第333話 山積する問題、俺にばかり面倒が降りかかる(後編)

「魔法使いか?」


「瑞穂の民じゃねえな」


「空飛ぶ船で来たってことは、島の外から来たのか?」




 兵士たちは、突然降りて来た俺たちと、上空に浮かぶ魔導飛行船を交互に見ながらヒソヒソと話を続ける。

 彼らをよく見ると、専業の兵士ではなかった。

 指揮官クラスは豪華な戦国時代の武将が着けているような鎧兜姿であったが、残りの大半は粗末な装備しかつけていない。

 ちゃんと隊列ができずバラバラであるし、領主をしている武将が自分の領地の農民たちを集めて編成したものと思われる。


「貴殿は何者ですか?」


「「「「「「えっ?」」」」」」


 片方の軍勢から指揮官とその副将らしく人物が姿を見せるが、俺たちは驚いてしまう。

 

「女性なのか……」


 領主なのか大将なのかよくわからないが、一人は足元まで伸ばした長い黒髪が栄える巫女服を着た少女であった。

 ただ綺麗なだけでなく、見ただけで高貴な生まれなのがわかるくらいのオーラを纏っている。

 彼女は薙刀をその手に持っており、とても凛々しくも見えた。

 もう一人副将と思しき人物も女性で、彼女は男性武将と同じく鎧兜姿だ。


「私は、秋津洲高臣(アキツシマタカオミ)と申します」


「このアキツシマ島を支配されているお方だ!」


 この薙刀巫女美少女がこの島の支配者だと、副将らしき武者美少女さんが言う。

 副将さんもちょっとキツそうに見えるが、なかなかの美少女であった。

 黒のショートカットがとてもよく似合い、活動的にも見える。


「この島の支配者なのであるか?」


「そうだ!」


「ならば、なぜ同程度の軍勢と争っているのである?」


 導師はなにも考えずに割り込んだのかと思ったが、すぐに副将さんの説明の矛盾点をついた。

 それしても、巫女さんは女性なのに男性の名前なのか。

 この島の名がアキツシマ島(アキツシマトウ)なのはわかったが、島と島が重なる命名ってどうなのだろうか?


「秋津洲さんはなぜ男性名なのでしょうか?」


「バウマイスター伯爵殿とやら、貴殿は外から来たのに我ら民族を知っているのですか?」


「ああ、実は……」


 俺は、副将さんに対し簡単にミズホ公爵領のことを教えた。


「なんと! 古に別れた同朋が、そこまで発展していたとは……」


 俺からミズホ公爵領の話を聞いた副将さんは、リンガイア大陸北方に国を作った同朋の存在に驚きを隠せないようだ。

 俺から見ても、この島よりもミズホ公爵領の方が人口も、国力も、技術力も圧倒的に高いように見える。

 この島の住民たちは一万年以上もこの島の中でのみ生活をした結果、技術力などでミズホ公爵領に対し大きく水をあけられてしまったようだ。

 それと、もう一つ懸念があった。


「なにがこの島の支配者だ! 俺と同程度の軍勢しか揃えられないくせに!」


 もう一つの軍勢から、同じく鎧兜姿の若い男性が前に出た。

 彼は導師とほぼ同じ大きさ、体格をしており、誰が見ても猛将に見える。

 秋津洲さんと敵対する軍勢の大将のようだ。

 

「先生、アキツシマさんの方が不利なのでは?」


 アグネスの言うとおりであろう。

 この規模の軍勢同士の戦なら、総大将の強さが大きな鍵を握るからだ。

 しかも、大男は魔法使いであった。

 秋津洲さんも魔法使いなのがわかったが、どう見ても戦いには向いていないような雰囲気を漂わせている。

 もし一対一で戦えば、秋津洲さんの方が負けるだろうな。


「もう一人のお兄さん?」


「ちょっと老けて見えるから、オジさん?」


「筋肉オジさんだぁ」


「くっ、俺はまだ未婚で若いんだ! ……お前らみんな魔法使いか……しかも……」

 

 アグネスたちもすでに上級魔法使いの仲間入りを果たしており、俺たちの中でこの青年に負ける者はいないはず。

 彼は中級なので、どう逆立ちをしても俺たちに勝てないのだから。

 それがわかる彼は、俺たちを刺激しないようにしていた。

 見た目とは違って、ちゃんと冷静に物事を考えられるようだ。


「名乗るがよい!」


「俺の名は、七条兼仲だ!」


 どこかで聞いたことがあると思ったら、確か戦国武将に同じ名前の人がいたような……。

 世界が違うのに同じ名前とは、これは偶然の一致なのか?


「ところで、なぜ戦っているのである?」


「水がないからだ……」


 七条兼仲によると、最近この島では雨が降らず、川も少ないので農作物が育たないで困っているのだと言う。


「秋津洲御殿には大量の地下水が湧きだす泉があり、これがあれば農作物が枯れる心配もない」


「勝手なことを言うな! 我々もギリギリなのだぞ!」


「なにがこの島の支配者だ! それは千年も前の話じゃないか!」


 詳しくは聞かないとわからないが、秋津洲さんの祖先は、ミズホ公爵家のような立ち位置にいたのであろう。

 それが今では、わずかな領地のみを治める身となってしまった。

 そして、元は家臣だった七条兼仲に土地と水を狙われているわけだ。


「仲良く分け合うことはできないのか?」


「無理だ! 雨乞いまでしたが、このままでは収穫までに作物が枯れてしまう! もしそうなれば、領民たちに餓死者が出るであろう。俺が悪役となって秋津洲家から水源を奪ってでも、水を確保しないといけないのだ!」


 七条兼仲も、好きで戦争を吹っかけたわけではないのか。

 すべては、水不足が悪いのだと。


「気持ちはわかるが、そのためにアキツシマ家とやらの領民たちの水がなくなれば、彼らも飢えて死んでしまうのである!」


「それでもだ! 言っただろう? 俺が悪役になると! 今の水の量では半分しか生き残れないのだ! ならば俺は、自分の領民たちを生かす!」


 七条兼仲は、さらに一歩前に出て導師を睨みつけた。

 『余所者が急にしゃしゃり出て、綺麗事を抜かすな!』という目をしている。


「他の手立てがあるやもしれぬ。戦になれば犠牲者がゼロというのも難しいのである! 今一度冷静になって考えるのである!」


「余所者は引っ込んでいろ! 秋津洲御殿を寄越せ!」


 七条兼仲は、導師を無視して秋津洲さんに勝負を挑もうとした。

 だが今の彼の実力では、どう足掻いても導師には勝てない。

 それがわかっているからこそ、殊更導師を余所者だと強調し、戦いに巻き込まないようにしているのだ。


「同じ魔法使い同士、勝負しようではないか!」


「貴様! お涼様は治癒魔法の使い手なのだ! 荒事には向かないのだぞ!」


 お涼様?

 秋津洲さんの本名かなにかか?


「ふんっ、それがどうした? 平和な時ならいざ知らず、今の状況で弱いのは罪だぞ! 細川藤孝!」


 副将さんの本名は、細川藤孝だそうだ。

 女性なのに男性名なのか……。

 あっでも、七条兼仲は男性だから、名のある武将がみんな女性というわけでもないのか。

 当主は男性でも女性でも、武将っぽい名を名乗る仕組みなのだろうか?


「導師、色々と複雑な事情があるみたいですね」


 というか、俺はこんなに面倒な島を支配しないといけないのか?

 日本風の産物を手に入れたり文化に触れるのならミズホ公爵領があるし、そんな面倒そうな島はヘルムート王国に譲るに限るな。

 うん、そうしよう。

 

「導師、この島は王国が管理するということで」


「嫌なのである!」


「はあ?」


 導師、嫌ってなによ?

 陛下の代理人として、こんな王都より遠く離れた戦乱の島は統治コストを考えると、俺に丸投げした方がいいってことか?


「事前の約束により、この島はバウマイスター伯爵家の領地と決まっているのである! 国家を運営するにおいて、信義は必ず守られなければいけないのである!」


「導師、そんな都合のいい時だけ……」


 国家が信義を守る?

 そんなの、あくまでも建前だけじゃないか。

 あきらかに、面倒そうな島をうちに押しつけようとする意図がミエミエであった。


「バウマイスター伯爵殿とやら、貴殿らはなにを話しているのだ?」


「えーーーとだな。細川殿とやら。実は……」


 俺と王国の代弁者である導師がこの島の統治を押しつけ合っている間に、ブランタークさんが細川さんにこちらの事情を説明した。


「なんと! この一万年でリンガイア大陸が二つの大国に支配され、我らの故郷がバウマイスター伯爵家の領地となり、さらにこのアキツシマ島まで支配の手が伸びていると?」


 細川さんはかなり動揺しているようだ。

 彼女らが一万年もこの島の中のみで暮らしていたら、いつの間にか島の外から大国の影が迫っていたのだから。


「とはいえ、王国側も面倒臭がっているようだから、この島の支配者が王国の臣下になって爵位でも貰えばいいのではないかと……あとはうちと交易でもすれば……」


 まだ領地の開発が残っているのに、こんな統治が面倒そうな島はいらない。

 王国に臣下の礼を取らせて、統治者に伯爵の爵位でもあげればいいじゃないか。

 交易は、うちから魔導飛行船を出すということで。

 この辺の海域も海竜が多いみたいだから、それがいいな。

 決して、『交易網を独占して大儲けだぁーーー!』とか考えていないぞ。


「おい、この島に支配者などいないぞ」


 とここで、七条兼仲が話に割り込んでくる。


「そうなのか?」


「そんな奴がいたら、水でここまで揉めるかって。そこに、元支配者一族がいるけどな」


「秋津洲さんが?」


「そうだ。大昔の秋津洲家は、瑞穂家に次ぐ歴史の長い名家でな」


 なるほど。

 一万年前に、瑞穂家と秋津洲家は分離したわけか。

 瑞穂家はリンガイア大陸北部アキツ大盆地に新天地を見つけ、帝国と関わるうちに姓名の表記がカタカナに変わったが、魔導技術のかなりの部分を維持して勢力を拡大した。

 そして、一時は遥か南方にあるアキツシマ島の支配者となった秋津洲家は……没落してわずかな領地を持つのみで、七条兼仲にも舐めらるほど没落してしまった。

 辛うじて、わずかに領地が残っている状態か……。


「昔は秋津洲家といったら、この島を統治する家柄だったさ。それが今では、我ら領主たちが独立して小競り合いを続けている状態だ。領地、利権、水利などで隣接する領主との争いが多い」


 この島を明確に支配している人物がいない。

 これでは、王国に臣下の礼を取らせることもできないか……。

 魔族の件もあるのに……これ以上の面倒はいらない。

 

「そうなのか……じゃあ、誰かが島を統一したら王国にご挨拶に行くということで。うちも推薦しますから。それじゃあ」


「それは無理である!」


 誰か島の統一を成し遂げるであろう英雄さんの登場をお祈りしつつ、今はこのまま放置でいいかなと思ったら、導師に全力で否定されてしまった。


「この島より南方の探索も始まるであろうから、このままにしておけないのである!」


 探索隊の後方拠点、ベースキャンプにしたいからか。

 確かにこの島が騒乱状態のままでは、さらなる南方探索に影響が出てしまう。


「ですけど、面倒そうですよ」


 一体どのくらいの勢力に分裂しているのか知らないけど、この人たちの名前からして、戦国乱世のようになっているような予感がしてならない。

 ここで手を出すと、あきらかに俺が面倒事に巻き込まれるのだが……。


「秋津洲さんがこの島を統一し、王国に爵位をいただくということで……」


 これからの目標ができてよかったですね。

 あとは自力で頑張ってください。

 俺ですか?

 心から秋津洲さんの天下統一をお祈りいたしております。


「残念ですが、今の秋津洲家はこの島で最弱の勢力でしょう……領民は五百人ほどしかおりません」


 この島の人口が何人いるのかは知らないが、俺の実家とあまり差がない。

 よく見ると、秋津洲家の軍勢には、あきらかに成人前の子供や老人も混じっていた。

 七条兼仲に水を奪われないよう、可能な限り人を集めた形跡が見える。


「はははっ! 没落した秋津洲家がこの島を統一する? 島には数十もの、我らを上回る大物領主が日々凌ぎを削っておるのだ! 第一余所者が偉そうに! ヘルムート王国とやらが本当に存在するかも怪しいわ! お前らは邪魔だ!」


「邪魔とはなによ! この筋肉達磨!」


「人の大切な水を奪う悪党!」


「大体、あんた暑苦しいのよ!」


 今まで静かにしていたアグネスたちであったが、他人の水を奪うことに躊躇しない七条兼仲に対し罵詈雑言を浴びせた。

 他の領地の領民が餓死しても、なんて言うから、嫌われて当然だよな。


「小娘の分際でぇ!」


 七条兼仲ではアグネスたちにも勝てないのだが、頭に血が昇った彼は三人に掴みかかろうとした。

 

「おい、人の弟子に手を出すな!」


「なんだぁ? お前は? こちらの事情も知らないで偉そうに! バウマイスター伯爵だったな! 確かに凄い魔法使いではある! だが接近戦なら!」


 七条兼仲は、素早く俺を倒すなり拘束すればすべてが解決すると判断したようだ。

 突然その目標を俺に切り替えた。


「お前を捕えて人質にすれば、いくらでも条件を引き出せるな!」


「だったらいいな」


 島の端っこで、数少ない貴重な中級魔法使いなのだ。

 七条兼仲が調子に乗っても当然か。

 頭である俺を拘束するのはいいアイデアだと思うが、それも成功したらの話だ。

 導師もブランタークさんもまったく動いておらず、俺に任せて問題ないと判断したのであろう。

 お手並み拝見といった感じにも見える。


「やれやれ、これは正当防衛だからな。先に手を出したお前が悪い」


「抜かせ! この島では弱いのは罪なんだよ!」


 七条兼仲が俺の両肩を魔力を篭めた両腕で掴んだが、すぐに強烈な電撃を感じて手を離してしまった。

 『エリアスタン』を改良し、俺に触ろうとした彼の手を痺れさせたのだ。


「なっ! 両腕が! 手に力が入らない……」


「しばらくは、両腕が痺れて使えないはずだ。中級であるお前が、上級の俺に単純な手で勝てるわけがないだろうが」


「そんなのは、やってみないとわからねえ!」


 両腕がしばらく使えない七条兼仲は、今度は足に魔力を込めて俺に蹴りを放った。

 

「痛ぇーーー!」


 ところが、俺が強力な『魔法障壁』で防御したため、『べきっ』という嫌な音と共に兼仲の足の骨が折れてしまう。

 あまりの激痛に、七条兼仲は地面に倒れて大きな悲鳴をあげた。


「さて、七条兼仲に従う兵たちに告げる」


 俺は巨大な『火球』を作って、近くにあった巨大な岩に放った。

 『火球』は見事に命中し、その巨岩をドロドロに溶かしてしまう。

 それを見た七条兼仲の兵たちは、全員が一斉に顔を青ざめさせた。


「俺は冷静に話し合いをしたいんだ。みんな、戦いはやめてくれるよね?」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 自分たちの領主である七条兼仲がまったく俺に敵わない現実を見て、彼らは全員武器を捨てて降伏した。

 俺からの、誠意溢れる説得を聞き入れてもらえて本当によかった。

 これにより、無駄な争いはようやく収まったのであった。





「導師が治療しますか?」


「うむ、それでいいのである!」


「あーーーあ、可哀想に……」


「えっ? どういうことだブランターク殿? ぬぅおぁーーー!」



 結局負傷した七条兼仲も降伏し、水を巡る不毛な争いは終わった。

 犠牲者がゼロでよかったと思う。

 彼の負傷は導師が治療することになり、彼に抱きつかれた七条兼仲が悲鳴をあげるが、みんな聞かなかったことにした。

 俺たちからすれば、わざわざ騒ぐようなことでもないからだ。


「バウマイスター伯爵様、兼仲様を助けていただいてありがとうございます」


 七条兼仲の軍勢はそのまま解散となったが、彼の家臣たちが主君を殺さなかった俺たちにお礼を述べた。

 どうやら、この男。

 俺たちが思っている以上に、領民たちから慕われているようだ。

 領民を飢えさせないため、自分の悪評を気にせず他領の水源を奪う決意ができる人物だからな。


「兼仲様は向う見ずでバカですけど、我々にはいい殿様なんです」


「兼仲様はちょっと猪ですけど、高い税は取らないで贅沢もせず、いい殿様なんです」


「兼仲様はあまり賢くないですけど、領民たちの食料が足りなくならないよう、定期的に狩りを行って、獲物を分けてくれるのです」


 慕われているのは確かだが、ちょっとオツムに問題があると思われているようだ。

 導師に治療されている兼仲が家臣たちからおバカ扱いされて涙目だったが、みんな見て見ないフリをした。

 それでも裏切られていないってことは、彼がいいお殿様である証拠なのだから。


「ところで、これからどうするのです?」


 二つの勢力の争いは防げたが、細川さんの言うとおり、これからどうするのか方針が決まっていない。


「我々はこの島に住めるのであれば、ヘルムート王国とやらの支配下に入っても構いません」


「いいのか? 秋津洲さんに不満はないの?」


 俺は、細川さんの隣にいる秋津洲さんにもその意志を訪ねた。


「本当ならば、私は領地すら持てない存在だったのです。それが、昔から我が家に仕えていたという理由だけで、藤孝が支えてくれています。確かに昔の秋津洲家は、この島全体を治める家でした。ですが、それは昔のこと。私に為政者としての才はありません。ただ領民たちが平和に暮らせればいいのです」


 残念ながら彼女には、領民たちに慕われる魅力はあっても、為政者としての能力が不足していた。

 それを、同じ女性である細川さんが担当している。

 うちで言うところの、ローデリヒのような存在なわけだ。


「秋津洲さんは魔法使いですよね?」


「はい、治癒魔法のみですが」


 巫女服だからというわけでもないが、彼女は治癒魔法の名手なのか。

 そして、ようやく治療が終わった兼仲は猛将としての才能があると。


「俺はバウマイスター伯爵に負けた。負けた以上は、あんたに従おう。だが、本当にうちは水が足りなくて困っているんだ。戦は避けたかったが、俺は領主だ。領民たちが飢えて死ぬのを見ていられなかったから悪役になろうと考えた。たとえ他所の領民たちが飢え死にしてもだ。領主ってのはそういう決断ができないと駄目だと思ったのさ」


 兼仲も、無意味に秋津洲領に攻め込んだわけではない。

 領民たちのことを思っての行動だったというわけだ。


「でも、やっぱりバカですね」


「否定できない……」


 アグネスから再びバカ扱いされ、兼仲は涙目になった。

 頭が悪いのを、案外気にしているようだ。 


「水かぁ……この島には川とか池はあるのか?」


「島の中央にはあるが、当然別の領主が支配しているぞ」

 

 勝手に水を引くわけにはいかないのか。

 どの世界、時代でも、水利権の争いは過酷だからなぁ。

 犠牲者が多数出てしまうことも多い。 


「今まではどうしていたのだ?」


「雨水を蓄える溜め池があってな。今は雨が降らないので空だが……」


 なんとか水を確保しないと、今度は領民たちが主体となって水を奪いに来かねないな。


「井戸は掘れないのか?」


「無理だ。この島の地下は、分厚い岩で覆われているのだ」


「魔法で叩き壊せないのか?」


「俺では無理だったんだ。威力が足りなくて岩が割れないんだ」


「毎日少しずつ割っていけば大丈夫なのでは?」


「それができたらやっているさ。論より証拠、案内しよう」


 俺たちは怪我が癒えた兼仲の案内で、彼の領内にある巨大な溜め池へと移動する。

 その溜め池は完全に干上がっており、溜め池の底も謎の黒い岩で覆われていた。


「変な色の岩だな?」


「普通の岩なら、ちょっとずつ割ればいつか水脈に辿り着く。だが、この岩は俺の全力程度では凹みもしないんだ」


「これは、『黒硬石』ですね。ならば割れませんよ」


 俺たちに同行した細川さんの説明によると、この『黒硬石』は島の大半の地下水脈上を覆っており、そのせいで島は全体的に水不足なのだそうだ。

 地下水はあるが、それを得る手段がないというわけだ。


「導師、どうです?」


「某がやってみるのである!」


 並の力では、傷一つつかない黒い岩。

 導師は興味を持ち、自分が全力で叩き割ってみせると宣言した。


「大丈夫かな?」


「安心するのである、ブランターク殿。某は今も魔力が上がっている状態なのである! 全力でやれば大丈夫なのである!」


 『黒硬石』はとにかく固く、しかも厚さが十メートル以上あるそうだ。

 というか、この島の表面の大半はこの『黒硬石』であり、その上に数万年をかけて土などができたようだ。


「この島は、水自体は豊富ってことなのか?」


「はい、その水を利用できるかどうかは別問題ですけど……」


「魔法で割れないのか?」


「大昔の実力のある魔法使いならば。ですが……」


 一つの島に籠っていた副作用なのか、ここ数百年で島に住む人間に魔法使いが出現しにくくなった。

 しかも、上級レベルの魔法使いがまったく出現しなくなったそうだ。

 その代わり、なぜか彼らの魔法使いとしての能力は遺伝しやすいらしい。

 中級レベルとはいえ、領主である秋津洲さんも兼仲も先祖代々魔法使いなのだから、嘘ではないだろう。


「魔法使いの素質が遺伝する代わりに、魔法使いとしての能力は徐々に劣化してきたのか?」


 リンガイア大陸とは、なにかが違うというわけか……。

 なぜ違うのかは、あとで偉い学者さんにでも研究させてもいいな。

 今はそれどころではないけど。


「それでは、早速なのである!」


 導師は即座に行動に入った。

 『飛翔』で上空へと飛び、体に強固な『魔法障壁』を纏って地面へと砲弾のように全力で落下する。

 

「つうか、もちっとスマートな方法はねえのかよ……」


 導師のストレートな方法にブランタークさんが呆れていたが、俺はいい方法だと思う。

 自分の巨体を砲弾に見立て、落下速度まで利用して黒硬石の岩盤を砕こうというのだから。

 もし俺がやるとしたら、絶対にこの方法は取らないけど。

 だって、失敗したら痛そうだし……。

 それどころか、『魔法障壁』の強さを誤ると、投身自殺でしかないというのもある。


「あの方は大丈夫なのでしょうか?」


 『飛翔』による速度まで加えて上空数十メートルから落下した導師を秋津洲さんが心配した。

 彼女はとても優しい人のようだ。

 でも安心してほしい。

 この程度のことで、導師がどうにかなるわけがないのだから。

 地面への落下と共に、なにかが砕ける爆音のような音と、大量の破片が周囲に飛び散った。

 俺とブランタークさんは、冷静に『魔法障壁』を展開して秋津洲さんたちを守る。


「ありがとうございます。バウマイスター伯爵様」


 巫女服の美少女にお礼を言われると、悪い気がしない。

 やはり、巫女服は偉大だな。


「で? どうなった?」


 ブランタークさんが導師の落下した時点を見ると、ため池の底の中心地には巨大なクレーターができていた。

 深さは三メートルほどであろうか。

 それにしても、黒硬石とはもの凄い硬さなんだな。

 導師が全力で攻撃して、三メートルしか掘り進められないのだから。


「導師、もう一回可能ですか?」


「明日にしてほしいのである!」


 残念、この一撃で導師は魔力の大半を使い果たしたようだ。

 導師でこれだと、兼仲では一センチも掘り進められなくて当然か……。

 彼は、導師が掘り進めたクレーターを見て絶句している。


「三日か四日で、岩盤を抜けますかね?」


「バウマイスター伯爵、ルイーゼ嬢がいるのである!」


「ルイーゼも一撃加えれば、貫通が早まりますか……」


 導師の忠告に従い、俺は『瞬間移動』で屋敷に戻ってルイーゼを連れて戻ってきた。


「お涼様、伝説の移動魔法ですよ」


「凄いものなのですね。私は初めて見ました」


「私もです」


 この島の魔法使いたちも、魔族と同じく『瞬間移動』が使えないようだな。

 秋津洲さんと細川さんは、俺を尊敬の眼差しで見つめていた。


「うわっ! 本当に有人の島があるんだね! あと、ミズホみたいな服装だ。ボクもこの服ほしいなぁ。ヴェルを誘惑できそう」


「あのぅ……この服は神に仕える者が着る神聖なものなのですが……」


 俺に連れてこられたルイーゼはこの島と秋津洲さんたちを見て驚き、彼女が着ている巫女服を欲しがったが、動機が不純なので秋津洲さんから注意されてしまった。


「ルイーゼにお願いがあって、この岩盤なんだけど……」


「導師が全力で攻撃してこれだけしか割れないの? この岩、なにでできているのかな?」


 ルイーゼは、黒硬石の硬さに驚いていた。


「前の必殺技で頼むよ」


「えーーーっ! あれは何日か動けなくなるから駄目だよ。ボクも全力で導師と同じくらいの深さを掘るから、あとはヴェルがやって」


「うーーーむ、しょうがないか」


 ヘルタニア渓谷で使った『ビックバンアタック』は、ルイーゼの体の負担が大きいからと、断られてしまった。

 それでもクレーターの底に行き、拳に大半の魔力を篭めて必殺の一撃を放つ。


「これも凄え威力だな」


 再び大量の破片が飛んだので、俺とブランタークさんで『魔法障壁』を張ってみんなを守った。


「あとは俺か……」


 さすがは魔闘流というべきか、ルイーゼは導師よりも深く穴を掘ることに成功した。

 クレーターさらに深く大きくなり、これで七メートルほど掘り進めたことになる。


「岩盤は十メートル以上、俺か翌日に誰かの一撃で水脈に届くな」


「あんたら凄いな。俺が全力で殴っても、傷一つつかなかったのに……」


 たとえ少しずつでも掘り進められたら、兼仲かその祖先が岩盤を砕いてはずなのだ。

 最低でも上級レベルの魔力がないと、黒硬石は傷一つつかないわけか。

 この黒硬石、なにかに使えるかも。

 ちょっとサンプルを取っておくか……。


「ヴェル、少し魔力を残さないと駄目だよ」


「俺も溢れる水で溺れたくないから、魔力は少し残すよ」


 もしすべての魔力を使って岩盤を完全に打ち砕いても、俺は深いクレーターの底なので、溢れ出る水で溺れてしまう。

 ルイーゼの忠告どおり、『飛翔』で逃げる分の魔力を残しておかないと。


「それじゃあ、次は俺の番だ!」


 俺もルイーゼのように、拳に大半の魔力を集めて岩盤を殴ることにした。

 魔闘流ほど効率はよくないが、俺はルイーゼよりも魔力量がある。

 同じくらいの深さを掘れるはずで、もし今日岩盤を撃ち抜けなくても、明日には水が出てくるはずだ。


「よぉーーーし! 最後の一撃だ!」


 俺は拳に全力を込めて、クレーターの奥で第三撃目を放った。

 三度大量の岩片が飛び散り、俺の視界を塞ぐ。


「どうだ? あれ? やっぱり明日かな?」

 

 俺の見立てではもう十メートル以上掘り進めたはずだが、まだ黒硬石の岩盤が残っていた。

 水が湧き出るのは明日もう一撃してからかなと思ったら、徐々に岩盤に罅が入り、次第に少しずつ罅が広がって、そこから水が湧き出してきた。

 段々と湧きだす水の量が増え、ついには罅の入った岩盤を突き破り、まるで噴水のように水が湧き出し始める。

 俺は水没しないように、クレーターの底から『飛翔』で逃げ出した。


「予定よりも早く水が出たな」


「凄ぇーーー! あんたは、俺のお館様だぁーーー!」


 水が湧いてよほど嬉しかったようだ。

 兼仲は涙を流しながら、俺に土下座をした。

 家臣たちもそれに続き、秋津洲さんの家臣たちも同じように俺に頭を下げる。


「みなさん、今日は喜ばしい日です。この分裂し混乱するアキツシマ島に、外部よりそれを正すお方が現れたのです。バウマイスター伯爵様は我らの新しい主様です」


「えっ? 俺?」


 突然秋津洲さんが俺を新しい主君だと言い始め、それに俺たち以外の全員が賛同して頭を一斉に下げた。

 俺は、ただ争いを止めようと岩盤を砕いて水を確保しただけなのだが……。


「これで、水不足で収穫が足りなくなることもなくなりました。七条領と秋津洲領でも、新しい土地で沢山の作物が作れます」


「俺はバウマイスター伯爵様の家臣になるぞ。みんなもいいよな?」


「はい」


「バウマイスター伯爵様は救世主です」


 この中で一番家柄がいい秋津洲さんの臣従宣言により、一人も反対することなく、逆に大喜びで俺の家臣に、領民になると宣言し、頭を下げてしまった。

 これでは、俺はもう逃げられないではないか。


「ルイーゼ、どうしよう?」


「どうせ、王国からバウマイスター伯爵領にされてしまった島だからね。ヴェルが平定しないと駄目なんじゃないの?」


「魔族もいるんだぞ……」


「だから、大急ぎで?」


「そんなお手軽に、戦乱の渦中にある島の統一なんてできるか」


「やってみないとわからないじゃない。みんな、協力するからさぁ」


「ルイーゼ嬢の言うとおりである! 某も協力するのである!」


「(じゃあ、あんた一人で全員ぶん殴って統一してくれ。統一したら、法衣貴族から在地領主になれますよ)」


 さすがに空気を読んでそれを口にしなかったが、俺はなるべく短期間でこの島を統一しなければいけなくなるのであった。

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