第288話 兄と弟、弟と兄(前編)
「お館様、本日はとある貴族の跡継ぎと会ってほしいのですが……」
「別にいいけど」
エリーゼたちのお腹も、大分大きくなってきた。
早く産まれないかなと、毎日ワクワクしながら……同時に無事に産まれてほしいと心配しながら日々をすごしている。
とそこに、ローデリヒが姿を見せ、俺にある貴族と会ってほしいとお願いしてきた。
わざわざ彼が頼むということは、そうした方がバウマイスター伯爵家のためになると思ったからであろう。
時間はあるので、これは引き受けざるを得ないな。
「当主じゃなくて、跡継ぎなのか?」
「当主が病床にあるため、跡継ぎ息子が代理というわけです。実質、当主のようなものですな」
実質当主となると、俺が直接顔を合せないと失礼に当たるというわけか。
格と面子の問題なのだけど、本当に貴族とは面倒なものだ。
「どこの家の人なんだ?」
「マッテゾン子爵家の跡取り息子です」
「そうか……」
まあ、聞いても誰だかわからないんだけど……。
俺は頭の中が、まだ日本人に大きく偏っているからな。
むしろ貴族の名が、近衛とか、武者小路とか、今出川とかの方が覚えやすいかもしれない。
そういえば、ミズホにはサムライはいたけど、『○○でおじゃる』と話す、白塗りお歯黒のお公家はんはいなかったな。
もしいたら、笑ってしまって失礼になりそうだからいなくてよかったよ。
「三十分ほど、軽く世間話でもしていただけたら」
「そのくらいならいいけど、ローデリヒがわざわざ頼んでくるなんて珍しいな」
「マッテゾン子爵領は、石細工で有名な産地なので……」
石細工のなにが重要なのかというと、橋の欄干の先とか、街道の間隔を示す標識とか、そこに細かく細工した石製の彫像を載せるからだ。
現代人の感覚だと『別にそんなのいらないじゃん。逆にない方が、費用の節約にならないか?』と思うはずだが、この世界の常識では、飾りがないと格好がつかないらしい。
マッテゾン子爵領は岩山ばかりで農業生産は振るわないが、沢山ある石の細工で金を稼いでいる。
良質の石材と、それを細工する凄腕の職人たちが有名なんだそうだ。
バウマイスター伯爵領でも、建材や石畳にする石材は豊富に採れる。
だけど、石材を細工する職人は不足しているからな。
加工する職人を引き抜くにも限度があり、一から職人を育てるとなると金と時間がかかる。
職人の育成に目途が立つまでは、マッテゾン子爵領からすべての石細工を購入しなければならず、気を使う必要があるというわけだ。
「マッテゾン子爵家側にも、事情があるのですよ」
「事情?」
「はい、あそこは後継者争いで揉めていますから」
「後継者争いねぇ……」
一応、今回顔を出す嫡男が、マッテゾン子爵家の後継者に指名されているらしい。
ところが、彼には妾腹で一つ年上の異母兄がいるそうだ。
「妾腹なら、あくまでも後継者候補なだけだろう?」
この世界もそうだが、貴族の後継者は血筋が重要視される。
よほどなにか特別な事情がなければ、正妻が産んだ嫡男が跡継ぎになるのが決まりだからだ。
ただ、ブロワ辺境伯家を見ればわかるけど、揉める時には揉めるけど。
「というわけで、後継者争いの禍根を絶つため、跡継ぎがバウマイスター伯爵であるお館様と会って楽しくお話をする」
「箔付けなわけね……」
『実質、当主同士の会見でしょう?』というわけだ。
俺は、その跡継ぎに正当性を与える飾りということか。
「状況は理解した。それで、うちには石細工の割引きとか利益があるんだろうな?」
「ええ、それは勿論」
さすがは、ローデリヒ。
バウマイスター伯爵家のため、ちゃんと交渉して利益を取ってきたようだ。
無料で会ってあげるほど、俺も暇じゃないからな。
第一、俺よりもそういうことに厳しいローデリヒが、無料奉仕を容認するはずがないのだから。
「正直なところ、その跡継ぎは出来が悪いと評判なのです」
ちょっと当主の出来が悪いくらいなら、それなりの家だと親族がフォローして……当主をお飾りにするケースもあるけど……上手く運営してしまうと聞いている。
今回もそのケースなのであろう。
「病床の当主としては、そのバカな跡継ぎに実績をつけたいわけですな」
そんな親子の情を利用して、ローデリヒは上手く利益をふんだくったわけだ。
いやーーー、ローデリヒに任せておくと楽でいいわ。
お飾りのバカ殿、最高だな。
「会見予定は二時間後です」
「わかった。用意しておく」
俺は早速会見に備えて準備を進めるのだが、ここで一つ問題が発生してしまうのであった。
「あなた、私と、イーナさん、ルイーゼさん、カタリーナさんの同席は無理ですよ」
「えっ? どうして?」
「お腹が大きいからです」
マッテゾン子爵家の後継者に箔を付けのための会見ではあったが、こういう時には奥さんも一緒に同席して、双方の親密ぶりをアピールするケースが多い。
本当は、マッテゾン子爵の跡取りなんてどんな奴かも知らないけど。
だけど、会見への同席をエリーゼに断られてしまった。
イーナ、ルイーゼ、カタリーナも同様だ。
「ヴェル、お腹が大きくなった妻を夫は表に出さないものなのよ」
ここで、貴族の常識というよりも、この世界の常識が出てしまった。
妊婦さんを人前に出すのはよくないという、俺にはよくわからない慣習だ。
イーナが教えてくれたのだが、その理由は詳しくはわからないそうだ。
妊婦が不浄だという、大昔からの言い伝えによるとか、妊婦さんを無理させると流産してしまう可能性が高いからだとか。
どんな理由にせよ、早くに妊娠してお腹が目立ち始めたエリーゼたちは同席しないと俺に伝えた。
「ヴィルマは?」
ヴィルマは、まださほどお腹の大きさが目立たない。
彼女なら同席できるはずだ。
「うーーーん、難しい」
「なぜだ?」
「実は、マッテゾン子爵家の跡取りを知っている。会うと確実に揉める」
「揉めるのか?」
過去に、ヴィルマとなにかあったのであろうか?
「私がまだ子供の頃、たまたま王都の屋敷にいたマッテゾン子爵家の跡取りと揉めたから」
ヴィルマが子供の頃、マッテゾン子爵家の跡取りから『無口で無愛想な気持ち悪い奴』とからかわれたそうだ。
所詮はバカな男のガキだから、女の子をからかうのは誰にでもあるとも言えるし、単純に性格が悪い奴なのかもしれない。
うーーーん、判断が難しい。
「子供の頃のお話だから恨み事は言わないけど、顔を合わせるとトラブルになるかもしれない」
「そうだなぁ……」
というか、そんな失礼な奴と俺は会見するのか?
ちょっと問題なんじゃないかと思いつつ、俺はヴィルマの頭を撫でてあげた。
「一抹の不安が……そいつが大人になっていたらいいな……」
「なっていないから、バカだと評判になっている」
「ですよねぇ……」
ヴィルマの言い方はかなり辛辣だけど、間違ってはいない。
俺は少し不安になってしまった。
「となると、あとは……」
「妾は、そんな不愉快そうな奴と顔を合わせないで済んでよかったの」
テレーゼは、当然無理として……。
「旦那、もしそいつが失礼な奴だとして、あたいだとすぐに言い返しそうだから無理に決まっているじゃん」
カチヤ、いくら顔を出したくないからって、すぐにキレてしまうからという理由はずるいと思うぞ。
「となると、私ですか?」
「一番無難な人選かな?」
リサは一番年上で場数を踏んでいるし、あのメイクと衣装がなければ暴走の危険もない。
貴族の妻として、上手く対応してくれるであろう。
「というか、どうしてそんな心配をしなければいけないのかね?」
「ううっ……いくら必要なこととはいえ、申し訳ありません」
ローデリヒとしても、もし向こうの要請を断った結果、斜め上の対応をされて石細工の仕入れがストップしまったら……という考えから俺との面会を受け入れたのであろうが、段々と不安になってきたらしい。
「リサさんが出席するのなら、私がメイド役で側にいれば少しは薄まるかしら?」
アマーリエ義姉さん、その薄まるという言い方はよく理解できるわ。
女性が多い方が、安全かもしれない。
「そうですね、お願いします」
「でも……なんか嫌な予感がするわね」
俺もそんな予感がしたが、それはやはり現実のものとなってしまうのであった。
「初めまして、次期マッテゾン子爵に指名されたアルバンと申します」
「(指名された? ああ、病床の父親からか……)バウマイスター伯爵です」
会見の時間となり、俺はマッテゾン子爵の跡取りである長男と顔を合わせた。
年齢は二十前後だと思う。
その見た目は、いかにも貴族のボンボンといった感じだが、今のところは別におかしな点もなかった。
社交辞令に則り、俺と普通に挨拶をしただけだ。
「どうぞ、お座りください」
「ありがとうございます」
互いに挨拶をしてから、俺たちは椅子に座る。
俺は同席者のリサを紹介し、彼女も俺の隣の席に座った。
もう一方のアルバンは、奥さんを連れてこなかった。
なんでも父親の病気が思わしくなく、一ヵ月後に正式に家督を継ぐそうで、その時に婚約者と式を挙げる予定だから色々と忙しいそうだ。
当主就任と結婚式を同時に行って、領民や家臣たちにアピールするというわけか。
なら、忙しくて来られないのは仕方がないのかな。
「粗茶ですが、どうぞ」
アマーリエ義姉さんが謙遜で言っているが、実はヘルムート兄さんから仕入れている森林マテ茶なので高級品だ。
王都のバウマイスター家は人手が増えた分、森林マテ茶の木の警備を手厚く行えるようになり、自然と木が増えて茶葉の収穫量が上がったと聞いている。
その一部をうちで仕入れ、重要な客のみに出しているというわけだ。
「いいマテ茶ですね。森林マテ茶ですか」
リサの補佐も兼ねて側にいる、メイド服姿のアマーリエ義姉さんが全員分のマテ茶を注ぐと、アルバンは茶の香りだけで森林マテ茶だと見抜いた。
いい家の子供なので、高級食材を見抜く能力がある、舌が肥えているとも言えるな。
「ところで、そちらの方は?」
「ああ、供の者です。お気にされらずに」
アルバンは、一人の若者を付き人として連れてきた。
最初はただの執事や従者かと思ったが、この若い男性、顔がアルバンに少し似ている。
もしかしなくても、噂になっている妾腹の異母兄なのであろう。
「(性格、悪っ!)」
他に従者のあてなどいくらでもあるだろうに、わざと異母兄を指名したのは、俺と自分の会見をまざまざと見せつけ、家督を諦めさせるためであろう。
でも待てよ。
もしそうだとすると、実はこの異母兄は野心溢れる若者だとか?
詳しい事情はよくわからないが、なににせよ予定されていた会見が始まった。
「いつも、我がバウマイスター伯爵家に石細工を融通してもらい、感謝しています」
「バウマイスター伯爵領への出荷で、我が領地も好景気なのです。こちらこそ、感謝しております」
それもそうか。
道や橋がどんどんできているから、その分石細工は必要だものな。
増産で儲かっているのであろう。
「奥方たちにも、お子が次々お産まれになるそうで。めでたいことですね」
「はい、無事に産まれるのか、多少の不安はありますね」
「私もじきに婚約者と結婚します。子供ができると、バウマイスター伯爵殿と同じ気持ちになるかもしれません」
「(あれ?)」
思わず、声に出してしまいそうになった。
バカだと評判のはずのアルバンだけど、話をしてみると別に普通だよな。
どうしてバカだなんて噂が立つんだ?
「バウマイスター伯爵家はバウマイスター伯爵殿が自力で打ち立てた新興の貴族家、お子は多い方がいいですな」
「まあ、それなりには」
「とは申せ、奥方を増やすとなると寄親であるブライヒレーダー辺境伯殿とのバランスもあるというわけですか」
「はあ……」
バカだと聞いていたけど、このアルバンという若者、ちゃんとうちのことを調べているようだな。
自分で調べさせた保証もないが、ちゃんと相手の情報を掴んでいるのは事実だ。
「となると、この場合は非公式の愛人ですな。正式な妻や妾としてカウントせず、子供だけ産ませればいいのです」
「はあ……」
まあ、最近よく聞く話だよな。
ローデリヒが全部話を止めているけど、こんな話はいくらでも持ち込まれているそうだ。
しかし、自分はまだ未婚のくせに随分と積極的ではないか。
それにローデリヒに言わせると、今の俺に愛人は悪手だという。
『愛人とはいっても貴族の血を引く娘ですから、子供が生まれればその子の縁戚だからと言って利益供与を堂々と求めてきますから。それなら、最初から認知した方がマシです。非公式でいいなんて、一種の詐欺ですよ』
甘い話には罠があるとよく聞くが、今の俺には全然甘くない話だ。
子供が魔法使いになる可能性が高く、いやアーネストが教えてくれたとおり、俺の子供はほぼ全員が魔法使いになってしまう。
その押しつけられた愛人と俺の子供が魔法使いだと世間にバレたら、ますます面倒なことになってしまうのだから。
「いえ、今の妻の数で十分だと思うのです」
みんな若いのだし、一人三人くらい産めば十分だろう。
『平成大家族のドキュメント番組』でもあるまいし、そんな子供がいたら、顔と名前を覚えるのも困難になってしまう。
「そう仰らずに、実はお勧めの娘が二人いるのですよ」
ああ、どうしてこいつがバカなのか理解できた。
こいつはすぐに見てわかるバカじゃなく、無能な働き者に属する人物なんだ。
俺と会見し、少し仲良く話せばそれでミッション達成なのに、無駄に欲をかいて余計なことをしてしまう。
こういう人物は、パッと見ではバカではないので、その扱いに困ってしまうのだ。
「いえ、そのようなお話は……」
「そんなことは仰らずに。後腐れもなく、若く体も丈夫な娘ですよ。ちょっと血筋は悪いので、普段はメイドとしてでもお使いください」
自分の策が上手く決まったと悦に入りながら話を続けるアルバンであったが、それよりも俺は、後ろに控えるアルバンの異母兄の顔が大きく変化したのを見逃さなかった。
アルバンのアホは気がついていないが、異母兄は彼を視線で射殺せそうな表情で見つめている。
「……」
すぐ俺の視線に気がついて表情を元に戻したけど、つまりその娘二人とはアルバンの異母妹、アルバンの異母兄の実妹たちなんだろうな。
なるほど、母親違いで邪魔な妹たちを俺に押しつけつつ、俺が愛人にしたり子供が産まれたら、縁戚面して利益を求める作戦か。
でも、俺でも気がつくレベルのつたない策だからなぁ……。
それを会心の策だと思っているから、こいつはヴィルマがいうところのバカ息子なんだろう。
「もしかすると、それはアルバン殿の妹御たちなのでは? そのような方々を愛人では失礼に当たりますよ」
アルバンが、『どうして、それを知っているんだ?』といった感じでビックリしているけど、お前の顔を見ると全部わかってしまうんだよ。
お前、愛人の話をした時に、後ろに控える異母兄の方に『ざまあみろ!』といった感じの視線を向けたじゃないか。
というか俺を、マッテゾン子爵家の後継者争いに巻き込まないでくれ。
「確かに妹たちですが、母親の身分が低いのですよ。それでも若いですから、まだ沢山子供が産めるでしょう。そこにいる二人の代わりに使ってやってください」
「代わりに?」
「年増では、バウマイスター伯爵殿のお子も産めないでしょうから」
こいつ、一度しくじって動揺すると建て直しに苦戦するようだな。
最初のシナリオで無難に終わらせればよかったのに、能力もないのに独自の作戦に走るから失敗するんだよ。
もうすぐ三十歳になるリサと、俺がほぼ妻扱いしているアマーリエ義姉さんは年増だから若いのに変えればいい。
どうしてでそんなことを、本人の前で言うのかね?
リサは序列は低いけど、妻としてこの席にいる。
アマーリエ義姉さんも公式な立場では奥さんじゃないけど、俺が実質そうだと認めているのに、本人を前に悪口を言うとは、やはりこの男はバカなのだ。
後ろの異母兄が、『信じられない!』と言った表情をしているぞ。
どうやら、彼の方はうちの事情を詳しく掴んでいるようだ。
ああ、アルバンの方も知ってはいるのか。
「アルバン殿、あなたはなにをしに来られたのです?」
「それは勿論、私とバウマイスター伯爵殿の仲を深めるためです」
こいつ、本気で言っているのか?
間違いなく、本気で言っているんだろうなぁ……。
どうやらまともに見えたのは最初だけで、すぐにボロが出てしまったようだ。
「とてもそうは思えないのですが……なぜだか理由はわかりますか?」
「バウマイスター伯爵殿、我らは似た者同士じゃないですか」
おい、それは俺の質問に対する答えになっていないぞ。
というか、俺は別に有能じゃないけど、お前よりはマシな人間だと思うがな。
「似た者同士?」
「そうです。貴殿は邪魔な兄を排除して、バウマイスター伯爵になった。私も、後ろにいる異母兄デニスの代わりにマッテゾン子爵となるのです。弟の身ではありますが、これも高貴な血を継いだ者の義務。領内にはデニスを推す者たちもいますが、私はそのような圧力には屈しません!」
なんか、選挙演説みたいになってきたな。
それよりも、俺は兄を殺してバウマイスター伯爵になったというわけか。
結果的には間違っていないし、兄殺しの汚名も仕方がない。
でもな、俺はお前と同類だと思われるのが勘弁ならないんだ。
段々と頭に血が昇ってくるが、不意に両肩をポンと軽く叩かれた。
俺に落ち着くようにと、リサとアマーリエ義姉さんが止めてくれたのだ。
このまま魔法で吹き飛ばしてやろうかと思ったが、さすがにそれは不味いというわけか。
「ひゃっ!」
下手な演説というか宣言を終えたアルバンは、喉が渇いたので少し醒めた冷めたマテ茶を飲もうとした。
ところが、突然奇妙な声をあげてカップを落としてしまう。
「(リサ、やったな)」
ブリザードのリサに相応しく、彼女は密かにアルバンのカップに入ったマテ茶を凍る直前、限界ギリギリまで冷やしたのであろう。
彼は、自分が思っていた温かさのマテ茶でなかったから、驚いてしまったというわけだ。
このような微妙な魔法コントロールは、ベテランであるリサの独壇場であった。
魔法の効果範囲をカップの中に入ったマテ茶のみとし、俺に魔法を使った気配を感じさせないのだから。
「お客様、大丈夫ですか? すぐに新しいマテ茶をお淹れしますね」
アマーリエ義姉さんが、急ぎ倒れたカップと溢したマテ茶を片付け、新しいカップにマテ茶を注ぎ直す。
「メイド! このマテ茶は温かいのか?」
「はい、淹れ立てですので」
「そうか!」
限りなく零度に近いマテ茶にビックリさせられたアルバンは、口を温めようと急ぎカップを口につける。
「熱っ!」
ところが、今度は冷えた口に淹れたてのマテ茶を入れてしまった。
いつもより熱く感じてしまい、慌てたアルバンは再びカップを落としてしまう。
「熱いぞ!」
「申し訳ございません。ですが、淹れ立てですから」
アルバンからの抗議に冷静に答えるアマーリエ義姉さんであったが、実は時間が経過して、ポットの中のマテ茶は飲みやすい温度にまで下がっていた。
再び淹れたての温度まで上げたのは、勿論リサである。
アマーリエ義姉さんはリサの細かいイタズラに気がつき、だからすぐに新しいマテ茶を注いだわけだ。
「もうすぐマッテゾン子爵になる私に失礼ではないか!」
「淹れたてで熱いので、少し冷ましてからの方がいいと、お伝えしようしたのですが、申し訳ありません」
アマーリエ義姉さんは再びアルバンに謝ったが、茶が熱いくらいでメイドを叱る貴族は器が小さいと思われても仕方がない。
第一、グラグラと煮立っているマテ茶を出したわけではないのだから。
そのくらい、自分で確認しろよというレベルの話だ。
「私は、お前のことを知っているぞ! アホな夫がバウマイスター伯爵殿の殺害を目論んで自滅し、お詫びのために愛人をしているらしいな! ふんっ! 兄なんてそんなものだ! とにかくだ! 年増はバウマイスター伯爵殿の側にいるな!」
段々と支離滅裂になってきたな。
なかなか自分の計画どおりに行かず、貴族のボンボンが我慢ができずにキレてしまったのであろう。
「バウマイスター伯爵殿、この二人の代わりに新しい愛人を囲いましょう!」
直前まで激怒していたにも関わらず、俺にはにこやかな表情で、さっきの愛人話を続ける。
後ろの異母兄は、呆れ果てて天井を見上げていた。
処置なしと思ったのかもしれない。
確かに、こんな弟がいたらどう扱っていいものか悩んでしまうだろうな。
デニスが止めないのかと思ったが、多分それをすると火に油を注いでしまうのであろう。
アルバンには、堪忍が足りなそうだから。
「うーーーん、ハッキリ言わないとわからないかな?」
「ハッキリとですか? つまり、妹たちを受け入れるわけですね?」
なにをどう考えると、そんな結論になるの?
俺は、こいつの根拠のない自信の源泉が気になってしまった。
「そんなわけがあるか! 人の奥さんにケチつけやがって! お前は縁切りだ! 二度とうちに来るな!」
「なっ! そんなことを言っていいのか? 工事に使う石細工を売ってやらないぞ!」
「うるせえ! そんな飾りがなくても橋は落ちねえよ! 街道も普通に歩けるわ! 一昨日来やがれ! このアホ息子が!」
「この野郎! 伯爵だからって威張りやがって! あとで必ず後悔させてやるからな! その時になって吠え面かくなよ!」
「無駄に口ばかり達者で! お前こそ、あとで謝っても無駄だからな!」
「お前こそ!」
ちょっと貴族の跡取りと会見するだけのはずが、その相手と完全な喧嘩別れに終わってしまった。
俺もすぐにキレてしまったのは悪いかもしれないけど、長い人生を生きていると、こんなこともあるさ。
なにより、向こうが悪いのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます