第320話 ゾヌターク共和国(その1)
「まったく、面倒な仕事を……」
「陛下からの命令だから仕方がないわよ」
「そうなんだけどさぁ……」
イーナはそうは言うけどさぁ……。
面倒なものは面倒なのだ。
「男は、一度決めたことにグチグチと文句を言っては駄目よ」
「はい、わかりました」
まあ、アマーリエ義姉さんがそう言うのであれば……。
「ヴェルは、アマーリエさんの言うことはよく聞くわね……。子供?」
「俺は大人だっての!」
小型魔導飛行船で西へ一週間。
俺たちは、ようやく魔族の国に到着した。
次からは『瞬間移動』で来れるが、今のところ再訪したいとは思っていない。
モールたちからの話を聞くに、どうにも無味乾燥な国のような気がしたからだ。
ゾヌターク共和国と呼ばれる魔族の国は、リンガイア大陸の四分の一ほどの広さがある島というか亜大陸にある。
魔族の人口は百万人ほどで、島の四分の一ほどを生活圏としており、残りの領域は自然と魔物の領域で占められていた。
昔は亜大陸の大半に人が住んでいたそうだが、段々と魔族の人口が減って放棄され、時が経つにつれて自然に呑まれていったという。
ゆえに、無人地帯には遺跡なども多く、アーネストはその発掘作業をたまにしていたらしい。
ただ、ここ数十年ほどは国が予算不足を理由に発掘資金を出さなかったそうで、たまに発掘できても、大規模なものは滅多になかったそうだが。
その不満が、アーネストによるリンガイア大陸への密出国に繋がったというわけだ。
「アーネスト、懐かしの故郷だぞ」
「効率のいい社会ではあるが、つまらないのであるな」
小型魔導飛行船の窓から見える港の風景に、アーネストは特に感動もなく答えた。
特段、望郷の念などはないみたいだ。
確かに、海上船と魔導飛行船の港を兼ねているそこは、無機質なコンクリートとコンテナ、クレーン、プレハブ風の建物のみで構成されており、見ているとすぐに飽きてしまう。
リンガイア大陸にあるどの港よりも凄いとは思うのだが……。
古めかしいが情緒はあるサイリウスとは違って、効率第一で、観光地にはなりそうにない。
ここを見たいと思う、人間の観光客は少ないだろう。
王国と帝国の政府関係者たちは、視察したくなるだろうけど。
効率を極端なまで突き詰めるているのは港だけでなく、そこから見える街並みも同じであった。
同じような箱型の住宅が綺麗に並び、道路も真っ直ぐ整備されており、町がまるで碁盤とそこに並ぶ石のようだ。
「お主、よくついてくることを許可したのである。祖国では裏切り者扱いされぬのか?」
俺たちに同行している導師が、アーネストにそう尋ねた。
実は、アーネストのみならずモールたちも俺たちに同行していたが、彼らも同行することを呆気なく同意した。
密出国で捕まるかもしれない、という懸念はないのであろうか?
彼らは、俺たちの世話役兼アドバイザーのような扱いになっている。
さすがに魔族側もバカではないので彼らの存在に気がつき、かといってアーネストの密出国とモールたちの脱走を処罰するのも躊躇われた。
外交特使である俺の同行者なので手が出しにくく、さらにアーネストの密出国は、魔族が大陸と交流をしなくなってからは重罪ではなくなった。
その程度で彼を処罰するのはどうかと思う、という程度の認識らしい。
魔族で国外に出ようと考える者たちがこれまでほとんどおらず、アーネストが久々の密出国者だと俺は聞いていた。
リンガイア大陸への密入国は、アーカート神聖帝国とヘルムート王国が対応すべきことで、これにゾヌターク共和国が口を出せば内政干渉になってしまう。
元々、双方共にアーネストを処罰する気がないし、これからも処罰されない可能性が高かった。
すでにバウマイスター伯爵家の庇護下に入っているので、手が出せないという事情も存在したが。
『彼らは、両国友好のために居残っていたのです!』
さらに外交団にいた民権党関係者たちが彼ら庇い、防衛隊としてもなにも言えなくなってしまったらしい。
民権党には軍隊という存在に忌避感を持つ者も多く、彼らが脱走者だからといってモールたちを脱走扱いで処罰しようとする防衛隊を牽制したというわけだ。
防衛隊も、政権の人気取りのため若者を短期雇用しただけの軍属になにも期待していなかった。
期待していない連中が脱走したところで、わざわざ処罰する手間が惜しいという話になったようだ。
このところ警備隊は忙しいので、モールたちだけに構っていられないのであろう。
休憩中に遭難し、それを俺たちが救助したことにしてしまった。
軍属の仕事に関しては、俺たちに雇われたから雇用関係は終了というのが表向きの処置となった。
正直、民権党とやらの外交団については思うところもあるのだが、今回は彼らに救われた格好になったわけだ。
『ううっ……。君たちにバウマイスター伯爵御一行への同行を命令する』
防衛隊の司令官は、苦虫を噛み潰しながらモールたちの脱走を不問にする羽目になった。
シビリアンコントロールの賜物というか、ただ単純に彼らを処分すると世論が政府を非難すると思ったのであろう。
なにしろ、青年軍属は非正規雇用で使い捨て、という批判が新聞に掲載されたようだから。
「モールさん、同じような建物ばかりね」
イーナは、王国とは違って整然とし過ぎている町の様子に少し違和感を覚えているらしい。
「独自のデザインで住宅を建てるなんて、よほどの金持ちだからね」
住宅市場は大手数社のほぼ独占状態であり、どの会社もほぼ同じ形の住宅を建設するようになったとモールが説明する。
現代日本の住宅のように工場である程度材料を加工してから、現地で組み立てるそうだ。
魔族の国では腕のいい大工が希少種となり、現地で建材を家のパーツとして組み立てる作業員は安い日当で働く若者が多い……どこかで聞いたような話だな。
とにかく効率が最優先で、一軒でも多く安い家を販売し、薄利多売で生き残りを図る住宅メーカーというわけだ。
そのせいで、中小の住宅メーカーや熟練大工は、この数百年で相当数を減らしたそうだ。
「同じ形の住宅を建てた方が効率がいいからね。早くて安いし」
見た目は安普請のような気がしたが、中は広く頑丈で、とても住みやすいとモールが説明してくれた。
「それでも、みんなローンを組んで購入するんだけどね」
日本のサラリーマンが家を買うのと同じだな……。
俺は前世を思い出し、少し物悲しさを感じた。
当時の俺は、結婚もしてなければ家も購入していないが、会社の飲み会で既婚の先輩や上司が、住宅ローンの話でよく愚痴っているのを聞いていたから。
「お金がある人は豪邸や注文住宅だね。無職でも、政府借り上げの格安集合住宅がある」
「そういう人たちは、あの同じ家が並ぶ町中には住んでいないよ。金持ち向けの住宅地もあるから」
「俺たちには縁がないけどね」
逆に貧乏人は、職とお金がなくて家を買えなくても、人口減少で住む人がいなくなった集合住宅を無料で貸してもらえる。
基本的な衣食とおこずかい程度の生活保護の支給もあるので、無職でもそこまで深刻というわけでもないらしい。
その代わり、結婚する人はとても少ないそうだが。
飢えとは無縁だが、職と収入がないから結婚できない。
こういうのを、生かさず殺さずとでもいうのであろうか?
「素晴らしい世界だと思うのですが」
「そうよね」
「張り合いはないかもしれないけど、王国の貧民よりはマシだって」
エリーゼ、イーナ、ルイーゼの三人は、働かなくても食える魔族の国は素晴らしい社会なのではないかと言う。
確かに、王国の都市部に必ず存在するスラムの状態は酷い。
不衛生で栄養状態も悪いので子供がよく死ぬ。
直接的な飢え死には少ないが、病気になりやすいからだ。
それに比べれば、魔族の国は確かに素晴らしいのかもしれない。
「でも、生活保護者はなかなか結婚できないしね。子供はお金がかかる」
「成人までの教育費とかね」
「家と魔導四輪よりも贅沢かもね」
魔族は学生の期間が長いので、長期間お金を出せないと子供を育てられない。
だから、貧しい人には男女とも独身者が多いのだそうだ。
「一人でちょっと趣味をしながら生活するなら、なんとかなるからね」
「魔族の未婚率は、もう四割を超えているから」
「離婚も多いよねぇ」
モールたちの話を聞いていると、俺はまるで現代日本に戻ったかのような感覚に陥ってしまった。
「軍の港に着陸か……」
「ブランタークさん、魔族の国に軍はありませんよ。防衛隊です」
「言葉遊びのような気がするけどな。あれだけの装備を持っていてか?」
軍艦が王国と帝国では作れない頑丈な金属でできていて、速度も人間の持つ魔導飛行船より速いそうだ。
魔砲も多数装備されており、戦争になれば両国の空軍は瞬時に壊滅するであろう。
ブランタークさんからすると、そんな船を装備している魔族の国に軍隊が存在しないという言い分が、詭弁に聞こえるのであろう。
「他国という概念がなかったので、治安維持と反動勢力を抑える組織に改変したと思ってください」
「若いからか、伯爵様は順応が早いのな」
順応が早いというか、俺が防衛隊に感じるイメージが自衛隊に近いから、あまり違和感を覚えなかっただけだ。
事前の協議どおり、俺たちを乗せた小型魔導飛行船は防衛隊の基地へと着陸した。
「遠路はるばるご苦労様です、バウマイスター伯爵。私の名はラーゲ二級佐官であります」
出迎えた警備隊の若い将校は俺たちを笑顔で迎えたが、脱走したモールたちと、密出国したアーネストには渋い表情を浮かべた。
色々と言いたいことはあるが、立場上言うわけにはいかず、かと言ってそれを完全に心の奥に仕舞えるほど割り切れていないのであろう。
「案内役、ご苦労様です……」
「色々と思うところがあるかもしれないのであるが、我が輩を罰することなど不可能であるな。調べてみたら、穴だらけの法で笑うしかないのであるな」
アーネストは魔族の国を密出国したくせに、罪悪感の欠片も持ち合わせていなかった。
実は、時間がある時に法律を調べてみたそうだが、密出国にはまったく罰則がなかったからだ。
それはわかるが、少しでも反省するフリでも見せれば、この若い将校も納得するのにと思ってしまう。
まあ、アーネストにそういう配慮を求めること自体が無理なのであろうが。
「密出国は違法ではあるが、罰則はないのであるな。防衛隊のラーゲ二級佐官だったかな? 法の重層構造の構築に手を抜いてはいけないのであるな」
アーネストは学者らしく、密出国の罪に罰則がない点を突き、魔族の将校は余計に顔をひきつらせた。
でも彼が作った法律ではないので、それを責めるのはお門違いであろう。
「防衛隊は軍じゃないから、脱走しても罰則はないという解釈らしいね。政府見解では」
「正確にいうと、正規の防衛隊員でも罰則は禁固一年以下罰金百万エーン以下だね」
「でも、その範囲の中に青年軍属は該当しないしね」
師匠も師匠なら、教え子も教え子であった。
無駄に頭がいいので、法の不備を突いたツッコミが容赦ない。
ラーゲ二級佐官はさらに顔をピクピクとさせていた。
「貴殿らは、政治家たちの都合で無罪となり、バウマイスター伯爵一行の案内役という役割を得られたにすぎない。調子に乗らない方がいいと忠告しておく。第一、貴殿らのその態度は、バウマイスター伯爵のイメージすら悪化させる危険がある」
政治家はアレだが、防衛隊のエリート将校ともなると有能な人間も多いようだ。
毅然とした態度でアーネストたちの嫌味に応酬したのだから。
「これは失礼したのであるな。この国では遺跡が発掘できなかった。しがない考古学者の愚痴であるな。忘れてくれると嬉しいのであるな」
「仕事はまっとうしますよ。ただ、一言くらいは愚痴を言いたかったのですよ」
「エリートであるあなたたちとは違って、俺たちは無職だったからね」
「青年軍属の仕事には夢も希望もなかったからね。公の場では弁えますよ」
「わかりました。貴殿らがバウマイスター伯爵一行の滞在中、サポートの任をまっとうできるように祈っています」
ラーゲ二級佐官とアーネストたちが無事に和解できでよかった。
揉めると厄介だと思ったのだが、アーネストたちは思った以上に大人だったようだ。
というか、このレベルの人材が無職なのはえらい損失のような気がするんだが……。
でもローデリヒの例もあるので、実は王国も同じとか?
「先生、ヒヤヒヤものだったっす」
俺たちにそのままついてきたルミは、恩師と後輩たちの言動にヒヤヒヤさせられたようだ。
ラーゲ二級佐官を挑発したアーネストに文句を言った。
「オフレコで頼むのであるな」
「記事に書けませんよ! まあ、自分はバウマイスター伯爵さん専属ってことで本社から許可ももらっていますし、他に書く記事はいくらでもあるから問題ないっす」
ルミは、これからも俺たちについての記事を書く予定だ。
新人記者にしては異例の扱いだが、目端が利いたルミが最初に俺たちに取材を申し込んだのは事実であり、やはり政治面の主流はテラハレス諸島群で行われている交渉の行方であった。
新人記者のルミが担当しても、他の記者たちから嫉妬されることもないというわけだ。
「手柄争いにうつつを抜かす記者ねぇ……」
「記事を出世の道具にするなんて、新聞記者も腐敗したね」
「新聞社も会社だからね。儲からないと意味がないわけだし」
「自分の後輩たちはひねているっすねぇ……」
マスコミ批判をするモールたちに文句を言いつつ、ルミは静かに取材の準備を始めた。
「それで、俺たちってなにをするんだ?」
「親善外交だ」
「親善外交ねぇ……」
俺はエルに、今回の仕事の内容を伝える。
俺たちにはなんの交渉権限もないが、ゾヌターク共和国政府は拿捕しているリンガイアと、拘束している乗組員たちを一日でも早く解放したい。
だが、いきなり無条件で開放しては、ゾヌターク共和国政府が弱腰だと有権者から批判されてしまう。
そこで俺たちが、ゾヌターク共和国でフレンドリーに振る舞い、世論が王国に対し好印象を持つように仕向けようという作戦だ。
これは陛下の発案である。
自分たちの方が政治的に進んでいると思っている魔族からすれば、陛下がそんな考え方をするのは驚きなのであろうが、人気商売なのは王様や皇帝も同じだ。
「バウマイスター伯爵さんの記事がもの凄く好評なんすよ」
エブリディジャーナルの新人女性記者ルミ・カーチスが書いた、俺たちに関する記事が、魔族の国では好評なのか。
なとなくわかるような……。
「バウマイスター伯爵さんは、我々魔族が抱く貴族観とは違って庶民的ですし、奥さんたちにも優しく、お子さんたちの面倒も時間があれば見ていますからね」
魔族の国の人たちは、俺を極めて親しみを持てる若い貴族だと思っているらしい。
新世代の貴族がこうならば、魔族と人間との融和の日も近いと。
陛下は、俺たちを魔族の国に送れば少しは交渉の役に立つかもと感じ、それを実行した。
融和ムードを作るため、奥さんと子供たちも同伴となったのが功を奏したようだ。
見事に陛下の思惑は当たったけど、確かに他の貴族には頼みにくいよなぁ……。
「魔族の国だと、政治家の地方訪問は奥さん必須っす。あと、お子さんも連れてだと、さらに印象もよくなるっす」
という、記事のためにこちらに協力的なルミの意見により、エリーゼたちと赤ん坊たちも同行することを決めたわけだ。
「俺とエルの子供は一歳にならないうちに、もう海外旅行を経験しているんだな」
「でも、危険じゃないのかな?」
いまだエルは、子供連れで敵地扱いであるゾヌターク共和国入りに心配していた。
気持ちはわからないでもない。
「ヴェルの場合、お家断絶の危機もあるぞ」
もし魔族が俺たちを害しようとしたら、配偶者全員と子供たち全員を巻き込んでしまうからだ。
「そのために、某たちがいるのである」
「そうそう、時間稼ぎのな」
俺が『瞬間移動』を使ってエリーゼたちを順番に逃がしていき、その間、導師とブランタークさんが護衛をするというわけだ。
「帝国内乱で魔力が上がったせいか、それとも師匠に言われて精度の訓練を強化したせいか、『瞬間移動』は一度に十五名まで大丈夫になりましたから、二往復で大丈夫ですよ」
そのために、メイドや家臣たちを全員置いてきたのだから。
「ですから、魔族の国は外交特使を殺害するような野蛮な国ではないっすから」
ルミは、自分の国の現状に多少の不満があるようだが、嫌いなわけではない。
魔族はそんなルール破りはしないと断言した。
「まあ、それならいいけど」
「エルヴィンさん、信用してくださいっすよ」
「最悪、ヴェルが逃げられればいいんだ。ヴェルはまだ若いからな」
俺がいれば、また子供が生まれるからバウマイスター伯爵家は断絶しない。
いつもはおちゃらけた部分もあるエルだが、その考え方は意外とドライだったりする。
「足手纏いのメイドはいないからいいか」
「私はいるわよ。まあ、なるようになるんじゃないのかしら。外国旅行って初めてで楽しみよ」
「女性は逞しいなぁ……」
ただし、アマーリエ義姉さんはいる。
魔族の国に不安を感じない彼女に、エルは感心するばかりだ。
「魔族の国って殺風景なのね。でもヴェル君といると、色々なところに行けて面白いわ」
「極めて効率的な社会というわけじゃの。帝国もこれから交渉しなければいけないから、ペーター殿も仕事が増えて大変じゃ」
テレーゼの言うとおり、帝国はこれから魔族の国と接触しないといけない。
いまだ国内の立て直しに奔走しているペーターの仕事が増えるわけだ。
「テレーゼなら、どうやって対応した?」
「魔族と接触するなど誰も予想できまいて。様子を見ながら少しずつ交渉していくしかあるまい。そんな起死回生の策などそうはないわ」
「政治って大変なのね」
アマーリエ義姉さんは、一番仲がいいテレーゼと共に防衛隊の基地を見下ろしながら話を続けた。
「ようこそ、おいでくださいました」
基地の司令だというお偉いさんに迎えられたが、外交特使扱いの俺たちを迎え入れるのが殺風景な基地というのは、一体どういうことなのであろうか?
実は、ゾヌターク共和国には民間用の空港があると聞いているのに……。
「実は、空港の方には……」
基地司令が、俺たちに申し訳なさそうな顔を向ける。
なぜなら……。
『旧弊なる王政を掲げる王国を打倒し、我ら魔族が優れた民主主義をリンガイア大陸に伝えるのだ!』
『そのためには国軍の復活を! 軍を今の十倍の規模にして、リンガイア大陸に兵を進めるのだ!』
『ようこそ、バウマイスター伯爵さん。我らが、民主主義の素晴らしさを教えてあげましょう。そして、まずはバウマイスター伯爵領を大陸における民主主義発祥の地とするのです』
「と、こんな感じでして、バウマイスター伯爵殿の安全を我らが確保しないと、これはゾヌターク共和国の恥となりますので……」
大変に申し訳なさそうに説明する基地司令。
自分たちが信奉する民主主義は王政よりも素晴らしいから、それを後進的な人間たちに教えてやらないといけない。
いや、それでは時間がかかる。
魔族が全大陸を支配し、民主主義を教えてやらなければいけない。
そんな考えを持つ市民団体や政治団体が、空港に押しかけているそうだ。
「防衛隊が一番理性的って……」
民主主義の建前として、空港に来た俺たちに向けて彼らが政治的な主張をするのは自由である。
だからと言って『お前の国は駄目だから、俺たちが解放してやる』とか『民主主義を教えてやる』では融和もクソもない。
他の貴族たちなら、もしかするとキレてしまうかもしれない。
「我らとしましては、今回の外交特使、バウマイスター伯爵殿で安心しました。なんでも、大変ゾヌターク共和国の事情に理解があるとかで……」
「その空港にいる変な連中、排除しないのですか?」
「それがミセスバウマイスター、あの連中には民権党のシンパも多く……」
民権党の政治家には、いわゆる運動家上がりも多いようだ。
彼らに文句など言えば、すぐに落選の危機なので言わないどころか、下手をすると積極的に手を貸している危険すらあった。
「バウマイスター伯爵殿の滞在中は、防衛隊が確実にお守りいたしますので安心を」
「あの……大変そうですけど、お体をご自愛ください」
「お気遣いありがとうございます。ミセスバウマイスター」
今の時点で、ゾヌターク共和国で一番信用できるのは防衛隊だという現実に、俺はこの外交特使の仕事が予想以上に大変であるのだと、今になって気がつくのであった。
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