第314話 セカンドコンタクト(その1)

「貴族の旦那ぁ、今日も大漁でしたぜ」


「そうか、事故がないように明日からも頑張ってくれよ」


「任せてくだせぇ」




 どういうわけか、いまだに王国と魔族との間で交渉が始まっていない。

 魔族の空中艦隊はテラハレス諸島群に上陸して基地の建設を行っているが、その速度は、魔族側による策略なのではないかと思うほど遅い。

 魔族は全員が魔法使いのはずなのに、この遅さは異常だ。

 基地建設は交渉を有利に進めるためで、ただのポーズではないのかと言う貴族たちと、わざとこちらを挑発しているのだと言う貴族たちもいるが、現時点の王国政府はどちらとも判断していない。

 なににしても、交渉が始まらないと事態は進展しないのだけど、それはいつになるのかわからなかった。

 それでも大軍が集まっている以上、大量の物資を消耗してしまう。

 特に食料と水は必ず必要で、俺たちはそれを確保すべく働いていた。

 魔導動力付きの小型船を、テラハレス諸島群の監視のために漁船が不足している漁師たちに貸して漁を行わせたのだ。

 そのおかげで、サイリウスの町の魚の供給量が安定した。

 軍への補給でも、民心の安定でも、俺たちは大きく貢献しているはず。

 相変わらずホールミア辺境伯からは呼ばれないが、俺たちどころではないのかもしれないな。

 別に、もの凄く会いたいわけではないからいいけど。


「ただし、ただ釣りをしているだけとも言えるがな」


「そういうブランタークさんも、釣った魚を調理して、それを肴に酒を飲んでいるだけじゃないですか……」


 ブランタークさんも釣った魚をエリーゼたちに調理してもらい、それを肴に晩酌の毎日であった。

 とても人のことなど言えない状態なのだ。


「しょうがねえだろう。状況が動いていないのだから」


 とはいえ、まだ二週間ほどである。

 この程度の長対陣には慣れていたし、俺は『瞬間移動』が使えるので、二日に一回はバウマイスター伯爵領に戻って土木工事を続けている。

 俺と使える魔法が似ているカタリーナ、リサ、テレーゼも連れて一緒にやっているので、戦時にも関わらずバウマイスター伯爵領の開発は計画どおりであった。

 アマーリエ義姉さんとエリーゼは赤ん坊の世話に集中しているし、ルイーゼ、イーナ、ヴィルマ、カチヤなどは漁の方に重点を置いている。

 空いている時間に、網の張り方なども漁師たちから教わっているようだ。

 やはり、ヴィルマは才能があるそうだ。

 漁もできる伯爵の妻たち……果たしてどこに行くのか?


「このまま、永遠に毎日漁をするのかと思うと心配になるな」


 心配にはなるが、漁や釣りは嫌っていないようだ。

 年を取ったブランタークさんからすると、サッパリしたメニューを作れる魚は素晴らしい食材なのだから。

 娘もまだ幼いので、健康には留意した方がいいのだから。


「うーーーむ」


「どうかしたか? 導師」


「釣れないのである!」


「いや、釣れているじゃないか」


 初日の不味い魚、食えない魚地獄のあとは、導師も順調に釣果を伸ばしている。

 今日もかなりの数の魚を釣っていた。


「いや、クロマグロとか、海猪とかである!」


「導師、こんな港の近くの海域じゃ釣れませんよ……」


 我儘を言う導師にエルが呆れていたが、港から一キロほどのこの海域でクロマグロと海猪は難しい。

 もう少し遠くの海域に行かないと駄目なはず。


「クロマグロと海猪ですか? 最低でも、もう十キロは沖合に出ませんと」


 釣った魚を締めている漁師に聞くと、やはりかなり沖合に出ないと無理だそうだ。


「海猪なら、たまに沖合にも姿を見せますがね。大きいのでそう簡単には獲れませんけど」


 海猪とは、イルカやクジラのことを指す。

 この世界でも、卵ではなく子を産むイルカやクジラは動物扱いで、だから海の猪と昔から呼ばれているそうだ。

 この世界には、クジラやイルカは頭がいいから殺すのは可哀想と騒ぐ環境保護団体がいないので、たまに獲られて市場に出回っていた。

 たまになのは、サーペントほど狂暴でないにしても、やはり巨体なので獲るのが難しいからだ。


「バウマイスター伯爵よ、たまには大きいのを狙わぬか?」


「デカイ貴族の旦那、海猪はそう簡単に獲れないですぜ」


 漁師たちから愛称も込めて『デカイ貴族の旦那』と呼ばれている導師に、漁師が説明をした。

 捕鯨用の銃がないし、もし捕獲しても大きな船でないと積めないので、とてもハードルが高い漁だと漁師が言う。


「某たちは魔法使いである! 海猪獲りなら任せるのである!」


「任せろって……」


 実際に獲ったこともないのに、導師も無責任な……。


「たまにはいいではないか。明日、出発するのである!」


 なぜか導師が明日の予定を強引に決めてしまい、かと言ってそれに逆らう度胸もなく。

 俺たちは、クジラ獲りに付き合わされることになってしまった。

 どうせ暇だからいいけど。






「青年軍属たちがなんだと?」


「一部の連中が、退屈なので、休みに釣りにでも行きたいと……」


「あの連中、頭にウジでも湧いているのか?」




 まだ基地建設は終わっていないというのに、司令官である私アーリートン三級将を新たなる試練が襲った。

 能力はともかく、やる気など微塵もない青年軍属たちの一部が、休暇で外の海に出たいと言い始めたのだ。


「あの連中は、今の我々の状況を理解しているのか?」


「していないでしょうね……。もしくは、知っていて配慮しないとか?」


「どちらでも、結局は同じことだな」


「ですよねぇ」


 副官のバーメル三級佐が、呆れ顔で答える。

 彼らは、職に就かないというか就けない若者たちへの支援という名目で、民権党が募集をしてこちらに送り込んできたのだが、そのせいかやる気はゼロに等しい。

 契約では決められた期間、軍属として仕事をしていれば決められた賃金が出るからだ。

 そこに、能力や仕事達成度という項目はない。

 よってやる気などなく……あっても出すわけがなく、極論すれば別に基地など完成しなくてもいいのだ。

 決められた日数、そこにいれば金になるのだから当然だ。

 それに彼らは正規雇用ではないので、期間が終われば解雇される。

 そんな彼らに、真剣に作業をしろと言っても無駄であろう。

 民権党の連中は、若者を雇用したという事実だけが欲しいのであって、それを考えると彼らも犠牲者なのかもしれない。

 だが私は思うのだ。

 実は、一番の被害者は私たち防衛隊なのではないかと。


「もうグダグダだな。それで、政府はいつヘルムート王国と交渉を始めるのかね?」


「それこそ、神のみぞ知るですかね?」


「これはあれだ。政府の連中も、青年軍属たちと大差ないな」


「ですね」


 そんな彼らの一部が、休暇中も島に居続けるのは退屈だと言い始めた。

 民権党の政治家たちの命令で、彼らには決められた十分な休日が与えられている。

 あのアホ共が言うには、自分たちは労働者の味方なので労働法規の順守は当たり前なのだそうだ。

 だが、防衛隊でも過度な疲労が思わぬ事故やトラブルを起こすことくらい理解しており、そもそも休暇ナシで働かせても作業の効率も落ちるだけなので、ちゃんと労働管理は行っている。

 あの連中が問題なのは、仕事の方は全然なのに文句ばかり言ってこちらを困らせることだ。


「この群島の周囲は、大小多くの船で監視されているのだがな……」


「戦って負けることはないと思いますが、周りは全部敵ですからね……」


「バーメル三級佐、彼らはまだ正式に敵ではない。発言に注意したまえ」


「失礼しました」


 公式に人間たちを敵と認めてしまうと、それは際限のない戦争を巻き起こす可能性がある。

 発言には注意すべきであろう。

 なにより我ら防衛隊は、厳密なシビリアンコントロール下にある。

 政府の命令なしに、防衛隊が勝手に人間を敵だと判断してはいけないのだ。

 その前に、勝手に人間たちの領地に基地を作っておきながら、彼らを敵だと公言してしまうなんて、魔族としての尊厳や羞恥心に関わる事案なのだから。

 あくまでもこれは私見であり、政府の連中の心の内までは理解できないがね。


「はあ……。ですがそうでも言わないと、あの連中は本気で外に遊びに行くと思いますが……」


「悪夢だな……」


 そんな海域に軍属たちが遊びに行く許可を与えれば、いくら休暇でも向こうがそんな事情を加味してくれるはずがない。

 間違いなく戦闘になるであろう。


「島ですごさせろ!」


「今、警備を強化しております」


 青年軍属たちが厄介なのは、魔族の特性である『魔族は全員魔法使い』という点に尽きる。

 どんなに魔力が少ない者でも、人間の魔法使いでいうと中級に匹敵する魔力を持っているのだから。

 古代の文献からそれを知っている軍属たちも多く、調子に乗って魔法をぶっ放す可能性も否定できなかった。


「だから、青年軍属なんていらなかったんだ……」


 魔族は全員が魔法使いで強い。

 その事実を背景に、魔族の一部には『大陸侵攻』を口にする者が存在する。

 だが、大陸に侵攻できるほど防衛隊の人員は多くない。

 防衛隊の名のとおり、大昔に侵攻能力を持つ軍隊としての機能を失ったのだ。

 加えて、魔族自体の少なさがある。

 勝っても戦死者が出れば、それだけで世論は沸騰するだろう。

 我らの国から、戦争や戦死者という言葉が消えて久しい。

 下手をすると、数名の戦死者が出ただけで内閣が総辞職に追い込まれる可能性もあった。

 それに、大半の民衆は侵略や戦争に否定的だ。

 人口減で放棄する土地が増えているのに、他国に侵攻してどうにかなるものでもないからだ。

 今回の作戦は法的根拠に問題があると、騒いでいる民衆や識者もいるのだから。


「バーメル三級佐、たまに思うのだが、どうして私が指揮官なのだろうな?」


「……」


 答え辛いようで、バーメル三級佐は無言のままだ。

 私も回答を期待していないから、特に問題はないがな。

 正直、こんな作戦には参加したくなかった。

 大過なくすごせば、退職金と年金で……最近は少子高齢化が進んで支給年齢の引き上げ議論は出ているけど……。

 まあ、生活するくらいはできるはずだ。


「青年軍属の連中、妙に魔法が上手い奴らがいますからね」


「暇だからな……」


 大昔、数万年前の魔族は、相手を従わせるのに力(魔法)でわからせる野蛮な社会を形成していた。

 今は魔導技術が進み、社会の統治システムが洗練され、魔法バカは社会で疎まれる傾向にある。

 それよりも、ちゃんと勉強をして、いい学校を出て、資格を取り、周囲の人たちや友人とのコミュニケーション能力を磨いた方が就職には有利だ。

 社会システムとインフラを維持する魔力は必要だが、これは魔導技術の進歩によって毎年必要な魔力量が減っている。

 魔族は人間と違って、物心つけばある程度の魔力が身に付くので、そのくらいの魔力量で十分なのだ。

 それよりも、ある程度の学力やスキルを身に付けないと就職できない。

 身に付けても、若者の半分は就職できなくて社会問題化しているが。

 そんな無職の若者たちの一部には、暇潰しに魔法の修練に熱中する者たちがいた。

 たまに社会への不満を解消するため、町中で暴れる『キレた若者』もいるが、そういう連中はすぐに逮捕される。

 防衛隊を含む治安維持組織には、まともで真面目でちゃんと就職できた若者を一定数雇用し、魔法の鍛錬も含む戦闘訓練を行っているからだ。

 若者たちも食えないわけでもないので、暴れる連中は滅多にいない。

 マスコミが、その少数を『社会の犠牲者』だと言って政府批判に利用するから、問題が大きく見えるだけだ。


「実は、私の弟も無職でして……。木から落ちる葉の数を数えるのは飽きたからと、魔法の練習をしていましたな。そんなことをしても、就職はできないのですが……。両親から『なんとかならないのか?』と聞かれるのですが、私にコネなんてないですからね……」


 バーメル三級佐の家も色々と大変なようだな。

 私の従兄弟にも無職はいるし、防衛隊に入れてくれないかと、叔父や叔母たちに聞かれたこともある。


「将官になれば、コネがあるのでしょうか?」


「少なくとも私にはないな。うちの息子は民間に就職した」


 幸いにして、うちの息子はなんとかサラリーマンをしているが、酷い待遇で毎日疲れた顔をしていた。

 働かないというか、働けない若者。

 数少ない求人には、『暗黒企業』と呼ばれる酷い待遇の会社も多い。

 そこで心身共に追い詰められ、自殺したり鬱になる若者も多いので、『無理に就職してもなぁ……』と言う若者たちも多く、それに対し年寄りが『昔の自分はもっと酷い待遇でも働いていた! これだから今の若者は!』と文句を言い、当の若者たちからは『ジジイの昔自慢』とバカにされている。

 実は昔の方が待遇のいい企業が多かった。

 求人も多かった、というのが真相だけど。

 ガムシャラに働かせる会社も多かったけど、その分給料も高かったと、亡くなった祖父が言っていたのを思い出す。

 そんなわけで、我が国ではここ数百年ほど不毛な言い争いが続いていた。

 いわゆるジェネレーションギャップというものであろう。


「だからといって、それら多くの矛盾を誤魔化すために大陸に侵攻しても、間違いなくドツボ、泥沼であろう」


「かえって、魔族の衰退を招くでしょうね……」


 占領地を上手く統治できなければ、数少ない魔族は人間たちに寝首をかかれて大陸に屍を曝す可能性もある。

 それがわかっているから、上の制服組はアホな政治家の言い分に四苦八苦しているのだから。

 

「俺は制服組でなくてよかった……「大変です! 三名の脱走者が!」」


 そんなことを考えていると、そこに警備担当の二級佐が飛び込んできた。

 なんと、監視の目を潜って三名の青年軍属たちが島の外に出てしまったらしい。


「しかし、どうやって?」


「海中です……」


 『飛翔』で空を飛んで島を出れば、すぐに見つかって連れ戻されてしまう。

 そこで、『高速移動』と『水中呼吸』とを合わせた魔法で、三名が島の外に出たということか。

 その労力と情熱を、もっと他のことに使ってほしいものだな。


「追跡をかけますか?」


「しかし、それを行うのは難しい……」


 下手に船を動かせば、この島の周囲を警戒している人間たちの船を刺激してしまう。

 かといって、貴重な人員を魔法だけで追跡させるのは危険だ。


「三名が遭難でもすると、それも非難の対象になりますけど」


「あのバカ共め!」 


 私は眩暈を感じ、間違いなく、自分ほど不幸な指揮官はいないはずだと思うのであった。

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