第300話 フジバヤシ家の副業と、謎じゃないけど美少女店長(その3)

「このお店か……。妻にお土産を買って帰るかな」


「奥さんにお土産って……ブランタークさんも変われば変わるものだ」


「エルの坊主、どうせお前も買って帰るんだろう?」


「まあ、今日は久々に儲かりましたからね」





 男四人による、『ドキッ! 男まみれの魔物殺りく大会』は終了し……主に殺りくは導師の担当で、俺たちはほぼ採集に集中していたけど……とにかくお金にはなったので、アキラの店でお土産でも買って帰ろうという話になった。

 俺は、今日飲んだインスタント味噌汁の感想を頼まれていたので、それもアキラのお店に寄る理由である。


「導師、王都にはこういうお店はないのですか?」


「ミズホ資本の乾物店はあるのである! だが、ここまで色々とやっていないのである!」


 大手資本による問屋のような乾物店で、普段料理をしない人が立ち寄ってもなにも楽しくないそうだ。

 フジバヤシ家は小資本なので、お茶の試飲や、乾物を使った食品の製造・加工と試食と販売、調理方法の実演などで客を呼んで販売するという小回りの利いた営業ができ、それが多くのお客さんを呼んでいた。

 ただ、タケオミさんにそれを思いつけるスキルはないので、アキラが独自にやっている。

 若いのに、恐ろしいまでの営業手腕だ。

 バウルブルクはこれからも拡大が期待できる場所ながらも、王都に比べれば人口では不利にも関わらず、大成功を収めているのは凄い。


「バウマイスター伯爵様、味噌汁はどうでした?」


「味はよかったよ。難点は予想したとおりだ。魔法の袋を持たない冒険者が気軽に持ち運べない点にある」


「やはり問題はそこですか……。味噌なので日持ちはすると思いますから、小さめの容器に入れて必要量を匙でカップに入れるしかないですね」


 袋分け包装なんてない世界……ビニールやレトルトパウチなんてない世界だ。

 使い捨てなんて勿体ない、という考えが主流だからな。

 密封性のある容器に、計量できるスプーンをつけるのが現実的かな。

 現地で出汁を取ってから味噌汁を作るよりははるかに手間がかからず、その方法でも十分なはず。

 

「具材も、もう少し研究したいと思います。具沢山にして、おかずの手間を減らせば売れるかなって」


「短時間で悪くならない具材が必要だと思う」


「そこは、要研究ですね」


 豚汁みたいなものが作れれば、オニギリと汁と漬物だけにできるから、冒険者は食事がとりやすいかも。

 ただ、悪くならない具材の研究が必要だろう。

 俺たち魔法使いは魔法の袋に入れればいいから、豚汁の素があると嬉しいかも。

 この世界の場合、ウサギ、鹿、猪の肉になると思うけど。 


「ところで、今日はなにをしているんだ?」


「新製品ですよ。バウルブルクには鮮魚店があるでしょう?」


「お久しぶりです」


「あっ! 召還魔法でパンツ盗られたお姉さんだ」


「覚えていただけて光栄ですが、それは言わないのが紳士だと思うのです」


「はははっ……」


 バウルブルクに王都にある有名な鮮魚店の支店ができたが、なんとその店主は、魔導ギルドに勤めていたお姉さんであった。

 そういえば、見事な包丁捌きで色々な魚介類をお刺身にしてくれたのを思い出した。

 魔導ギルドを辞めて、この地に魚屋を開いていたのか……。

 鮮魚店の支店がオープンしたのは当然知っていたが、まさか安定した魔導ギルドを辞めて店長になるとは思わなかった。

 もしかして、またも魔導ギルドのベッケンバウアー氏に、召還魔法で履いているパンツを魔法で奪われてしまったから?

 あのおっさんなら、やりかねないというか……。

  

「やはり、ベッケンバウアー氏のセクハラが原因で?」


「それもないとは言いませんが……店の主として辣腕を振るう。素晴らしいじゃないですか」


「それも、なくはないのか……」


 ベッケンバウアー氏は、たまに言動に問題があるからな。

 誤解……頭はいいはずなのに空気が読めないというか、暴走するというか……とはいえ、友人の駄目さ加減を聞いて、ブランタークさんは残念そうな表情を浮かべた。


「うちのお店は、代々貯めた資金によって得た魔法の袋で、新鮮な魚介類を入手できる点に強みがあります。バウマイスター伯爵領南端では、ナンポウマス、シイラ、カジキマグロ、マンボウ、カツオなどがよく水揚げされて美味しいですね。あとは、大型のエビと貝類です。これは、王都の本店に運ぶと高く取引されるんですよ」


 魔導ギルドの職員は安定しているけど、それよりも自分の店を持って商売をした方が稼げるし、面白いというわけか。

 さすがは、容赦なく上司をビンタできるだけのことはある。

 度胸があるんだな。


「なるほど、婿を受け入れて新しいお店を開いたわけであるな」


「いえ、私はまだ独身ですけど……」


 導師が余計なことを言うので、途端に雰囲気が悪くなってしまった。

 この元受け付け嬢は、二十代前半に見える。

 この世界だと、もうそろそろ結婚しないと周囲から色々言われてしまう年齢だというのに……少しは空気を読め、と思ってしまった。


「鮮魚店の店主と一緒ということは、なにか魚の加工品でも出すのかな?」


「はい、色々と試作していますよ」


 俺が淀んでしまった雰囲気を直そうと思いアキラに話題を振ると、空気を読んだ彼が素早く対応してくれた。

 商売が上手で、料理も得意、気遣いもできる。

 もし女性だったら、きっといいお嫁さんになれると思う。


「魚を味噌漬けにしたのです。漬ける味噌もミズホは種類が多いですからね。色々と種類や配合を変えて試作しました」


「評判がよければ、魚をもっと仕入れてくれると思うので、味見に来たんですよ」


「バウマイスター伯爵様たちもいかがですか?」


「楽しみだなぁ」


 魚の味噌漬けは、肉の味噌漬けと共に俺もよく作っている。

 俺も素人なりに研究と試作を進めたが、どうしてもプロには勝てない部分もあるので、高品質なものを買えるようになれば大歓迎だ。


「焼くだけの漬味噌も、冒険者の食事には最適だ。塩分濃度が低くて保存性はよくないけど、美味しくて家庭で楽しめるものも欲しい。白味噌と赤味噌の味噌漬もあるのはいいな。魔法で作れる味噌は一種類だけだから」


 俺が自作する味噌は、通常タイプの味噌のみだからな。

 白味噌、赤味噌の類には手が出ない。

 ミズホには西京味噌に似た味噌もあるので、これに脂の乗った魚の切り身を漬けると美味しそうだ。


「乾物店なのに味噌漬けなのか? 変じゃない?」


「エル、細かいことを気にしてはいけない。一夜干しとかあるかもしれないのだから。一夜でも干せば乾物なんだから」


「一夜干しですか? それも試作していますよ。他にも、イカの塩辛とか練りウニとかもあります」


「いいねぇ、イカの塩辛は」


 是非、お土産に買って帰らないと。

 練りウニもいいな。

 前世なら、混ぜ物が多い安い製品を買うしかないサラリーだったけど、この世界では高級品が買い放題なのだから。


「必ず買って帰ろう」


 練りウニがあれば、お米のご飯が美味しく食べられるのだから。

 そんな話をしながら、アキラは手際よく味噌漬けにした魚の切り身と、先ほど話題に出た一夜干しのみならず、同じく試作したという干物も七輪で焼き始めた。

 段々と、味噌や魚の身が焼けるいい匂いが鼻に伝わってくる。


「これは、酒も必要だな」


 ブランタークさんは、勝手に魔法の袋から酒の入った瓶を取り出した。

 仕事中は飲まないが、常に持ち歩いてはいるというわけだ。


「これ、ミズホの焼酎だからな。きっと合うぜ」


「おおっ! ブランターク殿、某にも!」


 酒の準備をしている間に味噌漬けと一夜干しが焼き上がり、二人はそれを貪るように食べてながら、用意した焼酎を飲み干した。


「最高だぜ。この一杯のために生きているよなぁ……本当に」


「味噌漬けと焼酎は、最高の組み合わせである!」


 人様の店先で勝手に酒盛りを始める、中年オヤジ二人。

 周囲の視線など気にもしていない。

 このくらい図太くないと、超一流の魔法使いにはなれないのかも。


「(ヴェル、完全におっさんだな)」


 エル、元から誰が見ても二人ともおっさんなので、今さらその指摘をするのはおかしいと思うぞ。

 

「俺も少しもらう」


「俺も」


 俺とエルは、あくまでも試食なので少しだけ食べさせてもらう。

 やはり、魚の身の質に合わせて味噌や他の調味料の配合を変えないと駄目なのだな。

 俺がつくる味噌漬けよりも、アキラの作った味噌漬けの方が圧倒的に美味しかった。


「いい味ですね。これが売れたら、アキラさんもうちの魚を大量に仕入れてくれますよね?」


「はい。いいお魚が手に入りますからね」


「アキラさんは、お魚を捌くのも上手ですね」


「ミズホ人は魚が好きですからね。デリアさんもいい腕前をしていると思いますよ」


「稼業ですから」


 ちょっと年齢差があるように見えるが、この二人随分と仲がいいようだ。

 もしかすると、将来結婚したりして。


「朝食に食べたいから、一夜干しと一緒に買って帰るよ」


「いつもありがとうございます」


「あの二人は……すまんな……」


 購入した商品をアキラから受け取りながら、俺は店の前で新商品の味噌漬けと一夜干しだけでなく、スルメを焼いたものや、魚の骨煎餅、焼き干しの炙りをツマミに焼酎を飲むオヤジ二人について謝った。

 二人を連れて来てしまったのは俺だから、責任の一端がないわけでもないからだ。


「いえ、いいヒントを得られましたから」


「ヒント?」


「はい」


 その時は意味がわからなかったのだが、数日後、アキラが言っていたことの意味が判明する。


「旦那様、フジバヤシ乾物店が規模を拡大したそうです」


「規模を拡大?」


「はい、立ち飲み屋を始めたそうです」


 たまたまバウルブルクに所用で出かけたリサが、乾物店の隣に、ツマミと酒を出す一杯飲み屋がオープンしたと教えてくれた。


「短期間でどんどんと増殖しておるの。大丈夫なのか?」


 テレーゼが短期間でお店の規模を広げすぎではないかと心配しているようだが、立ち飲み屋は王都でも盛況だからな。

 王都のは、俺が提案して営業させているのだけど。


「フジバヤシ乾物店経営の立ち飲み屋だから、メニューが違うんだろうな」


 そこで差別化を図っているとすれば、そう失敗することもないだろうと俺は予想していた。


「ちょっと様子を見に行くか」


「私も行くわ」


 お酒絡みということで、今度はテレーゼ、リサ、アマーリエ義姉さんを連れてフジバヤシ乾物店へと向かった。

 確かに、隣の空き店舗だったスペースに立ち飲み屋がオープンしている。


「バウマイスター伯爵様、いらっしゃいませ」


 乾物店はミズホから来た若い男性店員に任せ、アキラは立ち飲み屋でお酒とツマミを出していた。

 建築ラッシュが続くバウルブルクには労働者が多く、店は多くの客で賑わっている。

 ツマミと酒はミズホ仕様なので少し高かったが、これが酒の飲み過ぎを防ぎ、売り上げ単価を上げ、程度の悪い酔客を減らす効果を出していた。


「商売が上手だな」


「そんなことはないですよ」


 アキラは謙遜するが、商売の才能で彼に敵う者は少ないと思う。

 俺が商売で成功したのは、前世の知識を利用しただけのことなのだから。

 しかも俺は、アイデアを出しただけで店を維持していないからな。


「お勧めを貰おうかな」


「今日は、水菜のお浸しとヒジキの煮物がお勧めです」


 ほぼ和食の一品料理をツマミにお酒を飲む。

 大人になったような気分で……俺も前世と合わせると随分な年齢だからな。

 こういう雰囲気のお店が性に合ってきた。


「ヴェンデリン、お主も色々とあってこんな雰囲気のお店がよく合うようじゃな」


「テレーゼもじゃないか?」


 実はまだ二十歳をすぎたばかりのテレーゼであったが、元フィリップ公爵であったのは伊達じゃない。

 威厳と貫録で年齢以上に見えてしまう。

 それを本人に言うと怒られそうだが。

 テレーゼ、リサ、アマーリエ義姉さんで年長組という風に思われているからな。


「いいミズホ酒が置いてあるな」


「こういう野菜や海藻を材料にした料理は健康によさそうね」


 テレーゼはミズホ酒を美味しそうに飲み、アマーリエ義姉さんは水菜のお浸しにカツオブシと醤油をかけて食べていた。

 女性は美容やダイエットに興味があるから、野菜や海藻を多く使うミズホ料理に興味があるのであろう。


「美味しい……」


 リサは、原酒の焼酎をストレートで飲んでいる。

 前に導師と飲酒対決をした時と同じく、まったく酔っているようには見えなかった。


「でも、これって乾物店と関係あるのかしら?」


「ありますよ。乾燥ヒジキとカツオブシは乾物店の商品ですから」


 鮮魚店が魚料理の店を開いたり、精肉店がステーキハウスや焼き肉屋を開いたり。

 前の世界ではよくあったことだ。

 乾物店が乾物を使ったツマミを出して立ち飲み屋をやってもおかしくはない……実はアキラも、他の世界からの転生者? 

 そんなわけはないか。

 自分で思いついただけであろう。


「ヒジキの煮物などは、お持ち帰りもできますよ」


 立ち飲み屋で出しているメニューの大半が持ち帰り可能で、たまにお酒を飲まずにツマミだけ購入して帰る客がいた。


「切り干し大根とニンジンと油揚げの煮物、山芋とウナギの酢の物、大根とウサギ肉の梅煮、根菜のキンピラ、生湯葉とキュウリの白味噌和え、浅漬け、キノコとスルメのピリ辛煮、こんにゃくとレンコンの炒め物、ナスの味噌炒め、らっきょうの酢漬け、菜の花のお浸し、昆布豆、うどの和え物、ナンポウマスのマリネ、ちくわ、お手製揚げ物とはんぺん、ブリの照り焼き、イワシの酢煮、数の子、新鮮な魚のつくねとアラ汁、塩サバの焼き物、ハゼとタコの天ぷら、アサリの酒蒸し、イカと里芋の煮物……随分と頑張っているな」


「はい。新鮮なお魚は、デリアさんの鮮魚店から仕入れています」


 ミズホ料理というか、京都のおばんざいに近い料理が多い。

 値段を抑えるため、デリアの鮮魚店他、地元の食材も仕入れてアキラが上手く調理している。

 もの凄い腕前だな。

 うちの専属料理人に欲しいくらいだ。


「持ち帰りたい料理が多すぎる……」


 四人でちょっとツマミと料理を食べ、リサ以外は一杯だけお酒も飲んだ。

 屋敷ではエリーゼたちが夕食を用意しているので、これ以上は食べない方がいいな。

 ならば料理を持ち帰ろうと思ったのだが、どれにしようか大いに悩んでしまう。

 バウマイスター伯爵な俺は全種類大人買いでもいいのだが、食べきれないからな。

 食べ物を無駄にするのは、極力避けないといけない。

 魔法の袋に入れれば悪くならないが、こういう料理は作りたてを食べたいというのが心情だから、少しずつ購入した方がいいわけだ。


「毎日一品ずつ違う料理を買って帰ればいいじゃない。あまり欲張っては駄目よ」


「そうですね」


 それが一番いいだろう。

 ここで売っているおかずは副菜扱いできるものが多いから、テーブルの端にそっと置けるし、朝食で食べてもいいのだから。


「ヴェンデリン、お主は真にアマーリエの義弟じゃな。義姉の言うことをよく聞いておるではないか」


「テレーゼ、バウマイスター伯爵たる俺を子供扱いしてはいけないな。俺だって、一度に大量に料理を買って帰っても意味がないことくらいわかっていたさ」


「お主は、自分が好きなことが絡むと途端に子供のようになからの。全部欲しいと言うのではないかと思ったわ」


「さすがにそれはないって。そうですよね? アマーリエ義姉さん」


「ごめんなさい……実はそう思ったから忠告したの」


「……」


 テレーゼとアマーリエ義姉さんは、俺を子供扱いすることが多くなったな。

 これでも、父親となって威厳が出てきたというのに。


「リサ、お主はお主でマイペースじゃの」


「このお酒、美味しいですね」


「こんな強い酒、ストレートでひと瓶飲み干すのはリサくらいじゃぞ」


「確かに、フィリップ公爵領産のアクアビット並の酒精量じゃからの……」


 それもあるが、確か前に酒は飲めるけど苦手だと言っていたような……。


「このお酒は美味しいですね」


「ミズホでも有名な米焼酎ですが、すっきりとした飲み口で評価が高いんですよ」


 アキラの説明に、リサは納得したように首を振った。

 酒飲みなのにお酒が好きではない彼女が、初めて見つけたお気に入りのお酒というわけか。

 

「お持ち帰りで一本ください」


「お買い上げ、ありがとうございます」


「お酒も売っているのか?」


「ええ、ミズホのお酒だけですけど。結構人気ですよ」


 乾物店、佃煮屋、立ち飲み屋、酒屋、総菜屋。

 わずかな期間で順調に店の規模を拡大させていくアキラに、俺は畏敬の念を覚えてしまうのであった。





「今度、ミズホ茶とミズホ菓子を出すお店もやるんだってさ」


「また店を広げたのか……人員とか大丈夫なのか?」


「ハルカがお義兄さんから聞いた話によると、売り上げがいいから応援を送ったんだと。アキラ一人ではもう手が回らないからって。売り娘たちは、ブライヒブルクで採用しているそうだ。かなり競争率が高いって聞いたな」


「そうなのか?」


「普通の喫茶店やお店の売り娘と待遇に差はないけど、制服が独特で人気があるんだと。確かに、ミズホの服だから個性的だろうな」


 アキラが店主をしているお店が、また規模を拡大するらしい。

 看板はいまだに『フジバヤシ乾物店』のままだが、乾物店はすでに一部門でしかなくなっていた。

 ミズホ食品の小さな総合施設みたいになっている。

 この手のお店はブライヒブルクにもなく、わざわざ魔導飛行船で買い物に来る金持ちまで現れるようになった。


「タケオミさん、いらなくねぇ?」


「元々口は出していないんだと。あの人が口を出すと潰れそうだから、これでいいんだよ、きっと」


「潰れるって……確かにあの人に商売は向いていないか……」


「刀剣の店ならともかく、食品関係は無理だろう。だからアキラに完全にお任せで」


 そういえば、最初の挨拶以外でこっちに来ていないような……。

 アキラは親戚だから、任せた方がいいと判断しているのかもしれない。

 親戚とはいえ、他人に丸投げしているのに儲かり続けるなんて、凄く羨ましいな。


「ミズホ服の制服が人気なのか……」


「大半の店員は嫁入り前の女の子だからな。変わった制服でアピールしたいんだろうぜ」


「そういうことね」

 

 嫁入り前の女子が、お店で働く理由。

 それは、お客さんと知り合うためだったりする。

 それなりの収入がないとこの手のお店の常連にはなれないので、ちょっと裕福な夫を探したいという女性たちに大人気の仕事なのだ。

 働くのに競争率が激しい人気店もあり、そういうお店の店員はほぼ全員が可愛かった。


「フジバヤシ商店は、商品が少し高いだろう?」


「輸入品が多いからな」


「制服も変わっていて、そういう女子には大人気というわけさ」


 他のお店の制服であるメイド服や洋服よりも、ミズホ服は目立つのが人気の理由であった。

 おしとやかにも見える効果もあるか。

 なにより、客である男性たちからすると、見慣れぬミズホ服を着た売り子たちは印象に残りやすい。

 つまり、裕福な男性に見染められやすいというわけだ。

 確かにおかずを買いにお店に寄ると、段々と綺麗な女性店員が増えていっているような……。


「綺麗な子が多いけど、なぜか一番人気はアキラだけどな」


「それはどうかと思うけど……」


 アキラが男性なのは、バウルブルクでは周知の事実となっていた。

 それなのに、アキラ目当てで店に通う男性が多いのだ。

 彼らは商品を購入してからアキラと少しお話をし、満足して家路につく。

 癒し系の男の娘であるアキラか……。

 

「ヴェルも楽しそうに買い物をしているじゃないか」


「俺は純粋に商品目当てだ」


 一日に食べられる量が限られているため、なにを買うか迷ってしまうのだ。

 だから、アキラに一番のお勧めを聞くのは日課となっていた。

 

「俺がアキラに執心という噂が流れたらどうするんだよ」


「教会がうるさそうだな」


 そんな話をしていたら、突然魔導携帯通信機から呼び出し音が鳴る。

 急ぎ出ると、連絡してきたのはホーエンハイム枢機卿であった。


「ホーエンハイム枢機卿、なにか緊急の用事でも?」


 選挙も無事に終わったし、しばらく公の用事はないはず。

 またフリードリヒに会いたいとか?

 そんな予想をしていたら、思わぬ指摘をされてしまった。


『婿殿、噂によると婿殿は男性に執心しておるとか?』


「はい?」


『女性ならばいいが、男性はいかんぞ。婿殿は名誉司祭なのだからな』


 俺が男性に執着?

 アキラのお店に通っているだけなのに?

 ちょっと前まではアキラを女性と間違えて、俺が愛人にでもしようと執着しているという噂が流れ、今度は男色疑惑かよ……。

 他人の無責任な噂とは、本当に恐ろしい。

 前世と違って進歩した情報伝達手段が少ないから、こんな無責任な噂が……前世でも普通に、胡散臭い噂やゴシップは流れていたけど……。


「あのですね……」


 俺は長時間、ホーエンハイム枢機卿に事実を説明して男色疑惑を解く羽目になってしまう。

 

『婿殿はなにかと注目される身。そのお店に行く頻度を落としては?』


「それは無理です」


 だって、定期的に通わないと突発のイベントを逃すことになるのだから。

 俺の数少ない楽しみを奪わないでくれ。

 

『しかしだな、婿殿』


 俺とホーエンハイム枢機卿は、フジバヤシ商店にどのくらいの頻度で通うべきかを長時間論議してしまった。

 まさしく、魔導携帯通信機の魔力と時間の無駄使いである。


「エリーゼは微塵も疑っていないのですから」


『エリーゼがなにも言わないとなれば、ワシがあれこれ言う必要もないか……しかし、なぜその店にそこまで通うのだ?』


「美味しい物が多いからです」


『婿殿らしいというか……』 


 まさか、前世を思い出すからとは言えず、ただアキラのお店で売っている商品がとても好きだからと、ホーエンハイム枢機卿に対し強くアピールしてしまった。

 ただそのおかげか、しならくのちに、フジバヤシ乾物店に通う神官たちが増えたような……。

 ミズホの食材には神官たちが好む旨味の強い植物由来のものが多く、ミズホのお菓子には、動物性の食材を使っていないものも多い。

 アルコールをなるべく避けるので、お茶の種類も多かった。

 昆布茶とか、梅昆布茶、ほうじ茶なんて、マテ茶にはないからな。

 他にも、カキの葉茶、桑茶、ゴボウ茶とか。

 神官に売れるとわかると、アキラが積極的に仕入れるようになった。

 他のものも、アキラに聞くと動物性の材料をまったく使っていない料理とお菓子をすぐに勧めてくれるそうで、結局ホーエンハイム枢機卿の危惧すら、フジバヤシ乾物店のお客さんが増える要因になってしまったのであった。





「金目の煮付けですね。今日の金目はフィリップ公爵領近海で獲れたもので高価ですけど、脂が乗って最高ですよ」


「これでご飯を食べると美味しいんだよ。家族の分もあるから十匹くれ」


「いつもありがとうございます」



 日々、謎の拡大を続けるフジバヤシ乾物店。

 すでに乾物店の割合は大分下がっていたが、アキラは店名を変えなかった。

 オーナーであるタケオミさんがそんな細かなことを気にするはずもないから、これからもずっとこのままだと思う。

 アキラは、乾物を使った料理と惣菜のお店のメニューを増やした。

 デリアの鮮魚店から仕入れた魚を使い、焼き物、煮付け、から揚げ、天ぷらなどを販売している。

 練り物も多くの種類が販売され、これも多くの人たちが購入していた。

 アキラ一人とだと限界があるので、いつの間にかミズホ人の調理人が増えている。

 俺とエリーゼは、仲良く二人で鍋を持って『金目鯛の煮付け』を買いに来ていた。

 美味しい総菜屋ができて買いに来る頻度が増えたが、前世のようにビニールやプラスチックの容器がないのだけは不便だな。

 みんな、空の鍋や皿を持参して購入している。

 もっとも、これを現代の日本人が見たらエコだと絶賛するかもしれないけど。


「バウマイスター伯爵様、実は僕、結婚することにしました」


「えっ! マジで! おめでとう、アキラ」


「ありがとうございます、バウマイスター伯爵様」


 このところの急速な規模拡大でアキラも忙しいはずなのに、いつの間に女性と知り合ったのであろうか?

 もしかすると、ミズホに婚約者がいたとか?


「随分と急なお話ですね」


「僕もそう思うのですけど、こういうことはタイミングだと思うのですよ」


「そうかもしれませんね。お二人の未来に神の祝福があらんことを」


「ありがとうございます、エリーゼ様」


「それで、相手は誰なんだ?」


 アキラと結婚する女性……もの凄く美人か、逆に男らしい人かもしれないな。

 アキラが女性っぽいから、案外バランスが取れるかもしれない。

 となると、キャンディーさんみたいな人? って、キャンディーさんは中身はともかく外見は男性だからな。

 などと、色々な予想を脳内で考えてしまった。


「僕の奥さんになる人はデリアさんですよ」


「意外……じゃないな」


 最近、魚の取引で毎日会っているからな。

 店舗も住んでいる場所も近いから、ある意味必然とも言えるか。

 職場結婚に近いかも。


「お店の女の子の誰かかと思った」


「縁のある子はいませんでしたね」


 フジバヤシ乾物店に勤めている女の子たちからすれば、アキラは稼ぐからいい条件の男性だが、見た目が誰よりも可愛らしく料理もプロレベルとなると、敬遠してしまのかもしれない。

 その点デリアは、毎日顔は合わせても距離感があるからな。

 それが逆によかったのかも。


「そうか、おめでとう。あとでお祝いを贈るよ」


「お気遣いいただきありがとうございます」


 結婚式に出席してもいいのだが、俺は領主だからなぁ。

 あまりフットワークが軽いと、軽く見られてよくないとローデリヒが言うはず。

 いい飯も出そうだから出席したいな……アキラはタケオミさんの親戚だから、俺が出席してもいいような気もする。

 屋敷に戻ったら聞いてみるか。


「二人とも店主だから、これから大変そうだな」


「その点はデリアさんのお父さんが配慮してくれて、応援の人手を王都から送ってくれるそうです。その代わり、最低でも子供は二人と釘を刺されてしまいましたが」


 アキラはタケオミさんの親戚ながらも雇われ店長なので、実はデリアの鮮魚店に婿入りしてもおかしくはない。

 包丁捌きも達人級なので、鮮魚店でも十分に通じるであろう。

 ただ、もしそうなると、タケオミさんがドル箱であるフジバヤシ乾物店の名物店長を失ってしまうわけだ。

 アキラは御覧のとおりの凄腕なのでいつでも独立できると思うが、彼は子供の頃からタケオミさんに刀を習っており仲もよかった。

 結婚したからすぐ独立ということはしないで、フジバヤシ乾物店をフランチャイズ化することにしたらしい。

 フジバヤシ乾物店が繁昌すると、ミズホ産食材を卸しているタケオミさんが自然と儲かる仕組みなので、特に揉めもせずにアキラは独立できた。

 独立した以上は店を継ぐ跡取りが必要だが、デリアの鮮魚店にも跡継ぎが必要なので、子供は最低でも二人と釘を刺されるのがこの世界の常識というわけだ。

 ここで夫婦して働き詰めで子供が産まれないと困るので、デリアの父親はベテラン店員を送り込んで鮮魚店を任せ、新婚生活をサポートするわけだな。


「両方ともお店が残ってよかったじゃないか。それにしても、姉さん女房かぁ」


「えっ? 僕の方が年上ですよ」


「「ええっ!」」


 デリアの見た目は多分二十二~三歳のはずで、アキラはどう年上に見ても俺たちと年齢差はないはず。

 もしかしたら俺たちより年下かもしれいないと思っていたのに、デリアよりも年上だというのだから驚きだ。

 エリーゼも、俺と同じように思っていたのであろう。

 思わず一緒に叫んでしまった。


「ちなみに、アキラっていくつ?」


「もうすぐ二十三歳です。デリアさんは二十一歳ですね」

 

 俺とエリーゼは、アキラが結婚するという事実よりも、実は彼が二十三歳だということに驚きを隠せなかったのであった。

 いや、絶対に二十歳を超えているようには見えないって!






「アキラの年齢ですか? はい、確かに間違いないです。アキラは子供の頃、兄様とよく遊んでいましたから」



 夕食の席でハルカにアキラの年齢を訪ねると、確かにもうすぐ二十三歳であることが確認された。

 本人が嘘をつくとは思えないが、アキラは威厳のある男性になりたがっている。

 逆サバを読む可能性は十分にあったので、一応確認してみたのだ。

 別にアキラが何歳でも、なにか問題があるわけじゃないけど。


「アキラが、威厳のある男性になれる日は遠そうだな」


 エルの言うとおりで、まず見た目が美少女なのがよくない。

 挙句に、童顔である事実まで判明してしまった。

 アキラが威厳のある男性になる日は、一度すべての頭髪を失った人がそれを取り戻すのと同じくらい難しいと思う。

 本人以外で、それを望んでいる人がいないというのもあった。

 男性が癒しを求めて買い物に行く男、それがアキラなのだから。


「俺とハルカは、結婚式と披露宴に招待されているな」


「畜生、俺も行きたい……」


「それは難しいだろうな」


 いくら俺お気に入りのお店の店主同士の結婚式とはいえ、バウマイスター伯爵である俺が出席してしまうと、色々と問題があるわけか。

 まさか貴族としての地位が、俺の行動を縛るとは……。


「ふと思いついたんだが、バウマイスター伯爵領に住む謎の冒険者ヴェルが、懇意にしているお店の店主から披露宴に招待された、というシナリオはどうだ?」


 前世で、まだ元気なはずのお祖父さんがテレビで見ていた時代劇と同じだ。

 遊び人の○さんが奉行だったり、貧乏旗本の三男坊が実は将軍様だったりと。

 俺もこの手で行けば、披露宴に出るくらい余裕だと思うんだ。


「いや、ヴェルだって一発でバレるから」


「そうですね、お館様のお顔を知らない領民は非常に少ないと思いますよ」


 俺が考えた『世を忍ぶ仮の姿作戦』は、実行前にエルとハルカによって拒否されてしまった。

 

「どうしてそんなに、二人の結婚式に出たいんだ?」


「勿論、二人の結婚を心から祝うためだ」


 新鮮で美味しい魚を売ってくれるデリアと、乾物屋から色々と派生して美味しい物を作って販売しているアキラ。

 この二人が夫婦になれば、俺はさらに美味しい物が食べられるようになるであろう。

 そんな俺の生活を支えている二人を祝って当然だと、俺は思うのだ。


「お前、もう一つなにか考えていないか?」


 エルの奴、俺のもう一つの目的に気がついたか……。

 あの二人の披露宴だから、さぞやいい飯が出るであろうという俺の考えを見抜きやがった。


「披露宴で出る飯が目当てか?」


「ミズホ料理と、いい魚があるから魚料理も期待できるのに……」


 普通、披露宴の飯は微妙なことが多いけど、食べ物を扱う二人の披露宴となれば、宣伝も兼ねてこだわりの食事が出るはずだ。

 それが食べられないなんて! 

 人生の大きな損失じゃないか!


「祝儀なら十人前でも出すぞ」


 俺はバウマイスター伯爵、その身分に恥じないご祝儀は出させていただく。

 だから、二人の結婚式に出席させてくれ!


「いや、そういう問題じゃないから……エリーゼ、あんぽんたんな旦那に説明してやってくれ」


「お二人の式にあなたが出席してしまうと、主役がどちらかわからなくなりますし、みなさん緊張してしまいますから。花嫁と花婿さんも同じですよ」


「俺は、謎の冒険者ヴェル!」


 俺はバウマイスター伯爵じゃないよ。

 ちょっと魔法が使える冒険者なのさ。


「ですから、それは無理です」


 エリーゼにも駄目だと言われてしまった。

 クソッ!

 もっといい手はないのか?


「エリーゼも、謎の冒険者ヴェルの妻として出席するんだ」


 夫婦になってしまえば、さぞやいいカモフラージュになるはず。


「夫婦だと余計に目立ちますが……私はあなたの妻ですから」


 俺は奥さんの数が多いけど、エリーゼはその中でも一番の有名人。

 謎の冒険者ヴェルの妻という設定は難しいか……。


「あのぉ……私がアキラに頼んで、料理を取っておいてもらいましょうか? 宣伝も兼ねて大勢の招待客を呼ぶと思うので、料理は大量に作るはずです」


 いい案が思い浮かばずに悩んでいると、俺たちの分の料理も取り置きしておきましょうかと、ハルカから提案があった。

 なるほど、その方法はとんだ盲点だったな。


「ナイスアイデアだ! エルもそのくらいは思いつかないとなぁ……」


 ハルカの内助の功は素晴らしいけど、肝心のエルが駄目駄目であった。

 そのくらい、エルが思いつかないといけないのに……。


「なんかムカつくな。ヴェルも思いつかなかっただろうが。披露宴の飯が気になって」


「いいじゃないか。いい飯が出る披露宴はみんなの記憶に残るいい披露宴になるんだから」


 美味しい料理を食べながら二人の門出を祝う。

 ここで飯が不味いと、飯が不味かった記憶の方が優先されてしまうのだから。

 結婚式で出る飯は重要だぞ。


「すげえ屁理屈……まあいいや。ヴェルの分のご祝儀も預かって、食事は屋敷に運んでもらうから」


「それならば問題ない」


 披露宴には出席できないが、同じ食事を楽しめるのならば、これ以上子供のように文句を言ってはな。

 ここは、大人の対応に終始しようと思う。

 

「ところで、ウェディングケーキは切り分けてもらえるのかな?」


 ヘルムート王国でも、披露宴でウェディングケーキを出すことが多かった。

 ケーキ入刀はなかったけど、参加者全員に配れる数は準備するのが常識だったのだ。

 ということは、俺たちにもケーキがないと不自然というものだ。


「お前は子供か! ハルカがちゃんと伝えるから大丈夫だよ」


 数日後、結婚式とそれに続く披露宴に参加するため、エルとハルカは正装して教会へと出かけて行った。

 結婚式はバウルブルクにある教会で行われる。

 アキラは信者ではないのだが、そこは日本人に似た気質を誇るミズホ人。

 上手く合せるくらいは普通にできるようだ。


「飯が楽しみだな」


「ヴェル、ここはアキラとデリアの結婚を祝うのが先じゃない」


「そうだよ」


 イーナとルイーゼは、デリアと同じく召還魔法で下着を奪われた仲間だものな。

 連帯感があるというわけだ。


「勿論、二人の門出はちゃんと祝うさ」


 祝うけど、いい飯があればもっと祝えるじゃないか。

 そう思っていると、フジバヤシ乾物屋から大量の料理とデザートのケーキが届いた。


「予想どおりだ!」


 様々な種類の刺身に、大きな鯛の塩焼き、天ぷら、カニ、鯛飯など、豪華なミズホ料理に加えて、ヘルムート王国の料理も材料が高品質になっていてとても美味しかった。

 披露宴に出席した人たちへのいい宣伝になったであろう。

 ケーキはチョコや魔の森産フルーツをふんだんに使った品で、これも全員に好評だ。


「ヴェンデリン、披露宴に出ていたら他の招待客たちへの対応で、ろくに食べられなかったかもしれんぞ」


「ということは、これでよかったというわけだな」


 確かにテレーゼの言うとおりで、俺が結婚式に参加すると、他の招待客の挨拶、陳情攻勢に襲われていたかもしれないので、これでよかったのかも。

 俺たちは、赤ん坊たちの世話の合間に、心ゆくまで豪華な料理とデザートを堪能したのであった。






「いらっしゃいませ」


「あれ? もう仕事か?」


「はい、もう少し落ち着いてから新婚旅行にでも行こうかという話になりまして」



 無事に結婚式を終えたアキラとデリアは、三日ほど休んでから仕事に復帰した。

 デリアは鮮魚店を王都の本店から転勤してきたベテラン店員に任せ、自分は惣菜店の手伝いに入っている。

 デリアは魚を捌けるので、即戦力となっているようだ。

 アキラと二人で、楽しそうに調理作業をしている。

 二人とも女性に見えて、ちょっと新婚夫婦には見えないけど。


「デリアは魚を捌くのが上手ですよね」


「それは俺も思った」


 魔導ギルドで、北方から召喚した海の幸を見事な腕前で捌いていたからな。

 なるほど、支店を任されるだけの腕前はあるというわけだ。


「また忙しくなる予定なので、デリアの助けがあってよかったです」


「そうですね、また新しい店を呼びますから」


「あのさ、短期間で店を広げすぎじゃないか?」


 アキラの能力は凄いと思うが、少し急ぎすぎじゃなかと思うのだ。

 もう少しゆっくりでも問題ないと思う。


「規模を広げるのはこれで終わりですよ。それに、新しい店にはほとんど手間がかかりませんから」


「どういうことだ?」


「ああ、それはですね……」


 アキラが計画していること。

 それは、精肉店、鮮魚店、青果店、乾物店、総菜店、食堂、居酒屋、その他食品店から生活雑貨を売る店まで。

 色々なお店を一カ所に集めて利便性を追及した……あれ? この経営形態って……。


「(総合スーパーの走りか!)」


「王都では難しいですけどね」


 確かに、デリアの言うとおりだ。

 少なくとも今の王都で、スーパーに似たお店の経営は難しいと思う。

 なぜなら、それぞれのお店にギルドがあって、彼らの権利が強く守られているから調整が難しいのだ。

 その点、新興の貴族領で、まだ各種ギルドが完全に根を張っていないバウルブルクならば可能というわけか。


「なるほど、だから急いだのか」


「先に作ってしまえばいいのですから」


 そんな理由で、アキラによりバウマイスター伯爵領にスーパーマーケットのような店舗が誕生した。

 一カ所で必要な物がすべて揃い、わざわざ他のお店に買い物に行く必要がないので大盛況となり、沢山の客が集まるので、店子として入っている精肉店や青果店などにも好評であった。

 フジバヤシ乾物店はオーナー店舗として家賃でも稼ぎ、後世、大陸中に店舗を持つ総合食料品店フジバヤシ屋の礎となるのであった。





「ああ、なんか儲かっているな。アキラが頑張っているのかな。私も、剣の道を極めなければ……」


 ただ、フジバヤシ乾物店の躍進にオーナーであるタケオミさんはまったく関わっていなかった。

 完全に人任せで、ある意味大物だと思うとエルがのちに語っていた。

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