第332話 山積する問題、俺にばかり面倒が降りかかる(前編)

 海竜に襲われて逃げ込んだ人たちが、一万年以上も隠れ住んでいた島。

 俺が参加したというか、一応団長である探索隊によって発見され、今は外に出られなかった住民たちの移住作業が進んでいる。

 その間、俺たちは海竜の襲撃に備えて島に待機しつつ、俺はわずか五歳にして島の防衛を一手に担っていた南国少女ルルの面倒を見ていた。

 ルルは、オレンジの髪をショートボブにしているが、癖っ毛で外側に跳ねている。

 頭に大きな貝殻の髪飾りをつけており、これは母親の形見なのだそうだ。

 服装は、植物性の布に簡単な加工をした、スカート丈が短いワンピース風のものであった。

 そんな、いかにも南国風の幼女がルルであった。


「ルルは杖を持っていないから、これをプレゼントしよう」


「杖ですか?」


「外の世界の魔法使いは、みんな杖を持っているんだよ」


 まあ、上級になってしまえばただの飾りだけど……。

 今のルルには必要なものだ。


「知りませんでした」


 ルルたちの先祖は、島に杖を持ち込めなかったと聞いた。

 魔道具職人もいなかったそうで、杖を自作できるはずもないから、ルルが持っているはずがない。

 彼女が最初から上級レベルの魔力を持っていれば必要なかったのだが、現時点だと魔法を使うのに不利であった。

 というか、杖もないのによく一人で海竜を撃退し続けていたものだ。

 撃退しかできなかったようだが、それでも大した実力だと思う。

 導師など、まだ幼いルルに敬意を払うくらいなのだから。


『いかに魔法使いが自分一人とはいえ、あの年で自ら村人たちのために海竜に立ち向かう。並の人間にはできぬことである!』


 ただ残念なのは、彼は見た目のせいでルルにあまり好かれていなかった。

 フィリーネのような存在はそうおらず、残念ながら導師の完全な片思いである。

 代わりに俺がもの凄く好かれてしまったわけだが、彼女の事情を考えると無下にはできない。

 それに、ここ数日は娘を世話しているようで楽しい。

 俺も現金な性格をしているから、可愛い幼女に慕われて嬉しくないはずがないわけで。

 探索隊には母親代わりになる女性もおらず……男性しかいないから……彼女の面倒は俺が見ていた。


「ルルには、この杖をプレゼントしよう」


 俺は、魔法の袋の中から一本の杖を取り出す。

 これは師匠の遺品の一つで、飛竜の魔石に近い部分の骨を削り出して芯にし、その表面を樹齢数千年の樫の木で覆ったものだ。

 少し地味な杖だがなかなかの逸品で、魔法の練習にこれほど適した杖はなかった。

 杖に魔力が素直に乗るので、初心者が練習するには最適なのだ。

 師匠も若い頃、魔法の練習で使っていたと言っていた。


「これで練習して、ルルが成人した時に新しい杖を贈ろう」


「ありがとうございます。杖を貰えるなんて、これは婚約指輪みたいなものですね」


「……」


 ただこの子、幼くして村の安全に責任があったせいか、妙に大人びている部分があるというか……。

 俺が杖を贈るイコール結婚を申し込むことだと思っていた。

 一万年も孤立していた村なのに婚約指輪なんて概念があったのかという気持ちと共に、頭を抱えてしまう事態だ。


「はははっ、ヴェルはモテモテでいいよな。エリーゼたちにどう説明するのか知らないけど」


「……」


「ふべらっ!」


 再びエルが通りすがりにからかってきたので、俺は素早く魔法を用い、奴の進路上の砂浜に落とし穴を掘る。

 前をよく見ていなかったエルは、そのまま落とし穴に落下した。


「エルヴィンさんはどうしたのですか?」


「みんな移住の準備で忙しく動いているから、砂浜に穴が空いていたのかな? あいつもよく前を見ないから」


「そうなのですか」


 俺はルルに、村人たちが数百人も引っ越しの準備をしたせいでいつの間にか砂浜に穴が開き、偶々そこにエルが落下したのであろうと嘘をついて誤魔化した。


「お前なぁ……一旦屋敷に戻ったらどうだ? この島は覚えたんだろう?」


 エルが落とし穴から這い出ながら、俺に忠告した。

 ルルのことを、エリーゼたちに知らせておいた方がいいと言うのだ。


「女の子だからな。世話をする同性がいた方がいいか?」


「それもあるな」


 エルの忠告に従い、俺は『瞬間移動』でバウルブルクの屋敷へと飛ぶのであった。







「ヴェル……あなた……」


「イーナ、お前はもの凄く誤解していると思うぞ」



 ルルを連れて屋敷に戻ると、最初に彼女を見つけたイーナが深刻そうな表情をした。

 あきらかに、俺の人間としての尊厳を疑い、あらぬ疑惑を抱いているような目だ。


「この子は……」


「可愛いから連れてきちゃったの? いくら大貴族でも、そういうのはよくないと思うわ」


「ちゃうわ!」


 人を誘拐犯扱いするな!


「ヴェンデリン様、ルルはいらない子ですか?」


「そんなことはないさ。ルルはいい子で可愛いなぁ」


 俺の怒鳴り声を聞いたルルが涙目になってしまったので、俺は彼女が泣き出さないように宥める羽目になってしまう。


「えっ? やっぱりそうなの?」


「ここで『違う!』と叫ぶと堂々巡りだな……実はこの子は……」


 屋敷のリビングに移動してみんなを集めてからルルの話をすると、みんな一応納得してくれた。

 貴重な魔法使いの子供で、身寄りがない。

 貴族たちによる醜い争奪戦が始まるのは必至であり、俺が保護することにしたと。


「とはいえ、猫の子ではないのじゃ。面倒を見る以上は、最後までじゃぞ」


 テレーゼ、その言い方だとまるで犬や猫の子みたいだけど。


「その最後までって?」


「こういう場合はの。一族の年配の女性、それも未亡人などに預けるのが常識じゃ」


 同じ女性が育て、その子が成人したら選択肢は複数存在する。

 恩返しでその貴族に仕えてもいいし、預かった貴族に嫁がなくても、その子や家臣に嫁ぐという選択肢もある。

 だが俺の場合、島で数日間直接面倒を見てしまった。

 目撃した村人や船員たちは多く、彼らが俺とルルの関係をどう見るのか?


「相変わらず魔法以外では迂闊じゃの。ちゃんと最後まで面倒を見るのじゃぞ」


「ルルは、ヴェンデリン様のいい奥さんになります」


「そうか、頑張って精進せいよ」


「はい」


「いい返事じゃの」


 おい、テレーゼ。

 小さいルルを煽らないでくれ。


「聞かずとも、この年でなかなかの魔力。成長すればいい魔法使いになろう。嫌がられているのならともかく、ここで囲わずにどうする?」


 貴族の中の貴族であったテレーゼに指摘され、俺はまったく反論できなかった。


「ルルちゃんはあなたを慕っているのですから、ここはバウマイスター伯爵として面倒を見てあげませんと」


 エリーゼは元々神官なので、身寄りのない子供を預かることになんの抵抗もなかった。

 ルルが俺の嫁さんになるという発言も、罪のない子供の発言という認識のようだ。

 なにより彼女は、俺に奥さんが何人いても不自然に思わない、貴族令嬢様だったのだから。


「それよりもさぁ」


「そうですわね」


「えっ、なに?」


 ルイーゼとカタリーナが可哀想にという表情を俺に向けたが、俺にはその理由がわからなかった。


「ヴェル様、あの三人」


「三人?」


 俺が意味もわからず首を傾げていると、そこにアグネスたちが飛び込んできた。


「先生! 五歳の女の子を奥さんにしたって本当ですか?」


「先生、順番が逆ですよぉ!」


「南方探索に、私たちを連れて行かなかった理由はこれだったのですか? 先生は幼い子が好きで、そういう子を探すために私たちを連れて行かず……」


 教え子である三人娘に縋られ、俺はタジタジになってしまう。


「五歳の子がいいのなら、私はもう十五歳です! 全然構わないじゃないですか!」


「アグネス、お前はなにを誤解してるんだ?」


「先生は、もっと若くて才能がある子がいたから私に飽きて!」


「なぜそうなる?」


 アグネス、お前はまだ修行中の身じゃないか。

 飽きたとか、そんなわけがない。


「先生!」


「シンディもか?」


「私、この子ほど若くないけど、三人の中では一番若いですから!」


 別に俺は、女性は若ければ若いほどいいなんて思っていない。

 俺をロリコン扱いしないでくれ!

 この世界なら特に問題にならないけど、向こうの世界だと社会的に詰む可能性もあったので、つい敏感になってしまうのだから。


「先生、ごめんなさい。私たちが無理を言ってでもついて行けばよかったんです。奥様たちもいないから、つい若い女の子に目が行ってしまって……でも、先生は男性ですから」


 頼むからベッティ、その間違った認識を声を大にして言わないでくれるか?

 エリーゼたちが、肩を震わせて笑っているんだけど……。


「ベッティの言うとおりですね。これからの探索には私たちもついていきます」


「このまま男の人だけで探索を続けると、先生がどんどん女の子を拾ってしまうから!」


 シンディ、俺に女の子を拾う趣味なんてないから……。

 あっ、でも。

 もし悲惨な境遇の子がいたら、保護はしてしまうかも……。


「先生は優しすぎるんです。安心してください! 私たちが壁になりますから!」


 三人の勘違いにより、俺はエリーゼたちから死ぬほど笑われてしまった。

 

「久々に大傑作だな! ヴェル、モテる男は大変じゃないか!」


 特にエルには大爆笑されてしまうが、ここは屋敷内だ。

 エルに魔法で天罰を与えるわけにもいかず、俺はただこの世の不条理さに溜息をつくのみであった。




 エリーゼたちにルルのことを説明にしに行って大爆笑されてしまったが、探索は再開されることとなった。

 あの島の住民は、すべてバウマイスター伯爵家が管理する南方諸島にあるサトウキビ農園へと移動した。

 ここには製糖工場も建設する予定で、彼らはサトウキビ農家か工場の従業員として働く。

 砂糖は高価なのでそれなりの給料も出せ、海では漁もでき、自分と家族で食べる分の小さな畑も作れる。

 前の島よりは生活が豊かになるので、みんな喜んでいた。

 島の九割以上を占める魔物の領域については、あとで冒険者を募って、魔物の種類や採集できる品を確認する予定だ。

 なにか珍しい素材や採集物が入手可能ならば、村の跡地に冒険者ギルドの支部と宿場町を作って、冒険者の島にしてしまえばいい。

 冒険者の数が増えれば、魔導飛行船を定期的に飛ばす予定だ。

 それは追々やるとして、今は未確定領域の探索だ。

 島を出発した魔導飛行船は、順調に南下を続けている。

 アグネスたちの熱意というか、勘違いゆえの暴走の効果により、男性ばかりだとトラブルが起こるという理由で、彼女たちがついて来てしまった。

 エリーゼたちが断ってくれればいいのだが、面白がって許可してしまうから、三人は俺の側にいる。

 ルルも、相変わらず俺にひっついたままだ。

 飛行中はなにもすることがないので、アグネスたちはできる限りルルに魔法を教えている。

 これは師匠が言っていたのだが、人に魔法を教えるのは決して弟子のためだけではないそうだ。


『人に教えることによって、自分の魔法を理論的に系統立てて考えられるようになったり、これまで手が届かなった魔法のヒントに繋がることもある。自分のためでもあるんだよ。だから将来、誰かに魔法を教えてみるといいよ』


 アグネスたちも、ルルという未完の大器に教えることでなにかを得られるであろう。

 そう説明したら、熱心にルルに魔法を教え始めた。

 そして、やはりルルは小さな女の子なので、面倒を見るためにアマーリエ義姉さんもついてきた。

 彼女には二人の育児経験があるので、安心してルルを任せられる。


「私の場合、実は男の子の育児経験しかないけど」


「それでも、俺が全部面倒を見るよりはいいですよ」


 それを言うなら、俺なんて育児経験すらほとんどないからな。

 しかも相手は女の子だ。

 実は、いまだにどう接すればいいのかわかっていなかった。


「それにしても、好かれたものね」


 確かに、ルルの俺への傾倒ぶりには凄いものがあると思う。

 特に彼女に好かれるようなことはしていないのだけど。


「わからない?」


「はい」


「ルルちゃんは年齢よりもしっかりしているけど、それはそうならざるを得なかったのよ」

 

 唯一の魔法使いとして、わずか五歳にして村人数百名の命を背負っていたのだ。

 大人になるしかなかったのであろう。

 

「でも、それは大きな負担だったと思うわよ」


 わずか五歳なのだから当然だ。

 前世の俺が五歳の頃なんて……バカだったから、なにも覚えていないな。

 そうだ!

 『仮面○イダー』になりたいって幼稚園で言ってた。

 ……男はバカだな。


「海竜の集団が迫り、今回はもう駄目だと思ったその時、ヴェル君が颯爽と姿を現した。しかも、自分では追い払うのが精一杯だった海竜を倒してしまった。慕われて当然だと思うわ」


 死を覚悟した時に、俺が海竜を倒したからか。


「ですが、導師も討伐には参加しています」


「導師様は女性や子供には優しいけど、少し受けが悪いから……フィリーネさん以外……」


 アマーリエ義姉さんは、言葉を濁しつつ導師がルルに好かれなかった理由を説明する。

 ようするに、悪役みたいで怖いからだ。

 そしてルルは、自分の危機を救ってくれた俺を慕っているわけか。

 吊り橋効果のようなものかもしれないが、彼女はまだ幼く身内もいない。

 彼女が無事に成人するまで、俺が面倒を見てあげないと。


「ルルは女の子なので、男の俺にはわからない点が多いのですよ」


 特にわからないのが服装などだ。

 今のルルは、頭につけた貝殻の髪飾りは母親の形見なのでそのままであったが、服装はアマーリエ義姉さんがキャンディーさんから購入した小さな女の子用のワンピース姿であった。

 王都でちょっと裕福な家の子が着るようなワンピースで、南の島の地味な服よりも鮮やかでフリルなどの装飾も沢山ついており、それを見た移住した元島民の子供たちにとても羨ましがられていた。


『ルル、いいなぁ』


『色が綺麗な服ね』


『私もほしいなぁ』


『私も』


『ルルは将来バウマイスター伯爵様の奥方となり、ルルの子が我らの村長となる。だからじゃ。我慢せい』


 ルルの服装を見て羨ましがった島民の女の子たちに対し、副村長がルルは身分が違うのだから諦めろと、かなり現実的な説明をした。

 『相手は幼女なのに……』と思わなくもなかったけど……。


『じゃあ、私もバウマイスター伯爵様の奥さんになる!』


『私も!』


『私もなる!』


『おい……』


『申し訳ないです。つい……でも、村長なり町長なりは必要ですから』 


 ところが、ならば自分も俺の奥さんになると幼女たちが騒ぎ始め、俺は堪らず副村長に文句を言った。

 副村長は謝りつつも、村を纏めるために村長は必要ですと反論を忘れない。


『村が落ち着けば、服は買えるから。キャンディーさんの服にはそれほど高くないものもあるし』


 そんなことがあったのだが、彼女じゃなくて彼はコーディネート能力も超一流で、ルルはもっと可愛く見えるようになった。

 幼女たちはそれが羨ましいのであろう。

 女性を綺麗に着飾るのは得意なのに、本人の見た目は化け物……じゃなかった、ちょっと変わっているというか……。

 まるで、本当は心優しいのにそうは見えない、フランケンシュタインのようだ。


『まあ、この子は可愛いわね。将来は美人になるわよ。よかったわね、バウマイスター伯爵様。この色男!』


『あがっ!』


 キャンディーさんは、他にも靴とか予備の服装や下着などもすべて的確に選んでくれたが、相変わらずのバカ力で俺の背中を叩くから、息が止まるかと思った。

 力の強さは、導師といい勝負だ。


『ルルちゃんは女の子だから、男であるヴェル君には難しいところをちゃんとフォローするわよ。実は私も、娘が一人くらい欲しかったのよねぇ……。大きくなったら、親子で着飾って』


『はぁ……』


 キャンディーさんに子供かぁ……。

 難しそうだな。

 なにより、もしキャンディーさんに娘がいたとしてだ。

 親子で着飾っても、親子に思われるかどうか……。

 とにかくそんなこともあり、ルルの面倒はちゃんと見ているから安心してほしい。


「これからは、ルルちゃん用の新作が入ったら連絡をくれるって」


「キャンディーさん、商売上手だなぁ」


「それはもう、やり手よ」


 アマーリエ義姉さんとそんな話をしつつ、魔導飛行船は南の海を飛行していく。

 バウマイスター伯爵領南端は、海竜もほとんど出ず開発が進んでいる南方諸島の他に、大きな島などは今のところほとんど見つかっていなかった。

 これまでで一番大きな島は、ルルがいた海竜と魔物の楽園であったあの島だ。

 あそこに一般人が住むのは難しいので、多分冒険者の島として開発することになるはず。

 他の島は、小さな無人島が多かった。

 住んでいる人はおらず、人が生活していた痕跡もない。

 これらの島の周囲にも海竜が出没するので、よほど強さに自信がなければ移住できないのだから当然か……。


「バウマイスター伯爵、そろそろ探索を打ち切った方がいいのである!」


 導師が俺に意見を述べた。

 これはバウマイスター伯爵領確定のための探索であり、あまり遠方の島を押さえても意味がない。

 統治コストがかかるし、王国もリンガイアによる南方探索を計画している。

 あまりバウマイスター伯爵領を広げると王国が警戒するかもしれず、この辺で『ここまでがうちの領土だ!』と言って終わりにした方がいい。

 導師は陛下の意向を理解しているので、俺にこんなことを言ったわけだ。

 さすがは、陛下のためならちゃんと仕事をする導師……。


「魔導飛行船で三日ほど。そろそろ引き返しますか」


「そうだな。俺も嫁さんと娘に会いたいしな」


 ブランタークさんも賛成し、そろそろ魔導飛行船をUターンさせようとしたその時、見張りの若い船員が大きな声をあげた。


「前方に巨大な島が見えます!」


「なっ!」


 まさかここで、大きな島を発見してしまうとは。

 もうちょっと早く引き返す決断をすればよかったか?

 

「とにかく、島の情報を探るぞ」


 俺も徐々に見えてくる島を観察してみるが、意外と大きな島だ。

 しかも無人島ではない。

 港には、小さいながらも小型の木造船が複数置かれていた。

 どうやら、海竜はそう頻繁に出現しないようだ。

 この島の住民たちが、バウマイスター伯爵家とこれまで接触しなかったのは、北上すると海竜の巣や縄張りがあったからだろうな。

 

「この島一つで生活が完結しているのか? それとももっと南に、別の島や大陸があるのか?」


 それは、この島の住民に聞いてみないとわからないであろう。

 とにかくこれが最後だと、俺たちは偵察と調査を始める。

 

「ちゃんと話を聞いてもらえるかどうか。それだけが心配なのである!」


 導師の言うとおり、いきなり余所者は排除するという考えの、危険な原住民族かもしれない。

 接触には慎重を期するべきであろう。


「船長、上陸などはあとにする。上空から島全体の様子を探る方が重要だ。魔法と弓矢などの遠距離兵器の攻撃に注意してくれ」


「かしこまりました!」


「伯爵様、図分と変わった島だな」


 上空から双眼鏡で島の様子を探るが、これまでの島とは大分毛色が違う。

 島の周囲はほぼ断崖絶壁で、砂浜や港にできそうな場所は少ない。


「岩ばかりなのか? 違うな、島内には自然も見えるな」


 上空から島を観察すると、島の内部には自然や広大な田畑、町や支配者階級が住んでいそうな豪華なお屋敷も見える。

 

「伯爵様、これって火山の火口なんじゃないのか?」


「そう言われると、確かにそう見えますね……」


 島というよりは、火山の先端部分が海から突き出していて、その火口の中に居住地や自然が広がっている感じだ。

 島の様子を見ると、かなりの長い期間火山は噴火していないものと思われる。


「バウマイスター伯爵、まるでミズホのようである!」


「そうですね」


 島にある屋敷、家屋、田畑。 

 見れば見るほど、ミズホ公爵領のように見える。

 ミズホより技術が発展していないようにも見えるが、農家らしき家屋が茅葺きだったりするので、そうとしか思えなかった。

 

「前にミズホ公爵が言っていた、別れた同朋ですかね?」


「かもしれないな」


 実は以前、ミズホ公爵から聞いたことがあるのだ。

 ミズホ人の祖先は未開地に保護国というか、自治領のような国を持っていた。

 ところが、古代魔法文明崩壊の余波でそこに住めなくなり、彼らは次の移住先を求めて今のミズホ公爵領まで移動している。

 まさに民族大移動だが、その時に袂を別ち分かれて行った集団が複数いたそうだ。


『我らミズホ一族と、色々と対立していた一族や集団でな。はてさて、その連中は無事に新天地に移住できたのやら。今のところ、リンガイア大陸内において我らの同朋の存在は確認できていない』


 となると、彼らはリンガイア大陸の外に出たことになる。

 西は魔族の国があるからないと思うが、北、東、南は可能性があり、今こうして南に住むミズホ人の存在を確認できたわけだ。


「それがわかっただけでも収穫だが、どうする? 伯爵様」


 ミズホ公爵領の住民たちとは別系統のミズホ人が住む島が見つかったのはいいが、さてここをどうするかだ。


「バウマイスター伯爵領内である!」


「いや、ここは王国が面倒を見ましょうよ」


 無人島ならうちの領地でもいいが、この島、かなり大きい。

 人口も、発展途上であるバウマイスター伯爵領よりも多いかもしれず、こんな連中をうちで抱え込んだら、バウマイスター伯爵領の統治に大きな影響が出てしまう。


「ミズホ方式で行きません?」


 ミズホ公爵領がミズホ伯国だった時のように、王国に従わせて交易の利益のみを取る。

 それが一番余計な手間がかからず、もっとも利益を得らるのだから。


「その可能性も陛下は考慮していると思うのであるが、まずはこの島の統治体制を探るのである! 必ずしも、絶対的な統治者がいる保証もないのである!」


 もし島が複数の権力者に分割統治され、常に小競り合いなどが行われていた場合。

 服属させようにも、誰を王国に服属させていいのかわからない。

 導師は、まずはそれを探るべきだと断言する。

 こういう時の導師って、まさしく優秀な陛下の代理人だよな。

 普段も、今の五パーセントくらいは配慮してほしいものだが……無理か……。


「幸いにして、人が沢山集まっているのである!」


「人が? って!」


 導師が見つけた集団というのは、それぞれ二~三百名ほどの武装した集団が睨み合っており、つまり小規模な軍勢による戦が始まろうとしていたのだ。

 その時点で、俺はこの島が平和でないのだと察してしまう。


「導師、あきらかに戦ですけど……」


「そのようであるが、二つの集団があってちょうどいいのである! 情報源が二つあるのである!」


「争っていてピリピリしているのに、連中、素直に話してくれるのか?」


 導師のあんまりな言い分に、ブランタークさんは頭を抱えた。

 いかに小勢とはいえ、これから戦う集団の間に割って入ろうというのだから。


「大した魔法使いはいないのである! 中級がどちらにも一人のみである!」


 俺も探ってみたが、導師と同じ結論が出た。

 どちらにも、一人ずつ魔法使いがいる。

 そして彼らが敵対するのであれば、導師は力技で従わせるつもりなのであろう。


「某たちなら問題ないのである!」


「そりゃあ勝てるでしょうけど、先にちゃんと話し合いをしません? 下手に戦った結果、禍根が残るとあとで面倒ですよ」


 それは殺される心配は少ないと思うが、もっと穏便に適当な集落や権力者の屋敷を訪問し、この島の話を聞けないのかと思ってしまった。

 だが導師は強引であり、俺とブランタークさんを引き連れて、二つの軍勢の間に割って入ろうとする。

 争いを止めようとする意図もあるようだが、導師だとどちらも蹴散らしてしまいそうな……。


「先生! 私も行きます!」


「「私も!」」


 続けて、アグネスたちも俺たちに同行すると宣言した。


「危険だからやめておけ」


 相手は魔法を使えない集団だが、不意を突かれてアグネスたちになにかあっても困る。

 俺は三人の同行を却下した。


「先生、私たちだって、これまでちゃんと訓練を積んできました」


「いつかこういう事態に対処することも考えてです」


「それが今だと思うんです」


 アグネスたちが、もう自分たちは子供ではない。

 魔法使いとして戦力になるのだから、俺について行くと宣言した。

 俺としては、まだ早いような気がするのだが……。


「伯爵様は、自分の弟子には甘いようだな。嬢ちゃんたちは実力でいえばもう一人前なんだぜ。連れて行ってあげな。俺もフォローするから」


「わかりました」


 ブランタークさんに説得され、アグネスたちも同行することになった。


「油断するなよ」


「「「はい」」」


「じゃあ、行くか……」


 魔導飛行船を着陸させるのは危険なので、俺たちは『飛翔』で船を降りて、二つの集団の間に入ろうとする。


「空飛ぶ船だ!」


「船が飛んでいるぞ!」


 上空に魔導飛行船を確認した彼らは、それを指差しながら驚いていた。

 どうやら同じミズホ人でも、魔導飛行船を見たことすらないらしい。

 この一万年ほどで、彼らは技術力を落としてしまったようだ。


「そこで睨み合う二つの軍勢! 今は争いをやめて話を聞け! 俺はバウマイスター伯爵だ」


 こちらを無視して戦いを始められても困るので、全員で二つの軍勢の間に着地し、俺は大声で名乗りをあげた。

 緊急事態なのでよく考えずに介入してしまったが、もしかするとこれは、俺の仕事がまた増えるフラグなのでは?

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