第352話 バカとインコ(前編)

 現在、併合したアキツシマ島と南方諸島以南の領域、バウマイスター辺境伯領本領の開発も順調に進めており、それに隣接するブライヒレーダー辺境伯領も好景気に沸いていた。

 西部における魔族との緊張関係と、一向に進まない貿易交渉などの問題はあったが、交渉自体は続いているので、軍事的な驚異は大幅に低下している。

 魔族の軍人には冷静な者たちが多く、暴発の危険も少なかった。

 政府の命令に逆らって暴走……戦前の旧軍みたいなことはしないみたいだ。

 逆に足手纏いでしかない青年軍属の数を増やしてしまい、魔族の軍人たちは彼らの管理で忙しい。

 誰が見ても青年軍属たちは足手纏いなのだが、もう用事がないからと放逐もできないのは辛いと思う。

 彼らを無職に戻してしまうと、失業率が悪化して政府批判が強まるそうだ。

 貿易交渉はなかなか進まず、人間との緊迫関係がなくなったわけではないのに、軍人の増強は事実上不可能であり、なら青年軍属でもいいかという、軍事に詳しくない政治家たちによる素人判断は怖いな。

 数は戦力、と単純に考えてしまうのだから。

 魔族は全員魔法使いだから、あながち間違った考えでもないから性質が悪いかも。

 彼らに軍人が務まるかどうかは別として、職があれば雇用統計もよくなるし、給金を出しているのだから、彼らがお金を使えば景気もよくなるはず。

 あんな無人島で、貰ったお金をどう使うのかという疑問もなくはないが。

 そんな理由で、テラハレス諸島群には多くの魔族の若者たちがいた。

 彼らにさせることというか、任せられる仕事が少ないので、効率は無視して色々な建物などを作り始めた。

 魔族側は、テラハレス諸島群を人間と魔族との交流拠点にしたいらしい。

 新聞などで、進歩的と言われている政治評論家やコメンテーターがそうインタビューに答えていると、モールたちが教えてくれた。


『魔族と人間による友好の懸け橋とか言っているね。度がすぎた性善説を元にしたお花畑発言は彼らの十八番だから。でも魔族も、現実だけを直視するだけでは生きていけないから、ああいう手合いも必要なのかもね』


『それが元で戦争になったら本末転倒だけど、そうなったらそうなったで、彼らは戦争反対を声高に言うお仕事が増えるから』


『拗らせた中途半端なエリ-トはどうしようもないね』


 モールたちは相変わらず醒めており、同朋に辛辣だったが、間違ったことは言っていない。

 元々テラハレス諸島群は、ホールミア辺境伯が領有権を主張している島だ。

 そこに勝手に色々と建てられてしまって、気分がいいはずがない。

 領地を魔族に奪われたままなので、寄子や他の貴族たちへの面子の問題もある。

 ホールミア辺境伯家は反発を強めているが、かといって単独でのテラハレス諸島群奪還は不可能であった。

 交渉が続いている以上は王国軍もことを荒立てないし、ならば他の貴族たちも援軍を出すことはないであろう。

 それに、大軍を維持し続けると経費の問題が出てくる。

 それでも軍勢で圧力をかけながら奪われた領地を返せと文句を言い続ける必要はあり、ホールミア辺境伯家は資金繰りに四苦八苦していると噂になっていた。

 そんな複雑な情勢ではあるのだが、人間とは慣れる生き物だ。

 次第に、西部以外の領域は普段と変わらない生活に戻っていく。

 どうやら戦争にはならないようだとわかると、みんな遠い西部のことなど気にしなくなってしまったのだ。

 俺たちもバウマイスター辺境伯本領と南方の開発で忙しいので、西部のことなどあまり気にかけなくなっている。

 そんな状態なので、今日の俺は久々にブライヒブルクに顔を出していた。

 開発の手伝いをしてもらっているし、俺が辺境伯に陞爵したのでその説明などもある。

 彼の娘フィリーネは婚約者なので、定期的にその顔を見に行って仲が良いことを周囲にアピールしないといけない。

 政略結婚であるが、彼女が成人するまで無視するわけにもいかないのだ。

 なんとも貴族らしい行動で、自然にそういう風に振る舞えるようになった俺は、貴族生活に慣れてきたものだと思う。

 幸いというか、フィリーネは内乱の時に長期間一緒にいたのでエリーゼたちとも仲がよかった。

 俺も好かれていたので、フィリーネは顔を合せると陞爵したお祝いを述べてくれた。


「ヴェンデリン様、辺境伯への陞爵おめでとうございます」


「ありがとう、フィリーネ」


 フィリーネがお祝いを述べてくれたので、俺は笑顔でお礼を述べた。


「なんか妙なことになりましたね」


「そうですね」


 俺が陞爵した人事の変な部分は、俺もブライヒレーダー辺境伯も爵位は同じなのに、俺が寄子なのは変わらないという部分だ。

 俺たちでも少し違和感があるのに、外野が変だと思わないはずがない。


「予想どおりでしたが、王国はこうやって地味に手を打ってきますね」


「やはり、離間の策ですか?」


「そこまで露骨じゃないですけどね。我々が死んでから、王国は国土の管理区分を変えるのかもしれません」


 王国は確定したバウマイスター辺境伯領の南部を探索する予定なので、もし大陸や島があったら人を入植させるつもりであろう。

 王国自身も力を増しつつ、ブライヒレーダー辺境伯家を中南部担当、バウマイスター辺境伯家を南部担当とし、管理区分を切り離して両者が必要以上に親密になるのを防ぐ。

 俺とブライヒレーダー辺境伯が存命の頃はあり得ないが、代を経るに従って両者の間に溝ができる可能性が高かった。

 王国は、随分と長い目で貴族の管理を行っているようだ。


「なるべく今のような親密な関係でいきたいですけどね。先のことは誰にもわからないのですが。今は、フィリーネもバウマイスター辺境伯に嫁ぎますからね」


 ただ、彼女は母親の身分が低いので、奥さんとしての序列はさほど高くない。

 それに、貴族の血縁関係は一代か二代でリセットされる。

 百年後、ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター辺境伯家が紛争を……なんて未来もあるかもしれなかったが、現時点でそれを心配しても意味はないな。


「ヴェンデリン様、お茶をお淹れしました」


「ありがとう、フィリーネ」


 フィリーネはブライヒレーダー辺境伯家の娘となり、今はそれなりの教育も受けているそうだ。

 実質花嫁修業であったが、少し前まで平民の娘として生活していたから家事はちゃんとでき、お茶も上手く淹れられる。

 早速ひと口飲むが、その腕前はエリーゼと遜色なかった。


「フィリーネは、お茶を淹れるのが上手だな」


「ありがとうございます、ヴェンデリン様」


 そう言いながら、にこやかに笑うフィリーネのおかげで場が和んだ。

 ただ一つ勘弁してほしいと思ったのは、フィリーネはマナーに従って最初俺にお茶を出したのに、ブライヒレーダー辺境伯があからさまに不満そうな顔をしたことだ。

 可愛い一人娘が、父親である自分以外の男に先にお茶を出した件が気に入らないのであろう。

 すぐに彼の表情を見た奥さんがひじ打ちをして、元の表情に戻っている。


「お土産があるから一緒に食べようか?」


「はい」


 屋敷で作らせた魔の森産のフルールを使ったケーキを持参していたので、フィリーネも加わってオヤツの時間となった。


「随分と領地が広がりましたね」


「海の方が多いですけどね」


 一番大きな島はアキツシマ島で、二番目に大きいのが、ルルがいた魔物の領域だらけの島。

 他にも百を超える無人島があったが、数百人も住めばいっぱいになってしまうような島ばかりだ。

 もっと小さな無人島も入れれば数百は超えると思うが、開発の効率は悪いと思う。

 なにしろ、海には大量の海竜がいるのだから。


「退治できませんか?」


「数が多すぎるのですよ」


 現在も手が空いているアキツシマ島の魔法使いたちが討伐を行っているが、中級以下の彼らではさほど成果が出ない。

 下手に頑張らせすぎると犠牲者が出てしまう。

 魔法使いは貴重なので死なせるわけにいかず、海竜退治を慎重にすればするほど効率は落ちてしまうのだ。

 開発が最優先のため、しばらく海路は使わない方がいいであろう。


「幸い、魔導飛行船も確保できていますから」


 バウマイスター辺境伯領本領各地と、島々を結ぶ定期航路はこれからも増強する予定だ。

 船員の教育には時間がかかるが、これは時間が解決してくれるはず。


「それはよかったですね。うちも好景気で万々歳ですよ。隣の小領主たちも最近は大人しいですね」


 ブライヒレーダー辺境伯領の隣には、多くの小領主たちの領地が集まったエリア『小領主混合領域』がある。

 当主が代わると、自分の力を領民や家臣に見せつけるためであろう。

 係争事案がある隣の領主と紛争を起こすケースが多かった。

 紛争に至らなくても、寄親であるブライヒレーダー辺境伯に裁定を頼む貴族たちも多い。

 さらに凄いのが、ブライヒレーダー辺境伯家に紛争を仕掛ける貴族もいるらしい。

 『○○家の新当主たる私は、寄親であるブライヒレーダー辺境伯家にも怖気づくことはないのだ!』と、領民たちに対し強い領主をアピールするわけだ。

 この辺の考え方は、地球のヤクザやマフィアとそう変わらない。

 毎度巻き込まれるブライヒレーダー辺境伯家当主が不幸であった。

 寄親の一番面倒な仕事らしいが、最近その頻度は少し下がったそうだ。


「酷い理由で紛争が起こるのですね」


「我が家は、代々こんな連中の相手をしているのですよ。バウマイスター辺境伯家がブライヒレーダー辺境伯家の寄子を続けるという奇妙な状態をどうして王国すら認めているのかといえば、バウマイスター辺境伯家が独立すると、この連中が新たな活動を始めるわけです」


 『バウマイスター辺境伯家の寄子になるので、ブライヒレーダー辺境伯家が自分たちに下した不利な裁定を改善してください』とか言い出しかねない。

 少しでも自分たちに有利になるのであれば、これまでブライヒレーダー辺境伯家から受けた恩すら仇で返すかもしれないというわけだ。


「地方の小領主なんて、みんなが思っているほど裕福ではありませんしね。収入が入っても、すぐに経費で飛んでいきます。少しでも利益を得ようと必死なのですよ」


 事情は理解できるが、まだ貴族として経験の浅いバウマイスター辺境伯家が彼らの利害調整なんてできないので、下手をすると南部が混乱してしまうかもしれない。

 そうなれば王国も損をするので、うちがブライヒレーダー辺境伯家の寄子のままでいてもなにも言わないわけだ。

 あと百年も経てば、話は別なのであろうが。


「今はこれでも落ち着いていますよ。バウマイスター辺境伯領への出稼ぎに、開発に必要な物資の販売で潤っていますからね。猫の額のような土地を争う暇があったら、仕事でもした方が金になりますからね」


 金持ち喧嘩せず。

 金持ちとまではいかないが、好景気なので紛争する暇がないというわけだ。


「開発特需が終われば、元の木阿弥かもしれませんが」


 かもしれないが、そう簡単に開発が終わるはずもない。

 なにしろ、俺は今もの凄く忙しいのだから。

 俺が忙しいということは、それに大規模な開発が付随するわけだ。

 ローデリヒに言わせると、俺が一年三百六十五日、二十四時間ずっと働いてもらっても構わない、できればそれが理想だと、怖いことを言っていた。

 勿論物理的に不可能なので、ローデリヒが微ブラック程度にスケジュールを組んでいたけど。

 先に厳しい発言で俺を脅し、次にちょっと忙しい日程を俺に提案する。

 すると不思議なことに、俺は結構楽なスケジュールなのではないかと錯覚してしまうわけだ。

 俺は、ローデリヒによって完全にコントロールされていた。


「魔族についても心配したのですが。あの様子だとあと数年は動かないですね」


「双方の利害関係の調整は、そう簡単に終わらないでしょう」


「魔道具ギルドも、後継者争いで揉めていますからね」


 魔族から魔道具を輸入してしまうと、ヘルムート王国の魔道具職人が失業してしまう。

 帝国の魔道具ギルドとも組み、彼らは魔道具輸入の断固阻止を目論んでいた。

 なまじ金も力もある組織なので、見事に交渉の足を引っ張っているわけだ。

 先日、強権を駆使していた会長が亡くなったのもよくなかった。

 これに次期会長争いも加わり、残念ながら交渉が進むことはないであろう。

 テラハレス諸島群に建設された建物の中で、魔族、王国、帝国の代表者たちが、なにも進まない交渉に辟易している様子が目に浮かぶ。


「どうせ誰を投入しても交渉が進むわけがなく、むしろ魔道具ギルドを敵に回す危険もありますからね。誰も交渉を進めません」


 帝国もそれは同じで、みんな魔道具ギルドから恨まれたくないので、適当に時間を潰しているという状態であった。

 当然俺も、自らそこに加わろうとは思わない。

 他にやることがいくらでもあり、現状ではなにも困っていないからだ。

 アキツシマ島には魔王様から中古魔道具を輸入して開発を進めていたが、あの島はしばらく部外者が誰も入れない。

 もし見つかっても、古い魔道具なので発掘品だと言って誤魔化す予定であった。


「バウマイスター辺境伯は、異民族対策で忙しいようですね。ですが、ちゃんと定期的に、私の可愛い娘であるフィリーネに会いに来ていただかないと」


 そうすることで、周囲にバウマイスター辺境伯家とブライヒレーダー辺境伯家との関係が良好なことをアピールできる。

 王国政府による分断策に対抗するわけだ。


「ところで小耳に挟んだのですが、バウマイスター辺境伯は併合したアキツシマ島の有力者の娘を嫁に迎えるそうで?」


「有力者本人です」


「本人なのですか?」


「ええ」


 秋津洲家も細川家も、本家一族の生き残りが涼子と雪だけとなったため、例外的に家督を継いでいる。

 二人は独身なので、バウマイスター辺境伯家がアキツシマ島の支配力を強めるためには、二人がバウマイスター辺境伯家の血を継ぐ子を産み、その子がアキツシマ島の代官、副代官になればいい。

 つまり、俺が二人を娶るわけだ。


「うううっ……。仕方がありません……」


 生まれながらの大貴族であるブライヒレーダー辺境伯は、俺がそうせざるを得ない事情を誰よりも理解していた。

 ところが可愛い娘の父親としては、これ以上俺に嫁が増えるとフィリーネが蔑ろにされるのではないかと、心配しているわけだ。


「聞けば、元名門有力領主の娘と、他の島の村長も娶るとか?」


「あの二人は……」


 まだ五歳である二人なので、正式にそう決まっているわけではない。

 今は子供なので、保護しているだけであった。

 二人とも年齢以上に大人びており、俺の嫁になる気マンマンで、アグネスたちが危機感を募らせていた。


「弟子の三人もそうですよね? あの娘たちは、年齢的にそう先の話でもないですよね?」


「はい……」


 アグネスはすでに成人しており、ベッティは来年、シンディは再来年成人してしまう。

 三人に関しては、ローデリヒが開発で役に立つので絶対にと釘を差してきていた。

 以上のように、もし俺がブライヒレーダー辺境伯でも心配してしまうような状態なのだ。

 別に、俺が望んでこうなったわけではなく、人生なにがあるかわからないという実例であった。

 いきなり嫁は増えるのだ。


「ヴェンデリン様は凄いですね」


「凄いのかな?」


「はい、お父様のご本に沢山奥さんがいる貴族様のお話がありました」


「ブライヒレーダー辺境伯……」


 あんた、娘になにを見せているのだ?


「旦那様!」


「いいお話なんですよ」


 ブライヒレーダー辺境伯は俺に続き、奥さんにも怒られていた。

 あらすじだけ聞くと、女の子が読むお話じゃないよな。


「お父様。フィリーネは、たとえヴェンデリン様に奥さんが何人いても、仲良くできると思います」


「そうですよね。フィリーネは私の娘なのですから!」


 ここでまた、ブライヒレーダー辺境伯の親バカ発言が飛び出した。

 とはいえ、俺もあまり心配ないと思っている。

 なにしろフィリーネは、あの導師と友達になれてしまうほど博愛精神に満ち、肝も据わっているのだから。


「ですので、私も早めにヴェンデリン様のお屋敷に住まわせていただこうかと」


 婚約者として、事前に俺の屋敷に住んでしまう。

 実はこの手法、エリーゼもホーエンハイム枢機卿の指示で行っている。

 イーナとルイーゼもそうで、王都屋敷で二年半以上も一緒に住み、おかげで三人を俺の妻だとすべての貴族が理解した。

 他の虫がつかないようにする、非常に効果的な作戦なのだ。


「いけません!」


「なぜです? 旦那様」


 フィリーネが今から俺の屋敷に住むというと、ブライヒレーダー辺境伯が全力で反対した。

 とてもいい策だと思っていた奥さんも首を傾げている。


「まだ教育が終わってしませんから……」


「それは、向こうのお屋敷でやらせればいいじゃないですか。家庭教師と教育係なら、うちから送り出せばいいのです」


 フィリーネは未成年であり、十歳近くまで平民として暮らしていた。

 そのせいで今、貴族令嬢に相応しいマナーと知識を身に付けるべく色々と教育されているのだが、別にブライヒブルクでやらなくても、バウルブルクでやっても結果は同じであろう。

 ブライヒレーダー辺境伯家が、そんなお金すらないなんてあり得ない。

 フィリーネが俺に嫁ぐということを世間に知らしめるには、とても効率のいい方法なのだ。

 特に奥さんは賛成のようだ。


「いえ、いえ、いえ! 駄目です! フィリーネは成人するまで私と暮らすのです!」


「旦那様……」


 ブライヒレーダー辺境伯は、ようやく一緒に暮らすようになったフィリーネをまだ手放したくない。

 彼女がいなくなると寂しくなるので、成人後、嫁ぐ時に屋敷を出ればいいのだと断固反対し、それに気がついた奥さんが頭を抱えていた。


「フィリーネがバウルブルクのお屋敷で住むようになれば、他の貴族たちからのちょっかいも防げます! どうして反対なのです?」


 一緒に住んでいるため、ここで婚約破棄になることは滅多にない。

 二人の関係を世間に知らせるには最適な手なのだ。


「フィリーネ、バウマイスター辺境伯様のお屋敷で住むのは嫌ですか?」


「いいえ、お義母様。エリーゼ様たちがいるので寂しくありません」


 あの村から保護してきたフィリーネは、エリーゼたちとも仲良くやっていた。

 一緒にいられるのは楽しいと、奥さんからの問いに答える。


「そうですか。あなた、フィリーネがそう言っていますよ」


「フィリーネ、お父さんと暮らすのが嫌ですか?」


「いいえ、お父様と暮らすのは楽しいです。お父様もお義母様も大好きですから」


「フィリーネぇーーー!」


 フィリーネに好きだと言われたブライヒレーダー辺境伯は、なにか用事を仰せつかった時のため部屋の隅で待機していたメイドたちが引くほど喜び、感極まって泣いていた。

 

「フィリーネにそう言ってもらえると嬉しいですけど、私たちは貴族なのです。時に、エリーゼさんと同じことをする必要もあるのですよ」


 フィリーネが俺に嫁ぐのは決定事項。

 一日でも早く、そういう風に世間に認知させたいわけだ。


「待ってください! 要は、フィリーネは絶対バウマイスター辺境伯家に嫁ぐと周囲が思えばいいのですよね?」


「そうですね」


「ならば簡単です! 今回のバウマイスター辺境伯の陞爵お祝いのパーティー。ここで、バウマイスター辺境伯がフィリーネをエスコートすればいいのです」


 そういえば、そんな行事の準備をローデリヒがしていたような……。

 いざ出席となると面倒そうだなと思ってしまった。


「まあ、その方法ならば……」


「フィリーネは、バウマイスター辺境伯の婚約者としてパーティーでエスコートされるのですよ」


「お父様、ブライヒレーダー辺境伯家の娘として恥ずかしくないよう、今からちゃんとお勉強をします」


「さすがは私の娘です!」


 再び感極まって泣き始めるブライヒレーダー辺境伯。

 俺が思うに、ブライヒレーダー辺境伯が親バカなのもあるが、きっとあの叔母上にフィリーネの爪の垢でも飲ませたいと思っているのかもしれない。

 俺からは、絶対に口には出せない本音であったが。

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