第315話 セカンドコンタクト(その2)

「ははははっ! 見つけたのである! 某たちに獲られて食われるがいいのである!」


「ヴェル、導師は楽しそうだな」


「そうだな……。まあ、いいんじゃないかな?」




 翌日。

 導師が強く勧めたこともあり、俺たちは海猪ことクジラ・イルカ漁に出かけるため、いつもよりも沖合に出ることになった。

 他の漁船には通常どおり漁をするよう命じてから、一隻だけで海原を進んでいく。


「ヴェル、例のテラハレス諸島群に大分近づいたな。小さいけど、魔族の艦隊が見えるじゃないか」


「本当だな」


 まだ大分距離があるので小さくしか見えないが、テラハレス諸島群上空には魔族の空中艦隊が遊弋しているのが見えた。

 望遠鏡で見てみると、人間が運用している魔導飛行船とは大分形が違うな。

 随分とSFチックな形状をしているし、表面が金属で覆われていた。

 あれに魔砲を撃ち込んでも、貫通させるのは難しそうだな。


「偵察終わり! 食料調達任務を再開する!」


 俺がアレコレ考えても仕方がないので、クジラ・イルカ漁に戻るとしよう。


「こんなことをしている場合じゃないような……。心配になってきた」


「エルヴィンよ、心配するななのである! いざとなったら、魔族の船に飛び込んで、操船している魔族を倒せばいいのである」


「そんな無茶苦茶な!」


 エルの懸念を、導師が大声で吹き飛ばした。

 こういう場合、若者の方が無茶をしようとしてそれを年配者が止めるものだが、うちではまるっきり逆であった。

 魔族の艦隊相手に、海賊戦法を提案する王宮筆頭魔導師って……。

 でも、実はそれしか手がないという現実もあるので、戦争にならないことを祈るしかないな。


「海猪かぁ……」


 俺にとってはクジラか。

 商社マン時代にクジラ料理専門店に連れ行ってもらったこともあるし、そういう商品も扱った経験がある。

 俺も美味しいとは思うのだが、如何せんタブーだと考えている人が多くて、扱いに難儀する品物であった。

 段々と消費量が落ちているものだし、思ったほど儲からず、他の肉があるのでそう売れるものでもなかったからだ。

 これが悲しいことに年配者でも、『懐かしい』という人と、『今は美味しいものがこんなに沢山あるのだから、無理して食べる必要はない』という人もいた。

 貧しい子供時代に給食で出たせいで、貧乏くさいので嫌いという老人は意外と多いのだ。

 クジラ食は文化かもしれないし、捕鯨禁止には欧米の思惑も存在している。

 だが、食の多様化が進んで昔ほど重要視されなくなったのも事実であった。

 この世界では、安定して獲れるようになれば商売になるかもしれないけど。 


「ヴェル様、海猪は使える部分が多くてお得」


「そうなんだ」


 ヴィルマによると、この世界でもクジラの油でランプを灯すらしい。

 魔力を使った灯りは非常に高価なので、薪やロウソクの上位種のような扱いだそうだ。

 バウマイスター騎士爵家にクジラの油を売りに来る商人はいなかったし、師匠から貰ったお屋敷も、バウマイスター伯爵邸も、魔力で灯りを灯しているので知らなかった。

 他の部位も色々な品の原料になるので、水揚げさえされればすぐに売れてしまうそうだ。


「テレーゼのところでは海猪は獲らないのか?」


「ミズホ人が銛を投げて獲っておるの。危険じゃしそう量も獲れぬので、フィリップ公爵領の人間はあまり食べぬ。ミズホ人で好きな者が多いとかで、ミズホ公爵領内だけで消費されてしまうと聞いたの」


 ミズホ人は日本人に似ている。

 だから、クジラやイルカをよく食べるのかもしれない。


「さてと、導師が満足するように頑張ろうかな」


「貴族の旦那、早速探索を開始するだ」


 とはいっても、実際にクジラが見つからなければ意味がない。

 操船を任された漁師は、船を動かしてクジラの群れを探し始めた。


「貴族の旦那、あそこに!」


 見つからない可能性もあったが、この世界のクジラはあまり人間に獲られていないためか、かなりの数存在するようだ。

 十数頭の群れが悠々と泳いでいるのが俺たちにも見えた。


「それで、銛を撃つのよね?」


「そうなんだけど……」


 当然、艦首に銛銃などついていないし、導師に任せると大魔法をぶっ放して消し炭にしてしまいそうなので、イーナにロープが付いた槍の投擲を任せる。


「結構距離があるわね……」


 とは言いつつも、イーナは上手く魔力を篭めて槍を投擲し、無事にクジラに命中させることに成功した。

 体に槍が刺さったクジラが暴れるが、槍についたロープを導師とヴィルマが自慢の怪力で引っ張る。


「ご馳走、逃がさない」


「おおっ! いい引きである!」


 普通の人間なら海に引きずり込まれると思うが、導師とヴィルマには余計な心配であった。

 逆にクジラが、船へと引き寄せられていく。


「ヴィルマ、ボクも手伝うよ」


「あたいも足しになるかわからないけど」

 

 これに、魔力を篭めてパワーを増したルイーゼとカチヤも加わる。

 槍が深く刺さったクジラは暴れるが、次第に船の近くに引き寄せられ、百メートルほどまで引き寄せられたられた時点で、俺が『雷撃』の魔法を放って気絶させた。

 これは、あの『エリアスタン』の改良魔法である。

 気絶したクジラを船の近くまで引き寄せ、トドメを刺すと、それは魔法の袋に仕舞われた。

 さすがに船の上では解体できないので、港に戻ってから行うことにしたのだ。


「次は、某がやるのである!」


 以上のような方法で、俺たちはクジラ獲りを始めた。

 導師は、槍が刺さったクジラを引くのも、魔法でトドメを刺すのにも参加して、とても楽しそうだ。


「大漁なのである!」


「港に持ち帰ってから、漁師たちに解体させて販売だな」


「これだけの海猪が一度に揚がるのは珍しいですぜ」


 それから半日ほど、クジラは順調に獲れた。

 メンバー的に魔法という火力が過多なので、下手なベテラン漁師の団体でも相手にならないほど成果があがっていく。


「ただ、やっぱり魔法の袋がないと難しいかも……」


「仕舞う場所がありませんものね」


 特にすることもないエリーゼは、試しにクジラの肉や油を使って船内で調理を始めた。


「汎用の魔法の袋は高いからなぁ……」


「ええ」


 獲ったクジラを積むには大きな船がいる。

 だが、普通の漁師がそんなに大きな船を準備するのは難しい。

 小さい船だと獲ったクジラをロープで引っ張って港に戻らないと駄目だが、監視を怠るとサメに食われて商品価値が落ちてしまう。

 サメなら、船で引いているクジラを食べられるだけで済むが、海竜を呼び寄せてしまうと漁師まで危険に曝されてしまう。

 体が大きいのでお金にはなるが、海竜や同じ大きさの魔物には負ける。

 そんなに強くはないが、やはり地球のクジラよりは凶暴なので、生命の危険を感じると船に体当たりをする個体もいて、需要があるのに水揚げ量が少ないのには、そんな理由があったのだ。


「安定した捕鯨で食肉を確保すれば、殖産にも役に立つな。バウマイスター伯爵家でも研究させようかな」


「伯爵様、俺たちは一応戦争に来ているんだぜ」


「とはいっても、ホールミア辺境伯はなにも言ってこないじゃないですか」


 なぜか魔族と交渉すら始まっていないので、特にやることがない俺たちは食料確保の名目で漁や釣りをしているのだから。


「もう十分だろう」


「貴族の旦那、遭難者です」


 帰ろうとすると、監視をしていた漁師が遠方にイカダのようなものを見つけた。

 俺も魔法の袋から取り出した双眼鏡で確認すると、海上に小さなイカダの上で休んでいる三人の男性を発見する。


「どうしてこんな場所に?」


「遭難した船の情報なんて聞いてないですぜ」


 漁師は全員がギルドに所属しており、出航前に遭難した船の情報があればギルドから必ず知らされる。

 注意喚起をしておけば、漁の最中に遭難した船や船員が見つかることもあるからだ。


「テラハレス諸島群の監視を行っている小型漁船が遭難したのかの? どのみち助けなければなるまい」


 遭難者を救助するのは、海で船に乗っている者の義務である。

 テレーゼにそう言われ、漁師は船をイカダに近づける。

 だが、間近まで迫ったところで、彼らに長い耳があることにみんな気がついてしまった。

 遭難者救助のつもりが、魔族との邂逅になってしまうとは……。


「魔族か! しかし、なぜ魔力で気がつかなかった?」


「ブランターク殿、連中は魔力切れのようである!」


 さすがのブランタークさんも、魔族の魔力が切れていたせいでその存在に気がつけなかったようだ。

 導師も不覚を取ったというような表情をしている。


「魔族ですか? 貴族の旦那ぁ……」


 我々はアーネストがいるので多少の慣れがあったが、漁師たちはそうもいかない。

 風聞くらいしか聞いたことがない魔族を初めて見て、可哀想なくらいに怯え始めた。


「まあ、落ち着け」


 ここで変に怖がってしまうと、相手に警戒感を抱かせてしまう。

 それに魔力が切れているのなら、今はそう警戒しなくても大丈夫だ。

 俺は普通に彼らに話しかけた。


「遭難か?」


「うん? 人間か。初めて見るな」


「本当だ、耳が短い」


「というか、本当にそれしか差がないんだな」


 三人の若い男性魔族たちは、ツナギに似た作業着のような服を着ていた。

 俺たちを見ても警戒すらせず、初めて見る人間に興味津々のようで、軍人などの類ではないようだ。


「魔力切れか?」


「ああ、休暇中に暇だから島の外に出てみたんだ。空を飛ぶと人間たちの船もあるから海中を進んで来たんだが、予想以上に魔力の消費が激しい。というわけで、休憩中」


「なら、休んで行かないか? 海猪漁を終えて試作の料理も作っているところだ」


「そうだな、せっかくだからご馳走になろうかな」


「お腹も空いたからな」


「では、遠慮なく」


 こちらの誘いを、魔族たちは呆気ないほど簡単に受け入れた。

 早速船内に案内して、エリーゼにマテ茶を出してもらう。


「この船、女の子比率高し!」


「羨ましいなぁ。俺たち青年軍属なんて男と女が強制隔離されていてさぁ。これなら、家で本でも読んでいた方がマシだって。修学旅行かっての!」


「君、もしかしてモテモテ?」


 三人の魔族は、背が高い痩せ型の青年がモール・クリント。

 背が低いガッチリとした体形の青年がラムル・アートン。

 丸坊主が特徴の青年が、サイラス・ヘクトル。

 見た目は、本当に普通の青年だ。


「俺は、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターだ」


「ええと、お貴族様?」


「領地持ちの伯爵だ。今回の騒動で援軍として来ている」


「えっ? 漁をしているのに?」


 モールは、援軍として来ているのにクジラ漁をしていた俺たちを不思議そうな目で見つめていた。


「しょうがないだろう。双方が交渉を始めないんだから。軍隊はいるだけで大量の食料を消費するから、こうして食料確保の任務に勤しんでいるわけだ」


「軍隊って、金食い虫らしいからね。防衛隊も経費や補給で四苦八苦しているみたい。出動を要請しておいて、政府がなかなか臨時予算を出さないから困っているみたいだよ」


 政権交代したって聞いているから、色々と実務で不都合が生じているようだな。

 

「基地の建設資材の費用だけでもバカにならないだろう?」


「みたいだね。予算がないって四苦八苦しているみたいだから」


「防衛隊なんて、前から廃止しろって市民団体とかがうるさいしね」


 なんだろう? 

 モールたちの話を聞いていると、日本を思い出すな。


「予算が厳しいのは、人間も魔族も同じさ」


「どちらも、同じような苦労があるわけだ」


 やはり、彼らはド素人だ。

 俺程度の誘導尋問にスラスラと答えてくれる。


「飯でも奢るよ。海猪の料理だけど」


「いいねえ」


「クジラを獲ると、環境保護団体がうるさいからなぁ」


「たまに漁師と無意味な激突をしているよね。前に新聞で見た」


 魔族はクジラって言うんだな。

 それにしても、この三人の発言を聞いていると、まるで地球に戻ってきたかのような感覚に陥る。

 魔族の国とは、大分現代日本に近い社会システムで運営されているようだ。

 となると、やはり戦争になるのは危険だ。

 まともに戦ったら、まず勝てないだろう。

 それがわかっただけでも収穫か。


「(なあ、伯爵様)」


「(上手く世間話をして、情報を集めましょう)」


「(特に毒になるような連中にも見えないのである。バウマイスター伯爵の方針に賛成である)」


 一向に交渉が始まらない以上、なにか役に立ちそうな情報を集めるべきだ。

 俺がそう説明すると、ブランタークさんと導師も納得したようだ。


「(一応警戒するけど、彼らって素人よね……)」


 結果的に内乱を潜り抜けて素人ではなくなってしまったイーナからすると、モールたちがなにか特殊な工作や攻撃をするとは到底思えないらしい。

 それでも一応、一人で魔族と接しないようにとエリーゼたちに提案して受け入れられた。


「全員奥さん!」


「みんな子持ち!」


「未婚の男性と二人きりにならない! そんな慎ましい女性、うちの国では滅んでいるぞ!」


 彼らが気分を悪くしないように、エリーゼたちは夫がある身なので他の男性とは二人きりにならないと言うと、モールたちは驚きの声をあげた。


「いいなぁ……バウマイスター伯爵。究極の勝ち組じゃないか」


「それなりに苦労はあるのよ」


「それは、人間も魔族も一緒でしょう」


 そこに、料理を持ってエリーゼたちが姿を見せる。

 実験的に作った、クジラの刺身、鍋、龍田揚げ、串カツ、煮物、焼き肉などが出され、彼らはそれを美味しそうに食べ始めた。


「女の子の手料理最高!」


「うちの国だと、料理もできない女性も多いからなぁ……」


「料理は腕前っていうけど、やっぱり女の子が作ると違うよな」


 モールたちは大喜びで、クジラ料理を食べ続ける。


「ねえ、島の外に出るのに食料は?」


「万が一に供えて、準備はしてあるよ」


 荷物持ちをしているラムルは、背負っていたリュックからレトルトパウチと缶詰を取り出してルイーゼに見せた。

 やはり魔族の国は、日本にとてもよく似ていると思う。


「これを食べるの? 銀色だけど」


 ルイーゼは、缶詰とレトルトパックをどうやって食べるのかわからないようだ。

 手に持って首を傾げている。


「中身を開けるんだよ、ルイーゼちゃん」


「凄いねぇ……金属の容器に料理が入っているなんて」


 ラムルは、試しにいくつかの缶詰を、持っていた缶切りで開けてくれた。

 ビーフシチュー、グラタン、ピクルスに、なんとパンの缶詰もあった。

 前世で見た、自衛隊の携帯食によく似ているな。


「パンが魔法の袋もなしに保存できるんだ。でも、なんで魔法の袋を使わないの?」


「大人の事情だってさ」


 ラムルの説明によると、魔族の国は食料が余っているらしい。

 

「その状況で、魔法の袋で食料を保存したら余計に食料が余るじゃない。農家、畜産家、漁師、食品メーカー、飲食店では使用禁止だね。防衛隊には調理担当の隊員がいるから、これは万が一のための非常食だね」


「魔法の袋の使用禁止なんて、徹底できるの?」


「魔道具の探知機器があるから、農林水産省の役人が定期的に調査している。たまに経営が厳しい飲食店が使って捕まるくらいかな?」


「食料が余っているなんて夢のようだね」


「そうかな? 食品関連の仕事なんてワープアと失業の板挟みだからなぁ。よほどの大手でもないと」


 食料価格の下落を補助金で補てんし、それは税金から出ている。

 沢山作れればいいというものでもないと、ラムルは語る。


「クジラは初めて食べたけど、美味しいものだね」


「調理がいいんだよ」


「ありがとうございます」


 ラムルに料理の腕を褒められて、エリーゼはお礼を言った。


「バウマイスター伯爵の奥さん、美少女ばかりで羨ましい!」


 食後、デザートやお茶を楽しみながら話を続ける。

 とにかく、どんな世間話でも重要な情報になるからだ。

 彼らから話を聞くと、魔族の国は長年争いもなく平和だが、少子高齢化で徐々に人口が減っている状態だそうだ。

 政治は国権党と民権党の二大政党に、他の小規模政党も加えて選挙で政治家を選ぶ民主主義。

 魔導技術は王国と帝国を圧倒しているが、平和な時間が長かったせいか、思ったよりも軍事技術が進んでいない。

 ただし、ミズホ公爵領よりも優れた魔銃や魔砲が多数配備されている。

 魔導飛行船に至っては、魔族のものが防御力と機動力、火力で人間のそれを圧倒しており、リンガイアでも歯が立たない。

 魔族は全員が魔法使いなので、その気になれば大陸征服も可能かもしれない事実などがわかった。

 つまり、長年戦争がないせいで平和ボケだが、怒らせれば人間の国は滅亡してしまう可能性があるわけだ。


「聞かなきゃよかった」


「ですわね」


 ヴィルマとカタリーナの本音に、みんが心の中で首を縦に振る。

 同じような話はアーネストから聞いていたのだが、これで情報の信頼度が増した結果となった。


「でも、魔族の大半は戦争なんて嫌だと思うよ」


「そうなの?」


「いくら若者に仕事が増えるかもしれないって、大企業や政治家がマスコミを使って煽っても、青年軍属たちを見るに非正規で使い捨てでしょう? 別に生活できないわけでもないし」


「国権党だろうが、民権党だろうが、失業率の改善なんてそう簡単にできないから。みんな、結構冷めた目で見ているね」


「なんというか、覇気のない連中じゃの」


「とはいってもね。戦争大好きで、占領地の人間は搾取の対象、逆らえば皆殺しの魔族とか嬉しい?」


「そういうのは、何万年も前に終わっているから」


「そうそう、昔の文献に出てくる魔族は頭がおかしい!」


 よくも悪くも覇気のない三人に、元フィリップ公爵であるテレーゼは色々と思うところがあるようだ。

 俺だけは、この三人に好感が持てた。

 魔族だからという理由で世界征服でも目指されてしまうと、俺の安定した生活……まあ安定していることにしよう……がなくなってしまう。

 なによりこいつらって、現代日本人にメンタルが似ていて、とても付き合いやすいのもよかった。


「魔族の国のことはわかったけどよ。どうして交渉を始めないんだ?」


「うちの国は、政権交代したばかりだからね」


「はあ? 政権が交替しただけで、どうして外交交渉が始められないんだよ?」


 ブランタークさんは、サイラスが言っていることが理解できないようだ。


「元々、我らの国には外交を担当する部署なんてないし、久しぶりに政権交代で民権党が政権を獲ったけど、あの連中は実行力がないから」


「どうしてそんな連中が選挙に勝てるんだよ……」


 民主主義を知らないブランタークさんからすると、完全普通選挙というシステムが理解できないのであろう。

 そしてその弊害も……。


「でも選挙は四年に一度はあるから、バカはすぐにメッキが剥げて選挙に負けるもの。こう言うと失礼かもしれないけど、一旦跡を継いだ貴族の当主や王様が無能だと、数十年も祟るでしょう?」


「あまりに酷いと、家臣たちが押し込めるパターンもあるけどな」


 政治制度の良し悪しは、まあ言い合ってもキリがないのが常識だ。

 どちらも、トップが優秀でなければ機能しない点は同じなのだから。


「伯爵様はどう思うんだ?」


「えっ? どっちも運用する人次第だと思います。一長一短があると思いますけど」


 どんな政治制度でも構わないと思うが、一番の問題は他の国の政治制度にケチをつけて介入することかもしれない。

 その余計なお世話のせいで、戦争になって多くの犠牲者が出たら意味がないからだ。


「伯爵様って、案外政治家向きか?」


「そんなわけがないでしょうが」


 前世の影響で多少はそういう知識あるだけだ。

 そんな聞きかじり程度の知識で政治に関わっても、ろくなことにならない。

 それこそ、三人がその能力を疑っている民権党の連中と同じになってしまうのだから。


「なかなかに面白い話を聞けてよかったよ。おかげで助かった」


 あえて積極的に交渉に乗り出そうとは思わないが、情報があるのはなにかと有利だ。

 まあ、王家やホールミア辺境伯家を差し置いて、俺が出しゃばるのもどうかとも思うから、あくまでも参考にするだけだけど。


「では、気をつけて帰ってくれ」


「えっ? 俺は帰らないよ」


「俺も」


「どうせ向こうに戻ってもつまらないし」


「はあ?」


 三人は抜け出して来たテラハレス諸島群に戻らないと言い、俺たちを困惑の渦に陥れる。


「いやいや、戻らないでどうするよ?」


「バウマイスター伯爵ってなんかVIPぽいし、観光も兼ねてお世話になろうと思うんだ」


 モールたちは、このまま基地に戻ってもつまらない建設作業で退屈なので、俺たちについて行くと宣言した。


「戻らないと、お金が出ないんじゃないのか?」


「別にそこまで金に困ってもいないしね。日当と常識的な遊興費を出してくれれば、大陸側でも全然構わないさ」


「親に言われて青年軍属に参加したけど、あそこはろくなものじゃないからね」


「情報ならもっと提供するから、しばらく置いてよ。適当なところで戻るから」


「……」


 所属する国家や同朋への忠誠心の欠片もない三人に、導師ですら絶句していた。

 俺は、この三人の考え方が理解できてしまうのだけど。


「あっ、そうそう。バウマイスター伯爵は知っている? 青年軍属の日当って、六千四百エーンなんだよ。そこからさらに税金とか健康保険とか年金とか引かれるという」


「ワープア以外のなにものでもないから」


「防衛隊の人たちも、嫌な連中を受け入れたって態度が見え見えでさ。なんか居づらいんだよねぇ……」


 あくまでも若年者失業率を一時的に下げるためだけのものなので、その待遇はよくはないそうだ。

 ただ、エーンという単位が円と同じだとして、衣食住は無料なのでそこまで悪くないのか?

 でも、非正規だろうからなぁ……。

 元社畜のカテゴリーに入る俺だが、それでも正社員だった。

 青年軍属よりはマシだったのだ。


「今回の出兵が終われば、俺たちはまた無職だから。完全に使い捨て」


「そうなんだ……」


 俺は、前世の日本に戻ったかのような懐かしさと虚しさを同時に感じてしまう。

 そういえば、この世界に飛ばされる前に中学時代の同窓会に出たけど、フリーターとか派遣で生活している同級生は多かった。

 どの世界でも、若者が生きていくのは大変というわけだ。


「六千四百エーンがどのくらいの価値かは知らないけど、金貨か銀貨なら換金可能か?」


「大丈夫、金なら町のリサイクルショップで換金してくれるから」


「報酬が、金貨、銀貨でいいのなら……」


「全然問題ないよ」


「こっちの方が報酬もよさげだな」


「なんでも聞いてくれていいよ」


 結局モールたち三人を受け入れることにしたが、これも情報収集のためだ。

 ただ、魔族の国がなぜか現代日本に似ているという現実に、俺はなんとも言えない気分になってしまった。

 魔族も、現代日本も、実はもう衰退が始まりつつあるのではないかと。

 それを、別世界の俺が憂いても仕方がないのも事実であったが。

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