯、どうするのである?」


「こうなれば、餌で誘いましょう」


「餌であるか?」


「ええ、少し勿体ないですけど……」


 以前に害獣として退治したものの、血抜きと解体が面倒なので魔法の袋に入れたままであった巨大な熊を取り出し、長ロープに結んで重し代わりの石とともに海に放り投げる。

 その時に腹を割いておいたので、大量の血が海面に浮かんだ。


「蟹が食べるかは不明ですけど、こうやって血の臭いを出せば効果があるかなと」


「なるほど。バウマイスター辺境伯はよく考えているのである!」


 誰にでも考えつきそうな策だし、導師が考えてくれたら俺はなにもしないで済んだんですけど。


「来たのである!」


「効果あるんだな!」


 餌である熊を沈めてから数分後、海底にある複数の反応が水面に向かって動き出した。

 熊の血の匂いに反応して浮上してきたのであろう。

 どうやら巨大蟹は、海竜と同じく肉食であるようだ。


「導師!」


「もうすぐ姿を見せるのである!」


 餌の熊を引き揚げるのと同時に、水面が大きく盛り上がり、水上に巨大なカニが姿を現した。


「(タラバガニだぁーーー!)」


 その体色や特徴は地球のタラバガニそのもので、全高は二十五メートル近く、全幅に至っては五十メートル以上あるかもしれない。

 この巨体でどうやって水上に浮いているのか疑問であったが、今はそれよりも奴を調理……じゃなかった、討伐しなければいけない。


「貴族の旦那ぁ! 前に遭遇した個体よりも大きいですぜ! 大丈夫ですか?」


 下手な竜よりもデカイ巨大なカニ、しかも漁師たちが最初に遭遇した個体よりも大きいようだ。

 そのあまりの大きさに、荒くれが多い漁師たちですら、全員震えあがっていた。

 彼らは冒険者ではないので、巨大な生物に慣れていないからだ。


「そういうことはよくある。きっと、前のカニのお父さんなんだ」


 それに、大きいのは好都合だ。

 きっとその甲羅にも、足にも、ハサミにも、大量の身や味噌が詰まっているであろう。


「貴族の旦那、見かけによらず度胸がありやすね……」


「デカイだけだからな」


「ひぃーーーっ! 貴族の旦那ぁ!」


 巨大なカニがその大きな足で船を攻撃してくるが、事前に張っていた『魔法障壁』で防がれてしまう。

 はやりただの巨大なカニでしかないようで、ブレスなどを吐く気配もない。

 竜ではなくカニなので、ブレスではなく泡を吐くのか?

 よくわからないが、海竜と同じく美味しい食材となってもらおう。


「バウマイスター辺境伯?」


「俺がやります」


「その心は?」


「導師、調理方法や使える部位を研究するため、あの蟹はなるべく無傷で倒さないといけないのです」


 俺は、タラバを含めたカニの最適な調理方法を知っている。

 浜茹でこそが最高の方法なわけだが、その前にカニの体を傷つけては駄目なのだ。

 足が折れたら勿体ない。

 甲羅の部分を傷つける?

 アホか! 

 一番美味しいカニミソが零れでもしたら、これ以上の損失が人類にあると思うのか?

 よって、奴にはその形を保ったまま死んでもらう。

 そうすれば、巨大ガニ以外はみんな幸せになれるのだから。

 死んだらすぐに魔法の袋に入れれば劣化を防ぎ、茹でる時には、あとはカニを投入するだけという状態にしなければいけない。

 茹でるか、焼くか、蒸すか……。

 調理方法に悩んでしまうな。

 カニが巨大なので、最初は実現可能な方法を優先するしかないか。


「貴族の旦那ぁ……」


「凄い音がしますが……」


 俺が考えを纏めている間も、巨大ガニは『魔法障壁』に足で攻撃を続けている。

 その度に『魔法障壁』から激しい音が鳴り響き、経験がない漁師たちはいつ『魔法障壁』が破れるか、心配そうであった。

 完全に攻撃力不足なのでなんの心配もないのだが、俺としてはあまり足に負担をかけないでほしいと思ってしまう。

 巨大ガニが無理をして、その足が折れてしまうと勿体ないからだ。

 それにしても、地球のカニに比べると随分とアグレッシブな動きをするカニである。


「安心しろ。絶対に『魔法障壁』は破られないから」


「そうなのですか?」


「体は大きいが、さほどの攻撃力はない。所詮は大きな動物扱いだな」


「そんなの魔法使いだけですよぉ!」


 それでも、カニが振り回した足が人間に直撃すれば即死なので、『魔法障壁』が使えないと簡単に死んでしまうのには変わりない。

 漁師たちだけでは、この巨大なカニの討伐は難しいか……。


「導師、このカニたちは北方から来たのでしょうが、これは彼らがこの海域まで生息圏を広げた証拠でしょうか?」


「反応は、この海域に数匹のみである! たまたま南下しただけとも言えるのである! もし巨大ガニの生息圏が広がったとしても、某たちにはどうにもできないのである!」


 今日は急遽アルフォンスの許可を得て狩りをしているが、本来ならフィリップ公爵である彼が、諸侯軍なり冒険者なり魔法使いを動員してなんとかしなければならない問題だ。

 彼が困っていたところに、俺たちが今日は戦利品丸取りという条件で今回だけ討伐依頼を受けた形にしている。

 これが常態化すると、討伐時の賞金に、得た巨大蟹の分け前等、細かくフィリップ公爵家がルールを作らないと誰も討伐依頼を引き受けないであろう。

 命がけでカニを倒したのに、ルールがなく、もしフィリップ公爵家が立場を利用して利益を総取りにしてしまったら。

 なんの保障もないフリーランスの魔法使いや冒険者たちが、そんな危険を冒すわけがない。

 ルールが決まるまで、巨大ガニが長期間我が物顔でこの海域を暴れまわる危険もあった。


「今日は、この数匹を倒して持ち帰ればいいですね」


「それでいいのである」


「貴族の旦那ぁ……。大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


 大丈夫。

 巨大ガニは強くないし、俺は急所を知っている。

 カニは生きたまま茹でると、暴れて足が取れてしまう。

 そうすると、胴体の中の美味しいところがお湯に流れてしまうので、調理する直前に必ず締める必要があった。

 カニの急所は目の間、口の中、ここを鋭い刃物や錐で深く突けばいいのだ。


「動きが遅いので、それほど苦でもありませんよ」


 俺は、全長十メートルほどの鋭い錐状の刃物を魔力で作り、それを一気に巨大なカニの目の間に突き刺した。

 この俺からの攻撃に対し、あまり素早くない巨大ガニは反応できず、その目の間に魔力の錐が深く突き刺さった。


「どうだ?」


「動かなくなったのである」


 いくら巨大とはいえ、同じカニなので急所は同じだったようだ。

 魔力の錐が消えると、巨大ガニはまったく動かなくなってしまった。

 生命反応もなくなり、俺は無事巨大ガニの討伐に成功する。


「海竜よりも弱いな」


「あいつらは、もっとよく動くのである!」


 攻撃力は海竜よりもあるが、攻撃が遅いので対応は難しくない。

 急所もわかりやすいので、研究が進めば魔法使いでなくても倒せるようになるであろう。


「おっと、次が来る前に……」


 締めてしまったカニをそのままにしておくと、いくらここが寒い北の海でも品質が落ちてしまう。

 俺は慌てて、巨大ガニを魔法の袋に仕舞った。


「バウマイスター辺境伯、次である!」


「貴族の旦那ぁ! 種類が違うだ!」


「(出たあ! 今度はズワイだぁーーー!)」


 次の巨大ガニは、全高十五メートル、全幅五十メートルほどの巨大なズワイガニであった。

 違うかもしれないが、とてもよく似ているのは確かだ。


「とても美味そうだな」


「貴族の旦那ぁ……。それどころじゃないですよ」


「それどころじゃない? それがなによりも大切じゃないか」


 クソ不味そうな動物や魔物なら、素材以外は黒焦げでも、素材も大したことがなければ時間節約のため粉々にしても構わないが、相手はカニ様である。

 足が取れてしまうなどもっての他、そのままの姿で慎重に締めなければいけないのだ。


「今度のカニも凄い力ですけど……」


「大丈夫、前のカニよりも弱いから」


 タラバガニに比べると、足の攻撃力が劣るな。

 いや待てよ。

 このまま攻撃を続けると、美味しい足が取れてしまうか。

 

「そうなったら勿体ない」


 またも魔力で錐を作り、目の間に深く突き刺して巨大ガニを殺した。

 

「あとは、毛が生えている奴がいたら全種類制覇だな」


 毛ガニは味噌が美味しいからな。

 出現したら、タラバガニ、ズワイガニよりも慎重に締めないといけない。

 早く持って帰って、美味しく茹でる方法を考えないと。

 なにしろ、みんな大きいからな。

 鍋の特注は難しいか?


「バウマイスター辺境伯、また違う種類である!」


「おおっ!」


 今度のカニは、全高十メートル、全幅二十メートルほどで小さかった。

 全身に毛が生えており、まさしく毛ガニそのものである。


「これも同じ方法で倒す!」


 今度は『魔法障壁』に攻撃される前に、先制して倒してしまった。


「これで、北の三種を制覇ですね」


 まだ百パーセント食べられる保証はなかったが、今は一秒でも早く茹でてみたい気持ちでいっぱいだった。

 きっと茹でると、美味しい匂いがするはずなのだから。


「バウマイスター辺境伯、反応はあと四つである!」


「あとは、反応がないですね」


「たまたま南下したのであろうか?」


 その答えは誰にもわからなかったが、俺はその日のうちに、タラバガニに似た巨大蟹を二匹、ズワイ二ガニに似た巨大蟹を二匹、毛蟹に似た巨大蟹を三匹も確保することに成功したのであった。








「北方の海にそんな生き物がいたんだ。これから探索する予定なんだけどなぁ……大丈夫かな?」


「魔導飛行船で行けば大丈夫だろう」


「もしかしたら、飛べるって可能性はないのよね?」


「ほぼないと思うぞ。魔物じゃないから」




 結局、巨大なカニは七匹の群れを俺が退治したらいなくなってしまった。

 これからまた南下してくる可能性も否定できなかったが、それに対応するのはアルフォンスの仕事である。

 彼は魔法使いの確保に頭を悩ませていたが、しばらくは時間があるはずだ。

 北で獲った巨大ガニを調理すべく、俺はバウルブルクにある屋敷に戻っている。

 当事者ということでアルフォンスも招待し、巨大ガニに興味を持ったペーターたちもこちらに来て興味深そうに巨大ガニを見ていた。


「あなた、このカニはどうやって調理しますか?」


「茹でる」


 カニは茹でるに限る。

 他の無駄な調理など必要ない。


「ですが、こんなに大きなカニが入る鍋がありません」


「鍋に入る大きさに切ったら?」


「ぬぉぁーーー! そんなことをしたら、美味しい成分がお湯に流れ出してしまうーーー!」


「そっ、そんなに強く否定すること?」

 

 俺は、イーナの意見を全力で否定した。

 なぜなら、カニはそのまま茹でなければ意味がないからだ。

 第一、南方の海で獲れる巨大なエビや貝だって、いちいちバラして調理なんてしない。

 やはり、体の中から美味しい部分が流れてしまうからだ。


「でも、今から特注の鍋を注文していたら時間がかかるよ。この巨大なカニが茹でられる特注の鍋なんて、完成に何ヵ月かかるか」


 ルイーゼは、鍋がないから諦めてイーナの言うとおりにすればいいと言った。


「だが、それは認められない! 魔法で茹でてやる!」


 ようは、カニ全体を満遍なく熱湯で決められた時間茹でられればいいのだ。


「先生、どんな方法で茹でるのですか?」


 魔法で巨大なカニを茹でる。

 応用が必要であり、俺の弟子であるアグネスは興味津々のようだ。


「魔法で大量の『蒸気』を作る?」


「シンディ、その蒸気を閉じ込める方法がないと、魔力が大量に必要で、周囲にも迷惑がかかるよ」


 シンディとベッティも、師匠である俺が出した問題を懸命に考えていた。

 魔法の応用性を高めるためには、どんなにくだらない課題でも懸命に考え、思考力を磨く必要があったからだ。

 三人は懸命に、自分ならどうするかを考えている。


「一気に焼いてしまったらいかがです?」


「あのなぁ、カタリーナ。あの巨体なのだから、表面だけ焼いて中が生のままじゃ意味ないだろうが」


 焼きガニもいいと思うが、まずは茹でを解決してからだな。


「ヴェンデリンさんならどうするのですか?」


「あまり複雑な方法は取らないね」


 巨大なカニと大量のお湯を入れる鍋は、『魔法障壁』の形状を鍋の形にすればいい。

 『魔法障壁』は、水を漏らさないようになっている。

 漏れると冷気などが浸透して、使用者にダメージがいくので当然だ。

 まずはこれを巨大な鍋の形にし、そこに大量の水を入れて『火炎』魔法で沸騰させる。

 その時に、塩を入れるのを忘れてはいけない。

 蟹は海水と同じくらいの塩水で茹でないと、味がボヤけて不味くなってしまうからだ。


「これでいいですか?」


「さすがは、リサ」


 大量の水を鍋型の『魔法障壁』に塩と共に移し、『火炎』魔法で上手に沸騰させた。

 

「ここでカニを入れる」


 巨大なカニを、『念力』で底の部分に入れる。

 最初は、俺が前世で一番好きだったズワイガニにしておいた。

 

「甲羅は下なのですね」


 そうしないと、味噌が固まる前に湯に流れ出してしまうからだ。

 俺が理由を説明すると、リサは納得した。


「茹でている間にカニが浮き上がらないように、重しをした方がいい」


「わかりましたわ」


 とはいえ、そんな重しは急に準備できなかったので、カタリーナはカニが湯から出ないよう『念力』で抑え込んだ。


「先生、これだけの動作を一人で可能ですか?」


「今日は人数がいるから分担しているけど、俺一人でもできるな」


 むしろそれができないと、もしまたカニを入手した時に茹でられない。

 もしできなくても、必死に修行して会得するであろう。


「茹でると、鮮やかな赤になるんだね」


「美味しそうな気がする」


 茹であがったカニが鮮やかに赤く染まり、とてもいい匂いが漂ってくる。

 この匂いは、間違いなく茹でたてのズワイガニの匂いだ。


「茹で終わったカニはすぐに引き揚げ、湯気が止まるまで置いておく」


 今回はカニが大きかったので少し長めに茹でたが、細かい茹で時間などはこれからも研究が必要だな。 

 茹であがったカニの足を一本切り落とし、毒などがないか魔法で探るが、特に問題はないようだ。

 殻がえらく硬いが、茹でると強度が落ちるらしい。

 『ウィンドカッター』で剥くと、中には美味しそうなカニの身がビッシリと詰まっていた。

 前世以来、何年振りのズワイガニであろうか。

 試食をすると、あの懐かしい……懐かしいというほど沢山食べた記憶もないが……身の甘い味が口いっぱいに広がる。

 美味い。

 カニはとにかく美味い。

 いちいち口で言い現わさなくても、カニには食べている人を無言にする美味しさが存在するのだ。


「あなた、どうですか?」


「もの凄く美味い。拘って茹でた甲斐があったね。エリーゼも早く」


 身を切り取ってエリーゼに食べさせると、彼女も無言になった。

 美味しいカニには、やはり人を無言にする力があるのだ。


「じゃあ、自己責任でどうぞ」


「ここまで見せつけられて、食べないなんてないよ」


「ヴェンデリンが毒味しているからね。エメラ殿、カニに毒はあったかな?」


「いいえ、ありません」


 エメラが大丈夫だと太鼓判を押すと、みんながカニに群がって食べ始めた。


「塩水で茹でただけなのに、もの凄く美味いな」


「下手な料理なんて目じゃないね。今度、冒険者ギルド本部に討伐依頼を出そうかな?」


「フィリップ公爵領の支部にも出してみよう」

 

 ペーターも、アルフォンスも、一心不乱にカニを食べ続けた。

 彼らに釣られ、エメラやマルクたちもカニを美味しそうに食べている。


「美味しい」


「美味いのである!」


 ヴェルマと導師は自然と競うようにカニを食べ始め、エリーゼたちも、今日はバウルブルクの屋敷にいたルルと藤子も、美味しそうにカニを食べている。


「ぷはぁ! これは酒とよく合うな」


 ブランタークさんもお酒と共にカニを味わい、とにかく巨体で量が多いのでバウマイスター辺境伯家の家臣、兵士、メイドたちも無言でカニを食べ続ける。

 みんな、茹でたてのズワイカニモドキに大満足であった。


「ヴェル君に言われたとおり調理したわよ」


「ありがとうございます。これも美味しいなぁ」


 アマーリエ義姉さんが、パスタを茹でてカニパスタを作ってくれた。

 これにはカニミソも入っており、その濃厚な味が食欲を回復させる。


 他にも、まだ大量にあるカニの身でグラタン、チャーハン、カニ玉、味噌汁、カニハサミクリームコロッケ、サラダ、天ぷら、シュウマイ、あんかけ豆腐、鍋、ブイヤベース、雑炊、春巻き、スープなど、様々な料理が出てきた。


「これはいい身の質と味のカニですね。討伐は大変そうですが……」


 これらの料理でミズホ風のものは、バウルブルクで様々な店を経営しているアキラとデリアが出張して作ってくれたので、とてもいい味だ。

 特に、この味噌汁と、カニの身のあんかけはいいな。

 揚げ豆腐とよく合っている。

 カニの身と、擦り下ろしたヤマイモ、卵白、だし汁を混ぜて蒸した真薯(しんじょ)も素晴らしい。

 やはり、こういう料理をさせるとアキラの圧勝だな。


「北方には、こんなに大きなカニが生息しているのですね。王都にいる父が聞いたら仕入れたがると思います」


「偶然南下したみたいだな。北方は未探索地域だから、いても不思議ではない。南にも海竜みたいな巨大生物がいるのだから」


「そうですね」


 まだカニは沢山あるから、時おりアキラにミズホ風の料理をさせるのもいいな。


「ヴェンデリン、ご馳走様。魔法使いで探索隊を組んでカニを討伐させたいね」


「残念ですが、魔法使いに余裕がありません」


「だよねぇ……」


 ペーターによる巨大ガニ探索隊の編成案は、アルフォンスよって否定されてしまった。

 内乱で魔法使いの犠牲が大きく、未成年者への早期教育を行っても大幅な人員不足であったからだ。

 復興と新開発計画もあるので、北方の探索に魔法使いを回す余裕はないのであろう。

 計画自体はあるが、なかなか進んでいないのが実情だ。


「そのうちにまたカニがきたら、フィリップ公爵家の魔法使いでなんとかするよ。ヴェンデリンに効率的な討伐方法を教えてもらったから」


「それがいいな。いいか、急所を一撃しないと勿体ないからな」


「そこは拘るんだね」


 足が取れたり、甲羅の中のミソが漏れたら勿体ないじゃないか。


「俺も在庫が尽きたら、フィリップ公爵領から輸入しなければいけないから当然だ」


「新しい特産品になるかな?」


「定期的に獲れればな」


 ところが、あの巨大ガニの群れは偶然南下したようで、フィリップ公爵家が巨大ガニの住処まで漁に出かけられるようになるまで、まだかなりの年月が必要となるのであった。






「いやあ、あのカニは美味かったな」


「そうだな、エル」


「お館様、今日はアキラが自作したドラ焼きを持ってきました」


「いいね。お茶と一緒にみんなで食べようか」




 カニ料理を振る舞う会が終わり、色々と忙しいペーターとアルフォンスたちは帝国へと戻って行った。

 家族だけで食後の団欒をすごしていると、突然魔導通信機の着信音が鳴る。

 慌てて出ると、通信相手はヴァルド殿下であった。


『ヴェンデリン! なぜ誘ってくれぬのだ?』


「はい?」


『今日、ペーター殿とアルフォンス殿と、君が狩った獲物の料理を食べたことは聞いている』


「はあ……」


 さすがは、次の国王陛下。

 だが、ヴァルド殿下にはうるさい家臣が多い。

 得体の知れない巨大ガニの料理なんて、彼らが食べることを認めるわけがないのだ。

 ペーターとアルフォンスには自己責任だと言ってあるし、二人はそれを認めて食事会に参加している。

 お互いに信用もあるし、うちは魔法使いが多いから万が一誰かが毒を入れてもすぐに気がつき、エリーゼがいるから解毒も可能であった。

 巨大なカニを食べる会で、出席者の中で最上位者に近いヴァルド殿下がカニを食べられなければ場がシラけるので、自然と招待はしない方向になったわけだ。


「殿下をご招待しても、お出しできるものがありません」


『それは……』


「というわけですので、今回は仕方がなかったものと」


『……次は、誘ってくれよ。なにしろ私たちは、友人同士でこれから親戚同士になるのだからな』


 最後にそう言うと、ヴェルド殿下は魔導携帯通信機を切った。

 親戚ねぇ……。

 そこに大きく拘るよなぁ……。


「なんかさぁ、ヴァルド殿下って面倒な人じゃねえ?」


「そうだな」


 エルの不敬な指摘に対し、俺も、エリーゼですら首を縦に振るのであった。

 誰か、俺以外で友達でもできれば少しは変わるのかね? 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る