第323話 ゾヌターク共和国(その4)

「なんか暇だな……」


「それは俺も思っていたところだ。アーネストは忙しそうでいいな」


「レポート執筆の準備だから、俺は手伝いたくないけど」




 あまり気晴らしにはならなかったが、ホテルに戻るとすることがなくなってしまった。

 ミルクを飲み、オシメを変えたフリードリヒたちは、最大の仕事である眠ることに集中している。

 エリーゼたちはお茶を飲みながら話をしており、アーネストはモールたちとルミを手伝わせ、遺跡資料の整理を始めた。


「みんな、考古学というロマンを忘れてしまったのであるな」


「無職が長いですから」


「俺もそうですね」


「とはいえ、考古学関連の仕事なんてそうそうないですよ。あっても競争率が激しくて……。先生、そんなにコネないし」


「生活保護で暮らせるのだから、金にならなくてもどこかを発掘するくらいのやる気が欲しいのであるな。我が輩の生徒たちなのだから」


「先生、俺たちはたまたま考古学科に入れたから入学しただけですよ。就職までのモラトリアムってやつです」


「その期間は長いけどな」


「このまま死ぬまで無職かもね」


 さすがのアーネストも、モールたちのマイペースぶりには呆れてしまったようだ。

 珍しく愚痴を溢している。


「本当、しょうがない後輩たちっすね」


「ルミも、なぜ考古学を志さないのであるな?」


「先生、実はこれでも新聞社に入社した時に文化部を希望したんすよ。上が詰まっているせいで、希望を出しても入れないって聞いて、洒落で第一希望に政治部って書いたら、なぜか回されたんすけど」


「文化部って人気なんだな」


「一番楽なので……。出世したくない記者からしたら、花形の部署っす!」


 酷い理由で、文化部が人気なのはよく理解できた。

 そういえば、前世で新聞の文化欄を読んだ経験がなかったのを思い出す。


「なんという悲劇であるな。確かに魔族は飢えて死ぬこともない。だが、活力がないのであるな。このままでは、種族の衰退が決定的となるのであるな。バウマイスター伯爵はどう思うのであるな?」


「俺に聞かれても……」


 というか、そこで俺に振るか?

 気持ちはわからないでもないが、アーネストが活力があると褒めている大陸の人間たちも相応に大変なんだが。

 貧困でスラムの住民になる者も多いし、子供は沢山産まれるけど早くに死んでしまう子も多いし、下の子供ほど雑に扱われる。

 結婚できない人が多いとはいえ、無職でも最低限の生活が保障されるっていいと思う。

 人間、そうなんでも都合よく手に入るわけじゃない。

 人口が増えていく活力のある社会は、その陰で不幸になる人が多いかもしれないし、今の魔族のように飢え死にの心配がなくなれば種族の活力が失われる。

 これは、生物の性かもしれないな。


「というわけで、魔族にあれやこれや言ってもな。内政干渉だと受け取られかねないし」


 俺はバウマイスター伯爵だ。

 発言には気をつけないと。


「我が輩とて、ゾヌターク共和国をどうこうするつもりはないのであるな。別の国なりコミュニティーがあれば、我が輩はそこで存分に活動ができるのであるな」


「お前、無茶を言うな……」


 魔族は長年ゾヌターク共和国という国家でひとつに纏まっているのに、そこに別の集団、国家を起こすなんて……。

 反逆だと思われて、討伐対象になりかねないぞ。


「その後ろにヘルムート王国なりアーカート神聖帝国がいると思われたら、人間と魔族の全面戦争になりかねん。バウマイスター伯爵領で大人しく遺跡の調査をしていろ」


 アーネストの奴。

 ニュルンベルク公爵に協力していた時もそうだが、たまに危険な思想が表に出るな。

 政治家でもないのだから、妙なことは考えないでほしい。 


「土地ならば、いくらでもあるのであるな。ゾヌターク共和国では完全な自然と化した放棄地域の再開発もおこなわず、地下遺跡の発掘予算も出さない。だから我が輩は、密出国したのであるな」


「わからんでもないが、それはアーネストの欲望が入っていないか?」


「人も魔族も、欲望があるからこそ進化するのであるな」


 アーネストは、今の魔族にはそれがないという。

 確かに、ゾヌターク共和国の連中は淡白な奴が多い。

 俺のイメージにある欲望に塗れた魔族って、まだ一人も出会っていないな。

 

「現実問題として、こちらに戦争でも仕掛けられたら困るからな。俺は、あれでいいよ」


 せっかく俺が、懸命にバウマイスター伯爵領の開発を進めているのだ。

 それを荒らされたり、奪われでもしたら困ってしまう。

 奥さんと子供たちのためにも、俺は保守的に動かないといけないのだ。


「陛下からの命令だから来てみたが、無駄な時間だったかも……」


 魔族の国来訪ではなんら実りもなく、ただ開発が遅れただけであった。

 バウマイスター伯爵領に戻ると、きっとローデリヒが手ぐすね引いて俺のスケジュールを組んでいるであろう。

 それも、かなりの密度のものをだ。


「まあいい、早速領地に戻って開発を……」


 もうこの国で俺にできることはない。

 みんなつまらなそうだし、早くバウマイスター伯爵領に戻る算段をしないと……。

 なんて考えていると、俺たちが魔族の国を出るまで、という条件で雇っていたモールたちが必死の表情で懇願してきた。


「アーネスト先生の助手扱いでいいから雇ってくれ!」


「無職も長いと暇なんだよ」


「無職でも平気と言われれば平気だけど、たまに親の視線が痛いんだ」


「そうなのか……」


 せっかく大学まで出て無職だからな。

 若者の失業が多いとはいえ、ルミのようにちゃんと就職している者もいるから、肩身が狭いというわけか。


「人間の国だと、沢山仕事はあるんだろう?」


「あるけど……」


 この三人は魔法使いなので、能力だけで言えば引く手数多であろう。

 ただし、人間が魔族を雇うのかという疑問は残るが。


「バウマイスター伯爵はアーネスト先生も雇っている。ということは俺たちも大丈夫なはずだ」


「なにも知らない貴族の領地で働くのは不安だが、バウマイスター伯爵領なら大丈夫そう」


「というわけで、雇って!」


 いきなり無茶を言ってくれる。

 というか、防衛隊の目と耳がある場所で軽々しく雇ってくれとか言うな。

 アーネストの存在だけでも王宮に気を使っているのに、追加で三人も魔族を雇ったら、最悪謀反でも企んでいるのではないかと思われかねない。

 第一、いまだ人間と魔族は外交交渉の最中なのだ。

 リンガイア大陸で魔族が働く場合の条件……まだ議題にもあがっていないだろうなぁ……。

 とにかく、例外中の例外であるアーネスト以外の魔族を、そう簡単にリンガイア大陸に住まわせるわけにいかない。


「能力は十分だと思うけど、魔族が人間の国で働くには前提条件があるな」


「それは?」


「ゾヌターク共和国とヘルムート王国の外交交渉が纏まることだ。出入国に関わる協定も結ばれるだろうし、労働条件などの規定、他国で働くわけだから税金に関する決まりも必要だな」


「先生はどうなんだ?」


「アーネストは例外だからな。例外を増やすと面倒だ」


「「「そんなぁ……」」」

 

 そう簡単に無職から脱せられないことを知り、モールたちはガックリと肩を落とした。

 俺から見ても、両国の外交交渉は上手く行っているようには見えないからな。

 原因は魔族側の方が多いと思う。

 王政を排して民主主義制に移行しろとか、無茶な要求を出すから、人間側が反発して当然だ。

 それに、今のヘルムート王国でいきなり民主制を実行しても社会が混乱するだけだ。

 その辺が民権党のお花畑には理解できない……わざと混乱させてから支配下におこうと考えているかもしれないけど。


「民主主義は俺たちを救わないな!」


「職も与えてくれない!」


「結婚したい!」


 叫ぶ、無職の魔族男性三人。

 こいつら、別に怠け者でもバカでもない。

 ちょっと運が悪いだけでこの有様だからな。

 政府に色々と言いたいこともあるのであろう。


「若者の半分が無職って凄いわね。でも、ゾヌターク共和国があるこの島って、無人の領域の方が多いのよね?」


「放棄した土地が多いからね」


 モールは、元々考古学を学んでいたので歴史にもある程度詳しい。

 豊かになった魔族に少子高齢化が進行し、人口が減って徐々に可住領域を減らしていった歴史をイーナに説明する。


「勿体ないから、そっちに移住したら?」


「それだと社会保障とかがなぁ……」


 ゾヌターク共和国が管理していない誰もいない土地で暮らすと、自由ではあるが、最低限の生活が保障されなくなる。

 魔族は魔力持ちだから大丈夫だと思うけど、文明的な生活が送れる保障もないから嫌というわけか。


「今のゾヌターク共和国での生活が嫌だから離れたいのに、そのゾヌターク共和国の社会保障とやらに縋るのは変じゃない?」


「それは……」


 イーナの正論に、モールは口を閉ざしてしまった。

 確かに、ゾヌターク共和国の影響下から脱して自由に暮らしたい人が、そのゾヌターク共和国の社会保障に縋るのは変だよな。

 自由には、飢え死にする自由と病死する自由もあるのだから。


「私は、この国は恵まれていると思うわ」


 ヘルムート王国に生活保護なんて存在しないからな。

 年金や健康保険もそうだ。

 最後のセーフティーネットが教会な時点で、ヘルムート王国の社会保障レベルはお察しなのだから。

 

「どちらかを選ぶしかないと思うけど」


「無職でも生活保護で暮らしには困らないか、自由に働けるが、社会保障などは一切ない暮らしか……」


 俺がモールたちの立場でも迷うな。

 俺の場合、スタート地点がバウマイスター騎士爵領だったから懸命に足掻いただけだ。

 もし魔族としてこの国に転生していたら、まだ学生で気楽に暮らしていたかもしれない。


「バウマイスター伯爵殿」

 

 ちょっと考え込んでいたら、俺たちの部屋の前で警備をしていた若い男性魔族が声をかけてくる。


「なにかありましたか?」


「実は、客人が見えられております」


「お客ですか? どんな方でしょうか?」


 王族貴族批判命の、変な運動家とかだと嫌だからな。

 その手の連中は警備隊の人たちが排除しているらしいが、完全という保障もないのだから。


「それが、旧ゾヌターク王国の魔王陛下と、その宰相を名乗っております。同じノブレス・オブリージュを信念とする者同士、交流を深めたいと……」


「あのぉ……魔族の王って、まだいたんですか?」


 俺はてっきり、革命で首チョンパにされてしまったものだと思っていた。

 主なイメージは、フランス革命である。

 ゾヌターク共和国の連中を見ていると、『王様の存在なんて絶対に許せないと!』いう風に見えてしまうのだ。


「一応いるというのは知っています……。お会いしたことはありません」


 警備隊の若い魔族は、王様が存在する事実は知っているらしい。

 だが実際に会ったことがないので、本物かどうか確信を持てないという表情を浮かべていた。


「そんな者たちを通して危険はないのか?」


 本物の王様かどうか怪しい連中を警備担当者が通そうとした事実に、ブランタークさん過剰に反応した。

 もし俺や子供たちになにかあると大変だからだ。


「危険はないのです」


「そうなのか?」


「はい。王様と言いましても、今はなんの権限もありませんし……」


 若い魔族の説明によると、ゾヌターク共和国の前身であるゾヌターク王国は無血革命で国家としての生を終えた。

 王族や貴族は殺されなかったが、大半の資産を共和国政府に没収されて庶民に転落。

 勝手に王様や貴族を名乗るのは民主主義の精神のおかげで自由であったが、庶民並の力しかない者が王族や貴族を名乗っても滑稽でしかない。

 徐々に王族や貴族を名乗る者は減っていき、ついにはほとんどいなくなってしまったという事情を、魔族の若者は説明してくれた。


「力をなくしたとはいえ、王族と貴族の接近は危険じゃないか? 痛くもない腹を探られるのは嫌だぞ」


 俺が王族をけしかけ、ゾヌターク共和国を混乱に陥れようとしていると思われるのも嫌だ。

 なので、無理に会う必要もないと思うのだ。


「本当になんの力もありませんので、それに……」


「もうよい。ここからは余が話をしよう」


 魔族の若者を押しのけ、その魔族の王……魔王か……でも、RPGのように敵というわけでもなく、ただ単に魔族の王様の略称でしかない……が姿を見せた。

 見せたはずだが、誰もいないな……。


「バウマイスター伯爵殿、下だ」


「下?」


 少し視線を落とすと、そこには王様の格好をした魔族の少女がいた。

 女性だから女王なのか。

 背が百二十センチほどしかなく、とても小さい。

 年齢は七~八歳か?

 魔族の成長速度を知らないので、実はもっと年齢は上かもしれないけど、下手をすると幼女に見えるな。

 将来は美人になるかもしれないけど、今は一言でいうと可愛い女王様といった感じだ。


「ちっさ……」


「こらっ! 小さい言うな!」


 どうやら、小さいと言われるのが嫌いらしい。

 すぐさま俺に抗議してくる。


「陛下、ここは穏便に……。魔王たる陛下が、この程度のことで激怒してはいけません。王の器は体の大きさとは比例しません。内に持つ度量の大きさと比例するのです」


「なるほど、危うく激怒するところであった。このバウマイスター伯爵殿が、余の器を見定めようと、わざと挑発している可能性もあるのだな?」


「ご賢察です。陛下」


 可愛い魔王様の同行者は、身長百六十五センチほど。

 黒いショートカットに、隙なくきめたスーツ姿の、キャリアウーマンといった感じのとても綺麗な女性だ。

 彼女が宰相……こちらも実権はないから、宰相の血筋というわけだな。

 女王陛下は子供なので、現実的な話はこちらの宰相に話を聞かないといけないわけだ。


「伯爵様」


「バウマイスター伯爵」


「もの凄い魔力ですね……」


 さすがは魔王様と宰相。

 アーネストも相当だが、それ以上の魔力量だ。

 特に女王陛下は、とてつもない魔力を秘めている。

 彼女の先祖が、魔王として戦争で活躍したという事実は納得できるな。


「魔力など、いくらあってもゾヌターク共和国ではさして役に立たぬぞ」


「そうなのか?」


「魔族はみんな、一定以上の魔力を持ってもっておりますので」


 魔王様の代わりに宰相さんが説明してくれた。


「ゾヌターク共和国では、魔道具が発達しております。改良が進んで段々と使用する魔力が減っている関係で、多くの魔力を持っていても無意味だと思われているのです」


 消費魔力の減少……、技術が進んで省エネ家電みたいになっているのか……。

 魔族は全員が魔力を持っているから、魔道具を開発する頭脳と技術、あとはこの高度な社会を運営するスキルがないと上にあがれないんだろうな。

 昔の、魔力量が多い魔王や貴族が戦場で活躍し、多くの魔族たちを従えるというパターンが通用しなくなったわけだな。


「それで、本日はどのようなご用件で?」


「先ほど言ったとおりだ。ノブレス・オブリージュを信念とする者同士、共に交流を深めようぞ」


「つまり、この国には王族や貴族を名乗っている者はほとんどおりません。同類と交流したいわけです」


「ぶっちゃけたなぁ……」


 特に害もなさそうなので、俺は魔王様と宰相さんを部屋に招き入れた。


「改めて紹介しよう。余の名は、エリザベート・ホワイル・ゾヌターク九百九十九世である。この者は余によく尽してくれる宰相だ」


「ライラ・ミール・ライラと申します」


 魔王様が胸を張りながら自己紹介をするが、悲しいかな。

 胸がないので、胸を張っている意味があまりなかった。

 もう少し成長しないと、胸を張っているように見えないな。


「むむっ……バウマイスター伯爵の妻たちはみんな胸があっていいな……」


 魔王様はエリーゼを最初に……ルイーゼは無視して、他の妻たちの胸を見て羨ましそうな表情を浮かべた。


「ああ、やっぱり……」


 出産しても胸が大きくならないルイーゼは、魔王様に無視されて一人落ち込んでいた。


「陛下はまだ十歳です。あと十年もすれば成長いたします」


「そうだな、そうすれば余もスタイル抜群の国民に愛される魔王になれるな」


 随分と俗ズレした王様というか……。

 王の器量と胸の大きさって関係あるのであろうか?


「魔族は、女性でも王になれるのか?」


「そなたは?」


「陛下、彼女の佇まいからしてただ者ではありません」


 宰相さんは、テレーゼの雰囲気だけで彼女の正体をほぼ見抜いた。


「妾は元公爵にして、運命が変わっておれば女性皇帝になっていたかもしれぬ身じゃ。だが、今はただの女にすぎぬ」


 テレーゼは、元の自分と同じ立場にある魔王様に興味を持ったようだ。

 彼女に声をかけた。 


「なるほど、理解できました。ゾヌターク王国時代は男性しか魔王になれませんでしたが、これも時代の流れです」


「余は、国民に愛される魔王を目指しておる。それに、今の世は女性政治家というだけで票を得て政治家になっている者もおるからな。女性の魔王ならば、国民に人気が出るかもしれぬ」


 なんと言ったらいいのか……。

 やっぱり俗っぽい理由だな。


「人気取りのための戦略というわけじゃな」


「今の余たちが置かれた状況はあまりよくないからな。手段は選んでおれぬ。もう一つ、直系の王家の生き残りは余だけになってしまったのだ」


 没落した王家は、普通の勤め人をしながら日々の生活を送っていた。

 ところが、魔王様の母親が彼女を産んだ直後に病死し、父親も三年ほど前に事故で亡くなってしまったそうだ。

 そこで、同じく宰相家の一人娘であるライラが、保護者として彼女を引き取ったと説明を続ける。


「世知辛い」


「他に思いつかないわね……」


 ヴィルマとアマーリエ義姉さんと同じく、俺もそれしか思い浮かばなかった。

 

「余は子供一人なので、今は生活保護も出ており、生活はなんとかなっておる」


「私も、常にお世話させていただいております」


 この国は社会保障が充実しているから、魔王様が一人でも生活には困らないというわけか。

 宰相も、時間があれば彼女の面倒を見ているようだ。

 だが、仕事をしながらだと大変だよな。


「時間の都合をつけるため、普段はいくつかのアルバイトを掛け持ちしております」


 生活保護の魔王と、フリーターの宰相か……。

 ある意味、斬新な組み合わせである。


「無職なのか」


「生活保護仲間だ」


「俺たちと同じだね」


 モールたちがエリザベートに親近感を持ったようだが、彼女の方は彼らにつれなかった。


「余は両親を亡くし子供だから生活保護で、普段は学校に通っている身だ。そなたらは両親も健在でいい大学も出ておる。それなのに無職とは嘆かわしい」


「あがっ! 世間からの悪意と同じ物言いだ!」


「小さいくせに、もの凄い毒舌だぁ!」


「まな板のくせに……」


「ちっさい言うな! 余はすぐに背が伸びる予定だ! 胸もすぐにエリーゼのようにバインナインになる予定だぞ!」


 無職の若者たちが、自分の方がマシだと罵り合う国。

 確かに、あまり将来には期待が持てないかも。

 でも、この小さくて可愛らしい魔王様が、エリーゼのように成長するものなのかね?


「陛下、落ち着いてください」


「ライラの言うとおりであった。今日はとても大切な話があったのだ」


「その前に、お茶とお菓子をどうぞ」


 客を招き入れて、お茶一つ出さないというのも失礼な話だと、エリーゼとリサがお茶を用意していた。

 今日のお茶請けは、この国のお菓子屋で購入したシュークリームだ。

 一個五百エーンもするが、クリームが上品な甘さでシューの中にたっぷりと詰まっている。

 購入しに行ったら客層がお金持ちばかりで、俗にいうセレブ御用達のお店のようだ。


「おおっ! 『デモワール・シュー』の高級シュークリームではないか! 久しぶりだな」

 

 エリザベートは、大喜びでシュークリームを食べ始めた。


「陛下、お口の端にクリームか」


「うむ、大義である」


 エリザベートは、ライラから口の端についたクリームを拭いてもらいながらシュークリームを心から堪能していた。

 お菓子に大喜びするところを見ていると、この魔王様も年相応の子供なんだよな。

 ライラさんも、宰相というよりも魔王様のお母さん……は失礼か、お姉さんみたいだなと思う。


「生活保護の身ではこれは購入できぬからな。世間では、生活保護者が高価な品を買ったり博打に興じたりすると、新聞で批判されてしまうのだ。重箱の隅を突くような話であろう?」


 なんだろう?

 この国って、本当に日本によく似ているよな……。


「いやあ、耳が痛い話っすね」


 魔王様に批判されたレミは、困ったような表情を浮かべながら頭をかいた。


「おっと、大切な話があったのだ。うむ。やはり、デモワール・シューの高級シュークリームは美味であるな」


「お土産でいかがですか?」


「おおっ、催促したようですまぬな」


 極論すれば、一個五百円の高級シュークリームで篭絡される魔王様か……。

 この国の王族や貴族は大変なんだな。

 シュークリームを食べ、お茶を飲み干したエリザベートは、切羽詰まった面持ちとなって話を続ける。

 

「このままいけば、魔族におけるノブレス・オブリージュは滅んでしまう。よって余は決意した。余は実力を伴った魔王になるぞ!」


 どうやら、再び俺たちに厄介の種が舞い込んだようであった。

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