魔族来たりて

第308話 西方動乱(前編)

「定時報告も異常なし。艦長、なにもない海ばかりですなぁ」


「そうだな、副長。だが古い記録によれば、西方には魔族の住まう国があるとか……」


「その情報、本当なのでしょうか?」


「わからない。だが、なにもないということはないのではないか?」





 穏やかな大海原を、一隻の巨大魔導飛行船が航行している。

 艦名は『リンガイア』、我らが住む大陸の名前を冠した全長四百メートルにもなる巨大飛行船だ。

 現在この船は、王都から出発して西方海域の調査を行っている。

 リンガイアは大昔、古代魔法文明時代の地下遺跡から発掘されたものだが、つい最近まで運用ができなかった。

 それは、動力源となる巨大魔晶石が確保できなかったからだ。

 他にも、この巨大な船体を支える装甲材などが不足していた。

 どうやら修理、整備途中だったようで、発掘時にはかなりの外部装甲が外されていたのだ。

 このままでは就役は不可能、そう思われていた時に奇跡が起こる。

 数年前、王都へと向かう魔導飛行船の航路上に半ば伝説扱いになっていたアンデッド古代竜が出現、それを若干十二歳の少年が見事討伐し、回収された魔石からこの船の動力源となる巨大魔晶石が作られた。

 不足していた装甲材の材料も、アンデッド古代竜の骨から十分な量を得られたのだ。

 なんとも都合のいい話に聞こえるが、私たちは、その少年がアンデッド古代竜を討つ現場に居合わせている。

 私と隣にいる副長は、ただ懸命に魔導飛行船で逃げ回っていただけだがね。


「あの時の少年が、今ではバウマイスター伯爵様ですか」


「あのアンデッド古代竜退治が終わりではなく、始まりだったようだな」


 あの事件からバウマイスター伯爵様の大躍進が始まったわけだが、どういう偶然か我々もその恩恵を受けている。

 なぜならこの私、コムゾ・フルガがリンガイアの艦長に、長年の相棒であるレオポルド・ベギムが、副長に任命されていたからだ。

 魔導飛行船の船員は、元々空軍の軍人も兼ねている。

 あの事件で船を守った功績により、我々がリンガイアの船長と副長兼西方調査団の団長と副団長に任じられたというわけだ。


「逃げ回っていただけで、この巨大魔導飛行船の船長と副長ですからね。我々は」


 破壊されれば、現在の技術力では一から建造できない魔導飛行船を守った。

 功績といえば功績だが、それもバウマイスター伯爵様やブランターク様がいてのことだからな。

 大分運の要素が大きいが、一応功績だと王国政府と空軍は認めてくれたようだ。

 我々がリンガイアの船長と副長に任じられた時、他の艦長たちはとても羨ましがっていた。

 これまでの魔導飛行船よりも、遥かに巨大な船だからな。

 今回の試験航海と西方探索が終われば、リンガイアは空軍の旗艦に命じられるとか。

 旗艦の艦長と副長ともなれば、空軍ではかなりの出世コースである。

 しかも我らは平民の出だ。

 『運がいいだけじゃないか!』と陰口を叩く、貴族出身の同僚たちもいたし、実際にその通りだと思うが、運命でこうなってしまったのだから仕方がない。

 自分には運がないと思って、独自に努力してもらうしかないな。

 ブランターク様の『魔法障壁』があったから、たまたま無傷で逃げ回れただけ。

 と言う同僚たちもいたし、それも事実だ。

 でも、あの時にあの船の艦長でなかったのだから、仕方がないではないか。


「それにしても、プラッテ伯爵家の御曹司がうるさかったですね」


「我々に文句を言われてもな。人事担当に言えよって話だ」


「言うわけにいかないでしょう。いい年をした大人が、個人的な妬みを」


「彼なら言うそうだがな」


「言いそうですが、本当に言ってしまうほどバカじゃないと思いますけどね」


 空軍にも、代々空軍軍人を生業とする貴族が多い。

 ただ、空軍ってのは実力本位な世界だ。

 ヘボが貴重な魔導飛行船を運用して墜落させると大問題なので、平民でも実力があれば出世できる。

 我々がその最たる例だ。

 逆にいえば、バカな貴族には船を任せない、とも言えた。


「あの御曹司。我々が、バウマイスター伯爵様の推薦でこの役職に就けたと思っているようですよ」


「何度もそれはないと答えたんだがな」


「信じていないのでしょう。裏で画策したって思っていますよ、きっと」


「被害妄想の類だな、それは。大体、その手の画策は貴族様の領分……おっと、失言だったな」


 同じく平民出身の副長が、苦笑いをしている。

 プラッテ伯爵家の御曹司は、我々とバウマイスター伯爵様が懇意だと勝手に思っているようだが、アンデッド古代竜を倒したバウマイスター伯爵様たちが港に降りてから、我々は一度も顔を合せていないのが現実だ。

 それにいくら空軍でも、現場は平民でも出世できるが、地上の管理職はお貴族様のほぼ独占となっている。

 船を任せられないお貴族様たちは、ただそこで席を温めるわけだ。

 バカなお貴族様が書類を書き損じても、魔導飛行船は落ちないからな。

 つまり、我々をこの船の艦長と副長に任じたのは、バカな同朋が信用できない他のお貴族様だというわけだ。

 見当違いも甚だしい。

 ちなみに『お貴族様』という言い方は、空軍で我ら平民出身者たちがよく使う暗語だ。

 空軍に所属している、鼻についたり、役に立たないお客様な貴族のことを指す。


「第一、バウマイスター伯爵様は空軍閥でもないのだから口を出せないだろう」


「領地開発利権の絡みで、口を出せると思っているようですよ」


 確かに、それはあるかもしれない。

 バウマイスター伯爵様の領地は、現在急速な勢いで発展している。

 いくら物資や人を運んでも間に合わない状態だ。


「アンデッド古代竜退治のあと、パルケニア草原地下遺跡での戦果もあるじゃないですか」


「それもあったな」


 運用可能な魔導飛行船がほぼ倍に増え、地下遺跡は現在では空軍の本拠地になっている。

 空軍のポストは倍以上に増えて、魔導飛行船の運行ルートを増やして訓練も順調、輸送網の強化によって王国経済は上向いてる。


「空軍のお偉いさんたち、バウマイスター伯爵様に頭が上がらないのと違うか?」


「でしょうね。それに、あの方はあまり空軍のことに口も出さないようで」


「そうなのか?」


 副長はよく調べてきたな。

 そんな情報を。


「『バウマイスター伯爵領への定期便をできる限り増やして』としか言わないそうです。人事に口なんて出しませんし。『俺は空軍のことなんて知らないから、プロであるそちらに任せる』だそうで」


「空軍の司令官、涙流して喜んだだろうな」


 世の中には、ろくに勉強もしていないくせに、知ったかぶりして口を出す身分の高い人がいるからな。

 本当にあれは、対応に困るのだ。

 しかし、バウマイスター伯爵様はお若いのに弁えているというか。

 アホな陳情を垂れ流す貴族たちは、あの人の爪の垢でも煎じて飲めばいい。


「なによりも大切なのは、重要な天下り先になるそうで……」


「天下り先?」


「ええ、バウマイスター伯爵領って未開地だったじゃないですか。未発見の遺跡が沢山あって、たまに出るらしいですよ」


 たまに、中・小型の魔導飛行船が出土しているそうだ。

 

「一定数は王国政府というか空軍が買い取りですけど、認められた隻数は領内で運用可能でしょう?」


 大物貴族なら領内で運用している家も多いし、数名の小貴族が共同出資で運用しているケースも多い。

 この場合、船を動かす人材は元空軍の軍人を用いるケースが多い。

 各貴族でも独自に教育もしているが、とにかく船乗りを育てるには時間とお金がかかるからな。

 結局、経験者を雇ってしまった方が安くつくことが多いのだ。

 一度雇ってしまえば、後進の教育もしてくれるのだから。

 

「バウマイスター伯爵領でも、王国政府から認められた隻数の小型魔導飛行船の運用を始める計画だとか」


 となると、ゼロからの運用スタートか。

 最初は、天下りの人材で船員を揃えるしかないな。

 独自に船を動かす家臣家の創設もあって……余っている子供たちを送り出したい貴族は多いだろうな。


「空軍のお偉いさんたち、ますますバウマイスター伯爵様に頭があがらないな」


「でしょうね」


「あれ? なら、どうしてプラッテ伯爵家の御曹司はご機嫌斜めなんだ?」


「それは、今の空軍司令がヴァイツ侯爵だからではないかと」


 空軍のトップである司令官職は閣僚職と同じく、いくつかの侯爵家と伯爵家の持ち回りとなっている。

 数年ごとに交替するのだが、たまたまヴァイツ侯爵が司令の時に美味しい話ばかりが舞い込んだ。

 プラッテ伯爵家からすれば、面白くないわけか。


「貴族ってのは本当に面倒だな。私は平民でよかったよ」


「ですよねぇ。心からそう思います」


 空軍で艦長と副長になれる人間は、下手な下級貴族よりも実入りがいいからな。

 勿論総収入では負けるが、我々は貴族ではないから面倒なつき合いもないし、天下り先にも事欠かない。

 大型魔導飛行船の艦長は、五十になれば肩を叩かれる仕事だ。

 それだけ心身ともに激務だから仕方がないのだが、天下り先で小型魔導飛行船の艦長ならもう十年から十五年はやれる。

 船を降りても後進の指導ができるから、天下り先で若い見習い船員たちに教えながら、第二の人生をすごすのも悪くない。

 特殊技能職だから、天下りでも給料もいいからな。

 

「私も退役したら、バウマイスター伯爵家に厄介になろうかな?」


「それはいいですね」


 副長と随分長く話し込んでしまったが、今はなにもないから問題はあるまい。

 艦長という職は、基本的には二十四時間常に対応可能なようにしていないと駄目だからな。

 ずっと気張っていたら、神経がおかしくなってしまう。


「艦長、前方に大きな島が見えます」


「ついに、来たな!」


 私と副長は話を止めて、首に下げた双眼鏡で前方を確認する。

 見張り員の報告どおり、次第に海岸線が見えてきた。


「大きな島……、亜大陸くらいあるかもしれないな」


 昔の文献も案外あてになるものだな。

 記述どおりに、島が見えてきたのだから。


「艦長! 前方から飛行物体が接近!」


「やはり人はいたのか……」


「魔族の国だと文献にはありました」


「少なくとも、我々と同じレベルの技術力が……いや残念ながら負けだな……」


 こちらに向かってくる魔導飛行船だと思われる飛行物体は、全長五十メートルほどしかない。

 それでも二隻あり、我々の魔導飛行船とはかなり形状が違う。

 表面はほぼ流線型で構成されていて、まるで卵のようだ。

 速度も、確実にリンガイアの倍以上は出ているだろう。

 それと、見たこともないような金属で表面が覆われている。


「帝国内戦で使われた『魔砲』で攻撃しないと駄目そうだな」


 実際に撃ってしまえば戦争になるので、勿論そんなことはしないが。

 あくまでも念のため、乗組員たちに警戒命令を出すだけだ。

 魔法使いも乗り込んでいて、もしもの時には彼に魔法を撃たせる予定になっているが、あの硬そうな表面装甲には効きそうにないな。


「バウマイスター伯爵様がいれば、貫通するかな?」


「かもしれませんが、まだ戦闘になると決まったわけでは……」


「当たり前だ」


 私が話をしているのは、あくまでも仮定の話だ。

 まずは、向こうと連絡を取って交渉をするのが先であろう。


「その前に、あのバカが暴走しないようにしませんと」


「そうだな……」


 あのバカとは、プラッテ伯爵家の御曹司のことである。

 能力はそれほど低くないのだが、如何せん能力以上に自分を高く見せようとする部分があって扱いにくい。

 それでも貴族の御曹司なので、二十代半ばで副長の地位にあった。

 リンガイアはこれだけの巨大船なので、運用上副長は二名存在している。

 二人が同じ階位だと、万が一私が指揮不能になると混乱するので、長年の相棒であるベキムの方をナンバー2格にして艦橋に詰めさせている。

 それも、プラッテ伯爵家の御曹司からすれば気に入らないのであろう。

 不機嫌さを隠しもしないで船内で歩き回り、他の乗組員たちを困らせていた。

 なにか大きな仕事を任せるにしても、もう少し経験を積んでもらわないと。

 こうなると、早く出世すればいいものではないと、心から思ってしまう。


「先制攻撃でもされると困るからな」


「いくらなんでも、艦長の命令に背いて勝手に攻撃するとは……一応気をつけておきます」


 副長が人を走らせるが、あくまでも念のためだ。

 いくら彼は世間知らずな大貴族の御曹司でも、命令違反を起こすことはないはず……。

 と思っていたのだが、すぐに『俺は貴族なのだから、俺に交渉させろ!』と喚いていると報告が入ってきた。


「船長、頭が痛いですね」


「ああ……」


 だから、こういう時に備えて大貴族を乗せておくべきだったんだ。

 伯爵でも乗せておけば、その人に交渉を任せられたのに……。

 みんな、誰も知らない大地の探索なので尻込みしたのであろう。

 ならば平民でも、職責から見て私にその権利があるのだが、貴族であるプラッテ伯爵家の御曹司からすれば、それが気に入らないというわけだ。

 あいつをトップに?

 冗談じゃない。

 そもそもあいつは、外務閥の貴族ではなく空軍軍人だ。

 交渉権限を与えるとなると、あいつを船長にしなければならず、それではリンガイアが遭難、墜落する確率が上がってしまうのだから。

 これは、運用上の大きな欠点だな。

 もし無事に戻れたら、上に報告をあげることにしよう。


「船長、御曹司がうるさいそうです」


「今は忙しい! 放置しておけ!」


 新しく見つかった魔族の国と、彼らとのファーストコンタクト。

 私にはわかる。

 プラッテ伯爵家の御曹司は貴族である自分がトップとなって対応し、その功績で名をあげて出世を果たしたいわけだ。

 上長に平民である私と副長がいるが、これは船の統率ではなく外交交渉なのだから、貴族である自分に権限があると思っている……ただそうしたいだけなんだろうな。

 ただ、一応そちらの方も、私にその権限を与えられているのだがね。

 艦長とは、それだけの権力者でもあるのだ。

 それなのに、彼はどうして私を無視しようとするのか……自分の立身出世のためなんだろうが。

 直接私に言いに来ないのは、階級と職責は私の方が上だと理解はしている証拠か。

 もし私に直接反抗すれば、私は艦長の権限で奴を拘束することだって可能なのだから。


「平民出の艦長である私が鬱陶しいようだが、私に文句を言われてもな。人事をした空軍のお偉いさんは貴族だし、文句はそちらに言ってくれ」


 貴族の船長も沢山いるのだから、お偉いさんもリンガイアを私に任せなくてもよかったのに……。

 期待の大型魔導飛行船だから、確実に持ち帰ってほしかったんだろうが。


「世の中は、侭なりませんね」


「そうだな」


 このまま愚痴っていても、なにも始まらない。

 まずは、対話のチャンネルを開くべきだろう。

 と思ったら、リンガイアと対峙する魔族の魔導飛行船から声が聞こえてきた。


「こちらは、ゾヌターク共和国保安庁一等警備艦『アモル』艦長ロルイヌ・ケイオス二等佐です。貴殿の船は、共和国の領空を犯しています。これ以上の侵入は拿捕と撃墜の対象となりますので、速やかなる退去を願います」


「えらく丁寧な警告ですね」


「文明国なのだろうな」


 しまったな、少し奥に入りすぎたか。

 だが、領空の設定がかなり広いようだな。

 あの魔導飛行船のスピードから見て、領空を広めに設定しないとあっという間に敵に侵入されると想定しているのであろう。

 実際のところ、我らの魔導飛行船はそこまで速くないが……。


「こちらは、ヘルムート王国空軍リンガイア艦長兼西方調査団団長のコムゾ・フルガです。我々は東のリンガイア大陸から来ました。情報の交換と、来たるべき外交交渉に備え、予備交渉を望んでいます」


 こちらも、魔道具である拡声器で返答をする。

 王国政府の方針は、もし魔族の国が見つかったら交易などの促進と、相互不可侵条約の締結にあった。

 どういうルートか知らないが、王国政府は魔族の国の情報を持っているように感じる。

 だからこその、条約交渉なのであろう。

 相変わらず一部の貴族たちは、魔族の国への侵攻を提案する者もいた。

 だが、魔族は全員魔法使いで、ご覧のとおり魔導技術でも上回っているようだ。

 戦っても勝てないのは、誰の目から見ても明らかだ。

 第一帝国内乱の時でも、コストに見なわない、統治効率が落ちるという理由で帝国領に侵攻しなかったのに、こんな遠方の亜大陸をどうやって占領、維持するというのだ。

 戦費の問題もあるし、距離が遠すぎて大軍を送るのにとてつもない手間がかかる。

 現在、王国領内で運用している大型魔導飛行船をすべて徴用しても間に合わないだろう。

 もし苦労して大軍を送り出しても、補給が難しいのは子供にでもわかる話だ。

 向こうの食料事情もわからないのに、現地調達でもさせる気か。

 戦況が悪くてなっても、撤退すらできない。

 貴族ってのは、名前を売りたい目立ちたがり屋ばかりいて困ってしまうな。

 先のことなどろくに考えもしないで、無茶ばかり言うのだから。


「幸いにして、話し合いはできそうだな」


「お貴族様よりも理性的みたいですね」


 などと安堵した瞬間、突然ゾヌターク共和国軍の魔導飛行船から火の手があがった。

 向こうが魔砲とやらを放った?

 いや、向こうの船が被弾したのだ!


「私は攻撃命令など出していないぞ! どういうことだ?」


「船長、あのバカ御曹司が!」


 火の手は、魔法使いが『ファイヤーボール』を放ったせいらしい。

 一瞬だけゾヌターク共和国軍の魔導飛行船の心配をするが、向こうの装甲が固いのと、こちらの『ファイヤーボール』の威力が低すぎて、まったくダメージを与えていなかった。


「よかったですね」


「よくない! ラーセンはなにをやっているんだ!」


 ラーセンとは、リンガイアに詰めている魔法使いたちを束ねている人物の名だ。

 自身も中級の魔法使いである。

 長年空軍に所属しているくせに、あのバカ御曹司の命令など受け入れおって。


「いえ、ラーセンではないでしょう」


「臨時雇いの魔法使いか!」


 未知の領域への探索なので、空軍は自前の魔法使いを出し渋った。

 高額の報酬で釣って、冒険者である魔法使いを増やしたのだが、こいつがバカ御曹司の命令に従って『ファイヤーボール』を放ったらしい。


「冒険者なのが仇になったか!」


 空軍の者ならば、いくらバカ御曹司が攻撃命令を下しても、まずは私に伺いを立てる。

 ところが、普段組織にいない冒険者ほど貴族に対して卑屈だったりする。

 命令系統に疑問を持たないで、攻撃してしまったのであろう。


「とにかく、あのバカを抑えろ! 向こうにも事情を説明して……」


 最後まで命令を言い終わる前に、船体が大きく揺れた。


「攻撃……じゃないな……」


「接舷されました!」


「防戦準備!」


 結局、なし崩し的に戦闘になってしまった。

 願わくば、このまま両国が戦争にならないことを祈るのみである。

 これでも、私は愛国者なのだから。






「一週間ほど前、突然定時連絡が途絶え、西方探索をしていたリンガイアは消息不明である」


「遭難ですか?」


「あの船の安定性は、従来の大型魔導飛行船よりも遥かに上なのである。それに、艦長と副長も腕がいいのである」


「今思い出しました。俺たちとブランタークさんが、アンデッド古代竜を退治した時に乗っていた魔導飛行船の船長と副長ですよ」




 今日も土木工事を終えて屋敷に戻ると、やたらと赤ん坊たちの泣き声が激しい。

 何事かと思って部屋に入ると、そこには赤ん坊をあやしているつもりでも、泣かせているようにしか見えない導師の姿があった。

 しばらくは講演行脚で忙しかった導師も、ようやく赤ん坊を見に来れるくらいは暇になったようだ。


「導師は本当に、赤ん坊受けしないよな」


「まあ、それは今さらとして。だが、フリードリヒは例外である!」


 導師の姪であるエリーゼの血を引くフリードリヒは、導師を見ても泣かなかった。

 まだ生まれて間もないのに、素晴らしい胆力である。


「えらいぞ、フリードリヒ」


「ただ鈍いだけと違うか?」


「違う! フリードリヒには胆力があるんだ。きっとこの子は大物になるぞ」

 

 失礼なことを言うエルに、俺は主君として釘を刺しておく。

 優れた胆力を発揮したフリードリヒは、きっと優れたバウマイスター伯爵になれるはず。

 そして、俺を引退させてくれるのだ。

 

「親バカも極まれりである」


「導師まで酷いですよ」


「某を化け物扱いしておいて、それはないのである」


 導師に対し内心で思っていたことを悟られ、俺は締まらない笑顔で誤魔化した。


「ええと、西方探索をしていたリンガイアが行方不明でしたね」


 話がヤバイ方向に行こうとしたので、俺は慌てて話を元に戻した。


「あの巨大魔導飛行船、そんなことをしていたんだな」


 エルと同じく、俺もリンガイアの活動なんて知らなかった。

 稼働に必要な魔石や素材は売ったが、別に就航式に招かれたわけでもないからだ。  


「最後の定時連絡で、魔族の国を見つけたとあるのである」


「となると、そこでなにかトラブルがあったと?」


「その可能性が高いのである!」


「うーーーん。リンガイアはなにをしたんだ? おい、アーネスト」


 俺は、部屋に籠って論文の執筆に勤しむアーネストを呼び出し、魔族の国について聞いてみることにした。

 なにかしら、リンガイア行方不明事件解決のヒントがあるかもしれないと思ったからだ。


「巨大魔導飛行船が行方不明であるか? 大方、アホな貴族が先制攻撃などをかまして、拘留でもされているのではないかと推論するのであるな」


「そんなバカな」


 探索団は、空軍の軍人ばかりで指揮系統も整っている。 

 そんなバカな真似などするはずがない。


「それで、一つ問題になっていることがあるのである」


「問題に?」


「左様、リンガイアにはプラッテ伯爵家の御曹司が乗っていたのである」


「軍人なら、別に問題ないのでは?」


 リンガイアは軍船で、未知の西方域を探索していたのだ。

 遭難もあり得るし、もしそうなっても次男が跡を継げばいいのだから。


「ただの遭難ならそうであろうが、魔族の国との偶発的な戦闘で戦死ということになれば、報復を叫ぶのが貴族という生き物である」


 報復ねえ……。

 気持ちはわかるけど、地図もなく距離も離れている魔族の国にどうやって攻め込むというのだ。

 もしそんなことをするのなら、まだ帝国に侵略でもした方がマシである。

 第一、勝ち目がないだろう。


「プラッテ伯爵家は、帝国内乱の時も出兵派であったのである」


「今度は、魔族の国に出兵派ですか?」


「ブラフという可能性もあるのである」


 それも視野に入れて、もしくは逆に向こうが攻めて来る可能性もあるので、それに備えて戦備を整えましょう。

 特に空軍は増強が必要でしょうと。

 危機を煽って予算とポスト増を勝ち取って、プラッテ伯爵家の空軍内での影響力を強くするというわけか。


「政治ですね……」


「リンガイアの方は、もうしばらく待つしかあるまい。追加で捜索隊を送り込もうにもである」


 ここは、地球ではないのだ。

 衛星画像の解析をするわけにもいかず、そう簡単に追加の魔導飛行船を送り出す余裕などないのだから。


「通常の大型魔導飛行船を、追加の探索に回す余裕もないのである」


 そうでなくても、王国北部地域は内乱中、魔導飛行船が使えなかったのだ。

 その穴埋めのため、バウマイスター伯爵領開発に続いて計画された王国各地の開発計画遅延があり、その遅れを取り戻すため、今では予備の船すら動かしている状態であった。

 追加で、西方探索に出せる大型魔導飛行船など一隻だって存在しない。

 中、小型の魔導飛行船は、航続距離の関係で使えなかった。

 元々リンガイアが選ばれた理由も、航続距離や性能もあるのだろうけど、就役したばかりで員数外だったという理由が大きいのだから。

 性能試験もしなければいけないから、一石二鳥だったというわけだ。


「別の船を出しても、また戻って来ない可能性もあるのである」


「ですよねぇ……」


 リンガイアだけでも大損害なのに、他の大型魔導飛行船まで行方不明になれば、王国は大きな損害を受けてしまう。

 拙速で追加の探索を出す前に、偉い人たちで長い協議が必要となるはずである。


「ただ、一人だけ声が大きいのがいるのである」


「誰です? それは」


「プラッテ伯爵である」


 大切な跡取りが、リンガイアに副長として着任して戻らない。

 大体こういうことになったのは、平民風情を艦長にするからだ。

 その人事を行ったヴァイツ侯爵の責任は重い。

 速やかに辞任をして、責任を取るべきである。

 大凡、非主流派と野党が言いそうな発言ではある。

 日本で国会の時期にテレビをつければ、いつでも聞けてしまう内容だ。

 そのくらいしか、自分の存在感をアピールする方法がないとも言えたが。


「遭難か、拿捕かはわかりませんけど、こうなってしまうと、まずは艦長に責任ありですか」


「ではあるが、『平民風情』はまずいのである」


 王国政府が優れた船乗りたちを集めるため、平民への門戸を開いているのに、我が子可愛さで、空軍閥の重鎮がその制度を批判しているのだから。

 当然対策会議はなかなか終わらず、揉めに揉めているらしい。


「不毛で、生産性のない会議ですね……」


 そんな会議があるのも、組織の宿命なんだけどね。


「現状では、どうにもならないのも事実なのである。しばらくは様子を見るしかないのである」


 そんな話を導師から聞いたのだが、それ以降も俺の生活に変化はなかった。

 魔法による土木工事は続き、たまにほぼ男だけのパーティで魔の森に狩りに出かけている。

 唯一の例外は、俺の一番弟子扱いになっているアグネスであった。

 彼女は成人しているので、いつも所属しているパーティの他に、俺たちが臨時で組んだパーティにも参加するようになった。

 やはり魔法使いが多いと、狩りの効率が増すな。


「先生、今日も大収穫でしたね」


「アグネスも、大分魔法が安定してきたな。落ち着いて狩りができるようになったし」


 真面目なアグネスは、最初は慣れない魔の森での狩りに緊張しっ放しであったが、今では大分魔物狩りに慣れたようだ。

 この調子なら、すぐに冒険者として独り立ちが可能であろう。


「先生のおかげです」


「来年になればベッティが、再来年にはシンディが成人するから、強力なパーティが組めるぞ」


「そうですね。私が頑張って、二人を引っ張っていかないと」


 三人の中で年長者であるアグネスは、リーダーとしての責任感に燃えていた。


「でも、たまには先生とご一緒しても構わないですよね?」


「当たり前じゃないか。俺は、アグネスたちの先生なんだから」


「ありがとうございます、先生」


 弟子もであるし、妹のような存在でもある。

 頼られて、悪い気はしない俺であった。

 特にこの三人は、俺が一番目をかけて指導をした生徒たちなのだから。


「ブランタークさん、導師、もう戻りますか?」


「そうだな。俺は娘の面倒を見ないといけないし」


「はあ……」


 どういう心境の変化があったのか?

 ブランタークさんは少しでも時間が空くと、自分の娘の面倒を見るようになっていた。

 さながら、この世界の『イクメン』か。

 昔は結婚すら嫌がっていたのに、驚くような変化である。


「バウマイスター伯爵には子供が多いのだから、早く帰ってやるのである。エルヴィンもである」


「導師、たまにもの凄く真面目なことを言いますよね……」


 こう見えて導師にも子供が多いので、たまに父親の先輩としてこういう真面目なことも口にするのだ。

 ただ、人間は慣れないことをしない方がいいみたいで、エルはもの凄く失礼な返答をしていたが。


「某とて、休日には子供を遊びに連れて行ったりなどしているのである! そう多くはないのであるが」


「そうなんですか……」


 家族サービスをする導師、想像すらできない光景である。

 竜狩りにでも連れて行くのであろうか?

 彼の子供たちにはわからないだろうが、導師にとっては娯楽みたいなものだからな。


「とにかく戻るか……」


 冒険者ギルドで素材と採集物の清算を済ませてから『瞬間移動』で屋敷に戻ると、そこには意外な来客があった。


「うむ。プラッテ伯爵であるか」


 メタボな中年男性で、服装からすぐに大物貴族だとわかってしまう。

 俺の中で想像していたプラッテ伯爵と、そう違いがないのが驚きだった。


「導師殿か。今日は同じ『伯爵』として、バウマイスター伯爵に用がある」


「同じ伯爵であるか」


「そうだ」


 導師は、プラッテ伯爵がなにをしたいのか、すぐに想像できたようだ。

 俺も同じだけど、もしそれが当たっていたら面倒でしかないので、すでに心が萎えかけていた。

 どうせ、先日のリンガイア行方不明事件で消息不明になった、跡取り息子の件なのは確実なのだから。


「バウマイスター伯爵、陛下に追加で船を送るよう、共に上奏しようではないか」


「はあ……」


 挨拶もそこそこに、俺の説得を始めるプラッテ伯爵。

 だが、彼の目的や意見を聞いているうちに、俺の心にどんよりとしたものが溜まってくる。

 プラッテ伯爵はもの凄くバカだったり無能ということはなかったが、自分の考えがいかに正しく、俺がそれに協力するのが当たり前だという物言いをするのでとても腹が立つのだ。

 ある意味、大貴族らしいといえばそれまでだけど。

 この時点で俺は、すでに彼の後継ぎ息子への同情は消え去っていた。


「そもそも、リンガイアの処女航海を兼ねた西方探索は、西方にあるとされる魔族の国の情報収集や予備交渉も兼任する可能性が高かった。それなのに、ヴァイツ侯爵は艦長と探索隊の団長職を平民になど渡しおって。もし本当に魔族の国があったとしたら、交渉はどうするつもりなのだ? 我が息子に任せればよかったものを……若造で経験不足な上に、でいくら貴族でも空軍の指揮序列を乱すことは許されない、などと抜かしおった! これは次の空軍司令官となる私に対する嫌がらせなのだ! それにだ! 実力本位で選んだ平民船長が貴重な国家財産であるリンガイアを行方不明にさせておるではないか! ヴァイツ侯爵の任命責任も追及しなければいけない!」


 プラッテ伯爵の言っていることに間違いはなかった。

 だがそれを、空軍とはなんの関係もない俺に言われても困る。

 第一俺は、空軍閥じゃないのだから。

 というか、このおっさん。

 なにしに来たんだ?


「魔族との交渉ですから、外務閥の貴族を乗せた方がよかったですね」


「あのクソ共! みんな怖気づいて断りおった! あいつらは、帝国とたまに交渉するくらいしか仕事がない怠け者で、怠惰な連中だから無理なのだ! ならば私の息子に任せればよかったものを! ヴァイツ侯爵の奴め!」


 正論だが、吠えるプラッテ伯爵はウザかった。

 魔族と交渉を行わないといけない可能性がある以上、本来その権限がある貴族を乗せておかないと駄目なのはわかる。

 だが実際には、外務閥の貴族たちは全員リンガイアに乗るのを拒否してしまったらしい。

 未知の領域へ向けての探索であり、遭難する危険もあったので、全員が断ってしまったそうだ。

 元々外務卿以下の外務閥貴族たちは、普段からあまり仕事がないのでやる気がある者が少ない。

 挙句に、先日の内乱初期から終盤にかけての役立たずぶりだ。

 当然だが内乱後。

 彼らへ批難が集中し、それを糧に頑張ってくれたらよかったのだが、逆に委縮してしまって余計に仕事をしなくなったと、ブライヒレーダー辺境伯からは聞いていた。

 そういえば、帝国との講和交渉でもヴァルド殿下以上に目立たなかったな。


「プラッテ伯爵、我が国は大型魔導飛行船に余裕はないのでは?」


 隻数こそ増えたが、ここ一年ほど帝国内乱に巻き込まれて二隻が抑留された。

 ニュルンベルク公爵に動力源である魔晶石を鹵獲され、これはペーターが返還したが、おかげで輸送量を確保するために稼働率を上げざるを得なかった。

 そのシワ寄せで大規模メンテナンスの日程を作るのが難しく、さらに輸送量は増加しており、大型魔導飛行船を西方探査に使うのは難しいはずだ。


「二重遭難の可能性もあります。陛下が許可を出さないのでは?」


「バウマイスター伯爵が上奏をすれば大丈夫だ。貴殿は、陛下のお気に入りではないか」


 プラッテ伯爵は、自分の跡取り息子が心配なのであろう。

 加えて、頭に血が昇っている。

 平民の艦長と副長のせいで、歴史あるプラッテ伯爵家の跡取りが行方不明になり……少なくとも本人はそう思っている……さらに、その人事を発令したのはライバルであるヴァイツ侯爵であった。

 きっと、ライバルであるヴァイツ侯爵が、自分の子供を謀殺しようとしていると思っているんだろうな……。

 被害妄想の類だと思うが、それを息子が心配な父親に説明しても、理解してくれないだろう。

 『お前も、ヴァイツ侯爵の手下なのか?』とか言って怒り出しそうだ。


「俺に空軍のことはわかりませんが、船の量が足りませんし、大型魔導飛行船でも遥か西方まで行くとなると難しいでしょう」


 だからこそ、就役したばかりで輸送量にカウントされていないリンガイアが探索に赴いたのだから。

 それに、航続距離の関係もある。

 リンガイアなら、一度大型魔晶石に魔力を満タンしておけば、かなりの遠方まで行ける。

 ところが、通常の大型魔導飛行船では魔力補充の回数が増えると聞いた。

 しかも、ただ魔力だけを補充すればいいというものでもないらしい。

 当然整備なども必要で、だから通常の大型魔導飛行船は探索に用いられなかったのだ。

 飛ばしながら定期的に整備を行い、さらに魔力補充のために大量の魔法使いを確保しないといけない。

 リンガイアならその回数が減らせるから選ばれたのに、それを空軍閥であるプラッテ伯爵が知らないはずがなかった。


「リンガイアは、バウマイスター伯爵が就役に貢献した船。多少の愛着もあるであろう?」


「はあ……」


「我が息子は、そのリンガイアを立派に維持、運用していたのです! ここは、バウマイスター伯爵自らが助けるくらいの度量を見せるべきです!」


「……」


 手を変え、品を変え、俺に再探索の上奏をさせようと迫るプラッテ伯爵。

 俺はまたも面倒な貴族を相手にし、余計に精神を摩耗させてしまうのであった。

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