第330話 南国少女と光源氏計画?(前編)

「伯爵様、しかし今回の面子は男ばかりでムサいな」


「仕事ですから、しょうがないですよ」


「男同士ゆえの気楽さもあり、時にはこうやって開放的に羽を伸ばすのもいいのである!」


「(導師は、いつも気楽に羽を伸ばしているよな?)」


「(エル、シィーーー!)」


 


 なかなか纏まらない魔族との交渉はお偉いさんたちに任せるとして、バウマイスター伯爵領に帰還した俺は、再就役させた古い中型魔導飛行船を用いた南方探索隊を出航させた。

 この船で行ける範囲内で島などを見つけたら、これをバウマイスター伯爵領に編入するのが主な目的である。

 船はバウマイスター伯爵家で運用しており、船員たちは雇い入れた元空軍軍人が多いので練度も士気も高い。

 他にも、地図を作製する文官たちと、エーリッヒ兄さんは王国からの監査役として、ブランタークさんはブライヒレーダー辺境伯の代理扱いで。

 俺とエルの他に導師も参加しているが、彼は楽しそうだからと言って勝手について来てしまったのだ。

 彼は即断の人だが、王都で重要な仕事があるんじゃないかと心配……非常時でもなければ特に問題はないか。

 導師の性格なんて、他の王宮魔導師たちはとっくに承知しているのだから。

 ただ、今は魔族の件もあるので、王城に待機していた方がいいような気も……。


「導師、王城にいなくていいのですか?」


「魔族が今すぐにでも戦争を吹っかける心配がなくなった以上、某がいても無意味なのである! 王城にいると某に書類を寄越す連中もいるので、いない方がいいのである!」


「ぶっちゃけるなぁ……」


 管理職のくせに、書類の処理を嫌がるのだから。


「あんなもの、誰がサインしても同じである!」


「いや、中身は確認しておけよ。いい大人なんだからさぁ」


 堂々と書類仕事は嫌だと断言する導師に、エルが呆れていた。

 ブランタークさんも、書類はサインする前に内容は読んでおけと釘を刺したが、さすがの導師でも、書類の内容を読まずにサインするなんて……ないよね?


「空と海が青いなぁ」


「未知の海域への探索、楽しみである!」


 適当に書類にサインして、あとで困るのは導師だ。

 気にせず行こう!

 南の港から出発し、漁業と製糖事業関連の開発が進む南方諸島を眺めつつ、船は南方を進んでいく。

 途中島が見つかると、文官たちが色々と測定をしながら地図に書き込んでいた。

 彼らは王国から派遣されており、この船で行ける範囲内にある島はバウマイスター伯爵領であると、その証拠となる地図の作製を行っていたのだ。

 あとで揉めないよう、役人である彼らは真面目に地図の作製作業に没頭していた。


「彼らの十分の一でいいから、導師が真面目ならな」


「あははっ……」


 まさかそうですねとも言えず、俺たちはブランタークさんの呟きをスルーした。


「これまで、大きな島はありませんでしたね」


 いくつか小さな島が見つかったが、どれも人が住めてもわずかであろう。

 地図には記載したが、殖民するかどうかは不明であった。


「南方になにがあるのか、これまで確認した者は一人もいなかったのである! 探索は、まだこれからである!」


 今回は、船員も含めて男性ばかりで探索を行っている。

 どうせ数日で終わるし、たまには男だけで気を抜きたいという理由からだ。

 西部に奥さんと赤ん坊を連れて行ったのは、あの時は紛争地域がテラハレス諸島群だったためそこまで危険ではないと判断したのと、エリーゼたちが自分の赤ん坊は自分で面倒を見たいと願ったからだ。

 今回の探索は短期間であるし、完全に未知の領域という理由から、エリーゼたちは留守番になった。

 結果、こうして男ばかりの探索隊となったわけだ。


「なあ、ヴェル」


「なんだ? エル」


「無人の島ばかりならいいけどよ。もし住民がいる島があったらどうするんだ?」


「陛下に報告し、ご判断していただく」


 魔族の件からわかるとおり、異民族が住む島が見つかったら王国政府に丸投げ……じゃなくて、任せるのが一番であろう。

 バウマイスター伯爵領に編入しても、まったく利益にならないどころか、下手をすると統治コストが嵩んで、大損をする可能性が高かったからだ。

 

「ミズホのような扱いにするか、貴族に序してもらうか。そうなれば、交易だけすればいいからな」


 お互い干渉しない方が幸せってものだ。

 民族や文化が違うのに無理矢理一緒にしても、無用な騒動が起こるだけなのだから。

 

「王国に任せた方が無難か」


「陛下は魔族の国との交渉に忙しく、こちらに丸投げされる可能性もあるのである!」


「それはあるかもしれませんね、導師殿」


「それは酷い……」


 もし島に住む住民が少数の場合、そういうことが起こる可能性があるわけか。

 ユーバシャール外務卿に交渉を頼んでも、今は魔族の相手が忙しいからなにもしてもらえないかもしれない。

 導師とエーリッヒ兄さんからそう言われてしまうと、現実味がありすぎて怖かった。


「無人島しかなければいいな」


「ブランタークさん、俺はその可能性は低いと見ているのです」


 一万年前に古代魔法文明が崩壊した時、ミズホ人は未開地からリンガイア大陸中を放浪してアキツ大盆地を新たな故郷とした。

 ミズホ公爵が言うには、先祖がミズホ人全員を率いたとは思えず、他にもミズホ人が住んでいる場所があるかもしれないと。

 ミズホ人だけじゃない。

 古代魔法文明崩壊後の混乱から逃れるため、探索が始まったばかりの南方や東方に逃げ込んだ人たちがいても不思議ではなかった。


「はははっ、そこの領主に娘がいて、ヴェルが娶る羽目になったりして」


「エル……」


 そういう不吉なことを言うなよ。 

 もし現実になったらどうするつもりだ。


「お館様! 大きな島が見えます!」


「こらっ! エル!」


 お前がそんなことを言うから、大きな島が見つかってしまったじゃないか!


「有人とは限らないじゃないか。まずは探索だな」


「船長、上陸の準備を」


「畏まりました」


 まずは、その島の情報を集めないといけない。

 段々とその全容が見えてくるが、その島はかなりの大きさで、海岸と一部隣接する土地以外は鬱蒼としたジャングルに覆われていた。

 そして、島の中心部に標高の高い山が見える。

 山の形は富士山に似ており、八合目付近くらいからは根雪も確認され、ここは南の海上なのに一種独特な光景を作り出していた。

 

「標高が高いから、山頂付近に雪があるのか?」


 形は似ていても、その山は富士山ほど標高が高くない。

 ここは熱帯なのに、あの程度の標高で山の頂上付近に根雪が残るものなのだろうか?

 他に原因があるかもしれないが、それは調査してみないとわからないか。


「ヴェル、集落が見えるけど」


「エルぅ~~~!」


 お前が余計なことを言うから、住民がいたじゃないか!


「どうしてくれるんだ!」


「すげえ言いがかりだな! 俺のせいじゃないってーの! 人口も少なそうだし、上手く領民になってもらおうぜ」


「エルの坊主、それは難しくないか?」


 エルの楽観論に、ブランタークさんが異論を挟んだ。

 彼らは、一万年以上も他者と交流がなく独自にやってきた人たちだ。

 いきなりバウマイスター伯爵領の領民になれと言われたら、反発するかもしれないのだから。


「その前に、言葉が通じるかな?」


「それはわからん」


 エルの疑問に、ブランタークさんも答えられなかった。


 魔導飛行船が島に近づくにつれ、集落から数百名ほどの住民が集まり、こちらを指差して驚いていた。

 どうやら彼らは、魔導飛行船を運用していないようだ。

 初めて見る魔導飛行船に、興味と不安が入り混じった状態なのであろう。


「さて、降りるぞ」


「もうか?」


「時間が惜しいし……」


 『探知』の結果、彼らの中には魔法使いが一人しかいなかった。 

 しかもその反応は、集落の奥にある大きな家の中から感じる。

 その人物が集落の主である可能性が高く、こちらの様子を伺っているようにも感じられた。

 どのみち、この人物以外で俺たちにとって脅威となる人間はいないはず。


「向こうの様子を探りたいじゃないか。もし敵対行動をされても大丈夫」


 俺、ブランタークさん、導師がいるので、奥に引っ込んでいる魔法使い一人ではどうにもできないであろう。

 その人物は、魔力量でいえば中級が精々であったからだ。


「というわけで、船長は警戒態勢を維持するように」


「了解しました。お館様、お気をつけて」


 魔導飛行船は上空に待機させ、俺たちは『飛翔』で島へと上陸する。

 エルは、導師がおんぶして一緒に降りた。


「この集落の代表者はいるか?」


「村長は屋敷におりますが、お話なら私が聞きましょう」


 俺たちを不安そうに見つめる数百名の住民たちの中から、一人の老人が前に出てこちらの問いに答えた。


「村長は?」


「ええと……村長には、少し難しいお話と言いましょうか……私は副村長のネイと申します。事務的なお話ならば、私にしていただけますと……」


 魔法使いと思われる村長は、なにか病気なのであろうか?

 それとも、交渉術の一貫としてわざと顔を出さないのか?


「まあいい。実はだな……」


 俺の代わりにエルが、自分たちはリンガイア大陸南端の未開地を新たに領地としたバウマイスター伯爵家の者であること。 

 南下して領地の確定作業を行っており、その途中でこの島を見つけたこと。

 できれば、バウマイスター伯爵領の領民になってほしいこと。

 嫌なら、ヘルムート王国と相談して決めるという話を続けた。


「この集落の村長を領主にして、ヘルムート王国の貴族になるという手もあります。うちが寄親になると思いますけど」


 さて、問題は彼らがこの条件を受け入れるかだ。

 一万年も独自にやってきたので独立独歩の姿勢が強く、どこかに属するのを嫌がるかもしれないのだから。


「構いませんよ。むしろ喜んで」


「えっ! いいの?」


 随分あっさりとこちらの要求を受け入れるから、俺は逆に怪しいと感じてしまった。

 これまで前世も含めて生きてきて、美味い話には裏があったケースも多かったからなぁ……。


「我々が呆気なく受け入れたので疑問に感じていらっしゃると思いますが、これにはちゃんとした理由があるのです」


 副村長のネイ氏は、なぜバウマイスター伯爵領の領民になるのを受け入れたのか。

 その理由について説明し始めた。


「それは、この集落が成立した理由から来ています」


 一万年以上も昔、この集落の住民の先祖はリンガイア大陸に住んでいた。


「大崩壊により、我らの祖先は危険なリンガイア大陸から南の海に逃れたのです。ですが、その海も安全ではありませんでした」


 船で海上に出た彼らは、大量に出現した海竜の群れに襲われその多くが犠牲となった。


「あれ? 魔物は古代魔法文明崩壊後に生まれたのでは?」


「伯爵様、海竜は動物だ。急に海上に多くの人が逃れたから集まったんだろうな。餌が沢山あるって」


 まるで、某サメ映画のような話だな。


「そのとおりです。我々の祖先も大半が海竜(サーペント)に食べられてしまい、わずかな生き残りのみが、なんとかこの島に逃れたわけです」


 生き残りはわずか三十名ほど。

 船も壊れ、多くの物資や道具も失い、この島でほぼ一から文明を築き直すことになった。

 

「そんなわけでして、いい移住先があれば喜んで向かいます」


「この島に住まないのか?」


「我々には、この島に対する拘りがほとんどありませんから。この島は、九割の領域が魔物の住む場所なのです」


「あれ? 魔物の領域も古代魔法文明崩壊後なのでは?」


 膨大な魔力が爆発して各地に飛び散り、強い魔力の塊によって魔物と魔物の領域が生まれた。

 ならば、崩壊直後に上陸したこの島が魔物の領域になるのはおかしくないか?


「昔は普通の森だったそうです。それが、あの南山を中心として徐々に魔物の領域が広がっていきました」


 副村長は、頂上に根雪が残っている山を指差した。

 こんな南方に根雪のある山……魔物の領域化した影響か……。

 魔物の領域が徐々に広がっていき、彼らは海岸沿いのわずかな土地に追いやられてしまったのか。

 

「魔物に殺された者は数えきれません。島のわずかな土地で養える人数は限られています。必要な物資も集まり難いですし、なにより食料が不足しやすく……」


 人が使える土地が狭い以上、農業にも限界がある。

 狩猟も、動物に関してはほとんどあてにならないはず。

 魔物を狩るといっても、普通の人間にはかなり困難な作業だ。

 この人口だと、魔法使いも滅多に出ない。

 結果、一万年で大して人口も増えなかったわけか。


「脱出は考えなかったのか?」


 エルが、ならば他の島に移住すればいいのにと言う。


「実はこの島、周囲を海竜(サーペント)の住処や縄張りに囲まれておりまして……」


 小さな船で出航したら、たちまち海竜(サーペント)の餌になってしまうのか。


「そんなわけでして、どこかいい移住先があれば喜んで従います」


「ないこともないけど……」


 南方諸島でいくつか無人島があるので、そこで漁業やサトウキビ栽培をすれば、そう生活には困らないはずだ。

 現在、帝国でも消費量の増大で砂糖が不足しており、ペーターから生産量を増やしてほしいと頼まれていた。

 新フィリップ公爵であるアルフォンスをせっついてビートの栽培も増やさせているそうだが、この世界のビートは品種改良が進んでいないので糖度が低い。

 大量に作らないといけないので、なかなか需要に追いつかない状態だそうだ。


「サトウキビの栽培なら、普段からやっているので大丈夫です」


 確かに、集落の周辺にある小さな畑にはサトウキビが植わっていた。

 その代わり、他の作物はわずかな芋と野菜くらいしか植わっていない。

 農地にできる土地が少ないようで、土地のやり繰りに苦労しているようだ。


「空を飛ぶ船があるのなら、我らは脱出できますからね。希望が見えてきましたよ」


「よかったなぁ」


「やっとこの島から出られるね」


 この島は、住民たちに異常に人気がなかった。

 故郷への思いとか、郷土愛とか微塵も存在しないようだ。 

 副村長以下、すべての住民が移住できると喜んでいる。


「少しは故郷に未練とかないのか?」


「未練ですか……まったくないとは言いませんが、差し迫った状況がありまして……」


 副村長は、エルの疑問に焦ったような口調と態度で答えた。

 どうやら一刻も早くこの島から出たいようだ。


「なぜ急ぐんだ?」


「若い騎士様。この島は海竜(サーペント)の住処に囲まれているのです。海竜(サーペント)は本来陸地にはあまり近寄らないのですが、この島は例外です。今年も漁に出た者が三名も食われまして、魚が獲れないので食料が不足しているのです。村長に撃退をお願いしているのですが、最近は海竜(サーペント)の襲撃が増えておりまして。どうやら、人間の肉の味を覚えてしまったようです」


 人間は毛が少ないから、肉食の野生動物や魔物が好んで食べると聞いたことがある。

 そして一度人肉の味を覚えると、繰り返し人間を襲撃するようになると。

 ああ、それは熊か。


「というわけでして……「副村長! 出たぞぉーーー!」」


「またか!」


 突然村人らしき男性の叫び声が聞こえ、俺たちが海上を見ると数匹の海竜(サーペント)の姿が見えた。

 海竜(サーペント)たちはこちらを見つけると、首をかまげてこちらに向かってくる。


「女、子供は逃げろぉーーー!」


「魔物の領域には入るなよ!」


 突然の海竜(サーペント)による襲撃で、住民たちは急ぎ内陸部へと逃げていく。

 あまり森の奥深くまで逃げると魔物に襲われるので、ギリギリ奥まで逃げるようだ。


「(毎日のように海竜(サーペント)に襲撃されているのか……)そりゃあ、移住を希望するよな」


 船で逃げようにも、海竜(サーペント)に見つかって捕まってしまう。

 人口から考えると魔法使いは滅多に出現せず、彼らは海竜(サーペント)の襲撃に怯えながら生活するしかなかったわけだ。


「村長様に撃退してもらうしかねぇだ」


「だが、村長はお疲れじゃねえか?」


「んだども!」


 このところ海竜(サーペント)の襲撃が頻繁なようで、村長とやらは疲れているらしい。

 だから、俺たちが現れても顔すら出さないのか。

 それにしても、どんな村長なんだろう?


「村長を呼びに行ってくるだ」


「つい半日前にも襲撃があって、海竜(サーペント)を追い払うのに魔力を消費してしまったべ! みんなで森の奥に避難するべ!」


「それはええが、村はどうする? 村長様が追い払ってくれないと、家や畑が壊されてしまうだ!」


 海竜(サーペント)は水生生物だが、陸上で活動できなくもない。

 海岸から百メートルくらいなら普通に陸上でも活動できた。

 餌となる人間を捕えるために、村の家を破壊するくらいのことはできるのだ。

 もし村の家や畑が破壊されてしまうと、海竜(サーペント)からは逃れられても住む場所は破壊され、作物も駄目になって将来食料が不足してしまう。

 村長はそれを防ぐため、オーバーワークを強いられているようだ。


「村長にこれ以上無茶をさせるのは……」


「それはわかってるだ! んだども、他に方法が!」


「大丈夫、私が海竜(サーペント)を追い払うから!」


 村人たちが言い争っていると、ついに噂の村長が姿を見せた。


「ええーーい! 海竜(サーペント)覚悟しろ! 私が追い払ってやるんだからぁ!」


「「「「「……」」」」」


 海竜(サーペント)による襲撃の多発で村長の魔力の消費は激しいようだが、やる気は十分なようだ。

 だが、村長の姿を見た俺たちは絶句した。

 なぜなら……。


「あの……お嬢さん?」


「あっ、もの凄く格好いいお兄さんだ。お兄さんも避難しないと駄目だよ」


「そのつもりだけど、お嬢さんが村長さんなのかな?」


「うん、私が村長さんだよ」


 村長は女性であった。

 イケメンであるエーリッヒ兄さんに話しかけられると、とても嬉しそうに答える。

 いついかなる時も、イケメンは得だという証拠だ。

 いや、問題は村長が女性だからではない。

 あまりに幼すぎるのだ。


「私は村長のルルだよ。よろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします。私の名前はエーリッヒです」


「エーリッヒ様ですね」


 このルルという村長、どう見ても五歳くらいにしか見えない。

 年齢の割にしっかりしているように見え、イケメンであるエーリッヒ兄さんと楽しそうに話しているが、こんな子供に村長をやらせて海竜(サーペント)撃退までさせているとは……。


「おい、ジジイ」


「仕方がないんですよぉ! 魔法を使えるのが村長しかいないから! 我々だって苦渋の決断なのです!」

 

 幼女に海竜(サーペント)を撃退させている村人代表である副村長を、エルがジト目で見つめ、それに対し副村長が全力で言い返した。

 自分にそれができるのなら、とっくにやっていると。


「成人男子で警備隊くらい作れよ!」


「彼らは住民の避難で精一杯なのです! それにもし海竜(サーペント)撃退で負傷や死亡したら、誰が畑を耕すのです? 我々だって精一杯で、村長もそれをわかってくれているから……」


 どうやらこの村、俺たちが思っている以上に切羽詰まっているようだ。

 エルも、それ以上はなにも言えなくなってしまった。


「大丈夫です。私が撃退しますから」


「あのよぉ。それは結構なことだが、お嬢ちゃんの杖は?」


「杖? 杖ってなにに使うの?」


「「「「「……」」」」」


 続けて、俺たちは絶句してしまった。

 なんと、このルルという幼女は杖を持っていなかった。

 この年齢で中級相当の魔力を持つのだから天才レベルの魔法使いだと思うが、それでもまだ中級なので、杖がないと魔法の威力が落ちてしまう。

 この年で、一人で、杖なしで海竜(サーペント)の群れに立ち向かっている。

 実は中級なら海竜(サーペント)は倒せないこともないのだが、なぜ撃退しかできないのかようやく理解できた。


「副村長さんよぉ……」


「杖なんてどうやって作ったらいいかわからないし、上陸時に持ち込めた荷物の中にもなかったんですよぉ!」


 エルに続きブランタークさんが副村長に苦言を呈し、彼は再び強く反論する。

 もし持ち込めても、杖が一万年保つという保証もないか。


「大丈夫です、私が海竜(サーペント)を撃退しますから!」


 幼いのに使命感に燃えているようで、ルルは自分が海竜(サーペント)を退治すると宣言した。

 だが俺たちがいて、この子に海竜(サーペント)退治を任せるわけがない。

 彼女の代わりに、海竜(サーペント)の前に出た。


「あっ、俺が退治するから」


「お兄さんがですか? 大丈夫ですか?」


 どうやらこの子、魔法は独学以前にほぼ勘のみで使っていたようだ。

 俺、導師、ブランタークさんを見ても魔法使いだと気がついていなかった。

 他の魔法使いの実力を計る概念が存在しないのであろう。


「大丈夫。俺も、このオジさんたちも魔法使いだから」


「そうなのですか」


 ルルは、俺たちを興味深そうに見つめた。

 初めて、自分以外の魔法使いに出会えたからであろう。


「これは、一から基礎を教えてやらないと駄目だな。まあ、それはあとだ」


 ブランタークさんがルルを自分の後ろに庇い、俺と導師が最前線に立つ。


「エーリッヒ様?」


「彼は私の弟なのだけど、優秀な魔法使いだから大丈夫」


「エーリッヒ様がそう言うのなら」


 エーリッヒ兄さんの説明で、ルルは納得したようだ。

 やはりイケメンの説得力は絶大だな。


「数は多いみたいだけど、所詮は海竜(サーペント)だからな」


 海竜(サーペント)なんて、見た目が竜なだけだ。

 退治など、さほどの難事でもない。

 ヴィルマなんて、肉が美味しくて効率のいい獲物だって言っているくらいなのだから。


「バウマイスター伯爵、某もやるのである!」


「導師、死体の回収が面倒なので、ギリギリまで引き寄せてくださいよ」


「今日は、海竜(サーペント)の肉でバーベキューである!」


 俺と導師が迫りくる海竜(サーペント)をギリギリまで引き寄せ、ブランタークさんは万が一に備えて魔法の準備をしていた。

 エルも念のために戦闘態勢に入っている。


「ヴェル、数が多いみたいだけど……」


「海竜(サーペント)は弱いので安心してください。数の多さは不利になりません」


「やはり魔法使いは凄いんだね。漁師たちは恐がっていると聞くけど」


 文官肌のエーリッヒ兄さんからすれば、全長二十メートルを超える海竜(サーペント)が複数自分に迫ってくれば、怯えて当然であった。

 俺たちはこれまで、色々と凄い魔物を相手にしすぎて感覚が麻痺しているだけだ。


「導師、数が増えていませんか?」


 最初に比べると、こちらに押し寄せる海竜(サーペント)の数が増えたような……。

 ああ、俺たちがいるから餌が増えたと思ったのか。

 しかも逃げないで、堂々と砂浜に立っているからな。

 間抜けな餌だと思ったのであろう。


「ちょうど十匹なので、半分ずつ倒すのである!」


「わかりました」


 俺は海水から氷で巨大なランスを作ると、それをぶん投げて海竜(サーペント)の口の中に突き刺した。

 突き刺さった氷のランスは一撃で海竜(サーペント)の後頭部まで貫通し、即死した海竜(サーペント)はその場に崩れ落ちてしまう。

 急所である延髄を貫けば、どんな生物でも即死して当たり前だ。


「次は某である!」


 導師はその身に『魔法障壁』を纏うと、『飛翔』して海竜(サーペント)に接近し、魔力を篭めた拳で海竜(サーペント)の頭部を殴った。

 それだけで海竜の頭部が大きく凹み、そのまま倒れてしまう。

 続けて、魔力を篭めた足で海竜(サーペント)の首にすれ違いざま蹴りを入れると、それだけで首がちぎれて死んでしまった。


 引き寄せてからの攻撃だったので、俺と導師の前に広がる海岸は海竜(サーペント)の血で真っ赤に染まった。

 なお、大半が導師の仕業である。


「あーーーあ」


「えっ? 駄目ですか?」


 海岸の惨状を見て、ブランタークさんは溜息をついた。


「首がちぎれてしまったのは、海竜(サーペント)がモロすぎるせいである!」


「ハグレの個体ならいいけどよ。巣の近くだから、血に釣られて追加で来るぞ」


「そうだったのである……」


 導師が言い訳をしたが、ブランタークさんはそんなことはどうでもよく、他の海竜(サーペント)が血で引き寄せられてくると彼に文句を言った。


「乗りかかった船である! 全滅させてしまうのである!」


「導師、その言い方は正しいのですか?」


「どうせ海竜(サーペント)は団体で来るのである! せいぜい歓迎してやるのである!」

 

 それから一時間ほど。

 俺と導師の奮戦により、おびただしい数の海竜(サーペント)が討伐されたのであった。

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