第321話 ゾヌターク共和国(その2)

「バウマイスター伯爵さん、あなたをケルトニア市の観光大使に任命します」


「あなた、これはどういう?」


「名誉司祭と同じようなものだと思う。名義貸しみたいな?」


「そういうことですか……」




 ようやく魔族の国に到着し、滞在する豪華なホテルに案内されて荷物を解いた直後、俺たちはとある年配の魔族からそう告げられた。

 いかにも小役人風なその魔族は、ゾヌターク共和国辺境にある、過疎に悩む地域の市長らしい。

 主な産業は、農業と観光。

 日本の地方都市と同じく若年人口の流出に悩み、なんとか人口減少を止めようと努力しているそうだ。


「もし我が国とヘルムート王国とで貿易交渉が纏まれば、旅行の自由化もあり得るはずです。そこで、是非にケルトニア市に観光に来ていただきたく……」


「いやーーー、バウマイスター伯爵さんは有名人っすね」


 いや、それはお前が新聞の記事に書いたからだろうが。

 横にいる魔族の記者ルミが、知ってか知らずか他人事のように言う。


「ケルトニア市は素晴らしいのですよ。奥さん方」

 

 そう言って市長は、俺たちに観光案内パンフレットを渡す。

 魔族の印刷技術は王国や帝国よりも上であったが、その内容は決してそうとは言い難かった。


「自然が豊かなのですね……」


 あまりストレートに批判をしないエリーゼらしい逃げ口上であったが、ケルトニア市は自然が豊かな田舎というか、自然しかない田舎だ。

 観光とはいうが、王国人も帝国人も、高い旅費を払ってこのケルトニア市に来るとは思えなかった。


「(自然が豊かって、観光資源になるのか?)」


 エルが、小声で俺に聞いてくる。

 自然豊かな田舎に住んでいたエルからすると、わざわざ金と時間をかけてそんなものを見に行く奴の気が知れない、というところであろう。

 魔族の大半が文明化し、都市部に住んでいるからこその勘違いというか……。

 リンガイア大陸の都市部に住む富裕層に需要がないとは言わないが、自然ならリンガイア大陸にも沢山あるわけで、わざわざ西の大陸の田舎にまで来ないと思う。


「(うーーーん、どうかな?)」


 もし魔族と人間の交流が始まった場合、外国だからという理由でケルトニア市に観光に来る人間がゼロとは言いきれなかったからだ。

 一度見れば十分という結論に至って、リピーターには期待できないかもしれないけど。


「バウマイスター伯爵さんとそのご家族には、是非一度ケルトニア市に観光に来ていただきたいですな」


「はあ……。時間があればいいのですが……」


 実は、親善大使扱いで宿にも到着したのに、俺たちの予定はまだ知らされていなかった。

 とりあえず来てもらったが、肝心の政府が俺たちをどうするのかで迷っているようにも見える。


「そうですか……それは残念ですな。滞在中に是非観光をご検討ください」


 そう言うと、市長は俺たちにお土産を渡してから部屋を出て行った。

 お土産は、ケルトニア市産の農作物だった。

 種類は一般的なものばかりであったが、やはり品種改良や栽培技術は魔族の方が上だ。


「いいお野菜ですね」


 エリーゼがそういうのだから間違いない。

 俺もそう感じていた。


「あの方は、なにをしにいらしたのでしょうか?」


「宣伝のために観光大使に任命はしたが、報酬は払いたくないので無理も言えない。名貸しの一種であろう」


 俺の代わりに、テレーゼがカタリーナに説明してくれた。


「それって、意味があるのですか?」


「さあての。あの市長とやらが本当に有能であれば、ケルトニア市の過疎問題とやらも、今頃は解決しているかもしれぬの」


 テレーゼの発言は辛辣であったが、確かに俺を観光大使にしたくらいでケルトニア市の過疎が解決するとも思えない。

 日本だって、そう簡単に過疎の問題は解決していないのだから。


「とりあえず、数少ない仕事をこなす方が先じゃないか? 旦那」


「仕事?」


「リンガイアの船員たちの無事を確認する」


「そうだったな」


 カチヤとヴィルマから指摘されたので、俺たちは防衛隊の収監施設へと向かう。

 そこには、拿捕されたリンガイアの船員たちが拘束されていた。

 警備上の理由で面会に行く人数を制限されたので、俺、エリーゼ、導師、ブランタークさん、リサで収監施設へと向かう。


「どうしてブリザードがいるのかと思えば、いきなり魔法をぶっ放した魔法使いと知己だったよな?」


「はい。昔に少し教えたことがあります」


「なんか調子狂うよな」


 ブランタークさんの知るリサ像は、派手な衣装とメイクで言葉も荒い姉御タイプであった。

 それが今では、普通の綺麗なお姉さんになってしまっているので、かなり違和感を覚えているらしい。

 会話がなんかぎこちないのだ。


「それとも、またメイクをしましょうか?」


「いいや、今のままがいい」

 

 ブランタークさんは、リサの提案に首を振って否定する。

 いくら違和感を覚えても、以前のリサはもっとつき合い難いと感じていたからだ。


「バウマイスター伯爵殿ですね。こちらです」


 防衛隊の隊員に案内されて収監施設に向かうと、無機質なコンクリート製の建物ながらその中は綺麗で、リンガイアの船員たちが酷い目に遭っていることはないと思われた。


「収監者への暴力や虐待は禁じられていますから」


 その辺は、魔族の国は文明国なので信用できた。

 いくつかの鉄扉付きの入り口や通路を抜けると面会室らしき場所へと到着し、そこには四人の男性が待っていた。

 リンガイアの船長と副長、この二人は俺がアンデッド古代竜を倒した時に顔見知りになっている。

 さらにもう一人の副長、彼は謎の攻撃命令を出した奴だという情報だ。

 あのウザうるさかった、プラッテ伯爵家の御曹司でもある。

 残り一人は、いきなり魔法をぶっ放した魔法使いであろう。

 魔力を感じられる。

 だが、その魔力量は初級と中級の間くらいで、どの魔族よりも少ない。

 彼が魔法を駆使しても、ここからの脱走は不可能であろう


「おおっ! バウマイスター伯爵殿ではないか! 見てくれ! プラッテ伯爵家の御曹司である俺に対する魔族の理不尽な対応! すぐに陛下に報告して魔族に抗議するのだ!」


 収監者以外、他に誰も人間がいない外国で久しぶりに同朋に会えて嬉しいのであろうが、いきなりその発言はないと思う。

 室内に警備で立っている隊員たちの表情が曇ったのを、彼以外は見逃さなかった。


「それとだ。急ぎ俺を解放させるのだ。そうしてくれたら、父からお礼が出るからな」


「(どうしてこいつは、こんなに偉そうなんだ?)」


 そう言われても、俺も返答に困ってしまう。

 

「(バカだからじゃないですか?)」


 俺は、そう小声でブランタークさんに答えるので精一杯であった。

 まったく捻りのない解答である。 


「残念ですが、私はあなた方の無事を確認しに来ただけで、解放交渉する権限がないのです。別途、現在行われている交渉の結果をお待ちください」


「なんとかならんのか! せめて私だけでも!」


「どうしようもない男であるな」


 自分だけ解放しろというプラッテ伯爵家の御曹司の発言に、導師は声を小さくすることなく、彼を公然と批判した。


「貴様! たかが従者のくせに……導師殿?」


「某の顔を忘れるとは、国防に携わる資格がないのであるな! それとも、長い収監生活でボケたのであるか?」


 導師からの容赦ない一言に、プラッテ伯爵家の御曹司は塩を振ったナメクジのように縮んでしまった。

 こいつはバカだが、導師を怒らせると怖いことくらいは理解しているようだ。

 

「まあまあ、導師。交渉が終われば解放はされるはずだ。ところで、アナキンとかいう若造、お前に聞きたいことがある」


 アナキンとは、プラッテ伯爵家の御曹司の命令で魔法をぶっ放した魔法使いの名前であった。


「はい……」


 なにを聞かれるのかなど、子供にでもわかることだ。

 自分が罰せられると思った彼の表情は暗い。


「もう一つ悪いが、聞くのは実は俺じゃないんだ」


 ブランタークさんは、そう言ってリサを彼に紹介する。


「あれ? どこかでお会いしましたか?」


 アナキンは、昔の派手な衣装とメイクのリサしか知らないので、今の彼女を見て誰だかわからないようだ。


「わかりませんか?」


「ええと、私の知り合いにこんなに綺麗な方が?」


「おほん。少しの間口調を戻します。アナキンのクソったれ! せっかく人が魔法を教えて一人前にしてやったのに、何調子こいて勝手に魔法ぶっ放しているんだよ! 凍らせるぞ!」


「ああーーーっ! 姉御!」


 口調を昔に戻したおかげで、アナキンはようやくリサに気がつくのであった。





「すみません! すみません!」


「さあ、正直にお話しなさい」



 頭が上がらない魔法の先生リサの前で、アナキンはコメツキバッタのようにペコペコしながら、事件の様子を証言し始める。

 実は、これも陛下から頼まれていたことだ。


『プラッテ伯爵家のバカ息子は、無事なのを確認だけしてくれればいい。あとは、念のために事件について聞いておいてくれ』


 こう言われたので、まずは事件の核心部分である、無許可で魔法をぶっ放した犯人から話を聞くことにしたのだ。


「プラッテ副長の命令です。撃たねば、お前を命令違反で処罰すると」


「貴様! 独断専行の責任を俺に押し付けるのか!」


 アナキンの証言に、隣に座っていたプラッテ伯爵家の御曹司だけが大声で文句を言う。

 どうやらこいつは、どうにか今回の事件の責任をアナキンだけに押し付け、自分は逃げきるつもりなのであろう。

 そんな情けないことを目論むのなら、最初からそんなことをしなければいいのにと思ってしまう。


「あなたは、黙っていてくれませんか?」


「なんだと! 貴様は俺を誰だと!」


「プラッテ伯爵家公子殿ですよね? 俺は『バウマイスター伯爵』ですけど、なにか文句でも?」


「……」


 嫌なやり方だが、こういうバカな貴族を黙らせるには地位の高さで押しきるしかない。

 彼はまだ跡取りで、伯爵本人ではない。

 つまり、俺よりも身分は低いというわけだ。


「それに、防衛隊からの調書はとっくに王国に伝わっています」


 このバカ息子である父親であるプラッテ伯爵とその一味は、自分の息子の暴走が事件の原因だという報告を信じていないどころか、魔族側による言いがかりだと騒いでいるが、大半の貴族たちはほぼ調書どおりであろうと思い始めている。

 どうやらこのバカ息子。

 普段はそこまでバカではないようだが、突発的な事件に、自分の野心が合わさってしまった結果、独断行動を取ってしまったようだ。

 挙句に、それが失敗して責任を取らされる段になると、隠していた傲慢な部分が極端に出てしまう。

 副長なのに、部下に罪を擦りつけるなんて……。

 ある意味、リンガイアに乗ったのが彼の不幸だったのかもしれない。

 船乗り以前に、人の上に立つ資格がないのであろう。


「バウマイスター伯爵様、ところで交渉っていつ終わるんですか?」


「もうすぐかな?」


 勿論、大嘘である。

 だが、正直に交渉が一向に纏まらないと話しても、彼らを不安にさせるだけであろう。

 魔族の国に来てから一応確認してみたのだが、いまだリンガイア解放の交渉権限はテラハレス諸島群にいるユーバシャール外務卿たちにしかないようだ。

 俺が勝手にやると向こうが気を悪くするので、どうにもならないな。

 じゃあ俺がなにをしに来たのかというと、俺自身もわからなくなってきた。

 リンガイアの乗組員たちを安心させるための面会かな?


「ところで、差し入れなどは可能ですか?」


「すみません、万が一にも脱走などに使用されますと……」


 防衛隊の隊員から、とても申し訳なさそうに言われてしまう。 

 本などは火種にされる可能性が、お酒なども瓶は凶器になりかねないと、もっともな理由で差し入れは認められなかった。


「俺は、王国産のワインが飲みたいのだが」


「「「「「……」」」」」


 ただ一人空気が読めず、プラッテ伯爵家の御曹司だけが我儘を言って導師すら絶句してしまったほどだ。


「ええと、フルガ船長とベギム副長。なにか困ったことがあったら、いつでも連絡をください」


「ありがとうございます。このように収監はされていますが、特に不便なこともないので、一日でも早く交渉が終わって解放されることを祈っています」


「そうですね。食事なども悪くはないのですが、やはり自由には勝てませんから」


 他の船員たちもそうだが、さすがは超大型魔導飛行船のクルーに選ばれた逸材。

 弱音などは吐かず、気丈に対応してくれた。


「一日も早く私を解放するのだ。そうしないと、プラッテ伯爵家を敵に回すことになるぞ」


 ただ一人、やはり空気が読めていない奴がいたが……。


「うるさい蠅の羽音がするのである!」


「うっ!」

 

 あまりに言動が酷いので、プラッテ伯爵家の御曹司は、導師の思いっきり手加減したチョップで意識を刈り取られてしまった。

 導師のあまりの早業に、防衛隊の隊員たちはまったく対応できなかったようだ。

 その場で硬直していた。


「こいつは、勝手に転んで気絶したようであるな。ベッドに放り込んできてほしいのである」


「わかりました……」


 防衛隊の隊員たちもバカ御曹司の態度に辟易させられていたようで、特に導師を咎め立てもせず、彼を数名で抱えて独房へと移動した。


「まったく、どうしようもない愚か者であるな」


「導師、プラッテ伯爵家を敵に回さないか?」


「ブランターク殿、某は決闘ならいつでも受けるのである」


 導師が気に入らない貴族に対し、ストレートに気持ちをぶつけても平気な理由。

 それは、文句があるならいつでも決闘を受けると公言していたからであった。

 誰しもこの人と決闘なんてしたくないわけで、導師の表立っての物言いに抗議する貴族は少ないというわけだ。

 こんな手を使えるのは、導師くらいしかいないと思うけど……。


「アホが迷惑をかけてすみません。ああいうのはそれほど多くはないのですよ」


 王国貴族の名誉のため、たまたま貴族になってしまった俺が釈明をするなんて……。

 随分と遠くに来てしまったような気がする。

 前世のことを考えると、俺は魔族の国の方が親和性が高いというのに……。


「どうしてもアホが一定数出てしまうのは、魔族の国も同じだと思うのです」


「そうですな。政治家、大物官僚、大企業の経営者一族。その家のバカ息子が、大騒ぎや事件を起こすこともありますから……」


 その辺の事情に、王政国家も民主主義も差はないからな。

 上にいる人たちが、お金や権力の力でバカな子供の不祥事を隠すわけだ。


「アレは飢え死にさせなければいいので。交渉終了まで生かしておいてください」


「はい、義務的に対処しておきます」


 今王国と交渉している魔族の政治家は微妙らしいけど、現場で仕事をしている魔族にはまともな人が多い。

 バカ御曹司の数百倍好感が持てるな。

 などと考えていたら、もう一人空気が読めずに制裁を受けていたバカがいた。


「しかし姉御、噂には聞きましたよ。結婚したって。姉御って、結婚できたんですね。いやあ、驚いたなぁ」


「……っ……」


「あっ……バカ……」


 アナキンの口を塞ぐのが間に合わなかったため、無言で静かにキレたリサはその二つ名に相応しい魔法を発動。

 凍結ではなく、超硬質の氷の檻を作ってアナキンを閉じ込めてしまう。


「姉御、ここ寒いです」


「丸一日くらい寒くても、人間は死にませんよ」


 と、ニッコリしながら答えるリサ。


「姉御、ごめんなさぁーーーい! 言い換えます! バウマイスター伯爵様って、姉御を奥さんにするなんて男気がありすぎる!」


「本当にバカなんだな。こいつ……」


 再び余計なことを言ってしまったアナキンは寒い氷の檻を二重にされ、二日間も暖房もなしでそこで過ごす羽目になったと、あとでリンガイアの乗組員たちから聞くとになるのであった。

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