第324話 ゾヌターク王国復興?(前編)

「このままでは、魔族は衰退する! 余は魔族の王国を復活させるのだ!」




 いきなり俺たちに会いに来て、魔族の王国を復活させると宣言した魔王様(年齢十歳の少女)。

 正直なところ、もう好きにやってくれという感じだ。

 俺たちが関わると内政干渉となってゾヌターク共和国政府を刺激するから、当然手は貸せない、貸す理由もないけど。


「建国ともなれば、将来的にはヘルムート王国やアーカート神聖帝国とも対等な同盟を結びたいところ。よって、今日は無心にきたわけではないぞ」


「下手に援助を受けると借りになってしまいますし、ゾヌターク共和国側が警戒するでしょうから……」


 宰相であるライラさんには、まともな判断力があるようであった。

 

「でも、どうして今なの?」


 ルイーゼは、今のこの時期に王国建国の宣言をした理由を魔王様に訪ねた。


「魔族はこれまで、一万年以上も一国のみで安定した統治を行ってきた。あまりの安定ぶりに魔族の本能が衰えてしまったほどだ。だが、ここで人間の国家が二つも確認された。人間と交流を始める魔族には大きな変化が訪れる。いい点も悪い点も多かろうが、ゾヌターク共和国が正常な判断をする保証もない。よって、余たちは立つことにしたのだ!」


「国が二つあった方が、どちらかが生き残れるという、現実的な理由もあります」


 この魔王様、十歳にしてはまともなことを言うな。

 女の子だから、ませているのかもしれない。

 宰相のライラさんも冷静である、今の魔族は女性の方が優秀なのであろうか?


「魔族が人間に滅ぼされる? そんなことがあるのか?」


 魔族は全員が魔法使いで、魔導技術も人間を圧倒している。

 どう考えても、魔族が人間に滅ぼされるとは思わない。

 むしろ逆を心配した方がいいであろう。


「魔族はご覧のとおり少子化で人口が減っております。一方、人間の数は増えるばかり。リンガイア大陸の開発が終われば、他の島や大陸にも勢力を伸ばすでしょう。確かに魔族は魔導技術に優れておりますが、それも時間が経てば追いつかれるかもしれません。長期的な視野に立ち、今女王陛下は立ち上がったのです」


「立ち上がったのだ」


 胸を張りながら、堂々と宣言する魔王様。

 だが残念ながら、背と胸と威厳が足りなかった。

 志は立派だと思うんだけどなぁ……。


「でも、そんな急に独立できるの? ゾヌターク共和国の警備隊に鎮圧されて終わりじゃないの?」


 まあ、普通に考えればイーナの言うような結末になるよな。

 ゾヌターク共和国には問題も多いけど、分裂するほど混乱していないのだから。


「独立などまだ先の話だ。余が生きている間には不可能であろう。だが、その根拠地を整備することは可能だ! まあ、余たちの活躍を見ているがいい」


「陛下、そろそろ家に戻る時間です」


「うむ、学校の先生が、暗くなる前にお家に帰りなさいと言っていたからな」


「「「「「「「「「「あららっ!」」」」」」」」」」


 国家の独立云々と言っていたような気がするんだが、学校の先生の言うことはよく聞く魔王様か。

 なんというシュールな存在なんだ……。


「それではまた会おう!」


「失礼します」


 言いたいことだけ言うと二人の主従は部屋を去り、俺たちは彼女たちの発言の真意について考え込んでしまう。


「あなた、これは危ないお話なのでは?」


 エリーゼが心配するのもわかる。

 この国ではすでに力はないと思われていた魔王が、俺たちと会見した直後に共和国からの独立を図る。

 俺とその後ろにあるヘルムート王国が、魔族を分断させようと目論んでいる。

 魔族たちから、そういう風に捉えられかねないからだ。

 ところが、そんな心配を一笑に付す存在がいた。

 新聞記者であるルミであった。


「心配いらないと思うっすけどね」


「おい、新聞記者。ここは、そういう陰謀があるって読者を煽るのが普通だろう?」


「うち、民権党の政治家の言いなり上司が多くて、報道の公平性について問題視されてるっすけど、これでも一応売り上げトップの新聞社っすから。イエロージャーナリズムじゃあるまいしって感じっすね」


「クォリティーペーパーだって言いたいのか?」


「それっすよ! それ! 自分、後輩たちと違って、真面目に就職活動したんすから」


「「「俺たちも、真面目に就活したんだよ!」」」


 ルミの言い分に、モールたちがムキになって反論した。

 真剣に就職活動をして全滅か……。

 俺なら心が折れるな。

 前世では仕事が大変だったけど、ちゃんと就職できてよかった。


「第一、警備隊がまったく警戒していないっす! たまに不祥事で批判されるし、反軍思想の矢面に立って、ある層に嫌われているっすけど、基本警備隊は優秀な人が多いっすよ」


 就職するにしても、競争率が高そうだからな。

 公務員で収入も待遇も安定しているだろうから、優秀な人が集まりやすいのであろう。


「心配ないと言っておくっす」


「ならいいけど……」


 そして翌朝、魔王と宰相による独立宣言の詳細があきらかになった。

 ルミが、エブリデイジャーナルの朝刊を持参したのだ。


「出てたっす。この記事っす」


「どれどれ」


 その記事は、生活面にあった。

 王政国家が独立する話なのに、なぜか記事が生活面……。

 この違和感はなんなのだ?


「ええと……『歴史あるゾヌターク王国の女王陛下、新生ゾヌターク王国の国王に就任』。肝心な記事の内容は……」


 記事を読んでいくと、こういう風に記されていた。

 彼ら魔族の住まう島は、現在四分の一ほどの領域しか人が住んでいない。

 昔は四分の三ほどまで人が住んでいたが、徐々に人口が減って放棄された。

 無人となった土地は荒れ果て、自然に戻り、古い放棄地には魔物の領域に戻ってしまった場所もある。

 これら放棄地を、職がなかったり、待遇が悪い暗黒企業を抜け出した若者たちが再生する活動が始まっている。

 彼らは基本的に自給自足の生活を送り、生活に必要なインフラ設備も、放棄されたものを修理、維持している。

 彼らの主な収入源は生産した農作物の販売益などであり、その平均収入は総じて低いが、自給自足生活のおかげで困窮はしていない。

 むしろ、精神的に豊かな生活を送っていると言えよう。

 この挑戦が上手く行くのか?

 注目していきたいところである。


「……」


 この記事を読むと、俺には既視感しか感じられなかった。

 これって、地球の国々でもあった活動だよな。

 若者が、廃村や耕作放棄地を利用して生活を始めるってやつ。

 確か、農村再生運動とか、ロハスとか言ったかな?


「ルミ、お前は知っていたのか? 魔王様たちの本業を」


「そりゃあ記者っすから、こういう活動があるのは知っているっすよ。でも、担当が生活部だから担当外っす」


「お前、役人みたいなことを言うな」


「バウマイスター伯爵さん、魔族の社会を理解しすぎっす!」


 いや、魔族のことに詳しいんじゃなくて、ただ単に現代日本によく似ているから知っているように見られるだけなんだけど。


「これって、独立なのか? 俺にはただの農村復興運動に見えるけど……」


「さあ? 俺にはさっぱりわからん。しかし、せっかくの農地を放棄するなんて、魔族ってのは贅沢なんだな」


 俺の問いに、エルは首を傾げた。

 リンガイア大陸では、開発に失敗したのならともかく、人口減が理由でせっかくの農地を放棄するなんてあり得ないからな。

 新聞の記事を前にみんなで悩んでいると、そこに再び魔王様と宰相が姿を見せた。


「今日は略装で失礼するぞ」


「陛下は、今日は学校でして」


 今日の魔王様は、普通のワンピース姿であった。

 そして、ランドセル……。

 魔族の国の子供は、学校にランドセルを背負って行くようだ。


「これが独立運動ですか?」


 イーナが、二人に新聞の記事を見せた。


「然り! 共和国の連中が放棄した土地に、職がなかったり、今の生活に不満がある者たちを集めて集団を形成する。千里の道も一歩から! こうやって臣民を増やし、最終的には王国の独立を目指すのだ!」


 臣民というよりも、組合員や団員と呼ぶ方が適切かもしれない。

 王国を名乗っているが、これもどちらかというと団体名や社名に近かった。


「陛下は、この活動を行う非営利団体の会長に就任しております。私は、副会長兼会計役に専念することになったのです。陛下は休日以外は学校がある身、普段は私がこの団体を取り纏める予定です」


 放棄地の各所にある農村を取り纏める非営利団体ねぇ……。

 共和国政府が無価値だと思っている土地で、魔王様と宰相が無職の若者たちを集めて自立の道を模索している。

 生活保護でなくなる者が増え、わずかではあるが税金も納めてくれれば、それをわざわざ妨害するのは不利益しかないだろう。

 第一、魔王様たちが武装しているとも思えない。

 それは、警備隊がなにも言わないわけだ。

 そもそも、魔王様たちと共和国政府は対立すらしていないのだから。


「だが、それが甘い。余の生存中は難しいであろうが、子や孫の世代には我らの組織は大きく拡大していよう。武力闘争に頼ることなくゾヌターク共和国からの分離独立が可能となろう」


「さすがは陛下。非常にクレバーな作戦です」


「なんの、ライラの献策のおかげではないか」


 それは独立したというよりも、ただ単に組織が拡大しただけのような……。

 非営利団体側も、そのための神輿として魔王様を選んだのであろうし……。

 幼女魔王様なら軽い神輿だし、人気も得やすく、お上も警戒感も抱かない。

 今のゾヌターク共和国だと、魔王様を捕まえようとすると、ファンに叩かれそうな雰囲気すらある。

 実は庶民って、王様とか王女様が好きだからな。

 独裁でもされて迷惑を蒙らなければ、この幼い魔王様を微笑ましく見ることができるからだ。


「陛下、そろそろ学校のお時間です」


「もうそんな時間か。余も皆に愛される魔王となるべく、よく勉強して努力せねばなるまい」


 魔王様は、宰相の送迎で学校へと向かった。

 学校は休まないでちゃんと勉強しているのは偉いと思う。

 俺の中の魔王像は、学校なんてサボりそうだけど。


「ちゃんと勉強しても、職に就けない俺たちみたいなのもいるけどね」


「本当、現実は残酷」


「「「ヴィルマちゃん! 酷いよ!」」」


「この方たち、実はなにか致命的な問題があるのでは?」


「「「カタリーナさんも酷い!」」」


 モールたち……。

 俺は、そんな夢も希望もない話は聞きたくないぞ。


「あなた、問題にならなくてよかったですね」


「そうだな」


 そして放課後の時間になると、再び魔王様は姿を見せた。

 エリーゼが淹れるお茶を飲み、今日は別の高級洋菓子店で購入したケーキを食べながら宿題をしている。

 というかこの魔王様、なぜか俺たちの部屋に通うようになってしまった。

 フリードリヒたちがいるから、勉強には向かないと思うんだけど。


「バウマイスター伯爵の赤ん坊は可愛いな。子は国の宝だからな。次は、分数の割り算か……」


 魔王様は、宿題である計算ドリルを解きながら、眠っている赤ん坊たちを時おり見ていた。


「余も大人になったら、よき後継者を産まねばな。問題なのは、お見合い相手がいるかだが……」


「恋愛結婚すればいいじゃないですか。政略結婚なんて今どき流行りませんよ」


「なにを言うかと思えば……我ら高貴な身分の者たちは、お家やお国のために結婚するのだ。恋愛結婚も結構だが、教授を含む四名は結婚すらしておらぬではないか」


「陛下、言うことがキッツいわぁーーー」


「俺はいつか、運命の女性と出会う予定なので」


「さすがに、死ぬまで独身ってことはないはず……。ないですよね?」


「それはどうかのぅ……」


「「「陛下! 嘘でもいいから、大丈夫だって言って!」」」


 モールたちは、魔王様から『このままだと将来結婚は難しいのでは?』と指摘され、揃って凹んでいた。


「我が輩は、研究が恋人であり妻なのであるな」


 勿論、アーネストは気にもしていなかったが。

 さすがブレないよなぁ……。


「確かに、貴族や王族の結婚にはそれが一番求められると思います。ですが、素晴らしい旦那様と出会える可能性もありますから」


「エリーゼは、よき旦那と出会えたわけか?」


「はい」


 面と向かって言われると恥ずかしいけど、エリーゼにそう思われると嬉しいな。


「余にも、白馬の王子様が現れる可能性があるわけだな。少しは期待しておくか。ところで、バウマイスター伯爵。この計算がわからん」


 魔王様は、学校の宿題である計算ドリルを俺に見せた。

 どうやら、魔王だから宿題をサボるという選択肢は存在しないようだ。


「分数の割り算か……」


 魔王様が授業中にやったと思われる問題には、すべて×がついていた。

 なぜなら、割り算なのに分数の分子と分母をひっくり返さないで計算していたからだ。

 これでは、分数の掛け算と変わりがない。


「二分の一÷三分の二は、四分の三だ」


 学業から離れて大分経つが、小学校でやる分数の割り算くらいなら、そう忘れることもなかったようだ。


「バウマイスター伯爵、なぜ分数の割り算は分子と分母をひっくり返してからかけるのだ?」


「それは、そこにインテリが沢山いるからそっちに聞いてください」


 アーネストは有名大学の元教授で、学歴はこの国の最高学府の院まで出ている。

 モールたちも、実はこの国で五本の指に入る大学を卒業しており、宰相のライラさんもいい大学を出ていた。

 俺に聞くよりも、よほど確実というわけだ。


「ヴェル、凄いね!」


 小学生の算数の問題が解けただけなのに、なぜか俺はルイーゼからえらく尊敬されてしまった。

 リンガイア大陸で生活するには、文字の読み書き、簡単な四則計算ができれば十分だからか。

 分数の割り算なんて、アカデミーに行かないと必要ないと思う。

 あそこには、エリーゼですら引くくらいの学者バカが集まっているそうだし。

 ちなみに、俺はアカデミーには行ったことはなかった。

 だって、話が合わなそうだから。


「まあ、簡単な問題くらいはね……」


 ここで下手に調子に乗ると、もっと難しい問題を聞かれて自爆する可能性がある。

 全員がほどよくお勉強しているはずの魔族に押しつけるのが一番だ。


「我が輩、専門は考古学なのであるな」


「俺も文系だから」


「俺も!」


「算数は意外と難しいんだよ。数学ならなぁ……」


 ところが、アーネストとモールたちは俺の期待に応えられなかった。

 分数の割り算くらいはできると思うが、なぜ計算する時に分子と分母をひっくり返すかのか、その理由が説明ができないのであろう。


「お前ら、ここで役に立たないでどうするんだよ!」


「バウマイスター伯爵、心外であるな。我が輩、遺跡発掘では役に立っているのであるな」


 そう言われると確かに、アーネストはバウマイスター伯爵領の発展に大きく貢献しているか。


「じゃあ、モールたちは?」


「俺たちの仕事は、この国に滞在しているバウマイスター伯爵たちの補佐であって、分数の割り算の理論を説明することじゃないから」


「そうそう」


「俺、文系」


 モールたちも駄目なので、ここは宰相家の血を引く才女ライラさんに説明をお願いすることにした。


「分数の割り算ですか……」


「はい。なぜ分子と分母をひっくり返すかです」


「それは、学校の先生にお聞きになってください。かの者は、そのために存在しているのですから。陛下は、仕える家臣の特性を理解し、得意な分野で用いることこそが肝要ですので。ところで陛下、明日からのご視察ですが……」


 誤魔化したぁーーー!

 ライラさん、自分もわからないものだから、話題を切り替えて魔王様からの質問に答えなかった。

 それにしても、上手いかわし方である。


「視察か。楽しみだな」


「はい、どの村の住民たちも、陛下の来訪を心待ちにしております」


「うむ。余の臣民候補たちじゃな」


 ただの農村再生運動の神輿にされているような気もしなくもないが、下手に革命だとか言わないだけマシか。

 そんなことをしても、まず防衛隊相手に勝ち目がないからな。

 ライラさんは、現実主義者というわけだ。


「バウマイスター伯爵、一緒に来ぬか?」


「そうだなぁ……」


 今の今まで、肝心の交渉はまったく進んでおらず、このゾヌターク共和国では俺たちのことが話題になる回数が大幅に減った。

 なんでも、近日有名な歌手が結婚するとかで、そちらの方が話題になっていたのだ。

 俺たちは歌手よりも下かと思ったら、テラハレス諸島群で交渉を続けている両国の交渉団の件は、すでにほとんど記事になっていなかった。

 ルミからのリークによると、洒落にならないくらい交渉が進んでいないので、民権党の支持率下落に繋がると、政府から新聞社にあまり報道するなと圧力がかかっているそうだ。


「おい、民主主義!」


「バウマイスター伯爵さんにそう言われると耳が痛いっす! 民権党には新聞記者上がりが多いんすよ。元上役から書くなと言われると厳しいんす。ほんのちょっと政治欄に記事が出ているのは、若手の可能な限りの反乱なんす!」


 酷い話だが、そういう事情もあって俺たちは暇であった。

 魔王様の農村に遊びに行くのもいいであろう。


「問題は、防衛隊が認めてくれるかだな」


 これが唯一の懸念であったが、意外にも、防衛隊はあっさりと認めてくれた。


「ああ、例の農村再生運動ですね。いいですよ。変な運動家がいない分、護衛も楽ですから」


「えっ? いないの?」


「ほら、この運動は魔王様がお飾りとはいえトップでしょう? 変な左側の運動家は近寄りませんよ」


 そういう運動家は、王様なんて大嫌いな人種が多いからな。

 魔王様がトップという時点で近寄らないのか。

 無事に防衛隊からの許可が出たので、翌日から俺たちはゾヌターク共和国内を色々と巡ることにするのであった。

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