第313話 戦闘はないが、話はなかなか進まない(後編)

「補給作業が忙しいなぁ。というか、漁獲量が増えたら、途端にあてにされるようになったな」


「バウマイスター伯爵は漁師みたいになっているし、今回の紛争はどうなっているんだ?」


「実は、準戦時状態が長引いているせいで、西部の景気が冷え込んできまして……。穀物、野菜、魔物の肉など、食料の仕入れ値が少しずつ上がってきたんです。彼らも不景気で苦しいのはわかるのですが……。そんなわけで、仕入れ値が上がらない魚の需要が上がってきました」


「食料の補給だけではなく、価格維持の任務まで……」


「結果的に、みんなとてもありがたがっていますね」





 今日も漁を終え、赤ん坊たちにミルクをあげて寝かせたあと、今日は夕食会を開いた。

 あまりに状況が動かないので、フィリップとクリストフを呼んで情報交換を試みたのだ。

 相変わらず着陸させた船内での生活なので、客はあまり呼んでいない。

 二人と、彼らの部下、あとは彼らに新しく出来た寄子たちだそうだ。

 みんな、エリーゼたちが作った魚料理を美味しそうに食べている。

 うちは洋風だけでなく、ハルカが教えてくれたミズホ風の料理も出るので、人気があるというわけだ。


「もう寄子を?」


「帝国内乱で褒賞を受けた貴族は、俺だけじゃないのさ」


 一緒に戦った王国軍組の中で、貴族の次男三男で食うために軍人をしていた指揮官クラスが数名、一緒に騎士爵を貰って法衣貴族として独立、そのままフィリップの寄子になったそうだ。


「あっという間にできあがる柵……」


「バウマイスター伯爵、そう思っても口に出すな。俺だって戸惑ったんだ」


「えっ? 元は大貴族の息子なのに?」


「俺が細やかに寄子たちを把握していたと思うか? そういうのはクリストフの担当だったんだよ」


 軍人肌の長男、内政官肌の次男だったからなぁ……。


「それだとは駄目なんじゃあ……」


「フィリップ兄さん、一応形だけでもそういうこともちゃんとしていた、という風に言っておいてください」


 フィリップは、クリストフに釘を刺された。

 確かに、なにもしていなかったとカミングアウトするのはよくないか。 


「人に言うほど、バウマイスター伯爵も寄子たちに細やかな配慮とかしてないだろうに」


「まあ、してないけど……」


 していないな。

 みんな、ローデリヒに丸投げだ。


「今はやっているぞ。みんな、俺が頼りだからな。法衣騎士なんて吹けば飛ぶくらいの存在だからな」


 昔とは違って、今は自分が面倒をみてあげないと駄目らしい。

 フィリップは、共に帝国内戦で苦労した部下たちの面倒をよく見て慕われているようだ。


「俺とクリストフも、エドガー軍務卿の寄子で世話になっているからな。その点はありがたいし楽だな。その代わり、こうしてバウマイスター伯爵と情報交換に務めたりするわけだが……。代わりにこちらも情報をバウマイスター伯爵に渡そう」


 二人の寄親であるエドガー軍務卿からの情報で、実は極秘裏に外交使節団を例の魔族艦隊に送り込んでいるらしい。

 だが一向に交渉が始まらず、彼らは艦隊内に留め置かれているそうだ。


「監禁されている?」


「わからん。定時通信は普通にできるそうだし、用事があるのなら戻っても構わないと、向こうの指揮官から言われたそうだ」


「いい条件で交渉しようと、相手をジラす戦法かな?」


 こちらが外交使節団を送ったのだ。

 普通なら、すぐに責任者が対応するはず。

 

「王宮でも判断がつきかねてな。中には『我らヘルムート国を舐めている! すぐに攻撃開始だ!』とか騒ぐ貴族たちもいて……まあプラッテ伯爵たちなんだが……」


「あいつかよ……」


 自分の跡取り息子がリンガイアの副長だから、彼を取り戻すために戦争も辞さないと吠えているバカである。

 親バカも極まれりだが、俺もフリードリヒが同じ目に遭ったらああなるのであろうか?


「『A情報』は、バウマイスター伯爵のところのローデリヒから来ているから、なにもわからなくて右往左往でないだけありがたいが……」


 『A情報』とは、『アーネストからの情報』の略で、うちに居候している魔族からの情報という意味だ。

 彼は、ここに連れて来ると向こうと勝手に連絡を取ったり、内応の可能性があると疑われるので連れて来なかった。

 もっとも本人はそんなことを一切気にしておらず、いつもどおり論文の作成に忙しく、部屋に閉じ籠っていた。

 そして、その状態を王国から黙認してもらっている代わりに、彼から魔族に関する情報を提供しているわけだ。

 アーネストは、このリンガイア大陸にある遺跡を調査したくて密出国までした男だ。

 よって国家に対する忠誠は薄く、知りうる限りの情報を王国に教えてくれる。

 おかげで魔族の国に関する情報は集まったのだが、彼は元は大学教授であった。

 政府や軍隊などに関する情報は、どうしても概要的なものになってしまう。

 だが、それでも王国政府を交渉へと向けさせるのに十分であったが。


「魔族は全員魔法使い、最低でも中級以上の魔力を持つ。魔導飛行船や、その他の武器の性能も比べものにならない。いくら数が少なくてもな……」


 数が少ないから全面戦争にはならないかもしれないが、条件闘争のための限定的な軍事衝突となれば、人間側が一方的に蹴散らされてしまう。

 その結果、不平等な条約や領地割譲を受け入れてしまったら……。

 アーカート神聖帝国にも舐められてしまう事態になるであろう。


「そんなわけで、王国政府としては数を頼りに圧力をかけて、なんとか平等な条約を結びたいわけです」


「可能なのかな?」


「そう思っていないとやってられませんから。問題は、プラッテ伯爵たちのように足を引っ張る連中ですね」


 魔族の国と戦争をして、それで勝てると思っているのが驚きだ。

 アーネスト経由で、完全ではないが魔族に関する情報は入っているのに……。


「彼らに言わせると、そんな情報はあてにならないそうです」


「じゃあ、自分であてになる情報を探って来いってんだ」


「そんな面倒なことはしませんよ。連中は」


 彼からすると、戦争とは出世をかけた賭けなのだそうだ。


「政府閣僚も、軍人も、上にいる人たちは戦争なんて嫌ですからね。戦争を煽る貴族ってのは、それで上手く行けば自分も出世できる。駄目なら上の連中の責任にして逃げようと考えていますから。その結果、上の席が処罰で空いたら、なに食わぬ顔でそれをまた狙います」


 駄目元で景気のいい主戦論を煽り、もし実行して失敗したら、上の責任だと言って逃げる。

 酷い話だが、こんな中間層や非主流派は多い。

 上が可愛そうな気もするが、もし彼らに引きずられてしまえば、責任のある地位にいるのだから、罰を受けても仕方がないのであろう。

 責任者ってのは、責任を取るために存在するのだから。


「ということは、まだ俺たちは釣りができる? よーーーし、これを生かして海釣りを極めるぞぉーーー」


 まだ、主クラスの大物が釣れていない。

 そのうち、名人級の腕前を持つベテラン漁師が『この海域には、全長十メートル以上もある謎の大魚がいて、ワシもそれを数十年も追いかけているのだ』などと話しかけてくれるかもしれないのだから。


「バウマイスター伯爵、それはなんの物語なんだ?」


「ありそうというか、あったら面白そうですね」


 体育会系のフィリップは呆れ、文系のクリストフは半分だけ俺の話に賛同してくれた。

 

「その名漁師の鼻を明かしてやるんだ」


「初日にサーペントに食べられてしまった大物もいましたし、またあのくらいの獲物はすぐに釣れますよ、あなた」


「だよなぁ、エリーゼはわかっている」


 この目の前の海は、豊富な魚を俺たちに恵んでくれる素晴らしい漁場なのだ。

 頑張れば、またあんな巨大魚がかかるかもしれない……いや、必ず釣るぞ!


「ヴェル、あくまでも漁に出ているのは駐留する各軍への食料供給任務なんだが……」


「エル、そのくらいのことが俺にわからないとでも?」


 わかっているからこそ、そう言って毎日釣りに出ているのだ。

 それに実際、彼らに大量の魚を販売している。

 相場は少し安く設定して変更もしていないし、漁師たちの収入も保障していた。

 そこまで貢献しているからこそ、ホールミア辺境伯はなにも言ってこないのであろう。


「俺は、ヴェルがこのまま釣りだけに没頭して、本来の目的を忘れているのではないかと心配したんだ」


「あははっ、そんなまさか」


 さすがにそれはないと、俺は笑い始めた。

 決して、誤魔化すために笑っているわけではないぞ。


「そうかしら? エルの心配はもっともよ」


「ええーーー、どうしてイーナが裏切るの?」


「裏切るとかじゃなくて、ヴェルは毎日楽しそうに釣りをするか、フリードリヒたちの近くにばかりいるから……」


「時代の先端を行く、赤ん坊の世話を見る貴族、それがこのバウマイスター伯爵様だ」


 この世界に、家事の分担とか、イクメンという言葉は存在しない。

 子供の世話は、主に女性が見るものという考え方が主流だからだ。

 大貴族だと、母親が面倒を見ず、乳母やメイドに任せてしまう人も多かった。

 俺のように自分でミルクをあげたり、おしめを替える男性は滅多にいないそうだ。


「普段はできないけど、こういう時くらいはね」


 領地にいると色々と忙しいし、ローデリヒもうるさい。

 だからこそ、今が最大のチャンスというわけだ。

 戦争になるかもしれないのに、なぜかもの凄く時間が空いているのだから。

 それなのに、ローデリヒは領地に戻って来いとは言えない。

 実に好都合なのだ。


「悪くはないと思うけど、バウマイスター伯爵としては問題かも」


「そうだね、軽く見られちゃうよ」


 現代日本とは違って、男性が、それも俺のように大貴族が赤ん坊の面倒など見ていると、世間からの評判が悪くなってしまうそうだ。

 ルイーゼもイーナの考えに賛成で、もしこんな事実を日本の女性たちが知ればどう思うのか?

 ある意味、興味深くはある。


「それほど気にすることもあるまい」


「テレーゼは俺の味方だった」


「大貴族が少々変わったことをしたとて、それが何程のものかというわけじゃ。世間の流行など、変わり者の大貴族や王様が始めたものも多いからの」


 自分が大貴族でもあったテレーゼからすると、流行とは、自分たちのように目立つ人間が作り出すものだと思っているらしい。


「つまり、ヴェンデリンさんが男性なのに赤ん坊の世話をしていると、それを真似る人が出て流行するかもしれないと?」


「そんな感じじゃの」


「信じられませんわね」


 カタリーナは貴族に拘る女である。

 だからこそ余計に貴族の基本に忠実で、俺が赤ん坊の面倒を見るのはおかしいと思っているのだから。


「好きにすればいいと思う」


「だよなぁ、ヴィルマ。あたいの兄貴なんて、子供の頃はあたいを背負って面倒みていたらしいぜ」


 あの家は、当主夫人も農作業をするような家だ。

 どうせ他の貴族たちは誰も見ていないし、気にもせずにそういうことをしていたのであろう。


「でも、私たちもいるからたまにでいいわよ」


「旦那様には、やはり世間の目がありますから」


「うーーーむ、こっそりとやるとするか」


 アマーリエ義姉さんからすると、自分の仕事ばかりか、連れてきたメイドたちの仕事がなくなるのが困るというわけか。

 確かに、それは一理あるかもしれない。

 ここはリサの言うように、他の貴族たちに目を付けられないようにするべきか。


「となると、やはり釣りを強化か?」


「旦那様、なぜ釣りなのですか?」


「なぜって、海が俺を呼んでいるから!」


 そして、まだ見ぬあの海域の主が、俺との対決を待っているのだ。


「いえ、『瞬間移動』が使えるのですから、ここは領内の開発工事もしないと駄目なのでは? ローデリヒさんに怒られますよ」


「リサさんの言うことは正論すぎますね。あなた、二日に一度は領地に戻ってください。なにかあれば魔導携帯通信機で連絡しますから」


 なぜかエリーゼにも念を押されしまい、俺の釣りライフは二日に一度となってしまう。

 そしてもう一日は、『瞬間移動』で領地に戻って、また土木冒険者として仕事をする羽目になってしまうのであった。

 これも、子供たちのため……。







「失礼、バウマイスター伯爵殿はいらっしゃるかな?」


 相変わらずの待機状態が続くなか、俺たちを五名の男性が訪ねてきた。

 身形からして、下級貴族とその子供たちといった感じであろう。

 本来なら門前払いをするところなのだが、彼らがエルの父親と兄たちであったことから、話だけは聞く展開になってしまった。


「恐れていたことが……」


 これまで、彼らは補給部隊の通り道などを警備していたそうで、このサイリウスに来ていなかったと話していた。

 任務が終わり、休暇がてら諸侯軍を連れてサイリウスに入ると、そこには自分の息子がいた。

 顔を出して親子の再会を……というのが普通なのであろうが、実は彼らは大きなチョンボをしている。

 俺が領地を得たばかりの頃、エルのツテで他の貴族よりも優遇しろと無茶を言ってきて、結果的に西部貴族たちへの対応が悪くなる原因を作ってしまったのだ。

 悪くなるというと誤解を与えるが、別に拒否しているわけではない。

 南部を一番優遇しているのは地元だからだし、次が中央なのは、開発で中央貴族と王家の援助と庇護を受けているからだ。 

 東部とは揉めたが、それも解決して新ブロワ辺境伯とは知らぬ仲でもないし、紛争で損害を受けて大変そうなので少し手を貸している。

 そうすることで新領主の統治体勢を安定させ、紛争などで足を引っ張られないようにする目的もあった。

 ああ、そう考えると西部は一番不遇かもしれない。

 エルも、それ以来家族とは連絡を取っていない。

 彼が恩を返すべき人は亡くなった母親のみなので、独立して家を出た以上、関係がないという考え方なのだ。


「エルも大変だねぇ」


「まったく、イーナやルイーゼの家族が羨ましいぜ……」


 エルは、厄介のタネが来たと顔を渋くさせた。


「言うほど、ボクの家族も素晴らしいとは思えないけど」


「そうよね。極めて普通?」


「だから、その普通が羨ましいんだよ」


 二人の子供がバウマイスター伯爵家の槍術指南役と魔闘流指南役となって家臣家を創設するので、それを手伝うために親族や弟子たちを優先的に採用している。

 このくらいならどの貴族や陪臣でも行っているし、どうせうちは人手不足である。

 特に問題にもなっていない。


「バカな俺が言うのもどうかと思うが、俺の家族なんてみんな凡人だぞ」


 剣に優れたエルに嫉妬し、獲物の横取りをするような家族なので、その性格はお察しというわけだ。


「しかし、どうしてレクス兄さんとサレム兄さんがいるんだ?」


「どうしてって……家族だからじゃないのか?」


「あの二人は、俺よりも先に家を出てホールミア辺境伯家に仕えたと聞いていたからな」


 零細貴族の子弟の就職先としては、地元大物貴族家に仕えるという選択肢もある。

 だがここでも、大貴族と零細貴族では待遇に大きな差がつく。

 大貴族の子弟は家臣家に婿入りなどができるが、エルの兄たちくらいだと末端の警備兵くらいが関の山で、死ねば貴族の身分も失ってしまう。

 悲しいかな、実家の力次第で人生に大きく差が出てしまうのだ。

 

「ホールミア辺境伯家に仕えているのなら、今は忙しいのでは?」


 魔族艦隊への対応があるので、俺たちならいざ知らず、ここに来る余裕もないと思うのだけど。


「これは、バウマイスター伯爵殿。私は、エルヴィンの父でアルニム騎士爵家の当主です」


 最初の挨拶は普通だった。

 エルの父親が、自分と四人の息子たちを紹介しただけだ。


「バウマイスター伯爵殿のご活躍は噂に聞いておりますとも。ところで、うちの他の息子たちはいつバウマイスター伯爵家に仕官できるのですか?」


「はい?」


 俺は、エルの父親がなにを言いたいのか理解できなかった。

 仕官したければ、好きに募集に応じればいい。

 能力があれば出世も可能だからだ。


「それは、募集に応じていただければ……。ただ、その前に仕えているところを退職して、トラブル等がないようにしていただきたい」


 うちの方が条件がいいから焦っているのであろうが、仕えていた家なり職場を辞めもしないでうちに応募してくる者たちがいて、うちも困っていたのだ。

 向こうからすれば、バウマイスター伯爵家が勝手に家臣を引き抜いたように思えてしまう。

 当然うちに抗議してくるので、そのトラブルの処理で余計な仕事が増えてしまい、ローデリヒたちが頭を抱えた事もあった。

 なので、バウマイスター伯爵家に仕官したければ、ちゃんと前の職場は辞めてきてくれと念を押しておく。


「えっ? なぜそのようなことをせねばならないのです? それは、バウマイスター伯爵殿がホールミア辺境伯殿と相談してください」


「はい?」


 この親爺、いきなりなにを出だすんだ?


「エルヴィン、俺はホールミア辺境伯家で末端の兵士稼業なんてまっぴら御免だからな。いい席を準備しておけよ」


「そうそう、兄貴は敬うものだぜ」


 先ほどエルがホールミア辺境伯家に仕えていると言っていたレクスとサレムの二人が、エルに上から目線で命令する。

 いや、あんたらはエルの兄貴たちかもしれないけど、今では彼と全然身分と立場が違うんだがな。

 昔の関係が今も通じると思っている……通じると思いたいんだような。


「エルヴィン、俺の子供も将来は面倒を見ろよ。いいか、相続可能な家臣家を継がせてやれ」


 次男らしき人物も、なぜかとても偉そうだ。

 自分の子供を、バウマイスター伯爵家に仕官させろと偉そうに言ってくる。

 というか、俺の実家はまだマシだったのかな?

 前に優遇はしないと宣言したんだが、この連中はまだ諦めていなかったらしい。


「父上、兄上たち。俺にそのような権限はないのですよ」


 ぶち切れるかと思ったら、エルは案外冷静だった。

 怒りが一回転以上して、逆に冷静になったのかもしれない。

 そのようなコネは存在しないと、彼らの提案を却下した。


「待ってください! バウマイスター伯爵殿! ここは普通ねぇ……」


 嫌らしい顔だな。

 そんな媚びた表情を向けられても、俺もエルの家族を優遇する予定はない。

 第一、俺はお前たちとは縁も所縁もないのだから。


「そうですとも。エル如きがバウマイスター伯爵殿の重臣なのです。我らならもっと上の地位を与えられて当然ではないですか」


「エルヴィン、お前からもバウマイスター伯爵様に言うんだ」


「(なあ、エル)」


「(家を出た時よりも悪化してるなぁ……お前の兄貴たちは、一人を除けばマシだっただろう?)」


 確かにこんな父親と兄たちなら、エルも帰省しようとか、つき合いを続けようとは思わないよなぁ。

 

「(多分、俺経由でヴェルと縁を結べなかったから、ホールミア辺境伯様から嫌われたんじゃないのか?)」


 あてが外れたというわけか。

 俺とホールミア辺境伯との仲は、この前知り合いになった程度だからな。

 雨降って地固まるというか、今となってはブロワ辺境伯家との方がよほど仲がいいわけだし。

 東部と南部の関係が改善したら、西部との一番縁が薄くなってしまった。

 その原因となったエルの実家は、間違いなく村八分状態……よくは思われていないから街道警備なんだろうな。


「いや、あなたたちを護衛に置きたくないですけど」


 どうしてお前たちのような、ろくに知りもしない連中を側に置かないといけないんだよ。

 ローデリヒが全力で反対するわ。

 確かに、エルと俺が知り合ったのは偶然だ。

 家臣になったのも偶然。

 でも、エルはちゃんと努力して今の地位にいる。

 お前らが、なにか努力でもしたのか?

 してたら、コネで重臣にしろなんて言わないよなぁ……。


「バウマイスター伯爵様、未熟なエルヴィンよりも、私の方があなたの護衛に相応しいのです」


「そうですとも」


「ふーーーん、そうなのか」


 なら、試験してみようか。


「エルの兄さんたちは、エルよりも俺の護衛に相応しいらしい。なら、それを証明してもらわないと。剣で相手をしてあげなよ」


「わかりました、兄上たち。俺を剣で負かすことができたら、今の俺の地位を得られますよ」

 

 そう言うのと同時に、エルは自分の刀を抜いた。


「バウマイスター伯爵殿、このような席で剣の試合などとは!」


「そうですとも!」


「我らの能力は剣だけではなく、もっとこう、総合的なものなのです!」


 総合的って、なんだよそれ。

 せめてエルと剣の試合をするくらいの気概があればいいのだが、そういえば領地にいた子供の頃のエルにも、剣と弓で勝てなかった連中なんだよな。

 真面目にコツコツと勤めるようなタイプにも見えないし、悪いけどエルの親族はいらないわ。


「いえ、エルは俺の護衛に、時間があれば警備部隊も率いますし、帝国内乱の時には部隊を率いて敵軍に切り込みました。エルよりも高い地位を望まれるということは、エルよりも剣の腕前が勝っていないと厳しいですね。ですので、エルとの模擬戦に勝って証明してください」


 今改めて整理すると、実はエルってもの凄い戦績なんだな。

 あれ? 

 結構、ハードルが高くないか?

 ヴェンデリンになる前の俺なら、無理だと思うぞ。


「それは……」


「俺は、頭脳の方で貢献を……」


「そうだ、俺もサムルと同じく頭脳の方で!」


「では、王都で下級官吏の試験に合格してきてください」


 エーリッヒ兄さんも受かった試験だ。

 かなり難しいが、努力すれば受からないということもない。

 この試験に受かった下級官吏出身者は、文官としても即戦力である。

 合格者を積極的に仕官させているし、ローデリヒに抜擢される者も多かった。

 文官として活躍したいのであれば、最低でも下級官吏試験には受かっていてほしい。

 

「「「「……」」」」


「どうかしましたか? うちは確かに人手不足ですけど、出世したければそれなりの能力が必要です。逆に言えば、それがあれば家柄やコネがなくても出世は可能です。さあ、それを証明してみせてください」


「「「「「……」」」」」


「どうなのでしょうか? 能力があれば、我が家の家宰であるローデリヒがすぐに抜擢してくれますよ。是非ご応募を」


「バウマイスター伯爵殿、私は急用ができたので……」


「俺も、失礼します!」


「私は、大切な用事があったのだった!」


「「俺も!」」


 俺はただ正論を吐いただけなのだが、エルの親父と兄たちはその場から逃げ出してしまった。

 エルよりも上の地位に就きたいというから、その条件を出しただけなんだがな。


「やれやれ、我ながら情けない家族だな」


 俺はなにも言わなかった。

 本当は、エルも大分堪えているはずだ。

 ここはなにも言わない方が親切であろう。


「エルさん、今日は大変でしたね」


「まあね」


 事情を聞いたハルカもエルに詳しく事情を聞かず、食事を出して彼を労うだけであった。

 さすがはミズホ撫子、旦那への気配りに長けている。


「今日は、早くお休みになられますか?」


「そうだな。なんか、色々と疲れたよ……」


「そうですね」


 その日は夫婦で早くに寝てしまったようだが、翌朝にはエルも元気になっていたので、俺たちは安堵するのであった。

 それにしても、家族ってのは難しいものだな。

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