第334話 俺は、戦国時代っぽい島で統一を目指す(前編)
『なるほど。では、お館様が一刻も早くその島を統一せねばなりますまい』
「やっぱり?」
『一度手を出してしまった以上は……』
「……」
子供の頃、俺は捨て犬を見つけた。
とても可愛い子犬だったが、両親に飼っていいか尋ねると『最後まで面倒を見られたらな』と言われてしまった。
『拾うのはいいが、ちゃんと最後まで面倒を見ないと保健所に連れて行く』とも言われ、決断できなかった俺は結局子犬を飼わなかった。
今にして思えば、俺はなにかを選択する時に人より深く考え込んでしまう、石橋を叩いて渡るタイプの人間だったのであろう。
そんな俺が珍しく、南方探索で見つけたアキツシマ島という島の内乱に手を出してしまった。
導師もノリノリで参加し……彼はあくまでも陛下の代理人だから気楽なものだ。
事情を聞いたら、島内は五十を超える領主によって分割され、小競り合いも土地との話であった。
陛下としては、はるか遠方にあるそんな面倒な島はいらないというわけだ。
元々アキツシマ島はバウマイスター伯爵領と区分した海域にあり、それもあって見事に王国から押しつけられてしまった。
この島の南を探索し、そこで他の無人島やあわよくば大陸でも見つけた方が得だと思ったんだろうな。
そんな事情で、戦乱の島が俺に押しつけられたわけだ。
ただ戦乱とはいっても、ルール無用で敵は皆殺しとまでは行っていないようだ。
秋津洲軍と七条軍は、戦う前に己の考えを主張していたくらいなのだから。
これがもし問答無用状態なら、ただ先に軍勢を集めて敵の領地に雪崩れ込んだはず。
なので、まだ救いがあるというわけか。
『なにか、産物を交易できれば御の字であろう』
陛下から、携帯魔導通信機越しにそう言われてしまった。
現在、ヘルムート王国の国王として魔族の国への対応で忙しいから、そんな中途半端な島はいらないというわけだ。
続けて携帯魔導通信機でローデリヒに相談すると、俺がなんとかするようにと言われてしまった。
俺が領主で、ローデリヒが家宰のはずなのに、なぜか俺が命令されているような……。
バウマイスター伯爵領は、ローデリヒがいないと回らないから仕方がないか。
それでも、ルルたちが住んでいた島を探索する冒険者グループの手配や、あの島を冒険者の拠点とすべく建設する新村の測量や建設を行う人員の手配は済んだそうなので、さすがはローデリヒというわけだ。
「とはいえ、先は長いよ」
かつて島を統治していた名族最後の生き残り秋津洲高臣、男みたいな名前だが、見た目は巫女美少女であった。
年齢は十七歳、結構スタイルもいい。
名族直系最後の一人にして、治癒魔法の名手であり、領地は小さいが善政を敷いているようで、領民たちには好かれていた。
まあ、悪政を働くおっさんよりは、善政を敷く美少女の方が人気があって当然だ。
俺も後者を支持するであろう。
もしおっさんが善政を敷いていたら……やはり美少女の方か……。
悪政を働く美少女と、善政を敷くおっさん。
これは悩むかもしれない。
現実なら、悩まず善政を敷くおっさんだけど。
話を戻すが、この島の名族は当主になると決められた『当主名』を名乗る。
だから、当主が女性でも男性みたいな名前になるわけだ。
ミズホとは、少しシステムが違うようだ。
実は秋津洲さん、幼名というか以前の名は涼子というらしい。
だから細川さんは、彼女をお涼様と呼んでいたわけだ。
秋津洲さんを補佐している細川藤孝さんにも、本名は別にあるようだ。
俺たちには教えてくれなかったけど。
細川家は、代々筆頭家老として秋津洲家を支えてきたらしい。
共に早くに両親を失い、直系の子供が女子一人だけとなっても、二人は小さな領地を懸命に守ってきた。
二人が家督を継いだのは、他に男子がいないので仕方がない面もあったからだ。
『お館様、統治体制の確認をお願いします』
「確認?」
『左様です。このまま島の領主たちを降したとして、どうアキツシマ島とやらを統治していくのか? その確認が必要だと申し上げております』
さすがはローデリヒ、俺よりも貴族としての才能に満ち溢れているな。
彼が領主で、俺が筆頭お抱え魔法使いなら、それはそれでとても上手く行っていたような気がする。
「俺がトップだよね?」
『勿論それはそうなのですが、あまり前面に出てしまうと島の住民たちから不満が出るかもしれません。なにしろ、一万年以上も鎖国していたのと同じなのですから』
異民族の、それも若造に支配されるのが嫌だという理由で彼らが反抗的だと、いちいち騒動を鎮圧しないといけないから、統治コストが跳ね上がってしまう危険があった。
バウマイスター伯爵本領の開発も残っており、ローデリヒはその手間を嫌がったのであろう。
これは、王国から押しつけられるわけだ。
『バウマイスター伯爵領は常に伸長を続けており、王城には嫉妬に近い感情を抱く者たちも多いのです。陛下がこの島を押しつけたのは、お館様への温情とも受け取れますね』
俺がこの島の統治で苦労すれば、王城にいる俺を批判している貴族たちの溜飲が上がる。
そういう考え方もあるのか。
どちらにしても俺は王国の家臣なので、命令どおりこの島を安定化させなければ。
それで、島の統治体制の確認に戻るが……。
「誰か代官を立てろと?」
『それが一番無難ですね』
代官が矢面に立った方が、この島の住民たちも従いやすいか。
勿論島外の人間では駄目なので、この島の住民でないといけない。
現時点で、統一したアキツシマ島全体の代官職が務まりそうな人物。
俺の視線は、ある女性へと向かう。
「私は駄目ですよ」
俺が候補に選んだのは、秋津洲領の統治を担っている細川藤孝さんであった。
彼女なら、能力面から見ても十分に勤まると思う。
なにしろ、これまで秋津洲領を実質統治してきたのだから。
「お涼様を差し置いて、そのような大役は受けられません」
細川家は、代々秋津洲家の家臣であった。
ここまで秋津洲家が縮小しても忠実に仕えているのだから、主君を差しおいて代官職を受けるはずがないか。
「でも、秋津洲さんは忙しいんでしょう?」
普段の秋津洲さんは、治癒魔法を用いた領民たちへの治療で忙しいそうだ。
領外からも患者が多数押しかけ、御所は多くの人たちで賑わっているらしい。
領地は狭いし、実務は細川さんが代行しているが、この地域では一定以上の影響力はあった。
残念ながら、統治者にはまったく向いていないらしいが。
「雪、あなたの秋津洲家への忠誠は嬉しいのですが、血筋ばかりで力なき私が代官になっても島が混乱するだけです。遠慮しないで引き受けてください」
俺たちには教えてくれなかったが、細川さんの本当の名は雪というようだ。
クール系美少女なので、雪という名はよく似合っていると思う。
「遠慮などしておりません! 私はお涼様の家臣で十分に満足しているのです」
細川さんは、秋津洲さんから随分と信頼されているようだ。
秋津洲さんも、島が平和になるのなら自分が支配しなくてもいいと言えてしまうところが、器の大きい部分とも言えた。
彼女は、今さら自分がしゃしゃり出てもろくな結果にならないと思っているのであろう。
『お館様、では、秋津洲殿を代官に、細川殿を副代官とし、細川殿に実務を任せたらいかがでしょう?』
「それがいいかも」
秋津洲さんは治癒魔法使いとして多くの支持者がいるし、この島で一番の名族だからな。
一番上にいるだけで、反抗的な人は大分減るか。
口の悪い人たちは、神輿だって言うかもしれないけど……。
「細川さんは、どう思う?」
「お涼様はお優しすぎるので、統治の仕事には向かないのです。普段は治癒魔法使いとして、御所で多くの怪我人や病人の治療にあたっておられます。これは昔からそうですが」
優しいというのは、統治者としては必ずしも褒め言葉じゃないからな。
それでも秋津洲家が小領主として生き残れていたのは、代々続く治癒魔法使いとしての能力のおかげだそうだ。
「魔法使いとしての能力が遺伝しているのか。凄いな」
「ですが、代を経るごとに能力は落ちております」
前にアーネストが、古代魔法文明時代に存在した人工魔法使いについて話してくれた。
この島の名族連中は、間違いなく先祖がそうだったのであろう。
随分と長い間遺伝が続いていたようだが、これもこの島の閉鎖性が原因かもしれない。
他にも理由があるかもしれないけど。
だが、その閉鎖性を持ってしても、代を経るごとに魔法使いとしての実力が落ちているのが現状だった。
「そうみたいだな。我々の基準で言えば、秋津洲殿の魔力量は中級のど真ん中ってところだ」
ブランタークさんは、彼女の魔法使いとしての実力を中級でしかないと分析した。
治癒魔法使いは貴重だが、エリーゼに比べるとかなり実力は落ちる。
もしかすると、俺の治癒魔法の方が威力だけはあるかもしれない。
「兼仲も、中級の真ん中がいいところである!」
「外の世界には、もの凄い魔法使いが沢山いるんだな」
俺に敗れて家臣になった七條兼仲も、中級レベルの魔法使いでしかない。
導師にそう指摘され、彼は外の世界にいる魔法使いたちの実力に驚いていた。
「とはいえ、まだ鍛えられる部分もあるのである」
導師が、まるで獲物を見つけた狼のように兼仲を見つめ始める。
どうやら暇潰し……じゃなかった、見どころがあると思い彼を鍛えようとしているようだ。
「あの……お館様?」
呆気なく俺に破れてしまったが、兼仲は実力者である。
相手の力量を見抜く目はあり、超がつく実力者である導師に目をつけられて恐怖を感じたようだ。
主君である俺に縋ってきた。
「兼仲」
「はい、なんでしょうか?」
「俺は数年間、導師から指導を受けたんだ」
「ボクもだよ」
俺の隣にいるルイーゼもそうだと聞き、兼仲の顔色はさらに悪くなった。
彼はルイーゼも実力者だと見抜いており、俺とそんな彼女に指導ができる導師という存在と、彼から弟子に指名されたことに恐怖を感じたようだ。
「俺とルイーゼが逃げられなかったんだ」
「君にも、無理無理」
「というわけなので、俺は兼仲がもっと強くなってくれることに期待しているから」
「大丈夫、多分死なないから」
俺とルイーゼに肩を叩かれた兼仲は、顔面が一気に蒼白となった。
「ここはバウマイスター伯爵の領地である! 某は開発等に手を出せぬし、兼仲はこの分野で役に立たないのである! さあ、楽しい修行の時間である!」
「お館様ぁーーーー!」
兼仲は、導師に連れて行かれた。
彼に引きずられていく兼仲の声が次第に小さくなっていくが、これも彼がもっと強くなるため。
俺とルイーゼは、心を鬼にして彼を見送った。
「先生、私たちはいいのですか?」
「あのな、アグネス」
「はい」
「人には向き不向きがあるのさ。それは個性のようなものだから、決して向いていないことが悪いわけじゃない。魔力を用いた格闘戦闘は、彼らやルイーゼに任せよう」
俺は信じている。
兼仲が、これから始まる統一戦争において先陣として活躍してくれることに。
「まあ、兼仲殿は昔からずっとああなので、統治にはまったく役に立たないのですよ」
「細川さん、じゃあ誰が七条領の統治を?」
「あそこは、家臣兼分家の名主たちが優秀なのです。当主である兼仲殿は近隣では最強の魔法闘士です。小競り合いの時に顔を出せば、ほぼ有利な条件で講和が結べますから」
七條兼仲はとても領民たちに慕われ、腕っ節も強かったが、残念ながら脳筋であった。
「ルル、こういう風にするんだよ」
「はい」
「アグネスは、広げた道に石畳を敷いてくれ」
「はい」
「ベッティは、荒れ地を急ぎ開墾だ」
「任せてください」
「シンディは、どうだ?」
「用水路の掘削は順調です」
探索で見つけたアキツシマ島を成り行きで統一することになったが、余所者でしかない俺が領民たちに認められるためには、まずは税を集めることよりも、利益を与えることが重要となる。
というわけで、まずは領地の把握と、忠誠心をあげるための施しを行うことになった。
まるで戦国シミュレーションゲームだな。
施しとはいっても、金や食料をバラ撒くわけじゃない。
ちょうどため池の底を塞いでいた黒硬石を砕き、豊富な地下水が得られるようになったので、そこから用水路を掘って広げ、これまで水不足で耕せなかった土地を開墾し、街道の整備を行う。
古来より、公共工事は現地住民からの支持を得るのに有効な方法であった。
「秋津洲領は七条領を事実上併合し、領地はほぼ倍に、人口も合計で千二百五十七名となりました」
アキツシマ島を統一するにおいて、形式上は代官である秋津洲家が全島を統一して統治することになった。
その上に、バウマイスター伯爵家がいるという組織図だ。
「細川さん」
「お館様、私のことは雪と呼んでください」
初めは本当の名を教えてくれなかった細川さんであったが、領内の大規模開発が始まると随分と好意的になってくれた。
当主名でなく、本当の名前で呼んでくれというのだから。
「いいのか?」
「はい。是非そうしてください。私は、秋津洲領の統治をお涼様から託された身でしたが、結局私では、お涼様に安寧の日々を与えられませんでした……」
秋津洲さんと細川さんが家督を継いだ時点で、もう秋津洲領は衰退が激しかったそうだ。
それを、秋津洲さんの治癒魔法と細川さんの統治能力で、どうにか七条家に対抗可能な状態にまで持っていった。
「あの争いで兼仲殿が先陣で力を発揮していたら、我々は不利な講和を結ぶしかありませんでした」
細川さんは武芸にも優れているそうだが、魔法使いである兼仲には勝てない。
同程度の魔力を持つ秋津洲さんも治癒魔法使いであり、確かに勝ち目はなかったかもしれない。
「その兼仲殿をお館様は圧倒されました。私は感謝しているのです」
クール系美少女に感謝される。
悪い気はしないな。
「痛ぇ!」
「お館様。どうかされましたか?」
「なんでもない……」
鼻の下でも伸ばしたのかと思われたのか?
俺は、隣にいたルイーゼから尻をつねられてしまった。
「ヴェル、可愛い女の子に好かれてよかったね。探索すると女の子が増えるって、ヴェルは凄いなぁ」
それを俺に言われても……。
元々ルイーゼは、アグネスたちは認めている。
だから探索に同行しても、なにも言わなかった。
だが、今も魔法を教えながら側に置いているルルと、美少女巫女秋津洲さん、そしてクール系美少女である雪。
ルルは幼いから違うかもしれないが、二人にはなにか思うところがあるのかもしれない。
いや、俺はもう嫁を増やしたくないのだが……。
「ええと、ところで、秋津洲領ってどのくらいの広さなのかな?」
「これが地図です」
とにかく話題を切り替えないと……。
俺は、雪にこの島の勢力図について聞いてみた。
すると、持っていたこの島の地図を見せてくれた。
「狭いね……」
俺たちは北からこの島を訪ねたわけだから、秋津洲領と旧七条領は島の最北端にある。
これからは南の敵勢力にだけ注意すればいいから、少しは楽になったわけか。
戦力比を考えなければだけど。
「この島の人口は、約四十万人です」
四十万分の千二百五十七。
辛うじて、0.25パーセント以上は押さえているわけか。
押さえていると、自慢できる数字じゃないな……。
「兼仲だけじゃなく、旧七条領の領民たちが素直に降ってくれてよかった」
おかげで犠牲者はゼロだった。
死人が出ると禍根となるので、それはよかったと思う。
「お館様が兼仲殿を圧倒したからでしょう。すぐに開発を始めたのもよかったです」
旧七条領は、秋津洲領に併合された形となった。
兼仲は家臣となったのだが、元々彼は領内の統治を名主たちに丸投げしている。
さほど状況に変化があったわけでもなく、兼仲も武官に専念できると喜んだ。
彼に統治の仕事はまったく向いていないから、まさに適材適所と言っていいだろう。
「これで人口が増えても、食料のあてができました」
この島は、黒硬石の塊の上に人が住んでいるようなものであった。
そのため、島の中心部にある巨大な湖周辺以外は、基本的に水が不足している。
農業生産に限界があるというわけだ。
なぜか地下水は豊富なので、昔は優秀な魔法使いが岩盤を魔法で砕いて井戸を掘った。
ところが、現在の魔法使いにはそれはできない。
黒硬石という石で覆われた強固な岩石を砕かないと地下の水脈に届かず、それを砕くには強大な魔力が必要であったからだ。
井戸や池には長い年月の間に枯れる場所もあって、みんな水不足に怯えるようになっていた。
そのせいか、各家や領内中に雨水を溜めるため池やタンクが置かれているのをよく見かけるな。
「水田も増やせそうです」
「雪は、やっぱりお米があった方がいいのか?」
「はい! 我らは昔からお米が大好きなのです!」
とても元気な声で答える雪。
とはいえ、この島の水資源量を考えるとそれほど多くのお米は作れない。
主食は雑穀、麦、サツマイモの原種に近いイモが大半で、お米はなかなか食べられない高級品だそうだ。
「大昔のご先祖様は毎食お米を食べたそうです。この島では難しい話なのですが……」
「島の中央には湖があるんだよな?」
「はい。琵琶湖というのですが、ここの水利と豊富な漁業資源、琵琶湖から流れるいくつかの河川を利用した水運をすべて握る三好家は、この島における一番の大領主です」
しかも、その三好家の当主は、代々三好長慶を名乗っているそうだ。
一族や家臣も多く、彼はこの島で事実上の『天下人』と呼ばれているらしい。
湖の名が琵琶湖なのも含めて、俺は心の中で乾いた笑みを浮かべた。
「お米ならミズホの連中は毎日食べているな。俺も一日一食か二食は」
「凄い! 北に逃れた同朋は、楽園に住んでいるのですね!」
「それなりに苦労はあったみたいだよ」
ミズホは、帝国との戦争で多大な犠牲を出して独立を保ったからな。
帝国の方も散々だったみたいだけど。
「北方にあるから冬は寒いしね。ここは寒くないのがいい」
南方だから冬も暖かい、むしろ暑い日が多いくらいか。
標高が高い場所が多いので朝晩が寒い地域もあって、常夏からは少し離れているという感じであった。
「水があれば、上手くやれば稲作が年に二回できるか? 麦の栽培も混ぜて二毛作にする手もあるな。開墾と田んぼの拡張はアグネスたちにお願いして、土の土壌改良を魔法で行えば、初年度からもそこそこ米が採れるか」
押さえた土地を開発しながら統治し、徐々に秋津洲家の当主が代官を務めるバウマイスター伯爵領を増やしていく必要があるな。
ただし、あまり軍勢を助っ人には呼べない。
敵対勢力が『秋津洲家は、他民族に島を売り渡した!』と宣伝しかねないからだ。
そこで、数少ない戦力になる助っ人を呼ぶことにする。
「それで私たち?」
「俺とハルカは、ヴェルの護衛だな」
「古に別れた同朋ですか……昔の歴史書には記載されていましたが、本当に実在していたとは……」
イーナ、エル、ハルカは個人でも十分に強いので、俺の護衛役に。
ハルカは、同朋である秋津洲さん、雪、兼仲の存在に驚いていた。
「瑞穂一族は発展を遂げたようですね。我ら秋津洲家は不甲斐なく、忸怩たる思いです……」
瑞穂家と秋津洲家は、大昔は共に一二を争う名族だったそうだ。
それが、片方が独自の、他民族にも負けない力を持ったのに、自分たちは完全に力を落としてしまった。
秋津洲さんは先祖に申し訳がないと、表情を暗くしてしまう。
「お涼様の責任ではありません! 秋津洲家は元は神官の出です。政治には不向きな血筋なので仕方がありません!」
雪の説明によると、秋津洲家にあまり優秀な政治家はいないらしい。
代々と当主や一族が優れた治癒魔法を駆使し、領民たちを治療して慕われる。
政治の実務は、細川家他いくつかの名族で分担していたそうだ。
元から秋津洲家は、君臨すれど統治はせずという状態だったわけか。
「なら、ちゃんと秋津洲家を上に据えればいいのに。三好家だっけ?」
「五代前の秋津洲の当主は、残忍な性格で有名でした。治癒魔法の練習台にするからと言って領民を斬り、即死させてしまうと、『間違えて斬り殺してしまった。次は治療できるようにもっと浅く斬ろう』で済ませたそうです」
諫めた四代前の三好家の当主が無礼討ちにされ、それに激怒した三好家が徐々に秋津洲家当主の領地や利権を奪っていき、今に至るのだと雪が教えてくれた。
「先祖の罪が祟ったのか。でも秋津洲さんに罪はないし、むしろ治癒魔法で領民たちから好かれているのにね」
三好長慶は優秀な人物だそうだが、もうお爺さんであった。
ならば、美少女巫女である秋津洲さんの方が人気が出ても仕方がないか。
とはいえ、今の秋津洲家は北部でわずかな領地を持つのみ。
中央の三好家に対抗するのは難しい。
先祖の恨みもあって、簡単には言うことを聞かないであろう。
「事情は大凡こんな感じなので、今は押さえた領地を開発して力を蓄える必要があるのです」
元々、この島の領主で大勢の常備兵を整えられる者は少ない。
今のうちに開発を進めて収穫量を増やし、次の戦いに備えて食料を備蓄する必要がある。
どうせ秋津洲領と接しているか、領地が近い領主たちは零細ばかりで、農民を徴兵しないと軍勢を整えられない。
向こうが余計な野心を抱いて攻めてきても、俺、ブランタークさん、導師、ルイーゼ、イーナ、エル、ハルカ、エリーゼたちもいるから負けるはずがなかった。
「まだまだである!」
「負けぬぞぉーーー!」
「その心意気やよしである!」
いい領主様だけど、頭の中身は残念(領民たち談)な兼仲は、導師から特訓を受けていた。
魔力の伸びはほぼ期待できないが、彼はこの北方で一・二を争う猛将という評価を受けている。
そんな彼が、お金で雇われるフリーの専従武官になったのだ。
さすがに攻めてくるアホな領主はいないと思う。
「それにしても、エリーゼ様は凄いですね。私よりも遥かに優れた治癒魔法使いではないですか」
秋津洲さんは、自分よりも圧倒的に実力があるエリーゼに素直に感心していた。
「救われる人が増えるのはいいことです」
秋津洲さんは、とてもいい子であった。
残念ながら領主には向かないのは明白であったが、エリーゼに嫉妬しないで怪我や病気を治せる人数が増えたと心から喜べるのだから。
「なぜ雪が、秋津洲さんを支えるのかわかったな」
「お涼様は素晴らしいお方です。ですが、こんな世の中ではその優しさが仇となることもあります」
彼女を守るため、雪は自分が汚れ役になる覚悟があるんだな。
それだけ彼女を慕っている証拠であった。
「俺は、雪も優しいと思うけどな。雪の能力なら、三好家あたりでも出世できたのでは?」
「三好家で働く私は想像できませんでしたから、発想力が低いのでしょう。それでは、三好家での出世は難しいですね。秋津洲家の筆頭家老で私は満足しております」
照れてそう言っていたが、雪は心から秋津洲さんが好きなのだと思う。
「昨日までは色々と大変でしたが、お館様のおかげで少し余裕ができました。ありがとうございます」
「へえ、ヴェルはホソカワさんをユキって名前で呼ぶのね?」
「せっ、戦友だから……一緒に兼仲と戦ったからさ」
「ふーーーん」
イーナが、疑いの目で俺を見る。
実は、俺が勝手に兼仲を倒してしまっただけだが、そう言って誤魔化しておこう。
物語でも、戦場で生死を共にした仲間を名前で呼ぶようになったケースがよくあったからだ。
「あれは、俺がお館様に倒されただけ……「あーーーっ! 色々と大変だったな! 雪?」」
「そうですね、兼仲殿は北部でも名の知れた猛将だったので」
雪も、すぐに状況を察して俺のフォローに回ってくれた。
さすがは、この島の実質的な代官職を任せようとしている才媛だ。
「そうなんだ。私は、またヴェルに奥さんが増えるのかと思ったわ」
イーナまで、俺を疑いの目で……。
「それは……ねえ? 雪」
「私如きがあり得ない話です(まあ、機会があれば……むしろその機会が多いので、大いに期待できる?)」
「ホソカワさん?」
「いいえ、なんでもありません!」
雪は、なにをブツブツと独り言を言っていたのであろうか?
「先生、今日も予定よりも十パーセント増しの進捗率です」
アグネスたちも魔法の特訓になるからと、街道整備や田畑や用水路の造成を続けていた。
ルルを連れて、魔法の訓練がてら頑張っている。
「シンディとベッティは?」
「シンディは、用水路を広げに行きました。ベッティは、ルイーゼさんと一緒に井戸掘りです」
用水路を掘るくらいなら、黒硬石の層の上にある普通の岩や土を掘るだけだ。
なので、魔法使いならさほどの難事でもない。
ところが井戸を掘るとなると、必ず十メートル以上もある黒硬石の層をぶち破らないといけないのだ。
これができる導師は兼仲の訓練に忙しく、俺も領主として色々と忙しい。
そこで、ルイーゼがアグネスたちに岩盤を魔法で打ち砕く方法を伝授していた。
あの三人は上級なので、多少日数がかかるにしても黒硬石を打ち破れるからだ。
一度に大量の魔力を使うので、魔力を増やす鍛錬にもなる。
「えらいことに首を突っ込んでしまったが、魔族との交渉でなにも動きがないからなぁ……」
ブランタークさんは、ヘルムート王国と魔族の国との交渉がまるで進んでいない事実に呆れ顔だ。
もし交渉に進展があったら、俺に出番があるかもしれないのでアキツシマ島ばかりに構っていられない。
ところが、向こうはまるで音沙汰なしである。
双方に自由貿易が始まると損をする人物や団体があり、そこが手を変え品を変え妨害しているからだ。
王国側は魔道具ギルドが露骨に圧力をかけているから、あのユーバシャール外務卿だと厳しいだろう。
しばらくは、こちらの問題に専念できると思う。
「ブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯からなにか言われていますか?」
「俺の場合、元々伯爵様担当だからな。バウマイスター伯爵領が広がれば交易とかで商売も広がる。王国がさらに南方の探索を始めれば、新しい島や大陸が見つかるかもしれないから、これはもう新しいフロンティアだ。手を貸して恩を売っておくのは悪くないじゃないか」
ブランタークさんの言うとおり、南方には夢があるかもしれない。
東方にも同じように夢があり、西方は魔族との交渉次第か……。
唯一北方のみは、アーカート神聖帝国があって探索ができない。
「王国もブライヒレーダー辺境伯家も、これからを見据えて未発見の土地に唾をつけておこうという算段だな」
「南に植民し航路を拓くにあたって、バウマイスター伯爵領が安定していないと意味がないからな」
アキツシマ島は、南方探索開発の中継拠点として安定していなければならず、ブランタークさんも手を貸してくれたというわけだ。
「まあ、先は長いけどな……」
確かに、現在バウマイスター伯爵家で押さえているアキツシマ島の領地は全体の二パーセントちょっと。
残念ながら、一番家柄がいいはずの秋津洲家はこの島で一番小さな領地しか持っていなかった。
七条家も似たり寄ったりであり、早急に勢力を拡大する必要があるであろう。
「開発は進めます」
「基本、俺らは余所者だ。支持を得るためには、明確な飴が必要となるか」
いつの間にか俺の参謀ポジションについたブランタークさんが、この島の地図を見ながら呟く。
「五十くらいの勢力に別れているとの細川殿のお話だったが、実際にはもっと多いんだな」
「ええ。小領主は、時にある大きな領主につき、また別の大きな領主につきと、そんな感じですので……」
大きな領主に圧迫されて臣従したが、そこが力を落とすと別の大きな領主を頼る。
一種の戦乱なので戦はあるのだが、あまり敵を追い詰めないルールらしい。
「兼仲はルール破りをしようとして負けたのかよ」
「そこまでは考えていなかったそうです」
脅せば、御所の水を使えるくらいの感覚で軍を集めたそうだ。
実は上手く行く可能性があったのだが、俺たちの乱入で失敗した。
彼は領主として、とことんツキがなかったのであろう。
「今は武官になれてかえって喜んでいるのか。導師と同種類の人間に見えるからな」
兼仲は、村を統治して税を集めるなんて作業がとことん苦手だからだ。
今は雪が担当している。
仕事量が倍に増えたわけだが、彼女は有能なのであまり苦にしていないようだ。
旧七条領の名主たちも、『兼仲様はお優しいのですが、そういうお仕事がちょっと……』と口を揃えて言い、雪を歓迎した。
なお、名主たちに脳筋扱いされた兼仲は、ちょっと切ない表情を浮かべていた。
「体制としては、ここはバウマイスター伯爵領であり、代官は秋津洲家、副代官である細川家が実務を担当ですね」
秋津洲さんは島一番の名族の出なので、君臨すれど統治はせず、領民たちの治療をしながら、島民たちに慕われるのがお仕事というわけだ。
「それで、導師が鍛え直している兼仲が武官なわけだな」
彼が先陣に立てば、大抵の人間は震えあがるからな。
俺たち魔法使いは例外だが、本来上級魔法使いなんて滅多にいない。
ましてや、この島には上級の魔法使いが現時点で一人もいなかった。
中級の兼仲が、トップクラスの実力の持ち主なのだ。
彼に勝てる人など、滅多に存在しないわけだ。
「早速、南に調略をかけます」
「言うことを聞くかな?」
ブランタークさんと雪、イーナ、アグネスと共にこの島の地図を見る。
各領主の勢力分布図まで書かれたかなり詳細なものであり、これを調べた雪の力量を示すものであった。
「この地に来た商人たちや、お涼様から治療を受けた者たちから聞きました。島の地図自体は、元々秋津洲家は島を統治していたので所持していたのです。小領主はコロコロと所属を変えるので、現時点では多少の変化があると思ってください」
「とりあえず、島の北方を統一しないと駄目か……」
「しても、中央の三好家と争いになるけどな」
「どうせ争いになる以上、少しでも多くの領地を押さえないと」
それに、事実上の天下人と呼ばれている三好長慶ですら、完全に押さえているのは中央とその周辺領域だけ。
北部、東部、西部、南部に複数の有力大領主がおり、その下で小領主たちがその時に応じて所属を変えたりしていた。
「(子供の頃にやった戦国シミュレーションゲームみたいだな……)雪、この北部で強いのはどこだ?」
「一番の大身は伊達家ですね。秋津洲家とも遠縁で名族、自領も広く、従えている小領主も多いです。次は最上家。我らと至近にある南部家も侮れません」
どの家も、某戦国シミュレーションゲームや歴史ドラマではお馴染みの名前であった。
勿論苗字と名前が同じだけで、本人は出てこないはずだ。
……この世界に転生してきたとかないよね?
ちょっと不安になってきた。
「当主は、雪や秋津洲さんのように女性なのか?」
「いえ、大半の当主は男性ですよ。我々はあくまでも例外なのです」
もし当主が全員女性だったら、日本の創作物を参考に神がなにかしたのかと疑う事態だったな。
二人の場合、あくまでも直系に女性しかいなかったからのようだ。
「そんなわけでして、私は細川家の跡取りを産まないといけないのです」
「そうなんですか……」
雪、そうやって俺に期待の視線を向けるのはやめてくれないか?
「ヴェル、モテモテでいいわね」
イーナさん、その笑顔がもの凄く怖いです。
「とにかくだ! まずは田植え、種まきを終えたら出陣だ!」
状況は理解できたので、抑えた土地の統治を進めよう。
俺たちバウマイスター伯爵家は、まずは北部統一に向けて動き出すことになる。
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