第316話 セカンドコンタクト(その3)
「あっ、先生がいる」
「先生って生きていたんですね。新聞の報道だと、僻地に遺跡探索に行って遭難死した可能性が高いって」
「先生、やっぱり職がないです」
結局、海で拾ったモールたちはついて来てしまった。
公にもできないので彼らには耳を隠させ、かん口令を敷いて小型魔導飛行船内で生活させることにしたのだが、一応仲間もいるのだと教えてアーネストを『瞬間移動』で連れて来た。
すると意外なことに、モールたちとアーネストは知り合いであったのだ。
世間って、意外と狭いよな。
「知り合いなのか?」
「そうなのであるな。我が輩、この大陸に渡る前は、とある大学の教授をしていたのであるな。その時に、ゼミに参加していたのがこの三人なのであるな」
「それほどの高等教育を受けているのに無職なのですか?」
「奥方、教育が進みすぎるのも弊害があるのであるな。高学歴の人間を配置できるポストに限りがあり、それを目指していた人たちに普通の職を斡旋しても断ってしまう。我が国では、雇用のミスマッチと呼んでいるのであるな」
「魔族の国も大変なのですね」
王国や帝国では、大学といえばアカデミーが数校ずつしかなかった。
厳しい選抜試験があり、そこを卒業できればまず職に困ることなどない。
エリーゼからすれば、大学を出て無職という三人の存在が信じられないのだ。
「しかし、我がゼミの生徒はみんな無職なのであるか?」
「いいえ。デミトルは役人の試験に受かりましたし、ホルストは考古学とはなんも関係ない会社に入社しました。ミアンは田舎で自給自足の生活をしています」
「考古学、関係ないじゃん……」
アーネストの専門は考古学である。
それなのに、その教え子が一人も考古学関連の仕事をしていない。
王国ではまずあり得ないので、エルも驚きを隠せないでいた。
「嘆かわしいのであるな。古代の英知を知る考古学こそ至高の学問なのであるが……」
「考古学じゃ、飯は食えませんって」
「第一、先生って企業とかに全然コネないし」
「大学で講師になるのですら狭き門ですからね。俺たちには無理ですよ。先生のゼミ生たちの悲しい現実ですね」
アーネストは優れた考古学者だ。
それでも勝手に講師や助教授を増やせないし、考古学は就職には不利で、肝心の研究ですら国の予算待ちなのだが、最近は予算削減の波でろくな発掘もできなかったらしい。
「だからこそ、我が輩は新たな遺跡とスポンサーを求めてこの大陸へとやって来たのであるな」
それでニュルンベルク公爵に協力してしまうのだから、彼は根っからの学者なのであろう。
正義感や倫理観よりも、まずは研究というわけだ。
「先生、よく密出国できましたね」
「骨折りではあったが、我が輩は魔力が多いのであるな」
海中を進むことで沿岸や領海を警備する防衛隊の目を掻い潜り、そのあとは『飛翔』でリンガイア大陸を目指して飛んだそうだ。
勿論一日では無理なので、海上で数十泊していると語る。
魔導飛行船にも乗らず、単身地球でいうところの大西洋横断を行ったに等しく、さすがは魔力量が莫大な魔族とも言えた。
なにより、凄い無茶だと思う。
「我が輩がいない数年で、故郷になにか変化があったのであるな?」
「大したことはないですけど、国権党が選挙に負けたくらい?」
「それのみとは、退屈の極みであるな」
「そのせいで、青年軍属に応募できて先生に再会できたとも言えますけどね」
「民権党であるか? 大学の自治組織で騒いでた連中であろう? あのアンポンタンどもは、大学でまったく勉強しないから困るのであるな」
元々政治に興味などないアーネストは、元教え子たちの故郷報告にもあまり興味がないようだ。
それと、新政権に所属する連中に好意的な感情を持っていなかった。
「とはいえ、両国が戦争にでもなると遺跡発掘に影響が出るかもしれないのであるな。バウマイスター伯爵、善処を期待するのであるな」
「なんで俺よ?」
「伯爵様なのだから、ノブレス・オブリージュを率先して行うのであるな」
「この野郎……」
「バウマイスター伯爵がなにもしないでも、我が輩の報告なら、国王陛下の目に留まるのであるな」
「……」
やっぱり、こんな奴を連れて来なければよかった。
アーネストのせいで、俺たちは再び戦争に巻き込まれる確率が上がってしまったのだから。
『お館様、戦争が嫌なのなら、ここで踏ん張りませんと』
「俺、結構頑張ってるよ。主に釣りにだけど」
『どのみち従軍しているのです。魔族との戦争に巻き込まれるよりはマシでしょうから、王宮に情報を流すくらいしてみたらいかがです?』
「ああ、面倒だなぁ……」
俺は、携帯魔導通信機越しのローデリヒに溜息をつく。
居候魔族が四人に増え、おかげである程度状況は見えてきたが、問題は山積みだ。
まず、魔族の国は誰が外交交渉をするかで揉めているらしい。
国内には、リンガイア大陸に進出、侵略して魔族の国の停滞感をなんとかしようという動きもある。
なにより、今回の騒動の原因である、リンガイアによる領空侵犯事件。
その原因は、領空外を出るようにと忠告した防衛隊の艦船に対し、人間の魔法使いが魔法を放ったのが原因であった。
問題は、ヘルムート王国が素直に謝るかどうかだが、国家のプライドもあるから難しいかもしれない。
『船長の責任は逃れられないとして、誰が魔法を撃たせたのですか?』
「情報によると、副長の貴族のボンボンだってさ」
『あの、とても残念なお方のご子息ですか……』
「ローデリヒはよく知っているんだな」
『そこは、蛇の道は蛇と申しましょうか……』
いつの間にかローデリヒは、王宮から情報を得るルートを開拓していたようだ。
あのプラッテ伯爵家の息子が残念な人物なのを知っていた。
ルックナー財務卿からのルートであろうか?
「なんか、向こうの新聞に大きく載ったらしいよ」
ところが魔法は大した威力でもなく、魔族の国の魔導飛行船は装甲が固い。
まったく効果がなかったが、それでも攻撃は攻撃だ。
反撃されて拿捕されてしまった。
これらすべて、モールたちからの情報であったが。
新聞の記事によると、リンガイアの副長であるプラッテ伯爵家の御曹司は、取り調べの場で『自分は次期プラッテ伯爵なのだから、それに相応しい待遇を!』と我儘を言い、取り調べをした担当者を困らせているそうだ。
「『血筋だけで貴族になった、我儘息子の火遊び』と、魔族の国の新聞では非難しているそうだ」
『順当な評価ですな』
同じ王国貴族なのだが、まったく擁護できない。
俺は息子の方を知らないが、親であるプラッテ伯爵が大嫌いなので、助ける気持ちが微塵も湧かなかった。
まあ、日本で同じことがあってもそう新聞に書かれると思う。
特権を持つ我侭で傲慢な貴族なんて、マスコミからすれば格好の攻撃材料だからだ。
「ただ、これをそのまま陛下に伝えても意味ないよね?」
『ですね……』
それが事実だという決定的な証拠がない。
魔族がヘルムート王国を陥れるために仕掛けた罠だと、プラッテ伯爵あたりに反論されればそれまでだからだ。
「あいつは、本当にそう言いそうだからな」
主戦論を煽っているプラッテ伯爵なので余計にだ。
まさか、今さら『うちの息子が悪いんです』だなんて口が割けても言えないだろう。
王国貴族の中には、なんとか魔族の住む大陸に侵攻できないかと考えている者も少なくはない。
下手をすると、俺が魔族の手先だと疑われて攻撃される可能性もあるのだ。
『こうなると、魔族の国の実務者が決まっていなくて助かりましたな』
「それで、バウマイスター伯爵はどういう風にしたいのである?」
「現状維持でしょうね」
魔族がテラハレス諸島群から空中艦隊を撤退させ、王国はプラッテ伯爵家のボンボンがリンガイア拿捕事件の責任者なら、公式に謝って公平な通商条約を結ぶ。
ただし、言うは易し行うは難しである。
「バウマイスター伯爵、どうするのである?」
「やっぱり面倒だから、全部事情を陛下に話しましょう!」
そう導師に宣言すると、俺たちは急ぎ王宮へ『瞬間移動』で向かう。
アーネストとモールたちも耳を隠して同行したが、事前に導師が陛下に連絡を取ったので兵たちはなにも詮索しなかった。
「バウマイスター伯爵は、相変わらず豪運なのか悪運なのか……というところじゃの」
今回は、閣僚すらいない状態で謁見を行っていた。
導師が陛下の護衛に入るので認められる、滅多にないことだ。
「我らとて、別に遊んでいたわけではないのだ」
外務卿を団長とする外交団を送り出したのはいいが、なにも進んでいない。
外交団の一行は魔族艦隊旗艦に留められ、王城への通信は可能であったが、毎日『もう少し待ってくれ』としか言われていないそうだ。
「魔族の国は一体どうなっておるのだ?」
アーネストからの情報は定期的に受けていたが、いくら政体が違うとはいえ、交渉すら始まらないのは困ってしまうと陛下が言う。
「それはですね……」
モールたちからの情報に、陛下は溜息をつく。
彼は、耳を隠した魔族四人にあまり興味を持たなかった。
それどころではないのと、四人は所詮政治家ではないからだ。
唯一視線を送っていたのは、これまで魔族の情報を教えてくれたアーネストくらいであろう。
あまり騒ぐと他の貴族たちに知られるので、わざと興味がないフリをしているかもしれなかったが。
「政権が交替した直後で混乱? まあ、王国でも過去にないわけでもないの」
王と閣僚の交代が重なって政治が混乱し、当時帝国と戦争をしていたのになかなか停戦交渉が始まらなかった。
過去にはそんな事例もあったそうだ。
「しかし、困ったの」
西部は限界まで動員を行い、王国軍も一部兵力と空軍を、うちのように魔法使いや荷駄を送っている貴族たちもいて、なにもしていないのに資金と物資を食い潰していく。
せっかく帝国が内乱で疲弊して、これから王国の開発に増々力を入れようとした矢先であった。
陛下からすれば、今度は王国を襲った悪夢なのであろう。
「とはいえ、ここでバウマイスター伯爵を交渉に送り出しても意味がないの」
最初の交渉団と同じく待機させられるであろうし、外務卿たちはいい顔をしないであろう。
俺は外務閥ではないので、あきらかに彼らの職権を侵しているのだから。
「新たな情報はありがたかったが、困ったのぉ……」
などと話をしていた翌日、ようやく話が動いたそうだ。
魔族の国から新しい魔導飛行船がテラハレス諸島群に到着し、そこにようやく政府からの交渉団が乗っていたらしい。
王国の交渉団から、速やかに交渉を始めると連絡が入った。
「なんか、嫌な予感がするけど……」
「ヴェルがそう思うと、結構当たるのよね。交渉で揉めるとか?」
イーナも心配そうな表情をするが、今の俺たちにはなにもできない。
朝起きて各種修練を行い、赤ん坊たちの世話を見つつ、今日は俺たちだけ漁を休んでサイリウスの町の観光をしていた。
「異国情緒溢れるねぇ……」
「せっかくだから、なにか特産品でも食べよう」
「両親へのお土産、なににしようかな?」
観光はモールたちのためであるが、彼らは初の外国旅行を心から楽しんでいた。
「元教え子たちよ。昼はなにを食べるのか考えたのであるかな?」
「港町といえば魚介でしょう!」
「他にもなにかあるかもしれない」
「そして、それは先生の奢りで」
「まあ、別に構わないのであるな」
孤高の天才に見えるアーネストであったが、元教え子たちとの再会を満更でもないと思っているようだ。
食事やお土産代などを出してあげていた。
「先生、お金持ちですね」
「まっとうな成果をあげているので、バウマイスター伯爵から支給されるのであるな」
すでに多くの地下遺跡を発掘し、多くの発掘品を得ているので、それに見合った報酬は渡している。
アーネストは研究バカだが、スポンサーにちゃんと利益を供与することも忘れない。
あのニュルンベルク公爵とつき合えていたのだから、そういう配慮はできる人物なのだ。
普段は書斎に籠っているためお金をほとんど使わないが、こういう時には大盤振る舞いをする柔軟さもあるようだ。
「これで、女の子がいたらなぁ……」
「いるじゃないか。みんな可愛いし」
「可愛くても、みんな人妻という点がねぇ……」
ハルカはエルの奥さんで、あとは全員俺の奥さんである。
魔族も人間と大差ないので、色々と思うところがあるのかもしれない。
「別に一人でも問題ないのであるな」
「そりゃあ、先生は研究が恋人みたいなものでしょうから……」
「俺たちだって、恋人くらい欲しいですよ」
「結婚は……お金がないですからねぇ……」
魔族の国は一夫一婦制で、若者の婚姻率が徐々に下がっているらしい。
結婚できない若者が徐々に増えており、モールたちも彼女くらいは欲しいと思っているのであろう。
町中を歩く若い女性に度々視線が向かっていた。
「よくよく考えたら、無職に彼女は難しいか」
「もの凄いイケメンとかならあるかもしれないけどな。ヒモにでもなるか?」
「俺たちのどこにイケメンの要素があるよ? あと、ヒモは意外と大変だと聞くぞ」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
モールたちのあんまりな会話に、エリーゼたちはなにも言えなかった。
「みなさん、独身なのですか?」
「俺らの年代だと、九十パーセント以上は独身だよ」
「みなさんは、おいくつなのですか?」
「俺は五十四歳、ラムルとサイラスは五十三歳だね」
ハルカの質問にモールが答えた。
魔族は人間の三倍近く生きるので、人間に換算すると十八~二十歳くらいか。
俺たちとさほど年齢に差がないように見えるわけだ。
「五十歳をすぎるまで、学生さんなのですか?」
「そうだよ。魔族って長生きでしょう? あとは、職もないから」
義務教育が二十七年、その上の高等教育が九年、大学十二年、大学院は六年から十二年もあるらしい。
「そんなに習うことがあるのですか?」
「いいや、学生なら無職を糊塗できるからだね」
いくら魔族でも、そんなに長期間学校に行く必要はないはず。
ただ、必要な教育期間だけで若者を世間に出すと無職が増えるので、長々と学生をやらせているだけのようだ。
「長いモラトリアムだな」
「バウマイスター伯爵は難しい言葉を知っているな」
「そうなんだよ。学校なんて週に二~三日しかないし」
「たまに行くのを忘れたりな」
「それでも進級は楽だし、アルバイトで時間を潰せるのもいいね」
モールたちは笑っているが、長く生きる魔族にもそれなりに悩みはあるようだ。
「魔法使いなのに……」
「ヴィルマさん、人間では魔法使いは珍しいけど、魔族は全員だからね」
「余るのが多いわけ」
もし魔族でなければ、彼らなどあっという間に仕官可能なのにと思ってしまう。
「そんな厳しい現実を忘れ、今は観光を楽しみましょう!」
その日は楽しく観光をしたのだが、家代わりの魔導飛行船に戻ると、そこには王城からの使者とホールミア辺境伯家の家臣がいた。
なにか急用があるようだ。
なんだか、嫌な予感がする。
「何事です?」
「陛下からの勅命です。本日初の交渉を行うも、双方相違点どころか交渉の継続すら怪しい。バウマイスター伯爵殿は、至急テラハレス諸島群へと向かうべし、だそうです」
「はあ……」
こうして魔法しか能がない俺に、外交の仕事が与えられた。
果たして無事に任務をまっとうできるのか、小心者の俺は不安に苛まれそうになるのであった。
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