第337話 こっちの世界でも、安定の独眼竜(後編)
「聞け! バウマイスター伯爵! お前如きにわざわざ父上が出陣するまでもない! この次期伊達家当主、政宗の名を継ぐ伊達藤子が相手をしよう!」
雪が伊達家にも降るよう、外の世界の情報を含めて文を送ったのだが、伊達家は降らずに軍勢を発進させた。
こちらもそれに対抗し、今は両軍が睨み合っている状態だ。
そんな中で、俺たちに対し伊達家の当主代理である伊達藤子を名乗る者が堂々とした態度で言上を述べているのだが……。
「まあ、可愛らしいですね」
「あの子が伊達家の次期当主なの?」
「ふっ、ボクの方が大人だ」
「ルイーゼ、当たり前」
「ヴィルマ、それはわかっているから言わないで! ボクはいつになったら大人の女性になれるんだ!」
「ヴェンデリンさん、魔法で勝負なされるのですか?」
エリーゼたちは、伊達藤子を見ると戦意を失ってしまった。
「先生、あの子……」
「ルルちゃんとそれほど年齢が変わらないのでは?」
「先生、本当に戦うんですか?」
アグネスたちが心配するのも無理はない。
なにしろ、伊達藤子はとても賢い子のようだが、どう見てもルルと同じくらいの年齢にしか見えなかったからだ。
さすがに幼女相手に魔法勝負は、常識ある大人としてどうかと思うよなぁ……。
これは、俺たち全員が同じ風に思っているはずだ。
「藤子ちゃんは、何歳なのかな? お兄さんに教えてくれるかな?」
「誰が藤子ちゃんだ! バウマイスター伯爵とやら、俺をバカにするのか!」
バカにはしていないが、彼女はどう見ても五~六歳にしか見えない。
そんな彼女と本気で戦ってしまったら、俺が大人気ないじゃないか。
「藤子ちゃん、女の子が『俺』なんてよくないですよ」
エリーゼも、彼女と戦う気などまったくないようだ。
『女の子なのだから、自分を俺なんて呼んではいけませんよ』と優しく注意した。
幼くして当主代理なんてしているから、自然と自分を俺なんて呼ぶようになったのかも。
となると、彼女も戦乱の犠牲者なのかもしれないな。
「ムキィーーー! ちょっとくらい胸が成長しているからって、俺を子供扱いか! 俺は次の伊達政宗になるのだぞ!」
俺にとっては、もの凄く有名な人の名前だ。
この世界の伊達家は、当主が代々政宗を名乗るらしい。
雪が、細川藤孝を名乗るのと同じだな。
「旦那様、あの子は眼帯をしていますが、なにか目の病気なのでしょうか?」
やはりというか、この世界の次代伊達政宗は黒い眼帯をしていた。
前の世界で独眼竜と呼ばれた政宗と同じく、隻眼なのであろうか?
リサはまだ小さい女の子なのにと、心から彼女を心配した。
「おーーーい、ガキンチョ」
「誰がガキンチョだぁーーー!」
「あのよ、目はちゃんと治療した方がいいぞ。エリーゼもいるから」
次期伊達政宗こと藤子ちゃんは、伊達幼女政宗であった。
カチヤもまったく藤子ちゃんに戦意を持てないでおり、むしろ彼女の眼帯を見て心配で堪らないようだ。
ちょっと口が悪いので、藤子ちゃんが怒っているけど。
「この眼帯か? 聞くがいい! なぜ俺が独眼竜と呼ばれているのかを! この眼帯は、俺の片目に押し込めている竜を封印するためのものなのだ!」
「すげえ! 聞いたか? ヴェル」
「聞いたけど……(そんなわけがないよな?)」
魔法の知識が薄いエルは、藤子ちゃんの発言を信じてしまったようだ。
目に竜を封じるなんて格好いいと一人興奮していたが、そもそもこの世界の魔法で目に竜を封印するなんて話は聞いたことがない。
封印魔法はとてつもなく大掛かりな装置が必要だそうで、しかも古代魔法文明時代以後ロストした技術だと聞いてる。
それすらわずかに残る大昔の資料に書かれていたものしかないので、その復興には膨大な手間と時間がかかるはずだ。
封印魔法の実在を疑問視している研究者も多いくらいなのだから。
「あれ? でも、もしかして?」
「あーーー、それはねえから」
「万が一ワンチャンで、この島には秘術として残っていたとか?」
「ないない。第一、あの娘っ子の目にそんな反応がねえよ」
「じゃあ?」
「口から出まかせなのである!」
ブランタークさんも導師も、藤子ちゃんの目に竜が封印されているという彼女の言い分を即座に否定した。
「誰が出まかせか! この筋肉達磨! この目の奥に封印された暗黒竜は、常に俺の目に施された封印を破ろうとしており、俺はそれを懸命に押さえているのだ! うっ目が疼く……まだだ! まだ表に出てはいけない……」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
みんな呆れ返っていたが、俺には理解できた。
前世で中学生の頃、クラスメイトに似たような発言をする同級生が存在していたからだ。
彼は常に右手に包帯をしており、『いつ魔王の封印が解かれるやもしれぬ!』と、定期的に周囲にアピールしていた。
他の同級生に聞いたところ、彼は厨二病とやらを患っていたそうだ。
俺はその方面に詳しくなかったので、世の中には色々な人がいるものだと感心したのを思い出す。
藤子ちゃんも幼くして、その厨二病に蝕まれていた。
彼女はちょっとマセているので、件の同級生氏よりも早く目覚めてしまったのであろう。
「藤子ちゃん、もういいから」
「こらぁ! 人を可哀想な子のように言うな! もう怒ったぞ! 食らえ! 『暗黒紅蓮竜』!」
怒った藤子ちゃんが眼帯を外すと、本当に目から黒炎で構成された竜が飛び出してきた。
「ヴェル、本当に封印されてたぞ! どうするんだ?」
「いや、そんなわけないから……」
「あなた。あれは魔法だと思います」
「だよなぁ」
「そうなの?」
魔法使いではないハルカにも理解できてしまうことであった。
藤子ちゃんは片目に竜など封印しておらず、ただ黒炎の魔法を竜の形にして目の近くから放っただけだ。
「変な集中法だな」
ブランタークさんの言うとおりで、これは藤子ちゃんなりの精神集中法なのだ。
一見無駄に見えるが、こうすることで魔法の威力が上がるのであれば、それは魔法使いとして正解である。
とにかく魔法使いとは、そういうものなのだから。
「じゃが、恥ずかしいの。妾ではよう真似できぬわ」
テレーゼだけじゃない。
ここにいる藤子ちゃん以外の魔法使いは、全員がそう思っているはずだ。
「ヴェンデリン、大丈夫か?」
「勿論」
「ふんっ! 我が紅蓮の黒竜に焼き尽されて死ぬがいいわ!」
随分と自信満々のようだが、藤子ちゃんも今の時点では中級魔法使いでしかない。
俺が彼女の『炎竜』に対抗し『水竜』を作って絡ませると、藤子ちゃんの黒炎でできた竜は、大量の水蒸気を発して消滅してしまった。
「バカな! 俺の暗黒紅蓮竜が!」
「藤子ちゃん、残念ながらこの世の中には上には上がいるのさ。それを理解するがいい」
俺は藤子ちゃんの五倍以上の『炎竜』を作り、それに頭上でとぐろを巻かせた。
いつでもこの竜をけしかけられる状態だ。
「大きい!」
「藤子ちゃんは魔法の才能があるみたいだね。でも、まだ修行不足だ」
「ううっ……」
蛇に睨まれたカエルの如く、藤子ちゃんは俺の頭上にある炎竜に圧倒されてその場から動けなくなってしまう。
元から魔力量に大きな差があり、藤子ちゃんも段々とその事実に気がついたようだ。
「俺よりも圧倒的な魔力か……。まさかここまでとは……」
「さて、どうする? ここで素直に降るか、この炎の竜に軍勢ごと焼かれるかだ」
なるべく犠牲者は出したくないが、こちらも慈善事業をやっているわけではない。
逆らうのであれば、それなりの犠牲は払ってもらわなければいけない。
こちらが強く出ると、藤子ちゃんの顔に迷いの色が出てきた。
「悩むまでもないと思うが」
「俺一人の問題ではないのだ。俺は自ら父上に進言して当主代理となった。ここで一戦もせずに降るのは、伊達家としての矜持に関わる」
矜持って……。
まだ幼いのに、随分と難しい言葉を知っているんだな。
次期伊達家当主としての責任感が、ここまでさせるのか?
「つまり、まだ勝負を続けるということかな?」
「……」
俺からによるこの質問で、藤子ちゃんの後方にいる軍勢に動揺が走った。
残念ながら、伊達軍や服属領主たちの軍勢に、中級以上の魔法使いはいない。
こちらが魔法使いたちを投入すれば、戦はほぼ間違いなくこちら勝ちであろう。
みんなそれに気がついているので、藤子ちゃんには降ってほしいと思っている。
でも口には出せない。
そんな風に、俺には見えた。
「時に家臣や兵のことを考え、降る決断をするのも上に立つ者の役割だぞ」
「わかっておる! だが……「藤子、もう降ろう」」
藤子ちゃんが俺たちに降るかどうか葛藤していると、その後らから落ち着いた男性の声が聞こえた。
その声の持ち主は輿に乗っていたが、それでも顔色は真っ青であった。
彼が、噂の病床にある当代の伊達政宗なのであろう。
「父上! お加減はよろしいのですか?」
「あまりよくはないが、やはり戦で当主不在はよくないからね」
声は優しかったが、その芯にはとても強いものを感じた。
病床にあって弱っていても、名門伊達家の当主というわけか。
「本当なら、私が決断せねばならない重要な選択だ。いくら病気とはいえ、藤子に任せてしまった私は……」
当代政宗は、娘の藤子に対し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「父上、俺にすべて任せてお休みください!」
「いや、これは伊達家当主である私が決めることだ。バウマイスター伯爵、我々は降ります」
政宗の決断に、伊達軍の家臣や兵士たちの大半は安堵の表情を浮かべた。
ところが、一部この決定に反対の者たちがいた。
初級魔法使い数名が、突然こちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。
「バウマイスター伯爵さえ倒してしまえば!」
「北部を、伊達家が統一するのだ!」
伊達家は古くからある名族のため、忠誠心過多の者たちが一部存在するようだ。
彼らは刀を抜き、頭上に小さな『ファイヤーボール』を浮かべながら、俺たちに襲い掛かってきた。
「エッボを思い出すな」
「妾がいなくなって、エッボも大分落ち着いたと聞くぞ」
「へえ、そうなんだ」
テレーゼと軽く会話をしたあとには、雷撃系の魔法を食らって地面で痙攣する四名の魔法使いたちがいた。
残念ながら、彼らの魔力では上級魔法使いの魔法はレジストできない。
「魔法が駄目なら!」
「じゃあ、もっと勝ち目がないわよ」
「無謀」
続けて十数名の敵兵も突進してきたが、イーナとヴィルマが魔力を篭めた槍と大斧の大振りで吹き飛ばした。
魔力が中級レベルにまで上がっている二人ならば、このくらいの芸当は十分に可能なのだ。
「次は首を刎ねるか?」
「大人しく降りなさい」
エルとハルカもオリハルコン刀で兵たちの武器のみを切断して破壊し、これで伊達軍において抵抗する者はゼロとなった。
「家臣たちが申し訳ない」
「痛い目に遭わせたから、これで大人しくなるでしょう」
「私はともかく、家臣たちには寛大な処置をお願いします」
顔色が真っ青な伊達政宗が俺に頭を下げ、一ヵ月と経たないうちにバウマイスター伯爵家はアキツシマ島の北部およそ五分の一の領域を支配することに成功するのであった。
最速プレイかもしれない。
「ねえ、ヴェル」
「なんだ? ルイーゼ」
「あの子、『暗黒紅蓮竜』って言っていたけど、どの辺が紅蓮なの?」
「……さあ?」
それは俺にもわからないが、なんとなく詳しく聞いてはいけないような気がしたのは確かであった。
「とにかく、今は無理をなされないことです。この薬を必ず毎日二回、朝と晩に飲んでください。あと、毎日私が治癒魔法をかけます」
「敵対した私にまでこのような情けをかけていただき、大変にありがたい」
伊達家の降伏により、俺たちは島内における本拠地を伊達家の本拠地米沢へと移した。
日本にも同じ地名があるなと思いつつ、俺は領地の整備と新しい統治を進めていく。
そんな中で病床にあった伊達政宗は、エリーゼから投薬と治癒魔法を受けて徐々に回復しつつあった。
彼の病気は、ヘルムート王国では治せる病気であった。
治療薬も高価だが存在したので王都から取り寄せ、さらにエリーゼが治癒魔法をかけるので、あと一ヵ月ほどで完治する予定だ。
だが、疲れていると再発する可能性があるので、もう半年ほどは無理ができない状態である。
彼は元々文官肌の人間で、さほど体力に自信があるわけでもない人だという評価だ。
それでも、将来島の北部を統括する代官に就任してもらう予定なので、今は雪や南部晴政、最上義光に任せて静養した方がいい。
彼はエリーゼの治療に感激し、とても感謝している。
きっと、この島の安定した統治に貢献してくれる人物になるであろう。
「お館様、しばらくは北部領域の統治に専念するとしましょう」
「そうだな」
「三好家についてはどうなされますか?」
「今は警戒しつつ無視する」
一時の安定を求めるのなら、うちが北部を平定しました。
『責任を持って安定化させるのでよろしく』と挨拶にだけ行けばいい。
ただしそれをした時点で、この島の常識ではバウマイスター伯爵家は三好家の家臣になったと宣言したに等しくなる。
実利があれば一時的に欺いてもいいのだが、それを王国に知られるとまずい。
王城にいる、俺が気に食わない貴族たちが讒訴する可能性があるからだ。
今は三好家の侵攻に備えつつ、体勢を整えるのが最優先だな。
黒硬石の岩盤を砕いて井戸を堀り、街道を広げ、魔導飛行船で北部地域の測量を行い、田畑の開墾、新しい村や町の建設候補地の選定を行っている。
来たる中央、東部、西部との戦に備えて常備軍の編成と訓練も行われており、今は三千人ほどが訓練をしながら街道整備などを手伝っていた。
常備兵なので金がかかるが、仕方がない。
「実は、三好長慶も病床にあるという噂です。そうと思われないために牽制で兵を出してくる可能性も否定できませんが。まず攻めてこないかと」
「ただ、三好家の息がかかった商人たちが来なくなったな」
「その代わり、北のバウマイスター伯爵領から様々な品が届くようになったので、北部の領民たちに不満はないはずです。むしろ、舶来品は人気がありますね」
個人レベルの行商人は来るが、規模の大きな商人たちが中央から交易品を持ってこなくなった。
バウマイスター伯爵家に併合された北部は、三好家から荷を止められたようだな。
このままだと領民たちから不満があがるのは確実であり、今は取り急ぎの処置だが、アルテリオと連絡を取って定期的に交易船を出す計画を立てている。
勿論海は危険なので、中小の魔導飛行船を週に二~三隻出す予定であった。
これと合わせて、計画していた貨幣の交換を行う。
領内において銅銭の流通を禁止し、すべてヘルムート王国発行のセント硬貨に移行するわけだ。
交換比率は、雪の進言で銅銭に使用されている鉱物の量を基準にすることにした。
この島の貨幣は種類も多く品質もバラバラなので、結局これが一番効率がいいのだ。
この島の銅銭は厚ぼったく、一番品質が低い私鋳銭でもセント銅貨一枚半~二枚分ほどの量が使われている。
交換しても損はないので、みんなこぞって銅銭をセント銅貨と交換していた。
金片と銀塊も、ヘルムート王国の相場に従って貨幣との交換に応じている。
セント硬貨を手に入れた領民や兵士たちは、早速日々の生活で使用していた。
セント銅貨は一種類しかないので、みんな買い物が楽になったと喜んでいる。
他にも、エルとハルカに、俺の魔法の袋に入っている商品の売買を任せた。
これもアルテリオが商品を持ってくるまでの緊急処置であり、そのため少し安く販売したので好評だ。
「三好領にいる商人たちに不満はないのか?」
確かに俺たちは得体の知れない新勢力だが、北部地域は安定に向かいつつある。
井戸や溜め池が増え、農地も広がり、道も整備され、貨幣も統一されつつあるからだ。
俺は中央から来た商人たちの活動に掣肘は加えておらず、個人規模の行商人たちは普通に商いをしていた。
そこに加われないのでは、色々と不満が溜まるかもしれないと俺は思うのだ。
「セント硬貨の件もあります。元々この島には多くの種類の銅銭があるので、じきに北部地域以外でも使われるでしょうが、三好家は気に食わないでしょうね」
気に食わないが、今は当主重病のため北部を攻めるわけにはいかない。
中規模以上の商人の出入りを禁止し、経済的にダメージを与える戦法なのであろうが……。
「ならば、この北部はバウマイスター伯爵領、王国、帝国との交易で発展させる」
ようは、北部の住民たちが不便さを感じなければいいのだ。
水と道は増やしているので、少なくとも領民レベルではバウマイスター伯爵家による統治は好評であった。
元の領主たちも大半が旧領の代官となり、あまり仕事内容に変化がないので不満が少ないのかもしれない。
「さてと、弟子たちの様子を見に行くかな」
当代伊達政宗との話を終えた俺は、伊達屋敷を出て米沢城内にある庭へと向かう。
北方の雄伊達家の居城はなかなかに立派な造りで、庭も広い。
今はバウマイスター伯爵家の代官府となっている。
伊達家は私財を持って、城に隣接する大きな屋敷へと移っていたのだ。
今は、俺たちと涼子、雪もここで生活をしている。
「ヴェンデリン様」
「ルル、ちゃんと訓練していたかい?」
「はい」
俺が面倒を見るようになった元村長である幼女ルルは、俺の弟子兼お嫁さんを自認し、毎日魔法の特訓に励んでいた。
彼女はなかなかに才能がある魔法使いで、俺やアグネスたちの教育で日々成長している。
その将来が楽しみだな。
「次は、私も連れて行ってください」
「未成年は戦場に連れて行けないよ」
いくら優秀な魔法使いでも、ルルはまだ五歳だ。
戦場には連れて行けない。
「ふふんっ、ルルはまだお子様だからな。ここは次の伊達政宗である俺が、お館様をお助けするのだ」
先日の戦いで当主代理を務めた藤子は。降伏すると妙に俺に懐いてしまった。
押しかけで俺の魔法の弟子になり、同じ年のルルと毎日切磋琢磨している。
藤子もなかなかの才能の持ち主で、もしかしたら数百年ぶりにこの島の出身者として上級魔法使いになれるかもしれない。
なるほど。
だからわずか五歳の幼女が総大将代理でも、軍勢が機能していたわけか。
みんな、藤子ちゃんの将来に期待していたのだ。
「藤子ちゃん、私と同じ年じゃない。それに私も村長だったもの」
「うっ、俺は次期伊達家当主として、色々とやっていたのだ」
「色々ってなにを?」
「……色々とだ!」
藤子ちゃんは五歳にしてはしっかりしているが、やはり子供なのでなかなか統治の実務には関わらせてもらえなかったはず。
降伏後、政宗は幼い娘に負担を強いていたことを大いに反省した。
そこで、あとは成人するまで自由にすごしていいと彼女に伝えたのだ。
おかげで、俺の側には幼女が二人となった。
アグネスたちもおり、奥さんたちもいるわけだから、俺の周りは女性ばかりだな。
エル、導師、ブランタークさんもいるから、『女の中に男が一人』状態ではないけど。
「俺も、導師様みたいに海竜退治に行きたいな」
「もう少し大きくなってからだね」
導師とブランタークさんは、ちょっと近くの海まで海竜退治に出かけた。
小型の島内連絡船で島の沖合いに出て、自分たちを食べようと接近する海竜たちを魔法で倒すという、とてもワイルドな方法だ。
獲れた海竜は領民たちに日当を与えて解体させ、素材や肉を販売する。
この売却益も、北部地域を統治する費用に化ける予定であった。
「私ももっと強くなって、海竜を倒してみたいです」
「ルルなら、ちゃんと訓練すれば大丈夫さ」
杖ナシで複数の海竜を追い返せる実力があるので、今なら二~三匹は普通に倒せるはずだ。
「ヴェンデリン様、ルルはいいお嫁さんになれるように頑張りますね」
「そうだね……」
ここで否定すると泣かれそうだし、変に認めてしまうと回りが勝手に納得してしまう。
なかなかに悩ましいところである。
「ルル、俺も将来お館様の嫁になると父上が言っいた。だから俺も、ただ強いだけじゃなく、ルイーゼのように大人の女になるのだ」
「……」
藤子も藤子で当代政宗から、大きくなったら俺に嫁ぐのだと言われていたという……。
魔法使いの弟子になったのは、当然魔法の上達もあるが、俺と一緒にいる口実を作るためであろう。
あと、ルイーゼが大人かぁ……。
初見だと、ほぼ子持ちだと思われないんだがなぁ……。
「アグネスたちが不満そうだが、お館様ならあの三人も嫁にするのだから、目くじら立てる必要はあるのか?」
「私もわからない」
まずい。
俺は刻一刻と、女性たちに包囲されていっているような……。
そして、俺に沢山奥さんがいてもなんとも思わない幼女二人。
この世界の価値観には、今も完璧に対応できていないな。
「相変わらず、バウマイスター伯爵の回りには女性が多いな」
「いやあ、ここはいい島だね」
「あとで海水浴とかしたいな」
「ただ、もっと開発が必要だろうね」
さらに、民主主義全盛の魔族の国において、今も魔王を自称する美少女まで姿を現した。
実は、俺が人手不足だから呼んだのだけど。
彼女は、モールたちを護衛として連れて来た。
魔王様は夏休みに入り、魔族の学校の夏休みは三ヵ月もあるとかで、出稼ぎ兼社会勉強兼バカンスに来たというわけだ。
随分と血生臭い社会見学もあったものだが、彼女に従う宰相ライラさんから『王として必要なことなので』と許可を貰っての到着であった。
魔族の国では、魔王様を会長、ライラさんを社長とする農業法人が設立された。
農村で自給自足をしていた若者たちを組織し、農作物や畜産物の販売が主な業務となっている。
最初はなかなか作物が売れなかったそうだが、今では会社の経営も大分安定してきたそうだ。
アーネストの教え子であった元ニート三人組も、無事に就職を果たしている。
経営は順調なようだが、それでも当座の金は欲しいと、俺の誘いに応じてくれた。
魔族が人間の国で働いていいのかという疑問はあるが、考えてみたら両国はまだ交渉中であった。
帝国も交渉に加わったようで、余計に事態の収拾が難しくなっていく。
決まりがない以上、魔王様とモールたちがここで働いても問題はないはず。
最悪、脱法行為で違法じゃない。
ここは俺たちが平定作戦中の島であり、関係者以外誰も来ないもの大きいか。
勿論、魔族の国には王政、封建制に対しアレルギーがある連中が多いので、俺の『瞬間移動』でこっそりと来ているけど。
「余は夏休み中、田舎の村で過ごすことになっているのだ。公式には、余は魔族の国を出ていないことになっておる」
あくまでも、ここに来ているのは秘密というわけだ。
この島はバウマイスター伯爵領という扱いだが、平定作戦中なので、他の王国貴族たちの目もない。
ブランタークさんと導師がわざわざ外部に漏らして大騒ぎするはずがないので、魔王様とモールたちは、この地で農業指導と開発の手伝いをすることになっていた。
「魔王様が、出稼ぎをするのか?」
藤子は、自ら働いて金を稼ぐ王様という存在が信じられないようだ。
彼女は民主主義など理解の範疇外なので、今の魔王様が置かれている状況を理解していないからなのだが。
「余は、みなに愛される魔王様だからな。というのは冗談として、現実的に金が必要なのだ」
「農業法人の経営は順調なんだよね?」
「そちらは大丈夫だが、急に金が必要になってな」
「金がですか?」
「学校の建設資金だ」
廃村に魔族の若者たちが集まり、そこで自給自足の生活をしながら生産した作物を売って現金収入を得る。
魔王様が会長になり、優秀なライラさんが社長として実務を取り仕切る。
モールたちも、元々一流の大学を出て優秀な人材なのだ。
他にも、最初に就職して失敗……新卒キップを無駄にしたとも言う……酷い待遇の会社で心を病んでリタイアしていた若者たちが無事に生活を再建し、農業法人の経営は順調であった。
「生活が安定した社員同士で結婚し、子供が産まれる者たちも増えてきた。となると、子供には学校が必要になる」
廃村には学校にできるような建物がないそうで、今すぐ必要ではないが、その時に備えて資金が欲しいのだと魔王様は言う。
「学校ともなれば、それなりの規模の建物が必要となる。長期間使うからな。子供がある程度集まれば、役所も学校については検討してくれるそうだ。教員についても、教員免許を持っている従業員たちがおってな。彼らを臨時で採用すれば、中央からの派遣は最小限で済む。ところが、校舎がないと駄目だと言われたのだ」
田舎に学校を建設する。
どの世界でも、先立つものが必要というわけか。
「そこで、我らが魔法や技術でバウマイスター伯爵を手助けする。相応のお礼が貰えれば、余たちも嬉しい。お互いに得をするわけだな」
バウマイスター伯爵領内でアルバイトをすると、俺のことが大嫌いなプラッテ伯爵たちが、いらぬ讒言を陛下にするかもしれない。
この島なら関係者以外誰もいないので、是非能力を発揮してもらいたいものだ。
「モールたちが護衛なのですか」
就職してから短期間で、随分と信用されたものだな。
「この者たちは恩師と同じで普段の言動はアレだが、仕事はできるからな。魔力も並以上はあって魔法の修練もちゃんとしておる。護衛としても役に立つぞ」
「というわけだから、バウマイスター伯爵」
「それにさ、ここで働くと給料以外に手当てが出るんだよね」
「遠隔地手当てってやつさ」
「そんなに物入りなのか? お前ら」
あまり詳しくは聞けないが、農業法人って給料が安いのだろうか?
「俺たちさ、結婚するんだ」
「となると最低限の結婚式は挙げたいし、子供が産まれた時に備えて、ちょっと蓄えも欲しいじゃない」
「そこでこの話が出たのだから、飛びつかねば男じゃない」
この三人と知り合ってそう月日も経っていないが、次々と人生の転機が訪れているな。
「そういえば、先生は?」
「もう少ししたら来る予定」
アーネストは、もう少し島の状態が落ち着いたら調査に来る予定だ。
もっとも、この島には古代魔法文明時代の遺跡が存在しない。
純粋な学術調査なので、ローデリヒがバウマイスター伯爵領の遺跡調査を優先させているのだ。
「なんだ、いたらご祝儀でも貰おうと思ったのに」
「残念だな」
「そのうち来るんじゃないの?」
お前ら、あのアーネストがそんな気の利いたものを出すと思うのか?
「俺は祝儀は出さんが、報酬に色をつけるから、あとは魔王様の器量に期待してね」
「そうだな。バウマイスター伯爵が余の臣下に褒美を渡すと問題だからな。よくわかっておるではないか。お主が余の婿なら色々と楽なのにな」
「それは、同じ魔族の婿さんで適格者を選んでください」
今でも、涼子、雪、藤子、ルル、アグネス、ベッティ、シンディに迫られていて大変なのだ。
魔王様を嫁にするのは勘弁してほしいと、俺は心の中で思うのであった。
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