第295話 総司教選挙と血塗れキャンディーさん(その2)
「カタリーナ、総司教の葬儀に一緒に行こうよ。帰りに、王都で有名な喫茶店でデザートでも……」
「私、ちょっとお時間の都合が……」
「カタリーナは貴族じゃないか。ここは是非参加しないと。スィーツもあるでよ」
「私は零細貴族ですし、今回はヴェンデリンさんとエリーゼさんが参加しないと、格式の問題があると思いますわ」
「そこにカタリーナが加わっても全然問題ないから。総司教の葬儀に出るなんて、貴族として名誉だろう? スィーツ……」
「王都の有名店のケーキ……わ、私は、他にしなければいけない仕事が沢山あるのです。ダイエットもしていますから」
「……駄目か……」
本洗礼が終わってから一週間後。
亡くなった総司教の葬儀が、王都の教会本部で行われることとなった。
葬儀にカタリーナも誘ったのだが、なぜか断られてしまう。
「貴族なら、ここは出ておこうよ」
「私のような零細貴族が、教会本部で礼拝などおこがましいですわ」
カタリーナめ。
貴族関連の行事なら喜んで出るのに、教会関連の行事だから面倒だと思ったな。
実は、カタリーナのような貴族は多い。
王都在住の貴族なら小身でも出席するけど、地方の貴族たちは総司教なんて雲の上の存在だから嫌がるのだ。
地方で活動している神官たちも、よほど地位が上でないと出席はしない。
バウマイスター騎士爵領にいるマイスター殿も、教会で独自に祈りを捧げるそうだ。
交通費と距離的な関係で、王都まで来られない人が多いというわけだ。
地方によっては、神官が王都まで葬儀に出かけてしまうと、しばらくその地区に神官が一人もいなくなるなんて場所も多かった。
葬儀に参加している間、代わりを務めてくれる人がいないのだ。
「エリーゼの他で、誰かついてくる人いないかな?」
「「「「「「……」」」」」」
見事に誰も手を挙げなかった。
あきらかに、堅苦しいから行きたくないオーラが漂っているな。
なぜわかるのかって?
実は、俺もそういうオーラを出しているからだ。
「私、身分が低いから」
「ボクも」
「エリーゼ様、フリードリヒの面倒は任せて」
イーナ、ルイーゼ、ヴィルマは速攻で辞退した。
カタリーナも同様だ。
「ヴェンデリン、妾が行くと色々と面倒じゃぞ」
「それはそうだけど……それで本音は?」
「教会の連中が面倒なのは帝国でも同じじゃ。それとつき合わなくてもいい身分になったのに、なにを好き好んで、総司教の葬儀などという面倒なものに出席しなければならぬのじゃ」
「ですよねぇ……」
テレーゼ、俺も出たくないんだけど。
「ヴェンデリンが出席しないわけにいくまい。諦めて出席するのじゃな」
本当、すげえ出たくないわ……。
「あたいは粗相をするかもしれないから、遠慮しておくよ」
「私も、教会は苦手でして……」
カチヤとリサにも断られてしまった……。
冒険者って、一部の信心深い人たちを除くと、教会は治癒のお礼を支払う場所くらいにしか思っていない人が多かった。
たまにミサに出る人でも、総司教の葬儀に出るのは嫌だという人は多いと思う。
「天国へと旅立つ総司教様を、お見送りするだけの儀式なのですが……」
エリーゼは基本的に善人だから、純粋に亡くなった総司教に祈りを捧げたくて葬儀に出たいのであろう。
俺たちの結婚式で神父役をしてくれたから、不義理はできないという理由もある。
「エリーゼ。そうは言うけど、参列者が凄いから気後れする人は多いのよ」
王族も来るからなぁ……。
俺も心情的にはそっちの人間だから、できれば参加したくない。
まあ、途中でブライヒレーダー辺境伯を拾っていかないと駄目だから不可能なんだけど。
「護衛役の俺は参加せざるを得ない。緊張するなぁ……」
愚痴ってばかりいても仕方がないので、フリードリヒの世話をイーナたちに任せて出かけることにした。
メンバーは、俺、エル、エリーゼの三名のみ。
途中で、ブライヒレーダー辺境伯とブランタークさんを拾って行く予定だ。
「よう、伯爵様」
ブライヒレーダー辺境伯とブランタークさんは、今日は正式な礼服姿だ。
魔法使いはローブ姿で葬儀に出てもいいのだが、教会の総司教ともなると話は別だ。
だから当然、俺とエルも礼服を着用している。
そうすることによって、他の人の葬儀よりも弔意を表せる。
相手は、教会のトップだった人だからな。
エリーゼも、普段は着ない黒い神官服を着ていた。
いつもと違ってシックな感じでよく似合っているが、それを口にすると不謹慎だと言われそうなので、エリーゼには言っていない。
あとで、よく似合うと言ってあげよう。
「面倒だよな」
「ブランターク、それを教会本部内で言わないでくださいね」
「当然ですよ」
「私も面倒だとは思っているのですから」
亡くなった総司教を悼む気持ちがないわけでもないけど、この人の葬儀のせいで王国中が振り回されている。
王様の葬儀なら理解できるが、総司教の葬儀はなぁ……でも、影響力を考えると無視もできない。
この辺が、大半の大貴族たちの心情だと思う。
「バウマイスター伯爵がいて幸いでした。早めに王都に向かわないで済んで」
魔導飛行船を使っても、移動で数日間無駄にしてしまう。
領地の統治や寄子たちへの対応で忙しいブライヒレーダー辺境伯からすると、無駄な時間に感じられてしまうのであろう。
「若い方が亡くなると葬儀も悲しくなりますが、総司教は……いくつでしたっけ? ブランターク」
「確か八十半ばくらいかと」
「最近の総司教は、本当に死ぬまで辞めませんね」
「辞められるのですか?」
「ええ、本人にその気があればですけど」
ああ、そうか。
ケンプフェルト枢機卿が、五年だけ総司教をやるって言ってたものな。
総司教が生きたまま引退すると、上皇という名誉職が与えられて年金も出るそうだ。
ところが、年金の額よりも総司教の給金の方が高いからなかなか辞めない傾向にあると聞いた。
本人が辞めたがっても、家族が押し留めるケースも多いらしい。
そのせいで、近年では総司教に就任する年齢が上昇するばかりなのだそうだ。
「昔は、数年で潔く辞めてしまう人が多かったそうですよ。結構大変なお仕事ですからね。年を取っても地位に汲々とする。嫌なお話です」
その辺も、教会関係者が微妙な評価を受ける原因になっていた。
敬うし寄付も出すけど、あまり深入りしたくない。
という信者を増やす原因になっていたのだ。
「次の総司教は……ホーエンハイム枢機卿が出馬しないと聞いたので、本命はなしですね。バウマイスター伯爵はなにか聞いていますか?」
「はい」
ホーエンハイム枢機卿が、ケンプフェルト枢機卿の支持に回る。
この件は話してもいいと言われていたので、俺はブライヒレーダー辺境伯に事情を説明した。
「なるほど。やはりホーエンハイム枢機卿は侮りがたしですね」
「初の女性総司教誕生の生みの親ですか……」
「それを話題にする方は多いでしょうけど、肝心なのはそこではないですよ」
自分が総司教になると、力を持ちすぎだと周囲から非難される可能性がある。
そこで、一旦ケンプフェルト枢機卿の支持に回る。
ケンプフェルト枢機卿はホーエンハイム枢機卿ほど支持基盤が強くないから、円滑に総司教としての仕事をしたかったら彼に頼らないといけない。
ケンプフェルト枢機卿本人は繋ぎでしか引き受けないからそれに不満もなく、彼女の次はまだ五十代と若い、ホーエンハイム枢機卿の腹心ポーツァル枢機卿が総司教になる。
総司教にはならないけど、二代に渡って総司教に強い影響力を持つわけか。
教会の陰の権力者だと思われるのだろうな。
本人の最大の目的は、教会がバウマイスター伯爵家に必要以上に介入しないようにするためだけど。
「別にそれで纏まれば私としては文句ありませんけどね。どうせ、投票権もないですし」
名誉司祭には、総司教を決める選挙への投票権がなかった。
なぜならそれを認めると、教会に対する貴族と王家の影響力が強まってしまい、平民でも出世できるという教会の不文律を侵すことになるからだ。
とはいっても、やはり貴族出身の教会幹部は多いのだけど。
「エリーゼさんには投票権がありますよね?」
「はい」
エリーゼは司祭なので、総司教選挙に投票権があった。
いつの間にか、助司祭から出世していたようだ。
ちなみに、彼女では総司教選挙に立候補はできない。
教会に二十名しかいない枢機卿しか立候補できないからだ。
「選挙の方も大変そうですね……と、そろそろ時間ですか」
そろそろ葬儀の時間なので、俺達は『瞬間移動』で王都へと飛んだ。
教会本部前には一般市民、小身の貴族用に弔問スペースがあり、そこで手伝いの神官たちが花や香典を受けつけていた。
「(ヴェル、もの凄い大金だな)」
「(エル、しぃーーー!)」
俺は慌ててエルの口を塞いだ。
名誉司祭でもあるバウマイスター伯爵が、香典で銀貨を持ってくるわけにはいかない。
教会本部内にある大聖堂で行われる葬儀に参加できる者も、それなりの金額を包まないといけないので、お金がかかると愚痴を溢す貴族は多そうだ。
俺も、このお金があったら美味しいものを沢山食べられそうだなとか、内心では不謹慎なことを考えていた。
「(葬儀で黒字だったりして)」
「(黒字ですよ)」
「(えっ! 本当ですか?)」
エルは、ブライヒレーダー辺境伯から真実を聞いて驚きを隠せなかった。
「葬儀自体では黒字でも、亡くなられた総司教の銅像とか、説話集の作成と販売……これは無料みたいな値段なので赤字です。モニュメントの作製と設置、ステンドグラスの製造をして、新しい教会に設置したりするので、まあトントンにするようですね」
総司教の死は、教会にとっては一大イベントというわけか。
あとは、職人や工房に仕事を回す経済政策でもあるわけだ。
「バウマイスター伯爵、そろそろ中に入りましょうか?」
「そうですね」
葬儀会場である本部聖堂内に入れる者は少ない。
教会の幹部、王族とその家族、大貴族とその家族。
これだけで、ほぼ聖堂は埋まってしまうからだ。
俺はバウマイスター伯爵だからで、ブライヒレーダー辺境伯も同じ理由、ブランタークさんは高名な魔法使いで、エリーゼは有名人だしホーエンハイム枢機卿の孫娘なので聖堂に入れる。
だが、入れるからといって幸せというわけでもない。
「(香典が高い……)」
聖堂に入れる者が出す香典の相場、伯爵で十万セントである。
日本円にして一千万円の香典。
ローデリヒが言うには、その額が相場だそうだ。
ブライヒレーダー辺境伯など、二十万セントを包んでいる。
陛下や王太子殿下はもっと多く、なるほど葬儀で大幅な黒字になるわけだ。
聖堂に入れない信者たちの香典も合算すれば、相当な額になる。
大商人などは多めに出すのが普通で、口の悪い者は、総司教の葬儀を行うと儲かるから総司教を死ぬまでやらせるのだと批判する者までいた。
俺はホーエンハイム枢機卿の手前、あまり批判できないけど。
時間になると葬儀が始まるが、この辺はまあ想定の範囲内だ。
ただ、ホーエンハイム枢機卿以下全枢機卿が説話を始めるので、非常に退屈で眠くなってきた。
しかし、ここで寝ると大顰蹙ものなので、寝ないようにするのが大変だ。
「……っ!」
「(エル、寝るな!)」
早速エルが居眠りを始めたので、俺は慌ててひじ打ちを入れて起こした。
「(護衛役の俺は、聖堂の前まででいいじゃないか!)」
「(エルも巻き添えだ)」
「(ひでえ!)」
長かった説話が終わると、総司教の棺に順番に花などを入れていく。
他にも生前に使っていた品や、好きな食べ物などが入っていた。
なんと言うか、日本の葬式を思い出す。
「(いい年をした爺さんの好物がクッキーって……)」
エルはそう言うが、神官はあまり他人の前で、肉を貪り食ったりお酒を飲んだりはできない。
できなくもないが顰蹙を買うので、出世できるような神官はちゃんと弁えている。
そのせいで、制限がない甘い物が好きな神官は多かった。
実は、棺に好物の肉や酒を入れると問題になるので、遺族が甘い物しか入れないという事情も存在したけど。
「(俺の棺の中には、酒だけ入れてほしいな)」
「(ブランタークさんなら、そう言うと思いましたよ……)」
「(死んでまで人様に気を使って、坊主ってのは大変だよな)」
葬儀が終わると棺が聖堂の外に運び出され、そのまま火葬場へと運ばれた。
近年王都では、墓場不足と、遺体がアンデッド化しないようにという理由で火葬が推奨されていた。
田舎だと土葬の地域も多かったが、王都とその周辺は次第に火葬が増えているそうだ。
「(総司教だから土葬かと思った)」
「(大昔に、死んだ総司教の遺体がゾンビになったことがあってな。風聞が悪いから、火葬してしまうことになったんだよ)」
「(よくご存じですね)」
「(その総司教のゾンビを焼き払ったのは俺だから)」
極秘の任務っぽいけど、ブランタークさんも過去に色々とやっているな。
「(焼いても、スケルトンになったりして)」
「(そうならないように、高温の魔法で焼くのさ)」
「(へえ誰がって……導師?)」
総司教の棺を火葬する役は、なんとあの導師であった。
火葬場には木で組まれた祭壇があり、その上には棺が乗っている。
祭壇ごと棺を火魔法で焼き払うわけだ。
「(大丈夫ですかね?)」
というか、総司教の葬儀なのに意外と適当というか……。
「では! 必殺のバースト・ライジング!」
「……」
「なぜ必殺なのか?」
ブランタークさんのみならず、誰もがそう思ったはずだ。
別にそんな掛け声をかけなくても、普通に火葬できそうなものなんだが……。
「火力が大きすぎるような気も……」
もう一つ、火力が大きすぎだと思う。
火葬なのだから、少しは骨を残さないといけないのに……。
俺の心配は現実のものとなり、火葬は速やかに終了したが、焼け跡にはほとんど骨が残っておらず、若い神官たちが懸命にわずかな骨を探す羽目になっていた。
あんまりな結果だが、参列者たちは笑うわけにもいかず、総司教の葬儀はおかしな終わり方をしてしまうのであった。
それにしても、これだけやらかして失脚しないで導師って、ある意味凄いと思う。
「導師、やりすぎ」
「必殺のって、総司教はもう亡くなっていますけど」
「バウマイスター伯爵、その指摘はいかがなものかと……」
葬儀終了後。
俺たちは導師と合流して、近くの喫茶店でお茶を飲んでいた。
よく見ると、同じく葬儀に参加していた者たちもちらほらと見える。
みんな、堅苦しい葬儀が終わったので、心を落ち着かせているようだ。
「そんな席で、必殺のと言えてしまう導師が凄いですね」
「遺体を火葬するだけなのだから、他の魔法使いを呼べばよかったのである! それを王宮筆頭魔導師だからという理由で某を呼ぶからである!」
あれは、意趣返しだったのか。
というか、よく教会に喧嘩を売れるよな。
導師だからこそできる行為だと俺は思ってしまった。
「葬儀が終わったので、次は総司教を決める選挙ですね」
「本当に選挙で選ぶのですね」
「昔は密室で決めていたらしいですけどね」
その方法だと、王族や貴族出身の総司教ばかり出るので、信徒たちの不満が溜まってしまったそうだ。
ちょうどその頃、腐敗したカソリックに対抗すべくプロテスタントができた時期であったりしたため、多数いる平民階層の神官や信徒たちの不満を逸らすべく、投票によって総司教を決めるようになった。
以上、総司教選挙始まりの歴史でした。
「選挙になって、ようやく貴族と平民で半々くらいの比率になったそうですよ」
ただ、平民出身の総司教も実家が金持ちだったりとかするので、結局あまり変わらないという意見も多いそうだ。
それでも、以前よりはマシだと信徒たちからは思われているらしい。
「投票権がある司祭以上の階級にある人間の七割が平民出身者です。彼らの支持をいかに取り込むのかが、総司教に選ばれるポイントだそうですよ。私は投票権がないですけどね」
大金を叩いて名誉司祭になっている貴族や大商人には投票権がなかった。
つまり、俺にもないわけだ。
「導師もないですよね? 投票権」
「いや、あるのである!」
そういえばそうだった。
導師は聖魔法が使えるから、司祭に命じられていたのだ。
それにしても、こんな信仰心の欠片もない人を……せめて名誉司祭にできなかったのだろうか?
「誰に入れますか?」
「候補者がさっぱりわからないのである」
「導師、それを自慢げに言うなよ……」
一応、王宮筆頭魔導師なんだからさと、ブランタークさんが導師に釘を刺した。
「世の中には、もっと気にしなければいけないことが沢山あるのである! エリーゼにでも聞いて、適当に投票するのである」
導師、さすがに適当はまずいと思いますよ。
「投票の日、エリーゼと二人だけでは寂しいのである! バウマイスター伯爵、つき合うのである!」
「(なんでだよぉーーー!)」
ただ、断るのも勇気がいるため、俺も仕方なしに投票について行くことになるのであった。
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