第322話 ゾヌターク共和国(その3)

「さて、仕事は終わりだけど……」


「事態は相当深刻だぜ、旦那」


「ああ、なにをやっていいのかわからない」


「ユーバシャール外務卿たちはおかしな縄張り意識に拘りすぎて、拘留されているリンガイアの船員たちの苦労なんて、これっぽっちもわかってないからさぁ。冒険者ギルドの上と同じだな」


「本当だよな」


「伯爵様も、今となっては上の方なんだけどな」


「それを言われると厳しいですけど、もしリンガイアの乗組員たちが不当な扱いを受けていたら、俺はその場で対処していましたよ」





 収監されているリンガイアの乗組員たちとの面会を終えて宿泊先のホテルに戻るが、いまだに明日以降の予定が伝わってこない。

 エルは、ホテルの部屋に置いてあったお菓子を食べながら包み紙を見ており、ハルカもバウマイスター伯爵領に戻ってからそのお菓子を再現できないかと考えているようだ。

 エリーゼ、アマーリエ義姉さん、イーナ、ヴィルマは子供たちの面倒を見ている。

 親善大使として赴いたもののまったく先が見えてこず、俺はソファーに深く座り込んで考えているが、カチヤと同じく、どうしていいものやらといった感じだ。


「第一、交渉の権限は我らにはないのである!」


 グダグダでなにも決まらないどころか、価値観の違いから交渉が決裂するのではと思われている有様で、交渉団でもない俺たちにできることなんてない。

 と思っていたら、翌朝から俺たちは色々な場所に連れまわされた。


「バウマイスター伯爵さんご一行は特別養護老人ホームを訪れ、入居している老人たちと楽しい時間をすごしたっす」


 宿泊しているホテルで朝食を終えると、魔族の国では普及しているバスタイプの魔導四輪で老人ホームに連れて行かれた。

 これはあれだ。

 日本でも、海外の政治家が来日すると予定を組まれるアレだ。

 老人たちと親しげに接している画像を撮って放映し、国民たちに親近感を抱かせるというやつであろう。

 俺たち付きの記者になっているルミ・カーチスが、独り言を言いながら記事にするためにメモを取っていた。


「(本当にそう思うか? ルミ)」


「(いやあ、魔族の国の政治家って、こういう絵を好むんですよ。一般大衆にウケがいいじゃないっすか)」


 と、ルミは言っているのだが、アーネストたちはどこか醒めた表情をしている。

 そもそも一般大衆へのウケとか言っている時点で、ルミもどこか醒めていると思う。


「(まだある程度は引っかかる奴もいるのであるが、半数以上は政治的なパフォーマンスだと見抜いているのであるな)」


 アーネストたち魔族組は、俺の護衛のフリをして老人たちとの交流を避けていた。

 そんな茶番につき合いたくないというわけだ。


「(モール、手伝えよ)」


「(えーーー、嫌だよ)」


「(しかし、これは逃げられないかな? 導師ですらあれだ)」


 俺以外の人間に、老人ホーム訪問の真の意味はわからないようだが、みんな老人の話を聞いてあげたり、一緒にボール遊びをしたりして仕事をこなしている。

 特に、老人と一緒にボール遊びをしている導師の絵はシュールであった。

 モールたちも俺たちと政府に雇われている以上は、老人たちの相手をしないと駄目なので、俺は強引に仕事をさせた。


「(わかったよ……)」


「(お前ら、心の底から嫌そうだな……)」


「(だってさぁ……)」


 人間と同じく、魔族にも年寄りを大切にしましょうという考えが昔からあった。

 だから、年老いた魔族を世話する老人ホームが拡充され続けているのだが、今では老人の増加が激しく、そのせいで若い魔族が割を食っているらしい。


「(消費税は三十パーセントにまで上がったし、老人福祉予算の削減なんて叫んだ時点で選挙に勝てないから、政治家は絶対に口にしない。若者にお金を回さないと少子化は解決しないってのにさ)」


「(口ばかりの少子化対策ばかりで、予算もないからなぁ)」


「(それでいて、今の若者は結婚もしないし、子供も産まないのでけしからん! みたいな言い方をされるんだよ。そりゃあ、老人への敬意も薄れて当然ってわけさ)」


 選挙で政治家が決まる以上、票を多く持っている老人を優遇する政策になるというわけか。

 そんな理由もあり、最近では若い世代の投票率がどんどん落ちているそうだ。


「(みんな、白けているんだよねぇ……)」


 それでも仕事は仕事ということもあって、モールたちも新聞記事が書けるくらいのことは老人ホームでおこなった。


「これが政治的な活動なのであるか? 意味不明である」


 老人ホームを出た導師は、どうして自分たちがこんなことを……と首を傾げていた。


「貴族や大商人でも、孤児院に寄付をしたり、教会の慈善活動に参加するじゃないですか。それと同じだと思いますよ。まあ、そこには老人たちの票も付属していますけど……」


「選挙で選ばれる議員も、貴族も、似たような印象を受けるのである!」


「利権で釣って票を稼いで、その基盤を子供が受け継ぐケースも多いんだろう? 似ているよな」


「導師さん、ブランタークさん。そこで私たち報道が、彼らを監視しているっすよ」


 などと言っているが、実はルミもどこか魔族の国の現状に疑問を抱いているのかもしれない。

 なにしろ、あのアーネストの教え子だったのだから。


「記者の姉ちゃん、王国だって駄目な貴族は押し込められたりするんだぜ」


「でも、落選して無職になったりはしないじゃないっすか。と……ここで我々が言い争っても仕方がないっすね。なにしろ、次の訪問予定地は保育園っすから。働くお母さんを支援して出生率を上げるため、試験的に整備された優良施設ってのが売りっすね」


 俺たちは、自分の赤ん坊の世話を他人に任せている状態で、他の子供たちの世話をしたり遊んだりする様子を記者たちに見せる仕事をこなした。

 どちらかというと平成日本に近い社会のはずなのだが、どうにも俺は魔族の国が好きになれない。


「第一、俺らの存在意義はなによ?」


 交渉は別口で難航しており、俺たちは客寄せパンダと同じ扱いなのだから。

 

「フリードリヒたちの元に戻るか……」


「そうですね……」


 エリーゼたちも、この魔族の国の奇妙さに疲れてしまったようだ。

 フリードリヒたちを世話している、アマーリエ義姉さんの元に戻ることにした。

 

「おかえりなさい、みんな元気よ」


 それから一週間ほど、俺たちは各地に出かけた。

 色々な場所を訪問し、魔族の国の政治家に会い、パーティーや晩さん会にも出席して色々な人たちと挨拶をする。

 そしてその様子が、ルミのエブリディジャーナルも含め、多くの新聞の記事となった。


「ヴェル、ボクが映ってるよ」


 ルイーゼは、新聞記事の写真に自分が映っていて嬉しそうだ。

 だが、来訪から十日もすぎると、新聞から俺たちに関する記事が消えた。


「まあ、賞味期限が切れたんだね」


「バウマイスター伯爵さん、結構ドライっすね!」


 一万年以上も交流がなかった人間の国から来た貴族様が、多くの妻たちを従えて各地を訪問し、人々に話題を提供したが、もう飽きてしまったということなのであろう。

 すべての新聞の一面が、『国立動物園で、黒白クマの双子の赤ちゃん産まれる!』になっていた。

 黒白クマ……この世界にもパンダがいるのか……。

 フリードリヒたちがもう少し大きければ、動物園に行くのもいいな。


「酷いわね。魔族の国の人たちってどうなのかしら?」


「イーナ、俺たちはまだマシな方だぞ」


 テハラレス諸島群で交渉を続けている交渉団など、政治面の隅に記事が追いやられたままなのだから。

 十日間も、一面に記事が掲載された俺たちの方がマシってものだ。


「しかも、政治面でもトップ記事じゃないって……」


 老人ホームの不足と、その整備をどうするか?

 食品の産地偽装が増えてきたので、法律を改正すべきか?

 生活保護費の削減問題。

 こんな記事ばかりが大きく、魔族の大半は見たこともない外国より、身近な社会問題を優先するというわけだ。

 これまで外国を意識したことがないので、危機感も薄いのであろう。


「魔族の国は、妾たちの国よりも恵まれてはおるな。じゃが……」


 無職は多いが、別に飢え死にするわけではない。

 最低限の衣食住が保証されているからだ。

 それなのに、なぜかこの国には閉塞感が存在する事実にテレーゼも気がついた。

 俺も、ここは前世の平成日本に近い世界なのにどうにも落ち着かない。


「ヴェンデリンよ、親善大使の仕事などもうほとんど終わりであろう? 早めに手を引いた方がいいぞ」


「それができたらいいけど」


 俺も、テレーゼの言うとおりだとは思っている。

 一向に交渉が進まない中で魔族の国に来てみたが、俺たちがなにかの役に立っているのか不明だ。

 実務的な会談など一切なく、魔族側の都合で各地に連れまわされて見世物にされただけなのだから。

 だが、俺は陛下の命令でここに来ているのだ。

 両国の交渉が進まない以上、ある程度の目途が立つまでこの地を離れるわけにはいかなかった。


「もう帰りたいな」


「エル、そういうわけにもいかないんだよ」


 平成日本に似た国だからもう少し色々と見て回ろうと思ったのだが、俺もこの世界に大分馴染んだようだ。

 魔族の国に一切未練を感じなかったが、勝手に帰国するわけにはいかないのが現実であった。

 しょうがないので、赤ん坊の世話を優先してホテルで毎日を過ごす羽目になる。


「なあ、普通は政府が色々と予定を組むんじゃないのか?」


 ブランタークさんが、今の俺たちと一緒に行動しているルミに質問をするが、彼女の返答は予想外のものであった。


「最初の一週間で、バウマイスター伯爵さんたちに利用価値がなくなったと思っているっす」


「なんだよ、それ」


「政権交代の弊害っすね」


 これまで、散々批判されながらもどうにか政権を運営していた国権党から、魔族は変化を求めて民権党に投票を行った。

 彼らの大半は政治の素人で、しかも民権党には保守も革新勢力も存在してそれぞれに好き勝手言っている。

 声が大きい人が目立ち、彼らは支離滅裂気味にマスコミで自分の意見を述べ、政府がそれに釣られて政策方針を決められず、それを誤魔化すために俺たちを利用したという事情もあったようだ。


「外交特使を受け入れるという仕事はしたっていうアリバイっすね。交渉がまったく進展していないのを誤魔化すためっす」


「酷い話だな」


「報道関係者には民権党支持者が多いから、彼らを批判しにくいって事情もあるっすね」


「報道なんて仕事をしている人間は、どこか反権力・反国家の性質を持つからな。市民寄りの民権党政権だから支援したいんだろうな」


「おおっ! バウマイスター伯爵さんはよく事情を知っているっすね」


 ルミが俺を褒めたが、これも前世からの知識を持っていたからだ。


「その民権党に為政者としての能力があるのかはわからないけど」


 これまでのグダグダな対応を見るに、あるとは思えない。

 新聞を読むと、民権党はまだ初心者だからしばらく見守ってあげないといけない、という記者の意見が書かれていた。

 平時ならともかく、これだけ人間の国と魔族の国が揉めている現在、素人だから対応が稚拙でも仕方がない。

 もう少し長い目で見てあげようでは困ってしまうはずだ。


「人の国の政治を批判している暇があったら、自分たちのグダグタぶりをなんとかすればいいのに。俺はヘルムート王国貴族だから公には文句も言えない。内政干渉になるからな」


「魔族は、内政干渉する気が満々なようだけど……」


 エルの言うとおりで、ここのところ毎日、俺たちが泊まっていたホテルの前に一部市民団体や政治団体が来ていたが、彼らは警備隊の人たちに排除された。

 警備隊の人たちに言わせると、『相手にするだけ時間の無駄』らしい。

 俺には彼らの要求を受け入れる権限もないので、会わなくてよかったのであろう。

 その前に、ヘルムート王国とアーカート神聖帝国は遅れた封建主義国家なので、選挙で政治家を選ぶ民主制に移行すべきだと言われても困ってしまう。

 イーナからすれば、連中の方が内政干渉が激しいというわけだ。


「あの連中は政治家ではないので、相手にするまでもないのであるな」


「えっ? じゃあ何者なのですか?」


「無職で暇人なのであるな」


 アーネストの説明によると、魔族の国には無職が多い。

 彼らは働かなくても生活できるので、持て余した時間を政治活動に使う者が多いのだそうだ。


「暇潰しですか?」


「そういう者も多いのであるな。人間、お上を批判していると偉くなったような気がして、それだけでストレスが発散するものであるな。時間も十分にあるので、上手くやれば民権党の政治家のように選挙に出て議員になれる者もいる。これも仕事であるな」


「仕事なんですか?」


「勿論、純粋に少しでも国民の生活をよくしようと活動している者もいるのであるな。だがその数は非常に少なく、そういう真面目な人は目立たないのが現実であるな」


 アーネストによる事実かどうかわからない過激な説明に、イーナは度肝を抜かれたようだ。


「とにかく、魔族の国と関わるとろくな目に遭いそうにない。交渉は今まで暇だったユーバシャール外務卿たちに任せればいいんだ」


 俺たちは、陛下の命令で魔族の国に訪問した。

 それだけで十分じゃないか。


「アーネスト、ホテルの飯にも飽きたな」


「そうであるな。ところでバウマイスター伯爵は、庶民の食事に興味があるであるな」


「ホテルや訪問先では食えないからな」


 段々と扱いが適当になっていくし仕事もないので、俺たちは町に出ることにした。

 護衛を行う防衛隊員たちには悪かったが、これ以上は退屈で死んでしまう。


「先生、こんな時にチェーン店のレストランに伯爵様を案内するんですか?」


「高級なホテルの飯は飽きたのであるな。我が輩、ここのハンバーグセットが好きなのであるな」


 アーネストは、子連れで大所帯の俺たちをファミレスに似たレストランへと案内した。

 他国の伯爵様を魔族の国でも庶民的な場所に案内する……と周囲に思わせて、実はアーネストがここのメニューを食べたかっただけのようだ。


「随分と綺麗なお店だね」


「メニューがいっぱいあるよ」


 魔族の国のファミレスは、前世日本のファミレスによく似ていた。

 多くのメニューがあり、値段も千エーンを超えるものはほとんどない。

 出される料理も、すべて水準以上だ。

 ただしすべて出来合いなので、もの凄く美味しいというわけでもない。

 まあまあの味で、レトルト感あふれる飯が出てくる。

 俺は味見だけして、エルの方にドリアの皿を回した。


「まあまあかな。狩りの途中で出れば、もう少し美味しく感じるかも。ハルカのご飯の方がいいや」


 エルは結婚して、随分と舌のレベルが上がったみたいだ。

 隣のハルカも、自分の作る食事の方が美味しいと言われて嬉しそうだ。


「旦那様、デザートの方は結構美味しいですよ」


「本当だ。無理に飯を頼む必要なかったな」


 エルは、ハルカからクレープを食べさせてもらっていた。


「死ね! エルヴィン、死ね!」


「今、嫉妬の炎が俺を焼き尽くす」


「今この瞬間、君は俺の友人じゃなくなった」

 

 そして、その光景を見たモールたちが三人で激怒していた。

 前世の俺もそうだったから、その気持ちはよくわかる。

 同情すると、『お前に同情されたくないわ!』と言われかねないので黙っていたけど。


「器が小さい後輩たちっすね……」


「結婚しようと、独り身だろうと、それになんの意味があるのである?」


「「「先輩と先生にはわからないですから!」」」


 モールたちは、涙目でルミとアーネストに反論していた。


「話を戻すのであるが、魔族の国はこういうお店か、特徴的な個人のお店しか残っていないのであるな。我が輩は気軽に食事がとれるので、結構好きなのであるな」


 人口減で競争が激しいから、薄利多売のチェーン店と、お得意さんに強く支持された個性的な個人経営の店しか残れないのであろう。


「酒があるのもいいな」


「ブランタークさん、飲み過ぎないでくださいよ」


「ちょっとだけだよ。なあ、導師?」


「お姉さん、ワインをボトルで」


 ちょっとだけのはずが、導師はいきなりワインをボトルで注文した。

 他にも、フライドポテトとか、ほうれん草の炒め物などをツマミとして注文している。


「酒しか楽しみがないのであるな。貧困な人生であるな」


「うるさいのである、魔族。いい年をして酒も飲まないとは貧困な人生である!」


 アーネストと導師はちょっと相性が悪い。

 昼間から酒を飲む導師をアーネストが皮肉り、導師もすかさず言い返した。


「まあまあ、喧嘩はしないでください。周りに迷惑ですよ」


 なぜか俺が仲裁に入ることになってしまったが、昼間のファミレスに似たレストランで、伯爵様一家御一行(赤ん坊九人を含む)、導師とブランタークさんのおっさん二人に、魔族五人で奥の席を独占している状態だ。

 他の客や店員たちに注目されて当然なので、少し静かにしないと。


「先生、こういう場合は個室のあるお店にしません?」


「うん? 我が輩、この店のハンバーグセットが食べたかったのであるな」


「特に食べたいと思うほど美味しくないじゃないですか」


「この安っぽい味がいいのであるな」


 モールがアーネストの選択を批判するが、彼が他人の事情なんて斟酌するはずがない。

 自分がこの店の料理を食べたいから、俺たちを案内しただけなのだから。

 それはいいが、店員の前で美味しくないとか安っぽいとか言うな!

 俺の評価が落ちるだろうが!


「まあ、不味くはないからいいけど」


「でも、俺はたまにここのドリアを食べたくなる」


 ラムルとサイラスも、もっといいところに行きたかったと少し不満気であったが、行き慣れているお店のようだ。 

 すぐに食べ終えて、今度はドリンクバーで飲み物を注いでいた。

 魔族の国のファミレスにも、ドリンクバーが存在するようだ。


「何杯飲んでも同じ値段なのは凄いな。どういう仕組なんだろう?」


「いくら飲み放題でも、一度に数十杯も飲める人はいないからな。自分で注ぐから、人件費も節約できるわけだし」


「バウマイスター伯爵さん、飲食店の事情にも詳しいっすね」


 ルミが感心しているが、前世でファミレスに食材を卸したりもしていたからだ。


「酒の飲み放題ならよかったのである!」


「それは、居酒屋じゃないと無理ですよ」


「バウマイスター伯爵さん、居酒屋に飲み放題の店があるのを知っているんすか?」


「あはは……。新聞に書いてあったんだよ」


「そうなんすか」


 なんだ、居酒屋にも飲み放題があるのか。

 ルミを上手く誤魔化せてよかった。


「飲み放題はないのか。残念」


「この辺にしておくのである!」


 残念とは言うが、ブランタークさんと導師はすでに一本ずつワインのボトルを空けていた。

 飲み放題がなくて幸いである。


「バウマイスター伯爵様、お金は大丈夫なの?」


「換金したからな」


 俺は魔族の国のお金など持っていないので、ホテルの人間に金塊を渡して換金を頼んだ。

 ホテルの従業員は、町の換金ショップで金塊をエーン通貨に交換してくれた。

 これだけあれば、ファミレスの支払いには困らないはずだ。


「一グラム八千七百エーンって高いのか?」


 俺が日本にいた頃には、金の値段はグラム四千円くらいだった。

 エーンと円の価値が似たようなものとすると、少し高いような気もするけど、俺は魔族の国の金保有量なんて知らないからな。


「俺たちが軍属になる前よりも、大分値上がりしているな」


「そうだな。前は七千五百エーンくらいだった」


「我が輩がこの国にいた頃には、六千八百エーンくらいであるな」


「先生、金は投機の対象なんですよ」


 サイラスの説明によると、人口が減り、国民の所得が減って経済成長が期待できないので、株、債権、先物取引などがますます活発になり、金も品薄感から相場の上昇が続いているらしい。


「人間との接触も原因であるな」


「貿易が始まるかもしれませんからね」


 そうなると、金や銀で交易の決済を行うかもしれない。

 だから早めに確保しておこうと、企業などが金を買い漁っているのも相場が上昇した原因であろうと、アーネストは予想した。


「気が早いことで」


「今の魔族の国は、あの連中が支配しているのであるな」


「政治家は、あの連中に養われているだけにすぎないか……」


「だからどちらが政権を取っても、世の中がそう変わらないのであるな」


 どの世界でも、世の中、金を持っている奴が一番偉いというわけだな。

 魔族の国は王族や貴族が没落し、商人、企業、銀行などのオーナーが新しい支配者となったわけだ。

 政治家は彼らの飼い犬にしかすぎない。

 この辺は、前世に通じる部分があるな。


「あなた、そろそろ……」


「そうだな」


 このファミレスモドキの飯は普通だった。

 点数にすると六十五点から七十点くらい。

 味は悪くないし、値段も安いから、店内は平日の昼間にも関わらずそれなりに客が埋まっている。

 女性魔族のグループが食事をしたり、ドリンクとデザートを注文してから世間話に興じているようだ。

 俺たちのことは新聞に出ていたし、赤ん坊を九人も連れているから目立つんだよなぁ。

 遠巻きに見ながらヒソヒソと話をしているが、話しかけてこないのは護衛たちのせいか。

 彼らの負担にもなるし、早くホテルに戻るとしよう。

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