第304話 人類は麺類(その4)
「お館様は変わっておられますなぁ……」
「ヴィルマに涙目で頼まれると、弱くてさぁ」
「事情を聞いたところ、ヴィルマ様は大変義理堅いですな。前にも川魚料理のお店で同じことがあったのを思い出しました」
「昔、世話になったお店らしい。ヴィルマが飢えないで済んだのだから、これは間違いなく恩人なんだろう」
「ですな。お館様の予定の方はなんとかしておきます」
「すまないな」
三日間の予定を組んでいた王都飲食店巡りは中止となり、代わりに老舗フォン料理店を再建することになった。
しばらくは、王都と屋敷を行き来する生活になるはずだとローデリヒに報告すると、彼は特に反対しなかった。
「まあ、『情けは人のためならず』とも言いますから」
この世界にも、日本のことわざと同じものが存在している。
ローデリヒも、バウマイスター伯爵家に仕えるまでは色々と苦労した。
その時に大いに助けてもらった人たちには、自分の職権の範囲内で許される便宜を図ったり、仕官の口利きをしているそうだから、ヴィルマに駄目とは言えないのであろう。
「ただ、怒る方がいるのでは?」
「ローデリヒは鋭いな」
潰れそうな老舗フォン料理店を助けると怒る人物。
それは、お兄さんが近くに新店舗を出したベッティであった。
『先生! せっかくお兄さんが普通に戻りつつあるのに! 酷いですよ!』
彼女、普段は結構お兄さんに辛辣なのだが、決して彼が嫌いというわけではない。
キツイ言い方になるのは、お兄さんにもう少ししっかりしてほしいと願う、妹なりの愛情からきているものであった。
『先生、ここであのお店が復活したら、ベッティのお兄さんの借金が増えてしまいますよ』
『先生、ベッティが可哀想です』
アグネスとシンディも、ベッティの援護に入った。
三人が言っていることは間違っていないし、俺はベッティのお兄さんのお店に梃子入れをした人間だ。
ここで、ベッティのお兄さんの足を引っ張っては意味がない。
『そっちも梃入れするし、お店が近くて競合していても大丈夫な方法もあるから』
ヴィルマのお願いだけを聞いてしまうと、今度はベッティのお兄さんの店がピンチになってしまう。
結局、両方の店にアドバイスする羽目になってしまった。
こうなればもう、乗りかかった船である。
『先生、ありがとうございます。先生、大好き!』
ベッティにもお兄さんのお店を再び梃入れすると言ったら、彼女に抱きつかれてしまった。
嫁入り前の娘が男に抱きつくのはどうかと思ったが、すかさずヴィルマがそのパワーでベッティを俺から引き剥がした。
『ヴェル様に抱きついていいのは妻だけ』
『まだ駄目だぜ。アグネスとシンディも』
『これで、もう抱きつけませんね』
アグネスとシンディもベッティの動きに呼応しようとしたが、素早さでは負けないカチヤと、意外と抜け目がないエリーゼも加わって、俺は三方向から妻たちに抱きつかれてしまった。
これでは、アグネスたちも俺に手は出せないか。
『まだです! 先生の頭上が残っています! 魔法の特訓の成果を!』
諦めきれないアグネスが、素早く『飛翔』を唱えて俺の肩に乗ろうとした。
『残念、魔法なんて使わなくてもボクは全然余裕』
最後にルイーゼが、まるで軽業師のように『飛翔』で浮かび上がったアグネスを踏み台にし、俺の肩に飛び乗る。
俺は彼女を肩車している格好となり、もう俺と接触できる部分はなくなってしまった。
『素早い……』
『へへーーーんだ。ボクやヴィルマやカチヤが、まだ新人冒険者見習いであるキミたちに出し抜かれるなんてことはないからね』
『ううっーーー、隙が見い出せないです』
俺に抱きつくという計画が阻止されて、アグネスたちは悔しそうであった。
それはいいんだが、俺が動けないぞ。
ルイーゼが俺の肩に飛び乗って来た時にほとんど重さを感じなかったのは、さすがだと思うけど。
だけど、エリーゼ、ヴィルマ、カチヤに包囲されたまま抱きつかれて、俺は身動きが取れずにいた。
『おーーーい、エリーゼまで』
『あなたはバウマイスター伯爵様ですから、妻以外の女性にはお気をつけて』
『はい……』
俺はエリーゼの正論になんら言い返せず、目論みを阻止されたアグネスたちは残念そうな表情を浮かべた。
「はっはっは! お館様は、まさに英雄色を好むですな」
「どこに英雄がいるんだよ? 英雄ってのは、もっと真面目な存在だぞ」
少なくとも、飲食店の立て直しに知恵は絞らないよな。
「それで、対策はお有りなので?」
「大丈夫、アルテリオにも手伝ってもらうから」
「お金になるとわかれば、彼も協力しますか……」
ローデリヒの許可を取ってから、俺は助っ人を連れて王都へと飛んだ。
例の老舗フォン料理店へと向かうと、そこには店主やその家族と、ベッティの義姉であるローザさんもいた。
「ローザさん、新店の方は?」
「信用できる店長候補がいるから、彼に任せているわ」
「バウマイスター伯爵様、ベッティさんのお兄さんは呼ばないのですか?」
「……彼は向いていないから」
麺料理の開発なので、ミズホ料理の知識と調理の腕前も生かそうと、アキラも俺に同行していた。
バウルブルクにあるお店は、奥さんであるデリアに任せての参加だ。
「向いていないですか?」
「ベッティのお兄さんは調理の腕はいい。ちゃんとやれば、新メニューを考えられるくらいの頭もある。何人かの人を使うくらいはできるのさ」
だけど、その上の仕事が苦手だ。
いい材料を価格交渉して必要量仕入れるとか、お店の経営形態を整えるとか、コスト計算や経理業務とか。
管理職や経営者の仕事をやらせようとすると、途端に役立たずになってしまう。
飲食店全体を人間の体に例えると、彼はどう足掻いても腕が限界の人なのだ。
むしろ、彼の奥さんであるローザさんの方が頭の仕事が得意で、むしろ天職だと俺は思う。
「なるほど、確かにそうですね」
そしてアキラは、どちらも得意な希有な人間というわけである。
見た目は美少女だけど。
「バウマイスター伯爵様、うちの新店のお客さんが減ったら借金の返済も遅れますけど……」
やはり、ローザさんは俺が老舗フォン料理店の経営再建に手を貸すことに不満があるようだが、これは仕方がない。
明日からの、自分の生活がかかっているのだから。
「新メニューの開発も進めるけど、他の手段で全体的な客数を増やすから大丈夫」
「お客さんを増やすのですか? どうやってです?」
「そのお話は、全員揃ってからだな」
「全員ですか?」
「伯爵様、お待たせしました」
「いやーーー、バウマイスター男爵様……じゃなかった! 伯爵様! このリネンハイム、あなた様が短期間でここまでの大貴族様になられるとは想像できませんでしたとも」
バウマイスター伯爵家筆頭御用商人にして王都でも稼いでいるアルテリオと、瑕疵物件の取引で荒稼ぎしているインチキ不動産屋のリネンハイム。
俺は、この二人も呼んでいた。
実はこの二人が、客数を増やす計画で重要な役割を果たすのだ。
「伯爵様、なにやら楽しいことを計画なされたようで?」
「楽しくなるかどうかは、やってみないとわからないな」
「私は、成功する可能性が高いと思っていますよ。では始めますか」
まずは、ミーティングからである。
リニューアルのため一時閉店した老舗フォン料理店の中に入り、みんなでテーブル席に座って相談を始める。
「リネンハイム。この地区の地図を」
「はい、準備しておりますとも」
リネンハイムは不動産屋だ。
この地区の地図くらい独自に作製している。
彼は、テーブルの上に一枚の大きな地図を広げた。
「思ったよりも多いな……」
「伯爵様、なにが多いのですか?」
「この地区で潰れた飲食店の数」
「ああ、ここは住宅地と工房や商店が多い地区の間にありますからね。位置的に中途半端なんですよ」
アルテリオが、この地区の事情を説明してくれた。
働いている人たちに昼食を出すお店は、工房側に寄っている。
逆に家族と一緒に外食するようなお店は、住宅地側に寄っている。
ここはその中間地点にあって中途半端なので、通りががりに軽く食べられるフォンのお店や、ローザさんの……実質彼女の店だよな……新店くらいしか経営しているお店はなかった。
あっても、かなり経営状態が厳しいお店が多い。
「そうだとすると、お客さんを増やすのは厳しいのでは?」
「客は呼び寄せればいい」
「呼び寄せるのですか?」
「だから、リネンハイムを呼んだわけだ」
「はい、バウマイスター伯爵様から呼ばれました。このリネンハイム、バウマイスター伯爵様のためなら、たとえ火の中水の中でございます」
「そこまでしなくてもいいから、この地区ですぐに飲食店に改装可能な物件はすべて押さえろ」
「はい、速攻で押さえます」
「あと、あの物件もな」
あの物件……リネンハイムが一番得意な、主に霊的な理由で誰も近寄らない瑕疵物件のことである。
「俺が祓えば、コストは抑えられるな」
「はい、実質無料みたいなものです」
王都で平民が住む家や利用する商店、飲食店に悪霊が憑くと厄介だ。
もっと価値のある物件なら、教会なり、聖魔法が使える冒険者に頼んで祓ってもらえる。
だが平民が、そう簡単に日本円で千万円単位のお金など出せない。
悪霊を祓ったあとの掃除や改装にかかる費用も考えると、他の物件を借りた方がマシという結論に至る。
代わりの物件はいくらでもあるわけで、結局瑕疵物件として放置されるケースが多かった。
これが貧しい人たちが住んでいる地区なら、教会が定期的に慈善活動として悪霊を祓ってしまうのだけど。
だがここは、中途半端な中産階級の人たちが住んでいる地区だ。
慈善活動の対象にもならず、大金を払って悪霊を祓える余裕がある人も少なく、一定の割合で瑕疵物件が残ってしまうのだ。
「祓うのは、リネンハイムが瑕疵物件を押さえてからだな」
「バウマイスター伯爵様のご意見に賛成でございます。あとは、このお話は誰にもなされませんように」
「どうしてですか?」
どう見ても、不動産業には詳しそうに見せない老舗フォン料理店の店主が、リネンハイムに質問をする。
「バウマイスター伯爵様が瑕疵物件を祓うという情報が持ち主に知れますと、売却価格の釣り上げが行われますから。商売で儲ける秘訣は、スピードと独占とネタの秘匿でございますので」
俺もリネンハイムの考えに納得するが、やはり彼が言うと途端に胡散臭くなるな。
「なるほど。バウマイスター伯爵様が祓うと持ち主が知れば、価値がまったくない物件でも価格がつきますね」
「そういうことでございます」
「丁寧に説明していただいて申し訳ないのですが、私は三件の瑕疵物件を所有しておりまして……」
「これはこれは。三番目のネタの秘匿に失敗してしまいましたね」
さすがは、老舗店の店主とでも言えばいいのか。
予想外の強かさに、さすがのリネンハイムも頭をかいていた。
「これは奥様、お久しぶりでございます」
「豪華な出産祝いをありがとうございます」
「ゴッチもお世話になっておりますので、あの程度で心苦しい限りでございます」
数日後、早速この地区の瑕疵物件を祓うことになった。
老舗フォン料理店の店主の持ち分を除き、この地区にあるすべての瑕疵物件はリネンハイムが無事に買い叩いてきた。
悪霊のせいで資産価値ゼロどころか、税金でマイナスだったから、ほぼ無料に近い値段だったそうだ。
あとはお祓いだけだが、となるとやはりエリーゼ先生の出番であろう。
『悪霊がいるために経営できないお店を再生し、多くの人たちで賑わうようにするのですね。さすがは、あなた』
エリーゼの中で俺がもの凄くいい人になっていたが、結果的には間違っていないのでよしとしよう。
彼女は知己であるリネンハイムと挨拶をしていたが、確かに彼からの出産祝いは豪華であった。
ゴッチという彼の息子がバウルブルクで不動産屋を開業していたので、そのお礼も兼ねてであろう。
ちなみに、リネンハイムの息子はまっとうに不動産業をやっている。
リネンハイムが初代だと聞いているので、彼ほどのアクの強さは出ないのだと思う。
バウルブルクにはまだ瑕疵物件がないので、父親の方の出番がないという事情もあり、息子の出番となったわけだ。
「(ヴェル、本当にこの人にまた仕事を頼むのか?)」
「(頼んだ仕事はちゃんとやってくれるから)」
「(ヴェルがそう言うのならいいけどよ……)」
他にも、護衛役のエル……彼はどうもリネンハイムが苦手なようで、距離を置いていたが……と、地元の人間なので老舗フォン料理店の店主も案内役として来ていた。
店主の家族と、ローザさんと彼女が雇っている調理人たちは、閉店中の老舗フォン料理店の中で新メニューの開発を行っている。
俺が麺料理のアイデアを出し、それを参考に色々と試作しているわけだ。
俺は、日本や地球で親しまれていた麺料理の作り方やレシピを知っているし、前世での仕事の関係で素人よりは詳しかった。
だが、この世界には向こうでは簡単に手に入る食材がなかったり、同じものがあっても、味が違って材料に適さないこともある。
それは代替品で補わないといけないし、そうなると細かな配合を試行錯誤しなければ売り物にならないわけだ。
せっかくレシピが決まっても、常に同じ配合では味を保てない。
同じ材料でも、産地、季節、生育条件などでみんな味が違った。
それを見極めて配合を微調整しないと、せっかく決まった味がブレてしまい、不味い方にブレれば顧客が離れてしまう。
ヒントは与えるが、そこから先は調理人たちの腕前がものを言うわけだ。
『いい匂いね』
『つゆを作る際に出汁をちゃんと取ると、香りも味も最高ですからね』
『これでなにを作るのかしら?』
『はい、うどんに使おうとか思いまして』
バウルブルクでも、アキラはイーナたちと一緒に仲良くうどんと蕎麦の試作を行っていた。
彼は、俺の計画に乗って麺料理のお店を出店することにしたのだ。
自分のお店の調理場でうどんの汁を作り、それを試飲したイーナがその出来栄えを褒めた。
『お鍋が二つあるね』
『はい、ミズホは西部と東部でうどんつゆの色が違いますから。塩分量は、そんなに違わないんですけどね』
『うどんって内乱の時にミズホ領内のお店で食べたけど、これはこれでとても美味しいよね』
『ルイーゼ様、ツユが完成しました。ここに手打ちして茹でたうどんを入れます』
『うどんの手打ちは面白かった。蕎麦打ちもだけど』
『彼らは、老舗店舗で修行した本物の麺打ち職人たちですから』
アキラは王都での出店を成功させるため、ミズホにある老舗蕎麦屋とうどん屋から職人たちを引き抜いた。
『なあ、そんな貴重な職人を引き抜いて大丈夫なのか?』
これほどまでに見事なうどんと蕎麦を打てる職人たちを引き抜くと、引き抜かれた方のお店から文句が出るのでは?
心配になったカチヤが、アキラにそれを問い質したのだ。
『これは、向こうのお店も認めた引き抜きなんです』
『そうなのか?』
『はい。ミズホは、うどん屋と蕎麦屋が飽和状態ですからねぇ……』
市場が飽和しているので、せっかくお店で修行しても独立できるかどうかわからない。
ミズホ公爵家は新しい領地を得たが、隣接した土地なのでとっくにうどん屋と蕎麦屋が存在した。
そこに新規出店しても成功の目は少なく、ならば国外で一旗揚げようという若者たちが志願したというわけだ。
『一店舗に修行を終えた職人が何人もいますと、新しい人を雇うのも難しくなるじゃないですか。老舗店舗は、従業員の年齢分布を偏らせたくないですからね』
人件費に余裕がないからと言って新しい人を雇わないでいると、気がつけば従業員が年寄りばかり、なんて例も多いそうで、お店を継続するのにこれほど不利なお話もない。
『老舗店舗を経営する一家の、子供たちの行き先もできます』
貴族の領地と同じで、一つの店舗は一人しか継げなかった。
次男以降を暖簾分けするにしても、今の状況だと失敗する可能性が高い。
従業員にすると、それなりの給金を払ってやらないと生活ができない。
自然と、外部から新しい人を雇わなくなってしまうのだ。
『そんな理由で、職人が余っているといえば余っている状態です。うどんや蕎麦が打てても、他の仕事をしている人もいますから』
『せっかく手打ちを覚えても、仕事にできないのですか?』
リサが驚くが、確かに魔法使いならあり得ない事態であろう。
魔法が使える時点で、なにかしら職が保証されるのが魔法使いだからだ。
『地方だと、お店をやっていなくても蕎麦やうどんを打てる人は多いですよ。名人クラスの腕前の人も多いです。というわけで、引き抜きは容易でした』
老舗は、抜けた職人の代わりに新人を雇える。
彼らは見習いだから、一人前になるまで給金も安くできるので、お店の利益も増える。
職人の平均年齢も下がってお店の継続率も上がりと、互いに利益があったのだ。
『理屈はわかったが、みんな熱心にツユの作り方を習っておるの』
テレーゼからすると、イーナたちが真剣にうどんと蕎麦のツユの作り方を習っているのが驚きのようだ。
『お店ができたのなら、そこに食べに行けばいいではないか』
『駄目ね、テレーゼは』
『なぜじゃ? アマーリエ』
『私たちに麺の手打ちは難しいと思うけど、乾麺を茹でればいいわけだし、うどんや蕎麦が作れれば、ヴェル君が喜ぶでしょう。あの子、女性が変に着飾るよりも、料理が上手な方が好感を得られるじゃない』
『確かに、エリーゼは料理が上手じゃな』
『テレーゼが一番下手なんだから』
『普通に作れるぞ』
アマーリエ義姉さんから料理が一番下手だと言われてしまい、テレーゼは女性の尊厳のためであろう、強く反論した。
『テレーゼはレパートリーが少ないのよ。私もここに来てから頑張って増やしたもの。それでもまだ少ないから、増やそうと努力しているわ』
『アマーリエは料理が上手で、羨ましい限りじゃな』
『これでも、料理歴は長いもの。母にしっかりと覚えされられたから。騎士爵家の次女なんて、嫁いだらほぼ料理をすることは確定だから。実際にとても役に立ったわ』
貧乏騎士爵家の次女ともなると、家事をできないと不都合がある嫁ぎ先に決まるケースが多い。
実際、バウマイスター騎士爵家に嫁いだアマーリエ義姉さんは、結婚式の翌日から、母と一緒に家族の朝食を作っていたのを思い出す。
収穫後のお祭りで、領民たちに手料理を振る舞うなんてこともしていたな。
貴族令嬢は自ら料理なんてしない、みんな雇っている調理人がやってくれる。
というのは、すべての貴族にあてはまるわけではないのだ。
その後色々とあって、パウル兄さんの領地に住んでいる時も居候の身なので料理はしていたし、俺の屋敷に住むようになったら、メイドたちに習ってレパートリーを増やしていた。
これで料理が上手にならないわけがない。
『しかし、妾が一番下手というのはおかしくないか? たとえば……』
テレーゼの目は、カチヤへと向かった。
『カチヤは、野外料理しか作れないではないか』
『あたい、それでもテレーゼよりはレパートリーあるぞ。ちゃんとアマーリエから習っているから』
カチヤは、冒険者の野外料理だけでは厳しいと自覚して、定期的にアマーリエ義姉さんから料理を習っていた。
『カチヤは覚えが早いわよ。テレーゼも気合を入れないと』
『そう言われると……』
『女はいつまでも若くいられないわ。そうなると、必要になるのが料理などね。美味しい料理があると、男性が必ず帰ってくるわよ』
『逆に、同じ料理しか出てこないと思われれば、旦那もテレーゼのところに行かないかもな』
料理下手だと言われて頭にきたようで、カチヤもアマーリエ義姉さんの発言に乗ってテレーゼに反撃をした。
彼女の発言を聞いたテレーゼの顔色が変わった。
年を取ったテレーゼの下に俺が行かなくなり、エリーゼたちのところでばかり一家団欒の時間を過ごすようになり、自分だけが寂しい老後を送る……なんてのを考えたのか?
『それはまずい! 妾とて帝王学を習得した者じゃ。料理のレパートリーを増やすくらい余裕のはず! ヴェンデリン、見ておれよ!』
『はい……』
考えすぎなんじゃないかと思ったが、テレーゼは気合を入れ直し、うどんと蕎麦の調理は順調に進んでいくのであった。
家庭料理なのだから、そんなに頑張らなくてもいいと思うんだけどなぁ……。
『アキラ、水で薄めるだけで作れる濃縮つゆを作ろうぜ。これと乾麺があれば、簡単にうどんと蕎麦を作れるから』
『……なるほど! 確かに、そういう商品があると便利ですね』
『だろう?』
『早速、試作してみますね』
なんでも手作りは大変なので、瓶入りの濃縮つゆのアイデアを出したら、アキラがアルテリオと合同で作ってくれた。
試作品がフジバヤシ乾物店で販売されたところ大ヒット商品となり、テレーゼの気合の矛先は……別の料理に向かうのかな?
とにかく、以前よりもテレーゼはよく料理をするようになったのは確かだけど。
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