第331話 南国少女と光源氏計画?(後編)

「夕食分にしては多すぎですね」


「とにかく数が多かったよな。これだとしばらくは、海上船を運行させて回さない方がいい」


「海竜をある程度間引かないと、航路を設定しても危険なのである! しかし、大規模な討伐隊を編成する余裕がないのである!」


「魔族対策もありますからね」




 結局、俺と導師により合計二十八匹もの海竜(サーペント)が退治された。

 現在夕食の食材とすべく、宿営用に船に乗っていた調理人たちが海竜(サーペント)を解体し、肉を切り分けているが、血の匂いを嗅いでもやって来ないということは、この近辺の海竜(サーペント)は全滅したのであろうか?


「海竜(サーペント)の生態はわかっていないから、ヴェルと導師殿が強くて隠れただけかもしれないよ。他に巣がないという保証もないからね」


 冷静で慎重なエーリッヒ兄さんは、この周辺の海竜(サーペント)が全滅した確証がなく、油断は禁物だと俺に釘を差した。


「しばらくは、魔導飛行船を運用するしかありませんね」


 海上船を運行させて、海竜(サーペント)の群れに襲われたら目も当てられない。

 しばらくは魔導飛行船を用いないと、南方諸島以南の島々に移動できないはず。


「陛下には事情を説明しておくよ。大型船に余裕はないけど、もっと中型、小型の魔導飛行船を回してもらう。幸い、就役する船は増えているからね」


 今回は、『なにか見つかったら、調査に参加するのであるな』と、バウマイスター伯爵領内の地下遺跡発掘に出かけてしまったアーネストだが、彼のおかげで発掘され、稼働する魔導飛行船が増えていたのは幸運だった。

 船を動かす人員の確保が大変だが、それも王国空軍が訓練を請け負うことになっている。

 空軍軍人の採用も増えており、貴族の子弟たちは職が増えたと喜んでいる。

 貴族の中にも、独自に魔導飛行船の運用を開始したり、運用する船を増やす者が多くなってきた。

 元軍人たちに、領内の若者や家臣の子弟たちを預けて訓練させている。


「王国は中、小型船を国内で大量に運用し、大型船は南方や東方との連絡に使いたいみたいだね。新大陸や無人の島々の開発も視野に入れているのさ」


 南方開拓を進め、ヘルムート王国全体の国力を増す。

 ちょうど魔族という新しい仮想敵国も誕生したので、開発の促進は必須というわけだ。

 帝国も独自に動くかもしれない。

 俺とペーターは友人同士だが、個人的な友好関係と国家同士の関係は別だからな。

 王国を出し抜くような策を弄するかもしれないから、今のうちにやれることはやっておかないと。


「この島の魔物の領域は、あとで探索と試しに狩猟をさせてみます」


 魔の森みたいに貴重な魔物や採集物があれば、無理に開放する必要はない。

 ここに冒険者専用の町を作り、冒険者の島にしてしまえばいいのだから。


「開放してから開拓しても限度があるか。大きな山もあるからな」


 しかも、根雪があるおかしな山だ。

 あの山の探索は後回しだな。


「その前に、まずはこの島の住民たちの脱出ですね」


 今日はもう海竜(サーペント)は来ないはずだから、一泊してから彼らを移住させなければいけない。

 南方諸島で開発中の場所があるのでそこに移住させ、しばらく生活を支援すれば大丈夫であろう。

 彼らにはサトウキビの栽培経験があるので、すぐに仕事を始められるはずだ。


「脅威だった海竜(サーペント)の肉がこんなに美味しいとは」


 海竜(サーペント)が大量に獲れたので、船員や村人たちにも提供された。

 この島の住民は、久しぶりにお腹いっぱい食べられたようで、とても嬉しそうだ。

 またいつ海竜(サーペント)が現れるかもしれないので、探索を一時中断して彼らを輸送することになった。

 この島を出られる嬉しさもあり、村人たちは楽しそうに談笑しながら、焼いた海竜(サーペント)の肉を食べている。


「南方諸島のどこかに移住してもらうかな」


「それがいいだろうね」


 似たような気候と環境なので、すぐに慣れるはずだ。

 俺もエーリッヒ兄さんとそんな話をしながら食事を取っていたのだが、一つ気になることがあった。


「ヴェンデリン様、お肉のお代わりをどうぞ」


「うん、ありがとう」


「ヴェンデリン様は偉大な魔法使いなのですね」


「そうかな?」


「そうですよ。私なんて一匹も倒せなかったのに」


 ルルの代わりに海竜(サーペント)を退治してしまったせいか、俺は妙に彼女に懐かれてしまったのだ。

 海竜(サーペント)退治は導師もやっていたのだが、彼は元々子供受けがあまりよくない。

 ブランタークさんは万が一に備えて用意はしていたが、実際に魔法を放ってはいない。

 結果、俺は五歳の幼女にもの凄く付き纏われていた。


「はははっ、ヴェルはモテモテだね」


 ルルは魔法使いの素質がありながらも、現時点では中級レベルで、杖も持っていなかった。

 海竜(サーペント)の襲撃頻度が上がって魔力の回復も万全とはいえず、もしあの時ルルだけが海竜(サーペント)を迎撃していたら負けていたかもしれない。


「そこにヴェルが救世主として現れたからね。魔法の威力も桁違いだし、好かれて当然だよ」


 これは、エーリッヒ兄さんの発言である。

 なお、彼も導師のことは軽くスルーした。

 わざわざ導師が子供受けしない事実を口にして、彼に睨まれる必要はないというわけだ。


「ヴェル、お前は色々なタイプの女性にモテるな」


 エルの奴、自分のことじゃないからって……。

 あとで覚えていやがれ。


「ヴェンデリン様には奥様がいるのですか?」


「うん、それも複数」


 エルは他人事なのをいいことに、軽くルルからの質問に答えていた。


「ヴェンデリン様ほどの偉大な魔法使いなら当然ですね。私も立派な魔法使いになって、ヴェンデリン様のいい奥さんになりますね」


「……」


 そう言いながらニッコリと笑うルル。

 現時点では娘のような年齢の幼女であったが、大きくなれば美人になると思う。

 ただし、今は幼女でしかない。

 愛でるよりも、保護する対象でしかないのだ。


「聞けばこの娘、家族がいないそうだぞ」


 先ほど副村長から詳しい話を聞いたのだが、元々ルルは村の漁師の一人娘であった。

 父親は彼女が生まれてからすぐ海竜(サーペント)に食われてしまい、その直後に母親も病で亡くなってしまった。

 一人になってしまったルルだが、生まれながらに魔力があったため、村の決まりとして村長に就任。

 魔法使いが生まれなければ、副村長の家が代々村長を出す仕組みらしい。

 戦闘力がある魔法使いに村長という地位を与え、実務は副村長が行うであろうから、半分名誉職みたいなものなのであろう。

 

「移住先で、魔法使いを村長にする必要もないからな」


 そこなら海竜(サーペント)の襲撃もないわけだし、代々本来の村長で、統治経験もある副村長に任せた方が安泰であろう。

 ところが、ここでもう一つ問題が発生した。

 村長としての役割を終えた彼女の養育を誰が担当するかであった。


『バウマイスター伯爵様、我々ではルルに魔法を教えられません。よろしくお願いします』


 ルルは、すでに両親を亡くしている。

 親戚もなく、魔法で海竜(サーペント)を追い払う仕事もなくなった。

 そこで、彼女が立派な魔法使いになれるように養育してほしいと、副村長が俺に頼んできたのだ。


「ええと……」


「はい、喜んでお引き受けします」


 俺が返事をする前に、エーリッヒ兄さんが了承してしまった。


「エーリッヒ兄さん?」


「断る理由もないじゃない。ルルちゃんは優秀な魔法使いになるわけだから、バウマイスター伯爵家で囲わない理由があるかな?」


 エーリッヒ兄さんは優しくてイケメンだけど、貴族としても優秀であった。

 ルルを俺が囲い込んで当然だと言う。


「身寄りのない魔法使いの子供、存在が知れたら貴族同士で奪い合いになるよ? その方が、ルルちゃんにとって大変になるかもしれない」


 変な貴族に囲われると、一生大変な目に遭ってしまうかもしれないのは事実だ。

 ましてや、ルルは女の子なのだから。


「幸いにして、ヴェルはルルちゃんに尊敬されているからね」


 そして好かれてしまった。

 俺の妻になると公言して、村人たちや船員たちも、それはよかったという顔をしている。

 というか、誰か一人くらい異議を唱えてほしい……無理か……俺が村人でも伯爵様にはなにも言えないよなぁ。


「しばらくは、娘の面倒でも見ているのだと思えばいいんじゃないかな?」


 エーリッヒ兄さんは随分と軽く言ってくれたが、翌日以降も幼女は俺の傍を離れなかった。

 仕方がないので、魔法の訓練をさせながら島の住民たちの移住作業を指揮する。

 魔導飛行船に村人と荷物を載せ、携帯魔導通信機でローデリヒと連絡を取り、指定された開拓村へと運んでいく。

 何往復かする必要があるので、俺たちは島に残った。

 海竜(サーペント)の襲撃に備えるためと、再びここから探索を始めるためだ。


「ルル、三番を一つ上げ」


「はい」


「四番も一つ上げ」


「はい」


「七番は一つ下げ」


「はい……ああっ!」


 ルルに、俺が考案した魔法の鍛錬方法をやらせてみたが、まだ子供なのですぐに失敗してしまった。

 この鍛錬方法は目の前に十個の小石を並べ、まずは全部を目線の高さまで宙に浮かせる。

 物を動かす魔法は基礎中の基礎なので、それを利用した鍛錬方法だ。

 小石に番号をつけ、一つ上げと言ったら指定された小石を目線の高さから五十センチほど上げる。

 下げと言ったら、同じく指定された小石を五十センチほど下げる。

 簡単なゲームのような鍛錬方法であるが、これが意外と難しいのだ。

 小石は十個あるので、すべて指示された高度を維持するのが難しい。

 ルルのように不慣れだと、指示に従おうとして一つの小石を動かそうとした瞬間、他の小石のコントロールが疎かになって落下させてしまうわけだ。


「なかなか上手く行かないです」


「最初は誰も上手く行かないものさ」


「ヴェンデリン様もですか?」


「これは俺が考案したんだけど、考案者でも駄目だった」


 アグネスたちにも教えてやらせたのだが、やっぱり最初は全然駄目だった。

 一時間続けてできるようになったら、大したものというレベルの鍛錬方法なのだ。

 ブランタークさんはなんら苦戦することなく、三時間ほど続けてみんなを驚かせていた。

 導師は十分と保たないで、逆の意味でみんなを驚かせていたけど。


「さて、休憩だな」


「ルルは大丈夫ですよ」


「ルル、魔法の道は一日にして成らず。鍛錬も大切だけど、ちゃんと休憩もしないと駄目だよ」


「わかりました」


 実際に接してみると、ルルは素直で可愛い子であった。

 話をしたり、魔法を教えていると、まるで娘でもできたかのような気持ちになってくる。

 これからフリードリヒたちも大きくなって話をしたり、一緒に遊んだりできるようになるだろうから、その予行練習のような気持ちになってくるのだ。


「今日のオヤツは、魔の森のフルーツを使ったケーキだよ」


「うわぁ、凄いです」


 魔法の袋から取り出した生クリームとフルーツたっぷりのケーキに、ルルは目を輝かせた。

 この島にも甘味は存在していたが、それはサトウキビから採れる黒砂糖のみ。

 しかも、これは生きるためのカロリーベースとして計算されている。

 オヤツでお菓子を食べる余裕など、この島にはこれまでなかったのだ。


「いただきます」


 ルルは、美味しそうにケーキを食べている。

 鼻の先にちょっとクリームがついているのも、余計にその可愛らしさを増していた。

 

「なるほど、この前イーナが読んでいた本にあった。とある男性が小さな女の子を引き取って、理想の女性に育て上げるんだ……うべら!」


「ヴェンデリン様、エルさんはどうして倒れているのですか?」


「石にでも躓いたんじゃないかな?」


「そうなのですか?」


「ルル、王都のお店で買ってきたクッキーもあるよ」


「わーーーい、ありがとうございます」


 俺は妙なことを抜かしたエルに、ルルから気がつかれないよう『エアハンマー』で地面に押しつけた。

 エルは、まるで車に轢かれたカエルのように地面にへばりついている。

 人を光源氏扱いしやがって。

 というか、この世界にも似たようなお話があるんだな。

 なぜイーナがそんな話を読んでいたのか、ちょっと疑問が残ってしまったが。


「あとは夕方まで訓練して、夕食後には簡単な漢字を教えてあげよう」


「ありがとうございます」


 この島の住民はひらがな、カタカナの読み書きはできた。

 ルルもまだ五歳なのに、頭がいいようでほぼ読み書きはできる。

 でなければ、この幼さで納得して海竜(サーペント)の迎撃はしないよな。

 だが、漢字が読める人がいなかったので、俺がルルに教育することにしたのだ。

 魔法使いが記した本の大半は、漢字が使用されている。

 漢字を覚えないと本が読めないので、急ぎ覚える必要があった。


「ヴェンデリン様のお話が聞きたいです」


「昔のお話でいいかな? 俺はルルよりも魔法に目覚めたのがちょっと遅かった。しばらく一人で修行をして、たまたま師匠に出会って……」


「師匠……凄いですね!」


 純真なルルは、俺の話を目を輝かせながら聞いている。

 一緒に夕食を食べ終わると、少しの時間、簡単な漢字から教えていく。

 ルルはまだ幼いので、就寝の時間が早いからだ。

 俺も特にすることがないので、漢字の勉強が終わると彼女が早く寝つけるようにお話をしてあげた。

 まるで父親のようなことをしているが、副村長は涙を流して喜んでいる。


「この子は父親の顔を知らないのです。きっと今のルルは、バウマイスター伯爵様を父親のように思っているのでしょう」


 いや、副村長。

 感動しているところを悪いんだが、あんたの認識は一歩遅いと思う。


「ヴェンデリン様、ルルは早く大きくなっていいお嫁さんになりますね」


「……それは楽しみだなぁ」


 拒絶するとルルに泣かれるような気がして、どうせ大きくなるまでの間に、別のいい男性が現れるさ……。

 無理やりそう思うことにして、彼女におとぎ話代わりに自分の昔話を続けるのであった。

 子育ての練習にはちょうどいいのかな?

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