第305話 人類は麺類(その5 )

「飲食店で料理以外のことは、別のプロに任せるに限る。特に店舗についてはな」


「飲食店繁盛の鍵を握る物件の確保は、この私の重要な仕事ですからね。早速一軒目ですが、これは……」


「ああ、ここは私の持ち物です」


「なるほど、これは……」


「困ったことに、完全に塩漬けの物件です」


「維持費も大変でしょうに」


「手放すのも難しいので……」




 老舗フォン料理店を立て直すべく、最初に到着した新しい店舗候補……瑕疵物件だけど……は、老舗フォン料理屋の店主が持ち主であった。

 彼は、他にも二軒の瑕疵物件を所有しているそうだ。

 元は飲食店……やはりフォン料理屋だと思うが、放置されてから相当年月が経っているようでもの凄くボロかった。


「あのう、どうしてこんな状態に? 多店舗展開に失敗したとか?」


「そのようなものですが、これも我が一族の宿命でしょうか……」


 エルからの質問に答えるかのように、店主が事情を語り始める。


「私の曽祖父の時代が、お店の絶頂期だったそうです。当時、私はまだ産まれたばかりでしたが……」

 

 その曽祖父も、年齢の問題で引退することになった。

 彼には四人の子供がおり、その四人に対して彼はこう宣言する。


「俺の店を継げるのは、腕がいい奴だけだ! お前らは競え!」


 お店が繁昌してお金があった曽祖父は、四人の子供全員に一店舗ずつフォン料理店を持たせ、競争をさせたのだという。


「過激な曽お爺さんですね」


「ですよねぇ……」


 貴族であるエリーゼからすれば、そのお店は長男が継げばいいだろうという感覚しか持てない。

 兄弟で真の後継者を争うなんて、その一族にとって没落の原因にもなりかねない悪手だからだ。

 確かに、グルメ漫画じゃないんだから……と言いたくなる。


「実は、曽祖父自体が暖簾分けでこの地区に来たのです」


 店主のお店は、歴史あるフォン料理店から正式に暖簾分けされた店舗なのだそうだ。

 もっとも、その歴史あるフォン料理店も、このところの飲食店間の競争で潰れてしまったそうだけど。

 待てよ。

 ということ、曽お爺さんは子供たちのお店を他の地域に暖簾分けできないはずだ。

 なぜなら、暖簾分けしてもらった他の弟子や一族のお店に優先権があり、もし他地区への暖簾分けを強行したら、彼らの縄張りを侵すことになるからだ。

 フォン料理店にギルドは存在しないが、歴史の古い料理なので老舗が多く、ギルドと同じような不文律が存在すると聞いた。

 ただし、他の料理を出す個人店にはそんなルールもなく、かなり自由にやれるので、店を移転させたり、新しい麺料理を出してみたりと。

 ベッティのお兄さんやローザさんみたいに、臨機応変にやって生き残りを図っているようだ。


「じゃあ、同じ地区で四店舗ってことか?」


「ええ……」


「無茶苦茶な!」


 コンビニのドミナント戦略じゃないんだぞ!

 必ず、子供の誰かが潰れてしまう競争なのに、とんでもない曽祖父だな。


「生き残った者こそが、真の後継者であると。そんなわけで、四人は熾烈な競争を行いました。結果、生き残ったのが末っ子である私の祖父だったのは皮肉な結末ですけど……」


 本当に苛烈な争いだったようで、他の三店舗は潰れるだけではなく、未練も大いに残した。

 借金を抱えながら、他の仕事をしながら残りの人生を送った三名の元店主がレイスと化し、自分がフォン料理店をやっていたお店を占拠してしまったのだ。


「元店主たち……私の大伯父にあたる方々ですけど、そのレイスが、新しくお店を出すのを妨害するわけです」


「なるほど、生前の自分たちはいつか借金を返して、再びこのお店でフォン料理店を経営したかった。その未練が残ったのですか」


「はい、奥様の仰るとおりです」


 エリーゼの推論に、店主は首を縦に振る。


「たかがフォン、されどフォンなんだな」


 エルも、料理人は大変だなと、納得したような表情で首を縦に振っている。


「そんなわけでして、この店舗の含めて、大伯父たちの悪霊が棲む三店舗は、私が責任を取って買い取りました。当時のうちには余裕がありましたし、そのうち除霊して、賃貸でもしようと思ったのです、ですが、これが予想以上に厄介な瑕疵物件でして……。所持しているだけで赤字なので、今のうちの経営状態ですと、これ以上持っていると厳しいです」


「これをなんとか浄化してから、新しい店舗を確保する作戦だ」


 レイスがいたままだと改装工事にも入れないから、さっさと祓ってしまおう。


「ですが、バウマイスター伯爵様。大伯父たちのレイスは非常に厄介ですよ。以前、浄化を教会に断られてしまいまして……」


 教会が浄化を断るほどのレイスかぁ……。

 さらに店主の話によると、彼らは普段隠れていて、新しい借主が改装工事を始めると、妨害を開始するそうだ。

 そのため何度か、浄化できていないけど大丈夫かなと思って、格安で物件を貸してみたことがあるそうだ。

 賃料が安いからと、安心して営業準備を始めようとすると、大伯父たちのレイス妨害に入る。

 妨害のタイミングの厭らしさは、生前飲食店を経営していたので知恵がついているのだと思う。

 とにかく、他の飲食店経営者にお店をやらせたくないのだ。


「あなた、どうなされますか?」


「俺とエリーゼなら、簡単に除霊できると思う。とてつもなく強いレイスってわけではないんだろう?」


「はい」


「じゃあ、簡単簡単。エリーゼ、念のために『聖障壁』を張っておいてくれないかな?」


「はい、わかりました」


 エリーゼが俺たちを守るように『聖障壁』を張り終えると、俺は店に向かって大声で怒鳴り始めた。


「うわっ! クソ不味いフォンだな! そんなんだから潰れるんだよ! 時代遅れも甚だしいな! 新しいお店の方が美味しいから、そっちに行こうぜ!」


 彼らは、競争に負けてお店を潰している。

 だから、こういう悪口で挑発してやればいい。

 どうやら俺の悪口は聞こえたようで、店内からそれなりの強さを持ったレイスが姿を見せた。

 年配の男性の悪霊だ。


「ナンダトォーーー! オレノフォンハァーーー!」


「ぷっ、クソ不味っ!」


「コロスゥーーー!」


 俺の挑発に乗ったレイスは、そのままエリーゼの張った『聖障壁』に激突し、その力を弱めてしまった。

 やはりレイスになっても、怒りで我を忘れてはいけないな。


「あの世で、新作料理でも開発するんだな」


 トドメで俺が軽く『聖光』を放つと、レイスは呆気なく消え去ってしまった。

 貴族屋敷の悪霊に比べると、少し弱かったかな。


「来世では、かの者に幸があらんことを」


 真面目で優しいエリーゼは、消えたレイスに対し祈りを捧げていた。


「それで、この物件はどう?」


「古い建物ですけど、石造りなので十分にいけます。店内の設備はどうなされますか?」


「中古品でもいいぞ。なるべく金はかけないでいこう」


「畏まりました。知り合いで潰れた飲食店の中古設備を取り扱っているお店がありましてね。内装専門の職人にも知己がいますよ」


 さすがは不動産屋。

 リネンハイムには、飲食店の開業に関わる知り合いが複数存在するようだ。


「他の物件も素早く祓って、早く作業に入るか」


「時間は貴重でございますからね」


「おい、ヴェル」


「どうした? エル」


 リネンハイムと打ち合わせをしていると、エルが俺に話しかけてくる。


「たとえレイスでも、店主さんの親戚なんだからさ……こうもっと気遣うとかよ……」


 エルの奴、えらく常識的なことを……。

 だが、俺にとってレイスは邪魔な存在でしかなかったからな。

 レイスになるほどお店に未練があるのなら、もっと頑張ればよかったのだから。


「ここで変に慰めるよりも、彼らは浄化されて天国に行ったんだ。それを祝ってあげた方が店主も嬉しいと思うはずだ」


「はい、あたなの仰るとおりですね」


 エリーゼは、俺の発言を額面どおりに受け取ったようだ。

 本当は、適当に言い訳しただけだけど……。


「店主さんはどう思っているのです?」


「いや……あまり会ったこともないですし、これまで数十年も不良債権化していましたからね。ちょっと可哀想とは思いましたが、別にそこまでの思い入れは……」


「なっ!」


「エルヴィン様はお優しいですね。商売とは生き馬の目を抜く世界です。いくら親族でも、レイスになってまで迷惑をかけられたら……とにかく無事に成仏したわけですし、過去のことは忘れて、新しい商売に励みましょう」


「……なあ、ヴェル」


「なんだ? エル」


「お前とリネンハイムさん、実は似た者同士か?」


「……」


 そんなわけがあるか!

 俺は、彼ほど胡散臭くない。

 ただそれを本人を目の前にしては言えないので、俺は心の中でそう叫ぶのであった。






「バウマイスター伯爵様、工事は順調ですが、これはどういう意図なのですか?」


 さらに一週間後、新メニューの開発は続き、数軒の瑕疵物件の除霊と空き物件の買収も終わり、リネンハイムが手配した業者が改装工事を行い、調理器具などを搬入している。

 まずは、十店舗ほどをいつでもオープン可能な状態にもっていくことが目的だ。

 工事が進む最中、アルテリオは俺の意図が理解できないようで、どういうつもりなのかと聞いてきた。


「この地区は、実はそれほど場所は悪くないのさ」


 徒歩圏内に工房が多い地区と、住宅地もあるからだ。

 

「客が寄らなければ、寄せてしまえばいい。この地区に、麺料理の店を集合させるわけだ」


 考え方は、ラーメン博物館みたいなものだ。

 様々な種類の麺料理を出すために新メニューを研究しているのは、麺料理の店だけを大量にオープンさせるからだ。


「麺料理の店だけを?」


「この地区に色々な麺料理の店があれば、それを目当てに客が来るじゃないか。工房で働いている人たちが昼食に、休日に家族を連れて来るかもしれない。ここは、ちょうどいい位置にあるからな。工房や住宅地の至近というわけではないから少し条件が悪いけど、それを補うための店舗集中なのさ」


 他にも、軽食やデザート、お菓子などを売ってもいい。

 家族の行楽、デートにも使える。

 麺料理も半分のサイズを出せば、一日に何店舗か回れるはずだ。

 

「店舗が集中していることを逆に強みにするのさ」


「おおっ! なんて凄い考え方なのです! さすがは伯爵様!」


 なんか、えらくアルテリオに褒められているけど、アイデア自体はただのパクリである。

 それを教えてあげるわけにもいかないから、黙っているけどね。


「店舗が集中しているから、競争も起こるだろうな。駄目な店は、早く撤退してもらうさ」


「それで、ほとんどを賃貸物件にしたんですね」


 老舗フォン料理屋の店主は、除霊した三件の物件も含めて四店舗、あとはローザさんが一店舗を持っているのみだ。

 あとは、買収したリネンハイムが持っている。

 俺とエリーゼは、彼から除霊の代金を貰っていた。

 あいつ、商売の匂いにも敏感なようで、俺にすんなりと除霊代金を支払って物件を確保しやがった。 

 老舗フォン料理店の店主も、大分オマケしてあげたが除霊の代金を支払った。

 店が苦境に立ったのはこの一年ほどであり、これまでは老舗有名店として十分に稼いでいたので、蓄えがかなりあったようだ。


「アルテリオは……傘下の商人に任せるにしても、この地区に入るお店に食材を卸したり、新規店舗のオープンや入れ替え、食材の仕入れなどで儲ける。チョコレートや魔の森の果物を使ったデザートを出してもいいな。オープンカフェも作るか。期間限定で、新商品を格安で紹介する店舗があってもいいな」


「リネンハイムは、賃貸物件の管理ですか」


「駄目な店は追い出さないといけないからな。客が多くて賑わっているから、貸店舗の賃貸料が上昇するんだ。物件を持っているリネンハイムは、賃貸料が高い方が儲かるから、それを維持するために駄目な店に引導を渡す役割を担当する。嫌な仕事だから、ちょっとは利益で優遇しないと」


 地区の賃貸物件を一つの施設に見立て、リネンハイムに物件の管理を任せるというわけだ。

 賃貸契約を半年単位くらいにし、駄目な店は契約を更新しないなどして競争を促し、新陳代謝を促す。

 契約停止を告げる嫌な役割をリネンハイムに任せることになるが、その分高価格になるであろう賃貸料で儲けさせるというわけだ。


「もし、ここが大いに賑わえば、お店を持っている店舗が他に支店を出す時に宣伝にもなる。店側が理解できれば、人気を維持するために努力すると思うんだ」


「なるほど、納得できました」


「それで、ここが上手く行ったら王都は広いだろう? 何ヵ所か同じような形態で営業できるよな? ここでノウハウも得られるわけだし」


「ただ飲食店を経営するのではなく、こういう方法もあるのですか……」


 こういう飲食系のイベントや施設の運営に、商社が関わることもあるからな。

 それを知っている俺ならではのアイデアだ。

 具体的なマニュアルは、俺が知っていることに加えて、実際に経営して得て行くしかないか。


「急ぎ準備を進めます」


「頼んだぞ」


 アルテリオと別れた俺は、アキラが借りる予定の店舗に向かった。

 彼は隣同士の空き店舗を二つ借り、現在オープンに向けて準備を進めていた。


「あっ、バウマイスター伯爵様。試作は順調ですよ」


「それにしても、二店舗なのか?」


「価格帯を分けようと思いまして」


「価格帯を分ける?」


「ええ」


 一店舗目は、内装をミズホ風にして凝った作りにする予定のようだ。

 ミズホ人の従業員たちが、内装工事を行っている。

 

「これは、蕎麦とうどんを最後に出す割烹料理店ですね」


 ミズホ料理をコースで出して、最後に蕎麦かうどんを出す。

 値段は張るが、これはある程度富裕な人たちを客層としている。


「もう一点は、普通の蕎麦とうどんのお店です。立ち食いスペースも作りますよ」


 もう一店舗は、中に普通のテーブル席、入り口付近に立ち食い用のカウンターと、店の前のスペースにもテーブルと椅子が置かれていた。

 食べ終わった器を返す棚も作られており、前世でたまに食べた立ち食い蕎麦屋そのものであった。


 というか、ミズホにも立ち食い蕎麦屋ってあるんだな。


「職人の工房が多い地区には結構あるのですが、外地からのお客さんはあまり寄らないと思います。ここの近くにある工房で働いているお客さん目当てですね」


 忙しい彼らは、急いで食事をとりたい。

 過去にフォンが流行した背景には、簡単に立ち食いで食べられるという利点があったからだ。

 立ち食いでも蕎麦やうどんは少し高いけど、王都は景気がよくなっている。

 ある程度の客数は見込めると、アキラは計算しているようだ。


「順調なようだな」


「はい、最初に店をオープンさせた僕たちが成功すれば、もっと新しいお店がオープンします。競争になりますが、お客さんも増えるからチャンスですね」


 アキラは忙しそうなのでこれで話を終え、次はローザさんの新店へと向かった。


「バウマイスター伯爵様。うちの旦那、メニューの試作が順調なようですよ」


「難しい課題だったんだけどなぁ……」


 俺がベッティの兄に大体のレシピを伝えた麺料理、それはラーメンであった。

 ラーメンはスープを作るのが難しい。

 俺も昔試作したことがあるけど、なかなか思ったような味のスープにならなかった。

 豚骨なんて手に入らないので、猪の骨で代用したんだが、下処理が下手で臭い、香味野菜を入れて煮ても臭い、ようやくスープが臭くなくなったら味が薄っぺらい。

 何度も失敗して、ついに諦めてしまったのだ。

 それをなんとか形にしたというのだから、やはり本物の料理人は違うな。

 ベッティのお兄さんは、経営に携わらないといい料理人なのかもしれない。


「味見してください」


 ローザの案内で店の調理場へと向かうと、ベッティたち三人娘が見守るなか、ベッティのお兄さんが大きな寸胴でスープを作っていた。


「どうだ?」


「バウマイスター伯爵様、ようやく味が安定しましたよ」


 寸胴でスープを煮込んでいるベッテイの兄は、俺にスープを入れた小皿を差し出した。

 試しに飲んでいると、とてもいい味がする。

 俺が作った時は、変な臭いがして、味も薄っぺらで駄目だったんだけどなぁ。


「下処理をきちんとしないと駄目で、他の魔物や豚の骨も手に入れ、臭み消しのハーブや野菜類と一緒に煮込みました」


「豚の骨なんて手に入るのか?」


 家畜なんて、よほどの金持ちしか食べられないからな。

 そう簡単に豚骨が手に入ると思えないんだが……。


「豚骨は少量なら手に入りますよ。解体所で直接仕入れないと駄目ですけど。ただ入荷量が不安定なので、手に入りやすい猪と魔物の骨も配合して味を安定化させたわけです。他にも、季節とか、獲物が獲れた地域とか、どうやって育ったかで骨から出る出汁の味に差が出ますからね」


 ラーメンの難しいところは、たとえ素晴らしいレシピができあがっても、使用する素材の状態が変化するから、上手く調整しないと同じ味のスープができない点にある。

 味にブレが出て、美味しい方にブレればいいが、不味くブレれば顧客が離れてしまう。

 それにしても、ベッティのお兄さんは思った以上にやるじゃないか。

 最初の印象はよくなかったが、料理に関しては『やればできる子』だったらしい。

 評価を改めないといけないな。


「あんた、奥さんの尻に敷かれていると優秀だな!」


「バウマイスター伯爵様、それはないですよ……」


「お兄さんは、お義姉さんの下にいてようやく真人間になれるんですよ」


「ベッティまで酷い……」


 実の妹にまで散々に言われ、ベッティのお兄さんはガックリと肩を落としていた。


「猪、豚、魔物の骨の配合スープです」


 それでも気を取り直して、彼はスープの説明を続ける。

 匂いや見た目は、トンコツスープにとてもよく似ていた。

 俺にとっては、なによりも歓迎すべき出来事である。


「これに醤油ベースのタレを入れると……」


 懐かしい醤油トンコツラーメンのスープになる。

 醤油トンコツ味のラーメンは陳腐だけど、陳腐ゆえに人気が高いとも言える。

 この世界では初めて嗅ぐ匂いなので、早く麺を入れて食べたくなってきた。


「具の肉は?」


「これもバウマイスター伯爵様のヒントを元に作っています」


 猪の肉で角煮を作るのはよくしていたので、チャーシューはスープよりも簡単だった。

 ベッティのお兄さんが、美味しく仕上げてくれた。


「煮卵ですか? ちょっと高いので、これは試作だけですね。あとは適当に野菜を煮て入れれば完成ですか」


 卵に関しては、ホロホロ鳥は高いし、養鶏で得られる鶏の卵も負けずに高い。

 そこで、鴨など他の鳥の卵で試作してもらったが、原価が高すぎて客には出せないだろう。

 日本のように卵が安いって、実は凄いことだったのだ。

 メンマは、材料の竹の子がミズホでしか採れないから、これも今回はなしだ。

 ミズホ人は竹の子が大好きなので、どう考えても輸出量が足りなかった。


「言われたとおりに全部揃えましたが、問題は麺ですよ。パスタにはちょっと合わないと思いますし、私も麺打ちは経験がないですね」


 ローザさんの新店で出している麺も、すべて知り合いの麺打ち職人から仕入れているそうだ。

 自分では、ラーメンの麺は打てないとベッティのお兄さんが言う。


「ここで、あの老舗フォン料理店が役に立つのさ。麺を取りに行こう」


 駄目なら他の料理人に任せようと思っていたが、ベッティのお兄さんは見事に試練を果たした。

 あとは、これに茹でた麺を入れれば完成である。


「先生、お兄さんはしっかり仕事をこなしましたね」


「ちょっと過小評価していたかも。いい腕をしているな」


 というか、若いので新しい料理を試作する方が得意なのであろう。

 スープの味を維持できれば、ラーメン店で成功するかもしれない。

 ローザさんもいるし。


「先生、ありがとうございます。亡くなったお父さんとお母さんも、天国で安心していると思います」


 普段は散々言っているが、ベッティはお兄さんが嫌いではない。

 助け舟を出した俺の両手を取って、彼女はお礼を述べた。


「あーーーっ! ベッティがずるい。私も」


 なぜかシンディがベッティを非難しながら俺のもう片腕を取り、右手はベッティに、左手はシンディに腕を組まれてしまう。

 

「先生の腕は二本しかない……二人ともずるいですよ!」


 普段は真面目なはずのアグネスが、先に俺と腕を組んでしまった親友二人に激怒した。

 

「えーーーと、じゃあ、私はここに」


「おいっ!」


 ならばと、シンディが見事にコントロールされた『飛翔』の魔法で、俺の肩に上手く乗った。

 俺は慌てて彼女の足を取り、肩車をする形になってしまう。

 代わりにアグネスが俺の左腕を取り、俺は弟子三人に囲まれながら道を歩くことになってしまう。


「ほほう。嫁がいない間に、これは大胆だな」


「こら! エル! 誤解を招くようなことを言うな!」


 俺は、にやけた笑みを浮かべるエルに苦情を述べた。

 間違った情報をエリーゼたちに報告されては困るからだ。


「ううっ……あの小さかったベッティがお嫁に行ってしまう……」


「ベッティちゃんもいつかはお嫁に行くのだから、めそめそ泣かないの。バウマイスター伯爵様だから大丈夫よ」


 ほら見ろエル。

 麺を見るため俺たちについてきたベッティのお兄さんとローザさんが、勝手に誤解してしまったじゃないか。


「もうここまで来たら、この娘たちは他に嫁に行かないと思うけどな。それについては、バウマイスター伯爵様はどうお考えで?」


「ううっ! 麺料理は、麺の出来が大切なんだ」


 段々と外堀が埋められていくような気がしてきたが、今はなんちゃってコンサルティング業務の方が大切だと思い、俺はそのまま現実逃避に入るのであった。

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