第293話 ヴェンデリン、浮かれる?

「だぁーーー」


「そうだな。みんなまだ産まれたばかりなのに、もう婚約者がいて大変だよな。お父さんは、できる限り頑張ってお前たちを守るからな」


「あうーーー」


「うんうん。お父さんに任せておいてくれ」


「おい、ヴェル。お前はまだ喋れもしない赤ん坊と、なにを勝手に会話した気になっているんだ?」




 朝、土木工事に出かける前に子供たちと話をしていると、なぜかエルが邪魔をしてきた。

  自分も父親になったくせに、無粋なことを聞いてくる奴である。

 それにだ。

 フリードリヒたちに、毎日働きに出かけるお父さんを見せることこそが、子供たちの教育に最適だというのに邪魔をして……。


「エルよ。一見、『だぁーーー』とか、『あうーーー』とかしか言えないけど、実はその中には多くの意味が詰まっているんだよ。この子たちの父親である俺にはわかる」


「それは、ヴェルの勝手な思い込みじゃないか……」


「失礼な」


「いやさ、赤ん坊なんだからもう少し待てよ。そのうちちゃんと喋れるようになるから……」


 エルの奴、父親になったらえらく常識的なことを言うようになった。

 なるほど、子供が産まれると親も成長するらしい。

 まさか、目の前にその実例がいるとは驚きだ。


「それよりも、そろそろ時間だぞ」


「名残惜しいが、お父さんは頑張るからな」


 子供たちだけでなくエリーゼたちにも挨拶をしてから、早速エルを護衛に工事現場に『瞬間移動』で飛ぼうとすると、屋敷の入り口が騒がしくなってきた。


「エル、何事だ?」


「さあ? 様子を見に行くか?」


「ああ」


 小さな城塞のような造りになっているバウマイスター伯爵邸の正門に向かうと、そこでは衛兵たちと貴族らしい青年とが小競り合いをしていた。

 以前に、こんな光景を見たような……。

 きっとこういうのを、デジャブっていうんだな。


「事前のお約束なしでは通せません!」


「そこをなんとかしたまえ! 僕はベネケン男爵家の嫡男フロート様なのだから!」


「自分で自分を『様』付けするか?」


 エルが、自称ベネケン男爵の嫡男フロートという青年の発言を聞いて失笑した。

 俺も、自分で様とか言ってしまう貴族の御曹司は初めてだ。


「いかなる身分の方でも、いきなりの面会は無理です! まずはアポイントメントを!」


 フロートと名乗る貴族の青年が強引に屋敷に入ろうとし、入れまいと衛兵たちが抵抗する。

 ローデリヒから面会の予定は聞いていないので、この男が勝手に押し入ろうとしているのであろう。

 いわゆる、アポなしでの面会希望者だ。

 テレビ番組の企画でもあるまいし、基本的には迷惑な奴でしかない。 


「高貴な生まれである僕を止めることなどできないよ。どきたまえ」


「若様! お助けします!」


「押し込め!」


 フロートが、三名の従者たちに応援させて無理矢理屋敷の中に入ろうとする。

 衛兵たちはそれを阻止しようと、笛を吹いて応援を呼び、彼らを押し返した。

 しばらくそんな状態が続いたので、俺は乗りかかった船だと思ってフロートに姿を見せる。


「バウマイスター伯爵だが、なにか用事か?」


「おおっ! バウマイスター伯爵殿ではないですか。私の名は、フロート・ロゲール・フォン・ベネケン。ベネケン男爵の嫡男です」


 フローロは、礼儀に則った挨拶を俺に行う。

 そのくらいの知恵はあるようだ。

 常識は……誰が見てもないな。


「それで、アポイントメントも取らずになんの用事でしょうか?」


 口調が厳しくなるが、俺に会いたいという貴族、商人、平民、神官……は、とにかく多い。

 ローデリヒが厳選して会う人物を選定している状態なので、このような横紙破りを許すと、余計にそういう手合いが増えてしまう可能性があった。

 今回は、たまたま偶然というやつだ。


「なら、前に出たのは失敗だな」


「エル、そこで正論を言うなよ……これは例外中の例外です。さあ、ご用件は?」


「これは光栄の極み。では、率直に! あなたのお嬢さんを私の妻にください!」


「へっ?」


 俺は最初、この男がなにを言っているのか理解できなかった。

 

「娘?」


「この前、生まれたではありませんか。当然、成人するまで待ちますよ。お義父さん」


「はあ?」


 あきらかに俺よりも年上の男が、俺をお義父さんと呼ぶ。

 最初の衝撃が消えて次第にその意味がわかってくると、俺は湧きあがってくる怒りで頭が沸騰しそうになってしまった。


「お義父さん、安心して私に娘さんを」


「死にさらせ! このロリコン!」


 真顔で生まれたばかりの娘を嫁に寄越せというフロートに、俺はついにキレて爆発した。

 非殺傷ながら威力のある爆発魔法で、その従者ごと門の外に吹き飛ばしてしまう。

 殺さずに済ませただけ、ありがたく思うんだな。


「お館様」


「しばらく牢屋にでも入れておけ」


「かしこまりました」


 彼らは、父親であるベネケン男爵が迎えに来るまで別荘生活を楽しんだ。

 別荘は豪華な石造りで、鉄格子もついており、防犯体制も完璧なお部屋であった。

 食事も普段は贅沢ばかりしている御曹司の健康に留意し、バウマイスター騎士爵家で出てきたものとほぼ同じ、高血圧予防のために薄味で、素材の味を十二分に生かしたものだ。

 貴人に出す食事ではないとフロートが叫んでいたそうだが、俺はそれを実際に聞いていないから知らない。

 フロートを迎えにきたベネケン男爵の顔が真っ青で、のちに彼は廃嫡されたそうだが、その件に関しても俺はまったく関与していない。

 どうやらフロートは、王国でもかなり偉い方々を敵に回してしまったようだ。

 俺には、詳しい事情はよくわからなかったけどね。





「まったく、どいつもこいつも……」


 朝から嫌な奴に会ってしまったが、気を取り直して土木工事を始める。

 最近では次々と入植者が増えているので、宅地に農地に道路にと、基礎工事で忙しい状態なのだ。

 ちなみに最近では、仕上げはすべて入植者にやらせている。

 このくらいは自分でやる人たちでないと、いつまで経っても領地が発展しないからだ。

 なんとか部屋住みやスラム生活を抜け出そうとしている人たちを救う必要はあるが、駄目な連中を領地に入れるつもりはない。

 死ぬほど頑張れ、無理という言葉が無理とは言わないが、普通に働いて生活できる人でないと困る。 


「あのバカ貴族、なにを狙っていたんだ?」


「真相は漏れていないはずだよな?」


 俺の娘たちは、王家や大物貴族たちに取られてしまったが、婚約した情報は秘密になっていた。

 俺の子供が魔法使いになる情報は、彼らが完全にシャットアウトしている。

 なぜなら、それが漏れれば競争相手が増えてしまうからだ。

 そう考えると、彼らは信頼できるというわけだ。

 問題は、俺の娘が嫁ぎ先で苛められないかだけであろう。

 地球で母親がそういうドラマを見ていたので、俺は心配になってしまうのだ。


「単純に、財力があるバウマイスター伯爵家と縁戚になって援助をたかろうという寸法か」


「だろうな」


 でなければ、二十歳すぎの青年が赤ん坊に求婚とかまずあり得ない。

 いくらこの世界でもだ。


「これは、しばらくは冒険者パーティは組めないか?」


「だよなぁ……」


 出産後、エリーゼたちは冒険者復帰を目指して訓練しているのだが、すぐに子供を産めと言われているに等しいので、またすぐに産休になってしまう可能性が高い。

 この世界には、『女性は子供を産む機械ではないのですよ!』と抗議する政治家はいないからだ。


「たまに、導師、ブランタークさん、俺、エル、助っ人でいくか?」


「男だけのパーティか、いいかも」

 

 エルがもの凄く嬉しそうだ。

 奥さんのいない場所で、思いっ切りハメを外せると思っているのかもしれない。

 みんな忙しいので、たまにしかパーティを組めないだろうが、それはお互い様なので問題なかった。


「先生、私が助っ人に入りますから」


「私も頑張ります」


「私も」


 今日も、魔法の修練をかねてアグネスたちが土木工事を手伝っていた。

 俺たちの話を聞いて、自分たちがパーティに加わると言う。


「ありがとう。でもシンディとベッティは、成人してからな」


「すぐに産休に入って、またメンバーが足りなくなりそう……」


「ふんっ!」


「痛っ!」


 可愛い生徒たちを邪な目で見やがって、俺はエルに肘打ちを食らわせた。

 俺は、三人をそういう目で見ていないというのに……。


「先生、エルヴィンさんはなにか?」


「なんでもない。ちょっといつものおバカ発言が出ただけ」


「そうなんですか」


 俺がエルに肘打ちした理由をアグネスが聞いてくるが、適当に誤魔化した。

 その日も無事に予定の工事が終了し、さて帰ろうかと準備をしているとシンディが俺にお願いをしてきた。


「先生、赤ちゃんを見に行ってもいいですか?」


「いいよ」


「私も行きたいです」


「私も」


 アグネスとベッティも、赤ん坊を見について来ることになった。

 そして、それを聞いたエルがまた余計なことを言う。


「自分で出産する時のために勉強か……」


「ふんっ!」


「痛っ!」


 俺は、無駄口が多いエルに再び肘打ちを加えるのであった。

 アグネスたちが赤ん坊を見たいと言うのだから、それでいいじゃないか。

 余計なことを考えるな!





「お弟子さんですか。可愛らしいお嬢さんたちですね」


 アグネスたちが赤ん坊を見たいというので屋敷に連れて行くと、エリーゼたちが満面の笑みで三人を出迎えた。

 先ほどエルが妙なことを口走っていたが、それがエリーゼに漏れたという事実はないようだ。

 というか、あの三人は俺が初めて指導を行い、もう少しで一人前の魔法使いになれる初めての弟子たちなのだ。

 そういう下種な想像は、絶対にやめてほしいものである。


「初めまして、エリーゼ様」


「先生の奥様は、評判どおりに綺麗ですね」


「スタイルもよくて羨ましいです」


「ありがとうございます」


 アグネスたちに褒められて、エリーゼも悪い気はしないようだ。

 確かに、出産して大して時間が経たないうちに体形がほぼ元通りなのだから。

 治癒魔法に、そういう魔法があるのかと思ってしまうほどだ。

 

「ヴェルのお弟子さんかぁ」


「私たちにも、こういう時期があったわよね」


 まずはアグネスたちが挨拶と自己紹介を行い、他の奥さんたちや、テレーゼ、アマーリエ義姉さんなども自己紹介をおこなう。

 ルイーゼとイーナは、三人に自分たちの過去を重ねているようだ。

 少し遠い目をしていた。


「でも、見事に女の子ばかりね」


「特に深い意味はないぞ」


 念のため、イーナに釘を刺しておく。

 可愛い女の子だから特に目をかけているわけではなく、あのクラスの中で三人がずば抜けて優秀だからである。

 勿論男子生徒たちもちゃんと面倒を見ていたが、俺が担当したクラスはどういうわけか女子の方が優秀であった。

 魔法使いのクラスは一つしかないんだけど……。


「確かに、私やヴィルマの魔力量では勝てないわね」


 すでに上級も見えつつあるアグネスたちの魔力量を確認し、イーナは納得をしたようだ。


「君たち、いくつ?」


「私が十五歳で、シンディが十三歳、ベッティが十四歳です」


「年下なのに、子供を産んだボクよりも胸があっていいね……」


 ルイーゼは、自分とアグネスたちの胸を見比べて溜息をついた。

 そういえば、赤ん坊が産まれた割にルイーゼの胸は……これ以上は危険だ。


「えっ? 気にするところはそこ?」


「ヴェル、ボクが他になにを悩むと言うのさ。アマーリエさんが、子供を産むと胸が大きくなるって言ってたんだけど、あまり実感がないんだよねぇ……」


 確かに、ルイーゼの胸はあまり大きくなっていない。

 これはもう、遺伝子のせいだとしか言いようがないな。


「人生、色々あるさ」


「ヴェル、もっと気の利いた慰め方はないの?」


「魔法でなんとかなるのなら、それでなんとかしてあげたいけど……」


 俺は可愛いと思うのだが、本人の希望もある。

 魔法で胸の大きさをなんとかできるのなら、俺も喜んで手を貸すのだけと……。

 この世界の魔法は、魔法使いの才能次第で万能になる可能性を秘めていたけど、それでもできないことは多い。

 以前、背を高くできないかという相談を貴族から受けたけど、人間の体に変化を与える魔法はとても難しかった。

 もしそれができれば、俺ももう少し背を高くしていただろうし、筋肉をもう少し増やしたりしているであろう。


「魔法で盛った胸ってのもどうかと思うから、やっぱりいいや」


 基本的に深く悩まないルイーゼは、すぐに自分の胸がないことが気にならなくなったようだ。

 しかしながら、またすぐに気になるのがルイーゼの気まぐれなところだ。


「噂には聞いていたのですが、先生の奥さんたちは全員が魔法使い……」


「アグネス、先生の赤ちゃんたちも……」


「全員、魔力を持っている……」


 魔法使いは魔法使いを知る。

 アグネスたちは、エリーゼたち、赤ん坊たちと見て、全員に魔力がある事実を知って絶句した。

 確かに、普通に考えればあり得ないことだ。


「えっ? えっ? どうしてですか?」


「全員はさすがに……」


「これはもしかして……」


 三人の中でベッティが、最初に感付いたようだ。

 あきらかに動揺した表情になる。


「ベッティ、しぃーーー」


「へっ? しぃーーーですか?」


「世の中、知らないフリをしていた方が幸せなことがある」


 普段は寡黙だが、たまに喋るとインパクトがあるヴィルマがベッティに忠告を始めた。


「『魔法の先生の子供を見に来て、和やかな時間を過ごして帰っただけ』か、『少し秘密に入り込む』のとどちらがいい? ただし、後者には条件がある」


「秘密……」


「魔法使いとして大成したいのなら、どちらを選択してもしてはいけないことがある。それを破ると、のちの人生が色々と大変」


「先生の奥さん……怖い……」


 ヴィルマからの問いに、アグネスたちは神妙な表情で考え込んでしまう。

 あきらかに脅しも含まれているが、入り込んでしまえば魔法使いとして大成可能かもしれない。

 その誘惑に迷っているようだ。


「なあ、ヴィルマ」


「ヴェル様、これは脅しじゃない。あくまでも取引」


 アグネスたちが赤ん坊を見たいというから連れて来たのに、なぜかとても物騒な話になっている。

 困惑する俺に、ヴィルマがこれは脅迫ではないと述べた。


「ヴェンデリンさんは、まだどこか甘い部分がありますわね。陛下や大貴族の方々が封じている機密に触れるのですから、気軽にフリードリヒたちを見せてあげるなんて言わない方がいいですわ」


「いやね。俺は、可愛い生徒たちの願いを聞き入れてあげようと思ってね……」


 カタリーナは俺に呆れているようだが、日本で親戚や友人に子供が産まれたら、顔を見に行くくらい普通に行っている。

 俺も、何回かお祝いを持って見に行ったことがあるのだから。


「今朝の、バカ貴族の息子の件があるじゃないか。旦那にしては迂闊だぜ」


「そう言われると……カチヤでも気がつくレベルの話を俺は……」


「うわっ! 旦那が酷い!」


 確かに、俺の子供たちは全員が魔法使いの素質を持っているので、成人するまで慎重に育てないといけない。

 いくら可愛い生徒たちでも、アグネスたちに見せたのは迂闊だったかもしれない……。

 しかし、可愛い弟子たちのお願いを断ってしまった結果、悲しい顔をされるもの嫌だったんだ。


「旦那、出会った頃のあたいはおかしな行動で迷惑をかけたけど、それはないじゃないか」


「すまんすまん、カチヤ」


「意味のない決闘を挑んで負けた私よりは、マシな過去ではないでしょうか?」


「最近の姉御は、あたいが初めて出会った頃とは別人だぜ……」


 カチヤが出会ったばかりの頃のリサは、派手な装飾とメイクにエキセントリックな言動で世間を騒がせる凄腕の魔法使いであった。

 今はようやく人見知りがマシになり、エリーゼたちとも普通に話せるようになった。

 年齢は三十歳になったが、あの奇抜なメイクをしないと、実年齢よりも大分若く見える綺麗なお姉さんでしかない。

 子供を産んで少し落ち着きを見せ、年齢が近いアマーリエ義姉さんやテレーゼと特に仲良くなった。

 魔法使いとしては努力家で経験も長いので、ブランタークさんの次くらいに人に教えるのが上手い。

 特に魔法が使えるようになって時間が短い、イーナ、ヴィルマ、テレーゼ、カチヤに対し、妊娠中でも出来る魔法の訓練を施していた。


「先生はやっぱり凄いです!」


「えっ? いきなりどうしてそう思った?」


 俺は、急にアグネスに褒められて困惑してしまう。


「だって、あの『ブリザードのリサ』を、決闘で破るなんて!」


「しかも、あのド派手な装飾とメイクをやめさせ」


「奥さんにして子供まで……凄い……」


 なぜか、シンディとベッティにまで尊敬されてしまう。

 というか、その情報は今さらだと思うけどな。

 この三人からすると、以前にリサから臨時講義を受けた時、以前の服装とメイクで現れて生徒たちの度肝を抜いた過去が強烈に残っているのであろう。

 

「私、前はそんなに恐ろしかったのでしょうか?」


「そうね。ちょっと同一人物とは思えないわ」


「妾とも決闘をしたしの。結果は妾が負け逃げしたわけじゃが、あの時はもの凄い暴言だった」


「そんな……」


 アマーリエ義姉さんとテレーゼにも肯定され、リサは落ち込んでしまう。

 

「まあ、以前のリサと今のリサ。夫としては、二人とつき合っているようでこれはこれで面白いと思うけど」


「ヴェル……それはフォローになっていないわよ」


「イーナ、しぃーーー!」


 人の懸命のフォローをイーナが否定するので、俺は慌てて彼女の口を塞ごうとした。


「イーナさん、安心して。なぜか効果あったみたいだから」


「私って、夫に愛されているのですね」


 アマーリエ姉さんが視線を向けた先では、今度は一人顔を赤く染めながら喜んでいるリサがいた。

 どうしてあのフォローでそこまで喜べるのか、俺にもわからなくなった。


「本人が喜んでいるからよしとしようではないか。話を戻すが、今のバウマイスター伯爵家は色々と複雑な事情があっての。三人とも、わかるかの?」


「新興の大貴族様なので、色々と大変だというくらいは……」


「アグネスじゃったの。そなたの実家は?」


「王都で眼鏡工房と店を営んでいます」


「なら、わかるか」


 眼鏡は完全オーダーメイドで高級品でもあるため、顧客に貴族が多い。

 両親たちが貴族を接客しているところを見ているアグネスは、他の平民よりも貴族という生き物がわかっていた。


「ご覧のとおり、ヴェンデリンは有能ではあるが少し抜けている部分があっての。それを補うのが、エリーゼたちというわけじゃ」


「あの……それはテレーゼ様もですか?」


「おうよ。世間では、妾は『バウマイスター伯爵への帝国からの戦利品』と思われておって、実際にそうじゃがの。アマーリエと同じく、日陰の身で楽しくやらせてもらっておるが」


 テレーゼは、自分が俺の愛人だと素直に認めた。

 もう子供まで産んでいるので今さらであったが、それを堂々と口にするのはどうかと思う。

 俺の、生徒たちへの評価とかそういうものにも繋がるから、あまり大きな声で言わないでほしいな。


「先生は、聞いていたよりも奥さんが多いのですね」


「これだけの大貴族なのじゃ。珍しくもないの」


「凄い」


 嫌悪感でも抱かれるのかと思ったが、シンディは目を輝かせながら俺を見つめる。

 ここでは、地球の常識が通用しないようだ。


「こういう新興の貴族は、特に子供が沢山必要じゃからの。妾たちはこれからも産休で抜けるケースが多い。よって、アグネスたちには期待しておるぞ」


 テレーゼの言う期待とは、自分たちが産休を取っている間、三人がパーティメンバーとして活躍することであろう。

 他は、冒険者引退後にバウマイスター伯爵家のお抱えになることかな?


「テレーゼ様、私、頑張ります」


「私も」


「先生と一緒。最高です」


「あのさ、アグネスは別のパーティに入っていなかったか?」


 彼女だけ成人していたので、普段は別の冒険者パーティに入っていたはずだ。

 そことの契約は大丈夫なのであろうか?


「はい、あくまでも臨時で組んだパーティなので問題ないですよ。抜けようと思えば、いつでも抜けられますから」


 正式にパーティを組むと抜けるのが難しいので、抜けやすいように臨時でパーティを組んだのか。

 この娘、同年代の俺よりもしっかりしているよな。


「先生と同じパーティ、楽しみですね」


 俺の子供を見に来たはずのアグネスたちは、なぜかテレーゼの説得でバウマイスター伯爵家にスカウトされてしまった。


「こういう囲い込みってどうなの?」


「文句を言う輩も多いであろうが、魔法使いとて生活がかかっておるのじゃ。条件がいい方に雇われて当たり前であろう。それよりもヴェンデリン、ローデリヒが呼んでおったぞ」


「えっ? 今? アグネスたちもいるし、あとでよくないか?」


「緊急の用事だそうじゃ。早く行け」


「アグネス、シンディ、ベッティ。招待しておいて色々と悪いな。ちょっと席を外すから」


 俺は、急ぎローデリヒがいる執務室へと向かった。

 アグネスたちの相手は、エリーゼたちに任せるか。





「やれやれ、内乱では妾を蹴落とす選択までできた男が、妙に甘いの」


 あの時は、妾と同じくヴェンデリンも追い込まれていたからかの。

 今は領地開発で大変じゃが、彼を追い込むような敵はおらぬ。

 ゆえに、今は甘いのであろう。


「さて、アグネスたちよ。そなたらは将来どうするのじゃ?」


「どうするって、私たちは先生の弟子で……」


「早く成人して、先生と狩りに行きたいです」


「魔法ももっと教えてほしいですし」


 ふっ、妾も舐められたものじゃな。

 フィリップ公爵位を失って、ヴェンデリンの愛人と揶揄されておるからかの?

 まあ、いい。

 この三人、ヴェンデリンは可愛い妹兼弟子のような扱いで特別に可愛がっておるようじゃの。

 しかし三人は女じゃ。

 魔法使いが少ないとはいえ、異性の魔法使い同士が深くつき合うのはよくない。

 師弟以上の関係があると、周囲から噂されるからの。

 ブランタークには弟子が多いが、女性魔法使いに教える時にはちゃんと距離を取っている。

 あの男は、女の扱いにも、女の怖さにも慣れているからの。

 カタリーナはお師匠様と呼んでおるが、それはあくまでも当時婚約者であったヴェンデリンが許可してのこと。

 妾にも指導してくれるようになったが、今の妾はヴェンデリンの愛人だと世間に知られておる。

 教えるのに、なんら不都合はない。


「妾にも可愛い子供の頃があっての。その頃は、魔法使いになりたくて懸命に書籍を読み漁ったものよ。そこで知り得たのじゃが、未婚の女性魔法使いがヴェンデリンに接近しすぎると、世間的にどう思われるかの?」


「それは……」


「私は気にしません」


「運命に身を任せるのみです」


 三者の返答の仕方が、それぞれに個性が出ておるの。

 真面目なので答えに詰まるアグネス。

 最年少だからか天真爛漫なのであろう。

 ヴェンデリンの側にいられれば、なんの問題もないと思っているシンディ。

 結果的にそう思われても構わないとは言っているが、実はそれを望んでいる節がある強かなベッティか。


「そなたら、顔に書いてあるぞ。可愛い生徒や弟子から、妻か愛人にランクアップしたいと」


 舐めるなよ、小娘ども。

 負け犬である妾じゃが、その程度のこと気が付かぬと思うたのか?


「事実であろう?」


「「……」」


「はーーーい! 先生のお嫁さんになりたいです!」


 アグネスとベッティは黙ってしまったが、シンディは正直じゃの。

 最年少であるがゆえに、正直な発言を許される立場であることに気がついておる。


「別に咎めてはおらぬよ。じゃが、今はやめておけ」


「どうしてですか? テレーゼ様」


 シンディが躊躇うことなく妾に訪ねてくる。

 それを特に不快に思わないのは、この娘の得な性格かもしれぬ。


「ヴェンデリンは、お主らを一人前の魔法使いに育てることに拘っておってな」


 普段から、妙な貴族たちと生臭い話ばかりであるからの。

 妾も、同じ問題で帝国では苦労した口じゃが。

 そなたらを妹のように思い、早死にした師匠ができなかった弟子の育成に拘っている、というのが真相であろうか。


「そこで、強引に押しかけ女房をするとヴェンデリンは引くからの」


「テレーゼも前はそうだったよね」


 ルイーゼめ、人の過去を抉ってくれるの。


「あの男はちゃんと計算もできる男じゃが、そこにもう一つ理由を付けて自分を納得させようとする部分がある。お主らは、今は可愛い弟子のみでいるように。それが最終的にヴェンデリンから好かれるコツじゃぞ」


 このままヴェンデリンが三人を冒険者パーティに入れて連れまわせば、近寄る男など一人もいなくなるからの。

 何年かしてから『責任を取れ』と言われれば、必ず受け入れるであろう。

 それに受け入れれば、三人が産んだ子供は全員が魔法使いとなる。

 優秀な魔法使いを三人バウマイスター伯爵家が独占しても、三人以上の子供を産んでそれが魔法使いならば、貴族たちは納得するというもの。


「妾もまだ魔法の修練を始めて時間が短いのでな。たまには、魔法を教えてくれよ」


「「「はいっ!」」」


 ここで妾の話は終わり、ヴェンデリンが用事を終えて戻ってくると、三人は交互に赤ん坊を抱いたりあやしていた。


「三人とも、慣れているんだな」


「私には弟と妹がいて、いつも面倒を見ていましたから」


「私も妹がいるので」


「私は親戚の子供で慣れています」


 三人とも、さり気なく子供を産んでも大丈夫アピールをしておる。

 ヴェンデリン、確かにその三人は可愛いのも事実じゃが、やはり女であるということを忘れておるの。

 いや、あえて忘れたフリをしておるのか。

 種は蒔いておいたので、あとはなるようになるであろう。

 ヴェンデリン、可愛い奥さんが増えてよかったの。





「テレーゼって凄いわね」


 アグネスたちが帰り、ヴェンデリンが再びローデリヒに呼ばれて部屋からいなくなると、アマーリエが妾に労いの言葉をかけてくれた。

 アマーリエは零細とはいえ騎士の娘なので、エリーゼの次にこういうことでは察しがいいので助かる。


「妾も非公式ながら、バウマイスター伯爵家の一員じゃからの。お家のため、有望な魔法使いたちを周囲からの軋轢を少なく囲い込む道しるべを示したのみよ」


「あの娘たち、少し怖がっていなかった?」


「じゃろうが、同時に妾が落としどころを提示したら喜んでいたではないか」


 こういう話は、正妻であるエリーゼが言うと角が立つのでな。

 愛人の妾が非公式に出した方がいい。

 それを理解したエリーゼは、妾に対しなにも言わなかったのじゃから。


「女魔法使いとは、大変じゃからの」


 リサを見れば一目瞭然じゃ。

 なまじ力があって稼げるために、寄生虫のようなおかしな男たちが近寄ってくる。

 それらをすべて排除すれば、今度は売れ残る可能性が高い。

 それを防ぐため、ヴェンデリンのような相手は最適というわけじゃ。


「こちらは庇(ひさし)を準備してやり、向こうは魔法使いとしての力と子供を提供してもらう。こう言うと、もの凄く現実的じゃが……」


 ヴェンデリンには、甘い部分が多い。

 そのおかげで妾も救われたが、その甘さが致命傷になるやもしれぬ。

 それを防ぐ手助けを妾がするのも、これは運命かの。


「しかし、ヴェンデリンは女というものがまだよくわかっておらぬようじゃの」


「ああ見えて、夢見がちな部分もあるからね」


 でなければ、あの三人を純粋な弟子として扱うことにここまで拘らぬか。

 もっとも、肝心の弟子たちの方は、しっかりとヴェンデリンの妻なり愛人になることを望んでおるがの。


「多分、親御さんたちも期待してしまっているのよ」


 冒険者予備校の魔法使いクラスの中で、三名だけがヴェンデリンに特別扱いされている。

 変な男に騙されて結婚するよりは、ヴェンデリンに囲われた方が安心というわけじゃ。

 上手くすれば、自分の孫が貴族になれるかもしれぬからの。


「私がヴェル君に囲われたら、両親も兄も大喜びよ」


「であろうな」

 

 今や飛ぶ鳥落とす勢いのバウマイスター伯爵家の縁戚になれたのだから。

 これでアマーリエが子供でも産めば、余計に大喜びであろう。


「かくも貴族とは、打算の果てに婚姻が決まるというわけじゃ」


「恋愛結婚なんて、物語になるほど珍しいものね」


「とはいえ、妾は物語的な部分があるぞ。帝国皇帝になるのも仕方なしと思われていた時に、ヴェンデリンが妾の心を読んで見事に粉砕してくれたわ。亡くなった兄たちには悪かったが、妾に隠れて最悪な選択を取ろうとしたからの。あまり同情もできぬ」


 他人からそう見えぬかもしれぬが、妾はヴェンデリンに感謝しておる。

 ゆえに非公式の愛人としては、バウマイスター伯爵家のため、たまにはひと肌脱ぐ手間を惜しまぬというわけじゃな。

 世間からは、容易い女だと思われるかもしれぬがの。

 おっと、ヴェンデリンが戻ってきたか。


「やれやれ、また工事の計画が早まったのかよ……」


「先生、また土木工事ですか?」


「ローデリヒの奴、俺を容赦なく扱き使うからな」


「先生、私たちも手伝いますから」


「アグネスちゃんも、シンディちゃんも、私も、みんな先生のおかげで土木魔法が上手になったから大丈夫ですよ」


「それはそうなんだけど……」


「先生は、俺に任せとけと言って魔法を使っていた方が似合いますよ」


「そうかな?」


「そうですよ。先生、頑張りましょう」


「それもそうだな」


 いくら可愛いとはいえ、ヴェンデリンの奴、簡単におだてに乗ってしまいおって。

 ただ、能力はあるからの。

 このくらい抜けていた方が、実は大貴族の当主としてはよかったりする。

 もしなにかがあれば、エリーゼや妾が口を出せば済む問題なのじゃから。

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