第309話 西方動乱(後編)
「己の子が可愛いのは、人間も魔族も同じなのであるな」
食い下がるプラッテ伯爵に対し、しばらく考えさせてほしいとお引き取りを願ったあと、俺は中型・小型魔導飛行船が二十隻以上も並んでいる簡易ドック内で船を見分しているアーネストに声をかける。
この簡易ドックは、来たるバウマイスター伯爵家空軍創設に備えて俺が材料を集め、整地・建設のほぼすべてを魔法で行ったものだ。
中・小型船向けとはいえ、魔導飛行船を雨風から守るものなので、作りは簡素ながらも頑丈に作られている。
ちなみに材料は、石材と木材に、俺が製造に成功した極限鋼の鋼材であった。
「我が輩には子供がいないので、よくわからないのであるな」
「なら、言うなよ。ところで、なにをスケッチしているんだ?」
「バウマイスター伯爵領各地から発掘された魔導飛行船であるが、これは年代ごとに作りや装飾が微妙に違うのであるな。これを系統立てて論文を書くためであるな」
「どれも同じにしか見えないけど……」
エルには、魔導飛行船ごとの差がよくわからないようだ。
俺もまったく同じとは思わないが、大した違いもないように見える。
「素人はこれだから困るのであるな。イシュルバーグ伯爵初期の作品に対して、あまりにも不見識なのであるな」
「イシュルバーグ伯爵ねぇ……」
俺の中のイシュルバーグ伯爵像は、天才だけどロクデナシという印象しかない。
それはエルも同じで、なにしろ俺たちは、彼のせいで死にかけたのだから。
「大陸中央部、王都近くの遺跡で見つかり、王国が運用している大型魔導飛行船。これは、イシュルバーグ伯爵が晩年に設計したものであるな。あの大きさとあの造りが、性能、量産性、コスト、整備効率に一番優れているのであるな」
「古代魔法文明時代の中心国家が用いていたから、中央で出土しやすかったと?」
「正解なのであるな、バウマイスター伯爵。そして、あの大型魔導飛行船が普及すると……」
「地方に、中・小型の古いタイプが回されるわけだ」
「そんなところであるな」
都心部で使われていた古い電車やバスが、地方に回されるようなものか。
「なんだ。古いタイプなのか……」
「そうガッカリするものでもないのであるな、エルヴィン。これでも、普通に使う分にはなんの問題もないのであるな」
多少性能が落ちるからといって、それで問題があるわけでもないとアーネストが説明する。
「これだけの隻数、普通の貴族では運用不可能だからな」
二十隻にも及ぶ魔導飛行船の使用許可が王家から出たのは、バウマイスター伯爵領の広さと、いまだ多くの領地が開発途中であったからだ。
実は、この三倍以上も出土していたのだが、残りはすべて王家が強制的に買い取った。
額は相場どおりであったが、相場から一セントも超えないのは、さすがはルックナー財務卿とでもいうべきであろうか。
王家は、買い取った小・中型の魔導飛行船を売却する貴族を選定している。
これで儲ける気はないが、魔導飛行船を売ってもらえる貴族というのは王家に忠実で、さらに貢献していると思われている者たちばかりだ。
こういう事情を聞くと、やはり王国は帝国よりも中央の力が強いと思う。
「バウマイスター伯爵家に、他の貴族も王国から中・小型魔導飛行船を購入して運用を開始、であるな。それはすなわち、人員の不足を招くのであるな」
「だよなぁ……」
育成に時間がかかる船乗りが、大いに不足するわけだ。
そんな貴重な船員を、戻って来れるかわからない西方探索に追加で出す余裕もなく、魔法使いだって不足するはずだ。
「リンガイアは高価かもしれないけど、現実的には捜索に船と人を出せないよな」
陛下や閣僚、空軍の上層部は『リンガイアの行方不明事件については残念であるが、現実問題として、探索に向かわせる船と人員が……』という線で、現在話し合いが行われている最中だと聞く。
こういう状態を、日本では『決められない政治』とか言うのであろうが、ここで無理に大型魔導飛行船にベテラン船員たち、魔法使いたちを再度西部に向かわせた結果また戻って来ないと、かえって損失を広げてしまう。
探索に消極的になるわけだが、プラッテ伯爵からすればそれが許せないんだろうな。
「アーネスト、リンガイアを魔族の国は撃沈したのかな? 領空・海侵犯とかで」
「バウマイスター伯爵、魔族の国はそこまで野蛮ではないのであるな。大方、なにかの行き違いで拿捕でもされたのでは?」
「それを確認しに行く術もないからな。しかも俺は、空軍の人間じゃないし……」
領地の開発に、奥さんと子供たちを置いて行けない。
プラッテ伯爵はウザ可哀想だが、俺に打つ手はなかった。
「そういえば、アーネストはどうやって魔族の国からこの大陸に来たんだ?」
「当然、船で来たのであるな」
「船?」
「そう、船なのであるな」
防衛隊に見つからずに魔族の国から密出国するため、小さな木造船に乗って出て来たそうだ。
「よく遭難しなかったな……」
「これがあるからであるな」
アーネストは、自分の魔法の袋から船外機に似た魔道具を取り出す。
「動力はこれであるな」
どう計算しても、モーターボートくらいの船しか動かせない船外機だ。
これで前人未到の大海原を一人で横断とは、学者バカも極まれりであろう。
俺には死んでも真似できない行動だ。
「研究が、我が輩を呼んでいたのであるな!」
ただし、この学者バカぶりのせいで帝国内乱が酷くなったという現実もある。
アインシュタインは天才だったが、原爆の製造に関わった。
研究成果のために他人などいくら死んでも構わないとまでは思わないが、想像ができない点において、アーネストも同罪なのかもしれない。
天才というのは、元々唯我独尊な人が多いからな。
俺は、今のところは役に立つので、気にせず側に置いて利用しているが……。
「その魔道具を小型魔導飛行船に付けても同じだろうな。というか、元から魔族の国になんて行くつもりもないけど」
俺は色々と忙しいのだ。
生まれてきた子供たちのため、色々と頑張らないといけないのだから。
「父親になると、途端に保守的になるのであるな。我が輩は、だから独身を貫いているのであるな」
「それは、本当なのか?」
その前に、変わり者すぎて女性が近づかないのでは? と俺は思ってしまった。
「どうせ、しばらくなにもできないのであるな」
導師と言っていることにそう違いはなかったが、アーネストの予言は正しかった。
王国政府は、リンガイア行方不明事件に対してなんら対策を打てないでいた。
定期的に話し合いをしているが、一向に結論が出ないのだ。
追加で探索隊を送るべきだという、プラッテ伯爵以下の一部空軍軍人たちに、他にも賛同している貴族たちがいる。
ところが半数以上の貴族は、リンガイア探索隊の派遣に反対している。
バウマイスター伯爵領から出土した魔導飛行船を早く運用したいので、そんな再び遭難の可能性がある探索に、船と人を使いたくなかったからだ。
結局のところ、リンガイアは運行と輸送のローテーションに入っていなかったから、王国経済への影響がなかった。
ベテランの船乗りたちは惜しかったが、致命的な損失ではない。
しばらくは船員不足が続くであろうが、それは教育する人数を増やせば数年で解決するのだから。
「貴重な大型飛行船一隻を、戻って来れるかわからない探索に出す。空軍のトップは嫌でしょうね」
ローデリヒが、俺たちに空軍トップの考えを説明した。
「リンガイアの損失は惜しいですが、再探索で大型魔導飛行船を送り出す余裕が、今の王国にはありませんよ」
「だが、リンガイアが戻って来ないと、空軍上層部の責任問題になるはずだ」
「空軍も組織なので、当然上層部への責任問題はあります。ですが、リンガイアだけなら……」
リンガイアのみの損失なら、現在の王国経済が順調なため、陛下も目を瞑るはず。
だが、もう一隻送り込んで戻って来ないとなると、陛下もヴァイツ侯爵を処分しなければいけなくなる。
案外、プラッテ伯爵もそれを狙っているとか?
彼の息子は一人だけじゃないからな。
いや、それは疑いすぎなのだろうか?
「リンガイアは、まだ不可抗力の遭難で済ませられる案件ですから」
通常運行中の墜落なら大問題だが、遭難する可能性が高い、未知なる西方探索だからなぁ。
責任云々が出だすと、誰も探索に赴かなくなってしまうのだから。
「惜しいのは事実であるが、正式に戦力にするなり運航を開始していなかったのは幸いである!」
講演業務が終わってから、ほぼずっとバウマイスター伯爵領にいる導師が陛下や空軍上層部の本音を教えてくれた。
幸いと言うと不謹慎かもしれないが、どうしてもお上ってのは数字で全体を判断してしまうものなのだから。
「そもそも、沈んだっていう証拠もないですしね」
「あの魔族であるな。信用はできぬが、そう言っていることが間違ってるわけでもないのである!」
導師は、アーネストが苦手であった。
お互いに性格が似ているような気もするが、だからこそ近親憎悪のような感情が湧き上がるのかもしれない。
あと、口調も似ているか。
それはなんの関係もないけど。
「拿捕されたのであれば、魔族の国からなにか言ってくる可能性もあるのである」
そうなってから交渉した方がいいという意見も多かった。
実は、その根拠となる情報を陛下に送っているのは俺で、とはいっても、ただアーネストの発言を記して送っているだけであったが。
「念のために情報は収集していますが、今のところはなにもできません。そこで……」
「そこでなんだ? ローデリヒ」
「魔導飛行船を独自に運用するとなると、バウマイスター伯爵領各地に魔導飛行船用の港を作りませんと」
「それ、前に作らなかったか?」
入植当初、結構作った記憶があるんだけどなぁ……。
「数がまったく足りないのです。開発を始めたい無人の土地もありますから、まずはそこに港を作れば、人と物の輸送も楽々です」
「俺が作るのか?」
「はい。それが一番早いので」
「そうか、早いのか……」
「これも生まれてきたお子たちのためですぞ」
「わかったよ」
というわけで、俺はローデリヒの指示どおりに魔導飛行船専用の港の基礎工事を行う羽目になる。
着陸用の船台を切り出した岩で作り、それをローデリヒが手配した職人や労働者たちが仕上げていく。
「陸と空の交通と流通を制する者は、その土地を制するですな」
「ああ、ローデリヒの言うことは正しいよ」
「ご理解のあるお館様を持てて、このローデリヒ、嬉しい限りでございます」
人と物の流れを促進する道や港は、土地を流れる血管のようである。
それを強化して経済発展を促すのは、古代より誰もが行っている公共事業であった。
そのくらいなら、俺にも理解できる。
「バウマイスター伯爵領は未開地が多いですが、お館様の魔法が圧倒的ですので不利にはなりません。跡を継ぐお子たちにも、魔法使いの素質が現れて万々歳です」
他よりも圧倒的に開発が早く進むので、ローデリヒはご機嫌のようだ。
「それはいいが、リンガイア関連の事件はどうなるんだろう?」
「拙者からはなんとも……王国でも対応に苦慮しているのでは?」
俺も別に、王国政府の要職にあるわけでもないのでなにもできない。
今はとにかく領内の工事を続け、試験的に小型魔導飛行船の運用を始めるので新しい家臣を雇った。
それはヴァイツ侯爵の弟で、若い頃から優秀な船乗りであったそうだ。
家を継がないで済む気楽さから、あえて現場を好み船に乗り続けていたいたらしい。
他にも、他の空軍閥貴族の子弟や、現役を退いた元船乗りたちを雇っている。
彼らに、領内で募集した若者たちを教育させる計画だ。
「お館様、プラッテ伯爵家ゆかりの者がおりませぬな」
バウマイスター伯爵家諸侯軍魔導飛行船部隊を担当することになるヴァイツ侯爵の弟ヨーハンが、集まった人材の中にプラッテ伯爵家の息がかかった者がいないことに気がついた。
「本当は駄目なんだろうが、うるさいからいらない」
「兄から聞いていましたが、まだ色々と工作しているのですか……」
あれからプラッテ伯爵は、暇さえあれば俺に会いに来た。
自分の跡取り息子を救うため、俺が陛下に再探索を上奏してほしいと。
俺に上奏させるのは、自分だと駄目だから、陛下のお気に入りである俺の名義を借りたいから。
交通費が大変だなと思ったら、あのアホ。
空軍閥のお偉いさんなのをいいことに、大型魔導飛行船に無料で乗ってバウマイスター伯爵領にやって来やがる。
資金切れでギブアップしないから、とにかく面倒なおっさんだ。
『ですから、私にも都合があるのです!』
『息子の命がかかっているのだぞ! そこをなんとかするのが貴族であろう!』
プラッテ伯爵は、人道的な観点から俺に再探索に参加しろとうるさかった。
その割には自分の息子ばかり心配して、他の行方不明になった人たちへの配慮はゼロというか、話題にいっさい出さないのだ。
『通常の大型魔導飛行船では、あの遠距離は不可能とは言いませんが、難しいと聞きましたが』
『貴殿の魔力量ならば、魔晶石への補充も常に行える。奥方たちも全員が魔法使いだと聞く。魔族の国にも容易に辿り着くはずだ』
そんなわけはない。
そんなに簡単に到着可能ならば、わざわざ探索隊など組まなかったであろうからだ。
『お礼なら出す』
『お礼ですか?』
『私の跡取り息子と貴殿の娘の婚姻を認めよう』
『はあ?』
俺は最初、プラッテ伯爵が言っていることの意味がわからなかった。
『息子にはすでに妻がいるが、私が責任を持って側室に降格させるから』
『……はあ?』
俺は、目が点になってしまう。
苦労して魔族の国に到着し、上手く交渉してプラッテ伯爵の息子を救出すると、俺はその間抜けな息子に対し、娘を妻として差し出す権利があるのだそうだ。
さらに、もしそれを実現すると、俺は元の正妻を出した貴族からも恨まれるという寸法だ。
なにが褒美なのか、正直意味がわからない。
『貴殿は陛下に再探索を上奏し、奥方たちも連れて再探索に出ればいいのだ』
呆れてものが言えない。
同じ伯爵同士なのに、どうしてプラッテ伯爵は俺に対してこうも偉そうなのだろう?
同じ伯爵なのだが、俺が新興だから後輩扱いなのか?
『とにかくお帰りください』
その日も、なんとかブチ切れずにプラッテ伯爵を帰すことに成功した。
だが、次はわからない。
「というやり取りがあったから、プラッテ伯爵に関わる連中は一人も採用しなかったんだが、ヴァイツ侯爵と他の空軍閥の方々に不満があると思うか? ヨーハン」
「いえ……プラッテ伯爵はなにを考えているのでしょうか?」
とりあえず、魔導飛行船の運用を任せるヨーハンにプラッテ伯爵のことを聞いてみると、彼も困惑した表情を浮かべた。
どう考えても、あいつの発言は酷いからな。
「俺はよく知らないのだが、元々プラッテ伯爵とはそういう人なのか?」
「いえ……そこまでおかしな方では……我が子可愛さからでしょうか?」
とにかくお話にならないので、報復処置としてうちでプラッテ伯爵家ゆかりの者は雇わなかっただけだ。
元々船乗り自体は不足しているので、他の家に行けばいいわけだから、それで彼らが困ることもないだろう。
「リンガイアの件は、一体どうなることやら……」
「こればかりは、陛下のお考え次第かと……」
バウマイスター伯爵領の開発は、予定よりも大分前倒しで進んでいる。
エリーゼたちがまだ産休というか育休を取っているので、土木工事にかける時間が増えていたからだ。
リンガイアの消息不明が確認されてから二ヵ月ほど。
今日もアグネスたちに指導をしながら土木工事をしていると、そこに突然王国政府からの使者が現れた。
使者とは言っても、あの人物なので特に驚きはなかったのだが……。
「バウマイスター伯爵、大変なのである!」
「大変って、なにがあったのです?」
「西部に、謎の魔導飛行船艦隊が出現したのである!」
「えっ? 報復か?」
俺が咄嗟に思いついたのがそれだ。
アーネストは、リンガイアが消息不明になったのは魔族の国で揉めたからではないかと言っていた。
王国や、息子を送り出しているプラッテ伯爵は認めたくないのであろうが、これまで一万年以上も姿を見せなかった魔族の国の船が西部に現れたということは、なにか用事があって交渉にでも来たか、先の事件の報復に来たのではないか?
そういう風にしか考えられなかった。
そしてその対応だが、硬軟織り交ぜた難しいものとなるであろう。
「その艦隊は、西方海域に浮かぶ『テラハレス諸島群』に拠点を築きつつあるのである!」
「名前くらいは聞いたことがある島ですね……」
リンガイア大陸西部から少し離れた海上にあるが、周囲には海竜が生息し、島自体にもあまり平地はない。
入植には厳しい環境で、一応西部を統括するホールミア辺境伯家が領有権を持っていた。
昔、領有を主張するために簡単な港を整備したらしい。
「なんか嫌な予感が……」
「バウマイスター伯爵の予想どおりである! なんの価値もない無人島ではあるが、れっきとしたホールミア辺境伯家の領地。当然、退去を求めたり、奪還すべきであると、諸侯軍の動員が始まっているのである!」
貴族にとって、領地問題とは死活問題以外の何物でもない。
いくら無価値の無人島でも、それを奪われても放置していては、貴族の沽券に係わるからだ。
それに、そのテラハレス諸島群の領有を魔族たちに認めてしまうと、ホールミア辺境伯領の防衛ラインが下がる。
テラハレス諸島群とリンガイア大陸の間には有人の島もあるそうで、そこが危険に曝されると神経質になっているらしい。
「それで、その艦隊からなにか?」
「まだなにも言って来ないのである。艦隊の停泊地や、船員や兵士たちが滞在する陣地を建設しているようであるな」
「また面倒な……」
領地問題の面倒さは、地球でいくらでもあった。
それよりも、魔族の国の艦隊がなにを考えているのかが不明で不気味だ。
「王国貴族同士の紛争ならば王国政府も放置なのであるが、相手は外国なのである! 結果、空軍も動員の準備を……」
「そんなぁ……」
導師からの報告に、俺はガックリと肩を落とす。
バウマイスター伯爵領開発のために魔導飛行船が必要なのに、それらが動員されてしまえば交通と流通が死んでしまう。
リーグ大山脈にあるトンネルでは、到底すべてを捌けるはずがなかった。
「それと、王宮内の一部に、バウマイスター伯爵責任論が出ているのである」
「俺にですか?」
貴族の誹謗中傷などいちいち気にしていると精神が病むので無視していたが、王城でそういう話が出るとまずいのは確かであった。
「急先鋒は、プラッテ伯爵なのである」
「あの野郎……」
つまり、俺がリンガイアに乗っていた跡取り息子を助けなかったせいであろう。
彼は通常の大型魔導飛行船でも、俺たちが魔力を補充しながら航行すれば魔族の国に安全に到着できると考えており、それをしない俺に不満があった。
「それで、その責任論は大多数ですか?」
「おおよそ、二割ほどである」
「意外と多いですね……」
過半数には届かないが、かなりの数ではある。
全体から考えると少数のグループではあるが、こういう連中は声が大きい。
熱狂的に俺への批判を始めると、次第に賛同者が増えてしまう危険があった。
「バウマイスター伯爵領の領地開発利権にあぶれているような連中も参加しているので、結束は緩いのであるが……」
そういう連中の意図は『もし利益供与があれば、いつもでプラッテ伯爵を裏切るよ』なので、崩すのは簡単であった。
「そういう連中を、優遇なんてしたくないですね……」
爵位や領地は得たが、その分苦労はしているのだ。
せめて、嫌な奴を無視するくらいの選択肢はほしいところだ。
「陛下が鼻で笑っているので、吠えているだけで終わるのである。それよりも、出兵命令が出たのである」
通常であれば、西部諸侯と王国軍からの応援だけで済ませるのであろうが、相手は未知の魔族艦隊である。
万全を期して、俺にも召集命令が出ていた。
「それって、バウマイスター伯爵家諸侯軍を出せと?」
まだ数は足りないし、訓練もすべて終わっていない。
できれば、まだ出したくはなかった。
「いや、バウマイスター伯爵たちのみである」
「その心は?」
「島を巡る争いなので、兵士はホールミア辺境伯が準備する分だけで大丈夫なのである。本人がそう言っている以上、あまり兵士を送れないのである」
自分の領地に余所者の兵士たちが大量に入り込むと、食料供給や治安維持の観点から、あまり好ましくないと判断したのであろう。
いくらその費用が、援軍を送る側の自己負担だとしてもだ。
「王国軍も、ほぼ空軍のみの派遣である。バウマイスター伯爵は、できる限り魔法使いを揃えてほしいのである」
俺の周りには魔法使いが多いので、それを派遣してほしいわけか。
人数的に言えば大したこともなく、ホールミア辺境伯も安心なのであろう。
「陛下からの命令じゃ仕方がないですね」
というわけで、俺たちも西部に向かうことになる。
魔族の艦隊はテラハレス諸島群に拠点を築き、その上空に艦隊を遊弋させている。
ホールミア辺境伯領には小規模ながら水軍もあって、その船が彼らを監視しているそうだ。
「また戦争になるのでしょうか?」
西部出立をみんなに報告すると、エリーゼはフリードリヒをあやしながら心配そうな表情を浮かべた。
「どうかな? リンガイアの件でなんらかのトラブルがあって、交渉を有利に進めるため、一時的にテラハレス諸島群を占拠したのかもしれないから」
魔族の国の事情は、アーネストから聞いている。
聞いた限りでは、非常に内向きで、大陸に覇を唱えようとしているようには思えない。
人口も少ないので、大陸全土の制圧など不可能であろう。
全員が魔法使いとはいえ、人口比が大きすぎるのだ。
「王国からの命令では仕方がないわ」
「そうだね。ボクはヴェルについていくよ」
「私も、大分体の調子も戻った」
「ヴァイゲル準男爵家当主としては、出陣もやむなしですわ」
イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、カタリーナと、自分たちも俺に付いて行くと宣言した。
どうやら産休と赤ん坊の世話ばかりで、色々と退屈もしていたらしい。
「旦那、あたいも行くからな」
「妾も行くぞ。最近、退屈での」
「私も行きます。もしかすると、久々の全力ブリザードが必要かもしれません」
「リサは、突然怖いことを言うの……」
というか、俺の奥さんたちは全員ついて行くつもりのようだ。
「ついて来るのはいいけど、フリードリヒたちはどうするんだ?」
一番の問題はそこにある。
フリードリヒたちはまだ赤ん坊なので、母親が近くで面倒を見てほしいからだ。
だから俺は、男性組だけで行くつもりであった。
「あなた、男の方だけでは行かせませんから」
「えっ? なんで?」
「確かに戦争になるかもしれませんが、西部で色々と戯れが過ぎる可能性がありますので」
俺の問いに、エリーゼは冷静な表情と口調で答える。
最初に俺を見てから、次にエルにも視線を送る。
「エルがいるから疑われているな……」
「いや、ヴェルも同じくらい疑われているだろうが!」
「この場合、ヴェル自身の過失というよりも、西部諸侯の中に、戦時のドサクサに紛れて奇妙なことを企む人が出る可能性があるからよ」
「面倒だなぁ……」
俺は、イーナの言い分に納得してしまう。
急に戦時体制にはなったが、まだ戦闘状態になったわけでもない。
アーネストからの情報によれば、このまま戦わないで終わってしまう可能性の方が高い。
となると、男たちだけで西部に行くと、西部諸侯による嫁や愛人の押し付けがあるはずで、それを防ぐためにエリーゼたちも一緒に行くというわけだ。
「ヴェルは、西部諸侯と距離を置いているように思われているからな」
「なんでだよ……」
別に距離など置いていない。
それは南部や中央よりは優遇はしていないし、そういえば東部とも最近付き合いが増えたか。
今のブロワ辺境伯とは知己だし、フィリップやクリストフにも頼まれて取引を増やしてる。
あの二人から、意味のない後継者争いと紛争でブロワ辺境伯領に迷惑をかけてしまったからという理由で、頼まれてしまったのだ。
帝国内乱で世話になったし戦友でもあるので、俺はその頼みを快く引き受けていた。
「ほら、扱いが低いと思われても仕方がないよな」
「それはエルもだろうが……」
エルも実家とは完全に絶縁状態なので、人のことは言えないと思うのだが。
「俺の影響力なんて微々たるものじゃないか。それで、本当にエリーゼたちは付いて来るのか? 一応戦場になる危険性があるんだけど……」
バウマイスター伯爵家の家臣として、エルはエリーゼたちの同行に難色を示した。
「いいアイデアがあります」
「アイデアってなんだ? エリーゼ」
「はい。どうせ私たちだけなのですから……」
俺は、エリーゼの意見を拝聴する。
翌日、俺たちは就役したばかりの小型魔導飛行船で、西部へと発進した。
搭乗しているのは、俺、エル、ハルカ、エリーゼたちに、赤ん坊たち全員、その世話をする厳選されたメイドたちとなっている。
あとは、船を動かす船員たちと、護衛につく少数の兵士たちのみであった。
「子連れで戦場にって、聞いたことがないわ。託児所を兼ねた船ってわけね」
赤ん坊たちの世話を助けるため、今回はアマーリエ義姉さんも同行している。
フリードリヒたちのおしめを替えたり、ミルクをあげながら、俺に呆れた表情を向けていた。
「なにかあったら、船ごと逃走可能でしょう?」
西部で激しい戦争が始まったとしても、エリーゼたちと赤ん坊たちを船ごと逃せばいい。
この辺が、俺とエリーゼたちとの妥協点であったわけだ。
「ヴェル君も大変ね。また戦争になるかもしれないのだから」
「実際のところ、どうなんでしょうかね?」
それよりも、他のことで苦労しそうな予感がするのは気のせいであろうか?
なににせよ、託児所と化したバウマイスター伯爵家専用の小型魔導飛行船は、西部ホールミア辺境伯領へと向かうのであった。
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