第329話 南方探索命令

「といった事情でして、ご子息はヘルムート王国の貴重な資産であるリンガイアと、多くの乗組員たちのため、自ら収監される道を選んだのです。プラッテ伯爵! 彼は貴族の鑑ですね」


「そうですか……」


「いやあ、このバウマイスター伯爵。ご子息の決断に心から感動いたしました。貴殿のご子息を見習いませんと」


「我が息子も、バウマイスター伯爵殿からそこまで評価されたと知れば大喜びでしょう」


「いやあ、私なんて貴殿のご子息に比べたら、まだ全然ですよ(ぷぷっ、怒ってる。怒ってる)」


 王城内で出会ったプラッテ伯爵に嘘の報告をしたら、彼は顔をひくつかせながら俺の話を聞いていた。

 勿論そんな事実は真っ赤な大嘘であったし、当然彼もそれに気がついている。

 だが、自分の息子を魔族の国のブタ箱にぶち込んだ俺を批判するわけにいかない程度の理解力はあり、表面上は自己犠牲の精神で魔族の国に残った息子を誇りに思う父親を演じていた。

 いやあ、いかにも貴族らしいよなぁ。






 リンガイアの解放が無事になって出航したので、俺は一足先に『瞬間移動』で王城へと飛んで陛下に事情を説明した。

 どう繕っても、プラッテ伯爵のバカ息子が先に攻撃を仕かけた事実は覆せない。

 ここで国家のプライド云々を言って抵抗すると、ゾヌターク共和国政府が混乱していることもあり、リンガイアと乗組員たちは長期間戻って来れないかもしれない。

 そこで、実行犯であるアナキンは即決裁判で執行猶予と罰金、罰金は俺が肩代わりして、彼はそれを返すためにバウマイスター伯爵家に仕官することに。

 主犯のプラッテ伯爵のバカ息子のみを魔族の国の刑務所にぶち込み、リンガイアと他の乗組員たちは、すでに出航済みであることを報告した。


「これが私の限界です」


「リンガイアと貴重な乗組員たちは戻ってきた。ベストとは言わぬが、ベターな結果と言えるの」


 勝手にリンガイアと乗組員たちを拘束した魔族の国は謝罪し、双方を即刻解放すべし。

 賠償もせよ。

 こんな主張をしている貴族……主にプラッテ伯爵のことなんだが、そんな条件を魔族側が呑むはずがない。

 しかも自分は矢面に立たないで裏から色々と言うので、あまり外交交渉が進んでいないで苦労しているユーバシャール外務卿たちが、『じゃあ、お前が直接魔族と交渉しろ!』と激怒してしまったそうだ。

 俺も魔族側にそんな条件を呑ませるのは不可能なので、一番簡単なプラッテ伯爵のバカ息子にすべてを押しつける方法を選択したというわけだ。

 俺は思った。

 創作物みたいに、国家間の交渉で大の虫も小の虫も生かすのは難しい。

 別に俺は、交渉が得意ってわけでもないのだから。


『アレは小の虫にも値しない』


『貴族の風上にも置けませんわ』


『あんなのを助けても、どうせ奴はヴェンデリンに感謝などせぬぞ。むしろ、救出が遅いと文句を言うような輩じゃ。見捨ててしまえ』


 当然といえばそれまでだが、ヴィルマ、カタリーナ、テレーゼの奴への評価は最低であった。

 エリーゼたちについても言うまでもない。


『感じの悪い人よね』


『アマーリエのその一言が、端的に奴を表現できておるな』


 確かにあいつは、自分を取り繕うこともできない本物のバカであった。

 多少知恵が回れば、牢屋に入っているのだから少しでも印象をよくしようと心がけるはず。 

 大貴族の跡取りなので、我慢するとか自分を律するのが苦手なのであろう。

 どうせ奴は主犯だ。

 冤罪なら可哀想と思えるが、自業自得なので助けてやろうという気持ちすら起きない。

 それでもただ魔族の国に生贄として差し出すと問題になりそうなので、奴が貴族であるという事実を利用させてもらった。

 リンガイアと他の乗組員たちのため、彼だけが収監される道を選んだのだと。

 勿論奴はそんな殊勝な性格をしていないが、少なくとも貴族としての体面だけは保ってやった。

 プラッテ伯爵は俺を怒鳴りたい気持ちでいっぱいだろうが、まさかそれをするわけにはいかない。

 先ほどバカ息子の今後の予定を教えてあげたら、『我が息子は貴族の誉れだ!』と言いながら泣いて喜んでいた。

 世間に対しては、そう言わざるを得ないのだが。


「バウマイスター伯爵も、悪辣なことをするの」


「私は、彼の名誉を守ってあげたのです」


 すぐに自分だけ逃げ戻ってきたら厳罰ものだが、刑務所務めを終えてから王国に戻れば、空軍としても彼を評価せざるを得ないであろう。

 名誉と実入りはいいが、あまり責任のない役職につけてくれるはずだ。

 実務は、あり得ない攻撃命令を出したので任せないと思うが、老人になるまでいい骨休めになるはず。

 本人がどう思うかは別として、俺はとてもいいことをしているのだから。


「ところで、その罪状だといかほど収監されるのだ?」


「二十五年から三十年ですね」


 国家が運用している、防衛隊の艦船に攻撃を命令したのだ。

 終身刑や死刑にならないだけマシであろう。

 お上に危害を加えるという行為は、令和日本人が思う以上に重罪なのだから。

 もし王国で類似の罪を犯した場合、最悪死刑もあり得た。

 えっ? アナキン?

 あいつはあくまでも命令されてやっただけだし、司法取引は終わっているので除外です。

 それに、実行犯よりも主犯の方が重罪になるのは、世の常識なので。


「実害がなかった点はプラスで、あとは刑務所内でどうすごすかですね。模範囚だと二十年くらいに縮まるそうです」


「なるほど。リンガイアと乗組員たちが戻るのであれば問題ない。あの船が戻ったら、今度は東方にでも探索に出そうと思う」


 陛下も、バカなことをしたプラッテ伯爵の息子には内心激怒しているのであろう。

 彼の話はすぐにしなくなった。

 それよりも、リンガイアを利用した探索を続行したいようだ。

 このリンガイア大陸で繁栄した古代魔法文明の崩壊以来、周辺地域の探索はほとんど行われていない。

 王国としても、人口が飽和した際に移民可能な土地がほしいのであろう。

 今はリンガイア大陸の開発すら終わっていない状態だが、一国を支配する為政者としては、長期的な視野でものを考えなければいけないのだから。

 そういえば、バウマイスター伯爵領南方諸島群以南の探索もいつかしないといけないな。


「今は、魔族への対応で精一杯だがな」


 幸いにして、魔族の大半が理性的な連中である。

 『人間の国に侵攻だぁーーー! 人間は皆殺しじゃぁーーー!』という種族でないのは救いだが、潜在的な力が大きすぎる。

 交渉は、自然と慎重にならざるを得なかった。


「実は、帝国も交渉団を送り込んできての」


「ペーター……じゃなかった。向こうの陛下は交渉団を送るのが遅かったですね」


「様子見であろう。様子を見ていた帝国の方が案外有利かもしれぬぞ」


 魔族も王国も帝国も、それぞれに思惑がある。

 利害関係の調整から始まったので、一体いつ交渉が終わるのかわからなくなってしまった。


「魔族の国には、外交を行う部署がなかったそうだの。急遽作ったとか?」


「一万年以上も、外国と交流していませんでしたからね」


「政府が送ってきた交渉団と交渉はしておるのだが、全員外交に疎いようで、なかなか話が進まないらしい」


 魔族の国は、政権交代もしているからな。

 実力のある実務者が送れなかったのだ。

 その辺の情報は、すでに王国も掴んでいる。

 俺が利用した官僚たちはリンガイア解放交渉では働いてくれたが、外交交渉の矢面に立てば、政治家たちから出しゃばりだと文句を言われてしまう。

 彼らは補佐役に徹するしかないので、やはり外交交渉は進まない可能性が高い。


「他にも問題がある。貿易をするにしても、貨幣の交換比率とかがある」


「下手な交換レートにすると、一方的に富が流出しますからね」


 幕末の日本のように金と銀の交換レートに差があったなんてことがあれば、王国の力は急速に衰えてしまう。

 焦った帝国がミスをしても同じだ。

 なにしろ、王国と帝国ではほぼ同じ貨幣を使用しているのだから。


「魔族の国は、優れた魔道具を輸出したいようじゃ」


「陛下、それって……」


「もう嗅ぎつけたらしい。魔道具ギルドが大騒ぎしておる」


 どう贔屓目に見ても、王国と帝国の魔道具が魔族の国の魔道具に技術力で勝てるはずがない。

 俺の見立てでは、軽く数百年分は格差があるはずだ。

 それに加えて、魔族の魔道具は量産技術にも優れており、価格もそこまで高くなかった。

 もし魔族の国から大量の魔道具が流れ込めば、魔道具ギルドは開店休業状態になってしまうはず。


「魔道具ギルドが騒いでいるのは、帝国も同じだ。ミズホ公爵領。あそこもな」


 ミズホ公爵領の魔道具は、王国と帝国のものより優れている。

 その優位が崩れるのだから、騒いで当然であろう。


「関税をかけるか、輸入量を制限するかですね」


「そんなところであろう」


 だが、関税をかけるにしても、輸入量に制限をかけるにしても、具体的な数字を探らないといけない。

 魔族側が自由貿易を主張して、その条件を受け入れない可能性だってあるのだから。


「帝国の皇帝も困っておるようだな」


「でしょうね」


 内乱を機に、王国と帝国は直接会話が可能な魔導通信機を設置した。

 いわゆるホットラインというやつだ。

 二人とも、魔族の国への対応に悩んでいるのであろう。

 定期的に話をしていると聞いた。

 異文化コミュニケーションと軽く言うが、そんなに簡単に仲良くなれたら戦争なんて起きない。

 双方がある程度納得する条件で交流を始めるまでに、とてつもない時間と労力が必要なのだ。


「しばらくは、ユーバシャール外務卿に任せるしかあるまい」


「そうですね」


 今回の交渉は、あくまでも臨時の仕事であった。

 ここで俺が、ユーバシャール外務卿の職分に口を出すのはよくない。

 面倒なので出したくもないけど。

 とか言いながら、俺も短期間で二度も特使をしたな。


「それでは、私は領地に戻ります」


「バウマイスター伯爵、ご苦労であった。経費と褒美を受け取って戻るがいい」


 陛下の下を辞した俺は、『瞬間移動』でバウマイスター伯爵領へと飛んだ。

 屋敷に入ると、早速ローデリヒが出迎えてくれる。


「お館様、大変でしたな」


「まあ、仕方がないさ。それよりも、俺はプラッテ伯爵を完全に敵に回したぞ」


 プラッテ伯爵としても、公的に俺を罵倒するわけにはいかないが、息子を外国の官憲に売り渡した俺への憎しみでいっぱいであろう。

 

「仕方がありませんな。プラッテ伯爵と彼に親しい連中には気をつけます」


「少しくらいは注意されると思ったんだが」


 いくら敵対していることがハッキリわかった方がいいと言われても、社交辞令でも仲良くしていた方がいいような気もしないでもないからだ。


「そういう八方美人的な対応をする貴族もいますが、お館様ほど大貴族になってしまいますと、仲が悪い貴族がいても仕方がありません。やはり、敵だとわかっている方がこちらも対応が楽なのです」


 敵だとわかれば、偽りの好意や善意に騙される心配もないか。

 その貴族と仲がいい貴族にも注意を向けられる。


「ニコニコしながら利き手同士で握手をしたと思ったら、実はそっちが利き腕でなく、本当の利き腕でナイフを握っている。比喩表現ですが、貴族とはそんなものなので」


「なるほど」


 上手い例えだな。

 貴族は油断できないってのがよくわかる。 


「それにしても、今回の動乱。ホールミア辺境伯は大損でしたな」


 交渉は続いているが、テラハレス諸島群は魔族の軍勢に占拠されたままだ。

 軍事基地の建設も少しずつ進んでいる。

 交渉の場は、帝国の交渉団も混ぜつつ、その軍事基地の一角に場を移していたが、肝心の交渉はあまり進んでいない。

 二ヵ国間でも交渉が纏まらないのに、三ヵ国に増えれば余計に交渉が纏まらなくなって当然だ。

 しかも、今の帝国はミズホ公爵家にもそれなりに配慮が必要な状態なのだ。


「諸侯軍の動員解除は難しいか」


「完全には無理です」


 ホールミア辺境伯としては、今の状況ですべての諸侯軍の動員を解くわけにはいかないのだ。

 数は大分減らしたそうだが、それでも大きな負担である。

 軍隊は、なにもしなくてもお金と物資を消費してしまうからだ。


「まあ、うちは唯一動員されていたお館様たちが戻られたので、これで安心して領内の開発に集中できますよ」


 魔族の件はまったく解決していないように見えたが、俺は国王陛下でも外務卿でもないからな。

 自分の領地だけ心配しておけばいい。

 というわけで、俺たちは元の生活に戻ることになった。






「この小山は、崩して平地にした方がいいかな?」


「そうですわね。ここが平地になれば宅地も作りやすいでしょう」




 バウマイスター伯爵領には未開地が多い。 

 というかほぼ未開地なので、土木工事を進めていかないと人口が増えた時に困ってしまう。

 移住条件がいいので、王国中から土地を持てない農家の次男三男や、弟子入りして独立したものの客がいないので困っていた職人、居場所がない貴族や陪臣の子弟が集まっており、彼らが住む宅地や農地の造成は急務であった。

 一緒に魔法で整地を行うカタリーナも、今では慣れたものだ。


「先生は、もう魔族の国と交渉しに行かないのですか?」


 俺に魔法を習いながら土木工事も手伝ってくれているアグネスたちは、西部行きに同行しなかった。

 日本とは違って事件の詳細が知られるのに相当な時間がかかるため、気になって俺に魔族の国のことを尋ねてきたのだ。


「あれ、纏まるのかね?」


「ええっーーー! いいんですか?」


「いいも悪いもねえ?」


「そうですわね」


 国同士が外交交渉を重ねたところで、必ず交渉が妥結する保証なんてない。

 日本だって、北方領土とかもう何十年も戻ってきていないのだから。

 

「魔族の大半は、大陸に侵略したいとは思っていない」


 自分たちが住む島ですら人口減で放棄した土地が多いのに、リンガイア大陸を占領しても維持が難しいからだ。

 ただ大企業としては、自分たちの五十倍以上の人口がある市場に進出したい意図はあった。

 ところが、彼らが生産する産品が大陸に流れると王国と帝国、ミズホ公爵領の魔道具ギルドは確実に衰退する。

 食料生産はどうであろうか?

 魔族の国の食料生産量と技術は凄いが、多分値段が高すぎて一部富裕層しか購入できないであろう。

 むしろ、王国から安い食料が大量に魔族の国に流入しかねない。

 王国は食料が不足気味なのだが、商人からすれば儲かる方に食料を売って当然である。

 魔族の国は、自国の農業というか食料自給率を守るために関税をかけるなり、食料の輸入禁止をしようとするであろうから、そうなると王国側も輸入する魔道具に高額の関税をかけるか、輸入禁止という事態も十分にあり得るわけだ。


「先生、難しいお話ですね」


 三人の中で一番年少のシンディが、額に皺を寄せながら言う。


「そうだな。説明している俺が一番わかっていないかも」


「正式に国交を結ぶにしても、お互いに事情があるので大変ですね」


「そういうことなんだろうな」


 ベッティは柔らかく言っているが、ようは既得権益を侵すので抵抗勢力が強いのだ。

 王国側は、特に魔道具ギルドの反発が強い。

 圧倒的に技術力に優れた魔族の国の魔道具が輸入されるようになれば、彼らの力は大きく落ちてしまうからだ。

 『最新技術を仮想敵国に独占されるのは危険』だと、少し本末転倒というか誤魔化しの言い訳で、魔道具の輸入阻止を行っているらしい。

 魔道具ギルドにはお金もあるし、ギルド運営のために貴族の子弟たちを多く雇っている。

 もし魔道具ギルドの売り上げが落ちれば彼らから首を切られるわけで、多くの貴族たちがユーバシャール外務卿に圧力を加えていた。

 魔族の国側も農業、畜産、漁業関連の会社や関連団体からの圧力を受けていないはずがなく、これで交渉が上手く行くはずがないのだ。


「問題なのは、いまだに魔族の国側がテラハレス諸島群を占領している事実だな」


 『こちらの領地を勝手に占領した魔族は信用ならない!』と言う貴族たちも多く、そんな彼らが交渉を締結しても順守されないかもしれないと騒げば、一定の支持を受けてしまうことにも問題があった。

 魔族側としては、テラハレス諸島群は無謀な攻撃を仕掛けてきたヘルムート王国から賠償で貰うべき島という認識が、一部にではあるが、存在するのもまずかった。

 あの諸島はホールミア辺境伯領であるから、王国が勝手に外交交渉で譲渡するわけにもいかない。

 その事件で王国は謝罪しているし、実行犯たちは処罰された。

 これで終わっているはずなのに、勝手に領地を奪われては堪らない。

 誰も使っていない無人島群であるが、貴族と国家のプライドもあって、そうホイホイと他国に譲れるわけがなかった。


「つまり……」


「交渉はもの凄く長引くから、ヴェルは自分の領地のことだけ考えればいいのさ」


「手の出しようがないですけど……」


 今日の工事現場には、エーリッヒ兄さんも同行していた。

 彼は陛下から直々に、バウマイスター伯爵領の開発が順調に進むよう、その補佐と連絡役に任じられている。

 今日は視察のためにここに来ていたのだ。


「ヴェルは臨時特使として魔族の国に行ったし、交渉でも成果を出した。これ以上は無用だね。それよりも、自分の領地の開発の方が重要さ」


 外交交渉の間、王国は統治と内政を行わないわけにもいかない。

 むしろ魔族の国に対し、我が国は常に発展し続けているのだとアピールしなければいけなかった。


「ヴェルが、アーネスト殿からの情報と合わせてゾヌターク共和国の報告を挙げたでしょう? 向こうは人口が減り続ける社会だそうだから、うちは発展し続けていることをアピールしてプレッシャーを与えるわけだね」


 技術力や魔法使いの数では相手にならないので、勝てる要素で魔族の国にプレッシャーを与えるわけだ。

 これも一種の戦争であろう。


「帝国もいるからね。あの国は内乱で大きなダメージを受けたけど、中央の力が強くなった。長期的に見れば大きく成長するだろう」


 今まで顔色を窺わなければいけなかった選帝侯家の多くが没落し、新皇帝であるペーターは若くて有能だ。

 内乱で荒廃した帝国の復興という名目で大規模開発も次々と進んでおり、油断していると、王国は帝国に国力で抜かれる危険もあった。


「しばらくは帝国との関係も悪くないと思うから、その間に王国も力を蓄えないといけない。魔族の国との交渉は帝国も加わって余計に複雑化したんだ。時間は稼げるだろうけどね」


 外交交渉の停滞、時間がかかるのは、むしろ王国にとって有利というわけか。


「帝国の交渉団も、魔族の国の言い分に首を傾げているらしいけど」


 『野生動物が可哀想だから狩猟はやめろ』と言われては、帝国も混乱して当たり前か。


「そんなわけで、うちはうち、他所は他所という結論に至るわけだね。私は財務閥の法衣貴族だから、ヴェルの領地が栄えて間接的に王国の税収が上がれば評価される。王国政府とバウマイスター伯爵家の関係が良好ならもっと評価されるわけさ」


 エーリッヒ兄さんは財務閥の貴族だから、端的に言うとお金が最優先だからな。

 お金がないと首がないのと一緒なのは、どの世界でも同じだ。

 お互い、お金のない実家で苦労したのだから。


「それで、開発を促進するのですか?」


「それもあるけど、実は王国から依頼を受けていてね」


「依頼ですか?」


「そう、バウマイスター伯爵家が領有している南方諸島群があるよね?」


「ええ……」


 南の海岸からそう離れておらず、俺が見つけた島なので、王国からバウマイスター伯爵領と認知されていた。

 野生のサトウキビが大量に生えている島が多く、現在数百人がサトウキビの栽培と製糖業を営んでいる。

 漁業も盛んで港も整備されており、徐々に人口が増えていた。


「そのさらに南に、なにがあるのかというお話さ」


「ですが、探索には大型の船が必要なのでは?」


 西方探索では、リンガイアを出航させたくらいだ。

 うちで運用している魔導飛行船では、そう遠くまで探索もできない。


「そこまでの大探索なら、王国が大型の船を出すよ。今回の探索は、せいぜい数百キロ程度。バウマイスター伯爵家で所持している魔導飛行船の行動範囲内の探索だね。バウマイスター伯爵領全体の把握を行う必要があるわけだ」


 大型船で探らなければいけない新領地については、王国が船を出して、領有権は王国のものというわけか。


「新領地探索ですか……」


「西方探索で魔族が見つかってしまったからね。北方は帝国が探索隊を出す予定だと聞いている。東方も同じでね。王国は計画を立てているよ」


 先に帝国に見つけられてしまうと領有権を確保できないから、とにかく早くに探索隊を出すというわけか。

 南方は、バウマイスター伯爵領の確定作業というわけだ。


「わかりました。ローデリヒに言って船を準備させましょう」


「私も同行するよ」


 魔族との交渉はまったく進んでいなかったが、バウマイスター伯爵領の開発は進めないといけない。

 そのための領地確定作業を行うため、俺は南方探索隊の編成をローデリヒに命じるのであった。

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