第294話 総司教選挙と血塗れキャンディーさん(その1)

「元気そうな男の子でよかった。長生きはするものじゃな」




 産まれた子供たちの首が据わってくると、一目見ようと来客が増える。

 今日はホーエンハイム枢機卿が姿を見せ、ひ孫であるフリードリヒを抱きながら笑みを浮かべている。

 その笑顔は、陛下からも妖怪扱いされているような人物には見えなかった。

 教会のお偉いさんである公の顔と、ひ孫を可愛がる曽祖父としての顔は別というわけだ。


「エリーゼ、体調は大丈夫か?」


「はい、お祖父様」


「それはよかった」


 この世界には産婦人科がないから、産後に体調を崩す女性は多い。

 いわゆる、産後の肥立ちが悪いというやつである。

 エリーゼの場合、ホーエンハイム枢機卿が治癒魔法を使える神官たちを派遣しており、エリーゼ自身も優れた治癒魔法の使い手なので心配ないはず。

 それでも、ホーエンハイム枢機卿は自分の孫娘が心配だったようだ。


「元気そうな跡取りでよかった。フリードリヒはいい次代のバウマイスター伯爵になってくれそうだな」


 もし産まれたのが女の子だったら、エリーゼに対し『次の子を早く!』という圧力が強かったはず。

 ホーエンハイム枢機卿も、可愛い孫娘への強い圧力がなくなってほっとしているようだ。


「他の子たちも元気そうでよかった。みんな首が据わってきたようだし、そろそろ本洗礼でもするかの」


 そういえばそんな行事があったのを、俺は思い出した。

 この世界で子供が産まれると、必ず親が赤ん坊を教会に連れて行き、洗礼を行う。

 うちの実家でも、マイスター殿が洗礼の儀式を担当していた。

 バウマイスター騎士爵領に住んでいた頃、領民の家族が赤ん坊を抱いて教会に向かうのを何度か見たことがある。

 いきなり本洗礼なのは、俺が大貴族バウマイスター伯爵だからであろう。

 思えば遠くに来たものだ。


「本洗礼の担当司祭はフリッツに、その補佐は、ザームエルに任せる予定だ」


 フリッツとは、エリーゼのお父さんの名前だ。

 まだ枢機卿には任命されていないが、教会でもかなり偉い方の人である。

 枢機卿は五十歳を超えないとまず任命されないので、エリーゼのお父さんの出世が遅れているわけではない。

 教会とは、年寄りが多くて常に上が詰まっている組織なのだ。

 軍人とは違って、歩けて説教ができれば通用する職業なのだから、引退する年齢がどうしても遅くなってしまう。

 そしてザームエルとは、エリーゼのお兄さんの名であった。

 次の次のホーエンハイム子爵家当主であり、教会の若手では偉い方の人である。


「お父様とお兄様がですか?」


「まあ、しょうがあるまいて」


 下手な者に任せると、子供たちの魔力のことが漏れてしまうから。

 ホーエンハイム枢機卿の関係者のみで本洗礼を行えば、その心配は無用というわけだ。


「ですがお祖父様。そのようなことをすると、批判も多いのでは?」


 ホーエンハイム枢機卿は、次の総司教を狙っている身だ。

 ここで露骨な身内贔屓をすると、ライバルたちから非難されるのではないかとエリーゼが心配したようだ。

 

「別に構わぬよ。ひ孫たちの安全には代えられぬ。それに、もうワシは総司教を目指さないことにした」


「お祖父様、よろしいのですか?」


 ホーエンハイム枢機卿の総司教就任は、ホーエンハイム子爵家の悲願だったはず。

 ところが、彼自身が総司教を目指さないと宣言したので、エリーゼは驚きを隠せなかったようだ。

 俺もちょっと意外だと思ってしまう。


「ワシも年だからな。それに現実的な問題として、ワシが総司教になると問題がある。婿殿の義祖父だからな」


 俺の跡取り息子フリードリヒは、王家から嫁を迎える。

 娘のアンナも、次の次の国王陛下の妻に決まった。

 これで、ホーエンハイム枢機卿が総司教になれば……警戒されるというわけか……。


「我々のために申し訳ないです」


「婿殿、気にする必要はない。教会に入ると、みなが総司教の座を目指すのは当然。だが、実際に総司教を側で見ておると、あまりなりたいとは思わないぞ」


 まあ、確かに大変そうではあるよな。

 常に人に見られているから、嫌なことがあっても酒を飲んでくだを巻くわけにいかないのだから。


「それに婿殿、上に上がれば上がるほど理解するのだ。あそこに真の信仰などないとな」


 それでも、人々には宗教は必要だから教会をなくすわけにもいかないか。

 ホーエンハイム枢機卿は、真の意味で宗教家かもしれないな。

 色々と悟ってしまっているのだから。


「本洗礼の日時はあとで伝えよう。本洗礼は本部で行わないといけないからな」


 ホーエンハイム枢機卿は、出産祝いを置いてその日は王都に戻った。

 一週間ほどで本洗礼の日時が決まり、俺は奥さんと子供たちを連れて『瞬間移動』で王都へと向かう。

 赤ん坊はもう首が据わっているから、母親が抱いていれば問題なかった。


「バウマイスター伯爵様、エリーゼ様。お世継ぎ誕生、おめでとうございます」


 ホーエンハイム子爵邸に『瞬間移動』で飛ぶと、すぐにセバスチャンが姿を見せる。

 彼は、俺とエリーゼに子供が生まれた件でお祝いを述べた。


「バウマイスター伯爵様とエリーゼ様が親となる。私も年を取るわけです」


「セバスチャンは、まったく変わっていないように見えるけどな」


「これが寄る年波には勝てないようでして……私も年を取ったと思うのですよ」


 そんなに変わったようには見えないけどな。

 セバスチャンは、相変わらず執事の鑑のように見える。


「ささ、そっと教会に参りましょうか」


 本洗礼は、あまりなるべく他の教会関係者たちに知られないように行う予定だ。

 ホーエンハイム子爵邸から、セバスチャンが裏道などを使って案内してくれた。


「本洗礼なのに、関係者以外完全にシャットアウトなのか」


「色々と面倒がありますので」


 他の教会関係者たちがうちと縁を結ぼうと、しつこく迫ってくる可能性がある。

 もし連中が優れた魔法使いを連れていると、子供たちが全員魔力持ちであることがバレてしまうのだ。

 本洗礼の見届け人は教会の有力者であるホーエンハイム枢機卿なので、非公開でもそれにケチをつける者はいない。

 以上の理由で、本洗礼は完全非公開で行うこととなった。


「総司教から苦情は来ないのかな?」


「それが、総司教様は今健康が優れないとか……」


「お年ですからね」


「就任した時から爺さんだものな」


 エリーゼは高齢である総司教の健康を心配し、エルは年寄りだからいつ健康を害してもおかしくないという認識だ。

 俺も、自分の結婚式の時から、総司教が大分ヨロヨロとしていたのを思い出した。


「あれ? 実は結構不穏な状態?」


「バウマイスター伯爵様、ご安心を。総司教様は、王都郊外の施薬院にてご静養中です。それに釣られて、多くの教会幹部の方々も郊外に集まっております」


 セバスチャン、安心って……次期総司教を決めなければいけない可能性がある状態だから安心とはほど遠いような……。


「お館様は次期総司教にはなられないので、芽が出てきた方々が施薬院において大層嬉しそうに動き回っております。本洗礼を邪魔されないで好都合だと、お館様は仰っておられました」


 『次期総司教には自分をよろしく』と、総司教のお見舞いで施薬院に集まっている教会幹部たちや、投票権を持つ神官たちに対し、運動してまわっているんだろうなとは予想できる。

 その隙を突いて、フリードリヒたちの本洗礼を済ませてしまおうという腹か。

 

「婿殿、こちらだ」


 セバスチャンの案内で裏口から本部に入ると、いつもよりも人が少なかった。

 本当にみんな、静養中の総司教の下に集まっているようだ。

 ホーエンハイム枢機卿の案内で聖堂に入るが、その中にもエリーゼのお父さんとお兄さんしかいない。

 まさか、ここまで関係者以外をシャットアウトするとは思わなかった。


「ワシが見届け人で、セバスチャンが手伝いをすればいい」


 本洗礼を行う際には、若い見習い司祭を儀式の補佐役として使うケースが多い。

 今日は、その仕事をセバスチャンが行うようだ。

 それにしても、さすがはセバスチャン。

 儀式の補佐役までできるとは。

 さすが、できる執事はひと味違うな。


「やはり孫は可愛いなぁ」


「エリーゼ、可愛い甥じゃないか」


「フリッツ、ザームエル。急げよ」


「わかっていますとも、父上」


「お祖父様、もう準備は万端に整っております」


 エリーゼのお父さんとお兄さんがフリードリヒを見ていると、ホーエンハイム枢機卿から急ぐようにと釘を刺されてしまった。

 他の神官や幹部たちに本洗礼を邪魔されたくないのであろう。


「では……」


 本洗礼の儀式自体は、そこまで時間がかかるものでもない。

 八人同時に行っても、三十分とかからなかった。

 儀式が終われば、そのままホーエンハイム子爵邸に退避するだけだ。


「婿殿、少しつき合ってくれ」


 俺はホーエンハイム枢機卿に誘われ、エリーゼたちを見送ってから、今まで入ったことがない本部内の建物へと向かう。

 中に入ると、そこには神官服を着た一人の老婦人がいた。


「今日は済まなかったな、エミリー」


「まさか、あなたが私に頼み事をするとはね」


「ひ孫たちの本洗礼を成功させるためだ」


「密かに本洗礼を行うためでしょう?」


「婿殿、世間ではワシを妖怪だと言う輩が多いが、ワシの目の前にいる彼女の方が本物の妖怪だからな」


「あなたは、相変わらず女性に対してデリカシーの欠片もないのね」


 姿格好からして、この老婦人は教会幹部だと思う。

 ホーエンハイム枢機卿の態度からしても、相当偉い人のはずだ。


「婿殿は、このようにとんと教会には疎くてな。協力はしてくれるのだが、信心は皆無なのじゃ」


「いいじゃない。バウマイスター伯爵殿の篤志によって、実際に多くの人たちが救われているのだから。口では立派なことを言っても、浄財をケチる貴族なんて珍しくないわよ」


 うーーーん、この腹の探り合いのような会話。

 俺は、とんでもない場所に案内されてしまったようだ。


「紹介が遅れてしまったが、この女性はエミリー・ケンプフェルト。ワシと同じく枢機卿をしておる」


「バウマイスター伯爵殿の噂はよく聞いておりますよ」


 エミリーという女性は、ホーエンハイム枢機卿と同じくらいの年齢に見える。

 それにしても、女性で枢機卿ってのは凄いな。

 教会は女性神官も多いけど、幹部は男性ばかりだからな。

 あくまでも、俺がこれまでに知り合った教会幹部についてだけど。


「女性の枢機卿は、たまに出るがそう数は多くない。実力と運の双方がなければなれないからな。エミリーは両方を兼ね備えておる」


 そんな人に、本洗礼で借りを作って大丈夫なのかな?

 俺は少し心配になってしまった。

 

「それでだ。どうして婿殿をここに連れて来たのかというと、フリードリヒたちの安全のためじゃ。協力してくれよ」


 えっ?

 どうしてこの密会と、フリードリヒたちの安全とに関係があるんだ?


「簡単に事情を説明するとだな……」


 ホーエンハイム枢機卿は、自分が総司教になると周囲から力を持ちすぎだと思われ、最悪排斥される可能性があるからと、総司教になる道を諦めた。

 ところがそれを発表した途端、総司教が体調を崩してしまった。

 すぐにも総司教を決める投票が行われるであろうが、最有力候補だったホーエンハイム枢機卿はすでに立候補しないと宣言している。

 今まで諦めていた候補者たちがこぞって立候補を表明し、総司教が静養している施薬院に集まり、お見舞いに来た神官たちに投票を依頼して大騒ぎになっているそうだ。


「まだ亡くなっていないのに……」


 もし回復したら、選挙活動をしていた連中の立場が悪くなるような気がするんだけど……。


「それがだな、婿殿。総司教殿はもう意識もないらしい。いつ心臓を止めるのかという病状なのだ」


「その情報なら私も掴んでいるわ。高価な魔法薬で無理やり心臓を動かしているけど、いつ魔法薬の投与を止めるか、といった状態のようね」


 この二人、共に妖怪だと俺は思ってしまった。

 施薬院になんていなくても、最新の情報を入手しているのだから。


「それと、フリードリヒたちの安全とになんの関係があるのでしょうか?」


「彼らは、みんな泡沫候補なのよ。投票で誰かに決めても、総司教としての力には欠けるの。だから、その力を得ようとしてあなたの取り込みを図るでしょうね」


「俺は正式な神官じゃないですけど……」


 名誉つきの神官なので、実態はないに等しい。

 なにより、神官の手助けをしている暇はどなかった。


「あなた自身はね。その義祖父は総司教に一番近かった男で、妻は聖女と呼ばれる治癒魔法の使い手、エリーゼさんの地位は司祭でしかないけど、その名声はなかなかのものね」


 ケンプフェルト枢機卿の説明で段々とわかってきた。

 力のない総司教は、それを強めようと俺、エリーゼ、ホーエンハイム枢機卿に接近してくる。

 縁を結ぼうと、婚姻攻勢を仕掛けてくる可能性があった。

 それは王家と大物貴族たちによる囲い込みで難しいのだけど、色々と探られてフリードリヒたちの秘密が漏れると混乱が大きくなってしまうわけか。


「エクムント、あなたが立候補すればいいのよ」


 ホーエンハイム枢機卿の名前って、エクムントだったのか。

 今まで、お祖父様、ホーエンハイム枢機卿としか呼ばれないから知らなかった。

 それにしてもこの二人、お互いに名前で呼び合って、実は昔恋人同士だったとか?


「無茶を言うな、エミリー」


「これ以上は身の破滅か……仕方がないわね。それで、どうするの? ポーツァルに支持を集めるのかしら?」


「いや、エミリーが立候補してくれ」


「私? 私は無理よ」


 なんとホーエンハイム枢機卿は、ケンプフェルト枢機卿に総司教選挙に出るように要請したのだ。


「女性だと、総司教就任は難しいのですか?」


「そうね、枢機卿になるもの大変なのだから」


 ケンプフェルト枢機卿によると、これまでに女性で総司教になった人はいないそうだ。

 俺は教会の代々の総司教なんて知らないので、それが事実なのか確認のしようもないけど。

 選挙に立候補する人は定期的にいるらしいが、最有力候補になったことすら一度もないらしい。

 それとポーツァルとは、ホーエンハイム枢機卿の派閥でナンバー2の地位にある人物であった。


「ポーツァルはまだ五十二歳で、枢機卿に任じられたばかりだ。それに、あいつは調整型の人間で、こういう状況だと力を発揮できないからな」


「私も同じようなタイプなのに」


「嘘をつくな、エミリー。お前は、歴代の女性枢機卿の中で一番力があるだろうが。ケンプフェルト商会の一族なのだから」


「ケンプフェルト……ああ、王国一の材木商の」


 ケンプフェルト枢機卿は、王国で一番規模が大きい材木商の一族であった。

 なるほど、ならば女性でも影響力は大きいか。

 

「回りくどい話はやめるぞ。ワシはエミリーを支持する。次の総司教をポーツァルに回せ」


「私もひ孫たちと遊ぶ時間がほしいから、五年だけやってあげるわ」


「……まあよかろう」


 フリードリヒたちのためとはいえ、俺はなぜか、ホーエンハイム枢機卿とケンプフェルト枢機卿による権力談合を最初から最後まで聞かされる羽目になってしまうのであった。

 しかし、本当にフリードリヒたちは大丈夫なのかな?





「フリードリヒ、お祖父ちゃんだぞぉ」


 密談が終わってからホーエンハイム子爵邸に戻ると、エリーゼのお父さんがフリードリヒを嬉しそうに抱いていた。

 やはり、孫は可愛いのであろう。


「ザームエル、エミリーが私用でこの屋敷に来るからな」


「私用って……そんなわけがないですよね?」


「なにを言うか。ワシとエミリーは、仲のいい幼馴染ではないか。空いた時間に遊びに来るくらい普通であろうに」


 先ほど別れたばかりだというのに、あの婆さん、もうここにやって来るらしい。

 勿論遊びのわけがなく、総司教選挙対策で生臭い話をし来るのだろうけど。


「ホーエンハイム枢機卿とケンプフェルト枢機卿が幼馴染?」


「はい、そうですよ。私も幼い頃には、エミリー様によく遊んでいただきましたから」


 エリーゼの説明によると、二人は同じ年の幼馴染で子供の頃は毎日のように一緒に遊んでいた仲であった。

 子爵家の跡取りと豪商一族の娘、一時は側室ながらもケンプフェルト枢機卿がホーエンハイム枢機卿に嫁ぐという話もあったそうだ。


「エミリー様は次女でしたので、それで構わないというお話だったのですが……」


 ところが彼女の姉が急死して、急遽婿を取らなければいけなくなった。

 そんな理由で、二人は結婚しなかったというわけだ。

 ケンプフェルト家には娘しかいなかったので、あの婆さんが継ぐしかなかったのであろう。


「育児と商会の仕事に勤しむ傍ら、エミリー様は空いている時間に教会で奉仕活動を始めました」


 最初はボランティアであったが、若くに婿入りした旦那が亡くなり、商会を継いだ息子たちが一人立ちすると、本格的に神官として活動を始めたそうだ。


「四十歳をすぎてから教会に入り、わずか二十五年で枢機卿になった女傑だからな。婿殿も要注意だ」


 エリーゼのお父さんの言うとおりだ。

 ホーエンハイム枢機卿が、幼馴染なのに警戒するわけだ。

 私的な友情と、教会幹部としての対応を分けているというわけか。


「父上とケンプフェルト枢機卿が、男女の仲だと噂する者も多いな」


 二人の気安い会話を聞いてしまうと、確かにそんな関係かもと思ってしまう。

 その真相は、当事者同士にしかわからないであろうが。


「ふんっ、枯れたジジイとババアの間にくだらぬ噂を立ておってからに」


「あら、老いらくの恋ってのも物語としては成立するのよ」


「そういうことを言うと、また変な噂が広がるぞ」


「言わせておけばいいじゃないの」


 そこに、セバスチャンの案内で噂のケンプフェルト枢機卿が姿を見せた。

 今の彼女の服装は、大商家の奥さんに相応しい上品ないでたちだ。

 神官服でないのは、あくまでも私的にホーエンハイム枢機卿を訪ねた形式にしたいからであろう。


「エリーゼ、出産おめでとう」


「ありがとうございます、エミリー様」


「あの小さなエリーゼがお母さんだなんて、私も年を取ったものね。それもそうよね、エクムントがもう曽お祖父さんなんだから」


「お互い様だ。それに、年の話はお互いに言わない方が幸せだぞ」


「それもそうね。早速、次代のバウマイスター伯爵であるフリードリヒ様を見せてもらおうかしら」


 フリードリヒが寝ている部屋にケンプフェルト枢機卿を案内すると、彼女はすぐにフリードリヒを抱いた。

 その様子はとても様になっている。


「子供、孫、ひ孫と慣れているから当たり前よ」


 そういえばこの人、ちゃんと結婚して子供も産んでいるんだよな。 

 どんな旦那さんだったんだろう?

 典型的なマス夫さんだったとか?

 もしかして早死にしたのって……これ以上は考えるのを止めよう。


「この子は、いい跡継ぎ様になれるわね」


「そうであろう」


「いいわ、協力してあげる」


 なるほど、協力には見返りが必要なのですね。

 俺にでも容易に想像がついた。


「私のひ孫で、先月に生まれた娘がいるのよ。名前はシュテファーニエというのだけど」


「エミリー、わかっているとは思うが……」


「うちは商家で平民だから、その辺は弁えているわよ」


「というわけだ。婿殿」


 産まれたばかりの娘が俺の妻になるわけがないから、フリードリヒの奥さんになるというわけだ。

 というか、この子は俺よりも凄いな。

 物心つく頃には、奥さんが何人になっているんだ?

 それでも受けるしかないのか。

 彼女以外の総司教が当選すると、うちにちょっかいをかけてくる可能性が高いから。


「お互いに利はあるのよ。うちは材木商だから」


 バウマイスター伯爵領は未開地ばかりなので、木が沢山生えている。

 そのおかげで、木材というものをまったく輸入していなかった。

 自分たちで切り出してくればよかったからだ。


「開発が落ち着いたら、今度は材木を他領に輸出する計画くらいローデリヒさんは立てていて当然よね?」


「ええまあ……」


 それは聞いている。

 普通の木材もそうだが、特殊な種類の木などもだ。

 他の領地だと、樹齢が長い大きな木が不足している場所もある。

 そこに高く売れるというわけだ。


「そろそろ、盗伐に注意しないと駄目よ。バウマイスター伯爵領へのアクセスがよくなってきたから、利益が出やすくなっているし」


 盗伐についてはローデリヒも警戒していたが、それを防ぐノウハウがほぼ皆無なのが辛かった。

 ただ木がある場所に警備兵を置ていたら、いくらお金があっても足りないからだ。


「その辺のノウハウも提供するわ」


 俺が無条件にフリードリヒの側室の件を受け入れるはずがないと、ケンプフェルト枢機卿ほどの女傑が気がつかないはずもないか。


「貴族が家のことを第一に思うように、平民の商人も家のことが大事なのよ。うちが破産すると、路頭に迷う人たちも多いのだから」


 確かに、ケンプフェルト商会規模になると、そう大物貴族と変わらない人を雇っているだろうからな。


「贔屓目かもしれないけど、シュテファーニエは可愛くなると思うのよ。フリードリヒ様も気に入ると思うけど」


「はあ……」


 ただ、それをまだ首が据わったばかりの乳飲み子であるフリードリヒに確認する術がなかった。

 ちょっと席を外してローデリヒと相談したけど、彼はいい条件だから受け入れるしかないという。

 これで、フリードリヒの婚約者は二人となった。


「フリードリヒ、お前は俺以上にモテモテだな」


「あーーー」


 フリードリヒが、『まあな』と言ったような感じがした。

 もしかすると、俺とは違って彼はモテ道を驀進してしまうのか?

 そんなことを考えていたら、屋敷に数名の神官たちが飛び込んできた。


「ホーエンハイム枢機卿、ケンプフェルト枢機卿。総司教様が天へと旅立たれました」


「そうか」


「始まるわね」


 なにが始まるというのか?

 察しのいい人ならすぐにわかると思うが、次期総司教を巡る選挙が始まるというわけだ。

 そして、間違いなくそれに俺たちも巻き込まれるのだと思うと、ただなるべく早く終わってほしいと願うのみであった。

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