第348話 ワタシノトモダチ ヴェンデリン(前編)

「イスラーヴェル会長が死んだ? そうなのか……」


「はい、それでどんな人ですか?」


「もの凄い年寄りで、確か年齢は九十歳を超えていたはずだ。政治力はあったな。まあ、あの年ならいつ死んでもおかしくはないか……というか、どうして辺境伯様は知らねえんだよ」


「魔道具ギルドは、これまで色々と古代魔法文明時代の遺産を買い取りに来ましたけど、そんな偉い人が直接来るはずないじゃないですか」


「それもそうか。でもなぁ……一回くらい挨拶に来ればいいのに……」


「歴史ある組織だから、トップの腰が重たいのでは?」


「あいつら、無駄にプライドが高いからなぁ……」






 魔族との貿易交渉で裏から圧力をかけ、ゾヌターク共和国からの魔道具の輸入を断固阻止しようとしている魔道具ギルドの会長が急死した。

 ブランタークさんにどんな人なのか聞いてみるが、九十歳を超えた爺さんだという。

 それなら、いつ亡くなってもおかしくはないのか……。


「急死って……ただの老衰じゃないんですか?」


「そうとも言うな。でもよ、あそこの上は、魔導ギルドも真っ青な超高齢者の集まりだぞ。世間では『共同墓地』って揶揄されている」


「なんとも皮肉めいた呼ばれ方ですね」


 この世界には老人ホームなどないから、超高齢な老人の集まりイコールいつ埋葬してもおかしくない状態、つまり共同墓地という毒のある比喩表現となるわけだ。


「さすがに魔導ギルドは、魔法が使えないほど老いた奴は引退するからな」


 ところが魔道具ギルドは、魔道具の生産において分業体制を取っているところが多い。

 管理部門が爺さん婆さんだらけでも、下で実務を担当している人たちは気にしない。

 むしろ老後はそこに上がれると、不満を持つ者も少ないそうだ。

 年功序列がしっかりと守られているので、安泰なギルドではあるのか……。


「そのせいかわからんが、ここ二百年以上、魔道具は進歩してねえ」


「それ、本当なんですか?」


 単純に技術開発が大変なのかもしれないし、俺にはよくわからないんだよなぁ……。

 魔道具なんて、簡単な魔法使い専用のものしか作れないから。


「少なくとも、技術がまったく進歩していないのは事実だな。研究は真面目にやっているベッケンバウアーに言わせると、魔道具ギルドの連中は老害だとさ」


 常に需要が絶えない魔道具は、ある程度の生産量が維持できればそれだけで功績になってしまう。

 すでに魔道具の生産・量産体制の構築はほぼ完成しており、一から構築するよりも圧倒的に楽なので、管理職はトラブルがなければ仕事が楽だ。

 老人にでも務まるので、自然と上が閊えてしまうわけだ。

 楽だから、なかなか辞めないんだろうな。

 

「会長に、今さら魔道具を作れって言う人もいませんか」


「イスラーヴェル会長自身は、それでも魔道具の生産管理で功績のある人だからな」


 彼のおかげで魔道具の生産量は従来の1.3倍になり、品質もまったく落とさなかった。

 功績があり、政治力もあったので、長期政権を維持したわけだ。

 その代わり、人員を生産力向上と品質維持に振り分けすぎて研究部門が手薄だという悪評もある。

 ブランタークさんによると、この点をベッケンバウアー氏は批判しているのだそうだ。


「彼は、魔族が作る魔道具の流入を心配していたらしいからな」


 それは確かに心配であろう。

 下手をすると自分たちが失業するだけでなく、この大陸で二度と魔道具が製造されなくなり、魔族に独占されてしまう危険があったのだから。

 俺は汎用の魔道具なんて作れないから、魔族が作った高性能な品がもっと市場に出回ればいいと思ってしまう。

 ヴェンデリン本人としてはそれでいいのであろうが、為政者バウマイスター辺境伯としては失格なんだろうな。

 バウマイスター辺境伯領で魔道具の製造をしている人は……いたな……アキツシマ島に……彼らはリンガイア大陸よりも技術力が低く、魔道具を作れる者が少ない。

 今は魔王様が持ち込んだ中古魔道具の維持、管理、簡単な修理に、壊れているガラクタも、部品取り用で大量に購入した。

 向こうでは粗大ごみ扱いで、処理するにも金がかかるからほぼ無料だ。

 使える部品を取り出したあとは、魔道具の仕組みを勉強するにはちょうどよかった。

 今は技術力が低いけど、仕事をしながら勉強して魔族の技術を盗んでくれれば……。

 まあ、その努力が実るのは大分先の話だろうけど。

 勿論、あまり表沙汰にはできないけけどな。


「とにかく、会長の葬式に行かないと駄目だな」


「俺たちがですか?」


「当たり前じゃねえか。伯爵様……じゃなかった。辺境伯様」


 俺とブランタークさん、導師も魔導ギルドの所属なので、犬猿の仲である魔道具ギルド会長の葬儀に出ていいものか悩んでしまったが、俺はバウマイスター辺境伯、ブランタークさんはブライヒレーダー辺境伯のお供、導師は忘れてしまいそうになるが王宮筆頭魔導師である。

 出席してもおかしくはないというか、出ないと大きな問題になるだろう。


「顔すら見たことがない人ですけどね。貴族の責務として行きますよ」


 そこは、大人の対応が必要だよな。


「エリーゼ殿もだぞ」


 エリーゼは俺の正妻だ。 

 こういう場合、夫婦で出ないとおかしなことになってしまう。


「わかりましたよ。ブランタークさんも奥さんと出席したらどうです?」


「残念だが、俺は陪臣だからな。お館様にお供する方だから、お供はいらないのさ。導師は葬式なんて嫌いだから、一人で参列して終わりだろうけど」


 奥さんも連れて来いと、彼に直接言えそうな人はいないか……。




「わかりました。準備いたしますね」


 王都で所用を終えて大津城に戻ると、エリーゼは葬儀への出席を了承してくれた。

 『瞬間移動』があるからこその夫婦での出席であるが、たまには二人で王都に出かけるのもいいだろう。


「帰りに、新しい店でケーキでも食べて帰ろうか?」


「はい。いいですね」


 このくらいはいいはずだ。

 子供たちの誕生に、魔族への対応、アキツシマ島の統一と統治で忙しかった。

 短い時間だけど、久々に二人きりでのデートというわけだ。

 エリーゼはあまり表に出ず、この島の領民たちに無償で治療を続けてバウマイスター辺境伯家の支持を本物にした。

 アキツシマ島の代官に任じられた涼子以上の治癒魔法使いということで、バウマイスター辺境伯家の優位が確立されたのだから。

 まったく戦わなかったが、エリーゼの功績はとても大きいのだ。


「あの、お館様」


「どうかしたか? 涼子」


「私もバウマイスター辺境伯家の代官として、葬儀に出席したいのですが……」


「でも、異教徒の葬式だぞ。大丈夫か?」


 涼子は、ミズホと同じく神道に似た宗教のトップでもあった。

 このところ大分衰退して影響力は落ちており、大津の神社に似た神殿ですら廃れている状態だったが、それでも神官長である。

 教会の葬式に出ると、色々と問題があるかもしれないと俺は思ったのだ。


「その辺は、アキツシマの宗教は寛容ですから。お互いを尊重するということで問題ありません」


 そこまで言われてしまうと、参加を認めないわけにはいかないか。

 せっかくの二人きりのでデートがなくなってしまう事案なので、エリーゼには悪かったが。


「でしたら、普段のアキツシマ風の服装はやめた方がいいですね。葬儀には、教会の人たちも多数出ますから」


 そこで異民族風の服装で目立つと、教会にも他宗派や他宗教に寛容ではない人もいるので、思わぬトラブルになってしまうかもしれない。

 エリーゼは、リンガイア大陸風の喪服を着ることを条件とした。


「私、持っていないのですが……」


「それはお貸しします」


「ありがとうございます」


 エリーゼは、本当に優しいよな。

 やっぱり、あとでデートの時間を作ろうと思った。

 子供が産まれても、そういう時間が必要だよな。


「それでしたら、私もお供します。涼子様のお世話が必要でしょうから」


「それでしたら、私が!」


「雪さんは副代官としてお忙しいでしょうから、私の方がいいですね」


 涼子のお供として、松永久秀の娘である唯さんも立候補した。

 二人きりでないのなら、ちゃんと形式を整えた方がいいか。

 他の貴族たちも、多数葬儀に参列するはずだ。

 アキツシマ島の代官と、最低限のお供は必要か。


「なら、俺も行くぞ」


「ルルも行きます」


 五歳児コンビも立候補したが、こうなってくるとただ単に王都観光がしたいだけとも思わなくもなかった。

 

「喪服がないから無理だな」


「なんとぉ!」


 王都に連れて行ってもらえないとわかった藤子が、少しショックを受けていた。


「葬式だから、あまり大勢でゾロゾロと行ってもな。王都観光は、もう少し暇になったら計画するから。お土産も買ってくるよ」


「それは楽しみだな」


「わーーーい。ありがとうございます、ヴェンデリン様」


 とはいえ、いくら賢くても子供は子供だ。

 あとで埋め合わせはすると言ったら、すぐに機嫌を直してくれた。

 実は、これと合わせてアキツシマ島の南の海岸で海水浴も計画しているから、それで納得してもらおう。


「では、葬儀は四人で行くか。他のみんなは、悪いけど仕事を頼むね」


「それはわかったけどよ」


「なにか疑問でもあるのか? エル」


「お前、辺境伯に陞爵したんだろう? その話題が全然出てないじゃないか」


 と、言われてもなぁ……。

 領地持ち貴族である俺は年金が上がるわけでもないし、南部の統括はブライヒレーダー辺境伯のままで、俺は彼の寄子のまま。

 なにも変わっていないのが実情なのだ。


「実感はないと思いますが、伯爵から辺境伯への陞爵です。お祝いは盛大に開かないと……。そうですよね? エリーゼ様」


「なにもしないわけにはいきませんね」


「うーーーん」


 よく知りもしない魔道具ギルド会長の葬儀はまだいいが、爵位と階位が上がっただけで、大勢の客を呼んでお祝いパーティーか……。

 面倒だなと思ったら、ローデリヒから魔導携帯通信機で連絡が入った。


『お館様、陞爵の件は聞きました。辺境伯ともなれば、お館様は押しも押される大貴族です。このローデリヒ、感動のあまり涙が止まりません!』


「おっ、おう……」


 通信機越しだから確認したわけじゃないが、本当に泣いているみたいだな。

 領地を与えられ伯爵になった時には、彼はここまで感動しなかったと思うのだが、あの時は責任が重くてそれどころではなかったのかもしれない。


『ご安心ください。拙者が、豪華な陞爵祝いパーティーの準備をいたします。出席者の選定や招待も滞りなく行いますので、お館様はアキツシマ島の統治に傾注していただきたく願います』


 パーティーの準備での負担はなかったが、出席自体が面倒そうだ。

 誰を呼んで、招待状を書いてとか、面倒なことをしないで済んだのは幸いか。

 そんな暇があったら、魔法で開発してろってことなんだろうけど。


「パーティーかぁ……」


「あの、お館様」


「なに?」


 涼子は、俺になにか聞きたいことがあるようだ。


「ローデリヒ様というお方は、ミズホの血を引いておられるのですか?」


「いや、そんなことはないと思うよ」


 ローデリヒは、生粋の王国人だと思う。

 西洋人風で、髪の色も緑だから。


「私、自分を拙者と仰る方、昔のご本以外で初めて聞きました」


「あいつ、ちょっと変わっているから……」


 涼子によると、今のアキツシマ島でも自分を『拙者』という人はいなくなって久しいらしい。

 俺は、彼は有能だけどちょっと変人だから、と説明しておくのであった。




「よく似合うな。涼子は」


「ありがとうございます。エリーゼ様が貸してくださったおかげです」




 魔道具ギルド会長の葬儀に出席するため、俺は普段のローブ姿のままであったが、エリーゼ、涼子、唯の三名は喪服に着替えていた。

 涼子は、エリーゼの予備の喪服を少しサイズ直しをして……主に胸の部分である。

 唯は、リサの喪服をほとんど手直しなしで着ていた。

 彼女は思ったよりも着痩せする性質のようだ。


「綺麗なご婦人は、喪服がよく似合う」


「ブランタークさん、美人はなにを着ても似合いますよ」


「そりゃあそうだ。イーナは出席しないのか?」


「やることがありますし、ヴェルとブランタークさんって、あきらかに招かれざる客じゃないですか?」


「向こうもバカじゃないから、社交辞令に徹すると思うけどな」


 魔導ギルドと魔道具ギルドは、本当に仲が悪い。

 それでも、お互いに大人なのでトップの葬式くらいには出席する。

 気を使って安くない香典まで包んでいるのだから、せめてちょっと嫌味や皮肉を言うくらいで済ませてほしいものだ。


「ボク、行かないでよかった」


「ヴェル様、あとで王都にみんなで遊びに行く」


 ルイーゼは葬儀に参列しないで済んで安堵し、ヴィルマは別の機会に王都に連れて行ってほしいと強請った。


「そうですわね。私も魔道具関連はさっぱりですから、魔導ギルドの所属ですし。リサさんもですわよね?」


「魔道具作りは、魔法使いの中でも特殊な技能ですから。私もさっぱりわかりません」


「あたいも、魔導ギルドの所属だからなぁ……バウマイスター辺境伯家で、魔道具ギルドに所属している人はいないじゃないか?」


 確かにそう言われてみると、カタリーナ、リサ、カチヤも魔導ギルドの所属だ。

 俺も含めて、魔道具ギルドに所属している者は一人もいない。


「それは凄いの。妾など、どちらにも所属しておらぬぞ」


「所属しなくても、なにも困らないから」


「まあ、妾のような面倒な立場の人間に勧誘などせぬよな」


 元フィリップ公爵で、俺の非公式の愛人。

 確かに、俺が魔導ギルドのトップでも勧誘しないと思う。


「ヴェンデリン、妾はゾーリンテのケーキが土産にほしいの」


「はいはい。買って来ますよ」


 俺たちは、奥さんたちの見送りを受けてから王都へと『瞬間移動』で飛んだ。

 葬儀会場は事前に教会本部と聞いていたので、場所がわからなくて迷う心配もない。

 少し離れた場所に飛び、少し歩くと教会本部の建物が見えてくる。


「豪華ですね」


 涼子は、教会本部の豪華さに驚きを隠せなかった。

 分裂していたアキツシマ島では逆に宗教の力が弱まっていたので、修繕もされず放置されていた社を改修している最中なのだから。


「教会が豪勢なことは、あまり威張れないのですが……」


 真面目なエリーゼからすれば、必要以上に豪華な教会に違和感を覚えているのかもしれない。

 やはりホーエンハイム枢機卿の言うとおり、彼女が教会の中枢に入るのは難しいようだ。

 

「それでは行きましょうか」


 受付で香典を渡してから会場に入ると、すでにブランタークさんと導師がいた。

 導師は葬儀の準備のために前日王都の屋敷に戻っており、ブランタークさんも昨日所用があるとかで、王都のブライヒレーダー辺境伯邸へと『瞬間移動』で送っていたのだ。


「まあ、享年九十六歳だ。死因は老衰。こういう葬式の方がいいな」


 下手に若い人や、ましてや子供の葬儀だと、気分的に落ち込んでしまう。

 ここまで老齢なら大往生なので、参列者たちも悲しいということはないはず。


「むしろ、下の人間が喜んでいるのである」


「「「「「導師っ! シィーーー!」」」」」


 俺たちは、一斉に導師の口を塞いだ。

 確かに、参列している魔道具ギルドの幹部たちは亡くなった会長とそう年が違わないので、自分が死ぬ前に次の会長になれるチャンスがきてよかったと思っているはずだ。

 あまりに老齢なので、ここで倒れて死ぬかもとか不謹慎なことを考えないでもないが、導師はTPOを弁えてほしいと思う。

 きっと、この爺さん連中が魔族との交渉で王国に圧力をかけていたので、陛下の親友である導師からすれば、好意を抱けないのは当然か。


「またあの爺さんたちの中から会長を?」


「そうだな、幹部なんだから」


 どう見ても、魔道具ギルドの幹部たちに八十歳以下の人はいないように見える。

 当然彼らも魔法使いなのだが、すでに現役の魔道具職人としては引退していた。

 組織の管理ならば、老人でも問題ない。

 むしろ、老練な経営で魔道具ギルドを維持しているというわけだ。


「どうせ、誰がなっても同じだろう」


 ブランタークさんは、次の魔道具ギルド会長になる人にまったく興味がないらしい。

 誰がなっても、このまま王国に魔族の魔道具輸入阻止運動を水面下で続けるものと思われるから。

 なまじ財力があるので、彼らの影響力は絶大であった。

 葬儀に参列している他の貴族たちも、そそくさと香典を置き、ちょっと棺の前でお祈りして、やはり辺境伯になった俺に声をかけてきた。


「短期間のうちに辺境伯への陞爵とは凄いですな。見つけた島を征服して新たな領地としたとか」


「これは、ブライヒレーダー辺境伯をも上回る南部一の実力者となる日も近いですな」


「いえ、若輩の私はブライヒレーダー辺境伯殿に助けられることが多く、とても頼りにしております」


 人が出世したら、もう足を引っ張り始めたか……。

 俺とブライヒレーダー辺境伯との仲を割き、それを自分の利益にしようとしているのであろう。

 この葬儀には多くの貴族たちが集まり、半ば公式の場のようなものだ。

 ここで、俺はブライヒレーダー辺境伯を頼りにしていると堂々と公言した。

 そう言っておかないと、また余計なことを言い出す貴族が出てきて面倒だからだ。

 実際、彼の助けがないと大変なことになるし、足を引っ張るような連中を頼っても、口ばかりで役には立たないのだから。


「(エリーゼ、あいつ誰?)」


「(はあ……伯爵様じゃなかった、辺境伯様はいい加減、貴族の名前を覚えろよ)」


「(だから、多すぎですって)」


 ブランタークさんはそう言うけど、ローデリヒは魔法で開発さえしていればなにも言わないからなぁ。

 中央の主だった貴族はエリーゼが知っていることが多いし、紋章官もいるから問題ないと思うのだ。


「(ブーロ子爵ですね。プラッテ伯爵と縁戚関係にあります)」


「(納得したよ)」


 俺がわざと、プラッテ伯爵のバカ息子だけを犠牲にリンガイア返還交渉を成立させた事実に気がつかないほど、彼はバカではなかった。

 公式の場で俺を怒れない彼は、密かに俺への嫌がらせを始めたのであろう。


「(このくらいなら、問題ないのか?)」


「(あなた、お気をつけください)」


 油断大敵というわけか。

 あとでローデリヒにも報告しておこう。


「ホーエンハイム枢機卿も葬儀で忙しそうだし、ちょっと挨拶してから帰るか……」


 これで義理は果たしたので、もう帰ることにしよう。

 葬儀会場にいたホーエンハイム枢機卿に挨拶をすると、彼は葬儀を主催する立場でとても忙しそうであった。


「おおっ、バウマイスター伯爵じゃなかった辺境伯だったな。陞爵おめでとう、婿殿」


「ありがとうございます」


「ゆっくりと話をしたいところだが、ご覧の有様でな。後日、フリードリヒの顔を見せてくれないか」


 ホーエンハイム枢機卿は、教会側の葬儀責任者としてとても忙しそうであった。


「わかりました。それにしても豪勢な葬儀ですね」


「魔道具ギルドは金があるからな」


 それも、魔族の国製の魔道具が輸入されるようになると、大幅に力を落とす可能性もあるんだよなぁ。

 反発して当然といえば当然か。


「色々と事情はあるようだが、教会としては魔導具ギルドに口を出す権限もないからな」


 俺には、教会が下手に彼らを刺激して敵に回すのは嫌だ、と言っているようにしか受け取れなかった。


「辺境伯になった祝いのパーティーに来ていただければ、フリードリヒにも会えますよ」


「それを楽しみに、忙しい仕事をこなすか。エリーゼも元気そうでよかった」


「はい、毎日色々とありますけど」


「それは婿殿だから仕方がないな。体に気をつけてな」


 ホーエンハイム枢機卿とエリーゼの話も終わり、俺たちは葬儀会場をあとにした。

 これ以上長居しても、俺にすり寄ろうとする貴族たちに話しかけられるだけで面倒だからだ。


「涼子さん、教会の葬儀はいかがでしたか?」


「とても豪華でしたね。三好長慶公の葬儀でも、ここまで豪勢ではなかったそうです」


 島の中央部を押さえた天下人と、リンガイア大陸の半分を支配する国のギルドのボス。

 後者の方が金もあったというわけか。


「どうせ葬儀が豪華でも質素でも、死ねばわからないのである!」


「伯父様、その発言はさすがに……」


 エリーゼが、導師に苦言を呈した。

 それはそうなんだが、できれば心の声にしてほしい。

 まだ会場の外で、若い神官たちが客の応対で傍にいるのだから。


「お館様、これからいかがなされますか?」


「そうだなぁ……予定よりも早く終わったから、王都をブラブラして、みんなにお土産を買って帰ろう」


「それがよろしいかと」


 唯さんにそう言われると、心からそれでいいように思えてくるから不思議だな。

 この人、梟雄と同姓同名の人の娘で、まだ要注意の人なんだけど。


「あなた。せっかくですので、これからも入り用になるかもしれませんので、涼子さんと唯さんの服を購入するのはどうでしょうか?」


「それがいいか」


 涼子さんは、名目上だけとはいえアキツシマ島全体の代官である。

 バウマイスター辺境伯領本領と交流する機会も増えるので、リンガイア大陸風の洋服も必要であろう。


「唯の分もだな」


「お館様、涼子様の分を最優先で、私は雪さんの次でいいですよ」


 唯さんは自分の分を遠慮し、副代官である雪を優先してほしいと言った。

 こういう配慮ができるお姉さんってとてもいいと思ってしまう。


「雪の分も準備するけど、今日は唯が王都にいるし、涼子と付き添う機会が多いから必要だろう」


「私は、涼子様の侍女のような扱いですから」


「そういうわけにはいかないよ」


 唯の父親松永久秀は、アキツシマ島でもトップレベルの魔法使いにして、故三好長慶に重用されていた武人にして、文官にして、教養人でもある。

 彼の娘を侍女扱いでは、後の島の統治に悪影響が出るかもしれない。


「雪の仕事を手伝ってもいるんだ。遠慮しないでくれ」


「お館様のご厚意に甘えさせていただきます。お館様は、懐の大きな男性なのですね」


「そうかな?」


 綺麗な女性に褒められて嬉しくない男はいない。

 たとえそれが、彼女の父親の思惑どおりでもだ。


「最初は、公の場で着る服を。次はキャンディーさんの店だな」


 涼子と唯、キャンディーさんを見て驚くかもしれない。

 アキツシマ島にはいそうにないタイプだからなぁ……。


「やあ、ヴェンデリンじゃないか」


 涼子と唯の服を見に行こうとしたところで、突然声をかけられた。

 振り向くと声の主はなんとペーターであり、まさか王都にいるとは思わなかったので、俺もエリーゼも驚いてしまう。


「エリーゼ殿、お子さんが産まれたそうでおめでとう」


「ありがとうございます」


「ヴェンデリンも、辺境伯に昇爵か。おめでたいかな?」


 さすがは、ペーター。

 俺が、陞爵を喜んでいないことに気がついているのだから。

 それにしても、まさか王都にいるとは思わなかった。

 というか、両国の歴史上において初めてアーカート神聖帝国の皇帝が王国を来訪したのだ。

 大騒ぎになるはずなのに、なぜか俺はなにも聞いていなかった。


「魔族との交渉に出遅れたから、こっちも急ぎ交渉団を送り込んだから余計に状況が混乱したでしょう? 公式には謝れないけど、極秘裏に個人的にってやつさ。僕の方が若いから、ヘルムート三十七世陛下に配慮したってわけ」


 ペーターは、極秘裏に一部口が堅い家臣たちのみを連れて王国を来訪、陛下と魔族に対する対応を協議したそうだ。

 そして、魔族の国が信奉する民主主義の混乱に巻き込まれたわけか。


「うちも王国と似たような状況でね……ここではなんだから、ちょっとお茶でも飲みながらどう?」


「おい、ペーター。なぜ涼子の手を取りながら言うんだ?」


 こいつは為政者としての才能を十分に持つのに、普段は相変わらずアホみたいなことばかりしている。

 きっと、こういう時だけ素の自分に戻ってストレスを解消しているのであろう。

 ならば俺は、こういう時だけはぺーターを皇帝として扱わない方がいい。


「そこに綺麗な女性がいたからだね。情報どおり、ミズホ人と祖先を同じくする人たちなんだね。アキツシマ島の住民は」


「よく調べているな」


 俺は、ペーターのというか帝国の諜報力に感心した。

 

「それにしても、ヴェンデリンも奥さんが増えて大変だね」


「まだ奥さんじゃない」


 将来はと聞かれると、多分そうだ。

 

「当たり前だね。ヴェンデリンがその島をちゃんと統治するためには、そちらのお嬢さん方を娶り、産まれた子供を代官にしないと」


 そうだな。 

 ペーターの言うとおりだ。

 ここで嫌そうな顔を二人に見せれば失礼になるし、雪も合わせて三人とも綺麗で優しい女性だ。

 ここは光栄と思わないとな。

 やっぱり、日本人風の女性はいいな。

 俺が元日本人だから。


「そういうペーターは、全然そういう噂を聞かないな」


「先に、どこか店に入ろうか?」


 俺たちは久しぶりにペーターと再会し、彼と近況報告も兼ねて一緒に茶を飲むことにするのであった。

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