第325話 ゾヌターク王国復興?(後編)

 翌日の五の日。

 五の日とは、日本で言うと曜日みたいなものだ。

 一の日から七の日まであり、五の日から七の日までは学校がお休みのようだ。

 つまり週休三日である。

 現代日本でも一部で議題に上っていたが、魔族の国では実現していたとは……それは、会社だったか。

 学校で週休三日は凄いな。

 長期休暇はもっと長いけど。


「随分とお休みが多いのね」


 イーナだけじゃなく、俺たち人間はみんなそう思っていた。

 ローデリヒなんて、よほど特別なことでもないと、週に一度しか休みをくれないというのに……。

 俺も、労働組合とか作った方がいいのかな?


「そんなに急いでカリキュラムを達成しても、上が詰まっているからさ」


 モールの説明によると、これも教育期間を伸ばす苦肉の策らしい。

 早く教育を終えても、就職先が少ないから無職が増えてしまう。

 無職が多いと政府への批判が強まるので、休みを増やして教育期間を伸ばしたというわけか。

 学校を卒業しなければ、無職じゃなくて学生だからな。


「先延ばしとも言うのであるな」


「アーネスト、それはぶっちゃけすぎ」


 自分には職があるからって、その言い方は酷いと思った。


「バウマイスター伯爵殿、到着しました」


 その村には古い港があると聞いていたので、俺たちは自家用の小型魔導飛行船で過疎地に移動した。

 もう一隻、防衛隊所属の小型船も同行している。

 すぐに注目されなくなったが、一応国賓である俺たちの護衛のためであった。


「陛下、ようこそお越しくださいました」


 魔王様と一緒に村に到着すると、百名ほどの若者たちが出迎えてくれた。

 見た目はみんな二十前後に見えるが、魔族はなかなか年を取らないので、本当の年齢はわからない。

 だが、みんな百歳にはなっていないはずだ。


「皆の者、今日はわざわざの出迎え感謝する。拡大を続ける村は活気が出てきて、余は嬉しく思うぞ」


「みんな、やる気を出していますからね」


「陛下、農業って楽しいですね」


「なかなか作物が育たなくて落ち込む時もありますが、収穫したものを手に持った時の重みで、それも吹き飛びます」


「陛下、自分は鶏を飼い始めたのです。ようやく卵を産んでくれるようになりました。前職の、年寄りに高価な羽毛布団を売りつける仕事よりも充実していますよ」


 若者がなかなか就職できない社会って、極めて深刻なんだと思った。

 それでも、農村で暮らすことに生きがいを感じ始めたのだから、お飾りでも魔王様はみんなのお役に立てているのだな。


「今日は、お客さんも多いのですね」


「うむ。はるか東、リンガイア大陸にあるヘルムート王国より、バウマイスター伯爵とその家族が来てくれた。余の客人である」


「それでは歓迎しないといけませんね。今日は、芋の収穫を利用して芋掘りをしようと思うのです」


「芋掘りか! 楽しみだな!」


 いくら魔王様でも、やはり年相応の子供だ。

 村の代表から芋掘りができると聞くと、はしゃぎ始めた。


「芋掘り? 楽しそうだな」


 勿論、俺も楽しみにしている。

 というか、あのなにもないホテルで待機する生活に飽きていたのだ。

 政府の対応が適当すぎて、俺たちはなんのためにここにいるのだという気持ちになってしまうから。


「芋なら、フリードリヒたちに離乳食を作れるかな?」


「いいわね、それ」


「ボクたちも、お芋料理が食べられるね」


 イーナとルイーゼも乗り気となり、フリードリヒたちを船内のメイドたちに預けて、みんなで芋掘りに参加した。

 俺も魔法など使わず、自力で芋を掘っていく。


「あれ? 小さい?」


「旦那の掘る芋は小さいのばかりだな」


 気合を入れて芋のツルを引っこ抜いたから、ついている芋はすべて小さかった。

 それを見たカチヤが、俺を笑っていた。


「言うほど、カチヤの芋も大きくないじゃないか」


「あれ? 芋はうちの実家の得意技なんだけどなぁ……」


 確かにこのサツマイモに似ているけど、マロ芋とは違うんじゃないのか?


「合成肥料を用いておらぬから、大きさもそろっていないなのだ」


 合成肥料?

 化学肥料みたいなものか。

 魔王様の言いたいことはわかる。

 ようするに、この村で行われている農業は、日本でいうところの有機無農薬栽培なのであろう。


「農作物規格には合わぬから、通常の流通路にはのせられぬ。だが、この運動の支援者たちが購入してくれて評判もいいぞ」


 ますます、日本で見たことがあるような運動だな。

 農業を古い方法に戻し、それを支援者に販売して経費をねん出するわけか。

 有機無農薬野菜ファームとか、そんな名前をつけたくなる。


「旦那、合成肥料って何だ?」


「魔導技術を用いた肥料だよな?」


「作物の成長に必要な成分だけを抽出した、工場で生産される肥料と学校で習ったぞ」


 魔王様が、俺の問いに答えてくれた。

 芋掘りに夢中で鼻の頭に土がついているが、これもご愛敬。

 しっかりしているが、やっぱり年相応の子供なんだよなぁ。


「陛下、お鼻に土が」


「うむ、大儀である」


 それに気がついたライラさんが、ハンカチで土を拭った。

 こういう光景を見ると、君臣の関係というよりは母娘に見えてしまう。 


「へえ、それがあったら兄貴ももっと楽になるのかな?」


「わからない。第一、貿易に関する交渉が纏まらないと輸入も困難だろう」


「あいつら、あんな誰もいない島で毎日よく無駄な話し合いができるよな。旦那もそう思うだろう?」


 無駄かどうかはわからないが、話し合いがまったく進んでいないのは事実だからな。

 カチヤの言い分もわからなくもない。


「兄貴も、肥料作りが大変そうだからな」


 そういえば、ファイトさんは自然肥料だけでマロ芋を育てているのだった。

 もし合成肥料を輸入できたら、もっと楽に大量のマロ芋が作れるのか?


「合成肥料も一長一短がありますからね。画一的に大量の作物を作るには有利ですよ」


 ようは使い様で、時に自然肥料と使い分けることが重要だと、村の代表を務める青年が教えてくれた。

 この青年はとある大農場の子供だが、実家の大農場には就職せず、この運動に参加して参加者たちに技術指導をしている。

 魔王様は、未来の農業大臣候補だと勝手に言っていた。


「うちの場合、合成肥料の購入費もバカにならないから自然肥料を使っているのですがね」


 お金をかけずに生活するための運動だから、肥料代で苦労したら意味がないか。

 農薬の類も同じで、肥料と農薬を作る会社ばかり儲かって、農家が困窮しているのでは意味がない。


「自然肥料でもちゃんとやれば美味しい作物は作れますしね。害虫に使う忌避剤も自作です。除草剤は使わずに草取りで。収穫した作物は大きさや形がいいものを支援者に送り、残りを自分たちで食べる。これで十分ですよ」


「ヴェル、これは大きいわよ」


「へへん、ボクの方が大きいよ」


「たまにはこうして童心に返るのも悪くないのである!」


「娘を連れてくれば喜んだかな?」


「たまには土に塗れるのも悪くないのであるな」


 若者から、約三名いるおっさんまで、みんなで芋掘りを楽しんだ。

 通常の収穫作業も兼ねていたので、村の芋畑にあるすべての芋は村民たちにより無事収穫される。


「これで、子供たちに離乳食を作るか」


 早速、みんなで離乳食作りを始める。


「ヴィルマ、フリードリヒたちはまだ歯がないから、茹でた芋をなるべく薄く伸ばしてペースト状にするんだ」


「ヴェル様、色々なことに詳しい」


「本の知識さ」


 実は前世で、離乳食を扱ったこともあったからだ。

 なぜかこの少子化の時代に、大手商社を真似して高級離乳食の製造と販売に関わり、見事に失敗した。

 俺は、『離乳食ってこういう風に作るんだ。勉強になったなぁ』という感想だけで終わったが、責任者の課長はよく知らない外国の支社に飛ばされて可哀想だったな。

 奥さんから、『その国は治安も悪いって聞くから、あなただけで単身赴任して』と言われたそうで、送迎会では涙目だったけど。

 しかし会社を辞めるわけにいかず、家族を養うサラリーマンの悲哀を感じたものだ。


「赤ん坊に濃い味はよくないから、素材の甘さを生かす方向で。おっと、ハチミツは使うなよ」


 某グルメ漫画で、赤ん坊に食べさせて批判されていたからな。

 乳児ボツリヌス菌が混入している可能性があるから、一歳以下の赤ん坊は避けるべきだ。


「ヴェル、相変わらず妙なことに詳しいんだね……」


「勉強したんだ」


 前世で、という条件がつくけど。

 大した知識でもないけど、この世界だと凄いと思われる知識は意外と多い。


「バウマイスター伯爵は、この国の人間のようだな」


 モールがそう思っても不思議ではないか。

 日本と魔族の国って、似ている部分が多いからな。


「エリーゼ、裏ごしした方がいいと思うよ」


「そうですね、味付けはこのままでいいと思います」


「お芋だけで、十分に甘いですからね」


 エリーゼ、テレーゼ、リサたちが離乳食を仕上げ、それを赤ん坊用の金の匙で、フリードリヒたちに少しずつあげていく。

 金の匙は確かに贅沢だけど、決して成金趣味的な理由で金の匙を作っていないぞ。

 金は安定している物質で、舐めても他の金属のように金属独特の味がしないからだ。

 フリードリヒたちの味覚をちゃんと育てないと。 

 

「だぁーーー」


「そうか、お美味いか。よかったな」


「美味しいようで、沢山食べますね」


「本当だ」


 エルとハルカも、夫婦で楽しく嫡男レオンに離乳食を与えていた。


「子供が多いのは羨ましいな。我らには子供がいない」


 魔王様自身が子供だと思うのだが、彼女を除くと、確かにこの村に子供はいなかった。

 

「国にとって子は宝だと思うのだが、我らの運動に賛同して参加した者たちの大半は元無職。全員が未婚で、当然子供がいるはずもない。建国計画は苦難の連続だな」


「それでも、ここで出会ってもうすぐ結婚する予定の者たちもいます。お腹に子供がいる者も数名いるので、そう悲観したものでもありません」


 魔王様はともかく、ライラさんはこの村の状況を正確に把握していた。

 魔族の若者たちの中には、早速子供ができた者たちもいるのか。


「でも、学校はどうするの?」


 ここは、人が住んでいる町から大分離れている。

 元々廃村になったところを再利用しているため、近くに子供を通わせる学校がなかった。

 なにしろ魔王様自身が、お休みにならないと視察に来れないくらいなのだから。


「子供には教育は必要だと思う」


「教師を引退した者や、この中にも教員資格を持っている者が複数いる。なんとか義務教育を行う学校を作りたいのだ。幸いと言っていいと思うが、元々学校だった建物もあるからな」


「許可が出るの?」


 俺が一番心配したのはその点だ。

 ここが現代日本に類似した国だとすれば、新しい学校を作るのにどれだけの書類を出さなければいけないか。

 ライラさんが主となって役所と交渉するのであろうが、その道は遠く険しいはず。

 お役人ってには、とにかく書類が大好きだからな。


「確かに必要な書類や条件が多すぎて、学校を運営する許可を得るのは困難ですね」


 せっかく子供が産まれても、その子を学校に通わせるためにこの村を離れなければいけないのでは、農村を作った意味がなくなってしまう。

 今お腹にいる子供たちが通える学校が建設できなければ、村の規模拡大は難しいであろう。


「もう一つ、医療をどうする?」


「治癒魔法があるではないですか」


「それがさ、この国は医者の資格がないと治癒魔法禁止なんだって」


「本当ですか?」


「それが、驚いたことに事実なんだ」


 エリーゼのみならず俺もビックリしたが、今のゾヌターク共和国では、無資格者が治癒魔法をかけると、最悪投獄される危険があるそうだ。

 

「そんなバカなことがあるのか?」


 テレーゼからすれば、使うと便利な治癒魔法の使用に制限をかけてしまう魔族の国、というのが信じられないようだ。


「理由を聞くとバカらしいけど……」


 魔族の国は、豊かになるために魔導技術を高めに高めた。

 その結果、今のこの国の繁栄は、非常に燃費のいい魔道具の普及によって支えられている。

 生まれつき魔力量が多い魔族は、無理に鍛錬をして魔力量を上げる必要が少ない。

 むしろ便利な魔法など使われたら、量産された魔道具が売れない。

 売れないと、国が不況に陥ってしまう。

 そこで、かなり厳しい魔道具と魔法の使用禁止規定が存在していた。

 たとえば、食料を長期間そのままで保存できる魔法の袋の使用禁止だ。

 他にも、医師としての資格がない者の治癒魔法の禁止。

 これは『医療については素人なのに、治癒魔法で治療を施した結果、患者になにかあったらお前は責任を取れるのか?』と、役人に強く問い詰められてしまい、法律の改正は困難だそうだ。

 こう言われてしまうと、確かに困ってしまうな。

 攻撃魔法の類も、練習する者はあまりいないそうだ。

 警備隊、防衛隊など治安維持組織の隊員たちも、肉体的な訓練と、支給されている武器の使い方……これは魔力を送り込めば使えるから本人が魔法を使う必要がない……あとは、地球にある先進国の警察や軍隊に類する訓練を行っていると聞いた。

 たとえばテロリストが現れた時……仕事を寄越せというデモくらいらしいが……警備隊が攻撃魔法で彼らを鎮圧して死傷者が出ると、マスコミや人権団体に非難されてしまう。

 人死にが出ない程度の電撃系の魔法というのは加減が難しく、普段魔法を訓練していない魔族に使える者がほとんどいなかった。

 だが、魔力を流せば適量の電撃が出る麻酔銃のような装備はある。

 これを使えば楽なのだから、魔族で無理に魔法を使う者は少ないというわけだ。 

 

「せっかく素質があるのに勿体ないの」


「町中で魔法なんて使うと、職務質問されますからね」


 モールがテレーゼに説明する。

 魔道具の使用なら問題ないが、魔法を使うと野蛮だと言われ、非難されることが多いそうだ。

 『いきなり攻撃魔法を放たれ、怪我人が出たらどうするのだ』という警戒感から、魔族は人が多い場所では絶対に魔法を使わない。

 魔道具の場合、魔力を送り込んだ時の効果が見ればわかるようになっている。

 だから、みんな魔道具を使うのに必要な魔力があればいいと思っているわけだ。


「この村では、一部魔法を使っています。何分長年放置されていたインフラが多く、修理できないものは魔法で補うしかありません」


 魔法に関する資料は大量に残っているので、それを参考にして重い物を運んだり、畑を耕したり、道を整備したりしていると代表者の若者が説明してくれた。


「昔に戻ったというわけじゃな」


「お金がありませんので、自分でなんとかできることは自分でするというのが、この村の決まりです。幸いにして、薬剤師の資格を持つ者がおり、この近辺には薬草の類も生えております」


 魔法薬を生産し、それで怪我や病気に備えるというわけか。


「医師の資格を持つ治癒魔法使いの方がこの村に興味を持っているので、治癒魔法の件はじきに解決すると思います」


 魔王様を村長とした村は、着々とできあがっているわけか。


「難しい話はそれくらいにして、余はお腹が減ったぞ」


「俺もお腹が減ったなぁ」


 収穫した芋を使ったベビーフードも完成し、フリードリヒたちはそれを美味しそうに食べている。

 これからは、徐々に離乳食の割合を増やしていけばいい。

 赤ん坊は、日々成長していくな。


「他の料理も完成しました」


 エリーゼたちも手伝い、芋の天ぷら、大学イモ、キントンなども完成し、村人たちと一緒に食べ始める。

 自分で収穫した作物を調理して食べると、実に美味しい。

 気のせいかもしれないけど、味覚は舌だけで感じるものじゃないからな。


「見よ、バウマイスター伯爵。我が臣民候補たちは楽しそうではないか」


 若い村人たちが、収穫した作物を一緒に調理して美味しそうに食べている。

 それぞれに持ち寄った料理、酒、お菓子などもあり、まるで収穫祭のようであった。


「職がない、結婚できない、そんな者たちの中でこの村に興味がある者がいれば、余は何人でも受け入れるぞ。そして時がくれば、ゾヌターク王国復活も十分にあり得る」


「陛下、その準備も着々と進行中です。この村の作物を卸す店舗も決まりました。生産者の名前と顔をお客様に知らせ、少し高くても安心して購入していただく仕組みです」


「おおっ! 素晴らしい手ではないか!」


 なんだろう。

 その手法って、現代日本では当たり前のようにあるんだけど……。


「他にもいくつかの廃村を再生させ、その中から首都に一番近い村に産品を集め、定期的に市を開きます。作物を材料に使った特産品も開発しましょう。これを販売する市を『道の駅』と命名しました」


「いいアイデアだな! ライラ!」


「……」 


 あの……ライラさん。

 それって、現代日本の農村だと当たり前のように存在しています。

 だからなにって言われると困るけど……。


「このまま順調に規模を拡大させれば、必ずやゾヌターク王国の復興もなるでしょう」


「おおっ! まさに王国再興千年の計というやつじゃな!」


「ねえ、ヴェル」


「本当に王国が復興できるかもしれないし、本人たちが喜んでるんだ。気にしない方がいいよ」


「それはわかるんだけど……」


 イーナがなにか言いたそうに見えたが、俺はそれをやんわりと止めた。

 せっかく魔王様とライラさんがいい気分で話をしているんだ。

 止めるのは野暮じゃないか。






「バウマイスター伯爵、新聞を持ってきたっすよ」


「ありがとう。どれどれ……」




 農村見学が終わり、翌週の一の日。

 新聞記者であるルミが、今日の分のエブリデイジャーナルを持参した。

 魔王様と宰相による王国復興運動……と思っているのは本人たちだけで、ルミが取材を行った農村復興運動が無事に記事になったため、俺たちに新聞を持って来てくれたのだ。

 新聞には、ゾヌターク共和国政府に放置されている俺たちも、その農村を表敬訪問したと書かれていた。

 小さい記事だろうと思ったが、一面ではないにしても写真つきかぁ。


「これは、外交に当たるのかの?」


「そんなことを考えるアホはほとんどいないっすよ。第一、あの農村の人たちって、別にゾヌターク共和国の統治から外れたわけでもないですから」


 ルミが笑いながら、テレーゼの質問に答えた。

 独立を目指すと言っているのはあの二名だけであり、村民たち……現状は廃村という扱いなので正式な村民ではないのだが……には少額ながら現金収入もあり、わずかだが納税もしている。

 国を離脱しようとする人間がちゃんと納税をするとは思えないから、外部の人間が見れば、ただの農村再生運動にしか見えないのだ。

 

「それもそうか。防衛隊に勝てるはずもないからの」


「彼らには無理っすよ」


 村民たちは、武装すらしていないので当然だ。

 俺たちについて来た防衛隊の人たちは、彼らになんら脅威を感じていなかった。  

 ただの農業従事者だと思ったのだから当然だ。

 逆に、村人たちが食事を差し入れしようとしたら、『すみません、こういうものは決まりで受け取れないのです』と恐縮する有様であった。

 新聞記者であるルミがいたから、賄賂だと思われたら困ると思ったのかもしれない。


『このくらいはいいような気もするんすが、先輩記者で喜々として防衛隊批判を始める人がいるから、警戒する気持ちは理解できるっす』


 全員を見たわけじゃないけど、防衛隊の面々は真面目な人が多いように思えた。


「ところで今日、バウマイスター伯爵領に戻るって聞いたっす」


「このままここにいても、なにも状況は変わらないからな」


 妻と子供たちまで連れて親善外交モドキを行ってみたが、外交交渉の方は相変わらず進まず、俺たちも最初は注目されたけど、あとは他の話題に夢中で相手にされなかった。 

 ゾヌターク共和国の国民は、基本的に外国に対してほとんど興味がない。

 アーネストのような魔族は、本当に特殊な存在だったわけだ。


「また陛下の命令で来るかもしれないけど、今度は『瞬間移動』ですぐに来れるから」


「羨ましいっすね。移動に時間がかからないって」


 どういうわけか、魔族で『瞬間移動』が使える者は一人もいない。

 その代わりというか、魔導技術を用いた乗り物が進化しているのだから、俺は魔族の方が便利だと思うのだけど。


「バウマイスター伯爵、もしかして俺たちはお役御免とか?」


「連れて行くわけにいかないからさ」


 モールたちは魔族で、外国の者だ。

 アーネストは陛下が黙認しているからいいけど、モールたちも連れて帰ると色々と問題になりそうだからな。


「約束の日当に、一時金で色をつけるからさ」


「初めて働いてお金を貰ったのに、非正規で短期!」


「うぉーーー! 新卒キップを逃した俺たちに、正社員への道はないのか?」


「この世の、なんと残酷なことか!」


 三人の話を聞いてると、俺の心が次第に寒くなってきた。

 まさか、魔族の国で就職残酷物語を聞くとは……。


「あのぅ……魔王様の農村で働けばいいのでは? あそこなら、発掘などもできるかもしれませんよ」


 見かねたリサが、先週出かけた農村で働けばいいと意見を述べた。


「その手があったか!」


「希望者は受け入れるって言っていたよな」


「あそこなら、結婚できるかも!」


 モールたちは、未来への展望が開いたと、三人でテンションをあげた。


「「「ライラさぁーーーん!」」」


 ライラさんかぁ……。

 綺麗な人だけど、果たしてモールたちに春は訪れるのであろうか?

 もしかしたら、彼氏がいるかもしれないしな。


「そうだ! 彼女を上手く補佐できれば!」


「いける!」


「お前らには負けん! ライラさぁーーーん!


 正規雇用と結婚。

 双方が手に入る未来のビジョンが見えた三人は、俺から報酬を貰うと、ライラさんの下へと駆け出した。


「ようやく、教え子たちが就職したのであるな」


 ホテルをチェックアウトした俺たちは、すぐに自分たちの小型魔導飛行船に搭乗し、しばし滞在したゾヌターク共和国をあとにする。

 だが両国の交渉は、いまだにその糸口すら掴めていなかった。

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