第306話 人類は麺類(その6 )
「バウマイスター伯爵様……綺麗どころに囲まれて羨ましい限りで……おっと、違った! 試作は順調ですよ」
実は、ラーメンの麺は老舗フォン料理店の店主に任せていた。
彼らはフォンに使う麺を毎日手打ちしており、店主には五名の息子がいて、みんな麺打ちが上手であった。
そこで、経営を安定化させるため、この地区で経営する麺料理店に麺を卸す製麺所の経営も兼業するようにアドバイスしたのだ。
「スープや具に合う麺を作ってもらえば、その分他の仕事に集中できるじゃないか。細かい注文も出せるし」
仕事の効率化を進めるわけだ。
自分で麺を打てばコストはかからないかもしれないけど、麺を打つ時間を取られるし、客が多くなると捌けなくなる可能性があった。
同じ地区に製麺所があれば、もし麺が足りなくなってもすぐに追加注文が出せる。
「いいアイデアだと思いますが、麺の出来は大丈夫なのでしょうか?」
「我々は、フォンの麺を毎日打ってきました。基礎はできていますし、研究でパスタなども打ちますからね。私も息子たちも、特訓して腕を上げつつありますよ」
彼らは、アキラが紹介した蕎麦とうどんを打つ職人たちからも学んでいた。
もし蕎麦とうどんが人気になれば、俺とアルテリオは屋台を出す計画も立てていた。
その屋台で使う麺も、将来的にはこの製麺所から仕入れる計画になっている。
「勿論、フォンも改良して出す予定です」
他にも、いくつかの麺料理を出す計画であった。
フォンと麺料理のお店と製麺業と兼業して利益を増やし、経営状態を黒字化する予定だ。
俺がレイスを祓った三店舗も製麺所兼フォン料理店として経営し、息子たちを分散して配置する計画だと店主は語った。
「頼んでいた麺を取りに来たんだ」
「はい、こちらになります」
ラーメンの麺なので『かん水』が必要なのだが、どこを探しても存在しなかった。
アキラに聞いても、ミズホでも『かん水』は使っていないそうだ。
その代わりではないが、新しくミズホ公爵領になった土地に、木灰水を使って麺を打つ地区があった。
木灰水に使っている木は王国にも普通にあったので、これで木灰水を作り、店主が麺を打つことにしたのだ。
麺は中太麺で、色はかん水を使った時ほど黄色くない。
沖縄そばの麺によく似ていると思う。
そのうち、かん水の製造を始めたいものだ。
こういうものだとアルテリオに教えて丸投げしてしまったが、彼ならなんとかすると思う。
「この麺を茹で、先ほどのスープと醤油で作ったタレの中に入れる。上に具を載せて完成だな」
急ぎ麺を持ってベッティのお兄さんのお店に戻り、ようやく『醤油トンコツラーメンモドキ』が完成した。
スープの素材に猪と魔物の骨が入っていたり、地球にはないハーブや野菜を使ったり、チャーシューが猪の肉だけど、久しぶりに食べるラーメンだ。
やはり、情けは人のためならずだな。
早速一番に試食するが、前世でよく食べた醤油トンコツラーメンに味はよく似ていた。
とても美味しい。
多分俺が自分で作ったら、スープが獣臭いとか、チャーシューが臭くて硬いとか、麺の太さが一定ではなくてボソボソとか、そんな結果になったと思う。
「ほう、スープに泳がせた麺ですか。パスタとは違うのですな。勉強になります」
麺を打ってくれた店主も、美味しそうにラーメンを試食していた。
「麺に卵を練り込んだり、卵を具にしても美味しいのだけど」
「バウマイスター伯爵様、それでは高くついてしまいますよ」
養鶏と養鴨で得た卵はとても高く、しかも金持ちが消費してしまうので、平民には手に入りにくい。
冒険者が狩りの途中で巣から見つけ、買取り所に販売して臨時収入を得たり、自分で食べてしまう者も多いが、これは冒険者の数少ない特権であった。
ラーメンに卵を使うとコストが倍以上に上がるので、お店で出すのはなしだ。
俺個人と家族のみで、煮卵を作って楽しむことにしよう。
バウマイスター伯爵である俺は、自由に卵を食べることができるのだ。
子供の頃から、卵取りでは名人だと父からも言われていたからな。
「先生、この麺料理は美味しいですね。名前はどうしましょうか?」
「ラーメンで」
「らーめんですか? 単純だけど、似合っているような……お兄さん、これなら成功するね」
「ううっ……妹にようやく褒められた……まだ時間があるので、改良を進めます」
ベッティの兄は、ようやく妹に褒められて涙を流した。
ここ最近は頑張っていると思うのだが、油断すると堕落すると思われているから、妹に褒められたことがなかったんだよなぁ。
「私もフォンの改良を進めていますし、他の麺料理も考案中です」
「オープンは三日後だ。油断なく準備を進めてくれ」
そして三日後。
一つの地区に麺料理店を集中させた施設……正確には施設じゃないんだけど……がオープンを果たした。
今はちょうどお昼前、事前に宣伝をしておいたおかげで、この地区には昼食目当ての労働者たちや、休暇を楽しむ家族連れなどが押し寄せていた。
「伯爵様の言うとおり、ちゃんとビラを撒いておきました」
俺はアルテリオに命じて、地区の地図と店舗の位置、どのような麺料理がいくらで食べられるのかがわかるチラシを作らせ近隣で配布させた。
最初に、お客さんが来てくれないと困るからだ。
地区のあちこちにも、チラシと同じ内容の立札を立てている。
これに釣られて、多くのお客さんがお店に入って行った。
「ミズホのソバとウドンかぁ……。少し高いけど、珍しいからこれにするか」
「こっちにも、ラーメンとかいう汁のある麺料理があるぞ」
アキラがオープンさせた蕎麦とうどん屋、ベッティの兄がレシピを完成させたローザさんのラーメン屋、パスタのお店も部下に任せて経営している。
他にも、お茶とチョコレートと魔の森産フルーツを使ったお菓子を出す喫茶店、焼き鳥、から揚げ、サンドウィッチ、ハンバーガー、ポテトなどを出すフードコートもオープンした。
アルテリオが、目敏く傘下の商人たちに命じて店をオープンさせていたのだ。
メインは麺料理だが、オマケでこういうものを出すお店もあった方が飽きないのでこれでいいと思う。
「そして、肝心のフォンだが……」
「ヴェル様、大丈夫?」
「製麺所と二足草鞋だし、製麺だけでも忙しそうだな……」
お客が多いので、店主は追加注文に備えて麺を打っていた。
珍しいラーメン屋の客が多く、麺が足りなくなったみたいだ。
改装工事で店の前面にガラス張りの製麺スペースを作り、表から店主が麺を打っているところを見えるようにした。
これに釣られて、奥のフォン料理店に入る客も多い。
「麺打ち名人の実技に釣られて客が入るのさ。料理は味覚だけじゃない」
「本当、料理については真面目だよな」
「おうよ、人は食べ物を食べないと死ぬからな。アホな貴族とつき合うよりも大切だぞ」
「そこは、ローデリヒさんの負担を軽くしてやれよ……」
実演販売をすると客が増える。
前世では当たり前のようにあった手法だ。
悪霊を祓った他の店舗でも、店主の息子たちが父親から習った麺打ちを客に披露していた。
「というわけで、潰れないから大丈夫だよ、ヴィルマ」
「ヴェル様、ありがとう」
ようやくヴィルマが満開の笑みを浮かべてくれた。
彼女は普段あまり頼み事をしないが、過去に世話になった人たちには義理堅い部分を見せるのだ。
「フォンはどういう風に改良されたの?」
「そこは、プロである店主に任せてしまったからなぁ……行ってみるか」
「試食する」
今日は客が多いことを懸念して、同行者はエルとヴィルマだけだ。
三人でフォン料理店に入ると、すぐに従業員が注文を取りにきた。
「ご注文は?」
「ええと……」
メニューを見ると、大分値上がりしている。
『新フォン』というベタな命名であるが、大きな変化は味が三つになったことだ。
従来の塩に加え、醤油と味噌も加わっている。
「俺は醤油」
「じゃあ、俺はミソ」
「私は塩」
「ヴィルマ、チョイスが渋いな」
「フォンの基本は塩味。これがちゃんと改善されていないと安心できない」
「なるほど」
「確かにそうだな」
エルと二人でヴィルマの言い分に納得していると、そこに注文したフォンが運ばれてきた。
「美味しそうになっているな」
なっているけど、これは見覚えがあるな。
『油そば』とよく似た感じにアレンジされていた。
麺は木灰水を使った太麺で、量も一人前に増えている。
混ぜて食べてみると、ラーメンのスープを煮詰め、それに醤油ダレを加えたもので茹でた麺が絡めてあった。
具も、香味野菜を刻んだもの、茹でた野菜、猪肉の角煮が載っている。
「美味しいな」
「そうだな」
俺は油そばも好きだから、これはいい改良だと思う。
いくら悩んでいても、そこはプロ。
ラーメンを参考に、自分で油そばに到達してしまうのだから。
「ヴィルマ、塩味はどうだ?」
「美味しい。ちゃんと改良されてた。ヴェル様、あーーーん」
いきなり食べさせられてしまったが、俺たちは夫婦なので問題ない。
「一応人前なんだけどな」
「私たちは夫婦だから。エルも、毎日家に帰るとハルカが……「ストップ! それは部外秘だ!」」
エル、お前はハルカと毎日そんなことをしているのか……。
夫婦仲がいいのは素晴らしいと思うが、あんまり聞きたくなかったような……。
「美味しいな」
フォンと同じく汁なしで、塩味、具の材料もほぼ同じ。
店主としては、なにがなんでも塩味を残したかったのであろう。
苦労して改良した成果が見受けられる。
「バウマイスター伯爵様、どうでしょうか?」
「とても美味しくなっているな」
これならたまに食べに来たいな。
油そばって、たまに無性に食べたくなるから。
今までは忘れていたけど、現物がある以上は食べに来たい。
幸いにして、俺には『瞬間移動』があるからな。
王都との距離は、一切関係ないのだ。
「まだ悩みがあるのか?」
俺は、店主が少しだけ浮かない顔をしているのに気がついた。
「塩味の新フォンもそこそこ売れているのですが、やはりショウユとミソのフォンには負けますね。私は古い人間なので、フォンは塩味って考えてしまうのですよ」
商売だから売り上げのために醤油と味噌のフォンを出すが、やはり塩味をメインにしたいというわけか。
「アイデアがないわけでもないけど」
「本当ですか?」
「試しに作ってみようか」
店の厨房に移動すると、俺は魔法の袋からあるものを取り出した。
それは、大昔に俺が自作した燻製を作る小型のスモーカーと、それに使うチップである。
パーティを組んでからはほとんどやっていなかったが、ボッチ時代には時間があったので、獲物の肉や魚でたまに燻製を作っていたのだ。
「燻製にするのですか?」
「そう、塩に香りをつけて、それで塩タレを作るのさ」
燻製塩はある程度作り置きができる。
チップもそれほど高くないし、これなら値段を上げる必要はないだろう。
「香りも味覚なのさ。今日はクルミの木のチップしかないけど、ミズホから桜の木のチップを輸入してもいいな。でも、これは高くなるか……もう一つある」
新フォンのタレには、煮詰めたスープが少量と調味料、そして油が材料となっている。
「塩味を残すとなると、油を改良すべきだな」
ネギ、エビ、ショウガ、ニンニク、トウガラシ、焼き干、貝、小魚など。
様々な素材を使って香味油を作る。
これを使えば、新フォンの味が多彩になるはずである。
俺は塩を燻製し、持っていた小さな川エビと、ミズホから輸入したトウガラシでラー油モドキを作った。
そして、これを使って塩味の新フォンを作る。
「塩味で、エビ風味、お好みで辛さも調整可能になる」
「おおっ! 凄え美味え!」
「バウマイスター伯爵様、よく思いつきますね! 凄い才能だ!」
エルと店主が俺のアイデアを絶賛するが、自分で思いついたのではなく、ただのパクリなので少し心が痛んだ。
だが、これも俺が麺ライフを取り戻すために必要だから仕方がない。
「ヴェル様、美味しい」
「改良したのが素人の俺だから、プロの店主が自分でやればもっと美味しくなるさ」
「今回の件で色々と考えさせられました。研究は常にしないと駄目なのですね……」
人間は慣れる生き物だから、同じものばかり出すと飽きてしまう。
じゃあ『老舗はどうなんだ?』って言う人がいると思うが、それは食べている客が同じ味だと思っているだけで、実は少しずつ改良して美味しくしているのが常識であった。
数百年もまったく同じフォンを出し続けた店主の店がつい最近まで繁昌していたという事実の方が、俺には衝撃だった。
麺打ちの技術を見ると、店主も決して手は抜いていない。
それでも、凄いことだと俺は思うのだ。
「同じメニューでも、細かな改良を加えて味をよくしていく作業は必要だと思う」
「そうですね、今回はとても勉強になりましたよ。フォンだから安く手軽に。その考え方はいいのですが、やはり美味しくないと駄目ですね。新しいメニューの提供までしてもらって申し訳ありません」
店主は、息子たちに任せている四店舗で製麺所、フォン屋、そして店頭で焼きそばも売り始めた。
麺は自家製でコストが安いから、焼きそばなら量を少なくすれば二セントでなんとか出せる。
庶民の気軽な間食になるというわけだ。
従業員が鉄板の上で焼きそばを焼いており、ソースが焼ける匂いに釣られて多くの客が集まっていた。
『僕も負けていられませんね』
アキラも、店頭で焼きうどんの販売を始めた。
見た目は美少女だが、彼は商売の申し子といっても過言ではない。
行動力については、誰よりも男性らしいのだ。
『王都も含めて、王国は暖かい時期が多い。冷やした蕎麦とうどんも出して、売り上げを伸ばしましょう』
アキラは、王国中に蕎麦屋の支店を出そうと計画しているようだ。
そのためにも、第一号店は失敗できないと気合を入れていた。
「アキラさんでしたか。あの人、男性なんですよね?」
「ちゃんと奥さんいるし、俺よりも年上なのが信じられないけど」
「うちの息子も信じられなかったようで……」
店主によると、支店を任された彼の息子の一人が、一緒に開店準備をしているアキラに一目惚れし、結婚を申し込みに行って見事撃沈したそうだ。
「その息子さんは?」
「大きなショックを受けたようですが、それをバネにえらく頑張っていますね」
麺打ちに、新フォンの調理に大忙しだと、店主は教えてくれた。
「でもさ、それって失恋なのか?」
「失恋なんじゃないの?」
「いや、恋愛の入り口にも辿り着いていないような……」
「失恋じゃなくて、勘違い?」
「エルもヴィルマも、そこは失恋だったことにしておこうよ」
リニューアルした麺のお店には初日から多くの客が詰め掛け、徐々にリピーターも増えて、地区は賑わっていくようになる。
客が増えると、それを目当てに新しい麺料理や軽食を出すお店も増え、それがますます大勢の客を呼びと。
俺の読みどおりに、この少し寂れた地区は『麺料理ストリート』として後世まで多くの客で賑わうこと事となった。
そして、似た形態の施設というか地区が、王国のみならず帝国の都市にも広がっていくのであった。
「ぶぅーーーっ! ボクも行きたかった」
「悪い悪い。人が多いから少人数での行動が一番だったんだよ。ヴィルマは、フォンのお店が心配だっただろうから」
試食を終えて屋敷に戻ると、連れて行ってもらえなかったルイーゼが不満そうな顔を浮かべていた。
「ルイーゼよ。子供のように膨れるでない。なにかお土産くらいは、ヴェンデリンも用意しているはずだろうからな」
「新しい麺料理ならいくつか。アマーリエ義姉さん、あれは完成していますか?」
「言われたとおりに作ってあるわよ。具材多目で。でも、シチューが麺料理になるの?」
「ちょっと変形させますけどね」
夕食も兼ねて、俺はエリーゼたちに新しい麺料理をご馳走することにした。
これも新メニューとして出していけば、またお客さんが増えるはずだ。
「それで、私の作ったシチューの味はどうかしら?」
「美味しいです」
アマーリエ義姉さんは、バウマイスター騎士爵領にいた頃からちゃんと料理をしていたからな。
そうしないと生活できないほど貧しかったというのは禁句だぜ。
「塩気もちょうどいいですね」
「味を少し濃い目って言われたからこんな感じにしたわ。でも、こんなに具材が多いシチューって、昔なら考えられないわね」
「野菜が多い時はありましたけどね。肉は沢山あると、焼いたり他の料理に使った方が効率的だって」
「お義母様がよく言っていたわね。『うちの家族は、シチューにお肉が沢山入っているより、焼いたお肉が大きい方が喜ぶ』って」
「限りあるお肉を、できる限り目立たせる手段だったからですよ」
「人数も多かったから」
ついアマーリエ義姉さんと昔の話に興じてしまうが、バウマイスター騎士爵領時代だと、濃い味ですら贅沢だったからな。
昔の実家の特殊さは、この屋敷では俺とアマーリエ義姉さんしかわからないだろう。
二人は、ある意味戦友同士でもあったのだ。
「でも、どんな麺料理になるの?」
「作りながら解説しましょう。エリーゼ、これを固めに茹でてくれないかな?」
「変わったパスタですね」
よく料理をするエリーゼでも、ラザーニェタイプのパスタは初めてのようだ。
日本ではラザニア、同名の料理に使うパスタである。
フォン料理店の店主に形状を伝えたら、すぐに打ってくれた。
地球だと乾麺が主流なのだけど、この世界だと生麺が主流だから、パスタはこの世界の方が圧倒的に美味しいと思う。
蕎麦を使ったパスタもあって、これもとても美味しいのだ。
ただ、そんな洒落た料理は昔の実家にはなかったけど。
「あなた、茹で終わりました」
「ありがとう、エリーゼ」
耐熱容器にシチューを注ぎ、そこに固めに茹でたラザーニェを入れる。
チーズを振りかけ、これをオーブンで焼いたら完成だ。
最後に刻んだパセリを添えれば完璧だな。
「これも麺料理なの?」
「麺が、粉を水で溶いて練ったものだと定義すれば麺ですね」
ラザニア風の新料理は焼き上がり、加熱されたチーズがブクブクと泡を立てて煮立っていた。
とても美味しそうである。
チーズも贅沢品だが、焼いてとろけているチーズは万人に好かれる味だと俺は思う。
「美味しそうよな。冷めぬうちにいただくとしようか」
テレーゼの提案で、みんなで夕食にラザニア風の麺料理を食べ始めた。
味はビーフシチューで、グラタン風というかラザニア風になっているので不味いはずがない。
焼けてとろけたチーズも美味しく、これから新メニューとして出してもいいはずだ。
「この料理は、北方のフィリップ公爵領で食べるともっと美味しいであろう」
「温かい料理だからな」
「それにしても、よく思いつくものよ」
「はっはっはっ、他にも麺料理を準備したぞ」
続けて、油で揚げて塩を振った揚げパスタ、蕎麦も同様に揚げてみた。
これは、前世に蕎麦屋で食事をした時、サイドメニューとしてあったものだ。
共に、軽食として店頭で販売ができる。
「次は、冷たい麺料理だ」
冷製パスタ、冷やしタヌキ蕎麦にうどんなど、王国は比較的暖かいので、冷蔵庫や製氷機さえ確保できれば、こちらの方が需要はあるかもしれない。
「本当、感心するくらい思いつくね」
「任せてくれ、ルイーゼよ」
「でもさ、バウマイスター伯爵様の本業を忘れると、ローデリヒさんに怒られるよ」
「そこは、ちゃんとお休みを貰っているから大丈夫」
ここのところ、領地開発が加速して土木工事ばかりだから、たまにはこうやって別の仕事をするのもいいな。
仕事というよりも趣味か。
ヴィルマに頼まれて始めたけど、これはいいストレス発散になったと思う。
「そして、デザートです」
様々な麺料料理を試食してから、最後にデザートで蕎麦がきを出す。
この料理も、前世に蕎麦屋で食べて美味しかったから再現した。
蕎麦粉をお湯で練るだけで完成するのがいいな。
黒蜜ときな粉をかけて食べたり、善哉や汁粉に入れても美味しい。
「美味しいですね。同じ甘い物でも、王国のお菓子と違ってさっぱりとした甘さです」
一番年上のリサも、蕎麦がきを気に入ったようだ。
美味しそうに食べている。
「これらの新メニューも徐々に出していけば、あの地区は繁昌するはずだ」
そして、そこに素材を卸すアルテリオ、俺のバックアップを受けて店を出しているアキラと、ベッティのお兄さん夫婦が儲かり、その利益がバウマイスター伯爵家にも還元される。
金額的には大した額ではないが、うちの評判はよくなるはずだ。
「実にスマートな宣伝だ」
「ほほう……それはよろしかったですな」
突然聞き慣れた声がしたので後ろを振り返ると、そこには恨めしそうな顔をしたローデリヒが立っていた。
「ローデリヒ?」
「お館様、確かに新しいお店のメニュー開発に集中するのは許可いたしました。ですが、それは本来の休暇であった三日間だけです。それなのに、二週間近くも王都に入り浸りでは開発が計画どおりに進みません。そもそも、どうして一店舗への梃子入れが、大規模な商業施設のオープンにまで話が大きくなっているのです?」
楽しかったので、つい二週間ほど新しい麺料理に関連した仕事に集中してしまったのだが、そこまで期間が伸びるとは聞いていないと、ローデリヒが俺に苦情を述べた。
「いや……みんなが代わりに活躍してくれたじゃないか」
カタリーナ、テレーゼ、リサ、アグネスたち三人娘も、俺の特訓で魔法の腕をあげていたので、俺の代わりは十分に務まったはず。
「確かに、奥様たちのお力で工事は進んでおります。ですが、お館様にしかできない大規模な工事などが止まっているのです」
「そうなんだ……明日から頑張るよ」
「明日からですね? わかりました。この十日間ほどの遅れも考慮し、しばらくお館様のお休みはありません」
「なんと!」
せっかく残業ばかりのサラリーマン生活から離れられたのに、しばらくお休みなしとは……。
これじゃあ、なんのために貴族になったのかわからないじゃないか。
貴族って、もっと優雅な時間があるんじゃないのか?
「第一、そんなに計画は遅れているか? これまで、どれだけ計画を前倒ししたと思っているんだ」
「お館様、こうは考えられませんか? 前倒ししても計画に余裕がある。ということは、もっと計画を前倒ししても大丈夫。否! それこそが本来の計画どおりではないのかと。お館様の魔力はまだ成長しております。ですので、まだ大丈夫です」
ローデリヒが、自信満々の笑顔を俺に向けてきた。
というか、どうしてお前が自信満々なんだ。
実際に工事をするのは俺なんだぞ。
「でも、たまには王都で麺を食べに行きたいかな。エリーゼたちも誘ってデートとかしたいし……」
「奥様たちとは、お屋敷やバウルブルクの町で仲良くしていただきたく。『瞬間移動』の魔力もバカにならないですから」
「クソぉ! ベッティのお兄さんのケツを蹴飛ばして、バウルブルクにもラーメン屋をオープンさせてやる!」
王都で二週間もなんちゃってコンサルティング業務を行ったツケで、俺はしばらく領地の開発に専念することになってしまった。
それでも、たまに食事で麺料理が出るようになったのはいいことだと思う。
工事に参加している作業者たちにも、たまに麺料理が出るようになり、彼らの中から故郷や居住地で麺料理の店を始める者たちも出てきて、次第に王国中で様々な麺料理が普及していくことになるのだけど、それはまた別のお話であった。
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